2019年11月05日

3562話 ある秋の行楽


 秋晴れ、これは滅多にない。台風のシーズンだし、それが来なくても秋雨前線が居座ったりし、晴れている日が意外と少ない。雨は降らなくても曇っている日が非常に多い。その中での晴れ間が秋晴れということになる。だからこの秋晴れは貴重。
 行楽のシーズンでもある秋、いい気候になった秋。
 その日、田宮は晴れているし、休みなので、この日を逃がしては今年の秋はないものと思い、出掛けることにした。これは目的の行楽地があってのことではなく、出たいだけ。要するにお出掛け、外出。しかも遊ぶため。その遊び方はよく分からないのだが、繁華街に出て映画を見るようなことではない。やはり秋を満喫するためには野外に出ることだろう。その野外とは自然豊かな場所。公園でもいいが、それでは行った気がしない。遠くにある観光地の公園なら、行った気がする。
 紅葉にはまだ早い。しかし少し標高の高い山まで行けばそろそろ始まっているかもしれない。
 ただ、秋なので紅葉狩り、という決まりがどうも芸がない。ススキ狩りでもいい。背高泡立草狩りでもいい。戦前にはなかった風景かもしれないが。
 泡立草なので、バブル花。
 しかし、わざわざ遠出しなくても、近所の空き地へ行けば、いくらでもある。
 要するに、何処でもいいのだ、出掛けるだけで。秋の半日ほどをそういう秋晴れの下で過ごせるだけで十分。
 しかし、たったそれだけのことだが、背景が大事。全てが秋晴れの下になるのだが、その下が大事。下はどうなっているかだ。そこが古跡と新興の建て売り住宅地だと大きな差だ。趣の差。やはり少し秋の古典を踏んだような場所が好ましい。山野に入り込むのもいいが、少し遠いし、山登りはしたくない。
 そこで見付けたのが山寺。そして一寸した観光地だが、賑わってはいない。そして場所も郊外の何もないような駅からバスが出ている。少し山に入った所にあるお寺で、周囲は山と田舎っぽい村がある程度。
 バスはお寺近くの村行きがあり、通勤圏内ギリギリだが、バスの本数は少ないためか、車でないと通えないだろう。そのためか、農家が多い。建て直したのもあるが、引っ越して来て、ここで家を建てたものではない。昔から住んでいる人ばかりのはず。
 しかし、ここまでは市バスが来ている。ご苦労なことだ。有力な議員でも昔出したのだろうか。
 田宮が目を付けたのは、郊外まで足を伸ばしただけでも、もう十分だが、さらにバスでもう一押し突っ込めること。そして山寺だが谷にあり、登り道がほとんどないこと。そして紅葉の名所となっていること。だが、聞いたことのない名所。
 田宮は地図を広げ、寺までの沿道を確認する。結構山へと分け入っている。ここまで行けば自然も豊かだろう。
 市バス沿線なのだが山岳バスのように、頑張って、走らせている。地図で見ると、その山寺も、まだ市内なのだ。
 その沿道に妙見堂と聖天堂がある。市の最果ての村までのバスなので、寺とは関係はないが、そういったのがまだ他にもありそうだ。地図には載っていないが、これはハイキング地図とか、別の地図なら、スポットとして書き込まれているかもしれない。
 それで、ネットで、そのあたりの情報を見に行く。まずは市の観光ページ。これでほとんどの名所旧跡などは網羅されているのだ、妙見堂も聖天堂も載っていない。ネタとして小さすぎるためだろうか。
 それで里山歩きの好きな人が作ったホームページへ行くと、写真が大量にある。この人が散策したとき写したものだろう。
 そこに妙見堂と聖天堂が写っていた。意外と近い。
 その解説によると、ライバル同士とか。だが、いったいどんな関係で競い合っているのかは謎。その作者が勝手にそう言っているようだが、これは山寺の紅葉よりも、見応えがあるかもしれない。
 さらに山寺の奥、もう山間も深くなるところだが、蓑笠不動尊というのがある。昔話の笠地蔵が悪化したものらしい。苔むした地蔵さんだが、顔の形が崩れ、怖い顔になっているようだ。
 さらにそこから渓谷伝いに進むと別の支流が来ている沢の奥に池があり、そこに小さな弁天さんがいるとか。水弁天と言われ、半裸らしい。それが人魚のように池の中にいるとか。
 田宮はさらに調べていくうちに、もう十分そのあたりを歩いたような気になり、さて、出ようかとなったとき、少し日が陰り、雲が多くなってきたので、行く気が薄れてきた。それに調べていて時間がかなり経ったのだろう。出遅れた感じだ。
 それで、またの機会に延期することにした。
 こういう探索は、下調べなどしない方がいいのだ。
 
   了



posted by 川崎ゆきお at 11:57| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年11月04日

3561話 漫画原稿持ち込み


 かなり前の話である。古き良き時代とまでは言えないが、結構人の出入りが自由だった時代。しかし、歴史的な話ではなく、漫画の話。だから話も漫画だ。
 大都会の大手出版社に一人の薄汚い男が訪ねてきた。漫画の原稿を見せたいと。
 この出版社は漫画雑誌も出しているが、漫画の出版社ではない。
 それで、漫画のどの編集部にも手空きの人がないため、文芸系の担当者が見ることになった。こういうのは歯医者ではないが、予約制。それさえなく、漫画の原稿は懸賞へ送れとなり、さらにデータで送れとまでなりつつある。
 わざわざ編集者が、通りがかりの人と会うようなものだ。そんなことが簡単にできた時代。そのため持ち込む人の中には荒っぽい人もいる。当然有名な作家も持ち込んだりする。
 そして、それほど直接田訪ねてくる人も多いわけではないので、編集者は勉強の意味も込めて、そういった持ち込み者と面会するのも仕事の一つだと心得ていた。また、もの凄い大物になる新人が来るかもしれない。そういったことはほぼあり得ないのだが、そんな夢のあった時代。
「原稿、見せてください」
「先ほどから見せていますが」
「ああ、そうでしたか、失礼。絵コンテでしたか。かなりラフな。ネームをこれで切るわけですね。今度来られるときは完成された原稿を持ってきてくださいね」
「それが完成原稿です」
「え」
「漫画原稿です。完成したものです」
「そうでしたか。下絵にしてはペンが入っていますし、妙だと思ったのです」
「はい」
「これを見ながら、本書きするわけですね」
「いや、もうそれが本書きです」
「しかし、絵が」
「えっ」
「絵がねえ」
「絵がどうかしましたか」
「これはねえ」
「はい、なんでしょう」
「うちは商業誌なので」
「知ってます」
 編集者は絵のひどさに驚いたが、こんなものを持ち込む勇気にも驚いた。いったいどんな頭をしているのかと。
「人物の顔がコマごとに違うのですが、これは別人ですか」
「同一人物です」
「腕の関節が一つ多いのですが」
「足りなかったもので」
「こちらは左腕が非常に長いように思いますが」
「それも足りなかったので、伸ばしました」
「デッサンとかの練習は」
「デッサン」
「石膏デッサンとか」
「しません」
「絵の練習が必要なようですが」
「練習などしたこと、ありません。一円にもならないですから」
「それと、下絵はどうしました。これが下絵ではないことは判明しましたが、これを書くとき、下絵をしたでしょ」
「下絵はしません」
「じゃ、いきなりペン入れですか」
「そうです」
「どうしてです」
「折角書いても消すわけでしょ。もったない」
「どちらにしましても、絵の練習から始められた方がいいのではありませんか。上達すると思いますが」
「しますか」
「保証しませんが」
「じゃ、無駄なことはしません」
「それと、漫画原稿は所謂版下として使います。ですから、手塚先生のような大家でもない限り、こんな薄い紙に書いては駄目ですよ。それにしわくちゃになってますし。折り目が」
「チラシの裏よりもましかと」
「一応拝見しました」
「そうですか。どうでした」
「さっきから返事はしています。まだ続けますか」
「やはり、駄目ですか」
「それ以前の問題かと思われます」
「はい、参考になりました」
 編集者は漫画原稿のようなものを返す前にネームをちらりと読んでみた。
 いやにセリフやナレーションが多い。
 長い目のナレーションを読んでいるうちに、目の色が変わってきた。漫画原稿は八枚程度の短編だが、ネームだけ読み取ると、問題は何もないどころか、その文体に衝撃を受けた。
 彼は文芸部にいるだけに、絵よりも詳しい。
「少し待って頂けますか」
 持ち込みの男が帰ろうとしていたときだ。
「編集長を呼んできますので、少しお待ちを。ああああ、ここじゃなく、一緒に文芸編集部へ来てもらえませんか」
「はあ」
 この男、のち、知る人ぞ知る詩人になる。
 大きな美術館での宣伝ポスターで「絵を見た声も出ない」というのが有名なコピーで、覚えている人も多いだろう。
 というような夢のような話がありそうな時代だった。
 
   了



posted by 川崎ゆきお at 11:20| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年11月03日

3560話 引き時


 潮時は満潮よりも引き潮に使われるときが多いようだ。潮時なので、どちらかのピークか、または引き始めた頃か、満ち始めた頃の潮の変化時で使うのだが、日常会話で使われるのは潮時とは引き時が多い。引き上げ時なのだ。だから、潮が引くように身を引く。
 これが実際の砂浜なら満潮が近付くと引かないといけない。立っている場所まで海水が来るためだろう。要するに相手にとっては満ち潮。こちらにとっては引くこと。だが、引き潮のときは沖側へ少し行けるようになるので、引き潮の時がいいのだが、これは潮の引きと人の引き際の「引き」が同じなので、混同してしまう。海から見るか人から見るかによって違う。
 引き際が大事ともいう。満潮とかは月と関係しているらしいが、満月と満潮は似ているが、波は常に引いたり寄せたりしている。そのテンポは早い。しかし、海と陸との境というのは波で始終変わっている。海になったり陸になったりする。その幅は大したことはないが、大きな波が来れば陸地が減る。
 引き潮、満ち潮は自然の摂理。月がある限り、満ち引きはあるだろう。だから引き際が大事というのは、引くのもまた自然の摂理。それを無理に留まるのは不自然ということになる。何かに反しているような。
 引き際を心得るとは、どのタイミングなのかをあらかじめ決めている場合もあるが、何となく、そろそろこのあたりでまあいいかというような気持ちが動いたときだろうか。その気持ちとは勝手に動くわけがないので、何らかのきっけとなることがことがあったときだろう。
 ここを崩されると、もう終わりだ。とか、周囲を見渡し、仲間たちがみんな引いているので、そろそろ引くべきだろうとか、それは様々。
 引き際の汚い人は、全部引かないで、ある部分だけ残していたりする。どうせ引くのなら、全部引く方がいい。
 さて、引き際を心得た人が、綺麗さっぱり引いてしまったそのあとはどうなるのだろう。
 これは一線を引いて二線になるというのもある。第一線から引いて、少し後ろに下がるという程度だ。
 引き時というのはその前にその前兆が何度か見えるのかもしれない。
 引けば楽になることもあり、それならもっと早く引くべきだったと思ったりする。
 これは年を経た人の話ではなく、若いときでもそうだ。前へ進むのも早いが、下がるのも早い。まさに波打ち際で波と戯れているようなもの。
 また、引き時というのは様々なシーンであり、行くべきか引くべきかと迷うこともあるはず。だが、先はなく、引くしかない場合は、話は簡単だ。
 人は個人個人世界を持っており、人の数だけ空があるとも言われている。だから、その世界が変わるのは、一寸気になる話になる。
 だが、個人の持っている世界も、決して一つではない。
 
   了



posted by 川崎ゆきお at 11:55| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年11月02日

3559話 瀬川の虹子


 瀬川の地にある土臭い丘陵地。そこだけが盛り上がっており、周囲は平ら。上に上がると見晴らしがいいが、今では坂の多い住宅地となっている。そのため、丘だった頃の面影はほぼない。全部家になっているためだ。しかし、僅かだがほんの一部だけ古いものが残っている。墓だ。墓石は丸い。それに帽子のような笠とも屋根とも言えそうなのを乗せている。結構古い形式だろうか。
 虹子の墓と書かれているが、墓石ではなく、木の板に書かれているが、それも読めなくなったのか、樹脂製のものに書き写し、それを貼り付けているが、それもまた樹脂の劣化で、読み取りにくい。分かっているのは女流歌人虹子終焉の地、その墓石は伝となっていること。伝とは伝承で、そうだと言われているという程度。
 虹子は歌人。年老いてからこの地に移り住み、ここで暮らしたとなっている。子と付くので、昔は高貴な人の名だろうか。その歌も残っているが有名な歌はない。
 女流歌人で都から来た人と言うことで、大事にされた。貴人様なので。
「これがルーツですか、女神伝説の」
「そうです。実体は、この女流歌人虹子のことだったのです」
「清川の」
「違います。瀬川です」
「では女神のいる丘とはここだったのですね」
「そうです。聖地でした。虹子が没して数百年経っていたでしょう」
「かなり後で復活したのですな」
「この女神は黒系でしてね」
「ああ、アンダーの方」
「そうです、暗黒の女神。まあ、こちらの方が強面しますからね」
「その信仰のようなのがあったのですね」
「そうです。場所はこの虹子の墓から離れています。岡の一番高いところに聖堂があったとされています」
「聖堂ですか」
「まあ、聖なるお堂という程度ですよ」
「それもありませんねえ」
「寺社じゃありませんから、跡地を示すものもありません。昔は平野部から見ると、丸い屋根の聖堂が輝いて見えたらしいです。屋根に光沢石を使っていたのでしょうねえ。特に夕日や朝日のはね返りが橙色でうっとりしたとか。眠気を誘うというのでしょうかねえ。危険な色目です」
「そういうのは一切合切消えたわけですね」
「そうです。いい場所なので、城になりました。そういった城が無数にできた頃でしょうねえ。それで、丘そのものが城塞化されました。それで、その聖堂のところに本丸ができた。天守閣はありませんが。櫓が建っていたとか。見張り櫓でしょうねえ。これも跡を示すものはありません。もう宅地内の私有地ですしね」
「はあ」
「しかし、虹子の墓は残りました。これはやはり貴人の墓なので、守ったのでしょ」
「要するに先に虹子がいて、没してから数百年後に女神信仰が興った。そして聖堂が城になり、その城もなくなり、丘陵だけが残り、やがて宅地になった。そして残っているのは虹子の墓だけ。しかも言い伝えで、本当かどうかは分からないが、虹子の墓は一つしか発見されていないので、おそらくこれだろうと言うことで、今も保存されていると」
「そうです」
「案内有り難うございました」
「いえいえ、私の案内の特徴は女流歌人の話だけではなく、それを利用した女神信仰の話を入れのが特徴でしてね」
「そうですねえ。虹子よりも、その女神の方が興味深いです」
「そうでしょ」
「それで、その女神の御名前は」
「長ったらしい漢字が続いているだけで、読めません。その中の一文字に虹が入っています。だから虹子です」
「清川の」
「違います」
 
   了




posted by 川崎ゆきお at 11:04| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年11月01日

3558話 埒外


 埒外の将来。一寸先は闇なので、そんなに遠い将来ではなく、あと三秒後に起こるかもしれない。予定外、予想外、思っても見なかったこと、等々だ。
 起こるべくして起こったという人もいるが、何ともなかった人もいる。そうなると運だ。運は招き寄せるものとか、また運などなく、全て必然的に起きていると見る人もいる。いったい何処まで見渡せるのだろうか。森羅万象全てになると、見渡している間に人生が終わってしまったりする。
 埒外は、将来考えていなかった、思っていなかった、またそんなことがあるのかというような世界。思いのほかと言ってもいいが、思っていないことが結構起こっている。
 また埒外の範囲を何処まで認めるかによっても、所謂想定外と想定内に分かれるようだが、これを使うときは負け惜しみとか、分かっていたとか、あとで範囲を広げたのだろう。
 しかし、悪いことばかりではない。大儲けしたときは人には言わなかったりするものだ。自慢したい面もあるが、文句は言わないだろう。いいことなので。
 また完全なるラッキーで、運良く大儲けした人も、それは想定内で、予測できており、その段取りもしていたからだと答えたりする。本当は考えも付かない偶然だったとしても。
 埒外な出来事は細々としたことでは結構起こっている。それほど影響がないようなことなら、気にしなくてもいいし、意外だと考えるほどの埒外な出来事でも、すぐに取り込んで埒内に収まるかもしれない。人の思考方法が違うのは、そういった記憶から来ているのかもしれない。一度ひどい目に遭った場所には行かないとか。いつもいい感じのままの関係だと、それを好意的に解釈する。しかし、いつまでもそれが続くわけではない。
 埒外だと思っていても、その後、埒内に入る事象もある。以前思っていた埒外の基準とそれから何年何十年と立ってからの本人の発想が少し変化しているためだ。ただ、変わらぬ性癖というのもあり、経験を重ねても不動の地位のままというのもある。また、コロコロと日替わり定食のように変わる趣向もある。ここは変えてもそれほど影響はないためだ。思想を毎日変えるわけではないので。
 埒外、それは日々起こっているのかもしれない。見えないだけで深く静かに進んでいたりする。
 また、埒外だと思っても、その人の見当違いかもしれない。本当は埒内なのに、敢えて埒外だという。何かを強調したいためだろうか。
 埒外でも埒内でも起こってしまえば仕方がない。それで戻れなくなれば、別の道を行くしかない。ただ、大きく修正しないといけない場合、これは大変だが、後退もまた前進だ。後ろ向きでも、後ろ側が前になるような歩き方もある。決して前を見たまま足だけ後ろ歩きしているわけではない。それに、それでは後ろがよく見えないので、歩きにくいだろう。
 
   了


posted by 川崎ゆきお at 12:20| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年10月31日

3557話 みっともない


「晴れましたなあ」
「空は晴れても心は闇よ」
「いますねえ。そういう人。いつも難しそうな顔をしている人」
「わしもそう見えるかね」
「不機嫌そうな顔です。気むずかしそうな。それは無理にそういう筋肉や筋を使っているのですか。たとえば寝るときは緩めるでしょ」
「分からん」
「しかし、その厳つさは反則ですよ」
「そうか」
「だって、構ってくれといってるようなものでしょ」
「それは違う。相手になってもらわんでもよい」
「他の人は普通の顔なのに、あなただけが怖い顔、不機嫌で何か不服そうな顔だと、気を遣いますよ。だから反則だと言ってるのです。あなただけ特別扱いになりますからね。まるで腫れ物でも触るような。これは平等、フェアーじゃありません。最初からあなたが有利なのです」
「そんなつもりで見ておるのか」
「そうですよ。我々は損をしているのです。あなたは最初から得をしている」
「有利なものか、心は闇よ」
「ほら、そう言って威嚇しているのですよ。ということはあなたは弱い人なんだ」
「何を」
「ほら、一寸言うと、さらにきつい目で反応を返してくる。喧嘩腰になる。だから迂闊なことをあなたに言えない。誰だって争いたくないですからね。だから、あなたに対して甘くなる。だから反則なんです。そして自分の弱さを晒しているようなもの。恥ずかしいとは思いませんか」
「心が闇なのじゃから、しかたがない」
「そういう状態でも、普通にしている人もいるでしょ。だからあなたは弱いといっているのです。たとえば私なんて、あなたより不幸な状態にいるかもしれない。しかし、それは私事です。人様に言っても仕方がない」
「じゃ、どうすればいい」
「そんな簡単なことも分からないほど馬鹿なのですか」
「え」
「難しい顔をしているのは、難しいことを考えているわけじゃなく、解決方法が見付からないので、難しい顔になるのでしょ。だから気むずかしい顔のまま固まってしまった」
「何を申す」
「ほら、あなたの解決方法は、そうやって威嚇し、怒鳴るだけ。レベルの低さを見せているようなものですよ」
「けしからん」
「弱い犬ほど吠え立てる」
「許さん、斬る」
「少し忠告しただけですよ。誰かが言わなければ、あなたはそのままだ。まあ、それでもいいのですが、結果的にはあなたは損をし続ける。そして誰も本気で付き合ってはくれない」
「よくぞそこまで言いおったな」
「では、これで失礼します。親切心があだになり、斬り殺されるのはごめんなので、退散します。では、御達者で」
 岩倉は喫茶店の窓硝子に映った自分の厳つい顔を見て、そう言うことを思った。
 そして、眉間の皺を緩めた。
 みっともないので。
 
   了




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2019年10月30日

3556話 山神と武者


「山~様?」
「左様で」
「そんなものが効くのか」
「さあ、神様に聞いてみないと分かりませんが」
「何の神様だ」
「山の神様だと思われます。土地の人はそう呼んでおるので」
「戦いの神様ではないのじゃな」
「そうです」
「戦勝祈願のできない神に祈っても仕方あるまい。先を急ぐぞ。勝ち戦じゃ。出遅れるな」
「はっ」
 確かに勝ち戦。戦う前から分かっているような戦い。敵は武門の面目にかけてだけ戦っているようなものだが、大半の兵は逃げ出していた。
 木内重三は猛将。だが、あまり手柄を立てていない。これという敵の首を取っていないためだ。今日こそは何とかしたい。それで張り切っていた。
 そして今日ならたやすく手柄が立てられる。早い者勝ちだろう。敵は逃げていくだけ。だから、急ぎ追いかければいい。
 木内は数十の足軽郎党を引き連れ、追撃戦に加わった。
 武将としての身分は低い。しかし付き従う足軽は数十いる。これが最小単位かもしれない。
 木内の回りには郎党が五人ほどおり、これは木内の私兵のようなもの。この五人が馬上の木内を囲むようにして突き進んで行く。
 既に傷つき、逃げ足の鈍った敵兵の姿が見えてきた。取り放題だろう。
 そして、左右に味方はまだ来ていない。独り占めだ。滅多にない条件。しかも労せず取れる。
 それで、槍隊を突っ込ませ、そのあとから木内と郎党が続いた。
 足軽の槍で追い込まれた敵を木内がとどめをさす感じだ。これで首を取る。
 案の定、槍隊は敵に食いつきだした。
「今じゃ、突っ込め」
 木内は郎党より先に馬で突っ込んだ。
 しかし、バサッと落馬。
 敵は撤退中だが、しんがりというのがあり、それが途中に伏せており、鉄砲や弓で反撃しながら下がっていくのだ。その流れ弾にあたったのだろう。
 足軽もそれを見て驚き、戦うのをやめて、木内のもとに集まった。もし、木内を失うと、木内隊の戦いはここで終わる。足軽隊は村民たちだ。それを木内が指揮している。指揮官を失うと、引き上げるか、別の部隊に吸収されるか、どちらか。
 木内はむくっと起き上がるが、歩けない。馬にも乗れない。
 折角の機会を逸したことになる。
 木下は山神のことを思い出した。ここはその山神がいるとされる山なのかもしれない。
 やはりあのとき、参っておればよかったと後悔した。
 偶然、ひょんなことで、思いもかけないことが、等々、何が起こるか分からない。
 その後、木内はその村の者に壊れかけていた山神の祠を修繕させた。
 しかし、その後、木内が大手柄を立て、出世したという話は聞かない。
 
   了



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2019年10月29日

3555話 風邪の王


 風邪が入ったのか立花は鈍化した。動きが鈍くなったのだが、頭は愚鈍。だが、愚鈍な頭が早くなる。風邪のためだろうか。頭の中だけ風が吹き、それで追い風になっているらしい。向かい風のときは、まだ風邪が入る前なので、相変わらず鈍い。
 この頭だけのテンポが早まったとき、立花は変身するようで、そのシャープな動きで、これまでの遅れを取り戻していた。風邪様々だ。しかし、テンポよく切れもよく、いい感じなのだが、身体は鈍化したまま。だから体が付いてこない。普段は頭は愚鈍だが身体の動きは早い方。さて、どちらがいいのか。
 寝込むほどの風邪ではない。そんなときもあるが一週間ほどで治るだろう。ただ、二週間もひと月も風邪っぽい状態がグズグズ続くこともある。このグズグズのときは頭は愚鈍に戻っている。だが、身体は戻らず、動きは鈍い。さて、どちらがいいだろうか。
 立花はたまに風邪を引く程度なので、引いている間は僅かな期間。そこでの頭の冴えを活かそうとしても、途中で風邪が治り、再び愚鈍になる。頭が悪く鈍く、のろま。だが、鈍いだけで馬鹿や阿呆ではない。すこしCPUが遅いだけ。
 それで三日前から風邪の症状が出ているので、チャンスなのだが、身体が鈍化状態なので、何ともならない。だが、頭は冴え渡っている。毎回そうなのだが、物事ができそうでできないジレンマがある。冴えた頭を活かせない。
 それでも今朝も理事長室で座っている。それだけでいい人で、他の役員からは暗愚の君主と呼ばれている。だが、敢えて立花をトップに持ってきたのは役員たちだ。これで、平和が保っている。立花だからこそ治まる。他の誰かがやればバランスが崩れる。
 ただ、風邪の日だけ、非常に優れた頭になることを役員たちは知らない。
 理事長権というのがあり、これは王命に近い独裁権。この伝家の宝刀を理事長は持っているのだが、歴代のどの理事長も、それを使ったことがない。役員たちの顔色を見ると、使えないのだ。使えば、理事長の座が危なくなる。
 だから理事長の椅子にしがみつきたい人は、使わない。
 立花が考えているのは役員全員の解雇。辞めさせるのだ。これですっきりする。
 冴えた頭で考えたとき、行き着く先はそれになる。これが最善の方法なのだ。
 そして今朝も風邪を引いているので、頭は冴え渡っている。ただ、身体が重い。別に運動をするわけではないので、問題はない。
 それで、役員を呼び出した。
 驚いたのは役員たちで、暗愚の君主が何を言い出すのかと、心配した。今まで一度も立花から働きかけたことがないのだ。
 そして、会議室で、例のことを言い渡そうと招集を掛けたのだが、さて、会議というところで、風邪が治ったようだ。
 早い目に回復してよかったのだが、頭は愚鈍に戻っていた。
 
   了



posted by 川崎ゆきお at 13:01| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年10月28日

3554話 現場近くの怪しい男


 白骨死体が住宅街で発見された。家の中だ。
 多々良刑事は新米だが、寝ているところを起こされ、すぐに駆けつけた。初めての大きな事件と遭遇したようなもの。
 まだ少し古い家が残っている町で、朝の秋の風は冷たいためか、コートの襟を立てた。まだこの時期早いのだが、寒いのだから仕方がない。
 現場に到着すると、既に大勢来ており、多々良刑事は叱られるのではないかと思ったが、第一声は主任からの指示。現場近くに怪しい男が住んでいることは、所轄側で分かっていたので、念のため、様子を見てこいとのこと。
 多々良刑事はもう取り壊されるのではないかと思えるような安アパートの二階へ上がった。守口という男で、表札がかかっているので、ベニヤ板で補強したドアを叩いた。鈍くたるんだ音しか出ない。
「何か御用ですかな」
「警察のものですが、何か怪しいものを見ませんでしたか」
「いつですかな」
「昨夜でも、その前でも」
「寝ていましたがね、一度トイレに立ったとき、下の通りを何人かが歩いていました」
 しかし、発見されたのは白骨死体。その家に放置されたのか、持ち込まれたのかは分からない。空き家だ。それを発見したのは空き家の管理人。借家だ。
「詳しく話して頂けませんか」
「天麩羅がねえ」
「はあ」
「いや、天麩羅であたったのでしょうかねえ。昨夜トイレに立ったのは下痢でしてね。これは出し切ったのか、それで終わりましたが」
「はい」
「その天麩羅、古かったのでしょう。夕食で買ったのです。スーパーで。そのときアルミ鍋に入った天麩羅うどんにするか、鍋で煮て食べるパック入りにするかで迷ったのです。ものは同じなんです。入れ物が違うだけ。一方はアルミ鍋付き。これはあとで使えるでしょ。それに鍋も丼鉢も必要としない」
「はあ」
「少し風邪気味だったので、楽をしたいと思い、いつも買うはずの安い方ではなく、この高い方にしたのです。ところがです。すぐ横に賞味期限切れ間近品が置いてありましてね。そこを先に見るべきだったのですが、数ある品の中から売れ残ったのが上がるわけですから、天麩羅うどんが上がるとは限らない」
「あのう」
「もう少しです」
「はい」
「すると、偶然天麩羅うどんが置いてありました。ただ一つね。しかし、残念なのは安い方で、アルミ鍋ではないタイプ。ですが半額なんです」
「あのう」
「それでレジ籠に入れていたアルミ鍋天麩羅うどんを戻し、安い上に半額になっているものをさっと掴みました。この差額は結構ありますよ。だから、アルミ鍋が欲しかったし、鍋や丼を汚すのも嫌だったのですが、経済には勝てません」
「あの、怪しい人たちを複数目撃したという先ほどのお話ですが」
「怪しかったのは、その賞味期限間近の天麩羅でしたよ。それしか食べていませんからね。うどんで当たるわけがない。出汁も。乾燥ネギもね。犯人は天麩羅だ。しかも衣だけの中身のないかき揚げのようなやつ」
「あのう、ちょっと」
「あれは小麦粉そのものですよ。うどんも小麦粉、天麩羅も小麦粉。小麦粉をご飯に小麦粉をおかずに食べているようなものですよ。しかし、油が入っていますからね。まあ、おかずになります。それに塩気があるの、食が進む。それに昨夜冷えたでしょ。こういうときは脂っこいものが効きます。だから出汁も全部飲みましたよ」
「しかし」
「何ですか、刑事さん」
「天麩羅が犯人だとは限りませんよ」
「それは如何なる理由で」
「賞味期限間近で、まだ切れていません。それに多少切れていても、そんなことで腹を壊すようなことはないかと思います」
「じゃ、何故下痢を」
「昨夜寒かったと言ってましたね」
「台風が去ったあと急に冷え込みました」
「風邪の諸症状の一つじゃないですか」
「おお」
「どうです」
「解決しました」
「じゃ、これで」
 多々良警部は現場に戻った。
 主任は忙しそうに現場で指揮を執っていた。
「どうだったかね。守口は」
「普通でした」
「そうか。何か怪しげな様子はなかったね」
「天麩羅が怪しいと言ってましたが」
「天麩羅が怪しい。なんじゃそれ」
 
   了




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2019年10月27日

3553話 ある撤退


「雨で何ともならないですねえ」
「晴れていても何ともならないよ」
「そうですが、気分が違います」
「どうせここは何ともならないので、退却。だからもうあまり頑張らなくてもいいよ」
「そうですね。やっても甲斐がないですから」
「やりがいがないというやつだ。しかし、島田君は今日も営業かね」
「はい、外回りをしています」
「そんなこと、しなくても撤退するんだから、無駄な動きだよ」
「でも、日課なので、欠かせないと」
「何だろうねえ」
「習慣でしょ」
「そうだね。それよりも引き上げる準備、後始末をしないと」
「それは簡単です。夜逃げのように」
「夜逃げか」
「退却ですから、あまり知られないように、そっと」
「その意味で、島田君の動きはいいねえ。効果的だ。撤退するとは誰も思わないだろ」
「そういう意味で続けているんじゃないと思いますが」
「結果的には偽装だよ。陽動作戦」
「そうですねえ。島田さんも知っているはずですから、もう消えると」
「やはり、習慣かね」
「そうです。ここでぐだぐだ言ってるより、外で仕事をしている方がいいんでしょ」
「しかし、君ともお別れだね。次は何処へ飛ばされるか分からんから」
「これまでお世話になりました」
「いやいや、僕は上司じゃないよ。上司は島田君だよ」
「そうでした」
「あの人がここの所長だ。僕はただの顧問」
「はい、色々と勉強させて頂きました」
「しかし、撤退とはねえ」
「顧問は何をしていたんでしょうねえ」
「え」
「いや、顧問は」
「僕を責めているのかね」
「まあ」
「それはひどいじゃないか。言い過ぎだろ」
「でも、あなた、何もしていなかったでしょ。島田さんは必死で働いていましたよ。撤退になったのは顧問のあなたが顧問の役をやらなかったからじゃありませんか」
「どうしたんだ。急にそんなことを言い出すなんて」
「私は撤退後、もう辞めます。だから、このあとはないのです」
「私はねえ、ただの顧問じゃない。名前だけで、何もしなくてもいいんだよ。しかし、こうしてこんなところまで付いてきて、真面目に出勤しているんだよ。本当はしなくてもいいんだ。ただの肩書きなんだよ。幽霊顧問でもいいんだよ。それが、こうして来ているんだ。珍しいよ。これは」
「そうだったのですか」
「そうだよ。失礼な」
「でも、来ているだけで、何もしていない」
「来ているだけでいいじゃないか」
「目障りなだけ」
「よく言うねえ」
「島田さんが可哀想だった」
「失礼な、帰ったら、ただではすまんぞ」
「辞めるから平気です。それに撤退のお手伝いはしません。もう辞表は出しています。今日までです。あとはよろしく」
「そうだったのか」
「ちなみに島田さんも同じです。今日いっぱいで退社です。ですから、あなたが撤退の一切合切お一人でやってくださいね」
「そうはいかん」
「顧問でしょ」
「僕も辞めるだ」
 
   了


posted by 川崎ゆきお at 12:19| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年10月26日

3552話 ススキが原の妖怪


 秋空であることは暦を見れば分かるのだが、ススキの穂が辺り一面を覆っている。これは抜くのに力がいる。根が強いので、掘り起こさないと抜けないだろう。だが刈ることはできる。
 宮下はそんなことを思うと同時に、遠くまで来てしまったことに気付く。そんなススキの原などある場所が遠くにあるのではなく、過ぎ去った年月が遠いところまで来ていること。こちらのほうだ。
 宮下はススキが原に来たのは妖怪がいると聞いたため。そんなことで身体を動かし、遠くまで来ているのだから、その人生そのものも遠いところを彷徨っているようなもの。この年になって妖怪など探しに行くだろうか。いったいどういう了見だろう。
 ススキが原の妖怪は河童のようなものだと思っていたが、蝦蟇の大きなものだとあとで分かった。しかし、実際にはそれではなく、ススキの妖怪が出るらしい。これが最新の情報。細い身体で、箒のような顔をしたのが出るのだろうか。それともススキとは関係のない形なのか、それは分からない。
 ススキの中へ分け入り、奥へ奥へと宮内は進んだ。身体をねじ込むと、身体がすり切れそうだ。それに引っ張ったぐらいでは切れない。
 そして、少しまばらな場所に出た。歩きやすくなったのだが、ススキが原の中庭のようだ。ここだけススキが少ない。
 その中に、黒いシルエット。
 すわ、出たなと宮内は身構えるが、どう見ても人のシルエット。しかし猫背。年寄りだろう。幅広の帽子を被っており、近所の農夫ではなさそうだ。そしてコートのような長いものを羽織っている。
 もしやと思い、宮内は声を掛けた。
「妖怪博士ですか」
 シルエットの顔がこちらを向いた。
「はい、そうです。よくご存じで」
「写真を拝見したことがありますし、ススキが原の妖怪について書かれたのも読んでいます。まさかご本人がおられるとは」
「ああ、あの続編を書こうと思いましてな。どうも尻切れ蜻蛉で終わったので」
「僕も気になっていました。何故なら、どんな姿なのかが分からないままなので」
「そうですなあ」
「それで、妖怪を探して、実物を見るため、来られたのですか」
「いやいや、そんなものは見つかりませんよ。ただ、それらしい何かを感じ取ろうとしていただけじゃな」
「そうですか、僕もその流儀です」
「いかにも何かがいそうな場所じゃろ」
「そうなんです」
「こういう場所を探すのが私の仕事でね。本当はそこで終わっている。妖怪はおまけじゃ」
「そのおまけに興味がいきまして」
「この先に子供が作った舟があります。ススキ船でしょうかな。よくできています」
「そうですか」
「おそらくススキの妖怪は、藁人形のようなものではないかと思われる」
「案山子ほどの大きさなら、十分妖怪に見えますねえ」
「ススキで編んだ案山子のようなもの。私が見たのは舟じゃが、ああいったものと同種でしょうなあ」
「子供がススキで編んだものですか。それが妖怪の正体」
「おそらく」
「参考になりました。それが解答編なのですね」
「まあ、そうです」
「有り難うございました」
「しかし、こんな辺鄙なところまで、よく来ましたなあ」
「はい、遠くまで来てしまいました」
「それはそれは」
「博士も、遠くから来られたのでしょ」
「わざわざね」
「ご苦労様です」
「じゃ、これで失礼する」
「はい、僕はもう少し探索して帰ります」
 青年は妖怪博士を見送った。後ろ姿が小さくなり、やがてススキの生い茂る白い中へ消えていった。
 蜻蛉を追いかけたまま戻ってこない人のように。
 
   了



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2019年10月25日

3551話 夢の中の友人


 夢の中でよく出てくる人物がいる。吉田の古い友人で、年を取ってからはその関係も消えたが、それほど遠くには住んでいないためか、たまに出くわす。
 吉田がまだ十代の頃に知り合っている。年はほぼ同じなので、目上目下の関係はない。同じような仕事をしていたが、どちらも既に辞めている。そういう年というより、長くやれるような職ではなかった。だから、その後、違う職に二人は就いているが、まだ付き合いは続いていた。
 その友人を最近見かけない。しかし、夢の中での登場頻度は高く、また出てきたのかと思うほど。
 その日も朝方の夢で現れた。チャイムが鳴ったので、玄関まで出てみると、彼がいる。これは夢の中での話。来るのは分かっていたのだろう。そして彼は青年時代のまま。おそらく吉田は今の年代のままだろう。そして見知らぬ子供を連れてきている。
 このパターンは現実にはなかった。複数で会うことはあっても、見知らぬ顔は混ざっていない。そんなシーンを探すと、一つだけあった。それは吉田が連れてきた初対面の人間だ。しかし、その友人は一度もそんな人を連れてきたことはない。ましてや連れてきているのが小学生。これはあり得ない。
「ご飯」
 友人の第一声はそれだ。とりあえず、近くの店屋でご飯を食べたいと言いだした。すぐに近くに喫茶店があり、そこでランチものもやっているので、そこへ行くしかない。
 夢はそこまで。これで終わっている。
 その友人、ここ数年見かけなくなったので、引っ越したのかもしれない。年賀状のやり取りなどは最初からなかったし、今はもう電話番号も忘れている。何度か変わるためだろう。いずれも家電話だ。
 そして最後に合ったときは健康状態が悪いと言っていた。それが気になる。だから入院でもしているのだろう。それにしても長すぎる。
 友人が夢の中で頻繁に現れるのは珍しいことではない。いつものことだ。その夢を見る度に、懐かしく思う程度。
 しかし、今回。小学生を連れてきている。これが妙なので、その顔を思い出そうとした。誰かに似ているとは思っていたのだが、該当する子供がいない。
 それで、やっと思い出したのは、その友人ではなかったかと。だから大人になったその友人と、まだ小学生時代のその友達が揃って来ていたのだ。
 吉田は彼の小学校時代を知らない。しかし、何となく似ていた。
 その友達は結婚していない。だから息子ではない。
 吉田はそこまで考えたのだが、所詮は夢の中での話。どうとでも解釈できるし、解答もない。
 その友人、生きているのか死んでいるのか分からないのだが、調べるのが怖いので、吉田はそのままにしている。
 
   了



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2019年10月24日

3550話 交代


 涼しさが寒さに変わりだした頃、田宮は心細くなってきた。季節は秋の中頃。そういう気になりやすい。特にこの時期、精神的に不安定になるのだろう。ただの気候、天気だけの話で、それまでと何ら変わることのない状況なのに、不思議なものだ。ただ、通常でもその不安な気配はしているし、いつ鎌首をもたげるかは分からない。不安感は常にあるのだが、あまり飛び出さない。
 ところが、寒くなり出した頃、それが大きく出てくるようで、田宮はこのときは色々と用事を片付けだしている。不安のもとになる原因は何となく分かっているためだ。
 そして、もう今年も残り少なくなっており、今からやり始めても、もう遅いものばかり。そして今年の初めからやり出したことも、春を待たないで頓挫しており、収穫期に稲など実っていなかったりする。一年間、まとまった何かをやっていなかったためだろう。せめて半年でも続けておれば、それなりの成果はあり、収穫も期待できたかもしれないが。
 そういった焦りのようなものが、この時期出るのだろう。今からやり始めても遅いのだが、今が今年の初めだと思えば、一年分の時間がある。そして秋の収穫時期とも重なり、丁度いい感じだ。つまり、秋から田植えをするわけだ。二毛作のように。本当は不毛作で、毎年まとまった収穫などほとんどない。これが百姓なら失格だろう。
「あなたは土地にしがみついて地味に働くたちではないのかもしれないねえ」
「他にありますか」
「商人なんてどうかね」
「あれは不安定ですから」
「じゃ、武者にでもなるか」
「あれは、怪我が多いし、死亡率も高いです」
「じゃ、土地にしがみつくしかないじゃろ」
「山に入って、狩りをするような感じはどうですか」
「田んぼよりも不安定だ」
「じゃ、何が向いているのでしょう」
「盗賊だな」
「はあ」
「しかし、正業じゃないので、進められん。それに才もいる。誰にでもできる職じゃない。まあ、職とは呼べんがな」
「じゃ、やはりここにいます」
「それしかないか」
「和尚さんの弟子にしてください」
「わしの弟子ではなく、仏様の弟子」
「なんでもかまいません。お願いします」
「それがなあ、増えてのう。困っておる」
「そんなに坊主が多いのですか」
「最近な。特に晩秋の頃。尼寺など満員じゃ」
「でも、見かけませんが」
「ここは狭いので、大きな寺へ行っておる。この前できた山寺など、一寸した町並みじゃ。坊主ばかり」
「修行しますので、ここにこのまま置いてください」
「まあ、親から頼まれて預かっておるだけなので、別に出家することもあるまい」
「しかし、将来が見えないので、お坊さんになろうと」
「それは怠け者がよくやる手でな」
「駄目ですか」
「まあ、しばらくはここで暮らしなさい。そして出家などしないで、世の中に出なさい」
「分かりました」
「わしも若い頃、世の中が生きづらくてのう。それで、寺に逃げ込んだようなもの。そのうち坊主らしくなったが、できればあの頃に戻り、その続きがしたい」
「そうなんですか」
「わしは本物の坊主になってしまったので、窮屈じゃ」
「そうなんですか」
「わしは還俗しようと思っておる。今からでも遅くはない」
「じゃ、交代で、私がこのお寺を継ぎます」
「ははは。そうするか」
「はい」
「交代か、あはははは」
「へへへへ」
 
   了




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2019年10月23日

3549話 大丈夫


 無難、無事、大丈夫。このあたりはたまに使うし、よく聞いたりする。無難にこなすとかは、一寸ややこしそうなことをクリアーしたときとか、普通にやっているだけだが、特に問題はなかったとかでも使う。無事も似たようなものだが、災難とは限らない。何事もなかったという意味だろうが、そのことはあまり良いことではなかっただけではなく、行事などが無事終わるなどは、悪いことではない。災難ではない。難儀なことではあるかもしれないが。
 大丈夫となると、これは人だろう。大いに大変丈夫な人と言うことになる。自分は大丈夫だといった場合、凄い丈夫な人を指すことになるが、自分のことを自慢しているわけではない。結果的に身に何も起こらず、無事だったということか。
 ただ、この大丈夫、「だいじょうぶ」で、そういうフレーズだ。夫なので、男だけではなく、もう漢字から離れて使われている。
 そして、「大丈夫か」などとよく使うので、使いやすいのだろう。大事ないか、でもいいのだが。無事でいたか、でもいいのだが、「大丈夫か」の方が言いやすい。これは「だいじょいぶ」という語呂だろう。音として二つよりも多い方が聞き取りやすい。そして、いかにも元気でいるという感じが強い。
 ヨレヨレの人が歩いているとき、怪我でもしているのだろうと思い「大丈夫か」と聞く。また、精神的に傷んでいる人に「大丈夫か」と聞く。「無事か」では一寸遠い。
 まあ、丈夫で何よりだが、頑丈な人だけに当てはめるわけではない。あることに関して、何ともなかったか、無事だったか程度。
 大丈夫は超人だ。もの凄く強い人。だから、まるでその強い人のように、難なきを得たのだろう。
 無事というのは状況まで差していることがある。悪いことが起こり始め「わしらも無事でいられるはずがなかろう」というが、「わしらも大丈夫でいられるはずがなかろう」では、少し違う。これなら、最初から丈夫な人になる。「大丈夫だった」のその人は、丈夫な人とは限らない。弱い人だったが、大丈夫だったとなる。
 大丈夫は、言葉が無事よりも長いので、ちょうどそれぐらいが良いのだろう。
 大丈夫に近いのは、達者がある。「大丈夫だったか」と「達者でいたか」の使い分け、これは自然にやっている。大丈夫も強い人だが、達者も、達者な人で、技巧派でもあり達人なのだから。達人、名人。ただ「達者で暮らせよ」などと健康状態を言っていることもある。そのレベルは大丈夫に匹敵するが、達者というのは、上手く避けたとか、上手く交わしたとか、上手にさばいたとか、そういうニュアンスもある。「何事においても達者な人」などで「器用」などの意味もある。
 それらは相手により、使い分けたりする。「じゃ、元気でな」もあるし「じゃ、達者でな」もあるが、達者のほうが時代劇かかっていて古かったりする。「堅固で暮らせよ」は、もう時代劇だけの世界だ。
「無事で何より」よりも「達者で何より」のほうが、相手を褒めているようなところがある。何せ達人レベルだと言っているのだから。
 大丈夫も達者も人物を表している。元気や無事は状況をいっている。この違いだろう。
 だから大丈夫も達者もキャラが先に立ち、そのキャラの象徴として分かりやすいのだろう。
 
   了






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2019年10月22日

3548話 満足を得る

満足を得る
「最近満足感を得ましたか。そういう満足を得た体験がいくつあります」
「一杯ありますが」
「そんなにありますか。本来満足を得られることなど希。そんな一杯あるなどはあり得ない」
「そうですか」
「一体どんな満足です。どういう状況のときなのかを教えてください」
「ご飯を食べたあと」
「はあ」
「満腹になるほど食べたとき、大満足です。とても良い気持ちになり、うっとりするほど。ああ、よかったなあ、美味しかったよりも、腹が膨れたことだけで満足、だからいつでも満足など得られますよ。ただし腹が減っていないときに食べると逆ですがね」
「それはただの生理的な満腹による、満足感ですね」
「十分でしょ。それで」
「私の言うのはそういう満足ではなく」
「ああ、満足にも種類があるのですね」
「そうです」
「しかし、満足には変わりないでしょ」
「もう少し高等なことでありませんか」
「たまに便秘で、なかなか出ないで、やっと出たと思ったら屁だったりして。空手形ですよ」
「それで」
「だから、溜まっていたものが出たとき、満足します。これは入れる満足じゃなく、出す満足。だから長い間捨てる機会がなくて、捨てられなかったゴミなんかを出したとき、満足しますよ。なかなかできなかったのに、やっとその気を起こしてゴミ出ししたとね。まあ、そのゴミは大型ゴミでして、持って行ってくれるかどうか不安でした」
「……」
「出してはいけないゴミじゃないはずなんですがね。誤解を招きそうなゴミなので、普通のゴミのようなわけにはいかない。出したことでとがめられるのではないか。しかし、無事、ゴミ置き場に出し、しばらくして、全部消えていると、ほっとしますよ。してやったりと」
「そのゴミの話、まだ続きますか」
「いや、この話、誰かにしたかったのです。それができて満足です」
「満足しやすいタイプなのですね」
「そういうわけじゃありませんが、不満も結構ありますよ。この前、蛍光灯の管が切れましてねえ。すぐに家電店へ買いに行ったのですが、そのあと百均へ寄ったとき、百円で売っているじゃありませんか。怪しい品じゃない。日本の家電メーカー品でしたよ」
「もう結構です」
「は、そうですか」
「満足を得る方法を紹介しようと思ったのですが」
「そうなんですか、じゃ、話の腰を折りましたか」
「折れていませんが、最近満足感を得ていない人でないと」
「ああ、それは残念」
 来訪者は不満顔で出ていった。
 
   了


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2019年10月21日

3547話 悪縁払い


「悪い相が出ておる」
「あ、そう」
「このままでは危ない」
「それは何ですか」
「運勢」
「はあ」
「定め」
「はあ。じゃ、何ともならないわけですね。運命、宿命なら」
「心がけで宿命も変わる」
「じゃ、宿命なんてないわけですね」
「変えればな」
「何を」
「だからそれを教えるのが占い師。だから金を取って職としておる。そのままでは占い師も役にたたんだろう」
「じゃ、どうすればいいのです。その宿命とか、運命とか、運勢とかを変えるには」
「今後、左目より右目が少しだけ小さい人が現れる。その人を避けること。それだけじゃ。関わってはならん」
「右目の方が小さいのですか。玉が」
「いや、やや閉じ加減でな。全部開いていない」
「はい、気をつけます。じゃ」
「待ちなさい」
「何か」
「お代」
「当たっていたら払います」
「そういわず、今、支払いなさい。常識でしょ」
「分かりましたが信用できないので」
「これであなたは助かるのだから、安い買い物だよ」
「そうですね」
 男は支払った。
「念を押すが左目よりも右目が少し小さい人物には気をつけない。避けて通りなさい」
「男ですか、女ですか」
「そこまでは分からん」
「年は」
「それも分からん」
「分かりました」
「これを悪縁払いという。ただし、払うのは本人。わしが払うのではない。悪縁が繋がらないように、あなたが上手く避けること、もし近くにいるのなら、遠ざけなさい。それだけじゃ。ただ、悪縁が減っただけで仕合わせになれたり、大成功を収めるということではない」
「はい」
「右目が細い顔、その人物をあなたは接触する運命にある。そのとき、避けることで、運命が変えられる。くどい説明になったが、大事なことなのでな」
「はい」
 しかし、この男、その後、左目のほうが細い人とは遭遇したが、右目が細い人と出合うことはなかった。
 そんな出合いの運命など、最初からなかったのだろう。
 
   了



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2019年10月20日

3546話 運命


 運を天に任せる。これは何もしないことだが、それでは何ともし難い。それを何とかする占い師がいる。その範囲は広く、それぞれに専門が違うが、この横山という人は変わった運勢見だ。だが、人の運勢が見えるわけではない。見えておれば、まずは自分の運が分かるはず。だが、横山は自分のことはどうでもいいようだ。この世から外れたと思っているので、栄達は望んでいない。これは欲がないのではなく、そういう欲なのだ。
 時代劇かかっているが、今の話である。当然市井に普通に住んでいる。
 当然欲を出さないので、いいところには住んでいない。どこに住んでも似たようなものだと思っている。世間体を気にしないタイプ。
 苦肉の策がある。その苦肉もなくなり、何ともならなくなった紳士が現れた。今の紳士なので、紳士服売り場で簡単に紳士の身なりはできるが、この人のは良い生地で、高そうだ。だから身なりにふさわしい地位にある人だろう。
 横山は占い師。そこへ来る人の問題は分かっている。落語を聞きに来るのではなく、人生規模の大事な話を聞きに来る。それがたとえ占い内容がそもそもフィクションであっても、それが必要な人がいる。だから占い師は廃れない。
「特殊な占いをされるようですが」
「いやいや、私のは占いではない」
「じゃ、看板を読み違えましたか」
「いえ、書き違えたわけではありませんが、まあ、運命鑑定のようなものです。これを運勢と呼んでいますが、それを当てるわけではありません」
「では聞きますが、運勢とは何ですか。よく言う運とは何ですか」
「うん」
「その運とは何でしょう。それは変えられるのでしょうか。運命は変えられるという人もいるでしょ」
「うん」
「その、運について教えてください」
「外枠から聞いてこられる人は珍しい。いきなり本題に入るのが普通でしょ」
「いや、あなたを疑っているわけではありません。ふとそんなことを思ったのです」
「運命というのはあなただけでは成立しません。世の中はシンクロしているわけです。たとえ孤島で一人暮らしでも、天気もあるし植物もある。海もあるでしょ、動物もいるでしょ。それらとシンクロしているはず。特に人の運命は人との絡みで成立することが多いので、そこばかり注目しますがね」
「はい」
「あなたがここへ来るまで、誰かとすれ違ったでしょ」
「よく覚えていませんが、駅から来ましたが、無数の人達とすれ違ったのは確かですが、見知らぬ人達です」
「ここへ来るまで、何か見られましたか」
「赤いのが」
「何ですか。赤ですか」
「赤いものが上でひらひらしているので、見ると洗濯物でも干しているところだったのでしょうねえ。二階のベランダです。敷物のようなので服ではありませんでした」
「干している最中なので、ひらひらしたわけですね。つまり動くものとして目立った」
「はい」
「吉岡さんの家でしょう。私も見たことがあります。その赤いものを。吉岡の婆さんは踊りに参加しています。そのときの衣装で、下に巻く赤いお腰です」
「それが何か」
「だから、あなたが通っているときと洗濯物を干しているときとが重なったのです。ほんの数分かもしれませんねえ」
「それが何か」
「運命とは時間軸が決めているのです」
「時間軸」
「一歩出遅れたので助かった。早く出過ぎたので、嫌な奴と鉢合わせになった。等々です」
「何ですか、それは」
「この僅かな時間の差が運命を決めているのです。それはほぼ定まっていますが、歩みを少し緩めれば洗濯物のひらひらも見なかったかもしれませんよ。逆に歩みを早めすぎた場合も、まだ洗濯物を乾かしにベランダに出ていなかったかもしれません」
「それは偶然でしょ。私との因果関係が何もない」
「あなたがそこを通ることが関係です」
「はあ」
「人の運命はそれら時間の重なり具合で決まるのでぅ」
「それは占いですか」
「さあ、得体の知れないものでしょ」
「私の場合、どうすれば良いのです。実は仕事が……」
「それは言わなくても結構です。細かいことは」
「占って欲しい内容を言わなくてもよろしいのですか」
「はい」
「じゃ、私はどうすべきでしょうか」
「運命、運勢を変えればいいのです」
「それは、まあ、そうなんですが、どうやって」
「簡単です」
「何か、買うわけですか」
「何も売りません。何も売らない占いですから」
「では、方法を教えてください」
「事々、物事、全て時間の一寸した事々で決まるもの。それは先ほどお話ししましたね」
「はい、聞きましたとも横山さん」
「だから、そいつをちと弄ればいいのです」
「どのようにして」
「あなたの仕草を見ていますと、額に手を当てるのが癖のようですね」
「この癖を辞めろと」
「いえ、少し早いようです」
「早い。何が」
「ほら、今もそうです。その手のスピードが早い」
「そんなところを見ておるのですか」
「きっと歩かれるのも早いのでしょ」
「そういわれると、人を追い抜く方です」
「じゃ、ゆるめましょう。足だけではなく全ての動作を」
「はあ」
「すると、先ほどの洗濯物ひらひらのシーンは消えるでしょ」
「洗濯物など関係がありません」
「万事のことが、少し違ってきます。その万事の中の一事か二事が大事なシーンのはず」
「それはただの心がけですか」
「それだけで、出合うシーンが変わってきます。その影響は全体に拡がるでしょう。それで運が変わるやもしれません」
「ほう」
「ただのお話しですよ。そういうことがあるかもしれないというね」
「あなたは道士だったか」
「そんな大層なものではありません」
「やってみましょう」
「今すぐ急いでやることはありません。それこそゆっくりその気になっていけば、そういう動作になるでしょう」
 これはどうも占いではないようなので、見料の支払いに、その紳士は困った。
 それで、指導料として何らかの金額を支払った。
 その後、この紳士の運命が変わったかどうかは分からない。
 
   了




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2019年10月19日

3545話 老犬ロボ


 取引先に老犬ロボがいるため、何ともならない。田中はこの玄関の番犬を何とかしないと、中に入り込めないので、先輩に相談した。
「老犬ロボねえ」
「あの老人、何とかなりませんか」
「忠犬だからね。何ともならない」
「噛みつかれそうになりました」
「誰に対してもそうだよ。飼い主にしか尻尾を振らない」
「懐かせればいいのですね」
「無理だよ。最初の取っ付きからして吠え立てる。寄れば噛みつく。何ともならない」
「しかし、僕が担当ですから」
「難しいところの担当になったねえ」
「まだなっていません。切り取り次第ということです。取引の道ができれば担当になれます」
「君で何人目かねえ。難攻不落の城だ」
「はい、でも頑張ってみますが、何度行っても同じなので、知恵を借りたいと思いまして」
「きゃつは犬だ。しかも老いぼれた犬。飼い主の命令しか聞かない。だから、犬の扱い方を覚えることだね」
「じゃ、そのままで、何ともならないということですか」
「忠犬だ。それは落とせない」
 田中は番犬のいる場所から行くので先へ進めないと思い、別の場所から入り込むことにした。これも常套手段だろう。色々なところからの接触。
 裏口ではないが、外出中の相手の担当と接触することができた。
 そして取引は簡単に決まった。
 正面玄関があんなに厳しいのに、中はスカスカで、相手の担当も柔らかい人で、人なつこく、愛想もよかった。
 その後、取引は成立し、その担当と長く付き合うことになった田中は、玄関にいる老犬ロボについて聞いてみた。
「あれは犬だからねえ。それしかできないんだ。それに番犬だし」
「それだけのことですか」
「そうだよ。犬は所詮は犬。でも、もういなくなるから正面から入って来てもいいよ」
「どうかしたのですか」
「飼い主が引退したんだ。だからあの老人も一緒に辞めるようだから」
 その事業所の名物だった老犬ロボの伝説は終わった。
 老犬ロボの後任者は、普通の人だった。もう忠犬の時代ではないのだろう。
 
   了




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2019年10月18日

3544話 日常風景


 日常の一寸したことでもより大きく広い世界と繋がっているものだ。ただ、そこから辿っていく必要まではない。日常内での話なので、一寸したことを一寸済ませる程度。それ以上関わるようなことはない。
 これは物や事柄だけではなく、人もそうだ。一寸そこにいる人、風景画の中に一寸書き込まれただけではない。親もおり、子もいるかもしれない。親がいるのならその親もおり、さらにその親もいるだろう。これは辿り出せばきりがないが、日常内ではその必要はない。ただ、いきなりそこにいるわけではないことは確か。当然、通行人にも住処がある。普段着で通っている人なら、この近所の人だろう。大きな町でなければ、こことそれほど違わないところに住んでいるはず。市外とか県外、または国外から来ている人は希だろう。
 その町はよくある地方の小さな町。より大きな町や都会とも隣接している。そのため、そのへんを歩いている人は近隣の人だろう。もし他府県の遠いところから来ているとすれば、何らかの事情があり、こちらが見ているのは日常の風景だが、そういう人にとっては遠隔地になる。わざわざこの町へ来るだけの用事があるのだろう。
 まさか、散歩が長引いてここまで来たなどはないはず。それなら旅行だ。ただ、この町は観光地ではないので、わざわざ来る人などいない。小さな町でもそれなりに観光資源を活かそうとしたり、町興しではないものの、何か地元らしいことをやろうとする動きはある。
 しかし、わざわざ他府県からそれを見に来る人などいないはず。そういった情報を全国的に発しているわけではないので。
 またこの町が故郷の人が、他府県から来ていることもある。お盆の帰省などがそうだ。車で帰って来た人は他府県ナンバーで分かる。
 だから、歩いている人が、全て近所の人ではなく、普段着の人だけではない。中には、とんでもない事情ができて、この町に降り立った人もいるだろう。
 また何らかの病を得て、その後、歩くのも難しくなり、ゾンビ歩きになっている人もいるはず。遡れば、それなりの事情が出てくる。
 日常風景といっても、その中には色々な拡がりがあり、また奥も深い。一人一人の事情だけではなく、建物にも、道路にも、それなりの物語が埋め込まれている。普段はその表の顔だけを見ていることになるが、それだけで十分。何故なら、直接関係してこないため。だから知らなくてもいい。
 そして、それを観察している日常の中にいる人も、いつ自分が日常的ではないことに陥るかは分からない。その他大勢の通行人の中の一人であることは、結構仕合わせな状態なのだ。
 
   了

 


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2019年10月17日

3543話 枯木灘


 秋の長雨。まるで真夏前の梅雨のようにじとじとしている。湿気でカビが生えそうだ。
 暑気落としがあるように、湿気落としをしたいと思い、何か乾燥したことを村岡は考えている。
 乾燥。それは水分が少なくなり、いずれ枯れていくよう感じ。
「枯淡の境地か」
 意味は違うが、カラッとしたもの、カリッとしたものが欲しくなった。すぐにポキッと折れそうな。粘着質がなく、しつこくないもの。
 そんなことを思っているとき、友人に若枯れした男がいる。枯れ木のような存在で、学生時代からそうだった。名を石田という。村岡は彼に合いに行くことにした。しばらく会っていない。わりと親しい間柄で、よく学校の帰り一緒に遊びに行ったりした。
 彼は神戸の灘区に住んでいる。年賀状は毎年来るのだが、住所は変わっていない。そこが実家。
 それで、彼が住む場所なので、枯木灘となる。そういう地名が他にもあるのかもしれないが、これは村岡が勝手に付けたもの。
 その石田の家へ行くのは久しぶり。二回ほど学生時代、遊びに行った。最後に行ったのは三宮で飲んだときで、終電が間に合わないので、彼の家、枯木灘で泊まった。その夜も遅くまで話し込んでいたものだ。だから、一寸した学生時代の顔見知りではない。
 村岡は松茸狩りにその日は行こうとしていたのだが、それをやめて、枯木灘に代えた。この長雨で、松茸がよく育っているのではないかと思ったのだが、毎年見付かるわけではない。山の隙間にある雑木林。ハイキング道からかなり外れているが、支流の奥の斜面にある。しかし湿気が強い場所なので、それよりも乾燥しきった枯木灘の石田を訪ねるほうがいいと思ったのだ。
 久しぶりだし、その後どうしているのかは年賀状で簡単な消息は知っているので、分かっている。相変わらず実家で暮らしているようだ。金持ちのボンボンなので、働く必要はないのだろう。
 金持ちの息子なので欲がない。それでどんどん枯れていったのかもしれない。
 小糠雨。傘を差していても濡れるような雨。その中を村岡は灘の町を歩いている。以前酒蔵があったところは、既にない。
 マンションが多い場所だが、一戸建ての家はそのマンションの敷地以上に広かったりする。そういう家が結構残っている。
 村岡の家はその中にある。木造煉瓦造りで変わった様式だ。まあ、木の板や壁土で固めるところを煉瓦を使っているところが、何カ所もある程度。基本は木造のよくある日本家屋。
 門は鉄柵で、横に勝手口がある。そこは煉瓦塀に穴を四角く空けたような入口。インターホンを押すと、すぐに聞き覚えのある石田の声が返ってきた。
 勝手口は遠隔装置で開くようだ。門と母屋までの間はそれほどないが。
 通された部屋は応接間ではなく、石田の部屋。ここはアトリエのようになっているが、絵の道具などはない。この部屋だけ板の間。以前父親が使っていたようだ。絵描きだったが、日曜画家。親も遊んで一生を終えたのだろう。
「木乃伊になっていないか心配して来たんだ」
「ああ、まだ水分はある」
「ところで、君なら枯淡の境地に詳しいと思い、聞きに来たんだ」
「枯淡」
「枯れることだよ」
「ああ、そうだなあ」
「君のように乾燥したい」
「村岡君は昔から油絵で僕は水彩画だったからねえ」
「煙草を吸うとき燃える」
「それじゃ油顔じゃなく、油紙だ」
「そうだね」
「枯れる方法はねえ、実は体質でねえ。それだけだよ。別に何もしていないから、方法も何もないよ」
「そうだったか」
「残念だね」
 村岡はそのあと、世間話を面白おかしく話した。石田はそれを聞くのが楽しいらしく、たまに枯れ木に花が咲いたように頬を紅くした。
 
   了



posted by 川崎ゆきお at 12:31| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする