2020年07月30日

3827話 揺れる


 夜中、パソコンのモニターばかり見ていると、たまに違うところを見たくなる。そんなもの、すぐにできることだが、見ても仕方がない。それで見ないだけだが、近距離で同じところばかり見ていると疲れる。
 近藤は見る気はなかったが、視界にそれが入った。やはり、目立つものが視界に来ないと、見ないもの。しかし、モニターの後ろは本棚。左は窓だがカーテンが閉まっており、外は見えない。風でカーテンが揺れることはあるが、それは気にならない。わざわざそんなもの、見るまでもない。分かっていることだ。しかし右側は本箱の右側になり、そこには物入れがある。小さな箪笥のようなもの。そして入口の扉。ここは開いている。だから隣の部屋の一部が見える。その方向が何か違っている。それで、やっと目玉を動かすと、煙。部屋の色が青く変わったように見える。これはすぐに分かった。煙草の煙だ。そちらへ流れ、そのまま溜まっていたのだろう。煙は僅かながら揺れていた。
 だが、火の気も煙が出るようなものがなくても、少し薄暗いところ見ると、モヤッとしているようなときがある。しかし、今回は煙草だろう。
 それを確認し、再びモニターに向かう。
 遅くまで作業していたので、そろそろ寝る時間が近づいている。それに疲労感もある。目も休めたい。それでその日は普段よりも早い目に床についた。
 夜中、まだ明け方ではないが、それに近い時間。近藤はトイレに立った。これはよくあることで、体が冷えているときなど、二回ほど立つことがある。最近はそれがない。だから珍しい。
 むくっと起き上がった近藤は、寝る前に見たモヤができていたところを見る。流石に暗いので、もうそれは見えない。
 そしてトイレへ繋がる廊下。その壁にタオルを掛けている。所謂タオル掛け。手ぬぐいほどのタオルが数枚掛けてある。その一枚が揺れている。
 外に面した窓は開けてあるので、風が入り込んでもおかしくない。しかし、三枚の中の一枚だけがヒラッとした。大きな揺れではないが、動くと目立つ。
 近藤は、そっとそのタオルを掴んだ。そして、揺らしてみた。普通に揺れる。その隣のタオルも揺らしたが、隣のタオルとくっついているのか、揺れが緩い。先ほどヒラッとしたタオルは、端にあり、そしてお隣のタオルとくっついていない。だから揺れたのだろう。おそらく風で。
 トイレから戻ってきたあと、熟睡したのか、朝まで一気に寝た。
 そして、朝の用意をし、仕事場へ向かう。
 駅までの道筋の中に、狭い路地がある。近道なので、そこを通っている。昔の長屋のようなところ。そこを抜けている最中、動くものがある。上の方だ。白いものが動いている。すぐに洗濯物だと分かったが、その一着だけが揺れていた。Tシャツだろうか。
 駅に出て、いつもの電車に乗る。少し遅い目なので、もうラッシュ時ではない。しかし、座れないが。
 それで吊り革を握りながら、何気なく車両の奥を見る。何人か立っているだけで、隣の車両の一部まで見える。
 そのとき、少しだけ違う揺れ方をしているのを見た。吊り広告だが、一枚だけ、動きがおかしい。
 終点は大きなターミナル駅で、大都会。人の流れの中に近藤は入る。同じ流れだ。同じ方角へ向かう通路のためだろう。
 その流れが少し乱れた。
 誰かが逆行するように、入り込んだようだ。それで流れが少し変わる。
 別に一方通行ではないが、この時間、反対側から来る人が少ない。
 その人が近藤のところまで来ているのか、前の人が左右に割れる。
 近藤も避けようと、右側へ寄った。
 どんな人だろうかと、近藤はその人を見ようとしたが、見えているのは隙間だけ。
 一人分のスペースが動いているようにも見える。そして、その周辺の人々は麦畑のように揺れていた。
 
   了


posted by 川崎ゆきお at 12:47| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする