2020年09月30日

3888話 万次郎坂


 万次郎坂を登り切ると枝道がある。峰に向かう山道で、滅多に人は入り込まない。山の頂に用はないためだ。しかし峰伝いに歩いている人がいる。何処の誰だか分からないが、集団で移動していることもある。
 万次郎坂はその集団の中の一人の名前で、ここで果てている。特に何かをした人ではないが、里人との交流があった。万次郎小屋というのが峠にある。いつも移動する仲間と外れて、そこに定住した。そして商いをやっていたのだ。
 その峠坂のことを万次郎坂と呼ぶようになった。万次郎は愛想のいい人で、商い向け。人柄も優しいが、身体は大きい。
 その万次郎、何かを成した人物ではない。ただの山店の主人。歴史に何も残さなかったのだが、坂の名で残っている。ただし小屋のあった峠は別の名。これは古くからある名なので、流石にそこまでは変えられない。ただ峠坂には名がなかったので、万次郎坂と名を付けた。これは里人が付け、その後もずっと使われている。
 今でも地図に載っている。ただしハイキング地図だが。
 ハイカー達はこの万次郎坂が好きなようだ。真っ直ぐに伸びた坂道で、下界がよく見える。この坂を登り切れば山向こうに出られる。だから、この坂に辿り着けば、もう越えたのと同じ。
 坂はそれほど険しいものではない。里からも近い。
 万次郎以前も峠に市が立ったことがある。
 山のこちらとあちらとではお国柄が違う。その両者がこの峠で取引をしていた。それはうんと昔の話で、万次郎が小屋を建てた頃は、終わっていた。
 山を移動する集団に属していた万次郎は、かなり離れたところの物を売っていた。これが珍しかったのだろう。
 万次郎は里で鼻つまみ者の娘と結婚し、子供も成した。その娘、男っぽかったので縁がなかったのだろう。
 しかし、万次郎が亡くなると、母子はすぐ下の里で暮らすようになる。母親の里でもあるためだ。
 父は偉業をなしたわけではない。しかし、その頃から万次郎坂と呼ばれるようになっていたのだから、一寸したものだ。
 山店は消えたが、山を移動する集団が、たまに万次郎の子供達の家を訪ねたりした。いずれも万次郎の縁者だろう。
 そのうち峠の店ほど派手ではないが、里で萬屋を開いた。
 珍しい品々は城下から来るのではなく、万次郎坂を下ってやってきた。
 今も残る万次郎商会というのは、その末裔が明治の開港時に起業したもの。貿易商だ。万次郎の名はここにも残っている。
 
   了





posted by 川崎ゆきお at 12:35| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする