2020年04月10日

3716話 凡将の罠


「有力部隊が谷に入ります」
 物見からの報告。
「誰だ」
「旗印から畑山かと」
「畑山か」
「はい」
 伝令が去ったあと、本陣で会議が開かれた。
 要するに、予定戦場へ、畑山部隊が谷を通ってやってくるということ。これをどうするかだ。
「明部谷へのこのこ出てきたのか。なぜその道なのだ」
「凡将」
「畑山かが」
「そうです。確かに有力部隊ですが、それを引き連れているのは畑山」
「いや、わざわざ奇襲されやすい明部谷など通るかなあ」
 渓谷は狭く、また伏兵を置く場所には困らないほど、見晴らしが悪い。まるで、待ち伏せしてくださいと言わんばかりだ。
「策があるとみた」
「ですが、畑山には、そこまでの頭は」
「いや、家来に知恵者がいるのかもしれん」
「畑山を渓谷経由で進むよう命じたのは誰でしょう。畑山殿はその命に従っているだけかと」
「敵の本軍は」
「街道から来ています。二手に分かれて」
「では都合三手から来ているのだな」
「はい、その中でも畑山勢は大軍です。主力といってもいいほど」
「渓谷で待ち伏せに遭えば、敵は負けだろ」
「はい」
「それが分かっていながら、明部谷を通らせている。これは罠じゃ」
「では、どうすれば」
「渓谷で畑山を叩くには、それなりの兵がいる。いくらでも待ち伏せできる場所がある。それこそ、こちらも大軍で待ち伏せることになる」
「少数でもよろしいのではありませんか。奇襲なので」
「しかし、それなりの人数を割かねばなるまい。それが敵の狙い」
「そうなんですか」
「そのままでよい」
「しかし、いい機会です。物見が発見するのが早かったので、それを生かせば」
「兵を谷に向かわせれば、予定戦場が弱くなる。敵は二手に分かれてくる。一気に突かれる。だから罠。手を出すな。その手に乗るな」
「しかし、畑山は凡将。そんな知恵はあるとは思えません。谷を通った方が早いので、明部谷へ入ったのでしょ」
「だから、命じられたとすれば、どうだ。畑山の知恵ではない。それに知恵があれば明部谷など通らぬ」
「分かりました」
「敵が迫っておる。予定戦場へ急ごう。まともにぶつかれば、兵はこちらが優勢。小細工してくるのは劣勢の敵側。乗るな乗るな」
「ははー」
 双方予定戦場で対峙したのだが、敵は二手だけで、三手目の畑山隊が来ない。敵の三分の一は欠けている。別に奇襲を受けていない。
「敵は少ないです」
「ただでさえ、劣勢。そのうえ畑山隊がまだ来ておらん。一気に叩け」
「お待ちください。畑山隊には手を出さなかったはず。近道なので、真っ先に来ているはずです。その姿がないというのは」
「ないというのは」
「横か裏に回られたのでは」
「そんな遊軍のようなまねは畑山にはできんはず」
「しかし、姿が見えないのはおかしいです」
「物見はどうした」
「報告がありません」
「では、畑山隊はどこにいるんだ」
「さあ」
「敵が向かってきます」
「待て、迎え撃つな。挟み撃ちにされるぞ」
「え、でも後方に畑山隊の姿はありません」
「罠じゃ。挟まれる。後退じゃ」
「ははー」
 その頃、畑山隊は、明部谷で迷っていた。別に特命を受けたわけではない。予定戦場へ向かっていたのだが道に迷った。
 本来、遅れをとったことで、叱られるところが、遅れたため、戦場に姿がなかったことで誤解され、敵は後退したため、勝ち戦になった。
 罠などなかったのだ。
 
   了




posted by 川崎ゆきお at 11:41| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする