2017年10月21日

3419話 やまない雨


 物事が思う通りいってるときは勢いがある。気勢がある。意気込みというのは、上手くいっているときほどある。悪いときの意気込みは、気持ちだけで、不安な雲が見え隠れし、落ち着きがない。落ち着かないので、空元気を出し、やる気を奮い起こすのだが、これは皮一枚の気勢で、全体的なものではない。存在そのものの押し出しが強いと気合いを入れなくても進んでいける。順風満帆というやつだ。
 これは上手くいっているときで、物事が思う通りに進んでいるとき。これがベストなのだが、そうはいかないことが多い。
「また躓きましたか」
「はい」
「上手くいっていたのじゃありませんか」
「少し欲を出しました」
「それはいいことでしょ」
「上手くいっていたので、これもできる、あれもできると、欲を出したため、全体が萎んでしまいました」
「ありがちなことです。それだけの話です」
「そうなんですが、上手く事が運んでいたのはどうしてでしょうねえ。欲がなかったからでしょうか」
「思う通りの思うが」
「え、思う」
「思う通りの思うが、少なめだったためでしょ。思いが少ない」
「ああ、なるほど」
「欲がないのではなく、少なかったのです。欲張らなかったためでしょ。だからそれほど敷居は高くない。そのため、思う通りになる」
「つまり、あまり期待していなかったとか」
「それもありますねえ。思う通りいくと思いたいという期待があるのかもしれません」
「じゃ、思う通りに行くコツは、欲をかかないことですね」
「そうです。かかないことです」
「それと」
「はい」
「上手くいきすぎたときは再現が難しい。今度同じことをするとき、同じようにいきませんからね。また、前回は上手くいったのに、今回は上手くいかないこともあるでしょ。それほど条件は違っていないのに」
「あります」
「前回上手くいったので、今回も上手くいくと期待するからです。そう思い通りにはならないわけです」
「なぜでしょう」
「前回上手くいった理由を考えてみるとよろしい」
「期待していませんでした。上手くいくとは」
「そうです。それです」
「期待してはいけないということですね」
「成功するものだと思うと、思う通りにはいきません。そんなことを思うからです」
「しかし、何か思うでしょ」
「思います」
「じゃ、何ともなりません」
「しかし、今回思う通りにいかなければ、それで均衡が取れます。次にやるときは、もう期待しないでしょ。思い通りにはいかないこともあると」
「それで期待しないでやれるわけですね」
「そうです」
「じゃ、思い通りにならないということを思いながらやります」
「単純な話です。ただの気持ちの問題でしょ」
「はい、しかし、思い通り事が進んでいない日々は楽しさがありません。長くこんな日々を過ごしていると、病気になりそうです」
「なりましたか」
「まだですが、元気がありません」
「ずっと元気だと危険でしょ」
「そうですねえ」
「まあ、上手くいかないときは諦めることです」
「そんな単純な」
「弄らない方がいいのです。やまない雨はありません」
「あ、はい」
 
   了

posted by 川崎ゆきお at 11:14| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月20日

3418話 夜風


「少し夜風に当たってくる」
「どうぞ」
 大下は煮詰まったので、外に出た。外気を吸いたかったからだ。秋も深まり少し肌寒いのだが、むっとしていた場所から出たため、快かった。
 外に出ると風がある。無風状態の夜もあるが、歩いていると風を受けるのか、風がなくても違う空気が流れてくるように感じられる。風には色はない。匂いや音を運ぶかもしれないが。
 風聞。それが会議で話題になっていた。ただの噂だ。事実でなくても、それが流れているだけでも問題になることがある。先ほどまでの会議は、その対応策のため。
 根も葉もない噂なので、本当のことではないということをどう伝えるべきかで話し合われたのだが、大下は相手にしなければいいと言い切った。弁解がましいことや、説明をすればするほど火のないところに火を付けることになる。
 ただの噂なのだ。デマのようなもので、相手にしない方がいい。後ろめたいものがなければ。
 しかし、上の方は何とかしたいらしい。下の方では分からないが、上の方では思い当たるところがあるのかもしれない。
 大下は下なので、事情は分からないが、なくもないとは思っている。噂ではなく、事実かも知れないと。
 だからこそ、相手にしないことが正しいと力説したのだが、それでは会議を開いた意味がなく、その会議はその対応のためなので、対応策が何もしないでいいではだめらしい。
 やはり後ろめたいことがあるのだろう。対応しないといけないような。
「やはり噂は本当だったのか」
 大下の後ろから同僚が声をかける。もう人通りが少なくなったビジネス街の歩道。このあたりには店はなく、夜はゴーストタウンのようになる。
「知らないよ」
「大下さんの勘ではどうなんです」
「こんなもの勘で判断できないでしょ」
「じゃ、直感」
「似たようなものさ」
「僕は噂通りだと思う」
「どうして」
「だって、あんな会議なんてしないもの」
 それは大下も同じ意見だ。
「慌てている様子が見えるよ」
「本当のことが噂になったからかい」
「そうそう」
「それはみんな分かっているのかもしれないなあ」
「そうだろ。薄々どころか、分かっているんだ」
「あんな会議をするからバレるんだよ」
「そうだね」
 二人の後をゾロゾロと会議のメンバーが付いてくる。全員夜風に当たりに出たのだろうか。
「大下君、全員大下君と同じ意見らしいぜ」
 つまり、会議をすると余計に本当のように思われるということだろうか。それとも別の意味か。
 夜風に当たる会議のメンバーがたむろしている。もう終電間近い。
 夜の静かなときほど人目に立つもので、それを見ていた関係者がいる。
 これがまた噂になり、風紋が拡がった。
 
   了

posted by 川崎ゆきお at 09:59| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月19日

3417話 調子の悪いとき


「一方は調子の良いとき、もう一方が悪いですねえ」
「ほう」
「一方が調子の悪いとき、もう片一方が調子が良いです」
「一方が勝てば、一方が負けるということですね」
「それもありますが、自分自身の調子でもそれがあります」
「ほう」
「仕事が上手くいっていないときは、趣味がいい感じで進んでいたりとかね」
「じゃ、趣味の調子が悪いときは、仕事の調子が良いと」
「さあ、それは分かりません。趣味も仕事も調子が悪いこともあります。まあ、仕事が上手くいっていないとき、遊んでいても楽しくないでしょ」
「そういう人もいますねえ」
「遊んでいても、その遊びの調子が今一つのことが多いです」
「じゃ、一方が良いとき一方が悪いというのは」
「どの一方かが分からなかったりします」
「え」
「その一方が、どの一方かが、分からないのです」
「でも調子を見れば分かるでしょ」
「そうですねえ。気付かないだけかもしれません。それほど楽しいことではないことでも、意外とすんなりといった場合、楽しい思いとまではいかないので、実感がないのでしょ。実はこのすんなりが、調子が良いということです。しかし、気付いていないことが多いです」
「つまり一方の調子が悪いとき、何処か違うところが調子が良いということですね」
「そうです」
「それだけのことですか」
「はい」
「何か思い当たることがあって、そう言っているのですね」
「そうです。ただの個人的な感想のようなものです」
「はい」
「調子が良いとき、別の箇所の調子が悪くなります。まるで埋め合わせ、帳尻を合わせるようにね」
「調子が良すぎて、やり過ぎて、体調を崩すとか、他のことが疎かになるとかですか」
「ですから、片一方なのか、複数の一方なのかは分かりません。また何処で出るのかも分かりません。当然調子が悪いとか良いとか以外に、悪い偶然とか良い偶然もあります。別に何もしていないのにね。偶然と見えていても、それは原因があることもありますから、一概には言えませんが」
「法則のようなものがあるのですか」
「そう思えばそう思えないこともないような法則です。その場で作ったような法則でしょうか。法則は見出すものです。そしてこういったソフトな法則には例外がいくらでもあります。当てはまらないことがね。まあ、単純な法則ならいいのですが、世の中単純なものの集まりでも、集まると違ってくるでしょ。複雑になりますので法則も複雑になります。複数の法則を掛け合わさないと見えてきませんが、法則は単純な方がよろしい」
「一方が良いとき一方が悪くなるなんて、単純な法則ですねえ」
「さあ、法則と言えるかどうかは分かりませんが、そういう傾向があるという程度のものでしょ」
「ただ」
「何ですか」
「調子の悪いとき、何処かで調子の良いものがあるというだけでも、慰めになるでしょ」
「はあ」
「その逆もありますがね。調子が良いときは、何処かで悪い芽が芽吹いているわけですから」
「じゃ、調子の悪いときには、その法則、使えますねえ」
「そうです。単純なことです。悪いことばかりじゃないよって程度のね」
「ありふれた結論ですねえ」
「ただの慰めなんでしょうねえ、きっと。しかし、本当に調子の悪いとき、別のことがもの凄く上手く行くときがあるのです。これ、利用できますよ」
「はい、利用して下さい」
「そうしています」
 
   了

posted by 川崎ゆきお at 10:54| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月18日

3416話 負けず嫌い


 古田は負けん気が強いので、負けるようなことはしない。負けるのが嫌いだが、勝つことが好きなわけではない。それに勝てることなどそれほどないだろう。あっても大したものではなく、勝っても意味が薄い。結果的には勝っても、負けたのと変わらないほどダメージを受けていたりする。
 負けると分かっていることはしないし、勝つか負けるかが分からない場合も、しない。
 そうすると、することがどんどん減っていくのだが、小さなことで勝ち、小さな喜びもある。これは誰でも勝てそうなもので、勝っても価値は少ないのだが。この繰り返しを古田はやっている。
 そして、いつも勝ち組に加わっているのだが、組は勝っても、古田は勝っていない。それほどの働きはしていないので、評価が低いのだ。しかし勝ち組の最下位の方が、負け組のトップよりもいい。
 勝つと思っていたことでも負けることがある。このときはそんな試合などなかったことにし、勝敗の外へ逃げる。
 あまり立ち振る舞いはよくないのだが、その手が古田には合っているようで、このやり方で生きてきた。その評価は低く、寄らば大樹の影的人間であり、大勢に巻かれる人間だったが、その大勢の側の力が弱まりだすと、これは負け出すため、さっと乗り換える。そこにはポリシーはない。負けるのが嫌なだけ。
 たった一点、生きる道標が絶対にぶれないものがあるとすれば、負けるのが嫌なこと。これだけはずっと変わらない。これはただの性癖だ。また負けず嫌いの美点は古田にはない。負けると分かっていても勝とうとする負けず嫌いではない。
 つまり負けず嫌いの質が違う。といっても古田は結構負けている。いつも負けているようなものだ。だから負けず嫌いになって当然だろう。負けるのが苦手なのだ。だから負けない方法だけを考えているのだが、それでも負ける。だから人一倍負けることに通じている。負けず嫌いのはずなのだが、負け好きのように、慣れ親しんだものになっている。
 負けないように上手く回避しているつもりなのだが、逃げ切れなかったりする。だからますます負けず嫌いになる。
 そのため、勝ちの一手より、負けの一手の方を多く知るようになる。
 当然古田は自分自身にも負けている。負けないようにすればするほど負けるのだが、その教訓にも負けず、負けず嫌いの方針を変えようとしない。
 ある日、古田は思った。負けず嫌いとは何だろうかと。結論は簡単に出た。ただの気分の問題で、負けると嫌な気になるので、負けず嫌いをやっているだけのことだと。
 ここで一歩踏み出して、勝つ事へと転じればいいのだが、勝って美酒を味わう気はない。負けなければそれで充分だったのだ。
 勝つよりも負けないこと。負けていなくても勝っているとは限らない。
 
   了
posted by 川崎ゆきお at 11:51| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

3416話 負けず嫌い


 古田は負けん気が強いので、負けるようなことはしない。負けるのが嫌いだが、勝つことが好きなわけではない。それに勝てることなどそれほどないだろう。あっても大したものではなく、勝っても意味が薄い。結果的には勝っても、負けたのと変わらないほどダメージを受けていたりする。
 負けると分かっていることはしないし、勝つか負けるかが分からない場合も、しない。
 そうすると、することがどんどん減っていくのだが、小さなことで勝ち、小さな喜びもある。これは誰でも勝てそうなもので、勝っても価値は少ないのだが。この繰り返しを古田はやっている。
 そして、いつも勝ち組に加わっているのだが、組は勝っても、古田は勝っていない。それほどの働きはしていないので、評価が低いのだ。しかし勝ち組の最下位の方が、負け組のトップよりもいい。
 勝つと思っていたことでも負けることがある。このときはそんな試合などなかったことにし、勝敗の外へ逃げる。
 あまり立ち振る舞いはよくないのだが、その手が古田には合っているようで、このやり方で生きてきた。その評価は低く、寄らば大樹の影的人間であり、大勢に巻かれる人間だったが、その大勢の側の力が弱まりだすと、これは負け出すため、さっと乗り換える。そこにはポリシーはない。負けるのが嫌なだけ。
 たった一点、生きる道標が絶対にぶれないものがあるとすれば、負けるのが嫌なこと。これだけはずっと変わらない。これはただの性癖だ。また負けず嫌いの美点は古田にはない。負けると分かっていても勝とうとする負けず嫌いではない。
 つまり負けず嫌いの質が違う。といっても古田は結構負けている。いつも負けているようなものだ。だから負けず嫌いになって当然だろう。負けるのが苦手なのだ。だから負けない方法だけを考えているのだが、それでも負ける。だから人一倍負けることに通じている。負けず嫌いのはずなのだが、負け好きのように、慣れ親しんだものになっている。
 負けないように上手く回避しているつもりなのだが、逃げ切れなかったりする。だからますます負けず嫌いになる。
 そのため、勝ちの一手より、負けの一手の方を多く知るようになる。
 当然古田は自分自身にも負けている。負けないようにすればするほど負けるのだが、その教訓にも負けず、負けず嫌いの方針を変えようとしない。
 ある日、古田は思った。負けず嫌いとは何だろうかと。結論は簡単に出た。ただの気分の問題で、負けると嫌な気になるので、負けず嫌いをやっているだけのことだと。
 ここで一歩踏み出して、勝つ事へと転じればいいのだが、勝って美酒を味わう気はない。負けなければそれで充分だったのだ。
 勝つよりも負けないこと。負けていなくても勝っているとは限らない。
 
   了

posted by 川崎ゆきお at 10:59| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月17日

3415話 曲者達


「最近如何お過ごしですか」
 さる業界で活躍した人で、やり手と言われていたが、今は引退し、静かに暮らしている。
「手詰まりですかな」
「はあ?」
「打つ手がないので、相談に来られたのでしょ」
「はい、実はそうです」
「そんなことでもない限り、訪ね来る人などおりませんからな。何せ嫌われ者だったのでね」
「いえいえ」
「自分には力は何もないのに虎の威を借りまくりましたよ。返さないといけないのですがね」
「いえいえ」
「小さくても背景を見なさい」
「あ、はい」
「相手は小さい。そうではありませんか」
「ご存じでしたか」
「風の噂で聞きました」
「その小さな相手を攻略しようと思うのですが」
「だから背景を見ましたか」
「え、何の背景ですか」
「その小さな相手の後ろに大きな相手が控えています」
「そうですか」
「それは私の勘です。だから誰もその小さな相手に手を出さないでしょ。大きな相手と戦うことになるからです」
「その裏付けはありません」
「じゃ、おやりなさい」
「しかし、少し心配で」
「その小さな相手の中に、村岡という男がいるはず。それが曲者です」
「村岡氏をご存じで」
「彼が大きな相手と関係しているはず。そしてこの村岡、元はその大きな相手の人間なのですよ。大きな裏付けでしょ」
「しかし、その関係はまったく見えません」
「一度引っかけてみればいいのです。どう出るか」
「やりました」
「どうでした」
「大きな相手は出て来ませんでした」
「助けに来るはずなのですがね」
「来ませんでした」
「じゃ、村岡は何をしておったのだ」
「分かりません」
「じゃ、安心して、攻めればよろしい。何も私に聞きに来なくても」
「一寸引っかけただけで、本気だとは思っていなかったのかもしれません」
「その可能性はありますなあ。村岡はやり手だ。その手には乗ってこなかったのでしょ」
「じゃ、本気で攻めると村岡氏も動き、大きな相手が乗り出すと」
「おそらく」
「あの村岡は曲者、私よりも老獪です。彼がいるから誰も手を出さないのですよ。私も現役時代何度も煮え湯を飲まされました」
「村岡氏と渡り合えるのは先生だけと思いまして」
「私は既に引退の身。もう何も影響力はありませんよ」
「では、せめて、よきアドバイスを」
「素直に、スーと攻めればよろしい」
「でも村岡氏が」
「私もよく使った手です」
「えっ」
「背景、後ろに怖いものが控えているぞ、って、いう手だよ」
「分かりました」
「ただ」
「何ですか」
「こちらも大きな後ろ盾がいるぞと、思わせれば、何もしなくても勝ちますよ」
「しかし、それで失敗し、引退されたのでしょ」
「ああ、そうだったね。言わなければよかった」
「分かりました。力はこちらの方が大きいです。攻め落とすのは簡単です」
「簡単すぎて怖いわけでしょ」
「はい」
「妙なことを想像しないで、さっとやってしまうことですなあ」
「そうですね」
「まだ、村岡氏が怖いですか」
「いえ」
「その分じゃ、まだ手を出す決心が完全についていない様子だね」
「はい、仰るとおり」
「私が村岡と通じていると思っているのでしょ」
「いえ、そんなことは」
「それで私にカマをかけにきた」
「そんなことはありません」
「私に相談するということは有り得ないのですよ。一番信用のおけぬ存在ですからね。村岡のことを探りに来たのでしょ」
「いえ」
「私なら村岡を押さえ込むことができます」
「本当ですか」
「私はもう引退した身、それなりのものを頂ければね」
「既に用意して参りました」
「最初から、そう言えばいいのに」
「あ、はい」
 
   了

posted by 川崎ゆきお at 10:37| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月16日

3414話 鞘の武士


 村の山道から少し登ったところに妙見堂がある。妙見菩薩、それは北斗七星の神様のようなものだが、この時代、神も仏も似たようなものだった。
 その妙見堂は小さく、四角い箱のような家。これを建てたお寺は宗派替えをし、そのため妙見さんは祭られていない。そこに曰くありげな武士が棲み着いている。空いているのだからということで住職が貸したのだが、借り賃はいらない。どうせそのまま朽ち果てる運命にあるお堂のためだ。
 住職は知り合いだったため、そんなことができたのだろう。
 村人はその武士に興味をもった。見知った人しかいない村なので、異物が入り込んだので、当然だろう。しかし、もう若くはないが温和な顔立ちで、悪い人でなさそうだった。
 そして住職から聞きだしたのか、その武士の噂は広まる。噂はあくまでも噂で、尾びれが付いてしまった。武芸の達人。もの凄く強い武芸者だと。そして今まで倒してきた相手を弔うため、妙見堂に籠もっていると。
 それらは事実ではない。別の人の話で、この武士は達人ではない。よくあるような事情で、身を隠しているのだ。だから、籠もっている。
 しかし村人達は好意を持った。強い人だからではなく、温和で優しげな人で、そして気さくな人柄のためだろう。字を習いに来る子供もいた。
 だから、村に棲み着いた居候のようなもので、住職が世話はしなくても村人がしていた。
 これにも実は魂胆がある。居候であると同時に用心棒にもなるためだ。
 そしてその時が来た。無頼漢が大勢村に押し寄せ、乱暴を働いた。山賊ではなく、無頼の徒がたまに村や町を荒らしに来る。その名目は尊皇攘夷のための資金を出せということだが、これは強盗だ。
 村の造り酒屋に彼らが来ているのをいち早く妙見堂に伝えた。
 相手は五人。村人総掛かりで問題なく退治できるのだが、怪我をしたくない。
 村の武士は太刀を手に酒屋へ駆けつけた。そこそこ上背があり、肩幅も広いため、見てくれは強そうに見える。
 武士は無頼漢に、そんなことはやめるように説得した。相手は五人。いくら強い武芸者でも、五人で一気に斬りつけられればひとたまりもないだろう。当然説得に応じない。最初から分かっているようなものだ。
 酒屋の旦那は金を出すことを無頼漢に伝えた。怪我人を出すよりましだし、店先を血で汚したくなかったのだろう。
 これで、居候であり、用心棒の見せ場がなくなってしまった。
 しかし、一番ほっとしたのは村の武士だろう。下手に戦えば負けるに決まっていたのだから。
 だが、無頼漢たちはその金額では納得しなかった。もっと出せるはずだと。
 これで風向きが変わった。
 無頼漢は酒屋に刃先を突き出し、脅し始めた。
 村人は目で武士に催促した。ここです。ここです。あなたの出番です。さあ、という目だ。
 武士は、うん、分かっている。当然だ。うんうんと目で答えた。しかし、なぜか目をしょぼつかせたように弱気な目。
 武士は腰から太刀を鞘ごと抜き、地面すれすれに足元で構えた。当然片膝をつき。
 無頼漢はそれを見たとき、囁き合った。そして、嘘のように逃げ出した。
 村の武士は片膝から両膝付きになり、そのままべたりと座り込んだ。緊張が解けたためだ。上手くいったようだ。
 無頼漢の中に、その構えを知っている者がいたのだ。これは達人しか使わない居合いの構えなのだ。立ち足の構えという。片膝を突いているので立ってはいないが、相手が足だけで立つことになる。つまり膝から上はもうなくなっているためだ。
 当然この武士、そんな居合い斬りなどできないし、第一その太刀を抜いても、竹光どころか何も入っていないのだ。重いので、刃を抜いていた。
 刀を抜くのではなく、もう既に刃を抜いていたのだ。
 
   了
 
posted by 川崎ゆきお at 10:02| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月15日

3413話 赤神様がいる村


 ターミナル近くのファスト系喫茶店。密かな場所ではないが、その三階が喫煙室になっており、木島はそこである調査員と会った。できるだけ知っている人と顔を合わせない場所ということで。二人とも煙草は吸わないが、この三階は下の階より狭い。そして小さな窓があるだけで、下の通りからは見えない。密談にはもってこいの場所だが、何かの取引とか交渉事ではない。電話で木島村と言われたとき、木島はどんな話なのか、察しは付いた。
 調査員は一枚の古い写真を取り出した。木島はそれを見たとき、用件が分かった。
 その写真は荒れ地に無数の鳥居が立っている風景で、その数が多すぎる。お稲荷さんのように鳥居が重なるように立っているのはよく見かけるが、朱塗りではなく、適当な木材だ。中には崩れたり、取れたりしているものもある。荒れ地は谷のようで、一方の斜面が緩やかなためか、そちらに多い。しかし荒れ地全体に鳥居が乱立しており、参道とはまた違う。
「ご存じですね。木島村です」
「はい」
 調査員は何かの下調べで来ているようで、廃村となった木島村ゆかりの人々を訪ねているようだ。
 木島村にはまだ木島家の土地がある。建物はほぼ崩壊したが、まだその残骸が残っている。草で覆われ、もう自然に戻っているが。
 早い時期に廃村になったのだが、村人はいないものの、土地は残っている。
「赤神様についてご存じでしょうねえ」
「その件ですか」
「この鳥居群は赤神様のためのものでしょ。押さえのような」
「よく調べられましたねえ」
「村から出た人達から聞きました」
「よく喋ってくれましたねえ」
「もうボケておられたのでしょ。赤神様は禁句らしいのですが、スラスラと語ってくれましたよ」
「よした方がいいです」
「どうしてですか」
「廃村になった原因だからです。聞きませんでしたか」
「はい、赤神様とは何かまでは知らないようでした」
「私も同じですよ」
「他の方々もそうでしょう。だからこそ調査が必要かと思い……」
「やめた方がいいですよ。私達はそれで逃げてきたのです」
「一体何を祭っていたのですか。赤神様としか分からないのです。何か聞いていませんか」
「赤い神様です」
「もう少し詳しく」
「ですから、誰も本当のことは知らないのです」
「じゃ、なぜ、あんなに多くの鳥居が」
「あれが立ったのはもの凄く古いようです。赤神様の祟りで、何かあったのでしょうねえ。鳥居の原に石饅頭がゴロゴロしています。写真ではそこまで写ってないでしょ」
「それは参考になります」
「犠牲者でしょ」
「それで村が全滅状態に」
「それなら、私も産まれていないでしょ。外から来た人達のものです。昔は行き倒れや野垂れ死にの人をそうやって弔ったようです。しかし数が多すぎるでしょ。あんな僻地の村に、これだけの人が来ていたのですからね」
「赤神様とどういう関係が」
「だから、やめた方がいいと言っているのです」
「それを調べに」
「だから、昔も、そうやって赤神様を見に来た人達がいたのでしょ」
「つまりこうですね」
「こう?」
「ああ、こういうことですね。つまり、赤神様の正体を暴きに行けば、祟りを受けると」
「そうです」
「村人は無事なのですか」
「中まで入った村の人は果てています」
「中とは」
「この斜面の端に穴があるんです。鳥居の向こう側です。原っぱの端です。そこまで行かないと穴は見えません」
「穴」
「赤穴と呼んでいます」
「あなたは見られましたか」
「遠くから一度だけ」
「良い事を聞きました」
「それで、何をされるわけですか。ただの調査ですか」
「そうです。村の風習を研究しているのです」
「その後、何をされるのかは知りませんが、調査も無理です」
「他に何かありませんか」
「私達が村から全員出たのは、私がまだ子供の頃でしたが、その頃、村興しで村の行事を増やそうとしていたのです。まだ元気があったのでしょうねえ。それで誰かが赤神様のことを言い出したのです。言い伝えを破ったわけです。あの多くの鳥居の意味を無視してね」
「ではそのとき」
「はい、赤穴へ行く前に、もう行けなくなりましたよ。赤神様に聞かれたのでしょうねえ。その後……」
「その後どうなりました」
「まだ物心がつくかつかないかの頃なので、よく覚えていませんが、引っ越しの準備をしていました。何があったのか知りません。村人全員が逃げ出しました」
「その話、聞きました」
「ボケてうっかり話した人でしょ。しかし、その人も何があったのかまでは知らないはず。私も親に聞きましたが、教えてくれませんでした」
「じゃ、どんな祟りがあったのかどうかも分からないと」
「何かあったのでしょ。逃げ遅れたのか、逃げられなくなっていたのかは分かりませんが、村にそのまま残った人が何人かいます。そのまま行方不明です。その人達なら、何が起こったかを知っているはずですが」
「はあ」
「それでも調査に行きますか」
「時代が違います。それに装備も」
「そうですか」
「今日はもの凄く参考になるお話し、どうも有り難うございます。きっと口を閉ざされるのではと心配していました。これは謝礼です。お受け取り下さい」
「そうですか」
「これで、調査は本決まりになるでしょ」
 喫茶店の階段を降りるとき、その調査員の背中を見た木島は、悪いことを話してしまったと後悔した」
「後日、またお伺いに窺いますが、そのときもよろしく」
「はい」
 しかし、その調査員、二度と来ることはなかった。
 
   了

posted by 川崎ゆきお at 10:50| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月14日

3412話 妖怪博士妖怪を見る


 古びた家で暮らしている妖怪博士は、ある日ふと壁を見たとき、そこにヤモリがいるのを見た。そのヤモリはよく見るヤモリで、散歩コースでもあるのか、その時間になると出るようだ。ほとんど動かないが、次に見たときは位置が変わっており、その次見たときはもう消えている。
 その日もふと見たのだが、これはいつも座っている場所から前を見れば本棚の横の壁が目に入るため、見るともなしに見てしまう。ただ本の背表紙を見ていることが多いが。
 その日のふとも、前回と同じで、やはりヤモリがいる。これは毎度のことなので、気にならないので驚きはしないが、生き物がそこにいることに変わりない。それに蚊や小さな虫に比べ、ヤモリはそこそこボリュームがある。それに蛇やトカゲに近いので、気持ちのいいものではない。
 そして、時間をおいて、ふとまた見ると、いる。
 その翌日もまだいる。余程そこが気に入ったのか、へばりついたまま。
 気になったので、再び見ると、今度は二匹に増えている。これは喧嘩でもするのかと思い、じっと見ていたのだが、微動だにしない。
 妖怪博士は遠くはよく見えるが、二メートルほど離れたものは苦手で、それ以上近いと老眼鏡で見る。要するにしっかりと見える距離ではない。もし見えていても、細部までは無理だろう。
 さて、それで済めばそれだけの話だが、この二匹、翌日もいる。これは居すぎだろう。
 この壁の手前は本が積まれていたり、色々とものが置かれているので、近付きにくい。そこで望遠レンズ付きのデジカメで覗いてみる。
 確かにヤモリだが、後で出てきたヤモリは蜘蛛の巣などが固まってできたものだった。すると、最初のヤモリが動かないのは、そこで張り付いたまま果てたのだろうか。
 薄暗い場所なので、望遠で覗いても、しっかり見えないので、今度は足場を確保しながら、その壁の前まで寄り、老眼鏡で見た。
 最初にいたヤモリも蜘蛛の巣や埃やゴミが固まってできたもので、綿埃などがボリューム感を生んでいただけ。ヤモリの頭と思っていたものはそうでなかった。
 幽霊だと思っていたらただの枯れ尾花。これだろう。化けるとは、化けたように見えることで、これは見る側の問題だったのだ。そのものは化かそうとして化けているわけではない。
 しかし、ヤモリが蜘蛛の巣やゴミなどが集まったものだと分かる手前に見たものは、ヤモリに似ているが、妙なヤモリで、こんなヤモリがいるのかと思うような代物だった。その妙なヤモリが妖怪のようなものだ。最初からそういうものとして存在しているわけではない。形が妙なのは本物ではないためだろう。
 何かが化けるよりも、化かされる方が多い。見る側の錯覚だ。原因は本人にある。妖怪博士はそれをヤモリだと思ったが、それはいつもそこにヤモリが出るためだ。
 これは妖怪の発生を知る手がかりになりそうだ。そうすると人により、妖怪に見えたり、見えなかったりする。
 妖怪化しているのは見る側の事情だろう。そして何かが化けたバケモノではなく、蜘蛛の巣の固まりは蜘蛛の巣以上のものではない。そんな形になったのは、外からの風も影響している。庭に面した場所にあるためだ。だからヤモリも外から遊びに来たりしていたのだろう。
 妖怪博士は最初ヤモリだと思い、疑わなかった。次に望遠のカメラで覗いたとき、妙な形をしたヤモリとして見た。この妙な形に見えた一瞬、ヤモリではないのかもしれないと気付き、近付いて見たのだ。だから妙な形としてとどまっているとき、それは妖怪の状態だったのかもしれない。ヤモリそっくりなら、確認しなかっただろう。
 ヤモリに化け損なったようなものだ。化けきっておれば、ヤモリのまま。
 見る側が妖怪を造り、そのものは化ける気など最初からない。偶然が作りだしたものだ。
 妖怪博士はその体験、大いに参考になったが、特に目新しい発見ではなかったのか、いい話には化けなかった。
 
   了

posted by 川崎ゆきお at 10:28| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月13日

3411話 心を込める


 志村は目覚めたとき、今日はいいことがあるのか、それとも悪いことが待っている日なのかを先ず考える。これは思い出さないとすぐには出てこない。目が開いただけの状態なので、真っ先に頭に来るのは「もう朝か」とか「ああ、目が覚めた」とか「よく眠ったなあ」程度のためだろう。
 しかし、気になることはすぐに出て来る。今日は何をする日だとかのスケジュール的なものだ。これはスケジュール帳を見なくても覚えている。たまに忘れているのもあるが。
 たとえばゴミ出しの日を忘れていたりする。それほど重要なことではないためだ。ゴミはものにより、出す日が違うし、特別な週があり、そのときにしか出せないものもある。それが第二木曜とかだと、こんなものは忘れてしまう。その日が木曜だとは分かっていても、それが第二木曜か第三木曜なのかまでは分からない。まだ月初めの木曜だと思っていると、月の最初の日が木曜だと、第二木曜はすぐに来てしまう。
 志村は目覚めたとき、すぐに思い出すのはゴミの日ではない。それほど暇ではない。
 嫌なことをしないといけない日は布団から出たくない。といって楽しいことがある日ならさっと起きるわけではない。楽しいことがその日あるとしても、本当に楽しめるかどうかの保証はないし、楽しむのもそれなりに疲れる。そのため、嫌なことも楽しいことも思い当たらない日の方がいいようだ。
 当然予定外の嫌なこと、楽しいことも起こる。実はそちらの方が急に来る。ただ、予測できないため、考えなくてもいい。
 それで、今朝はどうかというと、すんなりと起きた。何も考えないで、何も思わないで、ただ単に起きた。心に何もないのだ。
 スケジュールを思い出すと、結構面倒な用事が多くある。本来なら嫌な日なのだが、嫌がっていない。「これは何か」と志村は逆に心配になった。何かの覚悟でも決めたのか、開き直ったのか、それは分からない。
 しかし、よく考えると、これは心を閉ざしているのだ。非常に静かな状態なのだが、これは心のボリュームを下げているのだろう。心が波立たないように。それは嫌なことを多くしないといけない日なので、起きたときからそのモードに自動的に入ったのかもしれない。
 その日は面倒な用事で多数の人達と会った。志村はできるだけ心というものを使わず、それを抑え込み、無機的に振る舞った。
 しかし、結果は出たようだ。悪い結果ではない。
 相手側は感動したらしい。志村の態度に。
 そして「非常に心のこもった対応に感動しました」とメールが来ていた。
 これは皮肉のメールではない。しかし、志村にとり、皮肉な話だ。心を込めて対応しなかった方がよかったことになる。
 今まで心を込めすぎ、過剰な演技をしていたため、それが嘘臭かったのだろう。
 
   了

 
posted by 川崎ゆきお at 10:33| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月12日

3410話 地下鉄通路の怪


 夜中、もう最終近くになっていた。まだ二三本余裕があるはずなのだが、予定していたよりも遅くなった。その夜、三木はイベントへ行ったのだが、終わるのが伸びた。アンコールはなかったのだが、遅い時間までやっていた。早く終わって欲しいほどいいものではなかった。若い頃を知っているだけに、年取ってからもう出なくてもいいのにと思う気持ちの方が強かった。見苦しさだけが気になった。
 しかしそのミュージシャン、それがかっこいいと思っているようだった。金を払った分、楽しまないと損だと思い、できるだけ合わせよとしてが、それにも限界があった。
 そんなことを思い出しながら、急ぎ足で地下鉄に乗り、乗換駅で降りたのだが、久しぶりに降りたためか、何か様子が違う。ホームの一番先にトイレがあるはずなのだが、ない。移動したのだろうか。しかしトイレのあった場所はただのタイルの壁で、奥はない。
 この地下鉄駅は二階建てになっており、一度下へ降りないといけないのだが、降り口がない。
 ここで気付いてもいいはずだ。降りる駅を間違えたのだと。しかし、まだ知っている駅と思い込み、別の通路を探した。改札から出てしまうと地上に出てしまうので、それを避け、ホームの反対側へ向かった。駅名はしっかりと書かれているが、目に入らない。そんなもの見なくても分かると思っているというより、駅を間違えたことなど頭にないためだろう。だから、そんな確認はしない。
 すると、ホームの右側に通路があった。
 三木はその通路は以前からあるものと思っていた。似たような通路のためだろう。この通路からでも下へ行けるはずなのだが、下り階段がない。長く一直線に伸びており、階段らしいものはない。このまま行けば地下鉄の走っている道路の向こう側の改札へ出てしまう。どちらにしても下へは行けない。
 しかし、降り口があったはずなので、その記憶通り奥へ奥へと進んだ。頭の中にあるこの駅の地図と違う。こんな構造ではない。何処かで知っている場所に出れば、今何処を歩いているのか、さっと分かるはず。
 しかし通路は何処までも続いている。こんなに長い通路などなかったはず。しかし、近いところを走っている別路線の駅への乗り換えで、長い通路もある。だが、この駅はそんな場所ではない。それにもう道路も横断しているはず。
 照明が奥へ行くほど薄暗くなってきたのは電灯の間隔が長いためだ。最低限の照明。そのため一つの電灯が灯す明かりが届かなくなっている箇所もある。僅かだが下か黒い。
 そのうちポタリポタリと水滴が落ちる音。足元を見ると、濡れている。タイルは茶色くなり、ぬるっとした嫌な色目。錆や苔が見える。
 この時点で乗換駅からの終電の余裕が一つ消えている。時計を見ると、最終に間に合うかどうかだが、ここからの距離が計算できない。これは無理だろうと諦めるしかない。
 それよりも、この通路、何処へ繋がっているのだろう。
 やがてタイルからコンクリートだけになり、さらに進むと素掘りの洞窟になる。
 水溜まりがあるどころか、水が流れている。
 しかし、電灯はまだあり、その光源を背後に受けた人影がこちらに来る。
 近くまで来たとき、それがあのミュージシャンだと分かる。ただの老いたおじさんだが、怖い顔をしていた。
 
   了
posted by 川崎ゆきお at 10:35| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月11日

3409話 日常を離れる意味


 日常からふっと抜け出したいこともあるが、田村にとり、それは気分と言うより意味の世界に近い。それがどういう意味なのかを考えるため。意味を考えると、それは何処までも続くほど深い階層が待っている。人は意味の世界で生きているともいえるのだが、意味を考えなくても当然生きていくことはできる。ただ、まったく意味が分からないとか、意味を知らないわけではない。最小限のものは何となく分かっている。その分かり方にも問題はあるが、本人が思っているところの意味が世界の全てに近い。だから意味の数だけ世界があり、人の数ほど世界がある。一人一人に空があるという言葉も残っている。これは意味の空だろう。決して複数の空が存在するわけではないが、存在というものも、観察するものがいなければ存在しないという説もある。自分がいなくなっても空はあるだろうとは思うが、虫などは空について考えもしないかもしれない。だから空はあることはあるが、ただの空間。そして人は空とは思っていないちょと高いところでも、虫にとっては空になる。空も一寸上も同じようなものとして。
 さて、日常から一寸と離れたいという意味は、ひと様々だが、そう思うだけで、相変わらずの日常を続けている人もいる。そしてたまに出掛けたりする。竹中はそのタイプだが、最近徐々に、そのたまに、のたまが長くなった。だから滅多に出掛けなくなった。それで支障もなく、また不都合も起こらず過ごしているので、日常から出る必要性はないといえる。しかし、ここで意味が出て来る。
 いつもいつも同じ様なことをしていていいものかどうかだ。
 つまりたまには日常から離れることに意味がある。その間隔が長くなり、滅多に出掛けないとなると、その意味が弱まっているのだろう。出掛けても無意味なことが多いこともあるし、それほど凄い世界が拡がっているわけではないことを知っているためかもしれない。
 この日常から一寸と離れる。本当に一寸で、半日でもいいし、もっと短くてもいい。すぐに戻れることが条件だ。だから、その距離では大した変化はない。
 それよりも竹中は日常に別の意味を見出した。こちらの方が興味深かったりする。それは同じことの繰り返しでも、上手く繰り返せたかどうかだ。繰り返し方の調子がよかったかどうか。
 歌手が同じ歌ばかり何百、何千回も歌っているのに近い。今日の出来はよかったかどうかだ。歌い方は殆ど変わっていない場合、その声やリズムを作るとき、結構苦しいときもあるはず、楽に声が出なかったりする。当然ノリもある。気持ちが入っていたかどうかなどだ。それらは毎回バラバラかもしれない。その日のコンディションにもよるし、状況にもよる。
 同じ様なことを繰り返している日常的な事柄でも、それなりに変化があるのはそのためだろう。ものは変化していなくても、同じように持っていくのが苦しいときもあるし、楽にこなせることもある。
 そして、たまに別のことをしたくなるのだが、たまには違うことを入れるべきだという意味で。
 だから、今の竹中にとり、出掛けたいから出るのではなく、たまにはそれを入れた方がいいという意味での話になっているようだ。
 それらは別に深い話ではなく、誰でも普通にやっていることだろう。
 
   了


posted by 川崎ゆきお at 11:17| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月10日

3408話 奥白根


 白根地方の領主は自ら山奥にある村落を訪ねる。散歩のようなものだが、数日かかる。しかしやっていることは散歩だ。
 白根家はこの一帯の領主なのだが、奥の方になると年貢を納めていない村が殆ど。そのため領主自らが取り立てに行くわけではない。この時代、領主は村が決めていたことがある。そして複数の領主を持つことも。村を守るため、顔の効く実力者が必要だったのだ。村同士の争い事が起こったとき、調停してくれる。しかも、有利なように。
 白根領の奥の村には郡代はいない。だから領地ではないが、白根領の内にある。これは昔からの分け方が残っているだけ。
 白根領の奥というのはかなり広い。村落は散らばっており、五戸程度の小さな村が山中にくっついている。岩川村というのが一番大きな村なのだが、それでも百戸ほど。それら全ての村々を奥白根と呼んでいるが、実は奥の方が広く、本白根領の領民よりも多いかもしれない。しかし散らばっているので、まとまりがなく、一つの勢力にはならず、分散したまま。
 白根領の領主がここを散歩のように始終訪ねるのは顔つなぎのためだ。顔を出すことで慣れてもらうため。領主自らが顔を売りに行っている。
 奥白根の入り口にある岩川村に滞在し、近くの村を回る。しかし奥までは一日では行けないほど広い。そのため、数戸しかない村で泊まる。
 そこでやっていることは、年貢の催促でもなければ、人出しでもない。人出しとは大きな工事などのとき、手伝ってもらうことだ。当然兵役もあるが、領主ではないので、それはできない。
 この奥白根地方、その周辺にも有力者がいる。それらの領主から見ても、奥の方、裏側にそんな村落が所々にある程度の認識しかない。それに遠く広すぎるので興味はない。ここを支配しても、後が大変だし、言うほどの実入りもない。
 白根の領主がこの地を散歩するのは、魂胆があるため。村々を訪ね歩いたとき、その広さや、村の数の多さは想像していた以上の規模だった。下手をすると本白根領を越えるほどの兵を集められる。
 平野部の百姓よりも、この山岳地帯の男たちの方が強靱ででたくましいこともある。鳥や獣を常食し、険しい山岳地帯に暮らしているため足腰が違う。肺活量も。
 白根の領主はその目論見があるため、頻繁に訪れ、顔を売っている。世間話程度でいい。
 徴兵はできないが、傭兵として加わってもらえれば、山から大軍が舞い降りた感じになる。
 そして、そのときが来た。白根の周辺で戦いが起こり、白根も巻き込まれた。敵は白根の兵数を読んでいる。それほどの動員力が無いと思っているはず。そこが付け目なのだ。
 実際に奥白根から来た兵は白根本軍の数倍。敵は慌てふためき、一気に勝負が付いた。陣容を見ただけで、勝負が付いた。
 領主の目論見が当たった。散歩のおかげだ。
 しかし、数年後、領主が代わる。奥白根が取って代わったのだ。戦いには勝ったが、敵の領地を取ったわけではない。そのため、傭兵に払う銭がなかったのだ。
 あの領主はその後、奥白根に棲み着き、もうやることがなくなったので、散歩の日々を続けている。
 
   了

posted by 川崎ゆきお at 10:35| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

3407話 違えた世界


 普通の旅人ならそんなことはないのだが、いつの間にか街道筋から離れてしまった。それに気付いたのは人と出合わないため。何処で道を違えたのか分からない。雨が降り出したあたりからが怪しい。これは急がないと宿に着く頃には合羽程度では濡れ鼠なる。雨は小雨だが、いつ本降りになるやもしれぬ。それで慌てたのだろうか。
 秋の雨は冷たい。体も冷えてくる。道を違えたのはそのあたりからだと思う。枝道の一つに入り込んだのだ。
 道は徐々に細くなり、街道にあるような轍もない。草が増え始め、真ん中辺りだけは土が見えている。街道近くの枝道なので、人の行き来がそれなりにあるのだろう。
 本来、そんなことが起こらないはずのことが起こる。その起こりは雨かもしれないが、雨が降るのは珍しくない。雨は本来降るものなので、本来の内。では何が道を違えさせたのだろう。これは引き返せば解決する問題だが、結構違えてから長い。違えたところまで戻る距離と、そこから宿場までの距離を考えると、もう少し先へ進めば何かがあると思った。街道沿いの里なのだから、何かあるはず。所々に屋根が見えていたのだから、ここは山中ではない。
 そしてあるべきものが出てきた。何者かではなく、明かり。日が暮れかかっているので、その明かりは目に刺す。早い目に火を入れたのだろうか。小高いところにポツンとある民家。茶店かしれない。すると道を違えていないことになる。だが、道に生えている草、轍がないことから、これはやはり違う。
 この岡の上の明かりを灯した家が本来ないものの一つだろう。二つも三つもあると本来あるもののように見えるが。
 そして雨で濡れ、夕暮れどき歩いている旅人なら、そこに吸い込まれるだろう。
 雨宿り、もしくは一夜の宿を請う。これは本来よくあることだ。
 冷えてきた体は暖かいものを求める。それが本来の場所でなくても。
 明かりは灯明だった。そして聞こえてくるのは読経。ポツンとある粗末な農家なのだが、この里の寺かもしれない。というより、村の僧侶がいる場所程度。寺は焼けたのか最初からないのか、それは分からない。
 ここにも本来の姿はない。これを寺だと思えば思えるが、寺らしくない。
 宿坊なら、それなりに名のある大寺で、旅人もそれぐらいは知っているはず。この街道沿いにそんな大伽藍はない。
 本来なら旅人は気付くはず。しかし道を違えたことで、本来とは違う頭になっていたのだろうか。その建物に入っていった。
 しばらくすると読経がやみ、何やら話し声が聞こえだし、その後、ものすごい物音と悲鳴。
 違えると本来ないものと遭遇することもあるのだろう。
 
   了

posted by 川崎ゆきお at 10:23| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月08日

3406話 バス停から乗る新幹線

バス停から乗る新幹線
 バス停近くに立っていると、横に急に旧友が自転車に乗って現れた。久しぶりだ。元気にしていたようだ。
 近藤はバス停前に止まっている大きな工事用の作業車へと旧友を誘った。バス停前で工事をしているのだろう。しかし場所的に邪魔だ。バス停のバスが入ってこられない。
 作業車の前は目隠しが為れている。家の工事などではよく見かける。
 近藤は旧友をその目隠しの中へと誘った。これなら早いと。
 この旧友とバスに乗って出掛けるようだが、バス停で待つのではなく、目隠しの中へ入った。とすると道路の下だろうか。
「このまま新幹線に乗れる」
「自転車はどうする?」
 旧友は高そうなスポーツ車に乗っている。タイヤが糸のように細い。流石に自転車と一緒に新幹線には乗れない。
「困ったなあ」
 近藤の夢はそこで覚める。そのバス停は実在し、よく利用した。銀行の前にあった。
 旧友も実在している。しかし一緒に新幹線に乗ったことはないが、旧友が引っ越すとき、仲間と共に新幹線のホームまで見送りに行ったことがある。旗まで用意していた。これを企てたのは旧友自身で、もの凄くわざとらしい見送りになった。見送る側ではなく、見送られる側が旗などを用意したのだから。
 旧友と新幹線との関わりなど、その程度。その後、彼は消息を絶った。引っ越し先の住所は分かっているのだが、そんな住所はなかったし、電話も通じなかった。
 そのまま彼のことなど忘れていたのだが、それが夢の中で現れた。
 夢が何かを知らせたわけではない。夢の意味は見た本人が勝手に解釈して物語を作ってしまう。だからどうとでも解釈できるのだが、肝心要のところは夢に出てこないのだろう。これを夢の検閲と呼ばれている。チェックを受け、夢として見せないようにしているのだ。
 夢の中の旧友は最後に見たときに比べ年を取っていた。この映像はどこから来ているのだろう。若い頃の顔しか知らないのだから、記憶の中から出てきたのではなさそうだ。または合成だろうか。おそらく年取れば、こんな感じになると。
 そして近藤も今の年齢のまま夢の中にいた。この夢の中でその絵はないが、昨日今日の自分だった。
 本来バスで行くところを新幹線で行くことにしたのは近藤だ。しかし旧友は自転車で行くつもりだったはず。これで目的地までの距離が分かる。
 謎めいているのが作業車と、その周りに張り巡らされた目隠し。その入り口を近藤は知っており、それをめくるとさっと入れるのだろう。そこからどうして新幹線乗り場まで行くのだろう。おそらく工事中の道路が怪しい。きっと掘り返しているはず。
 だが、道路の下から行けるものではない。地下鉄はこの近くにはない。
 そして近藤は道路ではなく、作業車の中に入ろうとしていた。この作業車に秘密があるようだ。工事用のフェンスは高いものではないのだが、作業車の絵は一度も出てこない。しかしそれが停まっていることを近藤は知っている。
 だから作業車ではなく、それは新幹線ではなかったのか。そのため、ここからならすぐに新幹線に乗れると旧友に言ったのだ。
 旧友が引っ越したのは、近藤も関係している。そのことは夢の中では出てこない。つまりあのとき、旧友を追い出すように遠くへ行かせたのかもしれない。それは近藤が一番よく知っていることだ。
 しかし旧友は自分の意志で引っ越している。だが、小旗まで用意して振らせたのが解せない。何か当てつけのようにも思える。
 この夢を近藤が見た後も、その旧友の消息は途切れたままだ。
 
   了

 
posted by 川崎ゆきお at 11:29| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月07日

3405話 通れない道


 通れない一帯がある。工事をしているわけではない。工事なら終われば通れるようになる。その道は工事ではなく、人が立っている。交通整理や誘導員ではない。工事などしていないのだから。立っているのは一人ではない。二人か三人。それが道を塞いでいるように見られる。
 立花は自転車で遠出したとき、いつもそこへ寄るのだが、これは通り道だ。しかし目的地があって走っているわけではなく、良さそうな場所を探索するのが趣味だ。車と違い、狭い場所でもすいすいと入っていける。
 そして今日も、人がそこに立っているため、入り込めない。自転車でなら簡単にすり抜けられるのだが、生活道路のようなところでは、強引には突っ込めない。余所者が入り込むようなものなので少し遠慮がある。それに用事で立花はそこを通るわけではなく、興味本位なのだ。少し古い建物が残っているし、その奥に大きな木がある。神社か寺でもあるのだろう。
 今日こそこの一帯を探索してやろうと、立花は別の道を探した。ぐるっと回り込めばいい。またはその道の向こう側から入り込めばいい。
 しかし、これは徒労に終わる。人が立っている道は奥で行き止まりらしく、また横からの道も付いていない。やはりあの人達が立っている場所からしか入り込めないようだ。
 それでその一帯への探索は諦め、別の方角へ向かい、その戻り道、またあの場所へやってきた。通り道なので、仕方がない。するとやはり人が立っている。立ち話にしては一時間以上。そして思い出してみると、ここはいつも人が立っている。
 先ほど見かけた三人とは服装が違うことに気付く。別の人達が立っているのだ。じっとそれを観察するわけにはいかないのは、その三人がじっとこちらを見ているため。三人の目の射撃にあい、立花は顔を向けないで直進した。
 いつその前を通っても人が立ち塞がっている。しかし通せんぼしているわけではない。その道の向こう側に何があるのかだ。古びた屋根瓦が見える程度で、少しくたびれた程度の町並みだ。高い樹木は神社だろうか。それともただの庭木だろうか。
 立花は地図で調べると、確かにあの道は抜けられない道で、行き止まり。そこに謎の保存林がある。しかし神社はない。
 余所者を入れないように、交代で守っているとしか思えない。
 しかしそれは立花の視点で、聞けば何だそんなことだったのかと思うだろう。
 
   了

posted by 川崎ゆきお at 10:24| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月06日

3404話 一石居士


 一石を投じる。小さな石でも波紋が拡がる。しかし方々で一石を投じすぎると、もう一石ではなく、波紋だらけ。誰の石の波紋かも分からなくなる。ただ騒がしいだけ。一石の意味がなくなる。
 浦田は深山の沼で石を投げた。こんなところに沼などあることなど知る人は少ないだろう。その沼は自然のままで、囲いもない。当然ここで魚釣りは禁止とか、水泳禁止とかの注意書きもない。
 浦田は鏡のように静かな沼なので、石を投げてみたかっただけ。当然波紋は拡がるが、それを見ている人もいないだろう。何もないところに一石を投じる。誰も言わないようなことを言う。それに等しい。そして一石だけなので、非常に目立つ。
 だが、そんな場所で一石を投じても、アピール度がなかったりする。誰も見ていないのだから。
 しかし波紋が拡がり、そして静まった頃、声が聞こえた。
「呼んだか」と。
 浦田が振り向くとすぐ後ろに小さな老人が立っている。やけに白っぽい。
「あなたは」
「わしは一石居士」
「え、一言居士の間違いでは」
「どちらもいい。わしは言葉よりも石じゃ」
「はあ」
「今、一石を投じたであろう」
「あ、静寂を乱しましたか。もしかして神様では」
「神様なら、そんな小言を言いにわざわざ姿など見せぬ。わしはその使い番のようなもの。それにここの神様もそうじゃが姿などないのじゃ」
「はい、それで何か」
 この沼の神様、どちらに出るのか浦田は心配になった。良い事をしたのか、悪いことをしたのか。
「その一石叶えてやろう。だから、一石投じたのであろう」
「一石叶えるとはどういう意味です。僕は何も願いごとも、それに意見もありませんよ。一言居士じゃなく、石を投げただけです」
「分かっておる。世の中に対し、物申しておるのではないことを。ここはそうではない」
「じゃ、何なのです」
 一石投じることで、神様の使い番を呼び出してしまったことになるのだが、ここからの交渉はマニュアルにはない。それに労と言えば石を投げただけ。その石には意志はない。ある言葉を発するときのような意志はないのだ。
「何を叶えてくれるのですか」
「まあ、あまり欲張らん方がよかろう」
「たとえば?」
「世の中をよくしたいとか」
「じゃ、どのレベルなら良いのでしょう」
「わしには分からん。自分で考えなさい。願い事を叶えてやろうと神様が言っておられる」
「急に言われても、ありません。パソコンが遅いので、早いのに買い換えたいとか。これはお金が欲しいということですよね」
「金か」
「はい、一番分かりやすいですから」
「現金な奴だ」
「しかし、神様は金など持っておられぬ」
「願い事は色々ありすぎて」
「じゃ、一つ選びなさい」
「でもお金はだめなんでしょ」
「それ以外で」
「健康になりたいです」
「そう来たか」
「はい」
「それも無理だ。神様のように死なない体は無理だろ。いずれは死んでしまう。ここは弄れない」
「難しいですねえ」
「君が投げた一石だ。さあ、何が願いじゃ。呼び出しておいて、何も願いはないというような出来た人ぶるとバチが当たるぞ」
「もう当たった後だったりして」
「そうじゃなあ、こんな深山に入り込み、沼など見ておる状態は良い状態とはいえん。よし、わしが代わって考えてやろう。一番のおすすめは、悪い物を抜くことじゃな」
「悪い物」
「それが抜けるとすっきりする」
「じゃ、それを抜いてください」
「神様じゃ、そういうのは得意じゃ」
「はい、よろしくお願いします」
 白くて小さな神様の使い番はスーと消えていった。
 その後、何の変化もない。幻でも見ていたのかと思い、浦田はもう一度石を投げた。
 今度もまた波紋が拡がった。
「やかましい」
 後ろに先ほどの白い小さな老人がまた立っていた。
「抜けたのでしょうか」
「今、神様が抜かれておる最中じゃ、催促するでない」
「はい」
 そしてまたかき消えた。
 浦田はかなり待ったが、何の変化もない。何かが抜けたのなら、それとなく分かるはずなのだが。
 しかし、こんなところで効果が現れるまで待っていると日が暮れ、戻れなくなる。早く山を下らないと、暗い山道を歩くことになるため、浦田は沼から立ち去った。
 そして無事に戻れたのだが、幾日経っても特に変化はなかった。
 これはどうなっているのかと思い、またあの沼へ行き、一石投じようと思ったのだが、地図で探しても、そんな沼など存在しなかった。
 
   了

posted by 川崎ゆきお at 10:59| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月05日

3403話 てこい人


「今日は雨ですなあ」
「雨には負け」
「はい」
「風にも負け、夏の暑さにも負け、冬の寒さにも負け、です」
「負けっぱなしですなあ」
「しかし、どっこい生きている。逆にその方が生きやすかったりしますぞ」
「でも雨には勝てないでしょ」
「そうです。人の力では何ともなりません。風もです。暑さもです」
「でもそれに耐えてでもやるべき事があるのでしょ」
「ありますか? あなた」
「一寸やりたいことがあっても雨が降っていると、やめます。だからそれほど大事なことじゃないのでしょうねえ」
「やりたいことがですか」
「そうです」
「それであなたがやりたい事とは」
「色々ありますよ。やりたい事はね。上の鰻重を食べてみたいとか」
「ほう」
「興味のある本がありましてねえ。あることに関して、その本が一番詳しい。だからそれも読んでみたい。やることなんて際限なくありますよ」
「もっと規模の大きなことでありませんか」
「大きな規模じゃ無理でしょ」
「じゃ、あなたは何がやりたい人ですか」
「一つや二つじゃないですよ。さっきも言ったように色々と食べたい物もあるし、行きたい所もある」
「そういうことではなく」
「雨にも負けず、風にも負けずにやるようなことですか」
「そうです」
「探してみます」
「じゃ、ないんだ」
「いや、ありますよ。今日中に入金しないと催促がうるさいときなんて、大雨でも銀行へ行きますよ。まあコンビニもありますから、楽になりましたがね。それとか約束をしていたときでしょ。大事な用件で合う場合です。これは雨でも大風でも電車が動いていれば行きますよ」
「じゃ、雨に勝っていることもあるのですね」
「勝ってはいませんよ。雨でも行くという程度ですよ」
「そうですか」
「それって、誰でもやってるでしょ。特に言わなくても」
「あなたには負けます」
「何か疑問でも」
「そんなことで言い争っても仕方がないのでね」
「雨に負ける意気地のなさ、これで何度助かったことか」
「ほう」
「無理をしない。これも大事でしょ」
「無理を押してでもやるところに良さがあるのです」
「だから、大事な用件なら無理を押してでも出掛けますよ」
「そうですねえ」
「でしょ」
「そこんところじゃなく、色々なことに負けないで、しっかりとやるべきことをやるということです」
「だからやっているじゃないですか」
「そうじゃなく、態度の問題でして。スタンス、姿勢の問題でして」
「まあ、色々なことがありますからねえ、いつもしっかりとした姿勢では疲れますよ」
「いるでしょ、そういう人」
「負けん気の強い人ですか」
「そうじゃなく、もっと真摯な」
「来ましたねえ。真摯が」
「真摯が何か」
「この言葉に私、弱い。だから憧れます」
「そうでしょ」
「一瞬、そんな状態になることがありますねえ。真剣なとき。しかし、そんな状態にならないようにしていますよ。真剣勝負は怖いですから」
「じゃ、ただの怖がりですか」
「そうです」
「分かりました。これからも雨にも負けず、頑張ってください」
「いやいや、だから先ほどから言ってるでしょ。雨にも負け、風にも負け、そしてできるだけ頑張らなくても良いようなことをすると」
「てこい人だ」
 てこい人とは手強い人に近いが、テコでも動かないような人のこと。手こずることを略して、てこい人。
 
   了

posted by 川崎ゆきお at 11:18| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月04日

3402話 日陰者


「今日は晴れてますなあ」
「おや」
「違いますか」
「そうではなく、いつも雨の話ばかりなので」
「ああ、そうでしたなあ。今日は雨ですなあ、が多いですが、たまには晴れてますなあ、も入れなければね。しかし晴れているときは特に言う必要はないのですよ」
「そうですか」
「晴れると気も晴れる」
「確かに雨の日に比べれば、そうですねえ」
「しかし、晴ればかりが続くと晴れっぱなしで、ここいらで湿ったものも欲しくなります」
「そうですなあ」
「雨が続くと、カラッと晴れた日を望みます」
「そうですなあ」
「あなた、頷いてばかりですが」
「そうですなあ」
「どうかしましたか」
「いえいえ、聞いても聞かなくても同じようなものなので」
「退屈ですかな」
「いえいえ。いい感じです」
「まるでお経ですなあ」
「はいはい」
「晴れた日は何処かへ行きたくなりませんか」
「いえ、私は日向臭いのが苦手で」
「ほう、じゃ雨の日がいいと」
「日差しに弱いのです」
「吸血鬼ですか」
「違います」
「亀も陽射しがあるとき、甲羅干しするでしょ。あれと同じで、日差しもいいものですよ」
「暑苦しいのが苦手でして」
「暑がりですか」
「そうです」
「しかし、今日なんて晴れていてもそれほど暑くはありませんよ。夏はもうとっくに遠くへ行ってしまい、秋の空気です。少し肌寒いほどでしょ。こういう日でもだめですか」
「だめではないのですが、日向が苦しいのです」
「日差しですか」
「私は長く日陰者でしたので、日影に慣れています。そちらの方が落ち着くのです」
「でも日差しのあるところも通るでしょ。そのときも苦しいのですかな」
「苦痛ではないのですが、その明るさが嫌なだけです」
「変わった人だ」
「日影でしか育たない花もあるでしょ。あれに近いかもしれません」
「暗い人だ」
「暗いのではありません。居心地がいいだけで」
「あ、そう」
「はい」
「じゃ、日差しのない雨の日は元気なんだ」
「どんな条件でも元気じゃありません。元気を出すのが嫌なんです」
「じゃ、やはり暗い人なんだ」
「そうじゃなく、一寸した好みの問題です」
「色々な人がいるものですなあ」
「しかし、だからといって特に変わったところはありませんよ」
「何かの生まれ変わりでそうなった可能性もあります」
「生まれ変わりですか」
「いつも石の下などにいるような虫とか」
「ああ、そうかもしれません。だったら凄い出世でしょ。前世虫だったのが一気に人間なのですから」
「きっと善行を積んだ虫だったのですよ」
「しかし、その逆もあると怖いですねえ」
「まあ、前世なんて覚えていないはずですからね。そんな心配はいりませんよ」
「そうですねえ」
「ところであなた、次に生まれ変わるとしたらどんな人間がいいですかな」
「虫じゃなく、人間で?」
「そうです」
「今と同じでいいです」
「あ、そう。じゃ、満足しておられる」
「慣れたものがいいので」
「あ、そう」
「そうです」
 
   了


posted by 川崎ゆきお at 10:27| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月03日

3401話 運動会の日のコンビニ


 赤西は煙草が切れていることが分かっていたので、途中でコンビニへ寄ることにした。煙草は二本残っている。目的地は喫茶店。そこへ行くまで一本吸う。そして店内で二本以上は吸う。これは二本でもいい。しかし一本ではだめだ。一本のときもあるが、煙草を吸う暇もないほど、何かに熱中しているときに限られる。要するに一本足りない。
 だから簡単な話で喫茶店までの道で買えばいいだけ。しかし今吸いたい。家を出たところでいつも煙草の火を付ける。その癖があるためだ。吸えばいいのではないかという話だが、それでは吸い終わらない間にコンビニに着いてしまう。それはもったいない。だからコンビニで買ってから吸えばいい。その場合、喫茶店までの距離を考えれば、時間は充分ある。
 よく晴れた土曜日の昼頃。
 いつもの道からコンビニへ寄るため、少し道を変える。こういう変化は実はしたくない。それに晴れているので陽射しがあり、夏のように暑い。いつもの道なら日影があるのだが、コンビニへの寄り道ではそれがない。真夏に比べれば楽なものだが、少し汗ばんでしまった。
 コンビニが近付いて来た。人が出て来るのが見える。昼頃なので、混んでいるのかもしれない。しかし、すぐにその理由が分かった。近くから音がする。小学校から聞こえてくるので、これは運動会だろう。その親たちが何か買っているのだ。このコンビニはいつも客は少ない。これでやっていけるのかどうか、心配になる。暇な店だけに店員の動きものろい。急ぐ必要がないためだろう。
 赤西はドアを開ける。開けなくても店内は見えているが、念のため、中を覗いた。レジに人が大勢いるのだ。その程度を見るため、中に入ったのだが、後列が見えない。そして途切れない。しかし、前の駐車場はがらんとしている。これは小学校に駐車場がないためだろう。自転車はそれなりに止まっているが、一杯ではない。運動会を見に来た人は近所の人なので、歩いてでも行ける距離のためだろう。
 これだけ並んでいると、煙草だけを買うにはふさわしくない。並んでまで買うと、喫茶店での滞在時間が押し気味になる。それで、喫茶店までの道にもう一軒普通の煙草屋があることを思いだした。そこなら自転車に乗ったまま買えるのだが、喫茶店との距離が近すぎるため、選択肢にはなかったが、そこに行くことにし、出ようとすると、入って来た客とぶつかった。譲り合いながら、交差したのだが、満員だね、とその人も驚いたようだ。
 ドア近くにいると、出てくる客の邪魔になるので、赤西は自転車置き場に戻り、そこで煙草を吸うことにした。貼り紙やポスターの間から店内が見えるのだが、列は流れ、客が出ていくのが見える。しかし、列はまだまだ続いているようだし、まだ並んでいない客もびっしりといる。それらの客はゆっくりと移動しているのだが、確実にドアから人が出ていくわりには減らない。
 そして、先ほどドアのところで交差した客以外、入ってくる人はいない。出る一方だ。しかし減らない。ではそれらの客はどこから入って来ているのだ。コンビニなので出口は一つ。しかし裏側にもドアがある。その裏側のドアも入るときに見ているが、人などいない。
 結論は簡単だ。店内から湧き出ているのだ。
 赤西はぞっとし、すぐに自転車を出した。
 
   了

posted by 川崎ゆきお at 10:59| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする