2020年07月10日

3807話 元気


「天気がよくないですなあ」
「雨ですからね」
「これは何か水を差します」
「調子の良いときに、水を差される感じですか」
「そうです。晴れて欲しいです。あなたもそう思いませんか」
「いや、私は常に天気が悪い」
「あなたの天気?」
「元気がありません」
「それはいけない。しかし、元気ばかりだと疲れて、元気でなくなりますからね。それにそんなに元気でやるようなことも多くはないでしょ」
「そういわれると、嬉しいです。何か元気でないといけなそうな風潮がありましてね」
「いつですか」
「ずっと前でした。忘れました。まあ、私の中ではずっと雨が降っています。なかなか晴れない」
「たまに、気晴らしすればいいのです」
「気晴らしねえ」
「一瞬でも気が晴れれば、すっきりしますよ。それこそ元気になります。本当は事態は何も変わっていなくてもね」
「そういうコツのようなもの、何度かやりましたが、元気がいけない」
「いけませんか」
「元気というものがいけない」
「はあ」
「私は元気にこだわりすぎた。元気でないといけないと思い込んでいたのです」
「それはいけない。元気なんて、そうそう続くものじゃないですからね」
「そうなんです。そこが落とし穴。それに最近気付いて」
「遅いですねえ」
「いえいえ」
「それで、気付いてどうされたのですか」
「元気でないほうがいい」
「それもまた、無理に元気をなくす必要はないでしょ。自然な流れで、元気になったり、ならなかったりする程度でしょ」
「おお、私より、元気に詳しい」
「誰でも知っていることでしょ」
「そうでしたか」
「まあ、元気にもレベルがありましてね。まずまず暮らしているのなら、それも元気のうちです。元気がないとは言い切れない程度」
「普通の状態はどうなんです」
「まあ、元気でしょ。元々のものが元気」
「不元気じゃなければ元気だということですね」
「普通に普段通りやってられれば、これで元気だと言えるのです」
「そのレベル、いいですねえ。私はどうなんでしょう。元気ではありません。ずっと頭の中は雨が降っています」
「どんな」
「ああ、湿気ていて、ジメジメしていて、鬱陶しくて」
「悪くないじゃありませんか」
「そうなんですか」
「一種の風情でしょ」
「そう来ますか」
「また、それが日常ですよ。そんな毎日毎日晴れ晴れしい日々は続きませんよ。たまに晴れる程度」
「私もたまに晴れます」
「そうでしょ、適当に気晴らしをやってるでしょ」
「無茶苦茶寝ます。全て無視して。起きたとき、気持ちがいいです。晴れ晴れします。寝てやったりと」
「してやったりという感じですね」
「そうです」
「元気なときに、長く寝てしまうと、これはもったいないでしょ。不覚を取った感じでしょ。長寝を後悔したりとかね」
「あなたはいいことをいう」
「ものはいいよう。何とでもなりますよ」
「そうなんですね」
 
   了







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2020年07月09日

3806話 魔夏


 理性というのは意識しないと出せないようだ。出せない、出ない。あまり理性的な言い方ではないが出物腫れ物ところかまわず。知恵も出すし、悪知恵も出す。
 しかし、意識しなくても、習慣化すると、常に理性的な態度が前面に出る。これは盾だ。前衛だ。まあ、それは常識的判断で、決して悪くはない。それどころか好ましい。そこに理性があるのかどうかよりも理性的な人だと思われるが、そんな概略まで思う人は少ないだろう。理性的な性格という程度で、性格の一部のように受け取ってもいい。
 理性的態度は習慣で、意識しなくてもやっていることもあるが、習慣とは日常範囲内。いつもの暮らしや、いつもの仕事や、ある程度習慣や社会的慣習となっていることで、分かっていることが多い。だから日常外というか、普段にはないことに遭遇すると、理性的習慣の埒外、圏外に出てしまうのだろうか。そこで改めて理性を使うことになるが、そんなものを使っている間にやれてしまったりしそうだ。
 たとえば一刻も早く逃げないといけないのに、冷静に判断するため、情報をもっと集めるとかだ。より知的に、より優れた理性的判断ということになるが、考えている場合ではなかったりする。ここは理性云々よりも動物的な危機感で、躊躇なく逃げるのがいい。理性よりも動物的何かの方が、早く正確だったりする。当然事柄にもよる。
 さて、夏。急に話が変わるが、杉並という男がいる。そんな名の人間ならいくらでもいるだろう。女性でもいい。
 その杉並、梅雨が明けるのを恐れている。
 しかし、杉並は常識的で、理性的な人間なのに、梅雨明けを何故恐れるのか。何かの事情があるはずで、それは梅雨時の雨が好きなわけではない。しかし、晴れた日が嫌いなわけでもない。寒い時期の小春日和など、日向ぼっこをするほどで、太陽が怖い種族でもない。
 実は夏の陽射しが怖い。そのため、梅雨が明けてからの夏が怖いのだ。その兆しは既に見えており、杉並は、それを見ると、ドキッとし、さっと目を逸らす。
 何を見たのか。
 雲の隙間から見える真夏の青空。
 それを杉並は魔夏と呼んでいる。
 暑いからいやなのではない。先ほどからいっている理性が効かなくなるためだ。真夏の暑さでぼんやりとすることはあるが、それは毎年あること。よくあること。しかし、杉並にとり、理性が狂うらしい。年中理性的な杉並だが、この真夏だけは違う。だから、できるだけこの時期は大人しくしている。
 理性は暑さに弱い。特に杉並は弱いタイプ。しかし冬場の理性度は非常に高いが。
 梅雨が明けそうな時期、雲の隙間から見え隠れしている魔夏。
 今年もまた夏がやってくる。魔夏がやってくると杉並は呟いた。
 
   了

 

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2020年07月08日

3805話 箱抜け


「今日も雨ですねえ」
「梅雨なのでね」
「鬱陶しいですねえ」
「こういう日は適当に済ませよう」
「そうですね。簡単に」
「テンションが上がらんのでね」
「同感です」
「できれば、早く終えて、今日はそれぐらいで、終わりにしよう」
「できるだけ、簡単にやってしまいます」
「適当に片付けてくれ」
「はい」
「しかし田村君だがねえ、あの男は簡単にはいかん、適当にはいかん」
「真面目ですからねえ」
「早くやってしまわないよう言ってきてくれないかな」
「そうですねえ」
 その田村はマイペースな人で、仕事もマイペース。そのペースは安定しており、雨で鬱陶しいから息を抜こうというようなことはない。
「落とすのですか。ペースを」
「上田さんが言ってる」
「先輩が」
「じゃ、ゆっくり目でね」
「しかし、それじゃ遅れますよ」
「遅れてもいいの。そんなに問題になるようなことじゃない。本当はもっと余裕があるんだ。だから急ぐ必要はないとか」
「でも、ペースが狂いますので、いつも通りやります」
「あ、そう」
 田村が言うことを聞かないということを聞いた先輩の上田は「さもありなん」と言っただけで、それ以上強要しなかった。何度もそういうことがあったのだろう。テコでも動くようなやつではないと分かっていたためだ。試しただけだろう。
 ところが、田村の姿が消えている。
 マイペースで、仕事をしているはずなのだが、どこを探してもいない。
 休みの時間以外は外出しないはず。
 田村は仕切りの中でいつもポツンといた。足は見えているし、立てば部屋を見通せる程度の仕切り。その中に田村がいない。
 トイレへ行ったにしては長い。
 そして一時間ほど経過した。
 だが、田村は戻ってこない。
 仕切り内のデスクを覗くと、仕事は終わっていないようで、途中だ。
「先輩、これはいったいどういうことでしょうねえ」
 上田にも当然分からない。無断で退社するような人間ではない。
 上田の先輩に玄米パン男がいる。昼はいつも玄米パンを食べている。
 隅だが窓際にデスクがあり、仙人部屋と言われている。こういう人は決まって丸っこい眼鏡をかけている。そしてこの人もマイペーで、田村と同類だ。
 上田は彼に聞いてみた。
「箱抜けだよ」
「あの仕切り部屋のことですか」
 そういう仕切り部屋は複数あり、一人でコツコツやる仕事に向いているらしい。それと、入れるのは優秀な者に限られている。だが、そこを使うかどうかは本人次第。
「箱抜けとはいったい」
「魔術だよ」
「それじゃタネがあるのですね」
「ない」
「じゃ、魔法ですか」
「成功したようだ」
「はあ」
「赤飯を炊こう」
「しかし、いったいどうやって」
「細かい話はいい。田村が箱抜けに成功した。分かっているのはそれだけじゃ。素直に祝福しよう」
「そういう話でいいのですか」
「まあな」
 
   了





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2020年07月07日

3804話 その人


 マイペースを保っていた久保田なのだが、最近少しだけ様子が違う。だが、普段と同じように見えなくもない。だから見る側からすると気のせいではないかと勘違い説も浮上する。どちらにしても、もの凄いことが起こっているわけではなく、また誰もその影響を受けない。ただの好奇心。何か久保田の身に起こり、それが影響しているのではないかと。
 そういった微妙なこと、一寸した仕草は態度の違いなどの方が大事件よりも興味深ったりする。当然どちらでもよいことなので、気にする必要はない。
「どこがどう変わったのかね」
「はあ、雰囲気が」
「弱いねえ、それだけでは。それに何か影響が出てるの」
「別に」
「じゃ、そんな細かいことなど、いちいち私に話さなくてもいいよ。君の方が変なんじゃない」
「いえいえ、変なのは久保田君です」
「では、どう変なのか、言ってみなさい」
「これ、というようなことはないのです」
「だから弱い。まあ、そんな些細事で時間を潰すのも何だ。君は余程暇なんだな。私まで巻き込まないでくれ」
「しかし、何となく様子がおかしくて、変なのです。はっきりとしたものはないのですが、何かありそうな」
「はいはい、分かりました。君は神経を使いすぎる。疲れるだろ」
「はい、多少は。でも好きですので」
「そんな人の噂など、流すもんじゃない」
「はい、気をつけます」
 この人が部長に久保田の話をしたことが噂になった。そして久保田は最近変だと。
 すると、久保田を見る目が全員変わってきた。そういうふうに見えてしまうのだ。普段と同じようにドアを開けても、廊下を歩いていても、仕事をしていても、何となく様子がおかしい、となる。
 しかし、人の好奇心は長くは続かない。それに、大したネタではないし、大きな刺激もない。
 そのうち、久保田の様子が最近変だという噂は流れなくなり、もうそのネタは終わった。
 それからしばらくして、またあの人が部長へ報告に来た。業務上の報告なのだが、そのついでに久保田のことをまた話した。
「完全に別人です。もうあれは久保田ではありません」
 部長は、きょとんとした。もう誰も久保田の噂などしていない。
「もう別人格です。表情がありません。以前から顔に出さないやつでしたが、最近はまったく表情がありません」
「まあ、そういう時期もあるだろう。いちいちそんなことを言いに来るな」
「でも態度も変わりましたし」
「気のせいだ」
 その後、どうしたことか、その人の姿が消えた。問題有りとされたのだ。久保田ではなく、その人が。
 そして、しばらくするうち、他の人達も表情が徐々に消えだした。あの部長までが無表情になっている。
 久保田は笑みを浮かべた。
 
   了
 




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2020年07月06日

3803話 見知らぬ下車客


 通りかかった古本屋の店頭に斜めになっている本があった。誰かが手にしたあと、元の場所に置かなかったのだろう。しかしそこは一番安い本が平積みされており、その下には段ボールがあり、そちらは文庫本が詰まっている。地べたに展示だ。
 それに比べると斜めに置かれているのは単行本で、しかもハードカバー。見知らぬ下車客がタイトルで、作者は知らない人。そんな作家がいたのだろう。当然タイトルからするとフィクションもの。つまり小説だと思われる。そういう装丁にもなっているので、これは間違いない。
 これだけのこと。武田の頭の中では一瞬で、手ににしていない。
 ただ、斜めだったのが目立っただけ。問題は斜めであり、本のタイトルではなかった。斜めは目立つ。
 この古本屋の前はたまに通るが、中に入ったことはない。探すほど読みたいと思うものはなく、また、何か読むものはないかと、棚を覗くこともしない。おそらく適当な本を見付けて、適当に読めばいいのだろうが、そんなことで時間を潰す時間がない。
 これが閉鎖空間の船内にある古書店なら、読めるようなものを探し、買うかもしれない。長い船旅なら、暇で仕方がないためだろう。
 しかし、船内や機内、車内に古本屋があるとは思えないが。
 武田は古本屋で一瞬立ち止まっただけで、そのまま目的地を探した。このあたりに画廊があるはずで、できたばかり。案内のハガキが入っていたので、どんな感じだろうかと、少しだけ興味がいった。武田は画家なのだ。
 だから先ほどの本もタイトルではなく、装丁の方が気になる。当然斜めに置かれていたのも気になった。そのあたりに敏感なのだ。中身よりも表面、皮一枚で、印象がどれだけ違うか。
 画廊はクリーニング屋跡だった。その前は何かもう忘れたが、古臭そうの商品を売っている店。たとえば呉服屋とか、そんな感じだ。消えるべきして消えているのだが、クリーニング屋に変わったが、それも潰れたのだろう。受付だけのあるよく見かけるチェーン店だった。今でも看板だけが残っているクリーニング屋がある。朝出して夕方バッチリとかの幟がよれたまま傾いていたりする。
 クリーニング屋の受付程度の敷地だと、画廊としては狭すぎるはずだが、母屋側まで使っているようだ。呉服屋か何かだった普通の店だったので、それぐらいの広さがある。
 外装はほとんどそのままではないかと思える。画廊ではなく弁当屋でもいけそうだ。
 中をちらっと見ると、絵がかかっている。既に誰かが借りているのか、オープニング用のものなのかは分からないが、抽象画だ。それをちらっと見た瞬間、武田は興味を失った。
 そんな抽象画を見るのなら、先ほどの斜めに置いてあった見知らぬ下車客の姿の方が上等だ。
 武田は戻るとき、その古本屋へ寄り、本当に買おうかと思った。
 そして、店頭に立ったとき、その斜めがない。
 その近くを探したが、見知らぬ下車客は見当たらなかった。
 見知らぬ客が買っていったのだろう。
 
   了




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2020年07月05日

3802話 続けることの大事さ


「何か続けていることはありますか」
「毎日繰り返し続けていますよ。しかし、寝るとか、起きるとかは、続くものでしょ。しかし、眠りが続きすぎると問題ですがね。当然寝ないで起きたままが続くのも問題でしょ」
「そういう話じゃなく、毎日決めてやっていることで、続いているものはありますか」
「決め事ですか。それはあります。でも大したことはありませんよ。履く靴を決めるとか、行く店を決めるとかで、これも長く履き続けると飽きてくるし、店屋も違ったところへ行きたくなる。また違う品物やサービスなどがありますからねえ」
「習い事などはどうですか」
「毎日習っていますよ」
「おお、それはいですねえ、自分で決めて?」
「そうです。学習しないと、つまり、覚えたりマスターしないとジャガイモの皮一つ剥けない。従って肉じゃがやカレーは作れない。ハヤシもありますがね」
「だから、そういった日常的なものではなく」
「本を読んでいます」
「ああ、それはいい。非常によろしい。読書を続けているのですね」
「毎日読んでます」
「感心感心。それは続いているわけですね」
「はい、私は読書家でもないし、本が好きなわけじゃありませんが、毎日読んでます」
「それはどういう意味で続けられているのですか」
「色々と学ぼうと」
「ほう、じゃ、知識を身に付けるための読書ですね」
「そうです。苦手なのですが、続けています」
「それそれ、そういう知的生産の話をしたかったのです」
「でも普通でしょ。本を読むぐらいで、それが続いているとか、続いていないとかは」
「いや、読書離れで、読まなくなった人もいますからね」
「でも読書人なんて、いくらでもいるでしょ。それに、そんなもの無理に続けなくても、習慣になっているので、欠かせなくなっているんじゃないですか」
「いや、あなたのような人が本を読むとは珍しいと思ったからです。読まない人だと」
「そういうふうに見えますか」
「いえいえ」
「あまり、知的に見えないのでしょ」
「いえいえ、本を読む人が全員知的だとは限りませんが、続けているかどうかを知りたかったのです」
「続けているというより、続いていますよ」
「それは結構なことで、何かコツでもあるのですか」
「こんなもの、コツも何も、本を開けば済む話でしょ。まさかページをめくる手つきとか、めくり方の話じゃないでしょうねえ」
「違います。で、それで、どんなペースですか」
「さあ、日によって違いますが、五分か十分です」
「はあ」
「調子の悪いとき、もう少し粘るかもしれません」
「そ、それは」
「便所で読むからです」
「また臭いところに落とされましたなあ」
 
   了





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2020年07月04日

3801話 緑池の怪物


「緑池の怪物なんだがね」
 池の縁を散歩中の高峯は、そう話しかけられた。嗄れた老人の声。発音がよく分からない。だから何を言っているのか、聞き取れなかった。しかし何か発していることは分かっていたので、老人を見た。
「緑池の怪物なんだがね」
 今度もよく聞き取れない。ミがどうかした。つまり身体のことを言っているのだろう。そのあとカイと聞き取れたが、これは何だろう。
 高峯はもう少し近付いてみた。
「緑池の怪物なんだがね」
 しかし、聞き取れない。こういう場合、フレーズというのがあり、少し聞いただけで、どういう方面のことを話しているのかは大凡分かる。しかし、何にも引っかからない。
 ただ、イケという言葉がやっと聞き取れた。三回目なので、当然だろう。イケとくれば、この池のこと。しかし高峯はここが緑池であることなど知らない。もし知っておれば最初の言葉で、緑池と聞き取れただろう。そして池に関する話だと。
 高橋は既に至近距離まで老人に近付いている。近付きすぎだ。そして身振りと目の動きで、もう一度、というように促した。もう一回言ってくれと。
「もうええ」
 これは聞き取れた。だがエエが分かりにくい。良いという意味だろう。だからもういいということで、これは分かった。もうよろしい。つまり断りだ。良いのではない。
 高峯は老人の機嫌を損ねたようだが、聞き取れないのだから仕方がない。すっと立ち去ろうとしたとき、「緑池の怪物がねえ」と、また声をかけてきた。今度はしっかりと聞き取れた。そのままの意味で、おそらく誤解はないだろう。
「怪物ですか」
「そうじゃ」
「そんなのがこの池にいるんですか。ネッシーのように」
「いるわけない」
 老人は、満足そうな顔で、微笑んだが、これは時代劇に出てくる悪人の非常に分かりやすい笑い方にに近かった。悪の靨も出ていた。
 高峯はからかわれたのだと思い、全て無視し、池の淵を回ることにした。始めて来た池なので、それなりに新鮮で、怪物などいなくても十分間が持つ。
 そして、岬のような出っ張た先端に、別の老人が立っている。釣り竿を持っていれば分かりやすいのだが、手にそれはない。それにここは魚釣り禁止のパネルがあちらこちらに貼られている。
 老人の手がおかしい。腕だろうか。
 さっと動かし、さっと前へ突きだした。何か体操でもしているのだろうか。しかし、運動はそこまでで、そのあとはじっとしている。
 エアー釣りだ。
 さらに先へ進むと鳥のような人がいる。しかも池の中に足は既に入っている。鵜飼いの衣装に近い。だから、この人はウショウだろうか、いやそんなプロがここにいるわけがないので、コスプレに近い。これで、怪しまれないで、魚を捕るのだろうか。魚釣り禁止だが、釣りは禁じられているだけ。
 鳥のような衣装の男は、網を放った。手づかみではなかったのだ。
 その前を通っても、鳥男は網を投げたり手繰ったりを繰り返しているだけで、高峯のことなど眼中にない。プロが仕事をしているという感じだろう。見世物ではない。家業を黙々とやっているように見える。しかも素朴に。衣装は大事だ。これで誰も口が出せない。
 そして池を一周したとき、またあの老人と遭遇した。
「緑池の怪物なんだがね」
 高峯は今度ははっきりと聞こえたし、納得できた。
 
   了





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2020年07月03日

3800話 王道


 時代によりセンスが違ってくる。これは感覚のようなものだが、感覚が感覚として独立してあるのではない。時代感覚というのは流れがあってこそ生まれる。時代の風潮もそうだ。風の流れ、潮の流れ、いきなり発生するわけではない。
 過去の何かがあったから今がある。いきなり今があるわけではなく、その今の中に過去が凝縮され、それが分かった意味での含蓄のようなものから次の感覚が流れ出す。
 昔のセンスで作られたものに共鳴し、素晴らしいと思う場合も、その今から見ての話だろう。見る時代により、それは退屈なものにしか見えなかったりする。
 それは未来のセンス、先を行く感覚というのが、何か逸れてしまい、または、もうそれほどの旨味がなくなったためかもしれない。王道一直線が果てるようなもので、先が見てきたときだろうか。
 行く着くところまで行くと終わってしまう。だから行き着かないようにすればいいのだろう。先へ行く気がしないとかの問題もある。これももう美味しい感覚ではなくなっているため。
 たとえば刺激物が流行っていた時代なら、どこまでもエスカレートするが、これにも限界がある。すると、今度は刺激の少ないものが良かったりしそうだ。
「今度は何を言い出しているのですかな」
「退屈なもの、刺激の少ないものがよかれと思うのですが、如何でしょうか」
「刺激物ばかり追いかけすぎたためですかな」
「そういうわけではありませんが、大人しいのが良いかと」
「退屈でしょ」
「ゆったりできます」
「ほう」
「あまり際々しないで、リラックスできるようなものがいいのではと」
「まあ、そういう時代もあったでしょ」
「そう真剣にならないで、気楽にとか」
「何を目論んでおるのかは分かりませんが、時代の気分がそちらへ向かうのかもしれません。これは個人にぶつかってからの反応で、誰もが同じ向きになるとは限りませんがな」
「そうなんです。個々バラバラ、それでは王道が成立しません。一本の太い道ですから」
「まあ、王道を懐かしむこともあるでしょ」
「最近、本物に飽きまして」
「本物、それは王道でしょ」
「はい、王道は窮屈です。もっとだらだらしたいです」
「ずっとしているじゃないか」
「そうでした」
 
   了



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2020年07月02日

3799話 面を取れ


 守り役というのがある。子守だが、それが嫡子であった場合、付け家老となる。
 戦国末期、既に勢力は固まり、隣国同士の領土の奪い合いなどが私戦とみなされた頃。だから大きな戦いがその後起こるのだが、その手前の時代。
 それなりの勢力を誇るが天下を動かすほどではない領国がある。その殿様はまだ若いが、次の時代を考え、第一子には懐刀、右腕と頼りにしている家来を付けることにした。何よりも重臣中の重臣で、先代から仕えている宿老なので、他の家臣にも押さえが効く。
 領地が丸く収まり、侵略も跳ね返してきたのもこの家老がいてのこと。だから次の世代も、この人に任せたい。それで、息子にやってしまった。
 この家老、田宮兵衛という単純な名だが、何せ何代にもわたって仕えているためか、高齢。
 まだ幼い若君に対し、まさに爺そのもの。当然、子守も上手い。
 若君はすっかり懐いてしまい、それを見ていた殿様は安心した。
 その間にも二大勢力が最後の決戦でもやろうとかする時期になっており、この田宮兵衛も子守ばかりはしてられない。どちらに付けば安泰かなどを調べる必要がある。田村は既に腹づもりができている。そのためには身内の政敵を何とかしないといけない。
 そんなことを考えながらも、若君に仕えていた。まだ幼いのでただの子守だが。
 ある日、いつもご機嫌な若君なのだが、泣き止まない。それで、泣くと鬼が来るぞと言って、鬼の顔をした。
 すると、若君は泣き止んだ。子守が上手いので、簡単なものだ。そして、また鬼の顔をすると、若君は大喜び。
 そういうことを繰り返していたのだが、諸国の様子がおかしいので、すぐに来るようにと殿様から呼び出しを受けた。当然だ。
 殿様との密談。呼ばれたのは庭にある茶室。これは密談であることはすぐに分かる。
 茶室の低い戸を開け、下を見ながら、田宮が入ってきた。既に殿様は座っている。
「おお、田宮の爺か、近う、近う」
「ははあ」
 田宮は殿様の斜め左に座った。
「面を取れ」
「はあ」
「面を取れ」
「何も付けておりませんが」
「鬼の面」
「ああ、はて」
 どうも、幼君に鬼の顔をしたのが戻っていないようだ。
 田宮は膠着した顔を両手でゴシゴシ擦った。
「まだ被っておる」
 そういう鬼ズラの話ではなく、二大勢力の件で本筋に入った。
 田宮の鬼のような忠言を、殿様は聞き入れ、家臣団をまとめるため、ちょと手荒い掃除をした。
 鬼退治ではなく、鬼が家中の鬼を退治したのだろう。
 その後、二大勢力の戦いは、田宮が言う通りの結果になり、お家は安泰。
 のち、鬼の田宮と呼ばれるようになったが、しばらくのことで、そんな人がいたことなど、もう今では知る人は少ない。
 田宮家は今も続き、その子孫は、それを知っており、床の間には鬼の面が飾ってある。
 
   了





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2020年07月01日

3798話 不熱中時代


 熊本が自転車で町内を散歩していると、見覚えのあるシルエットがある。ミニサイクル、つまりタイヤ径の小さな折りたためる自転車に乗った男。自転車が珍しいのではなく、乗っている男。背が高く猫背。そして非常に痩せている。
 これだけのシルエットで、誰だか分かるはずはない。似たような自転車と見かけの人なら、いくらでもいる。もしそれだけでも分かるのなら、匂いのようなものを発しているためだろうか。決して鼻で嗅ぐ匂いではない。
「上田君じゃないか」
 熊本はほぼ確信できたので、そう呼びかけたのだが、まだ遠いようだ。だから独り言のようなものになった。
 男は近付いて来るので、距離はいずれ近付く。そのときもう一度声をかければいい。
 熊本もペダルを強く踏む。すると、顔が分かるところまで来た。やはり上田。しかし、下を見て進んでいる。何も見ていないのか視点は地面にある。
「やあ」
 と熊本が声をかけた。
「あ」
 上田も気付いたようだ。
 道路の左と右、立ち話はできないので、横にある駐車場へ鼻を入れる。
 二人は旧友。今は付き合いはないが、たまに出合ったときは二言三言話す程度。
 四言五言とならないのは、上田の反応が徐々になくなるため。だから話が弾まないので、二言三言まで。
 今回もそうだと思い、適当に生存確認程度の言葉のやり取りをしただけで、別れようとしたが上田に反応がある。つまり、生体反応が今までより活発。何か話したいようだと上田は気付き、四言目を加えた。
「実はやることがなくてねえ。退屈なんだ」
 と、上田が語り出した。愚痴のようなもの。だから深刻な話ではなさそう。しかし、上田の方から話してくるのは珍しい。余程往生しているのだろう。退屈状態で立ち往生。あることだ。
「熱中できるものでも作ったら」と熊本はすぐに解答を与える。そうでないと、いつ上田が話し終えて、去るか分からないので、先に言っておいた。
「熱中できるものがないから、退屈なんだ」
「何でもいいから作ればいいんだ」
「熱中するには意味がいる。何のためにやるのかの理由がいる」
「だから、熱中するためじゃないか」
「熱中のための熱中か」
「熱中してしまえば、何でもいいんだ。それで生き生きするから」
「あるか?」
「さあ、それを探すことが大事」
「探したけど、ない」
「範囲を狭めたり、禁じていたりしているだろ」
「それを広げると怖い」
「あるんだ。熱中できるものが。しないだけで」
「やはり、意味がいる。王道じゃないと」
「王道も邪道もない」
 そういうラリーになると、旧友時代を思い出す。そういうことで、よく語り合った。ミーティングというより、雑談だが、それが楽しかった。
「有益でないとねえ」上田は、それにこだわっている。
「熱中が有益なんだ」と熊本が反論する。
 二人は途中で、気が付いた。
 昔もそんな会話を長々とやっていたことを。
 
   了
 


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2020年06月30日

3797話 座る神具


 第一世代がやり始め、第二世代が大いに発展させ、第三世代が安定させた。
「わしは神様と呼ばれておるが、貧乏神。若い頃に住んでいたアパートからは出たが一間が二間になっただけ」
「伝説の人です。神話の中の神様と私はいま会っているのですね」
「そんな神が万年床に座っておるか」
「それ、丸めて背もたれ、座椅子。いやソファーかもしれません」
「うむ、あと二つ両脇に蒲団をくっつければな。しかし、芯がない」
「はい」
「昔はねえ、私の一間のアパートに仲間が大勢寄り集まっていたもので、座布団がない。だから敷き布団を敷いたもんだ」
「伝説の巨大座布団ですね」
「だから、ただの寝具だよ。敷き布団」
「寝具ではなく神具だと言われていました。そこに座れば、良い事が起こると」
「そうだね、私は道を付けたが、その長座布団に座って、いや乗っていた連中は私の付けた道の向こう側へと進んだ」
「きら星のような人達ですね」
「そうだね」
「僕はもういい年をしているのですが、第四世代になります」
「もうやることがないだろ。やることがありすぎたのは第二世代まで。第三世代はそれを整理しただけで、もう終わっていた」
「僕はその終わった後の世代です」
「先ほども言ったように、もうやることは残っていないだろ」
「まだ、残りクズのようなのが」
「そうか」
「そこでです」
「なんじゃ」
「神具に座りたいのです」
「長座布団のことか」
「そうです。超有名な第二世代の大先輩たちと同じように、座りたいのです。いえ、乗りたいのです」
「そんなもの、もうないよ」
「今ので、結構です」
「今の、今のといっても客が来たときに出す蒲団しかないが」
「それで結構です。掛け布団は必要ではありません。敷き布団を」
 神様は押し入れを開け、蒲団の上に乗っているややこしいものを取り除き、掛け布団を横にやり、敷き布団を抜き出した。
 そして、畳の上の邪魔なものを端に押しやり、敷地を作って、そこに蒲団を敷いた。
「はははー」
 と、客はかしこまりながら、その敷き布団の真ん中に座った。
「満足か」
「はい」
 結局得をしたのは第二世代と第三世代までで、第一世代は恵まれないまま一間が二間になった程度で終わっている。
 この客、第四世代だが、実は第三世代にギリギリ入れるところだったのだが、世に出るのが遅かった。
 第一世代と第四世代、結構仲がいい。
 
   了



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2020年06月29日

3796話 上田さんに聞け


 黒田はモニターの表を見ながらため息をつく。右肩下がり。息は息でもため息。それで気が抜けた。
「上がりそうだったんだがね。駄目だなあ」
「下がる一方ですね」
「滑り台だ」
「しかし、何度か上がりかけましたよ」
「滑り台の瘤程度だ」
「はい」
「立ち上げのときが一番で、それを越えられない。ジリジリと下がっている」
「よくあることですよ」
「これは上がらないと困るんだ。立ち上げのときはスタートで、そこからどんどん上がらないとね。そうでないと話にならん。上田さんに相談してみる」
「それがよろしいかと」
 上田さんというのは仙人のような人で、浮き世離れしている人。だから逆にその意見を聞くのは新鮮で、思わぬヒントを与えてくれる。
「下がり続けておるとな」
「そうです。何とかなりませんか」
「水は高きから低きへと流れる。それだけのこと」
「じゃ、水だったのですね」
「さあ、下へ流れるのは水じゃろう」
 黒田はこの単純な解答で目が覚めた。
「どうでしたか、上田さんからいい知恵を頂けましたか」
「水だった」
「あ、はい」
「下へ行って当然。下へ下へと行って当然。この表、何の不思議もない。あたりまえのことだったんだ」
「まあ、このプロジェクトそのものが水物ですからねえ」
「そうだね。水商売のようなものだ」
「引きますか」
「いや、かなり突っ込んでおるし、手間もかかっている。全部無駄になる」
「でも下る一方でしょ」
「もう一度、上田さんに聞く」
「あ、はい」
 先ほど行ったばかりなのに、黒田はまた仙人の上田さんを訪ねた。
「おや、何か忘れ物でも」
「やはり水でした。これはどうすればいいのか」
「火の敵は水」
「ああ、そうか。分かりました」
 黒田はすぐに戻った。
「分かったぞ」
「それはよかったですねえ」
「水は火に強い」
「はい」
「だから、火に向けるのだ」
「火って、何ですか」
「火は火だ」
「火曜日とか」
「違う」
 黒田は火が何に該当するのかを聞きに、また上田さんを訪ねた。
 今度は、上田さんは留守のようだった。
 
   了




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2020年06月28日

3795話 暑気狂い


 まだ真夏ではないが暑い日、上田はいつものように駅へ向かった。駅前で買い物をするためだ。古い商店街が残っているが、アーケードはない。駅まで続く道にポツンポツンと商店がある。普通の家の方が多いのは、店じまいしたためだろう。しかし商店跡だった形が少し残っている。ただの家だが玄関の間口が広い。
 梅雨のさなかだが、そういうときの晴れ間は意外と真夏よりも暑い。
 上田は別に気にしてはいない。この時期ならそんなものだろう。もっと暑い日が数日前にあった。それも梅雨の晴れ間だ。晴れているだけでも幸いだろう。暑いのはいらないおまけだが。
 商店街に入りかけたとき、横を走り去る人がいた。横道から飛び出てきたのだろう。しかし走り方がおかしい。
 さらに進むと、向こうからこちらに向かって駆けてくる人がいる。中高年の婦人で日傘がガタガタ揺れている。日傘を閉じればもっと走りやすいはず。しかし日焼けしたくないのだろう。
 婦人の傘が閉じた。いや、消えた。落ちたのだ。そして婦人もペタンと転んでいる。誰かが駆けつけ、二人がかりで抱えて、店の中に入れる。店の人が助けたようだ。
 しかし、その店の人も、何か髪の毛がおかしい。逆立ちしている。これも似た世代の女性で、大きく長いゴムの前掛け姿。豆腐屋だろう。その豆腐屋の女将が今度は走り出した。医者でも呼びに行くのだろうか。しかし救急車を呼んだ方が早いはず。
 豆腐屋の女将は、上田の方へ走ってきた。
 ぶつかりそうになるので、上田は横へ避ける。そのとき女将の顔を見たが、鬼の形相。豆腐屋の女将が硬い鬼に変身したわけではなく、何か表情がおかしい。怒りの顔ではないものの、そんな顔の筋肉の使い方など、平常ではしないだろう。喜怒哀楽のレベルを超えている。
 上田は豆腐屋の前まで来ると、先ほどの日傘の婦人が起き上がり、豆腐屋の中で暴れている。
 近くには誰もいない。豆腐屋の女将は出たままなので、無人かもしれない。
 日傘の婦人は日傘を振り回して、その辺の物を叩き壊している。いったいどんな恨みがあるというのだ。それに助けてくれたのは豆腐屋の女将ではないか。
 上田は暑くて正常にそれらを見る判断を失ったわけではないが、何か朦朧としていることは確か。上を見ると眩しくてよく見えない。陽射しが強いのだ。
 それで、日陰に入り、駅へと向かう。駅舎は既に見えているが、その通りは無人。この商店街で一番賑やかなところなのに、誰もいない。
 左右の店屋を見ると、開いているのだが、人はいない。
 そして駅の方を見ると、人が出てきている。電車から降りてきた人達だろう。
 だがその人の群れが何かぎこちない。遠くからなので、一塊に見えるが、その塊の動きがギクシャクしている。
 上田は危険を感じ、横の店屋に入ったが誰もいない。大勢の人の群れが駅から湧き出て、こちらへ押し寄せてきていることは確か。
 その群れは全員走っている。駆けている。
 そしてどの顔もどの顔も凄い形相だ。
 上田は、店屋の棚に隠れ、行き過ぎるのを待った。
 そして、それまで見たことの感想を一言だけ漏らした。
 暑い日だ。狂う人もいるだろう。
 
   了




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2020年06月27日

3794話 木ノ株屋吉左衛門


「木ノ株屋吉左衛門さんのお屋敷は、こちらですか」
「屋敷というほどの規模ではないじゃろ。ここは裏長屋」
「あなたが木ノ株屋さんですね」
「旦那様はここにはいない」
「そうなんですか。少し商談がありましてな」
「じゃ、本邸へ行きなされ」
「そんなのがあるのですか」
「山の中じゃが」
「分かりました。場所を教えて下さい」
 商人は場所を聞き、二日ほど旅をし、三日目の宿場からその本邸へ向かったのだが、山を抜けないといけない。本邸は山中にあるといっていたので、覚悟の上だ。
 木ノ株屋吉左衛門は名うての商人で、つまり名高い。よく知られている人だが、店はない。店とは一般客に商品を見せる場所。だから見せ。木ノ株屋吉左衛門が扱っているのは、そういった品ではない。いわば商社のようなもの。
 そのため、立派な御店は必要ではないので、裏長屋に住んでいる。貧民窟なので泥棒も来ない。むしろ泥棒に出掛ける側。
 さて、その商人は川伝いに山を抜け、山小屋まで辿り着いた。そこまでは樵道がしっかりとあり、迷うことはなかった。ただ、山中なので、家はここ一軒。しかも小屋程度。
「わしが吉左衛門じゃが、何か用か」
 商人が商人を訪ねて来たのだから、用向きは分かっている。
「あなたが有名な木ノ株屋吉左衛門さんですね。お目にかかれて嬉しい限りです。伝説の人ですから」
「いやいやそれは昔の話、最近は故郷の山野に引き籠もっておる」
「ここが故郷なのですか」
「ああ、樵の息子で、ずっと山暮らし。だからこのあたりの山々が故郷じゃよ」
「里帰りといいますが、ここは里じゃなく」
「そう、山帰り」
 商人は何か美味しい話はないかと、用件を切り出した。吉左衛門はその手の客に慣れていたが、これといった話はない。あれば自分でやっているだろう。
「それでは私と組んで……」と商人は持ちかけた。美味しい話を持参、つまり土産持参だったようだ。
 吉左衛門はその話を聞き、乗り気になった。
 それには元手が必要で、出してくれないかと言われたので、吉左衛門は千両箱を取り出した。
 商人は百両でよかったのだが、千両箱をムシロに巻き、それを背負って山を下った。
 当然だが、中は石に変わっていそうだ。
 商人は里に降りたとき、そうではないかと、不安になったが、重さは同じ。
 そして旅籠でそっと開けてみた。
 中から出てきたものは、想像を超えていた。
 
   了





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2020年06月26日

3793話 血の雨


「蒸し暑いですねえ」
「梅雨ですから」
「でも雨が降らない」
「降った方がすっきりするのですがね」
「うちもそろそろ降らせましょうか」
「もうそんな時期になってますか」
「降らし時です。既に過ぎています。遅れると、もう降らせられない」
「そのままでもいいんじゃないですか」
「ここで一雨来ないと、いけないでしょ」
「そうですねえ」
「そのための密約はできているはずです」
「かなり経ちます」
「まだ、有効です」
「じゃ、降らせますか」
「大雨をね」
 それで雨が降ったのだが、降りすぎた。
「軽く降らせるつもりでしたが、これはやり過ぎだねえ」
「はい、大荒れです。逆に立ち直すまで時間がかかりそうです。ある箇所では壊滅的で、機能していないとか」
「しかし、大成功じゃないか」
「そうなんですが、成功しすぎました」
「そうなんだ」
「大雨を降らして、壊してしまったようなものです」
「血の雨を降らしすぎたようだ」
「そうなんです」
「しかし、蒸し暑かったのが、すっきりしただろう」
「はい、涼しくなりましたが」
「じゃ、いいじゃないか」
「私は去ろうと思っています」
「折角雨を降らしたのに」
「綺麗さっぱり流れ落ちましたが、落としすぎです」
「汚いものは洗い落とすべきだろう」
「でも、この大雨、不意打ちでしたから、汚い手だったと思いますよ」
「手段は選ばぬ。そうでないと、機を逸してしまう」
「でも去ります。手を汚しすぎました」
「君は功労者だ。功臣だ。高い地位が約束されておる」
「いえ、去ります」
「そうか」
 
   了






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2020年06月25日

3792話 実用品と観賞品


 世の中は色々なものがある。
 実用品と観賞品で分けてみると興味深い。普段使っているものはほとんどが実用品だが、見てくれのいいものがあるし、その形や色を気に入っている場合もある。実用性とは関係はないが、実用品の中にも観賞用が含まれている。ただ、それそのものが観賞品ではなく、飾っているだけのものではなく、実際に使っている。
 観賞品は観賞するだけ。また触れたりできるものは触るだけ。また香りを発しているものもある。それ以外にも色々とあるだろうが、実用性はない。
 だが、観賞品の中にも実用性のあるものもある。観賞用だが使えるのだ。むしろ実用品よりも使い心地がよかったりする。ただ、あくまでも観賞用で、実用性は低い。だが、低い実用性が何とも言えない趣があり、本来の実用品よりも優れていたりする。
 たとえば壺。何のための壺なのかは分かっている。瓶もそうだ。花を生けるのなら花瓶だろう。しかし、本来の使い方を一回もしないで、飾るだけのもある。これは最初から実用品として使うものではなく、最初から観賞用。しかし、使おうと思えば使える。
 国宝級の茶碗で、お茶漬けをすれば最高だろうが、そんな機会は誰一人としてない。だが、昔は普通にお茶を飲むための茶碗だったのかもしれない。
 実用品はないと困り、暮らしや仕事にも差し障る。靴がなければ外へは出られないだろう。下駄や草履があるので、問題はないという話ではない。
 これも実用的な靴、それはその人にとって都合のいい靴で、履きやすい靴だろう。靴なので履いていくらなので、それがメインになるが、色目や質感なども加わる。そこが気に入って買う場合がある。また履かないで飾っているだけの靴もあるかもしれない。個人の自由だ。
 怖い映画なら怖さのレベルの高さで、高いほど実用性は高い。怖い目に遭うために見るのだから。
 しかし、その実用性よりも、何らかの雰囲気が好きで、見ることがある。実用性としては低い。それほど怖くはない。だが、ホラー映画の部類に入っているので、怖いことは怖いが、弱い怖さ。
 この場合、実用性一点張りではないものが含まれている。
 実用性だけではなく、観賞性というか、趣とか、雰囲気とかの、今一つ曖昧なものにも価値があるのだろう。まあ映画なので、実用性という言い方はおかしい。全て観賞用だが、怖さを実用と言えるかどうかは分からない。
 しかし、観賞は非実用かというとそうでもない。気持ちの上で役に立てば、これは実用だ。
 また実用一点張りで遊びがまったくないもの。実用の塊のようなもの。それが意外と美しかったりする。観賞用としては最高級のレベルだとすれば、実用と観賞で分けられなくなる。
 実用品はリアルだが、観賞品はイメージだ。
 だが、どちらにもその要素があり、イメージ的な実用品もあれば、リアルな観賞品もある。
 分けると無理が出る。
 
   了




posted by 川崎ゆきお at 11:30| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年06月24日

3791話 普段


 普段、ないようなことがたまに起こる。しかし蛍光灯が切れたとかは普段あること。これを異変とはいわない。しかし、原因が分からないことで、いつものようにできないことが発生した場合、異変かもしれないと思うこともある。これはただ思っているだけだが、理由が分からないので、いくらでも広げられる。
 まさかそんなことまで想像していたのかと、怖いところまで考える人もいるだろう。所謂賢い人ではなく怖い人だ。そこまで考慮内に入れるわけなのだから。
 要するに理由、原因が分からないと、そのような憶測が飛び交ったりする。蚊のように飛んでいるわけではないし、また個人で完結しているようなことなら、頭の中から湧き出した蚊が飛びまわっているようなもの。数匹飛んでいるので、どれが正解の蚊なのかは分からない。
 人はそうして憶測の蚊を飛ばす。式神のようなもので、想像の怖さだ。それがリアルに見えてくると始末が悪い。それこそ式神にやられているようなもの。
 また、それらの蚊は妄想のようなもの。ただ、ごく一般的な常識的な蚊もいる。普通ならそう考えるだろうという程度の想像だろう。
 しかし最悪のことを考えてもいい。原因が分からないのだから、最悪まで入れてもいい。しかし、この最悪、どこまで掘り下げるか、または広げるのかは個人による。宇宙の崩壊まで考慮に入れる人は希だろう。日常内で起こった異変程度なら隣近所までの範囲。
 普段とは違うことは常に起こっている。それが単純なことで済む良性ならいいが、悪性になると一生付きまとう災難の始まりだったりする。だから切れが悪い。
 単純な良性の変化は一寸した偶然などで起こる。理由は簡単だったりするので、深く考える必要はないが、いつもの道が渋滞しているので、別の道から行くような解決方法をとったとき、意外とその別の道の方が本来の道で、それに気付くことがある。一寸した変化で、コースが変わったのだが、こういう揺さぶられ方も悪くはない。良い結果が出たのなら。
 変化を求めているときは、できるだけ変化があるようなコースを辿り、あまり何もしたくないときは、普段のコースを踏み続ける。
 そして普段といっても色々とあった流れの中で定着したような事柄で、最初から定番としてあるわけではない。だから、その人の普段着を見ると、その経歴が分かったりする。今はそれが普段着だが、そこへ至るまでに、色々とあったはず。
 そしてこの普段、色々と揺さぶられるので、普段も普段からそれなりに変化している。
 
   了




posted by 川崎ゆきお at 11:42| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年06月23日

3790話 地下街人


「話は聞いた方がいい」
「急いでいるものですから」
「じゃ、仕方がない」
 地下街に妙な人物がいる。急に通行人に話しかける。
「話は聞いた方がいいぞ」
「何でしょう」
 今度は暇そうな、別に急ぎの用もないような青年。
「聞く耳はあったか。それは幸い」
「何でしょう」
「この地下街、いや地下通りというべきだろう。地下道じゃ」
「ここは地下の商店街でしょ」
「拡張されてな。また、新しい穴を掘って広げておる」
「それが何か」
「この地下街は迷路。迷路にはトラップがある」
 要するに、こういう人物が飛び出してきて、話しかけてくるのだろう。
 青年は会話不足で、ここしばらく、はいとか、いいえとか、お願いしますとか、これ下さい。はいOKです程度の言葉しか発していない。長くて三ラリーほど、しかも短い。それで、会話に飢えていたのかもしれない。もしかすると喋れないようになっているのではないかとは思わないが。
「地下街には妙な通路があってな。そこに迷い込むと出てこれなくなる。これを不帰のダンジョンとも呼ばれておる。誰も帰れた者、戻れた者がいないので、その証言がない。だからあくまでも噂じゃが、実はそうではなく、戻って来た者もおる。そうでないと、そんな噂など流れんだろう」
「そうですねえ」
 青年はもっと長い目の返事をしたかったのだが、言葉が編めない。
「その話とは別に、わしが体験した話をしよう。何らかの参考になると思われるのでな。これは世の中には不可思議なことがあり、見た目通りのこの通りも、違う通りへと繋がっておる。わしはそのひとつの通りに入り込んだことがある」
「はい」
 はい、だけでは頼りないのだが、割って入るだけの質問もない。聞きたいことがあるはずだが、これも纏まらない。
「この地下街、地下二階まである。さらに実は繋がっておってな。地下の街ができておる。そこの人達は地上にたまに上がる程度。地底人ではなく、この地下街を普通に歩いておる人達と何ら変わるようなところはない。じゃが、違うのじゃ」
「あのう、そのう」
 で、青年は縺れた。
「わしはその地下の街に迷い込んだことがある。そして二度とそこへは辿り着けん。まあ、行けたとしてもどうなる。何も得るところがないはず。儲かるような話ではないが、何かの取引が出来そうな気がするが、入口が分からんようになったので、何ともし難い」
「よよよ要するに」
「ヨヨヨ?」
「いえ、咳き込んだだけです」
「君は咳き込むとヨヨヨとなるのか」
「はい、気にしないで下さい」
 青年の会話能力が少しは戻ったようだ。その調子だ。
「ああ、さて、何だったか。どこまで話した」
「取引」
「おおそうじゃ、そこまで話したなあ」
「そのあと、どうなるのですか」
 青年は普通に話せるようになった。それに自分で感動しており、妙な人物の話よりも、話せることで安心した。
「世の中には隠されたものが色々とあることをわしは知った。この地下街を歩いている者だけが人間ではない」
「う」
 青年は今度は本当に何も言うことがなかったのだろう。ただの合いの手になった。折角戻った会話力を活かせない。
「わしが話したいのはそれだけじゃ。何かのセールではないし、サギでもない。純粋なものだ。それだけを人に伝えたかっただけ。君はそれをよく聞いてくれた。それでわしは満足じゃ」
 青年は、特にコメントはなかったので、何も口にしなかった。
「じゃあな」
 と、妙な人物は歩きだした。
 青年はポカンとそれを見ている。
 久しぶりの会話だが、会話の中身は普通ではなかった。
 
   了


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2020年06月22日

3789話 浄土入り


 メインが崩れたとき、またはメインが変わったとき、それまでのメインは適当な扱いになる。もうあまり熱意がないのだろう。だからやる気はないが、放置するにはまだもったいない。ただ、気の向きが変わっただけ。
「最近よくなりましたねえ」
「そうですか。少し手を抜いていますし、あまり集中していませんが」
「それがいいのですよ。色々な思惑が軽減したためでしょ。あなたの本来のものが出ています」
「そうなんですか」
「それはあなたの欠点なのですがね。まあ、今までそれを抑えてきたのでしょう。出ないように」
「気が緩んだからです。注意します」
「その箇所を褒めているのです。最近よくなったと」
「いえ、悪い面が露出して」
「そこがいいのです。以前は色々と配慮し、悪いものは出さなかった」
「そうです」
「しかし、あなたの良さまで封印していたことになります」
「もうどうでもいいと思ったからでしょう」
「それです。その作用が効いているのです」
「しかし、それは、そうなるようにしてたのではなく、気が緩んだので、つい出てしまっただけで」
「意識が緩んだのですね」
「そうです」
「それがよかったのです。その方向で行くように」
「でも、もう辞めようかと思っているぐらい、気が乗らなくて」
「そこからが勝負なんです。投げやりな気持ち。これは君にとっては一皮剥けたことになるのです」
「でも低調です」
「その低さ。それが好ましい」
「おっしゃることが、全部逆のような感じですが」
「しかし、それを意識し出すと、またいけない。ここが難しいところでしてね。ですからあまりコントロールしない方がいい。当然私のいうことなど無視すればいい。参考にもしない。そういう心境になれれば本物です」
「非作為の作為ということですか」
「無作為の作為です」
「やはり何処かで作為してしまいます」
「間違った作為ならOKです」
「間違った作為?」
「そうです。まあ、錯覚でしょ。間違いです。だから間違いにずっと気付かない方がいいのです」
「それらはどういうことを差しているのでしょうか」
「自分を転がしていくことです」
「余計に分かりません」
「プラス思考ではなく、マイナス思考です」
「そちらの方が楽でいいのですが、それでは駄目でしょ」
「その駄目なことをやりなさい」
「はあ」
「やる気をなくしたとき、それは浄土入りとなります」
「また妙な」
「娑婆を意識しない世界。そこへ至るチャンスです」
「極楽浄土ですか」
「あなたにとってのね。分かりましたか」
「分かりませんでした」
「私の話がかね」
「はい、分かりません」
「分からない。それが一番」
 
   了


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2020年06月21日

3788話 犬棒


 カラッと晴れた梅雨の晴れ間。唐揚げのようにカラッとしている。油気はあるが、それは汗。それも流れ落ちるようなものではなく、汗ばむ以前の薄いもの。
 暑いことは暑いが松田は妙に元気。自転車を漕ぐペダルに勢いがある。その勢いで前の自転車をスラスラ抜くわけではなく、後ろから来ている自転車に追い越されなくて済む程度。しかし暑いのか、人も自転車も少ない。前方も後方も、人がいない。猫の子一匹さえいないというのは、逆だろう。猫を発見するより、人を発見する方が簡単だ。ただ街中での話で、山中や海原では別だが。何事にも例外はある。そして例外の中を生きているのがどうも自分らしいと松田は感じている。
 暑いさなか、昼の日向にウロウロしているのだから。
 そのウロウロも目的があってのことではない。何かを探してウロウロ、犬も歩けば棒に当たる式ではなく、ただのウロウロ。何かを見付けても、特に松田には変化はない。内にあるものが外の風景に視界を与えるようなもの。興味のないものなら視界に入っていても見ていない。
 松田はウロウロを楽しんでいるわけではない。ウロウロできるだけの背景がいる。ウロウロしているだけなら食べていけない。つまりお金がないと、ウロウロもできない。旅行ほどのお金はかからないが生活費がなくなるだろう。だから、有り金が切れる手前で仕事に出ないといけない。それがそろそろ近付いているところでのウロウロ。これは少し焦り気味で、安心してのウロウロではない。ウロウロにも心境がある。
 犬も歩けば棒に当たるはずだが、これは野良犬でも飼い犬でも繋いでいないことになる。放し飼いだ。野良猫は見ることはあるが、野良犬は見かけない。松田の子供の頃は町内に一匹ぐらいはいたものだ。また野原で子犬が捨てられていたりする。
 棒に当たっても仕方がない。棒なのだから。犬も頭を打って痛いだけ。それに前方に棒が立っているのに気付かないはずはない。だから、犬のことを言っているのではない。人間様のことだ。
 だから松田が棒に当たるとすれば、それは棒ではない。だが、犬にとっての棒に価値があるのかというとそうではない。犬の益にはならない。棒をどう犬が利用するかだ。有益なものとするか。
 背中が痒いので熊のように掻くのかもしれない。これなら、多少は良いものを見付けたことになるが、似たような背中掻きなら、いくらでもあるだろう。
 きっと犬は余所見をしていて、棒にぶつかったのだろう。では犬は何を見ていたのか。棒に気付かないほど良いものを見付けたのだろうか。
 人も歩けば棒に当たるのなら、松田も棒に当たるはず。しかし棒など見付けにくい。松田が思っている棒は一本の丸い杭のようなもの。丸太の細いタイプだろうか。棍棒のようなものかもしれない。そんなものがある風景は野原の柵とか、畑とか。
 しかし、犬は人を差し、棒は、棒ではなく某を差している。何かだ。だから棒をいくら探しても意味はない。
 要するにウロウロしていると、ひょんなものに出合うということだが、棒のようなものでは、あまり良いものではない。だが、それはまだ判断が早い。
 ただの棒だが、実は凄いものに突き当たった可能性もある。もしそうなら、ウロウロすることによる確率の問題。じっとしているよりも、良いものをゲットできる可能性の問題だろうか。
 だが松田は、そういった棒に当たったことなど当然ない。ウロウロしていて当たりそうになるのは人や車両だろう。電柱にぶつかるとかは、先ずないはず。
 犬も歩けば棒に当たるの、その棒。これはきっと有名な棒で、よく知られた犬棒だろう。
 
   了





posted by 川崎ゆきお at 12:33| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする