2019年11月13日

3570話 登り切れなかった山

登り切れなかった山
 調子が良すぎて登れないような山に登り、途中で引き返し、一日が無駄になることがある。途中まで登ったのだから、それが成果だが、頂上まで行かないと記録に残らない。これは失敗だ。
 その山は普段は登らない。まだその力が無いため。しかし登ってみなければ分からない。これは未知への挑戦。だが、いつも失敗しているので、やはり身の丈に合わない高さなのだ。
 その日は余程調子が良かったのか、登れるような気がした。多少の無理なら何とか凌げるような。
 だが、結果は同じで、釣りで言えば坊主。成果なし。それどころかマイナスになった。その日は何もしていなかったのと同じ。
「そうなんですよ。調子の良いときほど危ないのです。無謀なことをしでかす」
「まったく仰る通りで」
「しかし、登れたかもしれない。そうなると大きな白星。金星と言ってもいい」
「いえ、金星など、普段から取り続けられるものではありませんから、それは期待していません。あの山を普通に登れるようになりたかっただけです」
「でも、調子が良かったのに、登り切れなかった」
「あと一メートルでした」
「それなら這ってでも登れたでしょ。たった一メートルでしょ。四つ足でなら行けたでしょ。または腹ばいになっても一メートルなら」
「そうなんですが、それじゃ普通の姿勢で登ったことにはならない」
「それで、引き返したのかね。少し休憩すれば登れたでしょ。それに動けなくなったわけじゃなく、降りてこられたのでしょ」
「そうです。しかし這ってまで登っても仕方がありません。次もまた這わないといけない。そうすると、普通に歩いて登れない山のままですから」
「妙なところに拘るねえ。あと一メートルなら、もう頂上でしょ」
「そうです。もうほぼ平らでした」
「じゃ、頂上を極めたのと同じでしょ。そこまでは這ったわけじゃないし」
「しかし、十センチほど高いと思います」
「何がかね」
「頂上前一メートルのところと、頂上との標高差がです。だからそこは頂上じゃない」
「細かい話だ。それよりも君にはその山を登る力があったんだよ。登れたも同然だし」
「しっかりと詰められなかった。最後の一メートルが。それと、調子が良いときにしか、それはできなかったこと。だから、特別なときでしか果たせません。僕が考えているのは、普通にすっと登れることなのです。それが合格ライン」
「何でもいいけど、細かいねえ」
「いえいえ」
「まあ、無理はしない方がいいから、力が付いてからまた挑戦しなさい」
「はい、そうします」
 
   了



posted by 川崎ゆきお at 11:58| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする