2020年04月10日

3716話 凡将の罠


「有力部隊が谷に入ります」
 物見からの報告。
「誰だ」
「旗印から畑山かと」
「畑山か」
「はい」
 伝令が去ったあと、本陣で会議が開かれた。
 要するに、予定戦場へ、畑山部隊が谷を通ってやってくるということ。これをどうするかだ。
「明部谷へのこのこ出てきたのか。なぜその道なのだ」
「凡将」
「畑山かが」
「そうです。確かに有力部隊ですが、それを引き連れているのは畑山」
「いや、わざわざ奇襲されやすい明部谷など通るかなあ」
 渓谷は狭く、また伏兵を置く場所には困らないほど、見晴らしが悪い。まるで、待ち伏せしてくださいと言わんばかりだ。
「策があるとみた」
「ですが、畑山には、そこまでの頭は」
「いや、家来に知恵者がいるのかもしれん」
「畑山を渓谷経由で進むよう命じたのは誰でしょう。畑山殿はその命に従っているだけかと」
「敵の本軍は」
「街道から来ています。二手に分かれて」
「では都合三手から来ているのだな」
「はい、その中でも畑山勢は大軍です。主力といってもいいほど」
「渓谷で待ち伏せに遭えば、敵は負けだろ」
「はい」
「それが分かっていながら、明部谷を通らせている。これは罠じゃ」
「では、どうすれば」
「渓谷で畑山を叩くには、それなりの兵がいる。いくらでも待ち伏せできる場所がある。それこそ、こちらも大軍で待ち伏せることになる」
「少数でもよろしいのではありませんか。奇襲なので」
「しかし、それなりの人数を割かねばなるまい。それが敵の狙い」
「そうなんですか」
「そのままでよい」
「しかし、いい機会です。物見が発見するのが早かったので、それを生かせば」
「兵を谷に向かわせれば、予定戦場が弱くなる。敵は二手に分かれてくる。一気に突かれる。だから罠。手を出すな。その手に乗るな」
「しかし、畑山は凡将。そんな知恵はあるとは思えません。谷を通った方が早いので、明部谷へ入ったのでしょ」
「だから、命じられたとすれば、どうだ。畑山の知恵ではない。それに知恵があれば明部谷など通らぬ」
「分かりました」
「敵が迫っておる。予定戦場へ急ごう。まともにぶつかれば、兵はこちらが優勢。小細工してくるのは劣勢の敵側。乗るな乗るな」
「ははー」
 双方予定戦場で対峙したのだが、敵は二手だけで、三手目の畑山隊が来ない。敵の三分の一は欠けている。別に奇襲を受けていない。
「敵は少ないです」
「ただでさえ、劣勢。そのうえ畑山隊がまだ来ておらん。一気に叩け」
「お待ちください。畑山隊には手を出さなかったはず。近道なので、真っ先に来ているはずです。その姿がないというのは」
「ないというのは」
「横か裏に回られたのでは」
「そんな遊軍のようなまねは畑山にはできんはず」
「しかし、姿が見えないのはおかしいです」
「物見はどうした」
「報告がありません」
「では、畑山隊はどこにいるんだ」
「さあ」
「敵が向かってきます」
「待て、迎え撃つな。挟み撃ちにされるぞ」
「え、でも後方に畑山隊の姿はありません」
「罠じゃ。挟まれる。後退じゃ」
「ははー」
 その頃、畑山隊は、明部谷で迷っていた。別に特命を受けたわけではない。予定戦場へ向かっていたのだが道に迷った。
 本来、遅れをとったことで、叱られるところが、遅れたため、戦場に姿がなかったことで誤解され、敵は後退したため、勝ち戦になった。
 罠などなかったのだ。
 
   了




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2020年04月09日

3715話 薄まる


 果たして何を追いかけていたのだろう。以前から追いかけていたものがあるのだが、最近は曖昧になっていた。考えなくても、思わなくても分かっているつもりでいたためだろう。当たり前のターゲット。あえて狙う必要はなく、自然に追いかけていた。しかし、最近はぼやけてきた。何を追い求めていたのかは思い出せるのだが、ただの題目になっているのかもしれない。
 白川はそれを感じたのだが、それさえももうどうでもいいのではないかと思うのだが、これまでの経緯があり、それに向かって突き進んでいたことは、振り返ればすぐに分かる。しっかりとした目標があったのだが、進めば進むほど、徐々に曖昧にになり、ぼやけていった。
 果たしてそれが目標だったのかと思うほど、大したことではなくなっている。これは隣の芝生は青いのと同じで、そこまで足を踏み込み、足下を見ると、地肌も見えており、ハゲていたりする。緑の絨毯ではない。
 目標が目標でなくなってきたのは魅力の問題だろうか。そして引力。引っ張られるような引きつけられるようなもの。それが最近薄れてきた。
 このままでは芯がない、軸がないと思い、ぶれないように、もう一度確認した。
 そして若い頃からの目標だったことを、再確認したのだが、今もそれを続けているにもかかわらず、何か希薄。薄い。そして弱い。
「それはねえ白川君、目標が薄くなったんじゃなく、君が薄くなったんだ。髪の毛もそうだろ。私なんてもうほとんど地肌だ」
「植えたらどうですか」
「高いよ。それに急に本数が増え、密度が濃くなればおかしいでしょ。丸わかりじゃないですか」
「じゃ、ヘルメットタイプのカツラはどうですか。もみあげまで付いているやつ」
「あれは浮くんだ。ピンとね。しかし、そういう話じゃなく、薄まってきたんだよ。白川君」
「そうですねえ。若い頃から見るとメリハリがなくなりました。白か黒、0か1かの明快な判断が、できなくなってきました」
「そんなものだよ」
「その中間とか、多い目とか、少ない目とか、中途半端なところが多くなりました。多いか少ないかだけじゃなく、その中ほどの、こちらよりとか」
「それは経験を積んできたからさ。一概には言えないとかね」
「言えませんねえ。端数が気になります」
「割り切れるものじゃないからね。その方が自然なんだ。今までの君は不自然だったが、まあ明快な方が動きやすかったからでしょ」
「先輩はどうなのです」
「私はもう惰性だね。今までやってきたから、それを続けるだけ。しかし、いつ辞めてもいい」
「僕より進んでいますねえ」
「年の功だよ」
「はい、見習います。でも、もう少し深刻な話をしたかったんですが」
「まだ若いね。それも薄まるよ」
「そんなものですか」
「ああ」
 
   了




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2020年04月08日

3714話 青野へ


「昨日はどちらへ」
「はい、出かけていました」
「晴れていましたが風が強かったでしょ」
「そうですね。冷たい風でした」
「どちらまで」
「いえ、その辺をうろうろと」
「どこへ行かれたのですか」
「少し遠いですが青野辺りでした」
「近場ですが、自転車じゃちょいと遠いですねえ。歩いてじゃ無理だ」
「はい」
「青野のどこへ」
「その辺りです。その周辺をうろうろして戻ってきました」
「何かありましたか。青野に」
「別に何もありません」
「青野といえば焼き物が名物です」
「居酒屋ですか」
「いえ、陶芸です」
「そうなんですか」
「食器じゃなく、置物ですがね。見学、されました?」
「それは知りませんでした」
「あ、そう。目立たないからかなあ」
「青野も広いですから」
「そうだね」
「じゃ、青野へは何をしに」
「別に」
「青野といえば陶芸でしょ」
「知りませんでした」
「まあ、中に入って見学などできませんがね」
「置物なのですか。信楽焼のような」
「そうそう」
「青野物と呼んでます」
「全く知りませんでした。何度か行ったことがあるのですが」
「瀬戸物は瀬戸で作った焼き物。青野で作れば青野物になります」
「陶器と磁器の区別もできてませんので、よく分かりません」
「あ、そう。でも青野焼きはレベルが低い。まあ、土産物でしょ。小さいし。小物ばかり。菓子で言えば駄菓子。青野物の土鈴は有名らしいですがね」
「良い土が出るのでしょうねえ」
「出ません。他から運んできます」
「詳しいですねえ」
「青野に友人がいましてねえ。それを聞いただけです」
「実際に青野へ行った僕よりも、詳しいです」
「そんなものですよ」
「はい」
「しかし、わざわざ青野まで何をしに行かれたのですか」
「いえ、別に」
「目的もなしに」
「あ、はい」
「それで、何を見られました。良いことありましたか」
「別に」
「あ、そう」
「晴れていたので、久しぶりに自転車で走ってみたかっただけです」
「ああ、自転車が好き。サイクリングとか、ポタリングとか」
「いえ、普通のママチャリです。ぶらぶらするのが好きでして」
「あ、そう」
「あ、はい」
 
   了




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2020年04月07日

3713話 陰獣王


 春の良い季候なのに、吉田は体調が悪い。季節の変わり目は過ぎており、既に春本番。
 陽気がいけないのかと思い、陰気なことを考える。陰気な方が吉田は元気。まさに陰獣。
 亀も泥布団から抜け出す季節なのだが、吉田はまだ寒いようで、固まっている。
 何か陰気なことでもすれば、元気になるかもしれないと思うものの、いつも陰気なことをしているので、それ以上陰気なことは考えつかない。いろいろと案はあるが、実際にはできないだろう。それこそ陰獣になって猟奇犯罪でもすれば、陰気な場所に長く入らないといけない。動けないのは困る。自由にどこにでも出かけたい。しかも、陰気に。
 春のこの陽気が吉田にとり天敵なのかもしれない。それで毎年体調が悪い。
 どこがどう悪いというわけではないが、体がだるく、気力もだるい。何をするにも気が重い。部屋の中でのんびり過ごせばいいのだが、元気でないと楽しめない。
 陽気な元気ではなく、陰気な元気。それにふさわしいものを探すが、やはり出てこない。ほとんど使い果たしたためだろう。
 吉田は重い体を動かして、同じ陰獣の谷のアパートを訪ねた。同類相哀れむだ。
 ところが、「陽獣になるべきだろう」と谷が意外な発言をする。
「どうかしたの谷君、陰獣クラスでは数段上の君がそんなことを言うなんて」
「陰獣に飽きた。これからは陽獣だ」
「どちらにしても獣なんだね」
「じゃ陽人だ。太陽の子だ」
「それは似合わないと思うけど」
「陰獣だから、君のように体調が悪いんだ。暗いことばかりやってるから体も陰気になり、病の巣窟になる」
「それは谷君も同じでしょ。もっと重症でしょ」
「だからこそ陽獣へチェンジするんだ」
「それで、どうするわけ」
「簡単だよ。ノーマルな人間になる」
「本当かなあ」
「これは僕が集めたゾンビ系のビデオだ。全部君にあげるよ」
 本棚二つ分ほどある。
「それと、これはダウンロードして落としたものだ」
 小さなハードディスクからコードを外し、それを吉田に手渡した。
「そして陰獣王の称号を君に譲る」
「いや、僕も辞めた方が良いのかな、と思っているところなので」
「後継者は君だ」
 吉田はハードディスクと紙袋に入るだけゾンビビデオを詰め込み、さようならをした。
 谷は本当に陰獣を辞めるつもりなんだ。
 戻ってから、まだ見ていないゾンビものや陰気な映画を続けて見たためか、元気が戻ってきた。陰気が満たされたのだろう。それで、体調も回復した。
 陰獣王だった谷は、その後、病んで入院したらしい。
 
   了




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2020年04月06日

3712話 花見入道


 春爛漫。桜も満開。その名所は人で賑わっている。岸和田も人並みに花見に出た。だが、一人なので、これは純粋な花見だ。見ているだけで、宴会はしないが飲み食いはする。鞄の中にサツマイモをふかしたものが入っている。それとお茶。これも家で作ったもの。最初は熱かったが、今はぬるくなっている。少し歩いたので冷たいお茶が欲しいところだが、それは仕方がない。外の気温より少しだけ温かいお茶。がぶがぶ飲むわけではないが、サツマイモを食べるとき、必要だろう。
 そのサツマイモ、大ざるに盛られいて安い。一本あたり半値だろうか。しかし質が問題。とろけるような柔らかさだったので、今回もそれを買ったのだが、味が変わっている。産地は同じでも栽培した人が違うのだろう。少しゴリが入っている。値段的には妥当なところ。前回が良すぎた。
 桜の名所には大きな神社があり、それが入り口。参拝料はいらない。山中にあるが、神社だと思っていると大きなお堂。これは講堂だろうか。お寺ではないか。釣り鐘堂もある。
 その周辺が見所で、花見客のほとんどはそこに集まっている。
 岸和田はその端っこで、すぐ藪が迫っている。石がゴロゴロしており、岩場が続き、あまりいい場所ではないが、少し高いので、見晴らしはいい。
 そこで例のサツマイモを取り出し、お茶を飲みながら食べていた。塩を忘れたのをそのとき思い出したのだが、もう遅い。決して水くさい芋ではなく、最近の芋なので、甘みが勝っている。だから塩はいらないかもしれない。
「奥へ行かれましたかな」
 岸和田の後ろに、まだ人がいたようだ。そこはもう端の端だ。入道頭の老人。和服か洋服かよく分からないようなのを羽織っている。ズボンも袴かモンペかが分かりにくい。ペルシャ系だろうか。癖があること丸出しの老人だ。
「この奥ですね。知ってます」
「奥の桜が素晴らしい」
「はい、承知しています」
「行かれないのですか」
「はい」
「まあ、少し歩くことになりますし、上り坂ですからねえ。あまり人気はありませんが、下が散っても上はまだ咲いていたりします」
「そうですねえ」
「まあ、今はここが満開、上よりも見応えがありますがね」
「そうですねえ」
「上に行きませんか」
「いえいえ、ここからでも見えていますので」
「そうですなあ。でも上の桜の下まで行くのがよろしいかと」
「どうぞ、お先に」
「そうですか。一人でしょ。暇でしょ。上の桜を見ないと、この地の桜を見たことにはなりませんよ」
「いえいえ、お先にどうぞ」
「そうですか。いいことを教えたのにねえ」
「いえ、知ってます」
「じゃ、行くべきでしょ」
「ここから見ている方がいいかと」
「ほう、いいものが先にあるのに」
「行ってしまえば終わりでしょ」
「終わり」
「もうその先はないのでしょ」
「しかし、このお山の桜を極められます。上の方が古木も多く、本物です」
「だから極めてしまうと終わりでしょ」
「なんと」
「ケツの穴の毛まで見てしまうようなものです。そんなもの見てしまうと終わりでしょ。どれも同じようなもの」
「急に飛躍しますなあ」
「手前がいいのです。見ているだけで、まだ奥があるんだなあと思っている程度が。行こうと思えば行けますよ。でもその余地を残している方がいいのです」
「奥の桜を余地だと」
「そうです」
「それは興味深い。面白い意見じゃな」
「あなた、誰ですか。寺の人ですか」
「寺の者が、こんな藪の中で座る理由がなかろう」
「そうですねえ」
「わしのことより、おまえさん、変わっておる。それはふかし芋じゃろ。もっと花見らしい重箱などは持ってこなかったのか」
「一人ですからねえ。そんなの一人で食べているとものすごく寂しい人になるでしょ」
「サツマイモをかじりながらの花見。これも寂しいぞ」
「あ、これは、昼は最近こればかり食べていまして。習慣です」
「まあいい。集団というのがある」
「急になんですか」
「花見も集団。中央部がよろしい。端は危ない。集団で動くとき、弱いものは中、強いものは外側」
「はい」
「だから花見も同じで、こんな端の藪に近いところは危ない」
「あなたのような人が出現するからでしょ」
「野生のものがな」
「はい」
「まあいい。誘っても乗らん、食えぬ奴。好きなようにすればいい」
 入道頭の老人は藪の奥へ消えていった。
 あとで、妖怪博士に聞くと、花見入道と言うらしい。急に立ち上り、ざっと降り、さっと去って行くと。辻説法系らしい。
 
   了




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2020年04月05日

3711話 不思議な客


「昨日今日の話ではないのですがね」
 男は語り出した。
「不思議なことが起こっているのですよ。これは人に言っても信じてもらえない。だから言わないで、じっと我慢していたのです」
「我慢ですかな」
「そうです」
「我慢はよくありませんなあ」
「そうでしょ。だからその我慢、今日は発散しようと訪ねてきたのです。こんなことを言えるのはあなたしかいない」
「それはいいのか悪いのかは分かりませんがね。まずは聞きましょう」
「はい、よろしくお願いします」
「で、不思議なこととは」
「それが分からないので、不思議なのです」
「はあ」
「正体が分かっておれば、不思議でも何でもない。そうでしょ」
「そうですねえ」
「不思議なことが起こっているのは分かっているのです。昨日今日じゃない。これは先ほど言いましたね。かなり前からです。しかし、そんな大昔からじゃない」
「それ以前にもそんな体験がありましたかな」
「あったかもしれませんが、気付かなかったのでしょうねえ」
「あ、そう」
「以上です」
「はあっ」
「終わりました。これですっきりしました。やっと人に話せて」
「聞きましたが、何かよく分かりません」
「だから不思議なのです」
「何が起こったのかも分からない」
「分かりませんが、何かが起こっていることだけは分かります」
「具体性はないのですね」
「ありません。だから、人に言っても、理解してもらえません。あなたなら大丈夫ですが」
「大丈夫です。でも、その程度のことなら、誰が聞いても、驚かないでしょ。不思議な話には違いありませんが、イメージがわきません。具体性がないので」
「そうですねえ。一人で不安がっているようにとられますが、決して不安とか、怖いとかではありません」
「え、何がですか」
「その不思議な現象の印象です」
「具体性がないのに、分かるのですかな」
「そうです」
「どういった印象です」
「懐かしいような」
「あのう」
「はい」
「それは誰だって感じていることじゃありませんか」
「いえ、違います。原因が分からないのですから」
「その話、お聞きするだけでよろしかったのですかな」
「はい、もう十分です」
「何か解説は必要ですか」
「いえ、不必要です」
「いらない」
「はい。これで、我慢が発散されました。やっと話せて。ありがとうございました博士。これはお礼です」
「いえいえ、私は何もしてませんよ」
「では、失礼します」
 妖怪博士は客を見送った。
 実に不思議な客だ。
 
   了




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2020年04月04日

3710話 夜中の影


 藤田は夜中に一度目を覚ます。トイレだ。疲れてぐっすり眠っている夜は朝まで起きないこともあるが、めったにない。
 また夜中に二回も三回もトイレに行く日がある。これは体調が悪いのだろう。しかし、普段は一回起きる程度。時間もほど決まっている。
 寝床からトイレまではそれなりに遠い。広い家ではないが、寝床は家の端、その角っこで寝ている。トイレも家の端で、角。だから一番長い距離になる。部屋を二つまたいでおり、廊下があり、下駄箱がありトイレがある。途中、他の部屋や炊事場などと繋がっている。二階はない。
 一人で住むには広いし、使っていない部屋の方が多い。だが古いので、安かった。昔は家族が住んでいたのだろう。
 その夜も、目が覚めたのだが、普通のことだ。決まり事ではないが、慣れたもの。枕元のスタンドをつけ、通り道を照らすようにしている。そのとき時計を見る。やはり昨夜と同じ時間。メモをとっているわけではないが、十五分程度の誤差がある程度。長くて三十分だろうか。
 隣の部屋との仕切りは真冬でも開けている。だからスタンドの明かりだけで、すっと通れる。さらに廊下側に明かりがあり、それが漏れる。漏れるように廊下と部屋の仕切りの襖は少しだけ開けている。別に隙間風が入ってきて寒いわけではない。当然夏は開けている。それで、明かりのリレーができている。
 いつも思うのは廊下との仕切りの襖や壁に影が映ること。寝床のスタンドからの下からの明かりだ。それを後ろに受けながら行くので自分の影ができる。腰と足が見える。上半身は遮れているためか、影は映らない。
 腰と足、そして手をだらりと垂らせば、手も見える。
 自分の影なのだが、怪物のようにも見える。だだ、右足を動かせば、影も動くが、影にとっては左足だろう。
 この影絵を毎晩見ているのだが、見え方が日によって違う。枕元のスタンドの角度が変わるためだ。起きているときは邪魔なので動かすし、首を回したりする。布団に入ったときに毎回セットする。光の方向はここで決まる。自分に向けるとまぶしいため、隣の部屋側に向け、間接光にしている。だが、微妙に左右の向き、上下の向きが変わるのか、影の出方が毎晩違う。
 布団からむくっと立ち上がり、まだ目がしっかりと覚めていない状態で、よたよたと歩いている。その姿はやはりモンスター。着ぐるみの怪獣かもしれない。たまにゾンビやミイラ男にでもなったつもりで、より、ぎこちない歩き方をしたりする。
 夜中、目が覚めても見るべきものはないはずだが、これを見るのが楽しい。正体が分かっているので、怖くはない。
 光がなければ影もできない。影そのものが独立してあるわけではない。
 しかし、藤田の動きとは別の動きをやり始めると、怖いだろう。そんなことはあるわけないが。あればトイレへ行くどころではなく、尿意も止まるだろう。
 そこに投影されているのは確かに藤田なのだが、別の生き物のに見えることもある。錯覚だとは思いながらも、何か得体の知れないものが目の前にいるような気がする。
 自分自身なのだが、自分自身が知らない自分のような。
 
   了





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2020年04月03日

3709話 祭りの準備


 準備ができ、お膳立ても済んだ瞬間、妙な間が開いた。吉田はこの間を知っている。何度か体験した間。それはいざ、これからできるという段階になったとき、すくむのだ。そしてもう終わったかのようになる。まだ何もしていないのに。
 これがまた今回口を開いた。間が長いと間の横に口が開く。これはさっと一歩進めば見えない。さっと通過すれば事を始められる。スタートが切れる。
 間が悪い。間が問題なのではなく、間を置いたとき見えてくる。見てはならない西空だ。
 それで、せっかく準備を終えているのに、実行しない。用意はできている。あとはやるだけ。しかし、それは準備ではない。準備だけで、お膳立てだけでは何も起こらない。しかし、スタートすると現実が動く。準備も現実だが、実行は本番。
 本番に弱い。それは吉田の性癖。だからこそ準備はしっかりと、入念にやっている。本番のとき、困らないように。だから準備万端発車オーライ状態。しかし、あまりにもお膳立てがうまくできすぎていると、それが完成品になる。これだけでいいのではないかと、やる前から満足を得る。非常にいい準備だったと。見事な準備、最近では希に見るいい仕事だったと。
 準備ができているのに、やろうとしない。立ち止まってしまう。これはまだ準備が不足しているのではないか、吉田はそう思うのだが、実は逆。準備のしすぎ。過剰なほどのお膳立て。用意しすぎている。原因はこれだ。準備不足もいけないが、ある程度のところで、見切り発車した方がよかったりする。
 そういった準備を終え、発車待ちの列車が何本もホームに止まっているようなもの。
 いずれも実行しないまま、準備だけで終わっている。
 今回も車庫入りになるのかと思いながら、吉田は考え込んでしまった。
「準備なんてやりながらすればいいんだ。その都度。まずは走ってみること。これが大事だよ、吉田君」
 と、友人にいつも言われる。
「準備している時間で、やってしまえたりするしね。また、準備なんていらない場合もあるし」
 これも何度も友人から聞いている。
「完璧なお膳立て、それも悪くはないがね。そのお膳立てが完成品になる。完成度の高いお膳立てだとね。それで満足してしまう」
 これは吉田も知っている。
「問題は、君の準備作業、これだよ。これが問題なんだ。そこを直すべきだね」
 それも吉田は分かっている。だから何度も改良、改善した。それをすればするほど、いいお膳立てになるのだが、完成度が高すぎて、実行前に躊躇し、立ち止まってしまうため、間が開く。このワンテンポの遅れがあるとき、なかなか足が出ない。
 何かいい方法はないかと友人に聞くが、これも何回も聞いている。
「結局本番に弱いのはプレッシャーがかかっているからでしょ。そのプレッシャーは準備のしすぎでのし掛かるんだ。うまくいくはずだと。しかし、うまくいかないかもしれない。準備がいいので、うまくいって当然なのだが、万が一が怖い。そういうことだよ」
 今回も相談したのだが、やはり解決策にはならない。それで、諦めた。
 準備不足もいけないが、準備過剰もいけないようだ。
 
   了




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2020年04月02日

3708話 ある面接


 どうせ駄目だとは思うものの武田は面接を受けることにした。面接は三回あり、その初回。正社員だ。条件は悪いし、好きな仕事ではないが、選んでいる場合ではない。とりあえず会社員になることが目的。そうでないと周囲がうるさい。気に入らなければすぐに辞めればいい。一応就職活動をしているので、その成果をたまに見せないといけない。合格すればいい。これがフィニッシュで、その先はなかってもいい。つまりすぐに辞めてもいい。
 と、思いながら武田は面接会場の多目的ビルの前まで来た。
「面接の方ですね」
「そうです」
「案内します」
 多目的ビルは高層ビルで、しかも二つ連なっている。橋が二カ所架かっている。空中橋だ。ここで仕事をするわけではない。ただの面接会場で、会社が借りているだけ。
 武田は案内の人の後ろを歩いている。これも面接試験の一部かもしれない。立ち振る舞い、身のこなし方の。
 案内されたのは地階で、上ではない。地下も数階あり、駐車場も入っている。飲食店が入っているフロアと同じ場所に、関係者以外立ち入り禁止と書かれたドアがあり、その中へ入っていった。
 楽屋裏にでも入り込んだような部屋。仕切りがあり、その向こうから年配の人が出てきた。
「月収は五十万です。安いですが、すぐに上がります。いいですか」
 武田はきょとんとした。その意味を考える以前の段階だ。いつもの面接会場の雰囲気とは全く違う。
「自宅勤務になりますが、よろしいですね」
「はい」
「あのう」
「何でしょう」
「あ、いや、なんでもありません」
 人違いのようだ。武田が受ける会社ではない。間違って武田を案内したのだ。
「仕事内容なのですが」
「選べません」
「はあ」
「一応役員です」
「役員」
「会社役員です。聞いてませんでしたか」
「あああ、はい聞きました」
「じゃ、ここに振込先を書いてください」
「ああ、はいはい」
「これで終わりです。何か質問は」
「自宅勤務で、その勤務なのですが、何をするのでしょうか」
「何もしなくても結構です。余計なことは」
「じゃ、自宅待機」
「役員会議のとき、顔を出してもらえばいいのです。月に一回、あるかなしです」
「分かりました」
「じゃ、これで採用というより、我が社に来てもらえると思っていいですね。特に契約書はありません」
 武田は保険はどうなるのか、年金はどうなるのか、などと考えていた。それがないと会社員らしくない。
 それを言うと、当然すぎることなので、苦笑された。退職金の額まで示された。ものすごい金額だ。
 武田は、その楽屋のように散らかった部屋を出て、飲食フロアに戻り、多目的ビルを出た。
 そして最初、案内してくれた人がいる場所まで来た。
 その人はもういない。
 面接は武田一人だった。
 そして、何気なく、ロビーを覗くと、催し物の札がぎっしりと並んでいる中に、武田が受ける会社の名前があった。面接会場は五階の第八会議室と書かれている。
 時計を見た。既に過ぎている。
 武田はぽかんと、その場で立ち尽くした。
 
   了
 



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2020年04月01日

3707話 思川物語


 奥思川。そこは山奥だが、里がある。そこに腕っ節の強い男の子が生まれた。別に異常ではない。異変が起こったわけでもない。よくあることだ。しかし少年になると、同じ世代の子供達の頭になる。山育ちの腕白にすぎない。これもよくあることだ。どの村落にでもあるだろう。
 ただ、青年になると、山を少し下り、川を下り、近くの村まで遠征に出た。ここも思川の村だが、奥思川ほど山奥ではない。奥が取れ、思川村となり、西思川とか東や南などを合わせて思川郡と呼んでいる。
 山育ちの奥思川衆は強い。特に腕っ節の強い三郎という青年が抜きんでており、その家来のような連中もそこそこ強い。それよりも三郎は賢かったのだろう。子供の頃から山を駆け回り、仲間達と狩りをしていた。獲物を追っているうちに、色々と知恵が付いた。これも何処の人間でも、同じだろう。
 しかし、成人になっても、まだ三郎の周囲には家来が付き従っていた。家業を手伝わないで。といっても田畑は僅かで、山仕事や川仕事で食っているような村。自給自足でやっていけるとはいえ、もう少し開けたところに出たい。
 大人達の、そういった望みを三郎が果たし始めた。奥から出てきて、思川に仮小屋を建てる者も現れた。これは奥思川の産物を売る直販所が名目だったが、徐々に思川に関わりだし、一寸した村同士のいざこざが起きたとき、奥思川衆が乗り出した。三郎が引き連れている山男達は武装していた。といっても山斧や山刀や弓程度だが。
 しかし、その集団に匹敵する武装集団は思川の村々にはいない。
 思川にはいくつかの村が点在しており、三郎は全ての村に関わり、やがて有力者の一人になった。というより、三郎しかいないようなものだ。
 その頃から名を思川の三郎と名乗るようになる。思川は広い。山深い場所だが、下ると平野部に出る。そこが本来の思川だ。そして海が近い。
 三郎は川の上流部で力を付けたのだが、その息子の代にはその一帯を支配していた。村人が受け入れたのは征服されたわけではない。その方が村同士のいざこざが減るためだ。
 そして三郎の孫の代に、山間部から平野部へと降りてきた。
 曾孫の時代、思川の平野部に館を構えるほどになり、思川そのものを支配した。
 三河の松平家が、奥三河から出てきて、三河を取り、徳川と名を改め、天下を取ったのに似ているが、そういうことが方々であったのだろう。
 
   了
 

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2020年03月31日

3706話 花見へ行く


「花見に行きましたか」
「この季節ですからねえ、それしかないでしょ」
「満開前です」
「そうですねえ」
「行かれますか」
「いえ」
「行かないと」
「はい」
「それはまたどうして」
「気分が優れません」
「何処かお悪い」
「いえ、ただの気分です。行く気がしない」
「毎年そうなのですかな」
「いえ、今年、特に」
「ほう」
「花見どころじゃなくて」
「お忙しい」
「そうじゃありませんが、気になることがありまして、呑気に花見などしている場合じゃないと」
「それはそれは」
「だから花見には行きません」
「いえ、別に誘っていませんよ」
「で、あなたは」
「私ですか」
「行くのでしょ」
「行きません」
「え、どうして」
「一人じゃ行けない」
「そうなんですか」
「だから、ご一緒しようと思ったのです」
「それは残念ですねえ」
「仕方ありません。今年の花見は、なしです。これは前例がありません。生まれたときから連れて行ってもらったようです。その後、毎年花見はやっていました。でも今年初めて花見のない春になりますが、まあ、仕方ありません」
「他の人を誘ったり、誘われたりするでしょ」
「いませんし、誘われません。あなたしかいない」
「え、お友達とか、家族とかは」
「いません」
「親戚は」
「いますが、付き合いはありません。花見に行こうなんて誘えば驚かれるでしょ。葬式のとき顔を合わせる程度ですから」
「そうなんですか」
「記録が途絶えます」
「そういう年があっても問題はないでしょ」
「しかし、毎年あることがないとなると、何か不安です」
「じゃ、一人で行かれては」
「そうですねえ」
「桜を見て、さっと戻ればいいのですよ」
「いえ、花見らしきことをしたいのです」
「じゃ、弁当でも買って、食べればどうですか」
「一人でですか」
「淋しそうですねえ。それじゃ」
「そうでしょ」
「はい。分かりました。行きましょう」
「そうですか。無理に誘っているようで」
「負けました」
「交通費と飲み食い代は私が払います。出店でおでんとラーメンを食べます。いいですね。ビールも飲みましょう」
「はいはい」
「じゃ、行きますか、これから」
「分かりました」
「有り難う。これで、途絶えることなく、今年も花見ができそうです」
「そんなに大事なのですか」
「はい」
「あ、そう」
 
   了





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2020年03月30日

3705話 雨桜流花見


 雨の日に傘を差しながら花見をしている人がいる。これが名物になり、その後、雨桜を見る人が増えた。花見にも流儀があり、雨桜流の家元となったのだが、今年はまだ姿を現さない。
 当然晴れていても曇っていても来ない。雨でないと。
 雨が降っている日でも、雨がやむと、近くのお寺で待機している。雨が降るまで。
 山門前にお寺が茶店を出している。当然雨の日は客がいないに等しいが、その雨桜流の家元が話題になってから来る人が多くなった。だが今年は姿を現さない。既に咲いており、今日は雨。雨が連日続くので、雨桜流にとっては水を得た魚のようなもの。ただ元気を出すのは、この流派では控えられている。静かにぽつりと一人、傘を差しながら、桜を見る。難しい話ではない。特に作法はないが、静かに眺めておればいい。
 雨は三日降り続き、桜もかなり咲きそろっている。なのに家元の姿がない。
 住職も心配し、山門まで出てくる。その茶店は雨でも開いている。平日でも。それは家元のおかげなのだ。
 茶店は賑わっている。そこから渓谷が一望でき、花見をしている傘が間隔を置いて何本も咲いている。
「今日も来ておられぬか」
「まだお見えじゃありません」
「どうされたのかのう」
「さあ」
「もし来られたら、帰りに庫裏へ寄るよう言うて下され。お茶でも出します」
「はい、お伝えします」
「うむ」
「住職も如何ですか」
「何が」
「雨桜流の花見」
「そうじゃな、わしもやってみるか。ただただ傘を差しながら立ち止まり、桜を見続ければいいのじゃったな」
「そうです」
「これは立ち禅じゃな」
「傘の持ち方も大事です」
「それも家元のご指導で」
「いえ、家元は何もおっしゃりません。それを見ていた弟子たちが教えてくれます」
「番傘はまだあるか」
「はい、まだ全部貸し出していませんから、残っています」
「じゃ、借りる。いくらじゃ」
「いえいえ、どうせ住職の収入になるのですから」
「そうじゃったな。僅かな金銭じゃが、雨でも人が来てくれるだけでもありがたい」
 住職は番傘で雨をバチバチ受けながら、桜へと向かった。
 家元が来たのは満開を過ぎ、散り始めている頃で、当然雨の日。
 体調を崩していたらしく、今年は出遅れたようだ。
 
   了





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2020年03月29日

3704話 土手の桜は風任せ


 もうどうでもよくなったことがある。以前ほどのこだわりがないためだ。そこに何らかの自分を投影していたようで、その自分がぼんやりし始めたのか、それとも注目ポイントが別のものに移ったのか、今ではどうでもよくなったことが多い。これはこれで軽くなり、いいのかもしれない。
 北村は今、花見に出掛けている。少し行ったところに土手があり、そこに桜が咲いている。土手の下に神社があり、その境内と土手とが繋がっている。境内にも桜があり、土手の上から見る境内の桜がいい。
 花見など一人で行ったことがない。誘われて行くこともあったが、花見など興味はない。桜が咲いていようがいまいが無関心。ところがどういった心境の変化か、花見に出ている。だが深い意味はない。花見シーズンらしいので、見に行くだけ。これを見ないといけないような必要性はない。優先順位は低い。それにこれまでは順位の中にさえ入っていなかった。それが入ってきたのだ。だから心境の変化だろう。原因は暇になったため。
 それと、静かなところを好むようになった。人は多いより少ない方がいい。誰もいないのでは困るが、混んでいなければいい。行列ができたり、すれ違うとき、接近しすぎないような。
 だから選んだ場所は川沿いの桜。ここはあまり人は来ないが、近所の人は来ている。地味な場所なので、花見の華やかさはない。花見は人出の多さで盛り上がる。
 桜が咲いているのを見ても、何ともならん。と北村は思っていたのだが、その考えが緩くなった。あまりこだわらなくなった。
 土手の上は風があり、咲いたばかりの花びらが一つ二つ舞っている。くっつき具合が緩かったのだろう。もう少し持つはずだ。満開にはまだ早い。
 早く咲く桜は散るのも早いが、それにしても咲いた翌日、散っているようなもの。運が悪かったのかもしれない。
 土手には程良く草が生えており、斜面も短い目の草、これはクローバーだろうか。そこに腰を下ろす。当然神社側の桜が見える特等席。
 神社の桜は古木で、幹が太いが下の方は割れている。裂けているといってもいい。長い年月だ。それぐらいのアクシデントはあるだろう。桜の木にも寿命はあるが、境内なので、枯れるまで立ち続けるのだろう。それに切られることはない。流石に神木として崇められてはいないが。
 そういうことを思いながら見ているのだが、目の前のものをぼんやりと見ている程度。誰が見ても花見をしている人としてしか映らないだろう。だから土手で座っていても、怪しまれない。実はこれがやりたかった。
 反対側は川幅が少しある河川。ゆっくりとした流れだが、実際に流れているところの幅は狭い。あとは砂地が出ていたり、河原でよく見かける葦原。こちらの方が見るものが多かったりする。また、向こう側の土手にも桜が少しだけあり、歩いている人や、自転車も見える。
 いずれにしても見ても見なくても同じようなもの。そういう北村も誰かに見られているのだが、その視線は軽いはず。
 どうでもいいことをしている北村だが、意外と気持ちがいいのに気付いた。
 
   了
  


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2020年03月28日

3703話 春霞


 吉備郷の牛尾橋三郎は国人と呼ばれている。その地に土着している人だ。動乱の時代なので、武者姿。それもかなり古式の。まるで都の御所でも守りに行く本来の武人のように。
 その牛尾橋三郎が山道を歩いている。城下に出るためだ。久しぶりにいいものが食いたいし、着るものも欲しい。小刀の鞘が痛んでおり、巻き付けてある紐のようなものがほつれているし、鞘そのものの塗装もはげている。はげている箇所を塗ってもらいたいし、紐も閉め直して欲しい。たまに城下に出て町屋を回る。山暮らしでは退屈なためもある。
 城下近くの道で、兵が動いているのが見える。また戦でもあるのだろう。城の兵のようだ。身なりがいい。
 城下の取っつきに木戸がある。関所だ。他国の間者を入れないためだろが、牛尾は顔パスで通れた。顔馴染みになっている。
 城は丘の上にある。そちらへ向かわず川沿いの町屋へ行く。だが、人が少ない。やはり戦が近いためだ。まさか敵はここまでは来ないだろうし、城下まで迫られたのなら、負け戦だ。
 城からの使いはない。負けそうなのに、兵をよこせと言ってこないのは、戦う気がないのだろう。
 他の支城からの兵も来ていない。先ほど通っていたのは城の常雇いの兵だろう。多くはいない。
 吉備郷牛尾家はこのあたりでは名士。動員できる兵は数十もいない。武家の格好をしているのは牛尾家や分家と、牛尾家の家老の三家だけ。これが一族郎党で、その兵力ではなんともならない。それで動員をかけなかったのだろう。
 また、ここの領主よりも、牛尾家の方が家格は上。だが吉備郷数十程度の勢力なので、なんともならないが。
 それで、鞘の修繕を頼み、造り酒屋が飲み屋をやっているので、そこでおいしいものを食べ、春向けの薄い小袖を買う。うぐいす色で、かなり派手だ。
 戻り道、別の関所を抜けると、柵がその向こうにできている。騎馬の突入を防ぐためだろうか。鉄砲隊が仮小屋の中にいる。
「始まるのか」
「そうです。来ますよ」
「大変だな」
「来ると決まったわけじゃありませんがね。負けるのが分かっているので、城じゃもう無策です」
「柵があるじゃないか」
「そうですね」
 町家にはまだ人がいた。これは来ないだろうと、牛尾は判断し、山へ向かった。馬は使わない。山道の一部が壊れており、馬が通れない。
 山を少し登ったところで、城下を見下ろすと、土煙がたなびいている。敵が来たようだと、一瞬緊張したが、よく見ると春霞だった。
 
   了
 





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2020年03月27日

3702話 カレント主義


 カレントには意味がある。まあ、全てのことに意味はあるのだが、意味付けしているのは人だろう。このカレントが特に意味があるのは、今、現地点、目下のところ、今、立っている場所のためだろう。つまり今なのだ。今は意味が集中している。意味が集まる場所。それをカレントと高田は呼んでいる。
 カント主義があるのなら、カレント主義があってもおかしくはないが、そんな主義はないので、主義というほどの風呂敷はない。ただの一寸した気持ちのようなものだったりする。だが、カレント主義では気持ちに大きな意味を与えている。
 誰が、それは高田だ。
 その意味を見付けた人は大勢いるだろう。しかし、自分で見出すことが大事。
 ただ、それに価値があるかどうかは分からない。主義ではなく、ただそう思うとか、そんな感じがするとか、そういう気がした。などでは弱すぎる。
 現地点は次の地点とその前の地点を見ている。現在位置は一日経てば変わる。不動産ではなく動産。しかし不動産屋はあるが、動産屋はない。変化が多いといえば相場師がそれに相当するかもしれない。値がどんどん変わる。しかし、土地などの不動産も変わるので、値が動かないわけではない。土地は動かないが。
 現地点、カレントが大事なのは、そこに結果が現れているからだろう。流れの先端。それがその人の本流ではないかもしれないが、成り行きでそうなってしまったということがあり、また偶然そうなったとかもある。
 さて、カレント主義者高田はいつも迷っている。それは流れのためだ。次に何処へ行こうかと悩む。カレントは次を目指す。その次が、あまり芳しくないと、違う流れに向かう。または以前カレントだった箇所へ戻る。
 戻った場合、何段階かはなかったことになり、無駄になる。そのため引き返すのはもったいない。
 望んでそうなったことがあり、その先がまだあるのだが、何となく間違っているのではないかと思いだした。
 このあたり、微妙な話なので、高田にしか分からない。これは高田個人の感覚や感性や性分でないと分からない。普遍性はないが、どの普遍にも当てはまったりする。よくあることとして。
 そんなとき、思い出すのがカレント。今は今の意味なり意義なりがあり、存在の先端であるということ。ここをやはり維持すべきではないかと。
 色々なものを乗り越えてきたのに、戻ってしまうのなら、乗り越えた意味がない。無駄足になる。
 そして過去の何処かに戻り、それをカレントにしても、それは繰り返しになるような気がする。そこ過去から、現地点の今へ来たのだから。
 カレント主義は流れを大事にする。この流れとはその人の物語で、良いも悪いもなく、名作も駄作もない。リアルなものなので。
 そしてカレント主義は目先主義。今のことしか考えていない。それが最先端部なのだから、一番敏感なところ。
 カレントは移動する。今が移動するように、刻一刻変わるように。だが節目のようなものがある。それをポイントと呼んでいる。流れがちょと変化する場所。
 高田がそういうとき、カレントが変化しそうになるが、その流れに乗るようにしている。なぜなら気持ちの流れを大事にするため。
 いずれにしてもあまり芳しいやり方ではなく、どちらかといえばやってはいけないような愚人レベル。知恵のない人のサンプルのようなものだが、知者と愚者の差は曖昧。どちらもどちらなのだ。
 知者の愚よりも、愚者の知の方が乙ではないか。
 
   了
 


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2020年03月26日

3701話 異界手記


 その世界は、まだ誰も知らないのだが、ここでは知る必要そのものがないだろう。
「これは」
「異界へ行った人の手記です」
「創作ですか」
「まあ手記なので、何とも言えません。本人が書いたものなので」
「で、何処へ行かれたとなってます」
「それがなっていません」
「行かなかったのですか」
「だから、行った手記です」
「じゃ、何処へ行ったのかが書かれているでしょ。そうでないと手記の意味がない」
「人に見せるものではなかったのでしょう。日誌とは別に、薄いノートに書かれていました。まあ、遺品ですが発見されたのは何十年も前です」
「日記の方はどうなんです。リアルでしたか」
「事実関係が書き記されたメモのようなものでした。忘備録でしょ」
「その日記の中に、その手記の内容はなかったのですか」
「日記ではまったく触れられていません」
「どうしてでしょう」
「見た夢のようなものでしょ。そういうのは書き残していないので」
「じゃ、そんな夢を見たのかもしれませんねえ」
「しかし、一冊だけ、それが残っています。別扱いです」
「それで、中身なのですが、見当が付きませんか。何処へ行き、何を見たのか」
「誰も知らないことだと断っています」
「それは凄い。何でしょうねえ」
「知っている人がいるかもしれませんが、普通の人はまあ、窺い知れない世界なのでしょう」
「何処でしょ」
「だから、知る必要はないとなっています」
「それは先ほど聞きました」
「薄いノートに書き記されてあるのは、その異世界についての話です」
「だから、それを早く聞かせて下さい」
「異世界についての話でした」
「はあ」
「この世には計り知れないことがあり、未知の領域があり、滅多にそれが姿を現すこともなく、またその入口など誰も知らない」
「はあ」
「そういうことが綿々と語られています。本人もその世界へ入ったようなのですが、それについての具体的記述はありません」
「どうしてでしょう」
「言えない。語れなかったのでしょうねえ」
「だから書かなかったと」
「そうです。書けなかったようです。しかし、そういう世界があるぞということだけは記しておきたかったのでしょうねえ」
「誰にも見せる必要もない手記のようなものでしょ。日記のようなものでしょ。だから好きなように書けるでしょ」
「生存中、誰かに見られる恐れがありますし、亡くなったあとでも、こうして発見されますから、迂闊なことは書けなかったのでしょうねえ」
「どうしてでしょう」
「この人がどんな世界に入り込んだのかは分かりませんが、おそらく人に言えないような世界でしょ。だから言えない。語れない」
「言えばどうなります。書き残せばどうなります」
「狂人だと思われるでしょ」
「その一冊だけのノート。創作じゃないのですか」
「それなら異界の様子などを事細かに書くでしょ。嘘ですからね。嘘はいくらでも書けます。嘘の方が語りやすい」
「はい」
「まあ、違った世界が世の中には存在しているということだけでいいでしょ。私達が旅人のように見学するような感じではない接し方になるのでしょうねえ」
「その人はどういう終わり方をしました」
「ああ、人生ですか。そうですねえ。平凡な老人になり、普通に旅立ちましたよ。特に変わった人じゃなかった」
「はあ」
「また、その世界について知る必要もないと言ってます」
「そこに何かありそうですねえ」
「何かあるということだけが分かっているという話です」
「あ、はい」
 
   了



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2020年03月25日

3700話 夏眠人間


 春先のいい季候だが、吉田はじっとしている。まだ冬眠から覚めないわけではない。冬場はしっかりと目を開けていた。ところが春に近付くほど怠くなる。気温が上がったためだろ。本来なら眠っていた動物や植物も、この時期動き出すのだが、その逆だ。これは気候の問題ではなく、吉田の精神的なことかもしれない。
 冬場活動的で、暖かくなると動かなくなる。これは動植物でも例があるはず。
 精神的というのは、この季節が嫌なのだ。特に桜の咲く頃。卒業や入学の季節。里や野も明るくなり、日照時間もどんどん延びる。
 それでも吉田は人間なので、じっとしているわけにはいかない。動物でもあるので、動いていくら。
 体調が悪いわけではなく、気分が優れないわけでもない。しかし、なぜか怠い。春風が吹き出した頃から動きが止まり、何をするにも大層になる。これは例年のことなので、何とかなる。秋まで待てばいい。
 そのため、仕事は寒い時期にすべてやってしまう。だから春から秋が深まるまでの間、じっとしていても困らない。ただ、この間、長い。最低限の日常生活はこなさないといけないが、これは何とかなる。怠くなり、鈍化しているが、それぐらいの動きはできる。これも毎年だ。
 しかし、暑さに弱いわけではない。汗かきでもない。気怠いだけで、健康だ。
「ほほう、そんな人が存在しているのですか、生息しているのですか」
「僕の友人です」
「ほほう」
「キリギリス男と呼んでいます」
「痩せているのかね」
「いえ、蟻とキリギリスのあれです」
「ああ、イソップの」
「そうです」
「じゃ、夏場は遊んで暮らしているんだろ」
「仕事をしていないだけです。だから、涼しくなってから働くようです。春先まで」
「それで春と夏は歌って暮らしているのかね」
「歌いませんが、じっとしています」
「何だろう」
「夏眠でしょ」
「仮眠?」
「冬に冬眠するように、春は春眠、夏は夏眠しています」
「暑いだろ」
「だから動けないので、じっとしているのです」
「バケモノだね」
「でも大人しいですよ。それに蟻に食料を分けてもらいに行くわけじゃなく、冬場は懸命に働いています。人の倍以上。だから春と夏は仕事をしなくてもいいのです」
「羨ましいねえ。しかし、冬は働くわけだから年中遊んで暮らしているわけじゃないから、羨むことはないか。それなりに大変だ」
「別に遊んではいませんよ。じっとしているだけです」
「妙な人がいるねえ」
「世の中、いろいろですから」
「そうだね」
 
   了





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2020年03月24日

3699話 二人の元画学生


 画学生時代同級生だった二人が偶然出会った。しかしこの偶然、数回ある。立ち回り先が似ているためだろう。
 しかし年をとるうちに、その偶然も減る。偶然でしか合わなくなったのはもう交流がないため。学生時代だけの関係のためだろう。一人か二人、そういう友人がいないと、不便なため。だから長く付き合える親友にはなれなかった。
 便利といえば、学生時代に二人展をやったことがある。半分のお金でできるためだ。二人とも西洋画。
 卒業後、一人は画廊の丁稚のようなことをしていた。一応絵に関係する仕事で、海外へ買い付けに行ったこともある。
 もう一人は趣味で絵を描き続けている。裕福な家なので、遊んで暮らしているようなものだが、実家の手伝いも当然やっており、今はそれを引き継ぎ、結構忙しい。だが絵は描いている。
 二人はどうしたことか、ばったり出会った後、その日に限り立ち話だけではなく、お茶に行き、さらに飲みに行った。そして遅い時間になったので、裕福な方の家へ行くことになった。どういう風の吹き回しか分からない。それほど親しくないのだから。
 実はこの裕福な方は絵を見てもらいたかったようだ。
 画廊に長く努めた方はすでに退職し、独立して画商になったが、暇なのでついて行った。飲み屋からタクシーを呼び、そのまま郊外の奥まで突っ走った。
 裕福な家は今風に建て替えたようだが、農家のような感じだ。周囲にそんな家が多い。
「どう」
 アトリエがあり、そこに絵が飾ってある。
「絵柄、変わったんじゃないの」
 学生時代のような尖ったところがなく、地味な絵になっている。悪くいえばインパクトがない。個性もないし、当然特徴もない、油絵だが薄い。あっさりとしたタッチで、この家の近所だろうか、道があり畑があり、奥に丘があり、数本目だった木が伸びている。杉だろうか。
 アトリエの壁に数点それが掛けてある。
「どう」
「平凡だね」
「他には」
「うーん、訴えるものがない」
「そうか、それを見て欲しかったんだ」
「えっ、どういうことかな」
「昔、君に酷評されたことの反対をやっている」
「そんなこと、言ったかなあ」
「前衛過ぎるって言っただろ」
「もう忘れたよ」
「聞いていい」
「何」
「なかなか言い出せなかったんだけど、君は絵は描いているの」
 画商は鞄からタブレットを取り出し、ささっと絵を表示させた。指で書いた落書きだ。
「これ、君が嫌がっていた抽象画じゃないの」
「ああ」
「君も変わったねえ」
「絵はね」
「僕は普通の平凡な絵ばかり描いているんだけど、これが奥が深くてねえ。だからいくら描いても満足できないんだ。目立たないところで、そっと芸をするんだよ。でもそれと分からないようにね」
「そうなんだ。しかし全然気がつかない」
「それを確かめたかったんだ。プロの画商の目でも分からないことを」
「あ、そう」
「今日はありがとう。いろいろと引っ張り回して、二階に部屋を用意させているから、ゆっくり休んでね。君が朝、起きた頃、僕はもういないから。ここでお別れだ。君とはもう二度と会うこともないと思うけど」
「何かあったの」
「これから出かけるので」
 元画商は二階の客間に上がると、すでに布団が敷かれていた。
 朝、目覚めると、友人はもういない。夜中に旅立ったのだ。
 それから数年後、二人は偶然行き会った。そのときは目礼しただけ。
 この調子ではまだ数回、そんな偶然があるのだろう。
 
   了



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2020年03月23日

3698話 偽装


 やっと来た春だが、西田は調子が悪い。これは体調だ。いつもの感じではないので、大人しくしているしかない。
 窓から外を見ると、建物の隙間から青空が見える。眩しいほど明るい。気温も上昇し、いい天気だ。
 急に暖かくなったので、体調を崩したのかもしれない。そういえば薄着だった。暑いほどだと思っていたのだが、夕方になると冷えだした。晴れている日は朝夕が寒いのだろう。
 その翌朝から調子が悪くなったので、用心して部屋でも着込んだ。
 寝込むほどではなく、いつもの用事をいつも通りこなしているとき、これも悪くないと感じた。少しスローペースになり、ゆっくり目だが、それがゆったりとしていると思えるので、悪いことではない。体調は悪いが、スローな動き方がいい。それに気付いたのは調子が悪いためで、いいこともある。新発見だ。
 西田はせかせかと忙しそうに動く癖がある。それほど急がなくてもいいことでも、さっさとやる。これは人に見られているので、ポーズのようなもの。仕事のできる人のように振る舞っていたのだが、実際には効率の悪いやり方をするので、急がないとできない。だからできる人は忙しそうにしないのかもしれない。
 しかし、西田はその癖がついてしまい、何事においてもさっさとやるタイプになっていた。またこれはのろまな面を隠すためだろう。本当はおっとり型で、のんびり屋さんなのだ。それを隠すための偽装なのだが、偽装が本物になっている。
 体調が悪いときとか、元気のないときに、その地金が出るようで、これが西田の本来の姿。
 社会に出ると、いろいろと創意工夫が必要で、別人のようになることがある。西田はその典型。
 忙しそうによく働いている人間に見せかけ続けた。だが、結果はあまり出ていない。無駄な演技分だけ損をしているようなもの。だが見た目はよく働く人に見える。
 西田は本来ののんびりとした動きに戻そうかと思うのだが、今からでは変だ。それこそ体調でも悪いのかと言われそう。
 一度人に見せたポーズはなかなか変えられるものではない。妙に思われるだろう。そしていつもの西田らしくないので、心配されたりする。
 演技だった、ポーズだったとは言えない。
 長年臭い芝居を続けてきたものだと、その慰労を自分で褒めたりした。褒美がいるだろう。しかし、明日もまたその演技を続けないといけない。そうでないと西田らしくない。
 その日はゆっくりと過ごしたので、翌朝は元気になっていた。
 当然その日もいつものシャキシャキ働く西田の姿があった。
 
   了




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2020年03月22日

3697話 快感


 いつもやっているようなことで、ちょっといい感覚のときがある。いいので快感だ。快い、気持ちがいい。これは繰り返したいし、また広めたい。他のことでも応用したり、使えのではないかと思う。
 だが個々のことには個々の事情があり、当てはまらないこともある。
 例えば小さいものがよかった場合、他のものも小さいサイズを狙う。ただ、大きいからこそいいものもある。小さいと意味を失うとか。
 古いものと新しいものとでも、そんなドラマがあったりする。新しいものから受けたいい印象。いい感じ。つまり快感。それで古いものを全部新しいものに変えてしまいたくなる。
 だが古いからこそ値打ちがあったり、古いものの方が優れており、新しいのに変えると、うまくいかず、不快になったりする。気持ちよくない。
 ということは快感というのが砂糖のような甘みで、これが曲者なのかもしれない。快感ではないが、不快ではないこともある。どちらともいえないというより、普通のものだろう。日常はそういうもので成り立っている。確かに不便とか不快と思えるものもあるが、何とかなっている。むしろ快いものなど探しても見つからなかったりする。
 快不快は何かと比べてのことかもしれない。それに不快であったとしても、実用上困らない。用は足している。
 そこから先は贅沢な話になる。できれば気持ちのいいものがいい。あくまでも可能ならば程度で、絶対に必要なことではない。
 すると趣味の問題になる。ここは実用性を超えた好みの世界だけに、何とも言えなくなるが、好みはそれなりに変わるので、そこで何とかなるのかもしれない。
 好みが変わる、趣味が変わる、これはよくあることだが、その正体は快感かもしれない。快感を感じたとか、気持ちよくなるかもしれないと思えるときだろう。だから快感に引っ張られやすい。ただ、これは感覚的なことで実体がなかったりしそうだが。
 どちらにしても、一度いい目に合うと、再現させたい。またはそのパターンを他のことにも持ち込みたい。
 感覚を磨き、研ぎ澄ませていくというのはそういうことかもしれないが、手間のかかる話だが、特に意識しなくても、普通にやっていることかもしれない。
 
   了
 


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