2019年12月13日

3600話 小春日和を待つ男


 塩見は待ちに待った小春日和が来た。世の人は色々なものを待っているのだが、小春日和を待つなどは一寸したものだ。他にもっと待つべきものがあるだろう。ただ、何も待つものなどない人もいるが。
 待つというのは能動的。こちらからは仕掛けない。また、待つ以外には何ともならないこともある。小春日和などがその例だろう。努力しても励んでも願っても何ともならない。
 逆に何もしていなくても小春日和は得られる。無料だ。
 塩見は小春日和を心待ちにしていたのは、冬なので、当然寒いため。それが凌ぎやすくなることが最大の理由だが、ものすごいものが得られるわけではない。
 出不精な塩見にとり、季節が寒くなるに従い出る回数が減る。今ではほとんど外へ遊びに行こうという気がない。そんなとき、望まれるのが小春日和。だから待ちわびていたのだ。この日が来れば出やすいと。
 それで出て、何か大事な用事をするのかというとそうではなく、ただ単に町をうろつくだけ。散策のようなもので、これはしてもしなくてもどちらでもかまわない。これをしないと生活が成り立たないわけでもない。
 だから、趣味の問題だろう。これはこれで役立つ。趣味があることで楽しみが増える。趣味は潤滑油であり、これはあるほうがいいだろう。それなりに役立っている。それに街中をウロウロするのなら、交通費か食事代かお茶代程度で済む。だから、金のかかる趣味ではない。
 町をぶらつく。それは誰にでもできる。技術はいらない。歩けさえすればいい。または何らかの乗り物に乗ることができればいい。
 ところが折角の小春日和なのに、秋の夜長の続きの冬の夜なべをやっており、遅く起きてきてしまった。そのため、出遅れた。
 流石に起き抜けで散策に出るわけにはいかない。
 朝が遅い程度だが、塩見の朝は昼を過ぎているのだ。そこから朝の支度。出る頃になると日はそれほど残っていない。
 それと、寝不足ではないが、体調がよくない。病気ではないが、元気がない。
 それで折角の小春日和を逸してしまった。
 冬の初めの小春日和、気温的にはちょうど。これがもっと冬が深まれば、いくら晴れて気温が高くても、それほど暖かいわけではない。
 こういう日は二日ほど続くかもしれない。天気予報を見ると、明日いっぱいは晴れているようで、夜半から雨になるとか。これなら行ける。
 それで早寝し、早起きした。ところが、陽射しがない。天気予報が外れたようだ。
 それで今回は逸したが、次回の小春日和を待つことにする。
 そういう日は誰にでも訪れる。しかし折角の日を生かすも殺すも本人次第だろう。
 
   了




posted by 川崎ゆきお at 12:15| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする