2021年01月18日

3998話 真冬の花見


 冬枯れで枝だけになった場所で、一人の男が立っている。それを見ていた散歩人は、これは怪しい男だと思い、無視して通り抜けようとした。きっと、何をされているのですかと聞かれたいのだろう。
 男はじっと木の枝を見ている。同じ場所ではなく、別の枝や、その枝の先や中程を見たりと、結構キョロキョロしている。
 それを後ろから見ている散歩人は、その目の動きまでは分からないが、首が動く、頭が少しだけ動く。
 鳥でもいるのだろうか。しかし、散歩人がこの木や、その近くの木を見回したが、飛んでいる鳥も止まっている鳥もいない。もし止まっている鳥を見付けたのなら、首を動かさないだろう。
 散歩人は男の後ろを通り過ぎたが、やはり気になるので、振り返った。すると横顔が少しだけ見える。
 怖い顔ではなく、人懐っこそうな丸顔で、眉も下がっている。それで、少し安心し「何をされているのですか」と、まんまと罠にはまった。
 別に罠ではないが、その手には乗るまいと思っていたのだが、乗ってしまう。
「花見です」
 しかし花など咲いていない。花咲か爺でもない限り、すぐに咲かないだろう。しかし爺が咲かすのは枯れ木。そこに生えている木は立ち枯れではなく、冬なので、葉を落としただけ。いずれ芽を出し花も咲かせ葉も出すだろう。
「花など咲いていませんが」
「これは桜の木です。この辺り一帯、桜の名所です」
 枝だけの木なので、桜だとは散歩人は知らなかった。しかし桜など咲いていない。これからますます寒くなる大寒の手前。寒梅なら咲いていてもおかしくはないが寒桜は、まだ早い。
「何処に」
「そこにも、ここにも」
「枝ですよ」
「先を見たまえ。芽がもう出ておる。これが徐々に膨らみだし、咲く前は赤みをおびる。今は茶色い。くすんだ色。枝と見分けが付かないので、分かりにくいが、これがいずれ開く」
 散歩人も、そのつもりで見ると、確かに枝に瘤がある。
「それを見ていたのですか」
「桜のつぼみ見、これに限る。咲いてしまえばもうおしまい。咲く前が花よ」
 男はそう言い切った。
 それだけの人だったようで、散歩人が立ち去ろうとしたが、まだつぼみを見ている。別に人を引っかける罠ではなかったようだ。
 散歩人はよく散歩するのだが、そういう見方をしていなかった。ただ歩いているだけの人だったので。
 
   了

posted by 川崎ゆきお at 12:20| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする