2021年01月06日

3986話 敵の回し者


「日が沈んでいきますねえ」
「今年も終わりじゃな」
「いえいえ、明けたばかりですよ」
「そうじゃったか、早いと思った」
「早すぎます。それじゃ一年は一日しかありません」
「じゃ、今年といわないで、今日といったらいいのじゃな」
「どちらにしても今年一年たっぷりと日はあります。年単位で」
「光陰矢のごとしというので、一日で一年が終わってもおかしくあるまい」
「それはないと思います」
「しかし数十年前のある年なら、一日分程度の記憶もなかったりする。そんな年があったのかと思うほど。何も思い出せない。これはもう瞬間じゃ」
「柴間様に与えられた猶予はこの一年間。大丈夫ですか」
「ああ、一年あれば何とかする」
「よろしくお願いします。御家老の島田様もそれを聞き安心するでしょ」
「島田か、その命なら仕方なかろう。やってみよう」
「柴間様にしかできません。島田様は期待されておられます」
「で、何をすればよかった」
「また、ご冗談を」
「分かっておる、調略だろ」
「大きな声で」
「隣国へ一年ほど移ろう。そこで画策する」
「よろしくお願いします」
 浪人者に変装した柴間は隣国に入るとすぐに城下に滞在し、城と連絡を取った。
 この柴間、実はこの城に仕えていた。今でいえば二重スパイ。しかし、それはもうバレバレだった。
 柴間もそれを知っており、ばれていることを承知で動いている。
 状況により、態度を決めるようだが、実は二つの勢力間をうろうろする使者でもあった。
 要するにどちらの勢力にも行き来できるので、間に入って、いろいろとしているのだ。
 こういうのは中立の僧侶などがやるのだが、柴間はどちらの勢力からも禄を貰っており、かなりややこしい関係にある。
 城内の奥深いところで、柴間は家老と対座している。密談だ。
 柴間は頼まれた調略をここでする。その家老に寝返るように進めた。これが成功すれば一日ですむ。一年もかからない。
 その家老、いい話なので、受けた。しかし一年間待って欲しいと。なぜならいろいろと準備があるし、他の武将も誘うので、一年はかかると。
 柴間が次に会ったのは、ここの殿様。柴間はその家来でもある。
「調略はうまく進んでおるのか」
「はい」
「もう一年近くなる。そろそろ種も育っただろ」
「はい、あとしばらくです」
 この殿様も柴間が二君に仕えていることを知っている。そして裏切っていることも。
 そして一年経過した。
 元の屋敷に戻った柴間は、寝返りを待っていた。そこへ島田の使いが来た。
「御家老の島田様が、まだかと催促しております。もうすぐ大晦日。調略はどうなったかと」
「島田様はお怒りか」
「はい」
「もうすぐじゃ。敵の家老やその他何人かの武将がそろって寝返るはず」
「本当ですか」
「そのはず」
「それが不備に終われば、島田様にも覚悟があると」
「どのような」
「寝返ると」
「えーと、話が混乱します」
「私もついて行く」
「はいはい」
 結局双方の家老が寝返ったのだが、バランス的には同じこと。出て行った者もいるが、入ってきた者もいる。
 それで均衡が保たれたままなので、まだ、二つの勢力、お互いに手が出せない。
 おかげで長く戦はなかった。
 
   了



posted by 川崎ゆきお at 13:34| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする