2019年12月03日

3590話 妖怪板


 妖怪博士は少し珍しいものを持っている人がいると聞いて、出掛けてみた。
 珍しいもの。それはこの場合、怪奇趣味のようなものだろう。世の中には珍しいものはいくらでもあるが、ジャンルがある。妖怪博士なので、妖怪に関係するか、それに近いものになる。
 また、珍しいものを持っている人は、その人自身が珍しい人が多い。
 その例に漏れず、田中という人が持ち主で、平凡な名前だが、非凡な人で、非凡なものをお持ちのようだ。
 場所は繁華街が途切れ、一階がスナックで二階が住居のようなのが所々ある通り。何か特殊な店ではないかと思われるのだが、悪所ではないようだ。
 その通りから薄暗い路地が口を開けており、木造の小汚い家が身を寄せるように並んでいる。その角に祠があり、これは町内によくあるような地蔵さんだろう。
 関係があるかもしれないと思い、妖怪博士は中を覗くと、赤い垂れ幕の奥に石があるだけ。だが涎掛けをしており、それが新しいので、よく手入れされているのだろう。地蔵は石。丸い石で目鼻も何もない。
 その角で曲がると、二階建ての家が蒲鉾状に並んでいるのだが、一軒だけ玄関戸が開いている。最初からないのかもしれない。
 玄関はその奥にあり、軒下に布が垂れ下がっている。まるでお地蔵さんの祠だ。その中央部に紐と鈴があれば神社と間違えるだろう。その玄関も開いている。
 さらにそこを抜けると、三和土があり、幅が広い目の廊下があり、硝子戸がある。それに向かい妖怪博士が声をかけると、ガラガラと開き、長細いヘチマのような人が出てきた。顔の中程、つまり耳がある部分だが、そこがへこんでいるように見える。皮付きの南京豆のように。
「妖怪博士ですね」
「そうです」
「例のものを見たいと」
「そうです」
「分かりました。どうぞお入りを」
 その硝子戸を開けると二畳ほどの板の間で、端に板戸があり、それを開けると長い廊下が通っている。
 その廊下の右側は硝子戸と障子。左側は庭。隣の家が迫っているが、庭木で隠している。
 その廊下の突き当たりに板戸があり、これは厠ではないかと思ったのだが、そうではなく、開けるとここが物置のような部屋だった。しかし、南京豆の作業所らしい。よくあるような大工道具や、万力程度はあるが、イーゼルもあり、絵の具のチューブがが減りすぎたのか、丸まって落ちていたりする。
 その部屋の奥に階段があり、それを上ると、更にゴチャゴチャした物が置かれている部屋になる。どう見ても普通の生活者の家ではない。
「これなんですがね」
 南京豆は壁に立てかけている柱ほどの幅の板を取り出し、表を向けた。
「羽子板ですかな」
「違います」
 厚みのない板に絵だけ書かれた羽子板のように見えたのだが、かなり大きい。
「ほう」
 妖怪博士は、すぐにそれが何であるのか分かったようだが、これは少し薄気味が悪い。絵が薄くなっているためかもしれないが、羽子板との違いは、目鼻が下へ彫られていることだ。最初、それが目だとは思わなかったのだが、よく見ると、バケモノが浮かび上がってくる。いや、木乃伊のような感じだ。
 上部は頭で、中程まで胸と腰、その下は曖昧。書くスペースはあるのだが、書かれていない。
 最初長方形の板に見えたのだが、よく見ると僅かながら端が人型に削られている。これが仏様ならもの凄く平面的で、像とは言えないだろう。しかし浮き彫りではなく、浮かし彫りではなく、沈め彫り。目の穴と鼻の穴と口の穴だけが開いているような感じだ。だから目などは埴輪の目。鼻は盛り上がっているところはそのまま。だからもの凄く平べったい顔と言うことだ。穴だけになった鼻のように見え、これが薄気味悪い。
 妖怪博士が安っぽい羽子板と思ったのは、そんな印象のためだろう。
「ムンクの叫び」に似てますなあと妖怪博士は印象を語る。
「僕は亡霊とか、亡者のイメージです」
「あまり有り難くないものですなあ」
 その板の一番下を見ると、少し細くなっている。そして握れるようになっている。だからやはり羽根突きの羽子板に近い。
「何処で見付けましたか」
「がらくた市です」
「はあ」
「フリマのようなものです」
「ああ、素人の人が店をやる、あれですな。家にあるような物を売る」
「僕は責め具ではないかと思いました」
「この羽子板で百叩きですかな」
「はい」
「しかし、宗教色が少しあるような気がしますが、かなり悪趣味ですなあ」
「地獄で使われていたような感じでしょ」
「いや、ここに何かを宿らせる。降りてきて貰うためのものかもしれません。人型ならそれが一番妥当でしょうな。しかし、趣味が悪い」
 妖怪博士は、バケモノが書かれている板をさらに覗き込むと、傷が結構ある。そして禿げているのだが、痛み具合が気になった。
「一種の邪祓いじゃないかと思われますなあ」
「そうなんですか」
「妖怪祓いのような」
「この板を団扇にように扇いで祓うのですか」
「いや、この傷などから見ると、やはり羽子板の羽根かもしれませんなあ」
「つまり、人を叩くのではなく、妖怪を折檻したと」
「そうです。この板に妖怪を封じ込めた状態で、羽子板をしたのでしょ。もしかすると、対になっていて、もう一つ羽子板があり、それで打ち合ったのかもしれません」
「厄払いじゃなく、厄叩きですか」
「蒲団叩きのようにね。埃が出るでしょ。それと一緒に悪いのも叩き出すのです。または懲らしめられた妖怪は痛いので、もうしません。もうしませんといって終わるわけです」
「じゃ、儀式ですか」
「まあ、何とでも言えます」
「それは民俗学的な世界ですねえ」
「さあ、しかし卒塔婆かもしれません。なくなった妖怪の」
「どうも、有り難うございました。参考になりました」
「ところであなた、何か作っておられるのですかな」
「ああ、前衛アートです」
「そうなんですか。造形家」
「はい」
「じゃ、昔、あなたのような人が遊びで作ったものかもしれませんねえ。あなたが買われたのも、その縁があったからでしょう。しかし、本物の呪術系、呪詛系のものなら、危ないですから、そっとそのまま寝かせておいた方がいいでしょう」
「はい、そうします」
「それがよろしい」
「しかし、博士、これ、本当は何でしょうねえ」
「さあ」
 
   了




posted by 川崎ゆきお at 11:48| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする