2019年02月17日

3901話 一般外の世界


 いつもと違う仕事が間に入ったので、下村は休憩時間が遅くなった。時間が来ればやめればいいのだが、気になった仕事で、ついつい熱中した。仕事に熱心なのではなく、気になっため。
 それはもう仕事から離れた別の箇所を刺激したのだろう。ただの好奇心かもしれない。休憩が遅くなるのも気にしないで続けていた。
 どうせ休憩時間といっても、ぼんやりしているだけで、これが一番休憩になるのだが、その時間、プライベートなことで使いたい。銀行に行くとか、買い物に行くとか。
 しかし休憩時間は何もしたくない。そうでないと休憩にならない。
 途中で差し込まれたその仕事。これは仕事と言えるかどうか、分からない。一寸した調査の依頼。すぐに終わるようなことではなさそうで、現場を踏む必要がある。そうでないと調査にはならないが、これは受けるかどうかを上司に相談する必要がある。
 ただ、受けるかどうかの最初の窓口は下村で、ここで蹴ってもいい。自分がやりたくない案件なら蹴っている。どうせ自分がしないといけないのだから。
 休憩から戻った下村は、上司に報告した。上司がどんな反応を示すのかが楽しみでもある。
「これは今日来たのかね」
「そうです」
 調査依頼はメールでの問い合わで、受けてくれるかどうか。
「何かの手違いでは」
「僕もそう思います」
「君はどう思うかね」
「だから、手違いだと」
「その内容だよ。そんなことがあるのかねえ」
「さあ、だから調べてみなければ分からないと」
「調べなくても、そんなことは起こらないと思うけど、まあ、うちはその専門じゃないから何とも言えないがね」
「はい」
「だから手違いだ。相談相手を間違えたんだろ」
「でもうちは調査一般となっていますから」
「これは一般には当てはまらないよ」
「そうです」
「受けるとしても、やるのは君だよ」
「はい」
「どうする」
「一応ネットでざっくりと調べてみました」
「何か分かったかね」
「そんな情報はありません」
「そうだろ。一般の話じゃないのだから」
「検索の仕方が悪かったのかもしれませんが、場所は確認できました」
「それはメールにも書かれているじゃないか」
「依頼に関する情報が、そこにあるかどうかを、もう少し詳しく調べていたのですが、ありません」
「まあ、君に任せるよ」
「じゃ、やってもいいと」
「ああ、好きなようにしなさい。たまには息抜きが必要だろ。休憩だよ。これは」
「有り難うございます」
「調査だけなので、適当でよろしい。解決する必要はない。うちは調べるだけだからね」
「はい」
 下村はにんまりとした。
 その依頼とは幽霊が出る家があり、それが事実かどうかを調べて欲しいというもの。
 その地方都市へ下村は遊びに行くようなもの。上司は下村がよく働くので、慰安旅行のつもりでゴーサインを出したのだろう。
 ただ、戻ってきた下村は、以前とは少し違っていた。
 
   了


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2019年02月16日

3900話 野草の思想


「さて何処へ行こうか」
 箕田は思案した。別に行かなくてもいいことだが、何処かへ行かなければ、立ち止まることになる。それを避けたいだけで、何処かへ行こうとする。ただの移動でいい。箕田は蓑虫のような人間だが、冬眠しているわけではない。虫といえども動物。しかも箕田は立派なホモサピエンス。
 本能は動物ほど立派ではないので、何らかの意志で、考えで、動かないといけない。困った動物だ。しかし、動くことが動物の仕事。止まると、静物になるわけではないが。
「当たり障りのないところ」
 これが意外と難しい。何か行動すると、それなりの成果もあるがリスクもある。特に得ようとするものがないのにウロウロしている状態は逆にリスクだけを背負う。だから、まあまあの行動がいい。それが当たり障りのないところ。何とか動いているだけ、活動しているだけでいい。中身は問わない。
 箕田は自分自身を操縦しているのだが、これが自動運転になれば楽だと思うが、逆にもの凄くリアルなものを突きつけられそう。もしAIなら用もないのにウロウロするな、ということで、動かしてくれないだろう。
「常識的な動き、普通の動き」
 箕田はこれに頼るしかない。非常に一般的なことをすれば当たり障りはないと踏んでいるが、ミスマッチもある。
 箕田は既に行く場所を失っている。つまり目的はもう以前とは違っている。だから何も考えないで、一直線で進めた頃とは違う。行き場がないのだ。
 しかし、一気に墓場まで行くにはまだ早い。その間の埋め草がいる。つまりもう埋め草人生になっている。それにまだ箕田は気付いていない。ただ、行く場所がなかなか見当たらないというあたりで、それが出ているのだが。
 埋め草転じて花と咲く。しかしどんな草でもそれなりの花をつけるだろう。ただその花に華がないが。
 それで思い付いたのか、もの凄く地味な野草の花見に走った。我が身を映すのかもしれない。以前なら、そんなものは見えなかった。
 それで、外に出たのだが、近所に野っ原などない。住宅地のためだ。しかし更地に雑草が生えており、その中に踏み込むが、寒いのか、花の色がない。葉の色ばかり。あれば目立つだろう。
 それで別の空き地を見に行くが、住宅地なので、鉢植えなどがあり、そこには花が咲いているが、そういう華のある花ではなく、もっと野育ちの野生の野草がいい。
 赤い花をよく見かけるが、ほとんどが椿や山茶花。これは木だ。柔らかそうな草がいい。
「これが私の行き場所なのか」
 と、やっと気付いたようだ。植物博士になるわけではないので、そんなものを観察しても、将来が拓けるわけではない。それにすぐに飽きることは目に見えている。なぜなら地味な行為のため。当たり障りはないが、成果がない。
 野草の花を見るために生きてきたわけではない。こういうのは趣味の話で、ほんの気晴らしとか、暇潰し程度のジャンルだろう。
 箕田が更地の野っ原で花を探しているとき、窟が見えた。下ばかり見ていたので、人が来ていたのが分からなかった。
「いいですねえ。場所がいい。風水もいい」
「ここを買われるのですか」
「いや、色々見て歩いているのですよ」
 こりゃ規模が違うと、箕田は犬が糞だけして野っ原から走り去るように更地を後にした。
 
   了

 

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2019年02月15日

3899話 スローな悩み


 日々気ぜわしく過ごしているように思え、高峯は少しゆったりとした暮らしぶりを考えた。そんなことを考えるゆとりがあるのだから、既にゆったりとした暮らしぶりをしているのだろう。
 しかし、このゆったりが意外と慌ただしい。ゆったりと過ごすネタを入れすぎたのか、時間がいくらあっても足りない。毎日押し気味で、のんびりと暮らすゆとりがない。
 一つのことだけゆったりとやればそれでいいのだが、ゆったりも飽きる。そのため、ゆったりの間に休憩のゆったりを入れることになる。これが増えすぎた。ゆったりというのはおまけ。そのおまけのおまけが増え、さらにそのおまけまでくっつけたので、それらを消化するだけでも忙しい。
 食べ物と同じで、それ以上食べられないことがある。腹が一杯で無理をして食べると逆に苦しいように。
 高峯はそれを反省するが、改善されたとしてもただ単にゆったり過ごせるようになるだけで、大したことではない。
 しかし、反省の甲斐あってか、一つのことを思い付いた。何もしないでぼんやりしておれば、それが最高のゆったりではないかと。だが、これは考えた先から崩れ出す。何故なら、ずっとぼんやり何もしないでいることは座禅のようなものではないか。すぐに何かしたくなる。有為なことでなくても姿勢程度は動かしたいだろう。また動きたい。これは運動ではない。
 高峯はもう年で、特に何もしなくてもいいのだが、若い頃のことを思い出した。そこにヒントがあった。それは忙しさの中の静けさ。まるで台風の目の中に入ったように、忙しいのだが、ゆったりしているという心境を得たことがある。これは忙しさに麻痺して、心が飛んでしまったか、または集中しすぎて、我を忘れ、忙しいとかゆったりとかの思いが頭の中から消えたのかもしれない。
 そうなるとできるだけ忙しく気忙しいことをやり過ぎた方がその境地に入れるような気がしたが、これもまたすぐに崩れた。
 何故なら、ああ今ゆっくりしているという感覚も、そのときは意識にないため、味わえない。
 それで次に考えたのは、身体をゆっくりと動かすこと。まずは体から。これを体勢という。体がゆっくり目なら気持ちもそれにつられてゆっくり動く。身体の中には当然目玉も入る。気忙しげな目付きでキョロキョロしない。目を動かすときも、ゆっくり動かす。
 そのゆっくりさで収まる程度のことを一日すればいい。要するにネタを減らすこと。やることを減らすこと。
 だが、これもまた辛抱できなくなるはず。能か狂言のように無理とに身体をゆっくり動かすなど、できそうにない。意識しているときはいいが長く続かないだろう。
 ゆっくり、ゆったりと憩える聖域として睡眠がある。ここは寝てしまっているので、意識的に何かをするということは消える。これは作らなくても勝手に眠くなるので、誰でも持っているものだ。
 それはいいのだが、問題は起きてから寝るまでの間。高峯はここに昼寝を一本入れているので、寝ることのゆったり度の高さは既に知っていることになる。これはもう使っている。
 一日ゆっくりと過ごすというのは、それまでの間、有為なことで忙しく、やっとゆっくりできる日ができたときの話だろう。
 高峯に欠けているのはこの有為なことを普段ずっとしているということ。ここから起こすのは難しい。既に一日中ゆっくり過ごせるのだから。
 だが、ゆっくり過ごせるはずなのに忙しく、決してゆっくりではない。そのため、それも含めて、そういうこと自体が呑気な悩みなのかもしれない。
 ゆっくりに疲れたとき、流石にゆっくりしたくなる。これは休憩に疲れて休憩するとか、寝過ぎて逆に疲れたので、また寝るというような話に近い。
 
   了
 

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2019年02月14日

3898話 最後の切り札


「切り札、隠し球。これは切ればもう切り札ではなくなり、隠し球も見せてしまえばそれまでよ」
「はいそれまでよですね」
「だから切り札は切れず、隠し球は隠し通さんといけん」
「じゃ、一生使えない」
「いや、ここ一番で使う」
「その、ここが問題ですねえ。まだそのときじゃなかったり。それに一生じゃ、若い頃に使うと保険が切れたようになりますしね」
「また作ればいい」
「それは作るものですか。それとも勝手に身につくものですか。それとも最初からあるものですか」
「まあ、その分野は、シーンにもよるが、そんなもの、使わなくてもやっていける方がいい」
「あるシーンというのは大事ですねえ。これは身に付けたものではなく、一つのことを隠すことで、手の内を隠すことになりますから、情報を与えないので、都合がいいかもしれません」
「まあ、切り札や隠し球はそういうときに当てはまるのだろうねえ」
「はい」
「それよりも、まだ切り札の使い方がある。これはやっておる人も結構いる。ソースのようなものかな」
「醤油ではなくソース」
「情報もそうじゃが、教養のようなものもな」
「教養」
「これは身に付けたものだが、それをずっと隠し続けておる。あることを学び続けておるのじゃが、口外しない」
「虎の巻を暗記しているとか」
「何かについての技術書ではなく、もっと全体的なこと」
「素養のようなものですか」
「そうじゃ。そういうのが切り札、隠し球になることもある。これは隠しておるのではなく、黙っておるだけ。だから切り札なのじゃが、どの札か分からん。何かに対しての切り札ではないからじゃ」
「たとえば」
「西洋哲学者なのに、隠れて東洋哲学を学んでおったりしてな。本当は専門家並みの知識があったりとかな。ボクサーでサウスポー。左利きじゃが、実は右のパンチの方が強かったりして」
「たとえが哲学ではあまり役に立ちませんが、そんな勝負の場じゃないでしょ」
「これは何かの専門家裸足のものを持っておるのに、それを一切出さない、見せないとかじゃ」
「でも、そういう知識なりを身に付けておく必要がありますねえ。ローマと同じで」
「そう、一日でならず」
「三日以上」
「もっとじゃ」
「失礼しました」
「または博打打ちが使う手で、切り札があると見せかける術もある」
「世間にはいますねえ。歩けないほどの高下駄を履いた人」
「これは高転びする以前の問題で、高くまで上がれんだろ。まあ、普通に勝負して、普通に負けるのなら、負けた方がいい」
「しかし、誰にも知られずにものすごいものを会得して、それをじっと隠しているのもいいですねえ。それを使わない場合、負けますが。これは余裕ですねえ」
「それは最初に言った。切り札を使うと、もう二度と使えない」
「じゃ、ぞれを温存させたままやるのですね」
「そして一生使わないまま終わってもいい」
「有り難うございました。凄い極意を教えていただきました」
「愚か者め、そんなこと誰でもやっておるわい」
「ああそうでしたか」
 
   了



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2019年02月13日

3897話 乳臭い


 内臓の調子は舌先で出ると言われている。他にも色々と出所はあるのだが、舌先の場合、わざわざ試す必要はなく、食べたり飲んだときに分かる。その中でもコーヒーのようなものは、分かりやすい。お茶でもいい。ただし、いつも一定した味と香りであることが大事。そうでないとそのものの様子で違ってしまう。
 岸和田はそれで朝の喫茶店でそれが分かるようになった。毎朝トーストと卵の付いたモーニングセットとホットコーヒーを飲む。これはアイスでは駄目。それは舌や唇と熱さの関係が分かりにくいため。
 トーストをかじるとき、口の荒れが分かる。口内の問題もあるが、体調の問題が多い。口が荒れるというのは口そのものだけが原因ではないだろう。調子が良いときの岸和田は囓るとき、違和感を感じない。これも喫茶店で焼いたものなので、毎朝違うかもしれないので、当てにはならない。同じ種類のパンでも古いか新しいかだけでも変わるので。
 そしてゆで卵。これは爪に来る。爪先は結構敏感なセンサー。皮を剥くとき、尖った箇所ができ、そこに当たると痛かったりする。また親指で皮を滑らせるように剥がすときも、親指の腹の感覚が毎回違う。当然体調が悪いときは痛い。指の腹はもの凄く敏感だ。
 これも卵の質にもよる。また茹で方にもよる。強情なほど固い皮や、つるんと剥けないほど薄皮でくっついているものとか。そして水分も影響しているのだろう。これは作り方にもよる。だからトーストもゆで卵も個体が原因の場合があるので、全て体調と関係づけるのは危険だが、トーストを囓るとき、妙にカサカサとかパサパサとかしているというのは分かる。個体差を越えるほどのカサカサ加減の場合。
 そして、一番分かりやすいはずの水だが、これは味も何もないので、逆に分かりにくい。
 本命はホットコーヒー。これも同じ時間帯に行くとほぼ同じ時間に入れたものが出る。だから安定している。これにも個体差はあるのだが、もっと飲みたいと思うときと、残すときがある。ここで分かる。
 そして香りだ。これがコーヒーの豆臭い香りが来ると、結構いい。コーヒーが良いのではなく、体調がいい。
 岸和田はその日は、今まで経験しなかったコーヒーの味を体験した。これはミルクの匂いというより乳の匂い、要するに乳臭さを感じた。コーヒーそのものではなく、そこに入れるフレッシュから来ているのだろう。それがコーヒーと砂糖が混ざった状態で出た。今まで、そんな乳臭い感じはなかった。非常にマイルドなのだ。
 これは店がフレッシュを変えてきたのかもしれない。砂糖を変えただけで、コーヒーの味は変わる。そのフレッシュは小さなカップに入ったもので、いつも見ているタイプ。だからフレッシュを変えてきたのではない。砂糖もバー状の袋に入っているタイプで、これもいつもと同じ。
 では、この乳臭さは何だろう。近いものとしては不二家のミルキーがある。
 これは体調の変化で、今まで閉ざされていた味覚の一つが出たのか、それとも単に個体の問題で、変化したのは個体で、体調ではないのかもしれないが、コーヒーを飲んで、滑らかな乳の味と香りがした。ためにし、もう一口飲むと、やはり同じ。しかし、コーヒーカップから飲み終える頃には、それはもう消えていた。
 先日まで風邪気味だったので、コーヒーも美味しくなかったが、今朝は治っていたので、何かが刷新され、味覚が通ったのかもしれない。しかも新しいタイプの感覚も。
 それら全てが錯覚だった場合も、そのとき受けた感覚は、結構印象に残る。これはあのとき食べたきつねうどんが美味しかったとか、タコ焼きが美味しかったとか。そしてそれを越えるものが今もないとかを一生言い続けるだろう。
 だから、岸和田が今日感じたコーヒーの味を越えるものは今後ないかもしれない。何らかの偶然が重なって発生した味や香りだとすれば、再現させにくい。
 岸和田は少しだけ、何らかの奇跡のようなものを味わった気持ちになる。あまり役に立たない奇跡だが。
 
   了



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2019年02月12日

3896話 考えが足りない


「何が良いのかねえ。最近分からなくなりましたよ」
「人それぞれですから」
「しかし、人の言うことを聞くだろ」
「聞きます。参考までに」
「あちらの人は良くいうが、こちらの人は悪くいう。どうする」
「だからどちらも参考にします」
「そういうのを参考にした意見が既にある。実際はこういうことではないかと、解説してくれる。だから参考にしなくても、先にそれらを参考にしてまとめ上げた人がいる。この場合、どうかね」
「参考の参考ですね。それらも含めて参考にして、自分の考えでいきます」
「参考が一つもない状態でいくのはどうかね」
「何処かで耳に入るでしょ。それに既に知っている参考意見もありますから」
「じゃ、参考にしなくても、いけるわけだ。しかし、見たことも聞いたこともない場合は、どうかね。参考とするものがない」
「そのときは、似たようなものを参考にします」
「普通だね」
「はい、別に変わったことはしていません」
「じゃ、最終的には何が決め手になると思う」
「考えすぎると、逆に結論が出ません」
「そうだね。きりがないねえ。じゃ、どうする」
「まあまあのところで実行します」
「まあまあだと決まる瞬間は、何で決める」
「そのときの気分でしょ」
「え」
「またはタイミングとか」
「じゃ、意外と曖昧な箇所で決まるのだね」
「あとは性分とかですねえ」
「性格かね」
「性癖のようなものです」
「じゃ、最初からその性癖で決めた方が早いんじゃないの。参考などいらないと思うけど」
「一応儀式です」
「参考意見を聞くのは儀式かい」
「実は既にもう決まっているのですよ。ただ、実行に移すとき、一押しがない」
「要するに背中を押してもらうため、参考意見を聞くと」
「はい、良い意見も悪い意見も全て聞きます」
「しかし、ただの参考」
「そうです。だから、既に決まっているので、変えることはありません」
「参考意見では意見を変えないと」
「はい」
「つまり自分は一切変えないと」
「まあ、そうなりますが」
「じゃ、どんな話でも、聞くだけで、あなたは馬の耳状態だと」
「はい」
「じゃ、話し合いなど最初から無駄」
「だから儀式ですよ」
「いますねえ、そういうタイプ。じゃ、そこまで固守するかたくなさは、余程しっかりしたものをお持ちなのですな」
「いえ、ありません」
「ああ、分かりました。自分を変えたくないタイプなのですね」
「普通は変えたくないでしょ」
「まあ、そうですなあ」
「しかし、最近、何が良いのかが分からなくなってきましたよ。こういうときが変え時でしょうなあ。掴まっているものが頼りないので、離しても惜しくないためでしょう」
「そうなのですか」
「ところであなた、しっかりとした意志を持っておられる。それはどこで培われたのですか」
「自然にそうなりました」
「ほう、そうなるものですか」
「はい、特に何もしていません」
「それは素晴らしい」
「いえ、普通でしょ」
「私は、特殊だと思いますが」
「実は面倒なので、あまり考えたくないだけですよ」
「ああ、そうなんだ」
「だから何処にでもいるようなありふれた人間ですよ」
「どうせ深く考えても考えが足りないことに気付いたりするものです。だったら考えない方がいい。そういうことですな」
「考えとはまた違うのです。考えなくても、決まっていたりしますから」
「いいですなあ。そんな本能のような太い線は」
「いえいえ、だからただの性格ですよ」
「はい、色々と参考になりましたよ」
「それで、何が良いのか何が悪いのかが分かりましたか」
「私が一番悪かったりします」
 
   了



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2019年02月11日

3895話 老害対策


 なくしたものが戻ってくると、嬉しかったりする。喜ばしいことだ。しかし、自分自身でなくしたものがある。人ごとではなく、捨てたのだろう。しかし、一度捨てたもの、または不本意ながらもなくしたものが戻ってくると、その有り難さを思い知る。元々あったものなら、そこに戻れることを。
 なくしたり、失ったりすることもあるが、増えることもある。新しいものが来たので、古いものを捨てたりする。入れ替えだ。交代。
 世代も交代し、肩で風を切って歩いた場所も、もう違う世代に変わっており、出る幕がなかったりする。しかし、別の場所での出番もできるだろう。
 長く業界にいた三村も、もう何世代も違う若い者が仕切っており、出る幕がなくなったのだが、今はもうその業界からは遠ざかり、違う世界に住んでいる。ただ、現住所はそのままなので、別世界にいるわけではない。
 三村は老兵は去らずではなく、老兵は去る方を選んだ。まあ、役に立たなくなったので、当然だろう。
 そのため、孫の世代が今は活躍している。だから、それを見て楽しむお爺ちゃんのような存在。
 若い者に任せて年寄りは引っ込んだ。という風になっておれば、いい感じなのだが、未だに影響力を持っている人がいる。三村の後輩で引退したはずなのに、業界のご意見番として煩がられている。
 ある日、孫の世代が来て、何とかならないかと相談を受けた。そのご意見番、高田というのだが、それを抑えるのは先輩である三村しかいない。気が付けば三村が最長老になっていたのだ。
「困っています」
「所謂老害というやつですか」
「そうです」
「気にしなければいいのですよ。もう何の役職にも就いていないでしょ。発言権はありません」
「しかし、小うるさくて」
「私らの時代は小姑だらけで、先輩だらけ。だからほとんど院政でしたよ。結局現役の役員じゃなく、元老院が決めていました。そんな組織はないのですがね。それに比べれば、いまは五月蠅いのは一人でしょ」
「しかし、影響力を持っています。言うことを聞かないと、不都合が起こるのです」
「まだ、力を誇示したいだけ」
「何とか高田さんに話してくれませんか」
「何を」
「ですから、口出ししないようにと」
「それは無理ですなあ。言いたいことは言う人です。私も現役時代は困りましたよ。部下なのに偉そうにしていましたからね。だから老害じゃなく、そういう人なのですよ」
「それで考えたのですが」
「何か策でも考えて、私に協力してくれというわけですかな」
「そうです」
「何をすればよろしい。できることならやりますよ。どうせ暇なので」
「会長に復帰して下さい」
「え、もう年をとりすぎて、それは無理です。それにもう業界のことなど忘れていますし、いま復帰すればそれこそ浦島太郎状態です」
「いえ、三村さんが戻れば、あの人は黙ります」
「そのためだけに私を起用するのですかな」
「そうです」
「じゃ、高田が静かになれば、お役御免と」
「はい」
「業界の決め事はもうできませんよ。君たちがやってくれますね」
「はい。あの人の押さえだけで、充分です」
「何か、ワンポイントの押さえのピッチャーのようですなあ」
「お願いできますか」
「いいでしょ」
 三村は失った地位に戻ったのだが、その感慨はない。なくしたものをやっと取り戻したという気持ちも。なぜならそんな気は最初からなかったのだ。
 三村の役目は最終決定の印鑑を押すこと。これで、誰が決定したのかが分かる。あの五月蠅い男も三村が最高責任者として決定したとなると、黙るしかない。
 その後、三村は会印を押す毎日となる。またはサイン。これだけの仕事なので、楽といえば楽。
 世代交代のとき、こういった繋ぎの人も必要なのだが、誰が見てもあからさまな老害対策であることが丸わかりだった。
 
   了

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2019年02月10日

3894話 梅と雨


 雪にならずに雨になる。真冬、この雨を梅雨とは言わないが、この時期梅の花が咲く。それに実が成る頃が梅雨。さらに長雨にならないと、梅雨とは言えないが、冬に咲く梅と縁遠いわけではない。また梅雨時はジメジメと湿気が多いため物が腐りやすい。梅の実は食中りにもいいはず。殺菌作用があるかどうかは分からないが、腹がおかしくなったとき、梅干しをなめたりする。梅毒というのもあるが、これは梅の毒ではない。
 梅雨は色々なものが湧き出す季節で、目には見えないが微少なものが元気に活躍している。
 冬時の梅の花と雨。次の関係は実になってからだが、その間春が長く続く。それに水を差すのが梅雨。
 しかし、ここで色々なバイ菌が活気づくように、夏前の暖かさと湿気が人にも影響するはず。
 梅雨の花は紫陽花。春の雨は菜の花。春の長雨は菜種梅雨。ここでも、まだ梅がある。まあ、低気圧が停滞し、雨が降り続くことを梅雨というのだろうか。もうあの梅とは関係はなくなるが。ツユと言える。分解すると汁や水分となる。まあ、空から汁が降ってくるとは言わないが。水分が多いのでツユとして使ってもいい。おつゆが多いとかになると、分泌物のように聞こえる。雨といえばひと言で済む。あまり誤解はない。
 下田は梅雨時になると活気づく。ナメクジやミミズのような男だ。名字は下田ではなく、蛭田の方が似合っている。何故か湿気に強く、さらにそれを好む。両生類時代を懐かしんでいるのかもしれない。
 雨の中、梅雨ではないが、梅の花を見に来ている。このところ雨が多い。この時期の長雨をどういうのだろうかと考えているようだが、ふさわしい言葉が下田の辞書にはない。本来なら雪が降っている季節。
 湿気を好む下田は雨を好む。そのため、天気の悪い日を選んで梅園へ来た。桜の花見よりも、梅の花見の方を好んだ。
 冬の乾燥した空気で苦しかったのだが、この雨で潤いを得て、元気になったようだ。魚人ではない。
 人とは体質が異なるのか、単なる好みの問題かもしれないが、雨が好き。
 雨の日の梅。それは季節の先取り。雪にならずに良かったと、黒光りのする枝に流れる滴を見て、いい艶だと愛でる。花だけではなく、梅のカクカクとした枝振りこそ梅の真骨頂。梅の丸い蕾など、さらにいい。
 雨で梅園に人出はない。梅の香りと湿気を大きく吸い込み、下田は満足を得たようだ。
 
   了



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2019年02月09日

3893話 匂いのきつい通り


「昨日は何処まで行きました?」
「ああ、散歩ですか。近所ですからねえ、特にいうほどのものではありませんが、少し妙なところに入り込みましたよ」
「といいますと」
「いつもはそちらへは行かないのですよ。何だかあまり良さそうな雰囲気じゃないので」
「どんな場所ですか」
「住宅街の続きですがね。周囲とそれほど違いはないのですが、何か饐えた匂いのようなものがするのです」
「酸っぱいような、腐っているような」
「そうです」
「時間帯は」
「夕方です」
「何か夕食の準備でもしていたのでしょ」
「しかし、腐ったような」
「じゃ、魚でもさばいていたのでは」
「いや、その近くまでは朝夕関係なく、昼でも通るのですが、やはり饐えたような」
「じゃ、朝食や昼食の準備でしょ」
「食べ物の匂いじゃありません。生き物の匂いじゃなく、植物の匂いでもなく、つまり生臭い匂いとは少し違うのです」
「それで、昨日はその嫌な場所へ踏み込んだわけですね」
「ええ、少し匂いがましだったので、これならいけると」
「まさかゾンビの寝床では」
「ゾンビは生きているでしょ。少なくても肉体だけは」
「じゃ、何なのです」
「空気です」
「空気が臭い。じゃ、ガス漏れとか」
「それなら、ずっとガス漏れ状態で、そのうち引火して爆発しますよ」
「それで、踏み込まれて、どうでした。何かありましたか」
「少し家並みが古くなります。でも普通の住宅ですからね。時代劇に出てくるほどには古くはありません。古くて汚くなったりもしません。見た感じ、一寸時代的に古いかなと思う程度です。また、子供時代、こんな家がまだ新しかったかなと思うほどです。だから、何となく懐かしい家並みです」
「その家並みのエリア、広いですか」
「いえ、電柱数本分ですかね。走れば、一気に抜けらるような一角です」
「そこを抜けると、何処に出ます」
「公園とかがあって、その向こうは大きい目の通りで、そこはよく通っています」
「そこを通っているとき、人を見ましたか」
「見ませんでした」
「住んでいるのでしょうか」
「住んでいると思いますよ。まあ、その辺の道でも人を見かけない通りはいくらでもありますから」
「しかし、誰も見なかったと」
「はい」
「饐えた匂いはどうでした」
「少し弱まっていたので、通る気になったのですがね。抜けると匂いも消えました。あれは何でしょうねえ」
「きっと匂いを誘発するようなものがあるのでしょ。実際にはそんな匂いは立っていない。この錯覚はありますよ。見ただけで匂いがするとか。実際にはそこからの匂いじゃありません」
「はあ」
「私は昔、写真をやってましてねえ。自分で現像してましたから酢酸とかを使うのです。きつい匂いですよ。まだ中学生の頃ですがね。写真部にいました。一年でやめましたが、その後、カメラを見るとその匂いがするようになったのです。カメラからそんな匂いは立っていない。それと同じじゃないですか」
「じゃ、僕は何を見て、あの匂いが来たのでしょう」
「今度行ったとき、その通りの入口に何があるかをよく見ることでしょ。使わなくなった暖炉の煙突とか、挽き臼とか、置き石とか。何か、あなたに関係したものがあるはずですよ」
「分かりました。今度行ったとき、確認してみます」
「そうしなさい」
 
   了


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2019年02月08日

3892話 日常の渚


 真冬、晴れて陽射しがあり、暖かく、しかも風のない穏やかな日。こんな日は年に何度もない。春は遠いが小春日和。小さな春が来たようなものだが、これは一瞬のもの。明日からまた寒くなるだろう。普通に戻るだけなのだが。
 岩田は時至り、今こそ絶好のチャンスと勢いづいたが、特に何かをするわけではない。下拵えもなく、準備もない。絶好の日和が来ただけ。こういう日に出掛けないといつ出掛けるのかと思うのだが、日課というのがある。それは朝食後の散歩。その途中に喫茶店があり、そこに入るのが日課。これは省略してもいいのだが、出掛ける決心をしたのは散歩に出てしばらくしてから。これは暖かいぞと、そのとき思った。そのため、近所を一回りする程度の服装だし、鞄には本が一冊と薬だけ。メモ帳とボールペンが入っているが、カメラがない。
 しかし、取りに帰ればいいのだ。まだ十分と立っていない。しかし、十分歩くとそれなりの距離まで行ける。戻る気がしなくなる。
 では朝の日課が終わってから改めて出掛ければいい。このままでは駅とは方角が違うので、そのまま行く気になれない。
 それで、いつもの散歩コースを歩いていると、梅が咲いているのが見える。まだ木の枝の方が目立つ。枝は黒く、花は梅色。酸っぱそうな色。何も梅園に行かなくても、この町内でも梅見はできる。
 さらに行ったところに、いつもの喫茶店があり、そこに入る。既に朝食を済ませたので、コーヒーを飲むだけ。その同じ値段でトーストがモーニングサービスで付いてくるのだが、それは取らない。断る。なぜならこれから本を読むためだ。口の中をグチャグチャさせながら読むのは今一つ。それにマーガリンかバターが塗ってあるし、パンを食べると血圧や血糖値が上がる。心臓がパクパクいうわけではないが、身体が熱くなる。だから、読書の邪魔。
 本を読んでいるうちに、本の中に入る。これで世界が一度途切れるのか、読み終えたあと、出掛けることが億劫になった。このまま静かな気持ちで戻り道の散歩を続け、部屋に戻ってからDVDを見たい。昔の映画だが、屋台売りの安い物。それを何作も買っていたのだが、一気に見る体力がないので、少しずつ見ている。あの剣士はどうなるのだろう。女だとばれるのは時間の問題。実は江戸育ちのお姫様なのだ。
 その続きが気になり、出掛ける気が失せてきた。このままのんびりと過ごしたいと思う気持ちへ傾いたのだろう。そちらの方が楽なため。
 年に数回しかないチャンス。しかし、まだ真冬が始まったばかり、もう一回か二回はあるだろう。そのとき出掛ければいい。
 岩田は飛び立とうとしたのだが、日常の引力が強くて、その圏外へは出られなかったようだ。
 
   了



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2019年02月07日

3891話 あらっ


「今日も過ぎていきますなあ」
「はい、昨日と同じように」
「少しは違うでしょ」
「寛容範囲内です」
「しかし、その少しの違いや差が大事ですぞ。あまり日常に変化がないのなら、そこに目を持っていくしかなかでしょ」
「なかですか」
「昨日との僅かな違い、ここに何かある」
「何もないですよ。あまり影響はありません」
「いや、表面的には僅かな違い、僅かな差であっても、その裏で動いているものがある。その動きを見ることです。差をミリ単位で見ても何も出てきません。差となる理由のようなものや背景を見るのです」
「微妙な話ですねえ」
「物事を動かしているものがあるはず。それは小さいも大きいもない。ここですよ。ここ」
「それで何か良いことでもありますか。知ったからといって大した違いはないでしょ」
「この世の不思議を垣間見ることができるかもしれませんよ」
「それは娯楽ですねえ」
「そうです。楽しみです。これは趣味の問題でしょ。何かを成すのではなく、何がそれを成させているのか、またはその流れなどを観察するのです」
「ほう」
「これで自分自身の認識も変わってきます」
「それはいいのですが、何を見るわけですか」
「一番最初に言ったでしょ」
「忘れてしまいました」
「だから、僅かな差を見るということです」
「ああ、思い出した。昨日のように今日も過ぎてゆくってことが始まりでしたね」
「そうです。そして決して同じじゃない。少しは差がある。違いがあると言ったでしょ」
「それで、何を見るのですか」
「違いです」
「起きる時間が五分ほど遅かったです。これも違いといえば違いですが、いうほどのことじゃないでしょ。だから、誤差範囲だと。もの凄く遅く起きてきたのなら別ですがね。それでも、まだまだその差が問題になるようなことじゃありません。寝坊して仕事に遅れたとしても、まだまだよくあることの範囲内でしょ」
「蓋も身もない」
「身も蓋もないでしょ」
「ああ、そうでした」
「そういう言い間違いも、違うと言えば違いますねえ」
「いや、それは記憶が曖昧だっただけです」
「それだけですか。言い間違いの中に本音があると聞きますよ」
「この場合、私は物知りだと言いたかったのですよ。しかし、間違えれば逆になりますがね」
「ということは日常の中の僅かな差とは、自分自身の何かを観察しているということですか。自己管理とか」
「いや、そうじゃなく、内を見るのではなく、外を見るのです」
「でも、夕食で食欲がないときなど、確かに違いはありますよ。いつもの夕食の食欲ではないと。しかし、原因は間食したからです。これはどう解釈するのです。間食で終わるでしょ」
「じゃ、何故間食したのですかな」
「昼ご飯を簡単に済ませたためです」
「どうして」
「朝、食べ過ぎたからです」
「どうして」
「夕食の残りが多くありましたので、早く食べないと腐るので、もったいないので、沢山食べました」
「何故、夕食のおかずが残ったのですか」
「買いすぎたからです」
「なぜ」
「え、特価で安かったからですよ」
「なぜ」
「だから、それはスーパーの都合でしょ。それと、偶然そのスーパーへ寄っただけで。これも毎日同じところでは買っていないので、偶然といえば偶然ですがね」
「何故、そのスーパーへ寄ったのですか」
「え」
「ああ、もうきりがない。追跡はもう辞めます」
「ただの偶然ですよ。おかずが重なったり、少なすぎたり、多すぎたりと、ばらつきがあってあたりまえでしょ。特に理由などないのです」
「でも、僅かな気持ちの違いとかがあるでしょ。昨日と同じような出来事しかなくても」
「そちらへ来ますか。うーん、それは体調の影響が大きいですねえ。それと楽しみが終わってしまい、次の楽しみがくるまで、少し間が空くときとか」
「差を見出すべきです」
「だから、見ても、それぐらいのことしか出てきませんよ。時期とか、体調とか、天気とか、そういう変化で、少しは影響が出る程度です」
「あなた、例が悪い。もう少し質の高い深掘りができる差の例を出さないと」
「それは漠然と思うものでしょ」
「漠然と」
「言葉になる手前の、あれっとかあっとかあらっとかおやっとか」
「言葉堀りでは掘れない領域ですかね」
「おそらく」
 
   了




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2019年02月06日

3890話 福助に追いかけられる


 雨に打たれた翌日、沢村は体調が悪い。風邪を引いたようになる。これは引きかけのようなものだろうか。そのまますっこむこともあるが、翌日も雨で、しかも濡れると、これはそのまま風邪となる場合が多い。晴れておればその限りではない。
 体調が気になるのは、しんどくなると一日が楽しくない。これは苦しくなければ良い程度で、特に楽しいわけではないが、快適とまではいかなくても、自然に身体が動く。つまり身体の不都合がないときは身体のことなど頭にない。これが良い状態だ。ただ状態が良くても、やることがつまらなければ、やはり楽しくはないが。
 元気で生き生きと暮らす。これがいいのだが、そういう日は滅多にない。ありすぎると逆に病んでしまうかもしれない。
 雨に遭った翌日は晴れか曇りか分からないような日だった。中途半端な空だが、雨だけはまだ降っていない。これで、二日続けて雨に当たることがないはずなので、風邪は引っ込むだろう。
 中途半端な空模様だが、その日は日曜。町に出ると人がいつもより多い。買い物や遊びに出てきているのだろう。
 沢村はやることがないので、街中散歩で小一時間ほど過ごす。ゆっくりと歩いているだけのことだが、街ゆく人を見ているだけでも、何となく飽きない。
 そして見知った人と出合うことは希で、知っているだけの人なら、挨拶程度で終わる。その距離感を互いに維持しているようで、特に話すようなこともないためだろう。たまに顔を見る人程度なので。
 そのため、交友のある人とかとばったり、などはない。一生のうち数回起こる偶然だろう。しかし、知っている人がいそうな場所に行ったときに限られたりする。
「あなた」
 と、声が何処からかする。方角が分からない。上か下から出ているような音で、本来なら横から聞こえてくるはずなのだが、空耳かもしれない。下へ向かう階段も上へ行く階段もない。駅前のよくある歩道。
「あなた、もしかして」
 風邪でも引いて喉を壊しているのか、かすれ声。年寄りの名優がむりとに出す声に似ている。
 沢村は後ろを向く。声はそこから来ていた。非常に背の低い人がいる。
「あなた、もしかして」
「沢村ですが」
「ああ、やはり沢村さん。久しぶりですねえ。木下ですよ」
 当然沢村は知らない。背の低い知人はいるが、顔が違うし、年齢も違う。沢村よりもうんと年上だ。
「探していたんですよ。偶然道で出合うなんて、いい感じです。その辺でお茶でもしませんか」
 これはサギか何かだろう。相手は沢村を知らないはず。沢村だと答えたのは沢村自身。
「そこにいい喫茶店があります。行きましょう」小男が愛想よく誘う。顔をよく見ると福々しい。まるで福助だ。まさか、そんな妖怪が、真っ昼間から出ないだろう。
「あの店は全席禁煙なので、だめです」
「あ、そう。じゃ、煙草の吸える店へ行きましょう」
「この辺にはないですよ」
「じゃ、まだ早いけど飲み屋なんかはどうですか。寿司屋でもいい」
「私は飲まないので。それと魚は嫌いなので食べない」
「あ、そう。じゃ、そこの公園のベンチじゃどうですか」
「寒いです。それにいつ雨が降るか分かりませんしね。まあ、雪よりはましですが」
「そうなんですか、一寸お話しがあるんですが」
 沢村は本当に、この福助を知らない。もし知り合いなら、印象に残るので、覚えているはず。
「今日の散歩はここまでなので、仕事がありますので、またの機会に」
「あ、そう」
「沢村はいつもよりも早足。これは特に早くはないが、いつもは遅すぎるのだ。それでさっさ歩いたため、歩幅の違いからか、福助はついて来れないので、小走りとなる。
 沢村は近付く足音を聞き、さらに早足となり、やがて小走りとなる。流石に福助はそれ以上追いかけてこなかったが、遠くからまだ沢村を見ている。
 そして、さらに距離が離れたところで、福助も諦めたのか、姿がない。
 そのうち、雨がポツポツし始めたので、そのまま小走りで、家に戻った。尾行はなかったようだ。
 得体の知れない。ぐっと鼻にくるような臭いに接したようで、気分が悪くなった。縁起の悪そうなのと接触したためだろう。
 沢村は知り合いに妖怪研究家がいるので、そのことを電話で話した。
「福助という妖怪はいませんか」
「います」
「じゃ、それと遭遇しました」
「あ、そう」
「これはどういう意味ですか」
「福助でしょ。だったら縁起がいい」
「いやいや、ひねくれた顔で、小太りでふてぶてしい小男でした」
「頭は大きかったですかな」
「はい」
「福助は元々気味の悪い男ですよ。これが福の神になるので、良かったですねえ」
「ああ、はい。有り難うございました」
 妖怪博士は二日続けて雨に当たったらしく、風邪っぽいためか、真剣に話を聞く気になれなかったようだ。
 
   了
 


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2019年02月05日

3889話 都会の渚


 都会の雑踏。柴田は最近出ていないので、久しぶりに行くことにしたのだが、雑踏見物が目的というのは動機として弱い。人々が行き交う場所なら近所にもあるが、絶対数が都会の方が多く、密度の高いところも多い。びっしりと人がいる場所を見たくなる心理が柴田にはある。しかし、これは特徴というほどの特徴ではない。自慢できるものではない。また趣味といえるかどうかも曖昧。
 何らのイベントで人が集まっていることがある。イベントの中身が目的で、集まってくる人を見るのが目的ではない。ただ、柴田はイベントよりも、そこに集う人々を見るのが好きだ。
 一箇所へ一つの目的で集まってくる人々よりも、雑踏と呼ばれる目的が各々違う人々の方がいい。ただ、駅前などの通路は駅へ向かっている。乗換駅が多くあれば、それぞれの乗り場へと向かう。目的がはっきりしているが、電車やバスに乗るのが目的ではないだろう。それに乗って何処へ行くか。行った先で何をするか。それを思うと、雑踏の人々はバラバラ。同一の目的ではない。特に一人で歩いている人がいい。
 初詣なども人が多いが、目的は同じ。願いはそれぞれ違うだろうが、似たようなものに分かれる程度。
 都会の雑踏、群衆。そういうのを見ると柴田はほっとするようだ。この安堵感は人々はまだ営業しているというか、それぞれ生きていること。まあ、ゾンビの群れなど見ることはあり得ないが、現役で人生を営み続けているということ。その人達は、人生規模のワンシーンに立ち会うわけではないだろうが、数が多いと、そういうシーンに向かう人もいるはず。あの日、あの時が分かれ道だったとか、あの日から展望が開けたとか。あの日が不幸の始まりだったとかも。
 だから群衆を見ていると、見えはしないものの人生の一コマをやっているのだ。一人でそこに出た人は表情が乏しく、感情までは見えないが、中には機嫌の悪い顔や、一人笑いしている人や、下を向いている人、早足で颯爽と行く人。など、それなりに表情のある人もいる。
 そういう大勢の人達を柴田は最近見ていない。これを見ないと体調が悪くなるわけでも、ストレスが溜まるわけではないが、たまには見ておいた方がいい。多くの人間を見ることで、その中の一人である自分を確認できるためだろうか。群衆は人一般。ほとんどが初めて見る人達だろう。
 これが昔の村ならどうだろう。毎日毎日同じ顔しか見ていないのではないか。しかもほとんどは知っている村人達。たまに見知らぬ人がやってくる。異人だ。
 当然村から出ると、見知らぬ人がかなり増える。さらに遠くの村、遠くへ繋がる街道沿いの宿場町などへ行くと、初めて見る顔ばかりかもしれない。
 人間は他にも一杯いるのだということが分かる。見知らぬ土地は新鮮だが、初めて見る人も新鮮。そこで絡みがなくても、見ているだけで得心したりする。違いを見たり、似たものを見付けたりとか。
 雑踏の中の人々。これはいつか何処かで合った人達と似ているし、また当然だが違う。
 また、見物している側も実は見られている。そのため柴田は見に行くと同時に見られに行く。ごくありふれた通行人同士なので、ちらっと見たり見られたりする程度で、絡みがあるわけではない。人から見られるということは、自分を浮かび上がらせることになる。自分を自分として操縦しながら歩く。
 これが柴田が都会の雑踏を見に行く理由だ。たまにそういうことをして、世間の浅瀬を見て帰り、見られて帰る。
 
   了



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2019年02月04日

3888話 冠雪


 寒さはさほどない朝だが、外に出てみると遠くの山が白っぽい。冠雪だ。雪化粧。これは浅い雪。吉田が住む地方は雪が少ない。真冬、たまに降る程度。しかし積もるのは希。だが山は雨ではなく雪になるのだろう。千メートルはないが、それでも温度差が地上とはかなり違うはず。
 山上にスキー場がある。麓ではなく、山の頂上付近。そこまで高度がないと、雪は積もらないのだが、そのスキー場、雪が積もらなくてもいい。人工雪のためだ。
 吉田は冠雪を見ながら、山の相も見た。山にも人相のような山相がある。季節により、気候により山の相が変わる。昔の農家なら、残雪の偶然の形から、何かに見えたりする。それで春の気候とかが分かったりする。つまり田植えの時期を早めるとか、遅らせるとか。ただ低い山だと樹木に覆われているので、読みにくい。
 吉田はそれに関係しないので、そこではなく、行ったことのある場所を見ている。遠くから見ると書き割りの山のように平坦だが、実際は複数の山塊が連なったり、重なったりしている。だから複数の山からなる山地。山腹に峠があったり、当然独立した山なので、登っても降り道が他になければ、行き止まりと同じ。
 山塊越えの有料道路があることを思いだした。山地の峰峰をすり抜け、ときには強引に登り、やがて麓の村へと出る。山地の裏側へ出る道路だが昔はなかった。山越えの道は残っているが、ハイキング道。魚屋道と名がある。山の表側は海は近い。漁村が近い。そこから山向こうの村まで魚を運んだのだろう。京都には日本海と繋がっている鯖街道がある。それに比べると僅かな距離だが、勾配がきつい。
 吉田はその魚屋道を歩いたことがある。それは麓からは見えないが。
 さて、その強引に山越えをする有料道路だが、インターチェンジが見える。山頂へ向かう一般道路と交差するところ。そこに建物があり、それが見えている。これは雪が積もっているときだけ、よく見える。
 夜になると、有料道路を走る車のヘッドライトがかすかに動いているのが見えるが、ピカッピカッと光っている程度。
 この有料道路、結構高いところを走っているのだが、通ったのはいつの頃だったのかと、思い出そうとした。
 表側の町からバスが出ており、温泉街まで行ける。それに乗ったときだろうか。
 ここ数十年、その山地には踏み入っていない。用事で山頂まで行ったことはあるが、ケーブルを乗り継いだり、あとは車だ。山登りとして歩いた記憶がない。
 子供の頃から見ている山。しかし、ほとんどの場所は踏破した。だからそこがどうなっているのかはもう知っている。山などそう変化はないだろう。建物が増えているかもしれないが、麓付近だけ。中腹から山頂にかけては何十年も前のままのはず。
 謎だった場所が、謎でなくなっている。だから冒険心が起こらないのだろう。
 
   了


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2019年02月03日

3887話 古の悪霊


 妖怪博士は「古(いにしえ)の悪霊」という言葉が気に入り、それが何を指すのかを調べていた。いつものように調べる前に字面から入る。古い時代、これはかなり古いかもしれない。いにしえという言葉が古いためだ。そして悪霊。これは二つに分かれる。「悪」と「霊」。悪はいる。いるだろう。霊。これはいるかいないのかは分からない。しかし、霊の中にも普通の霊と、悪い霊がいるのだろう。良い霊というのは、あまり例がない。よいものが霊になって彷徨わないだろう。だから善霊には前例がない。当然善霊という言葉はない。全霊はあるが、これは全身全霊で取り組みますというときに使う。身も心もということだろう。すると、このときの霊は幽霊の霊ではない。精神力のようなもの。ただ、それを差しているのか、魂を指しているのかは曖昧。霊はフワッとしていそうだが、魂は固そうだ。まあ、弱い魂では、魂らしくない。魂は強いイメージがある。
 さて、本題の古の悪霊。これを「いにしえの悪霊」ではなく「こ(古)の悪霊」とした方が、凄みが増すかもしれない。
 妖怪博士はそれらを文字で読んだだけで、その言葉を声として聞いたことがない。話し言葉の世界ではなく、書き言葉の世界。文字の世界。だから「いにしえ」と読まないで「こ」と読むことがある。どちらが正しいかではなく、響きの問題。これだけで指しているものが違ってきたりする。範囲とか古さとか、生き物なのか物なのかも。
 古の悪霊、それは遠い。古いから遠い。遠い時代からいた悪霊。しかし、悪霊のイメージは洋風。悪魔と親戚のような感じ。本邦には悪魔はいない。いるとすれば悪い心だろうか。これは心が凝固した魂経由で、悪心が悪い魂という鬼のような意味となり、魂を霊と同類とみて、悪霊。これが古い時代ではもののけ、妖怪だった。やはり人の心と絡んでおり、神仏ではなく、人が悪霊となり、祟る。
 妖怪が量産された江戸時代。これは遊びだ。冗談であり、洒落であり、川柳のようなもの。
 古の悪霊。これは人の怨念、死霊の祟りのようなものがメインだと思うが、その中に、精霊的な悪霊、即ち妖怪がいたはず。これは人ではない。
 だが人の中に獣を見出した可能性もある。獣の中に人を見出した場合、これは悪いものではない。獣の中に獣を見出すのは普通だ。見たままだろう。
 古の妖怪。それは精霊や妖精だっのかもしれない。人ではなく自然界の脅威のような。畏怖すべきもの。そしてその中で人に影響を与えるタイプを妖怪とした。ほとんどの妖精や精霊は人とは関わらない。そこはかとなく、何かがいるように感じる程度。それは聖なるもの、大自然に近いだろう。
 要するに目立つのは本筋から離れたタイプ。精霊の中にも変わった奴がいたのだろう。はみ出すタイプ。これが人と接触した。結界の外へ出た。
 古の悪霊。それは時代的にも遠くて掴みにくい。もの凄く深い階層で眠っていそうな悪そうな奴だ。
 妖怪博士は、そういうタイプの古い妖怪と対決することを夢見ているが、夢の中でしかお目にかかれないかもしれない。太古の記憶が夢で現れないとも限らないので、博士は睡眠時間を長く取っている。
 
   了
 


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2019年02月02日

3886話 人間掃除機


「普段あまりやらないことをすると新鮮ですねえ」
「そうですか」
「まあ、大したことじゃなく、一寸したことです。普段は見向きもしないことを半分冗談のようにやってみると、新境地を得たような気になります」
「大袈裟な」
「大したネタじゃないのですがね。たとえば人間掃除機」
「それは奇妙奇天烈なネタですよ」
「私は掃除が嫌いで、家は散らかっています。ゴミ屋敷というほどじゃないですが、あるべきところに置いたり、仕舞ったりしないためでしょ」
「分かっているのに、しない」
「そこで人間掃除機を使いました」
「雇ったのですか」
「いえ、自分が機械になるのです。掃除機ですが、手も足もある。目もある」
「だから、単に掃除をするだけでしょ」
「その行為を今からある一定時間やるとなると、これは無理です。それができるのなら、部屋は散らかっていません。そうじゃなく、移動です」
「分かりました。散らかっている部屋のものを別の部屋へ移動させると」
「違います。私が移動します。掃除のためじゃなくてね。たとえば出掛けるとき、居間から玄関まで行くでしょ。門があれば門まで。その移動中にゴミ回収車のようになるのです。通り道で目に付いたゴミを手にする。持てる範囲です。それで廊下にゴミ袋がありますので、そこまで運ぶ。ゴミの場合はそうですが、雑誌などはその置き場まで移動する。移動中また何か見付けて、それを掴む」
「それは掃除でしょ」
「掃除じゃありません。目的は外出なら外出。その通り道に一寸寄り道する程度。だから通るだけです」
「ほう」
「これを思いつき、実行してみると、新鮮です。掃除をしているようでいても建て前としては掃除じゃない。トイレで立った場合はトイレが目的。掃除は目的ではありません。手ぶらで移動するのはもったいないので、何か握って移動する。その置き場所までね。ゴミは簡単ですが、雑貨品や衣料品は整理が面倒。だから一箇所に集める。集まったところで、そこからそれぞれのコーナーへと、また運ぶ」
「普通の掃除をした方が早いでしょ」
「掃除をする気はありません」
「でも、それは掃除でしょ」
「掃除の時間は取りたくないのです。だから移動時間の中に含めます。あくまでも移動中という行為で、掃除行為ではありません」
「まあ、何でもいいですが」
「物は溜まる。そのままでは溜まる一方。ここに流れが必要なのですね。入口があれば出口がある。元々あった場所、ねぐらがある。そこも一杯になれば、別のところへ。動かすことが大事。ゴミとなって家から外へと流れる」
「それが新鮮だったというわけですね」
「そうです。自分が掃除機や、ゴミや資源回収車になった気分で、機械になったような気分。機械には心はありません。好きだとか嫌だとかの」
「だから、機械的に処理すれば、できるというわけですね」
「まあ、そういうことです。しかし、私は機械の振りをしていますが、機械じゃない。心がある。それなりの感情を持ってしまいますがね。これは感情の寄り道。それなりに新鮮な気持ちになることもあるし、懐かしい思いになることも」
「要するにアタックの仕方を変えたわけですね」
「そうです。掃除は嫌いですが、散らかっていない方がよろしい。だから掃除をする気はあるのですよ。だが、なかなかその気が起こらない。そのとき閃いたのがこの方法でした」
「はい、メデタシメデタシでしたね」
「本気を出さない方が逆に動きやすくなるという結論まで得ました」
「はいはい」
 
   了



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2019年02月01日

3885話 馬頭観音


 妖怪博士は先日依頼で行った一軒家に出る風邪という妖怪について、いつもの担当編集者に話したところ、一軒家に一番近いお隣さんの寺に興味を持ったようだ。
 一軒家の怪は風の音のようなもの。それよりも、地所持ちの荒れ寺に妖怪変化がウジャウジャ棲み着いているのではないかと思ったようだ。これはただの思い付きだろう。
「もう一度行ってみませんか」
「それは解決したが」
「一軒家は貸家でしょ。そのオーナーがお寺。しかも荒れ寺。一軒家の周辺も寺の地所でしょ。かなり広い野っ原のようなところにポツンとある寺。これは怪しいですよ。まるで隠れ寺。いや、隠し寺」
「私も最初は寺が怪しいと思っていたがな。これだけの土地を持ちながら寺は荒れているらしい。宅地としては町から遠いが、その気になればマンションでも建てられる。金持ちのはず。だから寺も小綺麗なはず」
「どんな寺なのですか」
「一軒家の隠居から聞いただけじゃが、寺というより民家に近いらしい。だから、そこに寺があるとは気付かなかったりしそうじゃ」
「行きましょう」
「いや、もう解決したので、二度の依頼はないじゃろ」
「うちが依頼します。仕事です」
「出版不況なのに経費は出るのか」
「交通費と宿泊代程度は」
「じゃ、私の実入りは」
「ですから、それを書いていただければ、原稿料を払います」
「まあ、それが普通じゃろ」
「しかし、その荒れ寺に妖怪がウジャウジャおるとは思えんがな」
「餓鬼って、ご存じですね」
「腹が出た虫のような奴じゃろ。コオロギに似ておる」
「餓鬼草紙に出て来るような餓鬼がウジャウジャ巣くっていそうです」
「勝手なイメージを」
「まずはイメージ作りです。いなければいないでいいのです」
「おれば大変じゃ」
「そうです。だから安心して言えるのです」
「しかし、読者をがっかりさせる」
「慣れているはずです」
「慣れとは恐ろしい」
「じゃ、決まりですね」
 妖怪博士は今度は編集者を連れて一軒家へ行った。
「おや、妖怪風邪はその後鎮まりましたよ。気にしなければ聞こえてこなくなりました。妖怪の仕業だと思い、安心したのでしょうねえ」
「それよりもお寺なんですが」
「はいはい」
「この近くでしょ」
「そうです」
「行ってみたいのですが」
「おや、今度は寺から依頼があったのですか」
「まあ、そんな感じです」
「北へ続く小径があります。一本道ですので、すぐに分かりますよ」
「家賃はどうしておられるのですかな」
「ああ、銀行落としですよ」
「じゃ、寺へ行く用事は滅多にないと」
「いや、散歩中寄ることがありますよ」
「寺に入ったことは」
「はい、何度か見せてもらいましたよ。まあ、うちとは宗派が違うので、軽くお参りするだけですが」
「荒れていると」
「そうですなあ。畳から藁が出ているような」
「現役のお寺ですかな」
「さあ、もう自宅化した喫茶店のようなものですよ」
「そこで、何か見ましたか」
「御本尊は馬頭観音さんらしいのですが、これが怖い。お顔も怖いが崩れているからさらに」
「住職は」
「いつもは野良仕事をしています。家族もいますよ」
「じゃ、営業していない寺ということですか」
「さあ、私寺じゃないですかね」
「どの宗派にも属していない寺などありませんから、勝手に作った寺風の住居ということですか」
「さあ、そこまでは分かりません。しかし、ひなびた感じでいいところですよ」
 担当編集者は横で黙って聞いているだけだが、餓鬼草紙の絵は無理だと諦めたようだ。しかし、寺には興味が湧いた。だが妖怪を出さないといけない。そのための機械が妖怪博士なので、仕事をしてもらう。
 教えられた果樹園とも畑とも原っぱとも分からないような小径を抜け、背の低い樹木、これは勝手に生えてきたのだろう。それらがジャングルのように茂っているとこを通り抜けると、大きな農家のようなものが見えるが土塀だけがやけに長い。ここもまた一軒家で、この野っ原の一番中央部にある。その背は山が張り出している。
 土塀に膨らみがあり、それが門だろう。その手前は畑らしく、背の曲がった老人が鍬で耕している。おそらくこの人が寺の主、住職だろう。剃髪だがもう禿げてスキンヘッドにしているだけかもしれないが、後頭部に長い目の毛が集まっている。ここだけは密林だ。ここだけ毛生え薬が効いたわけではないだろう。
 寺の近くに、古そうな家がポツンポツンとある。いずれも借家。
 編集者が野良仕事中の住職に声を掛け、案内を請う。住職は鍬を寝かせ、門へと誘う。
「馬頭観音さんを見に来ましたか」
 そう勘違いされたのだが、そういう訪問者がいるのだろう。頭が馬の観音さんもあるようだが、馬ズラの観音さんかもしれない。呼び名が変わっているので、どんな仏像なのかを見る人もいるはず。
 実際には頭だけが馬の人間で、これを人間と言えるのかどうかは分からないが、羅刹だろう。つまり鬼。地獄にいるとされている。
 馬頭観音はそこまで露骨ではなく、頭の上に馬の頭を付けていたり、かぶり物程度だろう。観音だが明王でもある。顔が怒っている。これは馬の守り神。
 住職はその説明を楽しそうに語り。住職の家系はこの土地の人々で馬の産地だったようだ。つまり牧場なのだ。だから田畑ではなく、野っ原の面影が残っているのだろう。
 要するに馬の守り神として馬頭さんを置いた。それだけのことで、寺ではなかったのだが、宗派に属する寺にもなったことがあるらしい。
 今は私寺であり、この住職風の年寄りは私僧ということになる。これはこの家では代々受け継がれているようだ。
 馬頭観音があるので、それを拝む人、という程度だが。もう馬はいないので、役目を果たしたので、放置だろうか。
 編集者はここまで聞いていて、餓鬼とくっつけようとするが、間を繋ぐものがない。引っかかりが何もない。当然だろう。編集者の勝手なイメージなので。
 寺は確かに荒れていて、手入れなどしていない。結構大きいのだが、土塀の一部が倉になっており、その倉の方が高い。これでは外から見ても寺とは思えないだろう。
 しかし一軒家の隠居も、ここを寺だと言っているし、周辺の人々も寺だと思っている。これは僧侶の服装をして、ウロウロしているためだろう。寺なら寺名がある。しかし、ここには名前はない。敢えて言えば馬頭さん。これは愛染明王を祭ったお寺を愛染さんというのに近い。
 妖怪博士も、流石にこれは手強いらしく、餓鬼と結びつける努力はしているが、どうも無理っぽい。こういう場所なら馬の妖怪でも出したた方が似合う。
 しかし、この馬頭観音か馬頭明王か、どちらが正式名かは分からないが、顔は仁王さん。これが観音さんなら、もの凄く怖い。観音さんは菩薩。菩薩がこんな形相に化けたのだろうか。だから、餓鬼など探さなくても、妖怪は目の前にいるのだ。
 顔の怖さが増しているのは木彫が崩れかけ、右目に填め込んである目玉がズレているし、額の一部が剥がれている。填め込み式のためだろう。これは腹が出た餓鬼よりも怖い。
 住職は生まれたときから見慣れているためか、そんなものだと思っているようだ。
「何故、放置したまま、朽ちるに任せておられるのですかな」と、やっと妖怪博士が口を開いた。一番疑問に思うことだったのだろう。
「ああ、これは怖い仏さんでしてな。下手に弄ると悪いことが起こるのですよ」
「触らぬ神に祟りなしですか」
「まあ、そういうことです。こういうのも作り物なので、いつかは朽ちるでしょ。まあ、屋根があるだけまし」
「弄ると災いが?」
「言い伝えですよ。いっそのこと包帯を巻いて木乃伊のようにして、秘仏にしたいところですがな」
「これは誰が彫ったものですかな」
「さあ、江戸の中頃、誰かが寄進したと聞いております。まあ、捨てに来たのでしょ。気味が悪いので」
「そのときに、その入れ物としてお堂を建てたのですかな」
「そうです。最初は納屋のようなものだったとか」
「ああ、分かります馬頭さんだけに馬小屋が似合うと」
「まあ、馬の守り神ですからな」
「はい」
 編集者は当てが外れたのか、早々に暇乞いした。
 住職は門の外まで見送りに出た。そして去って行く二人を確認した後、野良の続きに戻った。
「困りましたねえ先生」
「じゃ馬頭妖怪でいきますか」
「はい、お任せします」
 戻り道、あの一軒家に二人は立ち寄る。
「見ましたか、お寺」
「馬頭さんも見ましたぞ」
「あれは怖いから、私はもう見たくないよ。それより、これから帰るところですか」
「そうです」
「夕方の最終バスはもう行ったので、どうします」
 結局、この一軒家で泊まることにした。
 そして、夜中、妙な音が聞こえてきた。風の音だろう。
 一軒家の隠居はぐっすりと眠っている。
「先生、あの妖怪風邪じゃないですか。まだ収まっていなかったのでは」
 妖怪博士は、奥で寝ている隠居を起こす。
「何も聞こえんですよ。風邪妖怪はもう聞こえんようになりましたから」
「しかし、さっきから気味の悪い風音が」
「気のせいでしょ」
 隠居は眠いのか、そのまま起きてこなかった。
「先生、ここはやはり怪しい土地ですよ」
「そんなことを夜中に言うでない」
「寺の方から聞こえてくるような気がしますが」
 パカパカと馬の蹄の音が混ざっている。
「博士、これは本物です」
「そう言うこともあるだろう。なければ怪異など最初から存在しない作り話。そういうことがたまにあるから、怪異も生きる」
「呑気なことを。解説している場合ですか。外に馬が来てますよ。一頭じゃなく、もの凄い数だったりして」
「大丈夫じゃ。この一帯は馬頭さんが守っているはずなのでな」
 妖怪博士はそのまま寝てしまったが、編集社は明け方、音がやんでからやっと寝付いたようだ。
 そして、一軒家を昼近くに立ったのだが、よく晴れた日で、陽射しが明るい。
「博士、昨夜のことの解説を」
「ああ、少しファンタジーが入り込んでしまっただけじゃ」
「それだけですか」
「隠居も言っておった」
「何と」
「気のせいじゃと」
 
   了



posted by 川崎ゆきお at 13:05| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月31日

3884話 風邪


 野中の一軒家、そう見えるのは周囲に家がないためで、草原や山中にポツンとある家ではない。水道やガス、電気など、その家のために引かないといけないので、大変だろう。お隣が遠い。一番近いお隣さんはお寺。朽ちたような寺なのだが敷地が広い。土地持ちなのだ。
 妖怪博士が呼ばれたのは、そういう一軒家で、平屋。木造で戦前に建ったものだが、建て方は丁寧。意外とこういう家は長く住める。しかし、ぼろ家に近いためか、空き屋になり、放置された。やがて地主の寺が貸家とした。
 そこに引っ越して来た隠居さんからの依頼。この年寄りにとって、そこは隠遁のための別荘に近い。敢えてこの家を選んだのは生まれ育った家と同じタイプだったためだろう。親は公務員だった。
「夜になると妙な音が鳴るのですよ。最初は風だと思ったのですがね。何せ一軒家で遮るものといえば庭木ぐらい。だから梢が鳴っているのかと思いましたが、風のない日でも鳴くのです」
「どのような音ですかな」
「ひゅーんと」
「じゃ、風ですな」
「シュワー、ギュワーなどとも」
「それは少し妙ですな。音だけですかな」
「その音が気味悪くて寝付けません」
「しかし、こんな一軒家に越してきて、大丈夫ですか」
「昼間は日向臭いところで、陽気な場所ですよ」
「子供の頃の思い出と繋がるような家とか」
「そうです。間取りも似てましてね。縁側もあるし、庭に花を植えたり、小さな池を掘ったりして、遊んでいましたよ。母親が蒲団を干していて、縁側にも出していましてね。ポカポカに膨らんだ蒲団でして、その上で寝転ぶのが好きでした」
「音はいつ頃からですかな」
「さあ、気にもしていなかったのですが、最初からでしょうか。最初はそんなものだと思っていましたがね」
「台風も来たでしょ」
「はい、来ましたよ。近くを通過しました」
「そのときの風の音と同じですか」
「いい質問です。そうじゃないからお呼びしたのですよ」
「じゃ、風じゃないと」
「はい」
「この近くに変わったところはありますか」
「空き地が多くて、家が建っていないのが不思議ですが、まあ、交通の便も悪いし、町からも遠いので、宅地としては今一つなんでしょう。あと、変わったところといえばお寺があります。一番近いお隣さんがお寺なんて、一寸洒落てますでしょ」
「そうですなあ。年をとると医者を飛ばしてお寺さんコースもありますからなあ」
「ここはそのお寺さんの地所です」
「お寺ですか」
「お寺といっても普通の家に近いですよ」
「お寺さんには相談しましたか」
「いえ、借りているので、何かケチを付けるようで」
「まあ、お寺とその風の音とは関係しないでしょう。しかし、風がないのに、風音がするというのは妙ですなあ」
「そうなんです」
「家鳴りはしますか」
「しません」
「音は決まって夜中ですかな」
「はい、昼間はしません」
「うーん」
 妖怪博士にも分からないらしい。何とか妖怪の仕業に持ち込みたいのだが、寺と強引に結びつけるには、遠すぎる。
「まあ、梵鐘系でしょうなあ」
「梵鐘とは、お寺の鐘ですか。あの寺には釣り鐘はありませんが」
「除夜の鐘と同じです。もの凄く遠くから聞こえてきます。遮るものがなく、しかも静かな、こんな場所ならなおさらです」
「つまり」
「音の通り道なんでしょうなあ」
「でも風がない夜でも」
「風ではなく、音の通り道」
「しかし、何か邪悪な感じがしましてね。それでそのタイプの妖怪ではないかと」
「そんな発想ができるのなら、大丈夫でしょ」
「ここは一つ、何か妖怪名を」
「そうですなあ」
 妖怪博士は一つゴホンと咳をした。
「風邪です」
「邪悪な風という意味ですね」
「しかし、悪意はないはず。従って音色を楽しめばよろしい」
「はい、分かりました。妖怪だと分かれば、安心できます」
「凄い神経ですなあ」
「妖怪なら、大丈夫ですから」
 一軒家からの帰り道、妖怪博士は吹きさらしの中をあるいていた。
 また咳が出たあと今度はクシャミまで出た。
 
   了


posted by 川崎ゆきお at 11:37| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月30日

3883話 真逆の人


 今日は簡単に済ませようと思うときは保守的で消極的なとき、できれば籠もっていたいが何かとやることがあるため、最低限のことはしないといけない。
 樋口はそんなときは神がサボりなさいと進めてくれると理解する。いったいどんな神で、どんなプロセスでの理解なのかは謎なのだが、啓示のように直接来るのだろう。しかし啓示を発している天の声は樋口自身のもの。つまり臭い声を出しているわけだ。
 この臭みは体臭のようなもので、樋口の匂い。意外と本人は臭く感じない。慣れた匂いであり、もう匂いそのものが分からない。
 さて、その日は何もしたくなかったのだが、仕事を終えないといけない。その日の分だ。これを残すと明日が辛い。その明日もサボると週末が辛い。さらにそこもサボると月末、そして年末が辛いが、そこまで引っ張らないだろう。途中で、もうやらなくなるか、放置する。
 その日の一寸したサボり心が、その後大きな影響を与えるかもしれない。これは善行を積めば良い事が起こるよりも確率は高い。
 時計を見ると定時まで間がある。簡単にやれば間に合う。それどころか時間が余るだろう。丁寧にやれば時間が足りないほど忙しい。そして今日はやる気がないので、それは無理。
 結局さっさと済ませて早い目に終え、社を出た。ラフすぎたかもしれないが、意外と早くできることが分かった。では今までどんなやり方をしていたのだろう。結論は丁寧にする必要はなかったことになる。馬鹿丁寧すぎたのだ。
 これは入社したときから丁寧な人、几帳面な人として評価されたため、それが尾を引いている。実はそれは偽装だった。本当はそんな人間ではない。しかしこの嘘を長く続けた。期待を裏切らないように、また違う面を出すのが嫌なため。
 本当は怠け者で、何もしたくない。だから仕事などしたくない。これが本音だ。そのため、それを隠すため、人一倍よく働き、丁寧で几帳面さを出し過ぎた。過剰なほど。
 それは今も続けているが、一寸しんどいとき、やる気がないとき、その地金が出る。
 樋口にとり、自分を解放するとは、眠らせること。新たな面を出すのではなく、怠け者の本姓に戻るだけ。しかし、これは禁じ手なので使えない。
 世の中には実は真逆の人だったというのが結構いるものだ。
 
   了



posted by 川崎ゆきお at 13:11| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月29日

3882話 文芸


 晴れた日の何でもない風景が続いている。それは何でもなくはないのは曇りや雨の日もあるため。しかし、雨でも何でもない雨、何でもない曇り空なら特に言うほどのことではないだろう。
 田代は久しぶりに風景を見ている。それがいいものだと感じるのは気持ちの問題。流感が流行っているとき、田代もいち早く流行に乗ったのだが、いち早く治っている。今日ははっきりと治ったことが分かるのか、それで風景が新鮮に見える。風が強いのか空気のよどみがなく、遠くまで鮮明。これは目が悪いときは、その鮮明さは二の次になる。今日は目がいいようで、見通しがきくし解像力も高い。遠くの小枝の雀が見えるほど。しかし、どんな顔の雀かは分からないが、どの雀も同じような顔をしているので、見分けられないだろう。
 昨夜風邪に効くと言われているニンニクを食べたためだろうか。ニンニクを焼いて囓ったのではなく、餃子に入っていた。匂いで分かるが、それほど量は多くない。
 風邪は治りかけていたのだろう。今日は気分がいい。これは珍しいことだ。何かやりたいとか、遠くへ行きたいとか、積極的になる。
 風景の中に踏切が入ってきた。閉まっていないので、サッと渡る。線路の彼方に駅が見える。遠くまで行くにはそれに乗るのが早い。しかし駅まで少しある。見えているがそのつもりで来たのではないので、遠回りになる。
 踏切からは駅は見えているのだが、線路は通れない。これはストでもして止まっていれば別だが、そんなところを普段は歩かない。線路の上を通ることはある。電車に乗れば当然だ。ただ直に足で線路を踏んでいるわけではない。また歩きにくい平行棒のような線路の上ではなく、その脇か間を歩くだろう。
 こういうのは歩き慣れることはない。一生の中で歩くことがあるかないかの経験だろう。特に大人になってから線路を歩くなどはほとんどない。電車が事故で止まってしまい、そのとき下りて歩くことはあるだろうが。
 その線路を渡り、右へ回り込んだ角に喫茶店がある。田代が毎日通っている店で。風邪の日と違い、今日は元気よくドアを開けた。
「またやってますねえ」
「はあ」
「喫茶店に入ったということでしょ。ひと言で済みますよ」
「そうなんですがねえ」
「風邪がその後、何かの伏線になりますか。線路がその後、出てきますか」
「出てきません」
「喫茶店に入り、昔の友達と偶然出合い、話の本筋に入るわけでしょ。今度は喫茶店で注文するシーンを長々と書くのでしょ」
「はい」
「そういう余計な描写はしないように」
「余計なことを書く方が楽しいんですがねえ」
「それにキャラが立ってません。風邪を引いて治っただけでしょ。それにこの人、職業も年齢も分からない。性別もです」
「それはあとで足します。それよりも遠くへ行きたいと思っています。線路はその伏線です」
「そんなもの複線も単線もない」
「その線路は最初から複線でしてね。だから複線を張りました」
「モデルになった路線があるのですか」
「ありません。想像です」
「遠くに見えていた駅は何処ですか」
「架空の駅です」
「見もしないものをよく書けますねえ。モデルぐらいあるでしょ」
「そんなの想像だけで小学生でも書けますよ」
「それとジャンル」
「あ、はい」
「この作品のジャンルは何ですか」
「ぶぶぶ文芸です」
 
   了

posted by 川崎ゆきお at 12:35| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする