2018年06月09日

3650話 若手の反乱


「山田さんでしたか」
「そうです」
「じゃ、あちらの会議室でお待ちください。控え室になっています」
「あ、そう」
 次に来た増岡は個室に案内された。
 会議室に入るとき、山田はそれを見た。
 中に入ると何人かいる。いずれも後輩達。山田はその中ではトップ。しかし、いずれも若手。
 個室待遇と大部屋待遇。これは山田は分かりきっていることで、いつものことなのだが、少しは気になる。
 個室に入った増岡は一つ先輩。それほど変わらない。この業界は年功序列ではなく、業界に入った頃の順番で大凡のことが決まる。
 だから山田より若い西田というのが、個室待遇。上のグループ。中堅以上。ものすごく早く入ったためだ。実力は山田の方が上。さらに先ほどの増岡よりも上。力はあるのだが、入るのが遅かった。
 山田は若手のトップだが、メイングルーには入れてもらえない。
 会議室で若手達が雑談を始めているが、山田は馴染めない。山田よりも年かさの木村もいるが、入ったのが遅かっただけ。実力もさほどない。
 山田だけがここでは浮いてしまう。それで、同世代の増岡のところへ行く。
 増岡の控え室は当然個室。先ほど入って行くところを見たので、部屋は分かる。
 個室といってもちょっとした会議室だ。狭いが。
 いきなりドアを開け、入ってきた山田を見ても増岡は気にせず、本を読んでいた。二人はほぼ同期。中堅クラスの末席に引っかかったが、山田は届かなかった。しかし若手の中ではトップ。だが、もうそれほど若くはない。
 それに比べると増岡はメイングループに入っているが末席。増岡よりも年下はいるが、別格の実力者。
「上が一人欠けると、僕が入れるんだけどねえ」
「そうだね。充分その力はあるよ。僕よりも」
「そう。じゃ、代わろうか」
「勝手にはできないよ。君の方が若手相手だから気楽でいいんじゃない。実は僕はそちらの方でよかったんだ」
「この大勢ずっと続くんだろうねえ。僕と君との差は十位と十一位。でも君はピン差で先輩。しかし十位と十一位の間に段差がある。ここで分けられてしまう。その差は大きいよ」
「でもメイングループの末席は辛いよ。一番下なんだから。君なんてトップだよ。そちらの方がいいんじゃない」
「大部屋と個室の差。待遇が違う」
「まあ、上が一杯一杯だから、これ以上登れないよ」
「先輩達が年を取り過ぎた場合でも、僕らも似たように取り過ぎている。それほど変わらないからね」
「ああ」
 山田はメイングループのエースで年下の西田を連れ出し、若手グループの一部も引き連れて、新団体を作った。
 そのとき、メイングループの末席にいた増岡を誘ったのだが、自分がいると煙たがれると言って、そこに残った。
 中堅の西田が抜けたので、一人足りなくなり、若手グループから一人上げた。もし山田がいたら山田が入れただろう。しかし末席。
 山田グループは結局は反乱とみなされ、関連諸団体からは相手にされなかったため、自然消滅した。
 少しだけ気をよくしたのは増岡で、末席から一つ上になった。
 結局この団体はその後、時代から取り残されることになるのだが、若手は若手のまま終わっている。そして別の団体がそれに代わった。
 反乱を起こした山田達は解散したのだがが、何人かは新団体に吸収された。
 その頃、山田は実力者の西田の側近になり、強面のする存在として、今も活躍というより、暗躍している。本来の仕事より、こういうことが好きなのだ。
 
   了
 
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2018年06月08日

3649話 重鎮崩れ


「これはこれは立川さん。わざわざこんなところに」
「いやいや、たまには親交を深めないとね」
「はい、そうですねえ。しかし訪ねて来られるのは今までなかったですよ。どうかされたのですか」
「お分かりだと思いますが」
「はあ、まさか、あれですか。もうお耳に」
「どういうことですかな」
「生活が苦しくて」
「それはいけない」
「仕事が入って来ないものですから」
「それは皮肉ですかな」
「いえ、そんなつもりは」
「釘をね」
「釘。ちょっと待って下さい。あると思いますが、もう錆びているかも」
「その釘じゃない」
「はあ」
「刺しに来た」
「ああ」
「竹中から仕事をもらったようですな。一度はいい。しかし、二度は駄目」
「気にはしていましたが」
「そうでしょ。竹中とは付き合わない方がよろしい。筋というのがあるでしょ」
「はい」
「あなたは前田さんの人間だ。私もそうだ。仕事は前田さんから頂く。あなたを今まで育てたのは前田さんでしょ。裏切るようなことがあってはいけません。今回はなかったことにしますので、今後気をつけて下さい」
「仕事がなかったもので、つい」
「仕事は前田さんが世話してくれるでしょ」
「最近、止まってます。もう苦しくて苦しくて」
「まあ、前田さんも以前ほどの威勢はなくなりましたがね。それでも義理を欠いては駄目だ」
「前田さんのお耳に入りましたか」
「まだ知らないようです。まあ、あなたの動きなど大して関心はないはずですが、うちからそういう裏切り者が出たことが残念でね」
「裏切ったわけじゃありません」
「私など前田さんとはもう若い頃からの付き合いだ。他の人達も前田さんのお世話になっているはず。それを忘れてはいけません」
「重鎮からそう言われると、恐縮します」
「ところで堀川さん」
「はい、何ですか立川さん」
「いくらで引き受けました」
「え」
「竹中からいくらで引き受けました」
「悪くないです」
「あ、そう」
「これを機に、継続性のある仕事を次々に渡すと」
「あ、そう」
「でも、あなたから釘を刺されたので、反省しています」
「抜いてもいい」
「はあ」
「釘は抜く」
「あ、はい」
「竹中に口をきいてくれないかなあ」
「あああ、はいはい、喜んで」
 
   了



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2018年06月07日

3648話 極端


 大きなことはしたくないが、小さなこともしたくない。その中間の人々の方が一番多いのではないかと思える。
 大きな望みの人はできるだけ大きなものを望むが、小さなことを望んでいる人は、できるだけ小さくとは思わない。小さいよりは少しだけ大きい方がいい。それは人情だろう。敢えて小さなものを望んでいるのは無理をしないとか、可能性のないことはしないという程度で、小さなものを極端に望んでいるわけではない。
 今は小さく、これからも小さくても、それよりも小さいのは望んでいなかったりする。
 ここに非常に小さな人と大きな人がいる。体格のことではない。
「小さな世界から大きなものを見ているわけですな」
「そういうあなたは大きなものを見ているようで、もの凄く小さなものを見ておられる」
「いや、それは大きなものを見ておりますと、小さなものも見えてしまうだけです」
「それは私も同じです。小さなものを見ていると、大きなものが何となく見えたりします」
 この話だと、小さなものを見るために大きなものを見ていることになり、大きなものを見るために小さなものを見ていることになるが、あくまでも逸話で、しかも作られた話。極端な設定の方が分かりやすいためだろう。マクロとミクロの話ではよく出てくる。
 大人物ほど小人物だったりし、小人物ほど大人物だったりする。
 しかしリアルの世界では、その中間の曖昧でバランスの悪い、捉えにくい状態が実状かもしれない。これも何のための捉え方や評価の仕方なのかによっても違ってくる。
 あるジャンルから見れば凄い人だが、別のジャンルから見ると問題の多い人物で、困った存在だったりする。
 次の会話はこれとはあまり関係しない。
「自分の中に仏がいるのです」
「はいはい」
「適当に聞かないで下さい」
「はいはい」
「私の中に仏がいるのです」
「何という仏様ですかな」
「え」
「御名前や呼び名があるでしょ」
「大日如来、いや観自在菩薩だったか、それは」
「その仏様がどうかされましたか」
「仏様が入ってきたのです」
「何処に」
「体に」
「体の何処に」
「え」
「場所です」
「腹あたりではないかと思われます」
「あ、そう」
「これからは善行を積みます」
「私ら盗人ですぞ」
「そうです」
「仏心ができてしまうと、仕事ができないじゃありませんか」
「私はぬすっとだけじゃなく、いろいろと悪事をやってきたじゃないですか。だからです。仏が入ってきたのは」
「その轍を踏みますかな」
「え」
「よくある話です」
「これからは聖人を目指します」
「ぬすっとをやめるのには反対しませんがね。別に聖人を目指さなくても、普通のカタギになればいいじゃありませんか」
「それじゃ弱いです」
「あ、そう」
「深き反省、内省がそうさせるのです」
「私もそろそろ年なので、盗み働きもきつくなってきたので、今度大働きをしたあと、国へ戻って百姓に戻るよ」
「そうでしょ。あなたもそうなされませ。私に仏が入ってきたので、その影響で、あなたもそんな決心ができたのですから」
「じゃ、最後の大働きの計画を練りましょう」
「はい、そうしましょ、そうしましょ。善は急げだ」
「悪も急げです」
 
   了


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2018年06月06日

3647話 陽射し


「暑いですなあ」
「今日はもう夏です」
「陽射しがきついです」
「陽射しねえ」
「何か」
「いや、少し昔のことを思い出していました。ずっと日影で、陽など当たる場所にはいなかったのですがね、陽射しが強かった」
「え」
「いえ、本物の陽射しです。夏の、今日のようなのじゃなく、もっともっと焼けるようなほど暑い頃ですよ。山道を歩いていました。登山やハイキングじゃないですよ。山間に街道が走っていましてねえ。宿場と宿場を結んでいます。今は大きな道路ですがね」
「じゃ、その横の旧街道を歩いておられたのですか」
「旧街道ではなく、最短距離で次の町へ抜ける道です。地元の人が使っている道でしょ。これが山道でしてね。山裾を縫うように走っています。この道が暑かった。そして繁みから外れた野っ原がありましてねえ。日影がない。私は日影暮らしなので日影が欲しい。陽の差すところは憧れていましたが、真夏で酷暑、この陽射しは避けたいのですが、そこしか通るところがありません」
「はあ」
「その山道のような抜け道、たまに沿道に家がありましてね。数戸の集落です。こんなところにも人が住んでいるのかと思いましたが、私から見ると抜け道ですが、土地の人にとっては生活道路のようなものでしょう。店屋などはありませんが、村というより、家と家とを結ぶような。何せ平野がないのだから、少し平らなところがあると、そこに住むんでしょうなあ。よく見ると田んぼもあるんです」
「はい」
「まあ、こんな話、聞いても意味はないと思いますが、先を見ますと、こんもりとした木がある。あの下まで行けば涼しくなる。そう思いながら頑張って歩いていたのですが、頭にきました。帽子は被っていましたが、それじゃ効かないほど、頭が熱くなっている」
「熱中症のようなものですか」
「さあ、それは分かりませんが、カンカン照りのところに水がある」
「え、川ですか。池ですか」
「井戸かと思ったのですが、そうじゃない。石臼のようなものに水が入っているんです」
「神社の手洗いの、あれですか」
「もっと丸い。臼ですよ。餅をつくときの。よく見るとパイプが出ている。それを辿っていくと山の斜面まで続いている。水を引いているんですなあ」
「そうなんですか」
「私はそこでタオルを濡らし、それを頭の上に乗せて、その上から帽子を被りました。カッパの皿に水を補給したようなものです」
「そのためにその石臼が置かれていたのでしょうか」
「さあ、それは分かりませんが、それで助かりました。頭もひんやりし、元気が戻りました。そして遠くにあるこんもりとした木まで頑張って歩きましたよ」
「それはよかったですねえ」
「頭から垂れているタオルの隙間から見た強い日差し。あれは忘れられませんよ。しかし」
「何かありましたか」
「前方に見えていたこんもりとした木ですがね。消えていました」
「はあ」
「あそこまで行けば陽射しから逃れられる、あそこまで行けば、もう少し、もう少しと」
「目標ですね」
「そういう幻が出るんでしょうねえ。それが見えていたところに来ると、また水を溜めている石臼がありました」
「マラソンの給水所のようなものですねえ」
「そうです。そこでもう熱くなってしまったタオルをまた水に浸して、絞らないで、頭から被りました。木立が見えてきたのはその先へ行ったときです。原っぱから谷へ下るのでしょうなあ。それで繁みがあるので、やっと木陰を歩けます。もう少しです」
「よかったですねえ」
「家が点在しいるのですが、それで一つの村のようでした。その先は旧街道と交わるところです。その最後の家の庭に人がいるので、あの石臼のことを聞いたのです」
「何でした」
「カッパの水桶だとか」
「やっぱり給水所だったのですね」
「そうです。この辺りは水を引くのが大変で、雨が頼り。雨はカッパが降らしてくれるとか。それで川縁のカッパに丘まで来てもらう。カッパの皿の水がなくなるとカッパは引き返すので、水を置いたらしいのです」
「長い話でした」
「いえいえ。言いたかったのはあのとき受けた陽射しが今までで一番で、その後、あんな厳しい陽射しはありません。あの陽射しに比べれば、今日のような陽射しなど、何ともありません。だから、その後、陽射しに強くなりましたよ。もっときついのを体験しましたのでね」
「それで、あなた自身の陽射しは」
「ああ、私は相変わらず陽の射さないところで暮らしていますよ。日の目をみたいところですがね」
「はい」
 
   了



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2018年06月05日

3646話 神と悪魔


「正義が悪を作る」
「ほう」
「正しきものがあるから悪しきものが出る」
「逆じゃないのですか」
「順があるから逆も出る」
「ほう」
「神を作れば悪魔も作ってしまう」
「では逆を行けば」
「悪魔を作れば神が産まれる」
「そんな単純な」
「最初は混沌」
「はい」
「正しきも悪しきもない」
「人が作るわけですな」
「最初は正しきものというか、神や仏に先立つものがあった」
「正しいものが先にあったと?」
「いや、正しきものはあとから来たが、その正しきものとは、実は悪しきものだった」
「悪しきものとはなんですか」
「悪いこと一般」
「単純ですね」
「いやなこと、まずいこと。天災や災難。何でもいい。困るようなことじゃ」
「はい」
「それを抑えるため神仏ができたわけじゃない」
「では神仏は何処から」
「悪しきものから」
「え」
「悪しきものを神仏とした」
「そんな」
「リアルなのは混沌。正邪兼ね備えし世界。良いも悪いもごっちゃ。聖俗も」
「では神とは悪魔ですか」
「悪魔が神でもある」
「それじゃまとまりませんねえ。規律というか、構図が分からなくなります。善悪の基準がなくなります」
「それがリアルな世界で、わしらが住む世界。神にもなれば仏にもなるし魔物にもなる。君もたまになっておるじゃろ」
「そこまで極端に変化しませんが、その幅は少ないですが、多少はその面が」
「善人の怖さ。悪人の優しさ」
「はい」
「鬼の目に涙」
「はい」
「仏の顔も三度まで」
「次は仏じゃなくなるわけですね」
「いずれも普段から見知り、体験していることじゃないか。わざわざ言うほどのことではない」
「はい」
「金を借りるときはエビス顔、催促すると仏頂面。まあ、人は仏にもなれば鬼にもある。当たり前の話で、よく聞く話じゃないか」
「今日のお話は、分かるようで分かりません」
「混沌としたか」
「しませんが極端です」
「中間は各々が埋めればいい」
「あ、はい」
「たまには自分で考えろ」
「はい」
 
   了




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2018年06月04日

3645話 調子の良い朝


 大下は目覚めは遅かったが、朝、出かけるとき、自転車のペダルが軽い。小雨だが傘を差すほどでもない。風向きが昨日とは違うのかもしれない。いつもは向かい風。しかしそれではないようで、強く踏んでも負担がない。しんどいとは感じない。
 これはどうしたことかと考えるのだが、それで普通だろう。最近体調が悪く、体が重かったので、それが回復したのかもしれない。その証拠に起きるのが遅かった。いつもなら早く目が覚めすぎた。悪いときはそんなもので、意外と早起きになる。寝るにも体力がいる。
 それはいいのだが、この調子の良さは危険。体も気力にも勢いがありすぎる。これはブレーキが必要だろう。しかし、それも普通の状態で、深く考えることではない。
 最初の信号が青になってからしばらく立つのが分かっているので、急げば間に合う。これもしんどいときはどうせ間に合わないのだからと逆にゆっくりと進む。さて、それはどちらがいいのだろう。
 次は大きな交差点で信号のないところを渡る。今朝は調子が良いので、流れの隙間を狙ってさっと飛び出しそうになる。最近は充分渡れる距離でも待つことが多かった。サッと渡れば渡れないこともないが、クラクションを鳴らされることがある。そこのけそこのけお馬が通るではないが、邪魔立てする者は許さんとばかり、大声で怒鳴っているようなものだ。朝からそんな音を聞き、不快な思いをしたくない。余程急いでいるときは、手を上げるとか、お辞儀をすれば、クラクションは鳴らない。
 今朝はどうか。勢いがあるので、サッと渡る気になっているが、いや待てよう。と、一息入れる。この余裕が大事で、さっと渡れたからといっても到着時間に大差はない。生き急ぎは死に急ぎ。
 大下は勢いをセーブし、無事仕事場に到着した。無事も何もない。途中でどうかなったことなど一度もない。しかし可能性はある。
 だが、気にしているときは何も起こらず、油断しているときにいきなり災難は来る。これは因果関係はない。一方的に来る。タイミング的な偶発的な何かが。これは避けようがないが、油断しないことで回避できることもある。
 仕事場に到着したのはいいのだが、ビルのシャッターが閉まっている。早く来すぎたわけではない。開始の一時間前から開いているのだから。
 しかし、早い目に来たことは確かで、いつもよりも十分ほど早い。五分前でもジャストでも関係はない。仕事が始まるのは半時間ほどしてからで、そこに間に合えばいい。
 何故だろうと思いながら二階や三階を見るが、明かりが灯っていない。
 そのうち同僚が来た。
「閉まっているんだけど」
「本当だ」
「聞いてませんか」
「聞いてないよ」
「じゃ、なんでしょ」
「やったんじゃないの」
「やった?」
「閉鎖したんだよ。急に」
「それなら連絡がありそうなものだけど」
「逃げたんだよ」
「はあ」
 大下は朝から調子が良かったのは、これだったのか、と判明した。
 因果関係はない。
 
   了


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2018年06月03日

3644話 大家と後継者


 その道の大家がおり、この人はパイオニアのような人で、その道を切り開いた人。それだけの力もあるのだが、新時代には新時代の力がいる。それを持っていたのだろう。絶対的な一人で、並ぶものはいないが、そのライバル達はいるにはいる。だが古い道の人達で、もう世界が違っていた。
 その大家もやや陰りを見せる年になり、昔ほどの勢いはなくなった。しかしその道の第一人者として君臨していることは確かで、その道に入ってきた人達は、全てその大家の弟子だと言える。
 それでそろそろ後継者の話になるのだが、どの人もそれを望んでいないようだ。後継者として君臨できるのだが、誰もがその大家のようにはなれないことを知っていた。いい後継者になれると言われるようになっても、大家と比べると存在感が違いすぎる。それに弟子達の中の一人が継ぐわけで、ライバルが多すぎる。そして飛び抜けた人はいないので、今の大家を超える人もいない。追いつくだけ、追いかけるだけで一杯一杯だろう。近付く程度。
 だから誰もあとを継ぎたくない。そういう状態だと上を望まず、枝分かれを始める。分家のようなものだが、それぞれが一家をなすようになる。目指しているのはあの大家ではなく、自分自身の道。大家の真似はできるが遜色がある。比べると分かる。それにその大家が全てよく、全てがお手本であるとは思っていない。それぞれが独自性に目覚め始めていた時期だろう。
 そしてその大家は意外と若くして亡くなった。過労だろうか。このときも後継者の話題は出なかった。それぞれが小さな大家になっていたためだろう。
 小さな大家がそれぞれの道を行くことになったというより、それが自然な流れだった。
 後継者になりたがらない。譲り受けるよりも、小さくても自分の流儀で行く方がいいのだろう。
 
   了




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2018年06月02日

3643話 隠谷


 玄武谷三人衆というのがいる。ここは渓谷の村で、三村あり、その村長達のことを三人衆と呼んでいるのだが、実は親方達。田畑で食べていける場所ではないので、職人集団。木工と石工がいる。そして飾り職人も、この三者が三村で暮らしている。定着している。玄武谷の入り口に飾り職人の村があり、ここが玄武谷の中心。宿屋もあり、店屋もある。その奥に石工の村があり、その手前の支流の先に木工の村がある。
 そこで作られているのは民芸品のようなものだが、木仏や石仏も作られる。大したものではないのだが、安い。お寺の本尊になるような仏像ではない。
 大寺や大社建造などでは、その周辺に職人の村ができたりするが、そういった出稼ぎの職人をこの玄武谷からも多く出しているが、常にあるものではない。
 僻地で農業ができないので、そんなことをやっているわけではなく、最初からこの谷に棲み着いた人達。本邦の人達ではなく、渡って来た人達。実際には逃げてきたのだろう。だから、敢えて僻地に隠れ住んだ。
 そういう技術を公的に伝えに来た渡来人とは別ルート。もっと私的なものだ。
 玄武谷三人衆の親方は、それぞれの出身地のリーダーの末裔だろう。
 木工も石工も既に伝わってしまったあとなので、それほど珍しいものではないが、石工には組合のようなものがあり、これは国際的。そこからの援助も多少はあったのだろう。だから石工の仕事とは別に、秘密裏の使命も託されている。
 木工にも組合がある。石工と同じように互助会のようなもの。助け合うための組織だが、国内にそれが張り巡らされていると、ちょっとしたネットワークになる。
 飾り職人の村は、ここは複数の親方がいる。ジャンルが多いため、組合も多くある。あとは鉄工や陶芸などが加わればいいのだが、その余地がないし、鉱物や良質の粘土が出ないので、これは最初から来ていない。別のところへ行った。
 要するに異国から逃げて来た人達が、人目のつかない僻地で、何とか食いつないでいるということだろう。買い付けに来る商人や個人のための宿屋もある。ただ、村の人達はたまに売りに行く。これは秘密裏の仕事も兼ねている。世間の情報を伝える程度だが。
 この商人の中にも異国の人がいる。これは組織の恩恵で、助けに来てくれているのだ。
 最初は国際的だった組織も、今は職人集団とは関係のない集団になったため、職人達は自分たちで小さな組合を作った。ほんの数人から。
 助け合うのが目的の互助会。その後、講と混ざってしまった。
 玄武谷三人衆がいた三村は、もうない。隠れ住む必要がない時代になったためだろうか。
 今も切り出した石や、加工中の石などが少し残っている。
 
   了


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2018年06月01日

3642話 紅孔雀


 時代が変わり、世相も変わり、状勢も違ってきているのだが、ある過去の年代のままの人もいる。そこで止まっているわけではないが、基盤となっている。
 その年代よりもいいものがあればいいのだが、それを越えなければ、引っ越す必要はない。悪くなるだけで、いいことはない。
 これは自分にとってだけ都合がよく、居心地がいいのだろう。それでは時が止まり、未来がないように思えるが、未来は刻一刻来ている。これは誰にも来ているので、敢えて言うほどのことではない。
 先に進みすぎたとき、これでは不都合が多くなり、それを修正するような未来を考えた場合、以前に戻すことが未来になる。しかし同じようには戻らず、永遠に戻らないため、戻すだけで生きている間の未来を使い切っても無理かもしれない。
 これは過去に生きていることになるのだが、未来とは過去によって発生する。未来だけがポツンとあるわけではなく、過去が未来を作っていく。
「まだ見ぬ国に住むという紅き翼の孔雀鳥ですか?」
「そうです。その孔雀鳥が宝の在処を知っているのです」
「お伽噺ですなあ」
「子供の頃、その話を知りました」
「ほう、それでその孔雀鳥を探し続けているわけですな」
「ご存じありませんか」
「まだ見ぬ国でしょ。そんな国などないでしょ」
「初めて見る国です。今の国家とは違います」
「お伽の国ですか」
「いえ、実在しているはず」
「そこへ行くのがあなたの目的ですかな」
「そうです。流石に大人になってからは、そんな夢のような話は消えたのですが、最近思い出しまして。僕が本当に踏み込みたいのは、そこだからです」
「そこはフィクションの世界でしょ」
「はあ」
「鬼ヶ島のようなもの。鬼もいないし、宝物もない」
「海賊のアジトだったかもしれませんよ」
「じゃ、紅き翼の孔雀鳥がいる国は何ですかな」
「宝のありかを知っている鳥です。ですから宝を得られます」
「財宝が目的ですかな」
「流石に金銀財宝があるとは思っていません。違う意味での宝物を得る手掛かりが得られるのです」
「その手掛かりとは?」
「まだ見に国が何処にあるかを探すところから始めないといけません。これがまずない。しかし僕が行っていない場所ならいくらでもありますから、適当に出掛けています」
「適当?」
「はい、そんな雰囲気のする、そんな匂いのする場所へ行くのです」
「ご苦労なことですなあ」
「いえいえ」
「そんなことでうつつを抜かしておられると、あなたの将来によくない」
「僕の将来は、そこにあるのです」
「申しても無駄なようですなあ」
「紅き翼の孔雀鳥が飛んでいる場所を探すことが大事です」
「大事も小事もありません。それ以前の問題でしょ」
「秘めし宝を知る孔雀鳥」
「あなたは子供に戻っておられる。そこにはあなたの未来ではない」
「紅孔雀が僕の未来です」
 
   了

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2018年05月31日

3641話 決戦の時


 平田家と高砂家は仲が悪い。隣接しているためだろう。油断しているといつの間にか領内の村が取られていたりする。これは領主替えで、村が勝手にやること。隣国が占拠したわけではない。村が自主的にやったことなので、手が出せない。お互いにそんなことをやり合っているうちに、そろそろ決着を付ける時期に来ている。
「近いですなあ」
 この二つの領地と隣接する宮田家の管領が言う。宮田家は宮家を祖としており、土着したのだが、この宮田家だけは浮いた存在で、隣接するどの勢力も手を出さない。弄ってはいけない家柄のためだ。
 それで、呑気に先ほどの両家の争いを見物している。管領、これは家老のようなものだが、殿様の代わりに一切合切を任されている。
「村の米を買い集めております」
「そうか」
「さらに他国からも米を」
 これはそういった運送関係に人を置いているためだ。物の流れで、何となく分かる。
 さらに両家の城下に余所者が増えた。これは流民ではなく、武装している。足軽だろう。傭兵のことで、戦いのプロ。そのため村から出させた百姓兵よりも強い。ただ、金が掛かる。
 さらにスパイ、諜報員、これは忍者のようなものだが、その報告では、他国も動き出しているらしい。援軍とか、援助とかだろう。
 この両家、隣接する関係からトラブルが多く、領地も似たようなもので、対等の関係にあるから喧嘩する。力関係も似ていることから、もし戦いになると、互いに相当の被害を被ることになる。
 しかし、それぞれの城下には足軽が増え、荷駄がひっきりなしに入ってきた。
 あとは両家とも触れを出し、兵を集めることだが、各村は嫌がっていい返事はしない。
 住んでいるところは違うものの、どちらの領内にも親戚縁者が多くおり、村人同士は決して争っていない。
 しかし、お膳立てだけは進み、最高に盛り上がっている。そのため、両家とも引くに引けない。
 そこに現れたのが宮田家の管領。平田家と高砂家の殿様と会い、「まあまあ」とたしなめた。つまり仲裁に入った。この二人の殿様、最初から戦う気がなかったことが幸いした。両家とも主戦派の重臣が主導していただけなので、殿様の意志ではなかった。
 宮田家が間に入るにしては小さな存在なので、朝廷を動かした。しかし朝廷がわざわざ動くようなことはなく、有力大名が代わりに仲裁に入った。
 これで、事なきを得たのだが、そんなことをしなくても、肝心の領民が兵を出すのを渋っているので、戦いにはならなかっただろう。
 そういう動きは何となく城下の足軽達にも知れ渡ったのか、城下から引いていった。
 
   了

posted by 川崎ゆきお at 10:37| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする