2020年10月08日

3896話 浮かぶ幽霊


 何かあるものよりも、何もないものの方が乗りやすいかもしれない。それは意識の乗せ方だ。何もないと、何かあるのではないかと探したりする。何かあるものはその何かが分かっているので、適当に見る。分かりきったものなら、もう見ない。
 ところが、何もなさそうなものでも、何かありそうな気がする。実際にはまったく何もないことなどはない。何かが確実にある。ただ、あまり意味のないもの、気にするようなことではないため、何もないと言っているだけ。または目的とするものがない場合、何もないとくる。別の人が見れば有意義なもの、有為なものがあるのかもしれない。
「見識を広めるには何もないものを見ることじゃ」
「それじゃ、拡がりませんよ」
「いたずらに広げても深みがない」
「しかし、何もないものをじっと見るなんて、苦痛です」
「そのうち、見えてくる」
「何がです」
「意味のあるものが」
「本当ですか」
「私は嘘は申しません」
「それが嘘だと思うのですが」
「ものをよく見るとは、見識を変えること」
「見方ですか」
「見る方法を変えることで、何でもないものが変化する」
「でも、より狭くなりませんか。より細かいところまで見よということでしょ。うんと目を近付けて毛穴まで見るような」
「そうではない。何もないものに何かが生じる」
「本当ですか」
「そのものに生じるのではなく、見る側に生じる。別の切り口に変えたので、見えてくるのじゃ」
「何が」
「だから、何もないと思っていた認識とは違うものが生じるのだ」
「面倒そうですねえ」
「まあ、試してみなさい。そして何かあるものではなく、何もないようなものを今後注意深く見なさい」
 弟子はそれを実行した。
 すると、何でもない通り道で幽霊が浮かび上がった。
 何もない通り道。何もないはずなのだが、もの凄い何かと遭遇したのだ。早速師匠に報告する。
「幽霊を見たとな」
「はい、何もないはずの道を見ていましたら、とんでもないものを見ました。師匠の仰る通りです」
 師匠が想定したのはそういうことではない。
「本当に幽霊を見たのか」
「はい、見ました」
「誰の」
「さあ」
「その幽霊、どうした」
「すぐに消えました」
「歩いておったか」
「いいえ。地面から少し高いところに浮かんでいました」
 師匠はぞっとした。
 
   了




posted by 川崎ゆきお at 13:00| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする