2019年12月31日

3617話 年の瀬に乗る


 年の瀬、佐々木は別にやることがない。忙しくしている人もいるが、佐々木にはそれがない。ただ座して年明けを待つわけにもいかない。ずっと座ってられないだろう。
 世間のリズム、流れ、調子のようなものがあり、人々の流れに合わせてしまいそうになるが、急ぎ足になる程度。これは寒いので、早足になるのだろう。早く暖かい場所へ入りたいと。
 それと急いでいる方が足腰をきつい目に動かすので、体温も上がるためかもしれない。しかし、鼻水は何ともならない。
 世間に合わせた歩調。しかし、急ぐことはない。それにふさわしい用事があればいいのだが、それがない。忙しい人にとっては羨ましいかもしれないが、何もすることがない人にとっては用のない人間のように思われるので、用なし者は外に出ない方がいいのだ。
 しかし佐々木にも日課がある。散歩とかだ。さらに買い物にも出掛ける。そうでないと外食ばかりになり、そういうものを食べ続けていると、身体によくない。フライものやしつこいものが多いし、それに野菜や果物が少ない。
 それで、スーパーに行ったとき、焼き鯛を見た。竹の舟に乗った正月用の鯛だ。焼き魚だが、まだ正月まで数日ある。それまで持つのだろうかと心配になり、手を出さなかった。大晦日に買ってもいいのだ。
 一人でこの大鯛を食べる。いいではないか。元旦のメインになりそうだ。おせちも売っているが、高いので手が出せないので、安い単品を集めて、盛ればいい。重箱にさえ入れれば、豪華に見えるだろう。ただ、蒲鉾には手を出さない。数倍の値段がしている正月用蒲鉾など買う気がしない。
 しかし棒鱈は買う。これは高くても買う。普段でも棒鱈は高い。
 そういうのを買っていると、テンションが上がりだした。年の瀬の流れに乗ったのだろうか。自分が食べるおかずを買うだけの話なのだが、年末年始の流れに加わったような気がした。
 正月飾りは佐々木は買わない。しかし、餅はどうしても買いたい。飾り持ちではなく、食べるための餅。当然これは元旦に食べる。雑煮だ。そして鯛とおせちの重箱があれば完璧だ。
 鯛も腐らないだろうと思い、それもレジ籠に入れる。焼いてあるのだから日にちが経っても干物になる程度だと思い、決断した。どうしても鯛も一緒に持ち帰りたい。今年最大の獲物のように。
 そしてレジが駅の改札のようにずらりと並んでいるところへ行き、並んでいないレジを探したが、どのレジにも行列ができている。あとはレジ籠の中が少ない人の割合を見る。人よりもレジ籠の量で速さが決まる。そしてレジの人の敏捷さ。だからベテランの人がいるレジが好ましい。そういうことを総合的に判断しているとき、誰も並んでいないレジがあった。休止中だろうと思い、それは無視する気だったが、近付いて覗き込むと、そういう標示物はない。休止中とか書かれたものが見えない。
 きっと今開けたばかりのレジかもしれない。そして、まだ誰も気付いていないのだ。レジ係は真っ赤な口紅を塗ったおかっぱ髪の少女。
 佐々木はレジ行列を横断し、そのレジへと進む。競争者はいない。佐々木だけ。
 レジ台に籠を置くと、いらっしゃいませ、カードお持ちですか、ときた。いつも通りだ。佐々木は手をセンスのように扇いで、ないことを示す。
 そして勘定を済ませ、レジ袋をもらい、レジから出た。少女の赤い唇が一瞬ほころんだ。
 出たことは出たのだが出た場所がおかしい。同じスーパー内で、同じ空間のはず。形式が変わっているわけではない。その証拠に籠からレジ袋に入れるための台もあるし、他の人もそこで詰め込んでいる。
 複数のレジから押し出されてきた客がその台で、それぞれ詰め込んでいる。
 何も変わったところはないのだが、本当にレジから出てきた人だろうかと、妙なことを思った。
 詰め終えた佐々木はレジ袋をぶら下げながら、通路に出た。
 ここがまた何か違う。
 そしてスーパーの自動ドアを抜け、外に出とき、また何かが違う。
 そこから家に向かったのだが、いつもの道なのに、なぜか様子が違う。風景が違うわけではない。冬の緩やかな陽射しで、長い影を作っている。夕方が近いのだろう。
 さらに進むと、その変化はもっと妙になる。取り壊され、更地になったはずなのに、小汚いアパートが残っている。
 そのとき佐々木は気付いた。年越しではなく、年戻りに遭ったのではないかと。
 もしそうなら、用もなく年の瀬を呑気に過ごす人間ではなく、異界に紛れ込んだ冒険者になるではないか。
 年の瀬の流れではなく、別の瀬に乗ったようだ。漂流ではないか。
 佐々木はずんずんとその先、その先へと足を踏み込んでいった。
 
   了




posted by 川崎ゆきお at 12:07| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする