2019年11月02日

3559話 瀬川の虹子


 瀬川の地にある土臭い丘陵地。そこだけが盛り上がっており、周囲は平ら。上に上がると見晴らしがいいが、今では坂の多い住宅地となっている。そのため、丘だった頃の面影はほぼない。全部家になっているためだ。しかし、僅かだがほんの一部だけ古いものが残っている。墓だ。墓石は丸い。それに帽子のような笠とも屋根とも言えそうなのを乗せている。結構古い形式だろうか。
 虹子の墓と書かれているが、墓石ではなく、木の板に書かれているが、それも読めなくなったのか、樹脂製のものに書き写し、それを貼り付けているが、それもまた樹脂の劣化で、読み取りにくい。分かっているのは女流歌人虹子終焉の地、その墓石は伝となっていること。伝とは伝承で、そうだと言われているという程度。
 虹子は歌人。年老いてからこの地に移り住み、ここで暮らしたとなっている。子と付くので、昔は高貴な人の名だろうか。その歌も残っているが有名な歌はない。
 女流歌人で都から来た人と言うことで、大事にされた。貴人様なので。
「これがルーツですか、女神伝説の」
「そうです。実体は、この女流歌人虹子のことだったのです」
「清川の」
「違います。瀬川です」
「では女神のいる丘とはここだったのですね」
「そうです。聖地でした。虹子が没して数百年経っていたでしょう」
「かなり後で復活したのですな」
「この女神は黒系でしてね」
「ああ、アンダーの方」
「そうです、暗黒の女神。まあ、こちらの方が強面しますからね」
「その信仰のようなのがあったのですね」
「そうです。場所はこの虹子の墓から離れています。岡の一番高いところに聖堂があったとされています」
「聖堂ですか」
「まあ、聖なるお堂という程度ですよ」
「それもありませんねえ」
「寺社じゃありませんから、跡地を示すものもありません。昔は平野部から見ると、丸い屋根の聖堂が輝いて見えたらしいです。屋根に光沢石を使っていたのでしょうねえ。特に夕日や朝日のはね返りが橙色でうっとりしたとか。眠気を誘うというのでしょうかねえ。危険な色目です」
「そういうのは一切合切消えたわけですね」
「そうです。いい場所なので、城になりました。そういった城が無数にできた頃でしょうねえ。それで、丘そのものが城塞化されました。それで、その聖堂のところに本丸ができた。天守閣はありませんが。櫓が建っていたとか。見張り櫓でしょうねえ。これも跡を示すものはありません。もう宅地内の私有地ですしね」
「はあ」
「しかし、虹子の墓は残りました。これはやはり貴人の墓なので、守ったのでしょ」
「要するに先に虹子がいて、没してから数百年後に女神信仰が興った。そして聖堂が城になり、その城もなくなり、丘陵だけが残り、やがて宅地になった。そして残っているのは虹子の墓だけ。しかも言い伝えで、本当かどうかは分からないが、虹子の墓は一つしか発見されていないので、おそらくこれだろうと言うことで、今も保存されていると」
「そうです」
「案内有り難うございました」
「いえいえ、私の案内の特徴は女流歌人の話だけではなく、それを利用した女神信仰の話を入れのが特徴でしてね」
「そうですねえ。虹子よりも、その女神の方が興味深いです」
「そうでしょ」
「それで、その女神の御名前は」
「長ったらしい漢字が続いているだけで、読めません。その中の一文字に虹が入っています。だから虹子です」
「清川の」
「違います」
 
   了




posted by 川崎ゆきお at 11:04| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする