2020年02月01日

3649話 大軟膏


 小室の十三郎という男がいる。いつもいるわけではない。上の名は分からない。ないのだろう。小室とは小室村の十三郎という程度。しかし十三郎というのは武家の名かもしれない。調べれば分かることだが、調べようがない。十三人目の子かもしれない。昔は子沢山だった。その昔は戦国時代だろう。江戸時代になると、十三人も子供を養えない。大きな家ならいいが、狭い田畑だけを耕している一家なら、人出が多すぎる。それよりも食べ口を減らさないと飢え死にする。
 この小室の十三郎はその戦国の世に生まれている。子が多いほど兵が多くなると、領主は喜ぶ。鉄砲の弾ではないが、矢玉は多い方がいい。
 この領内、それほど戦はないので、百姓も兵を出すのは希。
 耕作地と人の数が合わない。多すぎるので、他国へ出稼ぎに出る。当然兵としても。
 小室の十三郎は、それら百姓兵の頭目。まとめ役だ。
 しかし、実際には戦いなどしたくない。それは名目で、食べるもの目当て。つまり雇われると食べ物にありつける。ご飯さえ食べられれば、もうそれで目的を果たしたようなもの。
 当然兵を雇うのだから、戦がある。そうでないと、そんな銭は払えないだろう。米も減る。
 ただ、この小室部隊、本番の戦いになると、すっと姿を消す。食べるだけ食べて逃げ出す。
 それで、ねずみ部隊と呼ばれている。だがこの部隊は最初から武装しているので、雇いやすい。
 そんな感じでうろうろしていると、野党や山賊に間違われやすいのだが、十三郎は立派な甲冑で、馬に乗っている。騎馬は他にもいる。だからどう見ても武将で、ついてきている歩兵もお揃いの防具と槍。だから山賊と間違われることはない。そして正々堂々と移動している。旗指物もあり、これは小室村の印。そんなものは小室にはないが、長老の家の家紋を使っている。これは神社も、その印のため、縁日の日に立てる幟を使っているようなもの。それに飾りを少し派手にしたのが馬印。ただ、それは移動中で、雇われているときは、使わない。
 そうして、飯だけを食べるために、小室隊は移動し続けている。ねずみの群れだ。
 勝ち戦が戦う前から分かっている場合、当然勝ち組に雇ってもらうが、意外と分が悪いようだ。最前線の、一番きついところに回される。ほとんど弾よけ、矢除けだ。
 だが、戦いのほとんどは小競り合い程度で終わり、数が多いほど、詰め寄りやすい。飛び道具のあと槍部隊として突っ込むのだが、敵も同じように槍。ここではほとんど槍での叩き合い。突くためには一歩出ないといけないが、上から槍で叩く場合、敵との距離は同じ。だから腕力と、勢いだけが勝負。だから小競り合い。
 最初に距離を縮め一歩も二歩も前に出た場合、一番槍と言われる。手柄を立てたければ、そうすればいいのだが、最初の一人が厳しい。勇気がいる。
 十三郎部隊は何度も槍合わせの最前線に出ているが、踏み込まない限り、大丈夫だ。
 この槍合わせのとき、よく見かける男がいる。その横の男も、記憶にある。 
「小室の十三郎か」
「おお、八幡の藤吉じゃないか」
 二人とも、同じような出稼ぎだ」
「お手柔らかにな」
「分かった分かった」
 横に伸びたこの槍合わせ。二人の部隊だけ、同じ位置で、同じ動作しかしていない。
 他の部隊は多少は出入りがあり、押したり、引いたり、押し返したりを繰り返しているが、どうも膠着状態だ。
 そのとき、敵の鎧武者、これは将校だろう。その一隊が突き進んできた。つまり一番槍を入れたのだ。そのあと、どっと槍足軽たちも突っ込んできたため、バランスが崩れた。
 小室部隊が一気に後退したのはそのときだ。
「行くか、十三郎」
「ああ、逃げる」
「またな」
「ああ」
 危なくなると、逃げる。これがねずみ部隊の鉄則だ。
 この小室部隊。色々な場所へ行くためか、珍しいものを買い、それを他所で売るようになる。また傷の塗り薬が流行っていたので、それを大量に仕入れ、それで儲けたこともある。
 ただ、生きていくうえでの最低限の今日食べるご飯。それを得るだけでも、十分だった。
 天下が静まった頃、この小室の十三郎、薬問屋になった。
 今でも小室の地に薬品会社の工場跡や本社跡が残っている。
 地元では大楠公様ではなく、大軟膏様と言われている。
 
   了
  



posted by 川崎ゆきお at 12:20| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする