2019年10月16日

3542話 三途の渡し


 豊志野の町外れに渡し場があったとされている。もう場所は特定しにくい。木佐美川はこのあたりでも大きな膨らみを持ち、橋は長い間できなかった。もう少し下流に橋が架かったのだが、それでもその橋まで行くのが面倒な人は渡し船を使っていた。
 渡し船以外にも渡り方はある。それほど深い川ではなく、水が少ない日なら歩いて渡れた。そういった飛び石のようなものや、杭などが打ち込まれていたためだろう。
 また、川漁師の舟はどの岸にも着けることができた。また荷船などの川船は終通っていたのだが、これは渡るための船ではない。
 いずれも昔の話で、今は鉄橋もあるし、幹線道路には必ず橋ができた。その間隔は広いのだが、不便を感じることはない。以前ならこちら側と向こう岸とは住む人も違い、また、行き来するような用事もなかった。
 高橋、これは橋の名ではなく、人の名。彼がその渡し場を探していると、葦原からいきなり人が現れ、教えてくれた。
 廃れてしまった渡し場、もう船着き場もない。簡単な板が出っ張っていた程度なのだが、そのとき打ち込んだ何本かの丸太が一本残っている。杭としてはもの凄く太いが、それも蔓草に覆われ、よく見えない。
「ここはねえ、客人、三途の川の渡し場とも言われていたんだよ」
 高橋は案内され、その跡を見るが、面影はその杭程度。町から見ると結構上流にあり、川幅は狭まるが、浅瀬が少ない。だから船底を突きにくいので、ここにできたのだろう。
「三途の川ですか。ここは木佐美川でしょ」
「川の名は色々ある。この町では木佐美川だが、下流や上流では呼び名が違う。わしらは三途の川と言っておる」
「じゃ、向こう岸へは渡れないのですね」
「彼岸と此岸」
「はい」
「此岸とはこちら側の岸、しかし彼岸は今見えておる向こう岸を指すのではない」
「あの世でしょ」
「いや、悟りの世界、涅槃をも差す」
「でも三途の川なのだから、あの世でしょ」
「まあな」
「ところでオジサンは土地のボランティアですか」
「違う。死神御用達の川船頭」
「はあ」
「死神も一緒に渡ることもあるが、ここいらの死神は、この渡し場まで、あとはわしら川船頭が引き受ける」
「そういうシステムだったのですね」
「そうじゃ、だからウロウロしておると、危ないぞ」
「オジサンが乗せてくれるのですか」
「わしは人さらいじゃないが、ウロウロしておると、わしも間違って、乗せてしまうかもしれん」
「舟は」
「呼べば来る」
「縄のようなのを引っ張るとか」
「それは向こう岸の舟を呼ぶとき。ここは一方通行じゃ。それは普通の渡し船。わしら三途の渡し人は縄ではなく紐を引く」
「見せてください」
 船頭は腰から印籠のようなのを取り出し、下に垂れている組紐を引っ張った。
「来るぞ」
「え」
 高橋は走り逃げた。船頭は葦原の奥へと逃げた。
 向こう岸には多くの人達がこちらを見ていた。羽織袴、大小腰に差した侍もいる。小さな子供もいる。その周囲だけ季節外れの菊が咲き乱れていた。
 
   了
 



posted by 川崎ゆきお at 12:08| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年10月15日

3541話 慣れきる


「まあ慣れるほどやることだね」
「なかなか慣れません。それに馴染めないです」
「慣れることは熟れること、成れること。慣れた状態になれば成功したようなものですよ」
「成功ですか。ただの慣れでしょ」
「慣れるだけでも実は大変。月日がかかります。ある程度の期間がね。貴重な時間をそこで使うわけですから、その時間消費分の成果が慣れるということですよ」
「分かるような気がしますが、一発でできないのですね」
「そうです。だから貴重なのです」
「慣れ損なって終わってしまった場合はどうなります。時間の浪費ですか」
「そうですね。無駄なことをして過ごしただけになります」
「だけ、ですか。それが何かあとで意味が出てきたり、その過程があったからこそいいことと遭遇したりとかはないのですか」
「ありません。無駄を認めたくないだけです。無駄は無駄です。しかし、退屈してる場合、それで時間が稼げたので、無駄ではないのですがね」
「退屈などしていません」
「慣れるとはそもそも続けないと何ともなりません。続けてこそ慣れてくるのです。これはいい意味でも悪い意味でも」
「はい」
「苦しいことでも慣れてくるとそうでもなくなってきます。決して楽しいことに変わるわけじゃありませんが、以前ほど苦しくはありません。慣れてきたからです」
「どんどん苦しくなることもあるでしょ」
「そんなときは、もう辞めるでしょ」
「ああ、なるほど」
「面倒なことでも慣れで解決することが多いのです。特別な知恵もテクニックも必要じゃありません。ただただ続けているだけ」
「それで成功するのでしょうか」
「いや、慣れただけで、十分成功ですよ」
「はあ」
「ほとんどのことは慣れで解決します」
「そうなんですか」
「こなれた人がいますね。これは慣れた人ですよ」
「慣れると熟するということですか」
「簡単でしょ、方法が。シンプルだ。種も仕掛けもない。特殊な能力もいらない。慣れさえすればいいのです」
「はあ」
「新入学、初めて見る同期生。こんな顔が世の中にあることは分かっていますが、見たことのない人達でしょ。特に変わった顔でなくても、初顔です。どういう声を発するのか、どういう人なのかも、まったく分からない。ところが学校などではすぐに慣れてきます。一年後にはすっかり顔馴染み、そして馴れ馴れしくできるようにもなっているはず。いつもの顔ぶれがいつも通りそこにいる。そうでしょ。そしてこのメンバーでないと落ち着かない。他のメンバーは考えられないほど馴染んでしまいます。良い状態のクラスだとね」
「確かにそうですが」
「入学当時、教室内でそれらの顔を見たときの印象と随分違うでしょ。一年後はもう見飽きたような人達になっているはずです」
「それが」
「そう、それが慣れるということですよ。慣れるだけで、もう十分」
「特に何もしていませんねえ」
「そうじゃないでしょ。細々とやっているでしょ。色々と距離を測りながら、接しているでしょ」
「はい」
「他のことでもそうです。慣れることが一番大事。どんな状況、環境下でも、慣れは強い味方になるでしょう」
「でも師匠の話、毎回毎回聞いていますが、似たような話ばかりで、すっかり慣れたのですが、飽きました」
「慣れると飽きる。そこです」
「何か解決策は」
「それはまだ慣れきっていないからです。慣れたと思うのはまだ早い。飽きるにもまだ早い」
「慣れた頃が危ないといいますねえ」
「だからまだ慣れ切れていないのですよ」
「それは何処まで続くのですか」
「さあ」
「頼りないですね師匠」
「師匠としての私もまだ慣れ切れていないのじゃよ」
 
   了



posted by 川崎ゆきお at 12:42| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年10月14日

3540話 風魔


 台風が近付くと岩田翁は頭が痛くなる。低気圧のためだろう。それに妙に気温が上がり、生温かくなる。そろそろ暖が欲しいと思っているときに、暑さが戻ったような感じで、この急激な温度差のためか、身体も重くなる。中が付いてこないのだろう。
 岩田翁は風魔のことを思い出した。それは台風の直撃を受けたときだ。空気の玉のようなのが飛んできてフワフワ漂っていた。どこから入り込んだのか、野球のボールぐらいの大きさ。そんな隙間はないはず。もしやと思いトイレに行くと、その窓がボールが通る程度開いていた。便所の戸は閉まっている。だから岩田翁が入って出たとき一緒に付いてきたのだろう。岩田翁の部屋は奥まったところにあるが、戸はほとんど開けている。だから家の中を飛び回っていたのだろう。
 それが風魔。
 岩田翁はそっとその風魔を両手の平でひよこのように軽く捕まえた。そしてフワフワした玉の奥に目鼻らしきものを見た。怖い顔をしている。
「誰だ」と岩田翁が聞くと「風魔」だとこたえた。そう聞こえたのかもしれない。
 風魔は南方の悪魔で、台風の目の中に閉じ込められ、ここまで来たらしい。台風から目がなくなり、ただの低気圧に変わったとき、飛び出たのだろう。時間的にも岩田翁の真上を通過した直後だ。このとき、既に低気圧に変わっていた。
 風魔は幻のような存在で、手応えがない。岩田翁はぐっと両手で握ってもスカスカ。物理的なものではないのなら、台風の目に閉じ込められることもないはずだが。
 しかし、風には弱いらしい。影響を受ける。特に空気の渦に弱い。風の悪魔なのだが、風に弱いのだ。
 戻りたいかと問うと、頷いたように見える。しかし、便がない。南方へ向かう便が。
 しかし、何度か、そういうことがあったらしく、帰る方法を知っているらしい。それは海流。かなり遠回りになるが太平洋を半周以上するコースがあるらしい。
 それは遠いだろ。台風なら一週間でここまで来られるはず。海流では遅いし、何処へ流されるか分からんだろうだろと聞くと、コースは分かっているらしい。
 この風魔、自力で動ける距離はしれているらしく、遠距離移動はできない。だから風に流されるとかでないと無理。
 それでは南方へ向かう飛行機か船に入り込めばいいと岩田翁が進めると、閉じ込められるのは嫌だという。
 物理的な存在ではないはずなのだが、壁抜けはできないようだ。何処かこの世の影響を受けているのだろう。だから岩田翁にも見えるのだ。ただ、かなり薄い。よく見ないと、玉の奥にある目鼻は見えない。
 結局、この風魔、一番効率がよく、そして自然な方法で南に帰ることに決めたようだ。
 それは渡り鳥にくっつくこと。
 その季節になるまで、岩田翁の家にいた。
 風魔、南の島での本当の名前は直訳すると魔球とか。知らなくてもいい知識だ。
 
   了

 
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2019年10月13日

3539話 ライブの前に


 宮内の町でライブをするのなら、しんさんに声をかければいいと聞いた。しんさんは有名人なので、聞けば何処にいるかすぐに分かるとも。
 しんさんは古いミュージシャンで、この世界では草分けに近いが、ヒット曲がなく、もう忘れられた存在だが、この業界では誰もが知っている。知らなければモグリ。だが、最近はモグリのミュージシャンが多く出てきたため、しんさんといってもピンとこない。ましてや地方にある聞いたこともないような宮内の町。
 柴田は全国ツアーで地方を回っているのだが、何度かに分けている。その中に、宮内が含まれているのだが、これは自分で決めた。宮内にライブハウスがあるので、庄内と駿河の間の町なので、ついでなので、そこも入れた。ただ、柴田は無名ではないものの、かなりの若手。
 それで宮内でやるのならしんさんと会ったほうがいいという話。やくざの縄張りではあるまい。
 しかし、やる前にしんさんに声をかけておくことを何度も念押しされた。
 そのしんさんの歌、レコードにもなっていない。ネットで調べてが、まったく引っかからない。そして今はもう歌っていないのだから、普通の人だろう。宮内が故郷なのかもしれない。
 噂では顔を繋いでおかないと、客が入らないらしい。ただ、ファンが多い人は別で、入りきれないだろう。しんさんに声をかけさえすれば、結構人を集めてくれるらしい。そのほとんどはしんさんと縁のある人達だが。やはり地元の強味かもしれない。そこに根を張っているのだから。
 柴田は二人でも三人でもいいと思っている。それほど有名ではないので、それは仕方がない。だから、無理にしんさんに頼んで、客を増やしてもらわなくてもいいような気がするが、宮内まで来てしんさんと会わなかったとなると、問題だという。どんな問題が起こるのだろう。
 しんさんは有名ではないが、その友人達は大御所になっている。凄い名前がずらりと並んでいる。顔が広いのだ。だからしんさんに挨拶しておくのはいいことだという話。後々何を言われるか分からないので。
 それで柴田は宮内の町に入ったとき、すぐにしんさんを探した。
 誰でも知っていると、久保田がいっていたので、通行人に聞いてみた。すると、すぐに分かった。
 教えられた家は、結構古くて立派な屋敷だった。ここが実家なのだろう。
 インターフォンを押すと若い子が出てきた。この家の子供だろうか。高校生だろう。
「しんさんいますか」
「ああ、ちょっと待って」
 そして出てきたのはお婆さんだった。
「しんさんですか」
「そうですが」
「間違いました」
 しかし確認しなくても、姿を見れば分かるだろう。どう見ても婆さんだ。
「あんた、探しているの、のぶさんじゃないかい」
「ああ、そうかもしれません」
 その信さんは四軒向こうにある酒屋にいるらしい。
 酒屋は既に廃業している。配達する人がいないためだろか。しかし自販機は並んでいるが。
 シャッターを叩くと、すぐに人が出てくる気配。
「はい」
「のぶさん、お願いします」
「ああ、おのぶさんだね」
「しんさんともいいませんか」
「おのぶさんです」
「おがつきますか」
「はい」
 ここではもう確認の必要はないだろう。しんさんはもうかなり年を取っているが男だ。
 おのぶさんというのは、この家の出戻りらしい。もう会う必要もないのだが、店舗跡に、フワッと姿を現した。
「何か」
「いえ、しんさんを探しているのですが」
「しんさん」
「男です」
「知らない」
 出戻りは小姑の顔を見る。
 小姑も知らないらしい。
 誰でも知っている有名人ではなかったようだ。
 久保田が大袈裟にいっただけなのだろう。
 そのあとも、しんさんを訪ね歩いたが、一人、やっとしんさんを教えてくれたが、子供だった。
 どうもしんさんというのは通り名で、愛称のようなものだろう。本名が「真」ということも考えられるが、真一とか、信太郎とか、その年代なら、そんな名かもしれない。しかし上の名字が分からないので、何ともならない。
 ライブハウスで聞けば一発だが、久保田によると、その前にしんさんと会えということ。これで、ライブハウス内での扱われ方が全く違うからと。
 しかし、業界内だけで通じる愛称では何ともならなかった。
 結局しんさんは見付からないままライブとなる。
 別に何の影響もなかった。
 後でライブハウスの人に聞くと、しんさんはその日聞きに来ていたらしいが、客の中に知り合いがいないので、途中で帰ったとか。
 宮内でしんさんに挨拶しなかったが、その後しんさんの祟りはない。
 
   了




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2019年10月12日

3538話 特殊な能力


 妙な子だと言われ、村の悪童に取り囲まれ、あわやとなったとき、カラスが飛んできた。見ると周囲の木々にカラスの群れ、明らかに襲ってくる勢い。
 また少し山に入った所で、熊と遭遇したのだが、怯えているのは熊で、飛んで逃げ去った。
 この少年、ある日村に来ていた高僧のもとに連れていかれた。変わった僧侶で、位は高いが、妙なことに興味を持ち、特にこの少年のような不思議な能力を見聞するのが好きなようだ。これは本道ではない。そのためか、今の位が限界のようで、人徳に少し難ありとされている。それでもかなりの高僧だ。
 高僧は少年の相を見て、将来世に頭角を現すであろうと予言した。ただの百姓の子供。時代は既に江戸時代中頃。大きく世が変わる動乱期ではない。
 村の悪童達はカラスに襲われそうになってから、もう近付かなくなった。ただ、一人だけ、どうしても懲らしめたいと思い、その少年と対決したことがある。今度はカラスは来なかったが、少年から出ている殺気に驚き、逃げ出した。別に目の色が変わったとかではなく、このまま取っ組み合いになれば殺されると直感したためだ。
 少年の家は土地持ちの農家で、所謂本百姓。小作人こそいないが、これで食べていける田畑を持っていた。長男である少年は、真面目に野良仕事を手伝った。もう悪童達もいい年になり、その少年に絡んでくることはなかった。ある年代になると、もう大人扱いになるためだ。
 つまり、この少年、普通の百姓の子として、その後もこの村で過ごし、やがて、家を継いだ。
 子供も生まれ、やがて孫もできた。
 彼は自分に特殊な能力があることを知っていたが、それを使うようなことはなかった。
 ただ、孫と遊んでいるとき、すっと鳥を呼び寄せたりする程度。
 潜在能力、それがいくらあっても使わないままのことがあるのだろう。
 小さい頃、お寺に来ていた偉い坊さんの予言も当たらなかったようだ。僧侶にその能力が無かったのだろう。
 彼はその後も世に頭角を現すことなく、一生を終えた。
 
   了



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2019年10月11日

3537話 すっきりさせる


「色々思うところがありまして」
「辞めるのかね」
「はい」
「何を思った」
「いえ、事情がありまして」
「それを思ったのか」
「はい」
「どんな事情かね」
「諸事情」
「だから、どんな事情なのかね」
「それは言えません」
「理由はそれだけかね」
「はい、一身上の事情でして」
「君だけの一方的な事情だね」
「そうです。僕だけの問題です」
「まあ、いいがね。去る者は追わずだ」
「ここがどうこうしたとかのことではありません」
「どうこうとは何かね」
「いえ、仕事関係ではなく、家庭の事情です」
「だから一身上の事情なんだね」
「そうです」
「分かった。手続きをしておこう」
「はい、有り難うございました」
「嬉しそうだね」
「いえいえ。苦しいです。折角慣れてきたところなのに、すぐに辞めてしまうのは心苦しいのですが」
「苦しくなさそうだけど」
「じゃ、これで」
「最後に」
「はい」
「一つ聞きたい」
「あ、はい」
「何か言いたいことがあるだろ」
「いえいえ滅相な、何もありません」
「そうか、じゃいい」
「失礼します」
「もう二度と会うこともあるまい」
「はい」
「すっきりしただろ」
「いえいえ」
「私はすっきりした」
 
   了




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2019年10月10日

3536話 片隅の人


 神田という人がその業界にいるが、存在感が薄い。それは若い頃からそうで、そういう人がいるということは当然認識されているが、ほとんど相手にされていない。目立たないのだ。影が薄いのだろう。それで神田ではなく、影田と呼ばれている。
 注目されるだけのものがなく、また大人しい性格で、口数も少なく、いつも隅っこにいる。つまり辺境の人だが、中原での人の入れ替わりが激しい中で、神田の存在も何の保証もないのだが、不思議と無事でいる。都ではなく田舎なので、影響が少ないのかもしれない。
 そして中心部での争いなどにはまったく関わらない。辺境に神田がいることは知られているが、役に立たないので、無視されていたのだろう。また、数に入れなくてもかまわない存在。
 その神田ももういい年になっていた。その間体制が何度も変わり、消えていった人も多い。神田は相変わらず業界の片隅でひっそりといる。いてもいなくてもいいような存在なのだが、それなりに業績を積んでいる。キャリアだけは長くなり、若手にとっては大先輩に当たる存在。だが、そんな人がいることさえ影の薄さからなかなか気付いてくれる人もいない。
 ある時期、大変動が起こり、体制派と反体制派の凄まじい闘争になり、共倒れした。
 さて、そこで出てくる。
 人がいないのだ。
 そういえば神田という大先輩が一人いたなあ、ということで、思い出してもらえた。
 神田はこの業界のトップとなった。
 人がいないのだ。
 神田には元々人を引っ張るような力はなく、リーダーの条件をほとんど持っていない。
 しかし、下の者の意見をよく聞く人なので、その温和な性格でか、結構丸く収まった。
 よく考えると、この業界、リーダーなどいらなかったのだ。
 
   了




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2019年10月09日

3535話 思い出の中の人


 過去は戻ってこない。と思うのは、思い当たることがあってからのことだろう。
 以前行ったことのある土地、町でも山でも場所でも建物でもいい。同じことがまたできるのなら、そうは思わないだろう。消えてなくなったものならもう二度と行けない。その場所までは行けても、目的とするものがなかったりするため。
 また人もそうだ。何年何十年も経つと、もう関係が消えたりし、その人が生きていても、もう二度と会えないとか、会ってはいけないとか、そういったことがある。状況が違っているためだ。
 当然以前行った旅行先。これはそっくりそのまま戻れるかもしれない。多少は変わっているにしても。しかし、そこへ行く気がもうなかったり、また旅行などしなくなっていたりすると、思い出の地へは行けない。物理的には行けるが、問題は本人が昔のままではないということ。これが一番大きい。その時代、その年の頃は再現できない。
 そういうのは何かの拍子で思い出すことはあっても、以前ほどには鮮明には覚えていない。旅行から帰って来たあたりでは一部始終覚えている。車窓から見える山並みとか、離れた席に座っている人の話し声とか。会話のセリフ全ては無理だが。
 それが一年、数年になると、かなり間引かれてしまい、もっと年を重ねると、そういう所へ行った覚えはある程度にな。行ったことは覚えている程度。
 昨日のことを思い出そうとしても、結構忘れているのに、遙か彼方の過去のことになると、ほとんど記憶から消えているだろう。ただ、事実関係程度は何となく覚えている。
「思い出の中によく出てくる人なのですがね」
「はい、誰にでもいますよ。印象深い人が」
「ところが記憶にないのです」
「記憶にあるから思い出すのでしょ」
「はい、色々なところに出てきます」
「じゃ、記憶にあるじゃないですか」
「ところが、誰だか分からない」
「まあ、忘れることもありますよ」
「覚えていないのに忘れることもないでしょ」
「え、どういう意味ですか」
「思い出の中だけに出てくる人なのです」
「ほう」
「そんな人はいません。私の過去の中には」
「何と」
「当然名前も曖昧で、顔も曖昧です。しかし、よく知っている人なのですが、誰にも該当しないのです」
「それは夢の中での話ですか」
「違います。普通に昔のことを思い出したとき、色々な人が出てきますが、その中に混ざっているのです」
「何か、故障でしょ」
「そうなんですか」
「そうですよ」
「故障とは、また……」
「思い出というのは作られるものかもしれませんからね。その都度ね。だから、その再現装置が故障したのでしょ」
「いやいや、もっと神秘的で不思議な話ですよ。これは」
「何か影響ありますか」
「ありません。ただの回想ですから」
「じゃ、それでいいじゃありませんか」
「あ、はい」
 
   了




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2019年10月08日

3534話 菓子箱


「秋の初めの頃は体調が悪くてねえ」
「夏の終わりがけにも言ってましたよ」
「いや、夏の終わりと秋の初めじゃ違う。タイプがね。だから体調の悪さも違う」
「そういえば夏頃は何も言ってませんでしたね」
「安定してたからね、天気が。だから体調も安定していた」
「冬もそうですか」
「そうだ」
「じゃ、秋の終わり頃は」
「悪い」
「冬の始まり頃は」
「悪い」
「秋の終わりと冬の始まりは同じじゃないのですか」
「これも違うのだよ」
「じゃ当然冬の終わり頃とか春の始まり頃とかも悪いのですね」
「そうだね」
「それは治るのですか」
「季節が深まればね」
「はい」
「それだけの話だ」
「そうですね」
「しかし、影響がある。体調が悪いときは静かにしている。だから生活は落ち着いている。だから悪い時期じゃない。体調は悪いがね」
「じゃ、体調が悪い方がいいと」
「それはいけない。特に秋の初めのだるさは何とも言えん。夏の終わりにはそれがないが、秋の初めは怠い。それと風邪の症状と似たものがある」
「はい。それは辛いでしょ」
「そこまで厳しくはない」
「はい」
「ところで今日は何かね」
「少し頼み事がありまして」
「さっきまで聞いていただろ」
「まだ話していませんが」
「いやいや、体調が悪いと言ってるんだ。頼まれごとなどできる状態じゃない」
「でも、簡単なことなので」
「うーむ。面倒なことはこの時期したくない。静かにしていたい」
「尻に火が点いています。助けてください」
「自分で消せ」
「何とかお願いします。ある人物を紹介して欲しいのです」
「消防の人か」
「違います」
「さっさと言え、回りくどい」
「西田さんを紹介してください」
「西田か」
「はい」
「必要なのか」
「西田さんなら助けてくれます」
「分かった」
「助かります」
「安い御用だが、あの人も体調を崩しておるはず」
「そうなんですか。どんな容体で」
「私と同じだ。秋の初め頃は体調を崩しておられるはず」
「じゃ、見舞いがてら、伺います」
「しかし、わしよりひどいぞ」
「そうなんですか」
「まあ迷惑な話だ」
「すみません」
「それに」
「はい」
「今日は頼み事をするのに、手ぶらかね。横の風呂敷包みは何だい」
「はいはい、これをどうぞ」
「何だ、菓子か。しかも包装もしていない」
「粗末なものなので」
「菓子箱だけは立派じゃなあ」
「はい」
「それに重いのう。水菓子か」
「いえいえ」
「甘い物か」
「え」
「だから甘い菓子か」
「それは、忘れました」
「しかし、重いのう」
「饅頭だと思います」
「あんこの重さか」
「はい、つまっていると」
「しかし、どんな菓子か分からんとさっき言っていたが」
「いえ、おそらく、そうだと」
「分かった。じゃ、西田へは電話しておく。それでいいな」
「はい、有り難うございました」
 
   了




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2019年10月07日

3533話 何でもないもの


 何でもないもの、これが一番扱いにくかったりする。特徴がないためだ。特に何かが飛び出しておらず、これといった引っかけどころがない。簡単で、たわいのないもので、ありふれている。これを意識的に扱うとき、掴み所がないのだ。
「世の中にはそういう面もありますねえ」
「ほとんどそうだったりしますよ」
「そうなんですが」
「ごくありふれたものなので、何処にでもあり、何処にでも転がっており、見飽きるほどありふれています。だから、逆に難しいのですよ」
「ほう。平凡すぎてですか」
「そうです」
「じゃ、平凡に扱えばいい。だから一番簡単で扱いやすいはずですよ」
「だから難しいのです」
「うむ、その理屈が分かりませんが」
「平坦すぎてメリハリがない」
「それが特徴でしょ」
「特徴と言えるものが少しでもあればそこを弄れますがね。それがない」
「ほう」
「だから、特徴が有り、非凡なもののほうが扱いやすい。ポイントがはっきりしていますからね。そこを弄ればいいのですよ」
「のっぺらぼうでは弄りようがないと」
「だから、ここからはかなりの技巧が必要なんです。一番扱いが難しいのでね」
「その場合、どうされるのですか」
「のっぺらぼうに目鼻を付けます」
「なるほど」
「扱う人によって顔が変わります。特徴がないのですからね、僅かな起伏を膨らませることになります」
「妙なことをされているのですね」
「平凡なもの、ありふれたものから価値を見出す。これをうまくできるようになれば、宝の山ですよ。ゴロゴロ素材が転がっていますからね」
「そんなうまい話があるのですか」
「いや、これは心がけの問題でしてね。元々何でもないものなので、何もないわけです。だから勝手に何かあるようなつもりでやるわけです」
「はあ」
「最初から難しそうなものは意外と簡単なのですよ」
「違いは何でしょう」
「違わないところを違えることです」
「もう分かりません」
「まあ、何でもないものを扱うのは超上級者でしかできません。なぜならどう扱っていいのか見当が付かないからですよ」
「難しいお話、有り難うございました」
「理解できましたか」
「できませんでした」
「簡単な話過ぎたようです」
 
   了






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2019年10月06日

3532話 不思議な話が残る村


 小倉村から先は辺境に入る。小倉村そのものも片田舎にあるのだが、それなりに平地がある。盆地だ。古くから開けていた場所なので、田舎だがそれなりの文化も育っている。ただ、中央から見れば草深い田舎。実際、草の丈は長いようだ。
 小倉村には様々な伝承があるが、その中でも怪異談が豊富。小倉村の先は何もない山々が続き、村落はない。ただ、僅かながらも平らな場所もあるのだが、敢えてそこには村を作らない。山の神の土地だと言われているためだが、奥山とはそんなものだ。そこから神が漏れてくるわけではないが、御山の入口あたりで色々な話が残っている。
 当然村内にも数え切れないほどの怖い話や、気味の悪い話、また妙な現象についての言い伝えもある。当然楽しい話、愉快な話もあるにはある。要するにそういった昔話の宝庫。だから怪異談の数も多い。決して怪異談だけが伝わっている村ではない。
 ここを調査した人は結構いる。ほとんどが口承で、口から口へ耳から耳へ、それをまた誰かに伝えるというもの。
 当然書き留めた人もいるが、数は少なく、口承のほうが圧倒的に多い。
 最近になって、一人の研究家が、そこを訪れた。既に調査され尽くし、聞き取りなどはもう既に終わっており、それを聞いたとしても、既に初めて聞く話ではない。
 本田というその学者は、いつ頃からの話が多いかを調べた。すると平安時代までは遡らないようで、鎌倉時代の中頃からの話が多い。当然この村の歴史は古いので、さらに昔の話も伝わっているはずだが、それはない。
 さて、細かい話は抜いて、本田が調べた結果を話そう。
 鎌倉時代に入るまで、このあたりは中央とは切れていた。その頃流れてきた人がいる。流浪の語り部らしく、琵琶法師のようなもの。ただ、楽器は使えない。だから一席設けて、そこで話して金銭を得ていた。勧進坊主のようなもの。
 怪異談のほとんどは、この男の創作らしい。本田が調べたのは、この男の消息だが、ほとんど分かっていない。
 この男の話を聞いた村人が、他の村人に伝えだした。不思議な話なので、人に喋りたくなったため。
 そこには山の神や鬼や、河童や狸や、馴染み深いものが登場してくる。
 先に話ありきで、フィクションが先なのだ。
 それを村人から村人へ、そして、その子から孫へと話しているうちに、フィクションであることを忘れたのだろう。
 その後、そういう異変がよく起こり、不思議な現象、山から天狗が下りてきたとか。川で河童を見たとかが続いた。
 河童が先にいるのではなく、河童の話が先にあるのだ。それから河童が出るようになった。
 本田は鎌倉の中頃に来たその漂泊者を調べたが、手掛かりは何もない。あるのは、そういう人が村に来て、不思議な話を聞かせてくれた程度のもので、これは書きもので残っている。しかし、その後まったく忘れ去られた。
 こいつが原作者なのだ。
 その後、本物の異変が起こり、妖怪変化がうじゃうじゃいる地方になった。
 これこそ不思議な話だ。
 
   了
 


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2019年10月05日

3531話 腹八分


「腹八分がいい」
「また、急に何を言い出すのですか」
「茶碗がある」
「はい」
「それに富士山じゃないが八合目あたりで止める」
「八割ということですか」
「まあ80パーセントということじゃ」
「茶碗の大きさにもよりますが」
「細かいことはいい。八分で止める。ましてや山盛りは駄目」
「てんこ盛りですね」
「それは亡くなったときに備えるご飯で、これは縁起が悪い。それに箸をご飯の上からグサリと刺すとなると最悪。墓じゃないか」
「箸墓ですねえ」
「まあ、そういう話じゃない。ほどほどにしておけということだろう」
「それが最近の好みなのですか」
「やや不足している程度がいい」
「でもその不足分、すぐに手に入るのでしょ」
「それを控える」
「満腹じゃ駄目ですか」
「満ち足りてしまうとね」
「満ちないほうがいいと」
「そうじゃな。まだ余裕を残しておる状態。しかし、やればできるのだが、しない。満腹ではそこで終わってしまう」
「もの凄くよく聞く話ですが」
「分かっていてもできない」
「腹八分目はどのような境地ですか」
「やればできるのだが、しない」
「駄目じゃないですか」
「そうだな。何か手を抜いているように聞こえるが、そこが際どいところでな」
「はい」
「寸止めの余韻」
「また、ややこしいことを言い出しましたねえ」
「ややこしくはない」
「村八分などはどうです」
「あれは村人としての付き合いは八分は駄目。しかし二分はできる。葬式とかには出られる」
「じゃ、腹八分とはまた違うわけですね」
「腹二分になるからな」
「そうですねえ」
「二分じゃ食べたことにならない」
「今回はどういうところから、思い付かれたのですか」
「わしの話は全部思い付きか」
「そうじゃなく、急に言われるので、何かあったのかと思いまして」
「控え目の良さのようなものを体験したのじゃ」
「師匠ほどの人が、今頃そんなことを」
「立派な師匠なら、こんなところで、ゴチャゴチャ垂れてはおらん」
「はい」
「控えるというのは少しだけ欲を抑えることでな。全部じゃない。少しだけ。これがいい」
「はい」
「腹八分なら空腹ではないはず。だから支障はない。我慢とかではないはず。少し物足りないかなと思う程度だが、美味しおかずがあればもっと食べたいと思うが、普段の飯はそんないいものではないはず。さっさと済ませたいときも多い。食べるのも疲れるのでな」
「それだけですか」
「いかんか」
「それだけでは物足りません」
「だから腹八分にしなさいと言っておる」
 
   了



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2019年10月04日

3530話 隅の埃


 何の事務所かは分からないが、個人事務所。だから小さい。建物も古い。場所もオフィス街から離れている。町名一つで安くなる。
「何かありますか」
 訪問者が聞く。
 仕切りが一つあり、そこに接客用のテーブルがある。
「何もありませんねえ」
「ありませんか」
「まあ、無理に探せばあるにはありますがね」
「ほう、どのような」
 訪問者は身体を乗り出す。
「部屋の角に埃が溜まりましてねえ。既に綿ぶく状態です」
 訪問者は事務所の角を見るが、どの角も物が置かれている。
「ここじゃありません」
「分かっています。冗談です」
「これが気になってましてねえ。さっと箒で掃けば済むこと。しかし、その行為には至らない。何故だと思います」
「さあ」
「少し綺麗になるだけです。まあ、普通になるだけで、綺麗さが新たに加わるわけじゃないですが、この隅は板の間でしてね。いい木を使っているので、磨けば光るかもしれません」
「何かあるとはそのことですか」
「いや、その程度のことじゃ何ともならないでしょ。ただの掃除ですよ」
「私に掃除を依頼したいと」
「何かないかといわれたのでね。その程度しかないということですよ。頼めますか」
「分かりました。引き受けましょう」
「わざわざあなたが出るほどの用事ではないでしょ」
「他に何もないので」
「そうですか。じゃ。お願いします」
「その部屋の角の埃だけでいいのですね」
「そうです。そこだけです。そこに溜まりやすいのです」
 訪問者は地図を書いてもらい、鍵を預かった。
 場所は郊外。住宅地。
 地図にある建物を見付け、玄関口に預かった鍵を差し込むと、カチッと開いた。
 そして、建物に入り、教えれた部屋に入る。二畳ほどの板の間。その隅は一箇所。
 確かに埃が溜まっていた。
 そのまんまの依頼だった。
 
   了




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2019年10月03日

3529話 陰獣対陽獣


 平田陰獣と蛭田陽獣がいる。どういう分け方かはすぐに分かるだろう。
 この陰獣と陽獣は意外と仲がいいかもしれないし、悪いかもしれない。また普通だったりするかも。
 少し暗い人、明るい人はいる。陰獣はうんと暗い人で、陽獣はうんと明るい人。両端にいるのだが、その端っこの人数はかなり少ない。暗すぎる性格もおかしいし、明るすぎる性格もおかしい。ほとんどの人は中獣だろう。
 だから中獣の場合、特に語ることはない。それが問題にはならないためだ。
 ある日、とある業界の総会で、偶然この二人が同席した。座敷だ。しかも狭い。茶室にもなるらしい。ここはそれなりの人しか入れない。茶の席では身分はなくなるのだが、ここは偉い人の控えの間のようなもの。または休憩所。
 そこに偶然平田陰獣と蛭田陽獣とが鉢合わせになる。
 総会行事は大広間で行われているが、今は雑談状態。懇談会、親睦会のようなもの。一寸した展示などもある。
 二人共長老格だがライバル同士ではない。本当の長老は別にいる。普通の人だ。陰獣では駄目で、陽獣でも駄目なので、二人とも端っこにいる長老。そして長老が結構多い。
 だから総会ではなく、長老会のようになっている。
 この業界、もう古くなり過ぎ、若い人がいない。全員年寄りだと、いきなり若者は入りにくいだろう。その中間の年齢の人がいればいいのだが。
「まずいです」
「二人一緒かね」
「そうです」
「何をしている」
「お茶でも飲んでいるのでしょ。静かです」
「会話は」
「ありません」
「じゃ、何も起こっていない」
「しかし、まずいです。両極端なので」
「そうだね」
「それに二人とも暴れます」
「獣だからね」
「そうです。危険です」
「まあ、二人共大人だ。馬鹿なことはしないだろう。それに長老なんだし」
「そうですね」
「しかし長いねえ。なかなか出てこない」
 幹事は心配になり、その茶室風の襖を開けた。
 すると、二人とも横になっている。向かい合ったまま横たわってしまったのだ。
「睨み合っていたのでしょうねえ」
「そうに違いない」
 相打ちと言うより、共倒れだった。
 
   了



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2019年10月02日

3528話 創意工夫


「多彩なアタック方法ですか」
「そうです。多様な」
「そのメリットは」
「同じことでも新鮮に見えます」
「あ、そう。中身は同じで、やっていることは同じなので、結果も同じでしょ。だから同じことの繰り返しに過ぎませんねえ」
「まあ、そうですなあ」
「それで、新たな展開とか、進歩とか、そういったものが、その新たなアタック方法で生まれるのなら別ですがね」
「生まれません」
「じゃ、駄目ですねえ」
「しかし、同じことを繰り返しておりますとですね、もう考えなくてもできる。暗記してますからね。意味など考えない。次はこれをして、終われば、これをしてとかの流れが自然に付いていますから」
「それは慣れというものですねえ」
「そうです。しかし」
「はい」
「意識してやり出すとできない」
「ほう」
「次は何をしていいのか順番さえ見失います。しかし前後のことを考えれば、すぐに分かりますがね。でも、これでいいのかと不安になったりします」
「ほう。何でしょう」
「パターンで覚えているのでしょうねえ。中身じゃなく」
「それはありますねえ。私はパソコン操作が苦手なんですが、ファイル一覧からファイルを選ぶとき、上から二番目とか、三番目とか、そういう方法でやっています。ファイル名など見ない」
「それに近いです」
「これは会社のパソコンですがね。たまに誰かがフィル一覧の順番を入れ替えたりしています。更新順とか、新しい順とか、名前順とか。すると、もう分からなくなります。ファイル名を見ないと、探せません。ところがいつもは上から三番目です。これを動かされると止まりますねえ」
「はいはい、それと同じなんです」
「ファイル名もですねえ。ずらりと並んでいる中から探すときでも、短い目のファイル名だったので、まずはそこから探します」
「もうその話はいいです」
「そうですか」
「本題はアタック方法を毎回変えるということです」
「ああ、忘れていました。そういうお話しでしたねえ」
「順序を変えると、違った道を歩いているようなものでしてね。通り方によって、印象が違うのです。それで、新たな発見があったりします。パターン化したやり方では気付かないことです」
「はい」
「終わりました」
「ああ、それだけでしたか。何かすごいことを言い出すのではないかと期待していたのですがね」
「まあ、同じことばかりしていると飽きてくるものですよ。だから飽きないような工夫です」
「でも新たなものを産み出す方法じゃないでしょ」
「それは先ほど聞きました。それがどうかしましたか」
「いえ、進歩とか、色々と」
「多少進んだ程度では何ともなりませんよ」
「なりませんか」
「千メートルに一ミリ足す程度ですから」
「ああ、なるほど微々たるもの」
 
   了





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2019年10月01日

3527話 範囲内の世界


 世の中には範囲がある。当然個人にも範囲がある。その範囲から外に出ようとするのはうんと若い頃だろう。自分を試すためではないものの、行けるところまで行ってみようと。つまり未知なる可能性を持っているためだ。未知に対しては憧れを懐きやすい。夢や希望というのはそのあたりにある。つまり今の範囲から出たところ。
 ただ、範囲を確かめる必要もない人もいる。与えられた範囲、常識的な範囲で充分という感じだが、それさえ難しい場合もある。普通にやればここまで行けるだろうという一般的な事柄でも、辿り着けなかったりする。
 一般的な人達にとり、あたりまえのことであり、普通のことでも、そこに達していない人にとり、それは未知の世界。
 当然、それら一般的な範囲から遙か彼方まで行った人もいる。平凡な村人ではなく、飛び抜けた村人で、平凡ではないので非凡な人だろう。こういう飛び出しは嫌われるものである。ただ、村のためにもの凄く役立つことをする人なら大歓迎だろう。村長になれる。しかし、村規模を越えてさらに広いところを範囲とした人は、あまり村には貢献しなかったりする。
 それなりの年、分別が付く頃には、自分の範囲が何となく分かる。それが分別というものだ。ではもう冒険しないのではないかというと、そうでもなく。実はこの範囲内にも秘境があるのだ。
 県会議員が市会議員ほど市内のことを知らないようなもの。あまり細かすぎて、そこまで見えないだろう。ローカルすぎるためだ。さらに市会議員よりも、町内の自治会の人のほうがよく知っている。ただ、お隣の町内のことはあまり知らなかったりしそうだが。
 それをぐっと縮めていくと、向こう三軒両隣となり、そして我が家となり、自分個人となる。流石にここまで来ると、もう本人にしか分からなかったりするが。
 さて範囲内の秘境だが、それは探せばいくらでも深みがあるはず。何も広い世界に出なくても、狭い町内でも十分深かったりする。
 ある範囲内で物事を行う。これは広い世界で自由に泳ぐよりも、難しいかもしれない。
 限られた資源を使い、それだけでやるようなもの。その範囲を超えた芸や手を使わないで、やりくりする。そこでは創意工夫とか、色々と凝ったことをしないといけない。だから難しいのだろう。
 たとえば何でもないものを何でもなくはないように見せるようなもの。
 これは幼児が使うクレパスで名画を描くようなもの。こちらのほうが実は奥が深かったりする。
 
   了


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2019年09月30日

3526話 秘境サイト


「落ち着けるものがいいですねえ」
「それは物事が落ち着かないと、落ち着けないでしょ」
「そうですねえ。しかし、落ち着いたものが好きです」
「それも結果的に落ち着いたので、落ち着けるのじゃありませんか」
「結果ですか」
「辿り着いたとき。目的を果たした地点。そこが落ち着き先ということでしょ。何もしてないのに落ち着きだけを求めるのはどうかと思いますよ」
「いや、世の中、次から次で、落ち着いたと思っても、また色々と起こりますからねえ」
「そしてまたそれが解決するなりして、落ち着けるわけです」
「でも着いた瞬間、また立たないといけないようなのでは落ち着きがありませんねえ」
「それが世の中ですよ」
「まあ、それはそれとして、私が思っているのは、落ち着いた雰囲気のものが好きだという程度です。何も事を起こしたり、解決したりして得る落ち着きではなく」
「なるほど、趣向の問題でしたか」
「そうです。好みの問題です。しかし、これは必要なんです。そういう落ち着ける場所が」
「場所」
「はい」
「場所」
「そうです。場のようなものです」
「たとえば?」
「私はネットを見るのですが」
「落ち着けないでしょ。色々と騒がしそうで」
「いえ、個人が作られたホームページが好きなんです」
「ほう」
「もう更新も止まっていますがね。だから動きはありません。新しい記事とか情報とか。しかし、そういう止まったものを見ているとほっとするのです。絶対に更新されませんからね。動きません。それがいいのです」
「でも役立つ情報が得られないわけでしょ」
「もう何度も何度も同じものを見ていますので」
「それじゃ、そこは学び所のようなもので、名著のようなものですか。何度も何度も読み返すような」
「いえ、テキストもありますが、見ているのは絵とか写真です。それとか告示のようなもの。何かイベントがあったのでしょうねえ。何年も前のものですから、情報としては死んでいます」
「そんなのを見て役に立つのですか」
「私には必要なのです。誰も知らない、誰も触らない、弄らない、話題にならない、そういった場所は隠れ家のようなものでしてね。静かで落ち着いていて憩えるのです。下手な芸など見るよりもね」
「それでは時代の流れというか、そういったものを得にくいのではありませんか」
「そんなものは期待していません。むしろ、ないほうがいいのです。そしてあるべきものがいつもあり、変化しない。たまにしか入らないリンク先を覗いたとき、ああ、これを見るのは久しぶりだと、新鮮に感じることもあります。しかし、既に分かっていることですがね」
「私にもそういった隠れ里のようなサイトを教えてください」
「探せばいくらでも見付かりますよ。廃墟、廃屋巡りです。何処とも繋がっていない離島、孤島サイトもありますよ」
「ほう」
「これが必要なのは落ち着ける場所が必要だからです」
「分かるような分からないような話ですが、まあ、消極的な話ですねえ」
「既に終わったもの。これは落ち着けますよ」
「なるほど」
「ところがです。死んでいるはずのそのホームページ、更新があったのです。まだ生きていたんだ。このときはびっくりしました」
「ほう」
「だから、変化が全くなく、完全には終わっていないわけです」
「そういう廃墟サイト、アクセスなんて無いでしょ」
「いえ、カウンターが付いてましね。それは私が動かしているのでしょう。一日数回見に行きますから、その回数分増えていますが、色々な人が偶然検索などで引っかけて、偶然開くこともあるようなので、決して私だけの数字ではありません。他にもいるのです。見に来る人が」
「秘境ですなあ」
「だから、落ち着くのです」
 
   了



posted by 川崎ゆきお at 10:26| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年09月29日

3525話 千古万古


 千古からあるものは人が関わっているが、万古からあるものはどうだろう。今もまだ引き継がれているのは当然千古の昔のものが多く、馴染みが深いかもしれない。
 千古万古の昔からあるもの、そして未だに続いているものはやはり価値がある。続いているだけでも馴染みの線が切れていないためだ。
 しかし、今のものでもよく見ると、千古万古からあったものの発展型かもしれない。
 では千古万古からある考え方などはどうだろう。千年前と同じ感情のままのものは結構ある。四季の変化に関する形容とかだ。それらは古歌として言葉で残っていたりするが、その時代の言葉を聞いても、分からないかもしれない。
 坊主殺せば何代か祟ると言われている。七代か八代かは忘れたが、考えてみれば、かなりその一族は反映するということだ。絶えないで何代も続く。ただ祟られるだけで、亡びはしない。一寸苦しい程度だろう。
 これは坊主が言いだしたことなのかもしれない。一応僧侶なので、殺生できない。だから祟る程度。
 明治大正昭和令和。これだけで四代だ。だからその倍以上祟られるのは大変だが、二代や三代で亡びてしまわないので、その血筋は十代近くまで確実に保証されていることになる。その後、その呪いは解け、呪い明け後パタリと絶えたりしそうだが。
 祟られている間、その一家が絶えてはいけない。祟る相手が無くなるからだ。それが終われば、もう祟らなくなるが、長くその一家が続くかどうかは分からない。
 別に祟られなくても、絶えて消えてしまった家などいくらでもある。しかし血の繋がりのある親族などが残っていたりする。本家も絶え、分家も絶えると、もう駄目だ。血の繋がりではなく、一族としての存続だ。
 たとえば男子がいなければ養子を取ればいい。娘は親の血を継いでいるので、その子も引き継ぐ。
 千古から続いている家系もあるだろうが、続いていても分からないことがある。どこから始まったのか、何処から数えていいのかも。そして大した家でなければ、続いていても分からない。
 千古の昔からそこに棲み着いた人達もいるだろう。村の歴史などでは、よくあることだ。だからそこにあるような古い家は、千古の昔から続いているかもしれない。
 また、その村に棲み着く前から数えると、凄い数の先祖がいることになる。
 先祖代々の墓はあるが、それを参る子孫がいなかったりする。絶えたのだろう。または引っ越してしまい、遠すぎて放置したのかもしれない。
 古そうな家を見ると、この家は何代続き、先祖はどんな人達が連なっているのかと想像する。誰一人名を成した人などいないのが普通だろう。いたとしてもそのこと事態忘れられたりしている可能性がある。
 千古万古と続いているものに価値が出ても不思議はない。続いていているだけでも貴重だ。
 
   了
  



posted by 川崎ゆきお at 12:22| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年09月28日

3524話 古い農家が残る村


 何度か通った覚えのある通り。別にその道を通らなくてもいいのだが、ついつい入り込んでしまう。それは下田が自転車で走っているときだ。散歩のようなもので、一寸したサイクリングだが、街中を練り走る程度。市街地を見て歩くには自転車が都合がいい。遠目で見ているこんもりとした森などは神社か寺か公園なのだが徒歩だと寄りにくい。時間の取り方の問題で、行っても見るべきものがなければ無駄足を踏むことになる。
 これが車では一方通行などがあるし、曲がりにくい交差点もある。
 下田はその日は高木神社を目指していたのだが、これはただの目標で、別にその神社へ行きたいわけではない。そこへ至るまでの道沿いを見て回るのが目的。場合によっては高木神社に入らなくてもいい。
 吉村という村がある。吉村村ではなく吉村。だから縁起のいい「吉」の村だろうか。高木神社まであともう少しのところにそれがある。その吉村の横に島村がある。これも島村村ではなく「島」という村だ。これは珍しい。海や湖に浮かぶ島の島だが、実際には当て字だろう。神社には志摩と書かれているのだが、どうしたことか、これを島にしたのだが、志摩も当て字で、「シマ」と呼ばれていた土地らしい。やくざの縄張りのシマかもしれないが、固有の地名にならないので、これも違うだろう。村という名の村がないように。
 高木神社へ行く前にこの二つの村を見て回るのがコースになっている。下田が勝手に作ったコースで、二年以上行かないことある。だからよく行くコースではないので、たまに入り込むと以前と少しだけ違っており、年々村落時代の遺物のようなものが消えている。大きな樹木も伐採されていたりする。枯れかかっているとか、電線と接触するとか、落ち葉が面倒とか、色々とあるのだろう。落葉どころか、落木もある。枝ごと落ちたりする。
 この二つの村にも神社があり、大きな木があるが、流石にそれらは伐られないで残っている。
 吉村を一巡し、そこを抜けると町工場があり、殺風景な場所に出るのだが、その先に島村がある。それも無事見学するが、以前の記憶がどれだけあるかを試しているようなもの。
 二つの村にはそれぞれ神社があるが、似たような造りで、境内もそっくり。合わせてあるのだろう。
 この二つの村を抜け、方角を北に変えて直進すると目的地の高木神社に出る。そこはちょっとした市街地で、それなりに賑やか。昔から町屋などがあった場所だろう。
 その道を進んでいるとき、こんもりしたものが見えてきた。どうも神社らしいし、農家なども遠目に見える。道を間違えて、島村からまた吉村に戻ってしまったのかと思ったのだが、北へ向かっているのは太陽の位置で分かる。
 そして近付いていくと、田畑が見てきた。もうこのあたりは田んぼなどやっている農家などいないはず。それに工場や分譲住宅や、小さい目のマンションなどで田んぼのあとは埋まっている。それに高木神社へ行くに従いもっと開けてきて、賑やかになるはず。それが逆方角の田舎っぽい所がまだ残っている側へ行くような感じになっている。
 田んぼを抜けると、農家や小屋や、石垣などが見える。流石に茅葺きの屋根などないが、形は同じで、トタン葺きになっていたりする。以前は茅葺きだったのだろう。こんなものがあれば覚えているはずなのだが、記憶にない。
 田んぼを抜けると石垣が続き、村の道に入る。
 村というよりも宿場町のメイン通りのようなところ。意外と道が広い。
 島村も吉村もそうだが、残っている農家などほとんどない。しかし、ここはかなり残っている。
 高木神社の近くだ。通り道だ。こんな村があるのなら既に探検している。まさか新しくできた村ではあるまい。しかもより古い村が新しくできたようなもの。
 そして、よく見ると、電柱も車もない。綺麗な道だが、舗装されていない。
「というような村に迷い込むのを期待しているんだ」
「下田君、それは妄想だよ」
「そうだね」
 
   了




posted by 川崎ゆきお at 11:54| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年09月27日

3523話 新しいもの


「分からなくなりましたなあ」
「どうかしましたか」
「最新のものを使っているのですがね」
「ああ、よくあることですよ。最初は素晴らしいと思えるのですが、しばらくすると以前のものに戻りたくなりますよ。いくら以前のものよりもいいものでもね」
「いや、最近のものは気に入ってますよ。何の落ち度もない。以前はその落ち度が多かった。だから最新のものにしたわけです」
「じゃ、何が分からなくなったのですか」
「さらに最新のものが出るのです。それと比べると、今の最新のものが古臭く見えてきましてね。何の不満もないし、よすぎるほどなのですが、最新のものは、今のものの弱点を補っています。それが弱点だったとは気付かなかったのですがね。それと、最新のもののほうがよりよくなっています」
「ああ、よくあることですよ」
「それで、久しぶりに以前のものを使ったのですがね。これがまた悪くない。またじゃなく、まだまだ使える。むしろ今持っている最新のものよりいい箇所もある。でも全体的に見て、新しいもののほうがいいのですがね」
「よくあるパターンですよ」
「それで、分からなくなった」
「最初から、何も分かっていないのでしょうねえ」
「そんなことはありませんが、味と言いますか」
「え、味ですか。そんなものが介入してくるのですか」
「そうなんです。以前のもののほうが味わい深い」
「それは機能とは関係がないでしょ」
「それも一つの機能なのです。そして古くなればなるほど、その味が増していく」
「そんなところへ行ってますか」
「行ってます」
「じゃ、どうするのです」
「だから、分からなくなったといっているのです」
「古いのでも新しいのでも同じだということですね」
「新しいものには古いもののよさがない。古いものには新しいよさがない。しかし、その当時は一番新しかったのですがね」
「しかし、味わいに走るのはよくないと思いますよ」
「その味に接していますとね、しっとりとくるのです」
「じゃ、それは好みの問題ということで、好きなようにされたらいいでしょ」
「そうですね。しかし、そこで分からなくなったのです。どちらへ向かおうかと」
「だから、いい味が出ている方へ行くのでしょ」
「そうですねえ」
「今の最新のものでも古くなります。既にさらに新しいのが出ているのでしょ。だったら、それも古くなり、さらに時間と共に古くなり、いい味が出て来るんじゃありませんか」
「おおそうじゃ」
「急に驚かないでください」
「そうじゃな、それで行ける」
「しかし、しなくてもいいようなことなので、何でもいいんじゃないのですか」
「まあな」
 
   了




posted by 川崎ゆきお at 10:25| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする