2021年01月10日

3990話 ひとつ山こえ


 しばらくの間、気になっていたことを終えたので倉橋はすっきりとした。かなり気にしていたことで、プレッシャーがかかっていた。そのためか、いろいろと予想し、いろいろ想像していた。しかもかなり過剰な。これは期待もあるが、落胆もある。
 そして、それと対峙したとき、全てが終わった。想像や予想とは違っていたが、大きく外れることはなかった。逆に何も考えずに対峙した方が素直に受け取れ、想像通りとか、想像以上とかの感想になっていたかもしれない。
 シミュレーション。それはもう体験済みに近いものがあり、それだけでもよかったのではないかと思えたりした。シミュレーションは現実をパスすれば、いくらでも希望通り、期待通り、または予想そのままが得られるので。
 だが、具体的な存在だからこそ、いろいろと取り沙汰できる。最初からフィクションではない。
 かなり後回しになり、避けて通っていたのは、現実を見るのが怖いため。決して恐れるようなものではないが、結果が分かるため。その結果もおおよそ分かっているのだが。
 いずれにしてもそれがプレッシャーになり、長い間気になっていたのだが、やっと対峙というか、その現実と接することができ、ほっとしている。
 それですっきりしたのだが、いつも頭の中で常駐していたものが消えたので、祭りの後の気分だ。空虚とまではいかないが、これは通過儀式のようなものだろうか。その儀式が終わると、次へと進める。
 ひとつ山を越えるとまた山が見えてくる。
 今度はまた麓から登ることになり、頂上まではまだまだ余裕がある。その間、またいろいろな想像を巡らせるのだろう。
 山を次々と越えていく。何も頂上を越えることはない。その脇を抜けることもできる。
 そしてまだまだ興味深い山々が先にある。横にもあるし、後ろにもある。
 だが、今回の山越えはいつもにもまして気になる山だっただけに、次の山はそれに比べれば、大したことはない。その方がいろいろと想像を巡らせる必要はないので、すんなりと越えられるかもしれない。
 では何が気になるのだろう。
 想像と現実を照らし合わせたとき、現実はやはりリアルだと思われる。想像も現実の範囲内で考えるのだが、実際のものは、やはり想像とは食い違っており、いやにリアルだったりする。
 このリアルとは、さりげないということだろう。
 
   了


posted by 川崎ゆきお at 12:15| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする