2019年12月14日

3601話 最初の勢い


 出だしはいいのだが、途中で息切れし、早い目に終わってしまうことがある。当然見事なまでの尻切れ蜻蛉。トンボはどこからが尻なのか分かりにくい。胴体がずーんと端まで行っている。尻というのは端と言うことだろう。どん尻とか。端っこの切れたトンボを作田は見たことはないが、想像はできる。飛びにくいだろう。それに、生きていないかもしれない。
 それで作田は出だしを工夫した。スローなスタートだとどうだろうかと。昔の長距離特急列車の走り出しのように。最初は動いていることが分からないほどスロー。先が長いのだから、急ぐ必要はない。途中でいくらでも取り戻せる。短距離ならその暇もない。あっという間なので、スタート勝負。
 やり始めの勢いが強いほど長持ちしないのではないかと思い、作田はゆっくりとやることにした。しかし最初は気負っているし、興奮しているので、ゲートが開く前の馬のような状態になる。速く走りたくて仕方がない。散歩待ちの犬がやっと連れて行ってもらえたとき、もの凄い力で前へ前へ出ようとする。老犬は別だが。
 この最初の興奮、これを抑えること、我慢することを作田は考えた。やり始めの一番美味しいところかもしれない。そこをガツガツしないで、静かに静かに進めていく。これは何か大人になったような気になる。作田は十分大人なのだが、こういうときは子供のようになる。
 それよりも長期戦になるようなことは、急がない方がいい。最初の頃にエネルギーを使い切ってしまい、ダレたり、バテたりし、徐々にやる気が失せてくるためだ。ここでまだ元気なら続けられるはず。だから最初から飛ばさない。
 そう決心したのだが、気持ちも身体も勝手に動いてしまう。だから我慢なのだ。ここを押さえれば、長持ちする、と自分に言い聞かせた。
 これは良いことに限られるようで、嫌なことなら、できるだけ手を付けたくないので、後回しになる。それどころか放置しているので、スタートさえ切っていない。
 この場合も、ゆっくりと、少しずつやれば何とかなりそうだ。良いことでも悪いことでも最初はゆっくりとやる。急がない。それがコツではないかと作田は感じたのだが、これは意識していないとできない。意識は思い出さないと出てこないので、いつまでこのことを覚えているのかは不明。だがら、しばらくすると素に戻っていたりする。
 心がけ次第でなんとでもコンロールできるのだが、それをそのとき思い出して、そのようにできるかどうかは分からない。
 これは身体で覚え、頭でも、その癖が付いてしまわないと、なかなかそのコツも活かせないようだ。
 だが、急がないといけないときに、ゆっくりでは困る。下手に癖が付いてしまい、なんでもかんでもゆっくりでは不自然だろう。
 それと、その日、そのときの気分というのがある。これが一番行為に関与する。
 では、その気分は何処からやって来るのか。
 そこまで考えたとき、作田は面倒くさくなってきた。それならいつものようにやっている方が楽。途中で息が切れて尻切れ蜻蛉になっても、それはそれでよし。縁がなかったのだ。
 それと小細工や、心がけとかは、できるようでできない。これは性癖を変えないと何ともならないように思える。それを変えると、今度は自分が自分ではないようなところに持って行かれる。自分の感情ではなく、操られた感情。
 それで作田は、この件に関し、何もしないということに決めた。これは決めなくてもそうなるのだが。
 
   了




posted by 川崎ゆきお at 12:42| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする