2021年01月20日

4000話 盛り土


 晩冬。冬も老いたのか、寒さ慣れしたのか、下田の身体には暖かく感じられる。それは風がなく陽射しがあるため。その日を浴びているとぽかぽかする。本当に今は冬なのかと思うほど暖かい。
 行きつけの公園から少し離れた植物園のような一角があり、そのベンチに下田は座っている。周囲には誰もいない。
 この植物園、公園の端に入口があるが、その先は行き止まり、川の土手がある。だから公園に括り付けられたような袋。
 植物園といっても大したものが植わっているわけではない。それにしては少し広い。
 それよりも日向ぼっこには丁度の場所。ベンチは複数あるが、陽が当たっているのは下田の座っているところだけ。特等席だが、この時間限定。
 独り占めしているわけではない。他に人は入って来ない。
 冬場なので咲いているのはスミレ程度。しげしげと見るほどのものではない。どの公園でも見かける。
 そこに老婆が入ってきた。手入れに来ているのだろう。見た感じボランティアのようだ。
「今日は暖かいねえ、ポカポカ天気だね」
「そうですね」
 老婆はそれだけ言うと、作業を始めた。枯れた花を抜いている。まだ咲いているのに抜く公園もあるが、ここは息を引き取るまで、抜かないようだ。
 たまに川の土手道を車が通る。やはり動いているものに、目が行くのだろう。
 植物園の真ん中あたりに少し盛り上がったところがある。一寸した山。そこだけは何も植えていない。背の低い野草だけ。植えたものではないようだ。よく見ると丸い形をしている。立体感を出すため、盛り土したのだろうか。しかし、何も植えていないのはおかしい。
 普段は気付かなかったのだが、老婆がその盛り土に上がっていったので、分かった。何でもない盛り土。気に留めるようなものではない。
 土手道の車も動いているが、老婆も動いている。その老婆が消えた。盛り土の裏側へ降りたのだろう。
 下田は何も考えていない。ぼんやりしに来たので、いま、目の前にあるものを漠然と見ているだけ。過去を振り返ったり、先のことを考えたりはしない。
 その今がおかしい。
 老婆の姿がない。裏側へ降りていったのだが、そこから出てこない。横への移動があるはず。
 もしかして、降りるとき転んだのかもしれない。それで立てないで、じっとしているとか。
 下田は急いで、盛り土を登った。大人の背ほどしかないので、すぐだ。
 しかし頂上から向こう側を見るが、転倒している老婆の絵はない。何もない。
 消えた。
 下田は盛り土の向こう側へ降りてみた。何か穴でも空いているのではないかと。
 だが、見事に消えている。周囲を見渡すが、人影はない。
 最初からそんな老婆など入って来なかったのかもしれない。または下田が陽射しを受けてぼんやりとしているとき、もう出ていったのかもしれない。
 
   了

 
posted by 川崎ゆきお at 12:35| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする