2019年10月30日

3556話 山神と武者


「山~様?」
「左様で」
「そんなものが効くのか」
「さあ、神様に聞いてみないと分かりませんが」
「何の神様だ」
「山の神様だと思われます。土地の人はそう呼んでおるので」
「戦いの神様ではないのじゃな」
「そうです」
「戦勝祈願のできない神に祈っても仕方あるまい。先を急ぐぞ。勝ち戦じゃ。出遅れるな」
「はっ」
 確かに勝ち戦。戦う前から分かっているような戦い。敵は武門の面目にかけてだけ戦っているようなものだが、大半の兵は逃げ出していた。
 木内重三は猛将。だが、あまり手柄を立てていない。これという敵の首を取っていないためだ。今日こそは何とかしたい。それで張り切っていた。
 そして今日ならたやすく手柄が立てられる。早い者勝ちだろう。敵は逃げていくだけ。だから、急ぎ追いかければいい。
 木内は数十の足軽郎党を引き連れ、追撃戦に加わった。
 武将としての身分は低い。しかし付き従う足軽は数十いる。これが最小単位かもしれない。
 木内の回りには郎党が五人ほどおり、これは木内の私兵のようなもの。この五人が馬上の木内を囲むようにして突き進んで行く。
 既に傷つき、逃げ足の鈍った敵兵の姿が見えてきた。取り放題だろう。
 そして、左右に味方はまだ来ていない。独り占めだ。滅多にない条件。しかも労せず取れる。
 それで、槍隊を突っ込ませ、そのあとから木内と郎党が続いた。
 足軽の槍で追い込まれた敵を木内がとどめをさす感じだ。これで首を取る。
 案の定、槍隊は敵に食いつきだした。
「今じゃ、突っ込め」
 木内は郎党より先に馬で突っ込んだ。
 しかし、バサッと落馬。
 敵は撤退中だが、しんがりというのがあり、それが途中に伏せており、鉄砲や弓で反撃しながら下がっていくのだ。その流れ弾にあたったのだろう。
 足軽もそれを見て驚き、戦うのをやめて、木内のもとに集まった。もし、木内を失うと、木内隊の戦いはここで終わる。足軽隊は村民たちだ。それを木内が指揮している。指揮官を失うと、引き上げるか、別の部隊に吸収されるか、どちらか。
 木内はむくっと起き上がるが、歩けない。馬にも乗れない。
 折角の機会を逸したことになる。
 木下は山神のことを思い出した。ここはその山神がいるとされる山なのかもしれない。
 やはりあのとき、参っておればよかったと後悔した。
 偶然、ひょんなことで、思いもかけないことが、等々、何が起こるか分からない。
 その後、木内はその村の者に壊れかけていた山神の祠を修繕させた。
 しかし、その後、木内が大手柄を立て、出世したという話は聞かない。
 
   了



posted by 川崎ゆきお at 12:34| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする