2020年04月01日

3707話 思川物語


 奥思川。そこは山奥だが、里がある。そこに腕っ節の強い男の子が生まれた。別に異常ではない。異変が起こったわけでもない。よくあることだ。しかし少年になると、同じ世代の子供達の頭になる。山育ちの腕白にすぎない。これもよくあることだ。どの村落にでもあるだろう。
 ただ、青年になると、山を少し下り、川を下り、近くの村まで遠征に出た。ここも思川の村だが、奥思川ほど山奥ではない。奥が取れ、思川村となり、西思川とか東や南などを合わせて思川郡と呼んでいる。
 山育ちの奥思川衆は強い。特に腕っ節の強い三郎という青年が抜きんでており、その家来のような連中もそこそこ強い。それよりも三郎は賢かったのだろう。子供の頃から山を駆け回り、仲間達と狩りをしていた。獲物を追っているうちに、色々と知恵が付いた。これも何処の人間でも、同じだろう。
 しかし、成人になっても、まだ三郎の周囲には家来が付き従っていた。家業を手伝わないで。といっても田畑は僅かで、山仕事や川仕事で食っているような村。自給自足でやっていけるとはいえ、もう少し開けたところに出たい。
 大人達の、そういった望みを三郎が果たし始めた。奥から出てきて、思川に仮小屋を建てる者も現れた。これは奥思川の産物を売る直販所が名目だったが、徐々に思川に関わりだし、一寸した村同士のいざこざが起きたとき、奥思川衆が乗り出した。三郎が引き連れている山男達は武装していた。といっても山斧や山刀や弓程度だが。
 しかし、その集団に匹敵する武装集団は思川の村々にはいない。
 思川にはいくつかの村が点在しており、三郎は全ての村に関わり、やがて有力者の一人になった。というより、三郎しかいないようなものだ。
 その頃から名を思川の三郎と名乗るようになる。思川は広い。山深い場所だが、下ると平野部に出る。そこが本来の思川だ。そして海が近い。
 三郎は川の上流部で力を付けたのだが、その息子の代にはその一帯を支配していた。村人が受け入れたのは征服されたわけではない。その方が村同士のいざこざが減るためだ。
 そして三郎の孫の代に、山間部から平野部へと降りてきた。
 曾孫の時代、思川の平野部に館を構えるほどになり、思川そのものを支配した。
 三河の松平家が、奥三河から出てきて、三河を取り、徳川と名を改め、天下を取ったのに似ているが、そういうことが方々であったのだろう。
 
   了
 

posted by 川崎ゆきお at 12:27| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする