2020年05月27日

3763話 寛げない喫茶店を探す


 北岡は部屋の中でできる仕事をしているのだが、そこではしない。ノートパソコンを持ち出して、外でやる。主に喫茶店だ。今ではよく見かける姿だが、仕事場がないわけではない。部屋にはデスクトップパソコンがあるし、モニターも大きい。こちらの方がスピードも早く、効率もいいのだが、やる気がしない。
 それは自室というのは寛げるため。また寛げるようにしないと、自室の意味がない。内と外の関係があり、家は寛げる場所。これは他人の視線が来ない場所で、家の中ではどんな姿勢でもかまわない。
 これがどうも北岡の仕事とは相性が悪いようで、寛いでしまうと、もうやる気がしない。自室なので好き放題ができるのだが、一番好きなことは寛ぐこと。
 家を仕事場に使えないわけではないが、それなら自宅の意味が変わってしまう。仕事場で寝起きし、仕事をする。仕事にはいいが、仕事場で寝たくないし、そこでご飯を食べたくない。
 それで、複数の喫茶店を梯子するのだが、寛ぎやすくない店というのがある。これは結局は人だ。たとえば店の者が常に視野内にいること。これが気になる。たとえばカメラを取り出し、モニターをメモ代わりに写す場合でも、店の者は当然それを見ている。客を監視しているわけではないが、視野に入っていると、動くものを見てしまうのだろう。それと変化とかも。
 実はこういう店ほど仕事が捗る。逆に落ち着いた店で、店の者も奥に引っ込んだままでテーブルとテーブルの間隔は広く、しかも敷居で軽く目隠しされている。確かに寛げる。プライベート面がいい。しかし、仕事は捗らない。寛いでしまうため。だから、自室と同じことになる。
 それと、遠くにある店ほど捗る。また滅多に行かない店でも捗る。
 これは何か。
 つまりは、何かをしていないと、間が持たない。それで仕事に集中できる。寛げる隙間がない。
 たまにしか行かない喫茶店は、慣れていないので、これも寛げない。それと仕事場ががらりと変わるようなもので、新鮮。それで仕事もさっとやってしまえる。
 しかし、寛げない喫茶店は仕事は捗るが、あまり行きたくない。店の者や客などから好奇心半分で見られている。行きつけの店ならそれはない。互いに慣れているためだろう。得体も大凡分かっている。どんな客かを店の者も把握している。
 好ましい喫茶店、親しみがあり、日常の中にすっかり溶け込んでいる店は逆に仕事が捗らない。そういう矛盾がある。それなら自室でやっているのと変わらない。
 
   了
 



posted by 川崎ゆきお at 12:52| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする