2018年11月30日

3822話 ある人脈


「水谷道太郎に近付きたいと」
「はい」
「何者か、知っておりますか」
「偉い人でしょ」
「知る人ぞ知る存在です。彼のことを知っておられるだけでも大したものです」
「いえいえ、たまに名前を聞くので」
「何か用件でも」
「お近づきになりたいと思いまして」
「それは無理でしょ」
「近付けませんか」
「近付けます」
「じゃ、いけるじゃないですか」
「会うことは簡単かもしれませんが、それだけです」
「できれば仲良くなりたいのですが」
「それはできますがね」
「じゃ、簡単じゃないですか」
「しかし、水谷道太郎は一人でぽつりといるわけじゃありません。取り巻きのような人々がいます」
「子分ですか」
「いえ、ただの仲良しグループです」
「ああ、それは何処にでもあるでしょ。その仲間に僕も加わりたいのです」
「水谷道太郎との接点はありますか」
「接点? ああ、興味があります」
「接点が興味がある……だけ」
「まあ、そうですが」
「何か得たいわけですか」
「交流があるだけで、充分です」
「要するに人脈の中に加えたいと」
「そうです」
「確かに水島道太郎と親しいというだけで、ちょっとしたものですが、知る人ぞ知る存在なので、あまり効果はありませんよ。一般的な場ではね」
「それは分かっています」
「しかし、知っている人は知っている」
「はい、コアな人も加えたいと思いまして」
「それで、水島道太郎ですか」
「はい」
「しかし、取り巻きが村を形成しています。そこには入れません」
「仲良しグループでしょ」
「そうです。ここはもう固定しています。水谷道太郎にはそんな気はないのですが、余所者を入れたがりません」
「それはどの仲良しグループでも同じでしょ」
「片山晋呉、山岡三次郎、牧田貴子、タイガー山下、黒沢明人。こういう人と交流はありますか」
「まったくありません」
「その中にあなたが入れると思いますか」
「思いません」
「そうでしょ。だからあの村には入れないのです」
「仲良しグループには水谷道太郎よりもうんと有名な人もいますねえ。名前だけは聞いたことはありかと思いますが他の人は、知らない人が多いでしょ」
「このメンバーは固定しています。いずれも水谷道太郎を尊敬する人達ばかり、私利私欲はありません。だから仲良しグループで、それは自然に発生したものです。あなたがやろうとしているのは無理にそこに入り込んで、利を得たいからでしょ。ここが違います」
「ああ、じゃ、見当違いでした」
「それが分かればよろしい」
「もっとポツンといる人にお近づきになります」
「それがよろしい。何人か知っていますので、紹介しましょう」
「そちらは簡単なのですね」
「そうです。取り巻きも側近も、仲良しグループもいません。しかし」
「はい」
「あまり値打ちがないので、人脈自慢にはなりません。逆効果かと」
「そうですか。ところで、あなたの場合は?」
「私もその部類です。仲良しグループなどいませんよ」
「じゃ、僕と仲良く」
「それは遠慮します」
「あ、はい」
「水島道太郎はいい人物なのですがね。取り巻きが悪い。これが欠点でしょう」
「人脈が多いのも良し悪しですねえ」
「少なすぎる私など悪し悪しですが」
「あああ、はい」
 
   了


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2018年11月29日

3821話 よくよく


「欲をかいちゃいけませんが、欲がないとやることがなくなりなすよ。元気もなくなる。目標もなくなり、目的もしっかりしない。何をやるべきかも曖昧」
「じゃ、欲深くてもいいのですね」
「神々の深き欲望だよ」
「はあ?」
「しかし、欲をかきすぎるとよくない。それだけハイパワーになり、鋭利になり、強くなりますがね。これは切れすぎる刀のようなもの。逆に自分を切ってしまうこともあります。誤ってね」
「では、どういう欲ならいいのですか」
「そんなこと考えなくても、勝手に出てくるでしょ。欲は際限ない。無尽蔵」
「やる気をなくしたとき、欲も沸きませんが」
「それは欲に失敗したんでしょ。うまくいなかった。目的とする欲を途中でやめた、とかの場合でしょうねえ。すぐに次の欲に移りますよ」
「いい欲を持てとよく言われますし、ある意味欲は必要だとも言われていますが。さらにもっと欲を持てとか、意欲的になれとか言われますが」
「その人の欲が、あなたにそう言わせているのでしょう。その人に都合のいい欲、持って欲しい欲。期待という欲で、あなた自身の問題じゃなく、相手の問題かもしれませんよ」
「欲と欲のぶつかり合いですねえ」
「ぶつかりましたか」
「共通する欲ならいいのですが」
「それが共欲というものです」
「共欲」
「共有欲、団体欲でしょうかね。その中にも当然個人欲がある」
「僕の場合」
「何ですか」
「欲々しいときの方が元気なので、そのために欲が必要かなと思っているのです」
「何をおっしゃるウサギさんです。深い欲望というのは誰もが秘めているもの。秘めたる欲です。本人も気付いていないかもしれませんがね。目先の欲のように見えても、実は奥深いところから来ていたりします。自分の本当の欲が分からない。よくあることですよ」
「欲は抑えた方がいいのでは」
「それもまた欲なんです」
「欲がないというのも、また欲なんですね」
「しかし、その欲ではなく、別の欲を狙っているのでしょ。欲がないように見えても、その欲ではなく、別種の欲を向いているのでしょうなあ」
「別種の欲?」
「それが隠された欲かもしれません。その場の欲ではなく、もっと遠大なね。または間接的に得られるようなものとか」
「ああ、たまにあります。別のことを考えていたりします」
「欲合戦の外に出ると楽でしょ」
「でも競い合わなければ達成できません」
「だからそこでの欲を捨てて、別種の欲へ向かうわけです」
「それは試合放置のようなものでしょ」
「より欲深い欲へとチェンジするのです」
「もう、意味が分からなくなりました」
「意味を紡ぐのも、欲があるからです」
「欲というのは巧妙なのですね」
「よく、そう言われています」
「はい、欲のことはよくよく考えてから行動します」
「はい、よくよくとね」
 
   了

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2018年11月28日

3820話 微熱通り


 寒くなった頃、吉村は風邪でも引いたのか、朝から調子が悪い。微熱があるようだ。それで動きがスローになる。それまで忙しく動き回っていたつけが回ってきたのだろう。風邪は回覧板のように回ってくるわけではないが、抵抗力が落ちたようだ。
 吉村はこのところ忙しく、ゆっくりしている暇がない。こういうときはのんびりと過ごすのがいいのだが、仕事が多い。その中には急がなくてもいいのも含まれている。それらをやらなければ、結構ゆっくりできる。
 自分がゆっくりだと周囲はどうなるか。移動中の足を緩めると、見えてくる風景が細かくなる。急ぎ足の時は風景など見ていないが、それが見える。ゆっくりを心がけたため、余裕ができる。どちらにしても通路の様子など見なくてもいいことだが。
 中華屋の看板が目に入る。いつも見るとはなく見ているので、知っているが。看板文字だけを見ており、看板の形や色や材質まで目に入って来た。しかし吉村にとり、入る気のない店なので、ただの通りすがりの風景。
 いつもその前をスーと通りすぎるのだが、今日はゆっくり。そのため、目に入るものが違う。実際には同じものしか見えていないのだが、細部までよく見える。
 それを見たのは、何だったのかと、今は思うのだが、その看板を少し越えたところに隙間ができている。途切れているのだ。小さな店の間口程度だろうか。取り壊したにしては、工事をしているところなど見ていない。昨日はそんな隙間はなかった。いや、あったかもしれない。知らないで毎日通っていたのだろうか。
 細い通路が右側にある。左側は枝道はない。
「何だろう」という余裕が今の吉村にはある。今日はのんびり、ゆっくりと過ごすと決めたので、時間に追われることもないので、その通路に入り込んだ。
 中華屋がある通りは毎日通っているが、そこだけ。枝道や他の筋には入ったことがない。必要がないためだ。
 吉村が知らないだけで、ずっとその狭い通路はあったのかもしれない。
 その通路は建物の横を貫いているようで、いわば隙間のようなもの。
 雑居ビルの裏か店舗の横側が左右にある。さらに進むと十字路に出る。交差している道は少しだけ広い。その広い方の道は暗い。そして無人。左右にずっと伸びている。看板はあるが灯りは入っていない。市場跡だろう。
 吉村はそれだけ確認し、もと来た狭い通路を引き返した。流石に微熱があるので冒険する気にはなれない。
 通りに戻ると、左側に最初に見た中華屋の看板がある。いつもの通りだ。
 そして、少し遅れたが、その先にあるビルで用件を済ませる。
 そのとき、古い市場について、ちょっと聞いてみた。
 その答えは、聞かなかった方がよかったようだ。
 
   了


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2018年11月27日

3819話 謎の人物


「田代さんはお元気ですか」
「ああ、田代さんねえ、先日お会いしましたよ」
「あの人、どういう人なのです」
「何かありましたか」
「いえ、いろいろとお世話頂いたことがあのですが、よく分からない人ですねえ」
「そうなんですか」
「何処の組織にも所属していないようですし」
「以前は大手にいましたよ」
「そこから独立して?」
「そうです」
「今は何をされているのですか」
「さあ、遊んでいるんじゃないですかね」
「はあ」
「しかし、いろいろと面倒を見てもらいましたし、人を紹介してくれましたし、相談事にも乗ってくれました」
「でも一瞬でしょ」
「い、一瞬とは」
「ずっとじゃないでしょ」
「そうですなあ。最近は順調なので、田代さんにすがる必要はなくなりました」
「だから、一瞬です。ずっと一緒じゃ、喰われますよ」
「そうなんですか」
「ただ、美味しい場合ですがね」
「うちはまずいので、喰わないでしょ」
「まあ、こちらもそうですが、困ったときの田代さんです」
「田代さんの本職は何でしょう」
「さあ、コンサルでしょ」
「いや、コンサルなら、もっと請求するでしょ。礼金は払いますがね。それじゃ食べていけないでしょ」
「さあ、コンサルにも色々ありますが、それが職業になると、駄目なんじゃないですか。仕事になりますからね」
「じゃ、田代さんは仕事としてやっていないと」
「遊びでしょ」
「じゃ、どうやって食べているのです」
「それは謎ですが、身なりはいつもいいですよ。ただスーツ姿は見たことはありませんが」
「うちに来て欲しいと考えたことがあります」
「僕もそうです」
「しかし」
「そうなんです。しかし、なのですよね。雇いきれないです」
「そうですねえ。使えない」
「逆に僕らが使われてしまいます。それにその気は田代さんにはないでしょ。大手にいた頃、それで辞めたようなものですから」
「使われるのが嫌なのですね」
「さあ、それは分かりませんが」
「コンサル以外で、何かなされているのでは」
「それはありますねえ。多方面で顔がきくのはそのためでしょ」
「田代さんには部下はいますか」
「いません。見たことはありません。誰かと一緒に来られたこともありますが、部下ではありません」
「肩書きはどうなっていました。あ、名刺には何も書かれていませんでしたね」
「肩書きのない名刺。わざわざ肩書きを言わなくてもいいわけでしょ。名刺としては最高ランクです」
「または、ないのでは」
「よく分からない人ですねえ」
「そういう人がたまにいるものですよ」
「そうですねえ。その実態を知れば、なーんだと思うかもしれませんがね」
「そうです」
 
   了


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2018年11月26日

3818話 さあ、行くか


 フーと頭の中に入ってくるものは、かなり偶然性が高い。何かが原因になっているはずなのだが、そのきっかけとなるものが分からないことがある。
「さあ、行くか」
 と高峯は、そのタイプのものが頭に入ってきた。よぎったというか、侵入してきた。しかし、何処から来たものかは思い出せる。現実に体験した、「ああ、行くか」のシーン再現ではなく、これは時代劇のワンシーンだろう。旅の途中で「さあ、行くか」となる。そこまでは分かるのだが、何故それが急に来たのかが分からない。
 これはいつの間にか鳴り出した音楽にも似ている。どちらにしても何処かにきっかけとなるものがあるのだろう。自由連想ではなく、自動連想に近い。勝手に連想している。連想する気などないのに勝手にやっている。
 これは下手な洒落を言うときとは違う。確かに「私」と聞いたとき、高峯は「和菓子」とくっつけたがる。「私」と「タワシ」もそうだ。しかし、それはきっかけがある。連想するパターンができているためだろう。
 しかし「さあ、行くか」にはそれがない。別にそれは何でもいい。別に行かなくてもいい。「さてこのあたりでいいだろう」などもそうだ。
 それらはセリフもので、フィクション。高峯の体験したことではないが、疑似体験でも、それは体験。そしてドラマの中のキャラと高峯とは全く違う。一方は存在しない。だが、それを見ているとき、高峯はそれなりに感情移入している。同化とまではいかないが、まるで自分のことのように思いながらドラマを見ていたのかもしれない。ただ、悪役のセリフなども、同じように浮かび出る。
「引けーい、引けーい」などだ。これは悪人が劣勢となり、引き上げるシーン。よく見るシーンであり、よく聞くセリフ。
 そういうことが頭をよぎることは珍しいことではないのだが、きっかけなしに頭に入り込んでくる。本当はちょっとしたスイッチがあるのだが、それに気付かない。因果関係が無いとしかいいようがないほど思い付くきっかけがない場合、それは偶然と受け止めるしかない。
 スイッチは外に向かっての感覚からではなく、内から来ていることもある。
 これが内なる声、内側からのメッセージだとすれば「さあ、行くか」はどのような価値があるのだろう。何もない。だから偶然出た目。だから出鱈目なのだ。つまりアトランダム。
 原因がある場合や思い当たる場合は偶然ではない。これははっきりと意識できる。
 そうではない「さあ、行くか」などに高峯は神秘的なものを感じる。きっかけが分からないためだ。
 内部からの飛沫のようなもの。そしてほとんどが価値はない。有為ではなく、無為。意味がない。
 ただの雑念として片付けるにしては、雑念の方が上等だ。雑念にはきっかけがある。しかし「さあ、行くか」にはそれがない状態で頭の中にふっとくる。
 天啓でも何でもない。インスピレーションでもない。もっと稚拙な構造だ。
 しかし、この意味のないものに意味を加えたりできる。きっかけがないのだから、それをきっかけにすればいいのかもしれない。アトランダムな偶然性というのは、意外といけるかもしれない。
 そして高峯は今度それが来た場合、何とかそれを使おうと考えている。
 
   了


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2018年11月25日

3817話 割り橋


 支店と言っているが出店のようなものではなく、支社だろう。規模は大きく、またここがこの組織の発祥の地。本社は元々、ここにあった。
 そこに新しい支店長がやってきた。早速全員を集め、挨拶が行われた。これはしなくてもいいのだが、この宝田の流儀だろう。
「何事においても慎重に、成功よりもミスをおこさないこと。ミスの少なさが成功をもたらす。そのため、私は割り箸を叩いて渡る、を信条としております」
 ざわめきは起こらない。しかし、一瞬フリーズした。
 慎重なら、もっと言葉にも慎重になるべきだろう。
 宝田もそれに気付いたようだが、何事もなかったかのように、挨拶を続けた。
 しかし、その後、宝田支店長のことを割り箸というようになった。
 宝田もそれに気付いたが既に遅い。石橋と割り箸を間違えた。だが、言ってしまったことなので、何ともならない。
 当然誰が聞いても、言い間違いだ。
 しかし宝田は言い間違いではないということを何とか証明しようと模索した。そんな模索より、仕事の模索をすればいいのだが、割り箸が憎い。この割り箸を叩いて渡るというのは本当のことだったと示したい。そうでないと、慎重なはずの宝田のイメージが崩れる。
 ある日、主だった幹部を支店長邸へ招いた。就任パーティーのようなもの。
 支店長邸は大きな庭のある邸宅。元々は社長の家だった。そこに今、支店長は住んでいる。この支店だけの特徴だ。
 就任から数ヶ月経っている。そのパーティーとしては遅いのだが、他にネタがなかったのだろう。
 集まってきた幹部達は屋敷の広さを羨ましがった。この支店長だけの特権だ。
 今も割り箸さんというあだ名は消えていないし、何度もその話題で、笑っている。
 庭に出たとき、妙なものが池に掛かっている。橋なのだが、近付いてみると、割り箸の大きなもの。こんなもの一般にはないが、割れ目もしっかりと付いており、横にのぼり旗がある。鯉のぼりかと思ってみていると、それは違う。「お手元」と書かれている。割り箸鞘だ。
 そこに宝田が登場し、割り箸を叩いて渡りだした。
 これで失言、言い間違いではなかったことを示したことになる。
 この割り箸橋を作ってもらうのに、数ヶ月かかったようだ。手間の掛かることをするものだ。
 
   了



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2018年11月24日

3816話 第一印象


 第一印象で決めるか、論理的に詰めて決めるのかで、高田は迷っていた。そのものの選択で迷っていたのではなく、選択の仕方で迷っていた。これは選択基準を何処に置くかの話。人それぞれ流儀があるが、そんな大層なものではなく、流派をなすほどのものではない。
 高田は第一印象で選ぶ方だが、それだけでは危ないので、論理的なフォローもする。そのとき、第一印象でよかったものが、意外と駄目だということが分かったりする。第一印象、見かけだけの判断の危険さを、そこで分かるのだが、これはまだ選択前。実際に選んだ後のことではない。つまり、まだ現実化していない。だから空想の世界だろう。
 しかし、調べ上げたことはほぼ現実を示している。データ的にそれを示しているため。だが高田にとっての現実はまだ。
 そして調べていくうちにデータ的にいいのがある。第一印象では見えなかったのだが、ここでは見えている。これは大きな候補となる。むしろ、これしかないというほどのデータを示している。
 では、第一印象とは何だったのか。それは高田の知る範囲でのデータだろう。情報だ。しかし知っているつもりでも、よく調べると、印象とは違いがあり、それで第一印象の良さが消え。ターゲットから外される。
 しかし、第一印象はデータだけのことだろうか。調べれば調べるほどデータは増え、候補も増える。しかし、それだけのことだろうか。データ化されていないものが当然印象としてあるし、またより高田の好みと合致しているはず。第一印象がいいのはその中身よりも相性がいいのだろう。
 印象だけでものを言う。これは勘だけで言っているようなもの。感性という柔らかいところでものを言っている。
 また論理的な詰めといっても、その論理は高田の論理で、これは癖があり、客観性が危ない。論理は組み立てなければいけない。その方法に癖や好みなどが出る。好きなパターンと嫌いなパターンがあるように、論理にも情緒的なものが入り込んでいる。なぜなら感性を使わないと論理も組み立てられないため。要するに気持ちがそこで動いている。そこがAIとの違い。人間臭いノイズ臭いものが蠢いているのだ。これは生ものの生命が高田の中にも入っているため。それがなければ、肉体がないことになり、高田も存在しないが。
 また人には運不運があり、偶然の巡り合わせとか、妙な因果、因果のない因果もある。当然流れというのもあり、その流れは経験ともなり、過去からの押し出しもある。
 あれを踏んだからこれが踏めるとか、あれを踏まなかったので、踏めないものができたりとか。
 第一印象というのはそういうものから来ているように思われる。その場の気持ちや感性だけではなく色々なものが綜合的に背景にあり、そこから押し出されのが第一印象かもしれない。
 高田は最初に思い付いたもの、最初に感じたもの、それをそのまま実行すれば間違っていたとしても問題はないように思う。思ったのだから仕方がない。論理的説明を問う必要はない。だからただの勘違いで済むので、シンプル。
 それで第一印象の勘のようなもの、雰囲気的なもので決めればよいものを、ついつい情報やデータに当たってしまう。すると、第一印象が崩れる。これは自爆のようなもので、自分で壊しているようなもの。
 印象とか、感じ。また、気持ち。そういったものは意外と奥深くて綜合的なところから来ている。
 そして高田の得た結論は第一印象に従うこと、最初の印象で決めるということだが、この決め方そのものも印象だったりする。
 
   了

 
 
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2018年11月23日

3815話 キリギリスの蟻


 蟻とキリギリスの話で、夏場遊んでいたキリギリスが困る初冬。例に従い蟻にすがる。そういう法則でもあるのだろう。
 夏場、猛暑の中でも働いていた田中の家はアパートで、しかもこの辺りでは一番安い。キリギリスの吉川は少し離れた町に住んでいるが、そちらの方が安い。だから田中よりもいいところに住んでいることになるが、それは最下位争い。低いレベルでの比較だ。
「田中君、いるかな」
「来たな吉川君。この季節になると来ると思ったよ」
「蟻様、いつものようにお願いしたいんだが」
「それがねえ」
 この蟻様、いつもと有様が違う。
「どうしたの田中君。夏場暑い中でも懸命に仕事をしていたじゃないか」
「全部無駄だった」
「どうして」
「倒産したようで、支払ってもらうのは難しそうなんだ。それで無理かもしれない」
「それは災難だったねえ」
「経費も掛かったし、その間、そればかりしていたから逆に赤字になった。大損さ」
「働いていたのにねえ」
「君の方がましだよ」
「そうかなあ」
「遊んで暮らしていたようだけど、お金、かけてないでしょ」
「まあ、そうだけど」
「それにたまに収入もあったというじゃないか」
「臨時収入だよ。ウロウロしていると、そんなこともある。でもそんなのじゃ食べていけない」
「でも君は季候の良いときは遊んでいるけど、寒くなると冬籠もりするらしいねえ」
「まあねえ」
「そのとき蓄えがないから、よくここに来た」
「そうそう」
「しかし、今年は無理だ」
「そうか」
「君は遊んでいるようでも、冬場に仕事をしているらしいねえ」
「え」
「そうじゃないと、春から秋まで遊べないでしょ」
「うん遊んでいるというより、何もしていないだけ」
「だから、お金がかからなくていいんだ」
「しかし、冬場の収入は春になってからなので、冬が越せない」
「僕は今月が越せない」
「さようなら」
「もう帰るの」
「話の流れが違うから」
「そうかい」
「いつも借りているので、恩返しがしたいんだけど」
「それが本筋」
「やはり、さようなら」
「待て待て、知ってるぞ」
「ん」
「吉川君」
「何だよ田中君」
「君は本当は金を持っている」
「それはない」
「いや、ある」
「絶対にそれはない。これだけは保証できる」
「そうだね。あるのなら、あんなところに住んでいないからねえ」
「そうだよ。黄金虫じゃなく、キリギリスだから」
「まあ、君に無心するのはお門違いだった。自分で何とかする」
「助かった」
「しかしねえ、吉川君」
「ん、何かな」
「懸命に働いたのに、無駄に終わるんだったら、君の方がましかなって思った」
「いやいや田中君、君の勤勉さはそのうち生きるさ」
「勤勉は美徳というけど、現実は違っていたりするよ」
 よく働く蟻の田中だが、今回は違っていた。その蟻の田中はキリギリスになり、大きな蟻様の家に行くことになるのだが、他のキリギリスとは一緒にしてもらいたくなかったようだ。
 
   了




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2018年11月22日

3814話 透視術


 今回の妖怪談はちょっと本物と遭遇したようなので、危険な話となる。
 妖怪博士は透視術、千里眼という非常に良い視力の少女の調査を頼まれた。少女は普通の家の子供で、親がそのことに気付いた。まだ見せていないものが見えたりする。たとえばプレゼントの箱。まだ中身を知らないのに、当ててみせた。まあ、それは絞り込めば分かるかもしれない。おそらく親が子供が喜びそうなものや、子供が欲しがっているものを知っていたため、範囲が狭い。
 しかし母親が家の何処かに仕舞い込んだ場所が分からなくなる。それを少女が言い当てた。それは隠していた財布だ。当然中身はそのまま。
 そういうことが重なるので、気味悪くなると同時に、これは誰にもできない特技を娘が持っているのではないかと多少は期待もした。しかし、その真実は分からない。そこで近所の有名な大学に通う女学生に心理学の教授を紹介してもらった。研究材料として、悪くはないと思ったのだが、専門外ということで断られたが、その方面は、この人だろうということで、そのこの人が調査に来た。それが妖怪博士。
 妖怪博士はトランプではなく、子供向けのいろはかるたを使い、透視の実験をした。まずは、ここからだろう。
 少女はトランプは持っているが、かるたは持っていない。慣れていないもので当てさす方がよかれと思ったのだろう。
 透視のいろははいろはかるたから、ということもある。ただの語呂だ。
 妖怪博士はかるたの絵が書いてある札だけを並べ、その中から少女に一枚選ばせた。それを妖怪博士が受け取る。少女は選んだだけで、絵は分からない。
「当ててごらんなさい」
「はい、先生」
「どんな絵ですかな」
「坂が見えます」
 少女は坂道を上る子供の絵を見事に当てた。坂道坂道辛いなー。さで始まる言葉だ。
 これは手強いと妖怪博士は喜んだ。妖怪博士はタネは仕掛けられるが、少女にはそれができない。
 次ぎに妖怪博士は財布を取り出し、いくら入っているかと聞いた。
 少女は二千三百二十一円と答えた。
 妖怪博士は少し恥ずかしかった。万札がない。
 しかし小銭までは覚えていない。二千円ほどはあると思っていた程度。
 これは来ていると、妖怪博士は本腰を入れた。
「物理的に、そのものが透けて見えるのですかな」
「さあ」
「じゃ、どうしてそれを言い当てられたのです」
「何となく」
 この場合、レントゲンのように透視するタイプと、誰かに教えてもらうタイプがある。大学の心理学者が嫌ったのは、このタイプではないかと見たのだろう。つまり守護霊とか背後霊とか、先祖とか、そういったものが見に行き、少女に教える。これは霊は透明人間のようなものだとすれば、勝手に覗けるが、財布の場合、開けないと中は見えないだろう。当然財布が動いた様子は全くない。
 次は実験者の心を読み読心術タイプがある。実験者が心に浮かべたものを読み取る。かるたの場合は妖怪博士は絵を確認したが、財布の場合は二千円台だろうという程度で、小銭までは心に浮かんでいない。
「もう一度聞きますが、どうして当てられたのですかな」
「何となく」
 妖怪博士は呪文が書かれた御札を封筒の中に入れ、中に何が書いてあるかを当てさせた。
「ごにょごにょ」
 少女は読めないようだが、妖怪博士もこの呪文は読めない。だから当たっている。
 そうなると、本物の千里眼ということになるが、そこまで目は良くないだろう。視力にも限度というのものがある。
 だから、誰かから教えてもらっているのだ。
「心とか頭とかに浮かぶのですかな」
「うん、何となく」
 これはイメージ化以前だろう。感じというやつだ。だから霊感と呼んでいる。
「困りましたなあ」
 つまり、こういう子は世に出してはまずいのだ。そこのところを両親に説明しないといけない。今はその力があっても一時的なことだろう。来年はそんな力など抜けているかもしれない。だから公表すべきではない。
 霊能力少女よりも両親の扱いの方が怖かったりする。
「どうでした、先生」
「サトリですなあ」
「悟り」
「はい、妖怪です」
「え」
「少女に取り憑いているようです。そのサトリは読心術や千里眼が得意で、嬢ちゃんの力ではなく、そのサトリの力なのです」
「どうすればよろしいのでしょうか」
「お子様のことなので、私がどうこう申すわけにはいきませんが、この能力を活かすか、普通の嬢ちゃんに戻すか、決めて頂けませんかな」
「でも誰にもない力なのでしょ」
「ですから、それは妖怪サトリの力でして、こいつは妖怪です。もし公表し、いろいろな場に連れ出されたとき、サトリはそういうのを嫌いますからね。抜けるでしょう。すると、読心術も千里眼も消えます。とたんにインチキだったことになり、嬢ちゃんは一生の傷を負います」
「私も気味悪いし、やりにくいと思っています」
「嬢ちゃんが悪いのではなく、サトリが悪いのです」
「分かりました。その妖怪を祓って頂けますか」
「何とかやってみましょう」
 サトリ祓いの呪文も儀式もない。そんなもの最初から存在しない。
 そのため、妖怪博士は少女に特殊な力のカラクリをコンコンと言い聞かせた。これが呪文のようなもの。
 そして下手な絵だがサトリのグロテスクな姿を書いて見せた。こんなものと縁を切るには、相手にしないこと。それでサトリは面白くないので、抜けると教えた。
 要するに自分で抜けということ、自分で追い払えということだ。
 その後、少女は、もう千里眼ができなくなったのだが、妖怪博士の説教が効いたのか、そういう時期だったのかは分からない。
 世の中には、こういう本物がいる。サトリなどではなく、その少女にその力があるのだ。しかし、それは誰も幸せにはしてくれない。
 ある日、娘がもう完全に治ったので、お礼がしたいと、少女を囲んでの食事会に誘われた。
 妖怪博士が一番気にしていた礼金がまだなのだ。
 当然、そのとき、しっかりと礼金の封筒を受け取った。
 横に座っていた少女が妖怪博士の耳元で「三万円」と小声で囁いた。
 
   了

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2018年11月21日

3813話 よく分からない本


「難しそうな本を読んでおられますが」
「ああ、この本ですか」
「ちょっとタイトルを盗み見しました」
「興味をお持ちですか」
「装丁が似ていましたので。まあそれだけでも何の本だかは分かりましたが」
「じゃ、あなたもお読みになった本」
「そうです。もう読み終えましたがね」
「難しい本ですねえ」
「はい、よく分からないという本です」
「確かによく分かりません」
「分からないということが書かれた本ですから」
「はあ」
「もの凄く時間の無駄をしました。何故分からないのかのその過程が書かれいるでしょ」
「そうですねえ。分かろうとして、いろいろと模索する姿です」
「それだけです」
「じゃ、模索書ですか」
「さあ、そんなジャンがあるのかどうかは分かりませんが、暇じゃなければ、そんな本は読みませんがね」
「そうですねえ。知らないことならネットで調べた方が早いですしね。いきなり解答や要約が書かれていますから」
「その解答を得るまでの話です。その御本は。しかし解答が出ないというのが解答のようです」
「じゃ、読む必要がないと」
「過程が興味深いですよ。あちらへ行ったり、こちらへ飛んだり。宝探しのようにね」
「本を買うのは久しぶりでして、ここ一番読み応えのある、歯応えのあるものに挑戦したわけですが、失敗でしたかねえ」
「買われたのですから、失敗とは思いたくないでしょうが、長い時間を掛けて読んだ結末が、よく分からないとなりますと、スカを引いたような気になります」
「いや、歯応えがあるだけでいいのです」
「犬が骨を囓っているようなものですかな」
「そうですねえ。何か咥えたり、口に含んだり、噛んだりなめたりねぶったり、それだけで充分ですよ」
「良い読者ですなあ」
「まさか」
「え、何か」
「あなた、この本の著者では」
「違います」
「そうですねえ。プロフィールを見ますとずっと海外で暮らしている人で、一度も日本に来たことのない日本人のようです」
「フランスでしたねえ」
「そうです」
「だから、著者は私じゃないですよ」
「そうですねえ」
「知らないことを本から得るのですが、この本を読んでも分からないままです。知ることはできないと書かれています。だから何を知るのでしょうねえ」
「私も、今読んでいる最中ですが、この本から何を得られるかどうかはその人次第ではないでしょうか」
「ほう、それは著者が喜びそうな話です」
「やはりあなた、著者じゃないのですか」
「違います」
「一度も日本に来たことがないと書かれていますが、それは以前の話でしょ」
「そうですねえ。その可能性もありますが、私じゃありませんよ。そんな偶然は有り得ません。偶然すぎてあり得ないのです。とってつけたような話じゃないですか」
「そうですねえ」
「私はこの本を読んだあと、何も得られませんでした。得ようとしても得られないということでしょう。必死で何かを得ようと努めました。これがいけないのかもしれません」
「じゃ、この本、結構いい本かもしれませんねえ」
「そうです。しかし暇じゃないと、読めませんがね」
「解説有り難うございます」
「いえいえ、読書の邪魔をしました。失礼します」
「はい」
 
   了

posted by 川崎ゆきお at 12:39| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする