2020年12月10日

3959話 滑らない塗り箸


 岩木村の山裾に石像群がある。いずれも小さい。しかし仏ではなく、人の顔。仏になり損ねた羅漢に近い。中には顔も姿もないただの石饅頭もある。
 石仏は横に拡がり、並んでおり、その後ろにも並んでいる。三段ほど。既に周囲は草むしているのだが、誰かが手入れしているのか、完全に草に覆われることもない。数十体もの石像だが、方々から集めてきたものではなく、最初からそこにあったようだ。
 里山歩きの人がそれを見付けたのだが、特に説明はなく、謂れを書いたプレート類もない。
 興味深いのは人の顔をしていること。それほど身分の高い人には思えない。中には笑っているのもある。
 こういうのは飢饉とかで亡くなった人を供養するため作られることもあるので、それに近いのではないかと、散歩者は考えた。
 そこへ運良く老婆が花束を手に上がってきた。よく見ると石像に竹筒がある。花は既に枯れているので、その交換に来たのだろう。
 花は菊。野菊だろうか。花びらが小さい。石像分を束にして持ってきたようだ。まあ、亡くなれば仏になるのだから、石仏といってもいいのだが、仏とは違い、妙に生々しいお顔。しかし、長い年月で風化し、顔立ちがもう分からないのもある。
「これは、何でしょう」
「ああ、亡くなった人達ですよ。この村の人だったと聞いております」
「飢饉か何かで」
「いや、戦って亡くなられたと聞いています」
「一揆とか」
「違うようです。敵と戦った勇者さん達とか」
「数が多いですね。勇者の」
「村の大人は全員戦ったようですよ」
「どんな戦いです」
「この村の領主と共に戦ったのです」
「軍役ですか」
「いや、足軽を出すのなら、この村は数人でいいのです。そうじゃなく、村を守るため、立ち上がったのです」
 木蔵という百姓が、村人をまとめ上げ、敵の侵入を防ぐ戦いを始めたらしい。領主の城へはこの村を通らないといけない。そこに出城や砦はない。村があるだけ。どちらにしても、村に入り込まれる。
 しかし、勝ち目のない戦いで、領主と敵との兵力差がありすぎた。
 隣村も敵の侵入コースに入っていたのだが、ここは村を捨て、村人は山に逃げ込んだ。もう一つ、領境の村は入り込んできた敵の部隊を歓迎し、受け入れた。いずれはこの敵の領地になるのだから、抵抗はしなかったし、また領主も、ここまで兵を出さなかった。そして村人だけでは戦ってもしれているし、無駄なことだと諦めたのだ。
 ところが、石像のある村には木蔵がいた。村の若きリーダーで、いずれは村おさになるだろう。人気があり、人望もある。ただ雄弁で勇敢すぎた。
 敵は農民とは戦わない。これは資産なのだ。年貢を取るための。
 戦いは簡単に終わり、領主が変わった。石像のある隣村の人達も山から戻ってきた。その村人が、この石像を作ったらしい。
 廃村に近い状態になり、その後、人を入れて、新しい村として生まれ変わった。
 老婆からその話を聞いた散歩人は、何とも言えない気持ちになった。
 
   了

 

posted by 川崎ゆきお at 13:03| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする