2019年12月11日

3598話 黙して語らず


 黙して語らぬことがある。それは都合の悪いことだろう。そういうことを色々と持っているのは杢下だけのことではないが。黙して語らないのだから、他人のことは分かりようはないが、それに関して知っていることもある。つまり、周知の事実。だが、本人が黙して語らずに徹しているので、そのことには触れない。禁句、タブーになっているが、それほど大袈裟なことでなくても、仲良くしたいのなら、相手の都合の悪いことをあえて言い立てないだろう。
 さて、杢下の場合もそういうのをいくつか持っているが、それらは後悔事のためか、思い出したくない。しかし忘れたわけではないので、ふっと思い出す。
 特に失敗したときなど、これは取り戻すため、色々とやるだろう。それで挽回したときは、その失敗はもう黙して語らずではなくなるかもしれないし、あえて苦労話として語るかもしれない。今がよければ後悔はないはず。
 だが、失敗したことが気になり、失敗をあえて話すことはないようにも思われる。失敗をよくする間抜けな人間に見られるためだけではなく、自分自身も許せないためだろう。失敗はあくまでも失敗で、挽回できても、やはり失敗は失敗。
 また、苦労したことを黙して語らずの場合もある。何故なら、苦労しないとできなかったのかと思われるためだ。これは苦労を売り物にしたくない人に多い。当然苦労をかっこ悪いと思う人もいる。
 杢下の場合、どうするのかというと、そっと夜中に埋めに行くようなもので、隠してしまう。さらに、そんなことなどなかったかのようにする。できれば忘れるようにする。
 そして、失敗を取り戻すため、次へと向かう。ここの切り替えが早い。失敗の気配が見えたとき、既に切り替えていたりする。それ以上粘らない。気配だけで、まだ失敗だと決まったわけではないし、たとえ失敗だったとしても、何とかなるのではないかと粘るようなことはしない。失敗にそれ以上付き合いたくないのだろう。
 そして、その失敗は黙して語らずのまま。
 だが成功談しかないのも嘘臭い。リアリティーがない。そのため、笑い話となるような失敗談は語る。深い失敗ではなく、後悔も軽かったものに限られるが。
 本当に語りたくない場合は、語る前から既に不快の沼になるだろう。
 なかったことにする、というのはゲームなどではできる。最後に保存したところに戻ればいい。しかし実人生は取り消せない。消し去ることもできない。殺せないのだ。だからその記憶も死なない。そういう場合は封印だろう。
 杢田は失敗を恐れているわけではない。むしろ失敗しそうなことをやっている。だから、失敗しても当然かもしれない。これは失敗してこそ分かることが多いためだろう。だが、意外と同じ失敗を何度も続けている。学習能力はあるのだが、失敗し続けたことでも、そうではない例がいくらでもあるためだ。同じ轍を踏み続けることも悪くない。何らかの偶然や運などで、成功することもあるためだ。確率は低いが、ないわけではない。
 杢田はそういう失敗を人知れず起こしている。だから黙して語らずの数が多い。
 黙さず語れることも多いが、それを語り出すと、自慢話になる。そして大したことなどやっていないので、自慢するほどのことではなかったりするので、やはり黙してしまう。当然自慢することがかっこ悪いと思う人もいる。
 杢下に限らず、人は内面でゴソゴソしている。そしてその内奥は本人にしか分からない。当然といえば当然だ。
 
   了

 

posted by 川崎ゆきお at 11:26| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする