2020年07月28日

3825話 恐怖小説家と幽霊画家


 馬が合うとは乗りやすいのか、乗せやすいのかは分からないが、人と人の関係でも、馬が合うタイプがある。ここに登場する小説家と画家もその関係で、長く付き合っている。互いにジャンルが違うためか、踏み込みすぎた関係にならないためだろう。小説に関して小説家よりも詳しい画家もいるし、画家よりも詳しい小説家もいるが、この二人はそんな関係ではなく、もっと単純なもの。目指しているのは似ていても手段が違うと、また違うのだろう。だからライバル関係ではない。
 しかし、目指すものが似ているのは、扱っているものが似ているため。ホラー小説と幻想画。確かに似ているが、もう一歩踏み込むと、ホラーだが、怪奇小説、恐怖小説という、もう一段狭いところにいる。そして幻想画家も、幽霊画のようなものを書いているのだ。この一段の踏み込みは貴重だろう。そういった二人が偶然知り合ったのは奇跡のようなもの。ただの小説家と画家ではない。
「どうもいけないなあ」
「またですか」
「幽霊を書いていたのだけど、怖くなって。捨てた」
「またですね。僕も、少し怖い話を書いたのですが、保存するとき、キャンセルしてしまったのです。保存したはずなのですが、違うところを押していたんでしょうねえ。自動バックアップは外していましたから、痕跡は何も残りません。残念です。しかし、非常に怖い話でした。もう一度書く気はありません。短い話ですが、同じことをまた書く気がねえ」
「私もそうです。途中で破り捨てて、ゴミ箱です。あとでもったいことをした。惜しいことをしたと思い、もう一度書こうとしましたが、また怖くなってきて」
「何でしょうねえ。僕は一度じゃなく、何度もあります。またか、という感じで」
「私もそうです。若い頃から」
 二人は既に四十代に差し掛かっている。
「私が思うには、やはりこれは作為がある。止められているんです。何かが止めに入っているのです」
「僕もそうだと思います。若い頃など下書きのノートが消えていました。ノートを落としたんじゃありません。メモのようなものをノートに挟んでました。数枚です。手書きでも、ワープロを使っても、パソコンを使っても、似たようなことが起こるのです。ファイルが消えたとか、間違って削除したとか。いずれもその気はまったくありません。これも止められているんでしょうねえ。妨害です」
「私は若い頃、書きかけの恐怖画を汚してしまいました。醤油が付きましたねえ。取れません。書き直さないと。何故そんなところに醤油が、という感じなんですが、イーゼルの前で餃子を食べていたのです。タレがないので、醤油を付けようとして、醤油瓶を掴み損ねたはずみに」
「やはり、書かせないようにしているのですね」
「そうです。仕上がれば傑作です。幻想画というより、恐怖画です。それには幽霊は出てきませんでしたがね。まだ中途なんですが、幽霊がいそうな絵なんです。だから、傑作です」
「はいはい」
「その後、本当の幽霊を書いたのです。幽霊画です。もろです。その絵があまりにも怖くて、その続きを書けませんでした。もし書き上げておれば、傑作です」
「僕も似たようなことが幾度もありましたよ。こんな怖い小説は初めてだというようなときに限って、止めが入るのです。書かさないような」
「やはり、何かが止めているんでしょうねえ」
「そうだと思います」
「私は若い頃に書いた絵が世に出ていれば、もっと有名になれたはずです」
「僕もそうです。あのとき、メモを落とさなければ傑作ができていたはず。しかし落としたため、もう書く勢いが消えました」
「水を差された感じですねえ。やはり止めが入った」
「そうですそうです」
 二人は年齢的には脂の乗りかかる頃で一番いい仕事をする年代なのだが、鳴かず飛ばずのままでいる。
 止めに入るものさえいなければ、というのが二人の共通点で、これが絆になっている。
 それで、その日も、大いに盛り上がった。
 
   了



posted by 川崎ゆきお at 12:14| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする