2020年01月17日

3634話 お宝道


 近藤は昼を食べたあと散歩に出るのが日課になっていた。しかも長い。二時間ほどの昼の休憩。自宅で仕事をしているので、何時間でも休めるが、あくまでも休憩時間。この時間、一日の中で一番楽しみにしている。ただ、毎日なので、大喜びするようなことはないが、この長い間合いが好きだ。何もしなくてもいいので。
 自転車で飛び出し、さて何処へ行くかとなると、決まっていない。既に家の周りは走り倒しているので、目的とする場所がない。余程遠くまで出ないと。
 ただ一時間で行け、一時間で戻ってこられる場所に限られる。
 その日は久しぶりに北西へ向かった。この方角はあまり行かない。西でも北でもなく、北西。斜めに貫いている道で、昔の村道のようなものだろうか。
 その先はお寺のある大きな村に出るのだが、今はそんな面影はない。このあたりも実はよく行っている場所。西への道を選べば、その守備範囲に入るし、北への道を選んでも、その守備範囲に入る。だから北東への道を選ばなくても、似たようなものなのだ。
 近藤は決まり事を作っており、東西南北の道を順繰りに選んでいる。しかし北西というのはその中には入っていない。
 それを思い出した近藤は、久しぶりにその北西コースを取った。これは新鮮だ。いつもとは違う道筋になるため、沿道の風景も新鮮に見える。
 まずは文化住宅があったのだが、消えており、できたばかりらしい介護施設のようなのが建っていた。モダンな家だと思い、最初見ていたのだが、個人の家にしては大きい。店屋にしては場所が良くない。住宅地の中だ。
 文化住宅地の敷地は結構広かったようだ。ここに友達が住んでいたのを思い出した。それほど親しくなく、もう縁は切れているが、昔のことを思い出した。きっとその友人も引っ越したはず。それ以前に既に住んでいなかったのかもしれない。
 その先は大きな道と交差しており、信号は常に赤の点滅。隙あらばサッと渡る感じで、渡り方は決まっていない。車が来なければ渡ればいいだけ。だが、間に合う程度の車の接近なら、少し迷うが。
 この信号も以前とは変わっていないが、LEDのうすっぺたいのになっている。
 その角にある煙草屋が当然消えている。だが、看板は出ているし、窓には煙草と切手という文字も残っている。以前は塩と書かれたものがぶら下がっていたが、流石にそれはない。
 その頃、ここでよく煙草を買ったような気がする。家から一番近い煙草屋のためだろう。自販機はまだなかったような時代。
 さらに進むと、川沿いになるが、ここは暗渠となっており、水の流れなどは見えない。二メートルもないような川幅だが、昔は草の中を流れていた。春の小川の、あの景色のようなものだ。魚がおり、それを掬いにここまで来たことがある。当然、今はそんなことをする気はないし、また暗渠ではできない。
 お寺のある村は、さらに先にあるのだが、その途中にファミレスがある。できたときは田んぼの中にぽつりとあったのだが、今はステーキハウスになってしまった。深夜でもやっていたので、夜中、たまに来たことがある。当然ステーキではなくファミレス時代の安いドリンクバーだが。
 そして寺へと続くのだが、結構思い出が詰まっている道だ。それらが沸き上がってくる。
 こういうのは、毎日通っていると、そんな過去の思いなど沸き上がらず、乾燥してしまう。だから、たまに通るのでいいのだろう。
 それで近藤は、この北西へ斜め切りする道はお宝道として残しておくことにした。滅多に行かないように。
 
   了


posted by 川崎ゆきお at 12:17| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする