2021年03月01日

4040話 雨の門出


 雨が降っている。雨ぐらい降るだろう。珍しいことではない。
 しかし、雨が降っている。田村は雨を気にしているわけではない。他に思うことがないわけでもないが、目先の雨が先ず目に入る。他の全てのことよりも雨が前面に来る。意識の真っ先に、その先端に。
 傘がいる。傘はある。何の問題もない。田村は玄関に置いてある傘を取る。数日前の雨の日に使ったのがそのままある。置き場所は毎回違うが、目につくところにある。何の問題もない。傘はあるが何処に置いたのかが分からないのではない。
 分からないことではない。全て分かっていること。 玄関ドアを閉め、傘を差し、表に出る。特に考えるようなことではない。日常よくあることで、よくあることをしているだけ。
 しかし、今日はよくあることで出掛けるのではない。そのことは考えたくない。だから雨、傘に意識を入れているのかもしれない。ここなら安全。よくあることで、問題は何もないので。
 問題は行く場所。それを思うと、気が重い。
 安物のスーツ。真新しい。ほとんど着ていない。
 惨めな気持ちになる。こんなものを着ないといけないことが。
 駅までの道も意識を逸らそうと、風景などを見ている。既に菜の花が咲いている。植えたのだろう。最近は鉢植えで育てているようだ。田畑は近くにはない。
 たまに行く駅前までの道だが、菜の花に気が取られるようなことはなかった。花に限らず、沿道風景など見ていない。目には入るが、軽く見ているだけ。
 しかし今日は菜の花でも何でもいい。そういう何でもないようなものを見たい。そして頭の中がそれで満たされるように。
 田村はまだ若い。しかし人生が今日この日から変わるのではないかと恐れた。それは自分で判断したことだが、させられたようなもの。本当の意志でも希望でもない。ましてや欲でもない。
 そのことを思いたくない。
 長い傘。折りたたみ傘の方がよかったのではないかと、そちらに頭が行くが、これは菜の花と違い、これから行くところと関係する。こんな長傘を持ち歩くのかと思うと、ふさわしくないような。
 折りたたみ傘なら鞄の中に仕舞える。こんな長傘を持ったままウロウロするのかと思うと、少し心配。
 しかし、すぐに電線を見た。雨が降っているが雀が数羽止まっている。餌を見付けたのか、さっと路面に降りてきた。そこに人が来たので、すぐにさっと飛び立った。
 こういうのを見ている方がいい。先のことなど見ないで。
 雨でも雀は営業している。偉いものだ。
 いや、営業とかの言葉がそもそもいけない。これから行くところと関係してしまう。
 やがて駅に着き、改札を抜けたとき、田村の足は固まった。
 やはり面接に行きたくない。
 
   了



posted by 川崎ゆきお at 12:21| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする