2020年10月31日

3919話 巨木のある庭


 気候がいいのか、秋の寒さはなく、陽射しでぽかぽかと暖かい。高気圧に覆われ日本晴れ。
 吉村は天気の良さに引っ張られ、また押されて散策に出た。散策先を散策しないといけないのだが、とりあえず家を出た。家にいるのがもったいないような日和。部屋の中より外の方が暖かいので、これも理由だろう。
 引っ越してから僅かしか経たないので、近所がどうなっているのか、まだ把握していない。大凡のことは分かっている。丘陵を背にした住宅地。以前は全部田畑だったらしい。そのため古い家などはほとんどないが、村はずれに建つ農家だろうか、そういうのがポツンと残っている。数軒ある。これが村の本体ではなく、本体は町になっている。
 村時代は村はずれの田んぼ。何故、そんなところに数戸だけ建っていたのか分からない。
 吉村が引っ越して最初目にしたのは大木。それが旧農家の庭に生えていたのだが、三階建てぐらいしかない住宅地なので、その大木は目立つ。
 大木の周囲はこんもりとした繁みがある。いずれも旧農家の庭木だろう。しかし、神社ほどの規模がある。それで、土地の神様に挨拶するつもりで、行ったが、ただの民家。当然木の下まで近付けない。
 そのことを吉村は思い出し、その大木へと向かった。これで散策ネタを散策しないで済む。目的ができた。
 歩いて僅かな距離だが、遠くから見えていた大木も、近付くと住宅の屋根が遮り、よく見えなくなる。また、複数の業者が適当に分譲した新興住宅地なので、行き止まりが多い。それで、すっかり迷ってしまったのだが、家の隙間からちらっと大木の一部が見えるので、それを頼りに舵を取った。
 村の中心部から外れたところに、何故家を建てたのだろう。
 これが謎だったが、村はずれのため、田んぼが遠いので通うのが面倒なためだと、後で分かった。
 この謎が解ける前の話なので謎を含んだままの散策を楽しんだことになる。そうでないと、散策にならない。分かっているのなら、謎を探す必要はない。
 前回来たときと違い、大木のある屋敷の門が開いていた。まるで武家屋敷のような門だが、その門ではなく、勝手口の門。大きな門は行事でもない限り開けないのだろう。
 勝手口なので勝手に入ってもいいような気がしたが、やはり声をかけるべきだ。しかし用事がない。門が開いているお寺なら、入ってもよろしいと言っているようなものだが、ここは普通の人が住む民家。ただ敷地は農村時代の規模があり、このあたりの一戸建てなど太刀打ちできない広さ。
 吉村は、そっと中に入り込んだのだが、ここで声をかけられたときの返答は大木を見たいから、というのを用意した。これが用事だ。
 庭といっても広場に近いほど広い。ここで農作物を乾燥させたりするのだろうか。だから普通の家の庭とは違う。
 母屋の横っ腹を横切らないと大木のあるところへ行けない。
 母屋は古いものではないが、農家時代の形をしている。硝子戸が横腹に張り付いたように並んでいる。何枚あるのか、まるで旅館並み。硝子が反射して、中の様子は見えない。
 その横腹を半分ほど通過したあたりで、声がかかるのではないかと思ったが、見付からなかった。これでは空き巣だ。断りなしに人の家の敷地内に入り込んでいるのだから。
 そして木戸があり、それも開いている。その中は普通の庭。よくある家庭の庭。その奥に大木や、その家来のような樹木が生い茂っている。
 神社の神木並みの太さと高さがある。それが一般民家の庭にあるのだから、巨大すぎる庭木だ。
 それを見たので、田村は目的を果たしたため、さっさと出ていった。
 当然保存木として、指定されているようで、その立て札も確認している。
 
   了



posted by 川崎ゆきお at 12:45| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする