2024年07月31日

5283 蝉丸


「蝉丸」
「はっ」
「そちが死んでおるぞ」
「ほんに」
「この前、鳴き出したのに、もう落ちたか」
「ちと早うございますなあ」
「そちはどうじゃ」
「蝉丸ではございますが、蝉ではございません」
「なぜ、蝉丸なのじゃ」
「生まれたとき蝉が丁度鳴き出したとかで」
「それは風雅でいい」
「花鳥風月ですか。蝉は何でしょう。鳥ですか」
「虫じゃ」
「では私は虫なのですね」
「蠅の大きなのと変わらぬ」
「じゃ、便所バエよりも大きなのが蝉ですか」
「さあ、それは分からぬ。蠅はいつ生まれ、いつ消えていくのか見たことがない」
「その点、蝉は目立ちますねえ」
「忍びのものとしては目立っては拙いのだがな」
「私は陽動型なので」
「堂々と姿を現す忍びの者か」
「世を騙し忍んでおります」
「忍び切る方が蝉丸らしいぞ」
「いつもは僧侶姿です」
「今日は違うのう」
「逆に坊主姿ではここでは目立ちます」
「他にどんな姿をとる」
「琵琶法師」
「琵琶法師の蝉丸。なにかそのままじゃな」
「歌も作れます」
「そこまでできる忍びは希」
「しかし、元々は歌人なのです。それが本職。訳けあって間者をやっておるだけ」
「歌の家の出か」
「はい」
「では、都育ち」
「いえ、田舎育ちでございます」
「歌人の家が都落ちしたか」
「都では食っていけなくなりましたので」
「それにしては忍びとはまた落ちたものよ」
「この蝉のように早く落ちました」
「この仕事、終われば、わしに歌を教えてくれぬか」
「はい、喜んで」
 
   了

posted by 川崎ゆきお at 11:44| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする