2020年08月08日

3836話 下り坂の快感


 今まで追いかけていた対象が圏外になった。もう興味を失ったのか、追いかけるほどのものではなくなったのか、それは分からない。追いかけきれずに距離を離され、視界からはもう見えなくなっただけのことかもしれない。
 マラソンでも前を走る選手が見えているときは追いかけようとうとするが、消えると、自分だけの世界になる。ただ、後ろを見ると、近付いて来る選手がいると、追い越されないことが目的になったりするが。
 やる気をなくすのは、目標が見えなくなるためだろうか。対象が消えたわけではないが、距離が遠すぎて、やり遂げるのは難しいと考えたときだろう。
 黒須は離れていく前方の選手を必死で追いかけていたのだが、遠すぎるため、諦めた。ほとんど不可能に近い。追い越せる力があるのなら、最初から先を走っているだろう。力不足なのだ。原因はそれ以外にない。
 最終的には完走。最初から完走だけを目的にしておれば、周りの選手のことなどどうでもよかったりする。むしろペースを乱される。競い合わない方がよかったりする。
 しかし、完走さえ難しいことがある。時間制限があるためだ。それは歩いてでは無理な時間。しかし、最初からマラソンのスタート時点から歩くような人はいないだろう。
 黒須は完走が目的ではなく、それなりに何人かを抜ける力がある。いいときはトップグループとはいかないが、その後方に食い下がれる。そのままゴールまで行けば十位以内に入れる可能性がある。それが目標。
 マラソンは何度でも挑戦できるが、人生は一回しか走れない。ただし、それが非常に長い。それに一日中走っているわけではないし、別のことをしていることもある。
 人生をマラソンにたとえたとすれば、順位はほぼ最初から決まっているようなもの。過去の記録から、それは推測できる。その人の自己最高記録を見れば分かる。おそらく本番でも、その順位に近い結果になるだろう。結果はだからもう大凡は分かっている。
 ただ、コンディションやハプニングがある。それで、狂うかもしれない。
 ノーマークの選手がトップグループに混ざっていたりする。黒須はそのタイプで、それを狙っているが、トップに出たことは当然ないし、上位に近いところにはいるが、ノーマーク。
 そういう人生というのは、結構厳しいものだ。
 その厳しさに耐えかねてか、我慢できなくなったのか、方針を変えてみた。
 完走だけでもいいのではないかと。
 それにランナーとしては年をとりすぎた。伸び盛りではなく衰え盛り。盛んは盛んだが逆側だ。
 それに切り替えてから楽になったが、成績は下がる一方。
 下り坂の快感というのがある。今まで登った分、下りは楽。貯まっている貯金を出すようなもの。
 さて、それで黒須が満足を得られるかどうかは、黒須の気持ちだけにかかっている。
 
   了

  


posted by 川崎ゆきお at 12:02| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする