2020年10月25日

3913話 谷底の町


 細い道から抜け出すとバス道がある。しかしそれほど広い道ではなく、市バスが信号待ちしている。その横腹が見える。石田は道を渡り、バスの後ろに付こうとした。バスの真後ろまで来たのだが、左側に自転車が通れるだけのスペースがある。それを考えてバスは信号待ちをしていたのだろうか。
 信号はまだ変わらないのか、バスは動かない。石田はバスをすり抜け、前に出たが赤のまま。いつもは信号を渡るのだが、左へと曲がった。待つのが嫌なため。別に目的はないので、真っ直ぐ行ってもいいし、そちらの方が慣れたコースなのでいいのだが、自転車を止めたくない。そのまま走り続けたいので、曲がった。そちらの道も広くはない。
 そこが分岐点だった。それは至る所にあるのだが、その日はそれで変化した。真っ直ぐ行くよりも早く戻れる。既によく走ったので、疲れていたこともある。それと秋が深まり、寒いはずだがよく晴れており、暑いほど。この暑さが疲れの原因かもしれない。
 左に入ったまま進むと路面には何もない。だからあのバスは誰も通過しないところで信号待ちしていたのだろう。
 真っ直ぐ進むとネットがある。野球のボールなどが外に出ないように。その学校の運動場が左側に見えてきた。以前、木造の市民病院があった敷地。かなり前に移転した。
 そこを通るのは久しぶりで、さらに進むと道は狭くなる。
 そしてさらに狭い道と交差している。坂道だ。下るようだ。住宅地の奥へと下っているが、車はすれ違えないだろう。だから一方通行のはず。
 家の敷地に合わせたような小道で、じぐざぐに下っている。ここを自転車で登るのは大変だろう。下り坂なので楽そうなので入り込んだようなもの。
 小道はさらに狭くなり、カーブどころか直角に曲がっている。それでも直進は直進。そして小道ではなく、路地に近くなる。しかし、左右に枝道はない。玄関口や門はあるが。
 あのとき、バスと一緒に信号を渡っていれば田畑の拡がる場所に出る。そこに果樹園もあり、柑橘類を遊びで植えていたりして、結構いい風景が続いていた。しかし、そのコースはよく行くので、パスしたのだが、住宅地の底に入り込むとは思わなかった。
 大きい目の屋敷といってもいいような家もあり、苔むした塀もあり、これはこれで風景としてはいい感じだ。
 下り坂はまだ続いている。表の大きな道、先ほどのバス道も、そちらへ行くとき、坂を下るのだが、少し長いような気がする。
 そこは普通の住宅地。人が住んでいる。数メートル先の窓の向こうに普通の人が普通に暮らしているはず。
 暑かったはずなのに、底冷えがしてきた。まるで渓谷へ降りたような。渓流はないが、その路地が川だろう。
 さらに坂が続くどころか急坂になっている。石田はブレーキレバーを握りっぱなしで、たまに足を着ける。ガクガクとした曲がり角が多いので、そのままでは曲がれない。
 こんなところに谷などない。一寸した丘を下り、平地に出るだけなのに、まだ下り坂。さらに勾配がきつくなり。もう自転車から降りないと、危なくなる。
 周囲は普通の家。人が住んでいるはず。
 そして道はさらに細くなり、ハンドル幅ギリギリ。
 そこを下りきると、一寸した空間があった。中庭のようだが、擂り鉢の底だ。
 降りてみると、道が二つほどある。いずれも坂道で細い。
 ここがどうやら坂の終わりのようで、底を突いた感じで、もうそれ以上の下りはない。
 石田は二つの道を覗き込んだ。同じような細さ。勾配も似ている。
 その一方から音がし、ガシャガシャと降りてきた自転車がある。
 石田と同じような年格好だが、もの凄く細いタイヤのスポーツ車に乗っている。
「ここは何処ですか」
 石田が聞きたいところだ。
「さあ」
 しかし、仲間ができたので、少し安堵した。
「そこの家の人に聞きましょう。脱出方法を」
「どういうことですか」石田が聞く。
「勾配がきつすぎて登れないのです」
 しかし周囲は家で囲まれている。普通の人が普通の暮らしを、ここでやっているはず。
 しかし、聞く相手がいない。
「駄目です。誰もいません」
「これだけ家があるじゃないですか」
「呼んでも出てきません」
 石田は一寸した刺激が欲しいので、自転車でウロウロしていたのだが、これは少し刺激が大きかったようだ。
 
   了
 

posted by 川崎ゆきお at 13:57| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする