2024年07月17日

5269 落ち着く


 岩城領の岩城氏は右翼の後方に陣していた。これは後詰めに近い。前軍や中軍が崩れたとき、それを回収するようなもの。だから詰めているだけでいい。参陣しているとは言え、後方で陣をしいているだけ。
 野戦だ。それはすぐに始まり、あっという間に右翼の先鋒隊が崩され、押される。中軍は浮き足立ち、下がろうとする。
 それを見ていた岩城隊は中軍までもう下がられたのでは総崩れになると思い、重臣と相談。
「まずは落ち着きを、殿」
「落ちるのか」
「それもありますが、判断を間違えると大変なことになります」
「よう分からんが負けそうなのだから、引くしかなかろう」
「後詰めが引くと、決定的になります。我らは右翼の後詰め。その役目があります」
「真ん中はどうじゃ」
「物見の報告では互角とか」
「左翼は」
「また戦いになっていません」
「では負けているのは我ら右翼隊だけか」
 そこに物見が戻ってきた。
「敵主力が右翼、ここに襲いかかったようです」
「それで下がったのだな。勢いが違うので」
「どうする」
「殿、落ち着きを」
「座っておる」
「ご判断を」
「だから、その判断を聞いておるのではないか」
「それは殿が決めること。私では決められません」
「負けそうなので、引く。撤退する。これでいいな」
「問題はありますが。殿の仰せなら」
「じゃ、そういたそう」
「撤退先は」
「本領だ。決まっておろう」
「岩城領ですな」
「何か不満か」
「我が主君の居城、本拠地ではなく、いきなり戻るのですな。それでいいのですな」
「主君って誰だ。家来になった覚えはない」
「そうお考えなら結構。すぐさま岩城郷まで撤退し、砦の門を固く閉ざしましょうぞ」
 こうして、岩城隊は撤退した。
 右翼は総崩れになったが、中央の部隊は善戦し、さらに左翼隊が横から突っ込んだことで、敵は一瞬だけひるんだ。
 しかし、右翼を突破した敵の主力は、中央隊と左翼の横っ腹を予定通り突いた。これで崩れた。
 敵軍は数日後、岩城領まで来た。砦程度なので、守り切れるわけがない。援軍も来ないだろう。
 そこに敵軍から使者が来て、降参するなら領地はそのまま、領主も兵も命は保証するという、いい条件。
「落ち着きなされ、殿」
「もう落ちた」
「どうなされます」
「もう決まっておるだろ」
「そうですなあ」
「従属先を変えるのは、これで三度目ですな」
「それしか生き残る方法はないだろ」
「ぎょい」
 
   了

posted by 川崎ゆきお at 12:24| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする