2019年11月20日

3577話 精霊たちの森


「木々の生い茂る場所。まあ、山に入れば大体そんなところばかりですがね。高い山なら違いますが」
「樹霊について教えてください」
「木霊のことですな」
「そうです」
「これはあなた、山に一人で入り、そこでじっとしておると出てきますよ」
「そんな簡単に」
「特に夜に山の中にいると、もっと出てきます」
「そんな簡単に」
「これは木に囲まれた神社の境内でもいいし、手入れしないで放置している庭木の密生しているところでもよろしい。ある程度の空間が必要ですからな。まあ、歩道の並木程度では浅いですが、一寸した公園の茂みなどでは出ます」
「樹霊ですよ」
「木霊です」
「いずれにしても精霊でしょ」
「森がまるで息をしておるかのように、微妙に動いているのですが、これは風です。台風のときなど庭木の梢が悲鳴のような音を出すでしょ。風が全くなくても、木々には色々な生き物がいます。鳥が分かりやすいでしょ。羽ばたくし、梢をゆらす。虫でもそうです。昆虫でもね。耳を澄ますと色々な音が聞こえてきますよ。これが正体です。そのほとんどは音ですなあ。だから夜などもっとよく聞こえますので、色々なものがウジャウジャ出ているように思えたりしますなあ」
「じゃ、木霊は幻聴だと」
「幻聴じゃありませんよ。風の音や鳥の羽ばたきや鳴き声は幻聴じゃないでしょ」
「木霊、木の精、森の精に詳しいと訊いたのですが」
「私ですかな」
「そうです」
「しかし、私が体験したわけではありませんが、山住まいの人達から不思議な話は聞いてます。先ほど私が言ったのとは別種のね」
「それそれ、それについて教えてください」
「錯覚が重なり合ったとき、具として出ることがあるとか」
「はあっ?」
「風の音とは何でしょう」
「はあ」
「何かと触れて音が出るわけでしょ。楽器のように。それが海なら波の音。大時化の海なら海鳴り。森なら梢を震わす音。幹が弓のようにしなるときの音。葉が震動を受けすぎて、これも鳴る。草笛や葉笛のようにな」
「そういうのが偶然重なるとき、本物が出るのですか」
「本物は出ませんが、リクエストにお応えして姿を現すこともあるのです。共振です」
「それが精霊ですね」
「音は分かりやすい響きでしょ。いずれも振動、波動。このレベルのものがいるのですよ。ただ聞こえない波長、見えない波長もあるわけです」
「つまり、電波系と言うことですか」
「静電気のようなものかもしれませんなあ。私はサイエンスには詳しくないので、よく分かりませんが」
「それで樹霊ですが」
「木霊ですな」
「あ、はい」
「だから、こだまですよ」
「ヤッホーの」
「反響ですなあ。しかし誰も発していないのにヤッホーと聞こえるとまずいでしょ」
「もう少しはっきりと言ってください」
「木というのは大人しい奴ですよ。静かな人です。背は恐竜よりも高いやつがいます。生物の中での体重はかなりのものでしょ。これが大人しくただ立っているだけとは思われません」
「はあ」
「一寸の虫にも五分の魂。虫も樹木も生物。魂が入っていてもおかしくないでしょ。巨木の魂など、かなり大きいはず」
「余計に分かりにくくなりました。羽の生えた妖精を期待したのですが」
「木から羽根蟻が飛ぶ立つようにですな」
「そうです」
「まあ、動物の感覚では植物の感覚分からない。私にも分かりませんがね」
「錯覚が重なって具が出るとはどういうことでしょうか」
「もはや錯覚とは思えないものが出るのでしょうなあ」
「じゃ、それが木霊」
「木の精かどうかは分からない。他のものと重なり合い、偶然奏で飛び出るもの」
「それはもうポエムの世界ですねえ」
「ただ、この境地、危険なので、やめた方がよろしいかと」
「どうしてですか」
「存在そのものの怖さ、根本的な怖さを体験することになりますからな」
「それはいったい」
「私達が見ているのは色眼鏡を通してです。それを外すとナマを見てしまう。修行者も、たまにそれでやられます。おかしくなります。だから、そういうものには近付かない方がよろしい。精霊を探しに森に入るとかは、おすすめできません」
「でも、妖精や木霊や精霊を見た人もいるのでしょ」
「本当に見た人は語らないでしょ。そして忘れるようにします。それを認めると生きにくくなります。だから、錯覚で済ませておくのが賢明なのですよ」
「分かりました」
「木霊にしても、それは触れてはいけないもの。触れたものは気が触れるかもしれませんからな」
「でも木に触れてもいいわけでしょ」
「それは、ご自由に」
 
   了



posted by 川崎ゆきお at 12:51| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする