2018年10月13日

3775話 援軍


 戦国時代、領地を取り合っていた頃、そんな無茶ができるのは、中央に押さえの政権がなかったためだろう。
 黒川城主は気に入らないことがある。非常に戦闘的な人で、周辺の村々を取っていた。隣接勢力の領土だが、いつの間にか隣国の半分ほどを奪っていた。
 そこまでは順調。しかし、最近気に入らないことがある。それは隣国は弱いのだが、同盟国があり、それが駆けつけてくる。これが気に入らない。
 その同盟軍は大きな勢力ではなく、また遠いところから来る。複数の国を通過して、援軍に来ているのだ。
 まずはその同盟国を潰せばいいのだが、遠いし、敵対関係にある国を通らないといけない。だから遠征は無理。
「芦田家と同盟すれば如何でしょう」
 家臣が案を出す。
「どういうことじゃ」
「それで援軍に来なくなりましょう。同盟国同士が戦えば、同盟を破ることになりましょう」
「それはいい案。早速同盟しよう。隣国は既に領土の半分を失っておる。動員兵も少ない。これは簡単に落とせるのじゃ。芦田さえ来なければな」
「では、そのように計らいましょう」
 しかし、いっこうに同盟が成立しない。そのためにはプレゼントのような物が必要なことが分かった。馬でもいいし、砂金でもいい。茶道具や、立派な鎧でもいい。相手が喜ぶようなものを渡せば、何とかなるらしい。
「問題は芦田と同盟した場合、芦田家にどのようなよきことがあるかでしょうなあ」
 家臣は少しだけそのことを心配する。同盟の目的がモロのためだ。援軍に来るなというだけ。ここを見透かされていることが心配なのだ。
「芦田と同盟すれば、要請があればこちらも援軍を送る。芦田にとってもいいことではないか」
 しかし芦田領に行くためには、複数の国を通らないと行けない。だから実際には無理。
 そのことが分かっているのか、芦田は同盟を渋った。
 そして贈り物の効果も今一つで、芦田家に対し敵意はないという程度のもの。
 落ちかけの柿。隣国は既に落ちかかっている。簡単に落とせる。
 黒川領主は芦田からの援軍を心配しながらも、隣国へ攻め寄った。
 そのとき、急に芦田から使者が来て、貢ぎ物などを持ってきて、同盟してもいいと言いだした。当然これはもっけの幸い。いいタイミング。それで同盟は成立した。
 そして隣国に迫ったとき、芦田の旗印を見た。裏切られたのだと思ったのだが、そうではなく、芦田が先に城を落とし、領土にしてしまったのだ。
 同盟が成立したばかりなのに、すぐに破るのは体裁が悪い。聞こえも悪い。
 ということは、芦田は落ちかけの隣国に援軍に来た振りをして奪ったのだ。同盟を破ったのは芦田。
 黒川領主は芦田のずる賢さに呆れたが、こういう相手とは仲良くするのが得策と考え、その同盟は長く続けることにした。
 芦田家はその後、勢力を広げ、その度に黒川家も領地を増やした。
 
   了

 
posted by 川崎ゆきお at 10:59| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月12日

3774話 ある行楽


「晴れていますなあ」
「行楽日和ですよ」
「この前もそんなこと、言ってませんでした」
「言ってました」
 しかし、二人とも結局出かけなかった。
「今日は気分もいいし、体力もみなぎってます。今日なら行けそうですよ。あなた変わりはないですか」
「はい、私も不都合はありません。元気です。達者です」
「じゃ、一緒に出掛けませんか。一人じゃ無理でも二人なら出られる。行楽日和、気持ちは出たがっている。これは事実でしょ。気はある。しかしタイミングがない。きっかけ。それを二人で作りましょう」
「いいですねえ。誘われると出やすい」
「そうでしょ。私も誘った限り、出る義務が生じます。これで行けますよ」
「で、何処へ行きます」
「私は何処でもかまわない。いい天気なので、外に出るだけでもいい」
「じゃ、芝垣公園などは」
「近いですよ。よく行ってます。あれじゃ行楽とは言えない。それに近所の人も行かないような公園でしょ」
「バラ園があります」
「もう見飽きましたよ。薔薇ばかり、他の花も植えりゃいいのにねえ。薔薇ばかりじゃ飽きますよ」
「じゃ、何処がいいですか」
「大沢古墳公園などは如何です」
「マニアックなところに来ましたか」
「まだ来ていません」
「何かありますか」
「古墳があります」
「ただの土まんじゅうでしょ」
「まあ、そうですが、その周辺は公園化されていましてね。さらにその近くに弥生遺跡がありまして、レプリカもあります。竪穴住居の。その中に入れますよ」
「屋台は」
「屋台?」
「露店です」
「それは出ていませんが」
「縁日のような賑わいのある場所がいいです。遊びに来たという感じがしますから」
「じゃ、有名どころの観光地ですな。それなら城峰寺はどうですか。あそこは参道が賑やかだ。人も多い」
「坂がきついです。それに階段もきつい」
「困りましたなあ。何処でもいいんじゃないのですか」
「そうです。何処でもいいから出掛けたい」
「その盛り上がりが消えないうちに、電車に乗りましょう。とりあえず駅に出ることです」
「行き先は」
「駅で決めましょう。切符を買うときに」
「そうですな。とりあえず旅立つのが大事」
「そうそう、行きましょう、行きましょう。いい天気なのにこんな薄暗い喫茶店でくすぶっている場合じゃない」
「昼はどうします」
「沿道に食べ物屋が万とありますよ」
「そうでしたね。私、キツネうどんが食べたいのです」
「そんなものいくらでもありますよ。うどん屋や蕎麦屋は結構多い。普通の食堂でもキツネうどん程度なら置いてますよ」
「そうですねえ」
「しかし、もっと高いのを食べましょうや。せめておでん定食」
「そうですねえ。折角ハレの場に出るのだから、オカメそばがいいかも」
「何ですか、そのオカメとは」
「蒲鉾を大きく斜め切りしたのが入っているのです。そういうのを並べて顔になる」
「福笑いのようなものですか」
「そうです」
「それは目出度そうだ。私もそれを食べるかな」
「しかし、置いている店が」
「なければキツネうどんでも鍋焼きうどんでもいいでしょ。今ここで、決めなくても。とりあえず出ましょう。駅へ向かいましょう」
「はいはい」
 二人は無事、駅から行楽地へ向かったのかどうかは分からない。
 
   了

posted by 川崎ゆきお at 11:37| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月11日

3773話 行楽苦楽


「おやっ、山田さん。歩き方がおかしいですが、怪我でもされたのですか。いや足の怪我とは限らない。腰を痛めたとか、他の病とかで」
「いやいや、昨日は行楽日和でしたので出掛けました。これがいけない」
「どちらへ」
「ちょいとした街歩きですよ。若い頃よく行った街がありましてねえ。それを懐かしんで見に行ったわけではないのですが、その近くで軽い用事がありまして。早く済んだので、そこへ寄ってみたのです。これがいけない」
「どういけないのです」
「歩いたからです」
「はあ」
「坂道の多い街でしてねえ。若い頃は気にならなかったが、結構高低差がありましてね。これは山登りと変わらない。しかもアスファルトなので、条件が悪い」
「それで足をやられたと」
「足が前に出なくなりました」
「股の付け根の前の方ですね」
「そうそう、そこです」
「普段、如何に歩いていないかです」
「歩いているつもりですがね」
「何分ですか」
「さあ、普段は五分とか」
「山田さんは自転車が多いですから、本当に歩いている時間は短い」
「はい、ところが昨日は連続して三時間ほど」
「それは厳しいですなあ」
「立ち止まったり、休憩はしましたが、最後の方になると、足が前に出なくなって、仕方なく立ち止まりましたよ。これが本来の休憩でしょ。進めないのですから」
「それで、どうでした」
「え、何がです」
「街を見に行ったのでしょ」
「はいはい、寄りましたとも。若い頃に立ち回ったところをね。しかし、その街が思ったより遠かったのです。用事が済んだとき、近くだと思ったのですが、意外と遠かった」
「それで都合三時間も歩いていたわけですか」
「その町を探すだけでも時間がかかりましたよ」
「そんなに狭いエリアですか」
「若い頃、よくそこを散策したのですが、分かりにくい場所でしてね。行き方を忘れていました。それに周りはほとんどがビル。昔を偲ぶものがないので、目印がない。古い道が広げられたり、新道ができて、勘が狂いました」
「何処なんです。そこは」
「幻の街です」
「じゃ、幻だったと」
「いやいやありますよ。勝手に私が付けた街の名です。そこは空襲でも焼けなかったのでしょうかねえ。名所旧跡じゃありません、ただの下町ですかな。しかし古本屋があったり、ジャズ喫茶があったり、小さいながら芝居小屋がありました。これは小劇場でしょうか。何かを改築してできたのでしょうなあ。だから手作りの劇場でしょう。若い頃は、このエリアが好きでしてねえ。その近くに安い学生アパートがありまして、何人か友達がいました」
「それはスペシャル地帯ですねえ。山田さんだけが楽しめる山田専用スペシャルドリンクのような観光地」
「そのはずだったのですが、ああ、ここだ、ここだと感激したりする場所が見当たらない。ああ、ここだったんだ、ふーんなるほどなるほど、あの頃は、ここで確か……などと感慨に耽りに来たのですが、浸れない」
「秘湯に来て湯に浸かれないのと同じですな」
「それで、ウロウロしすぎ、歩きすぎました」
「それで、足をやられたわけですね」
「しかし、一つだけ見覚えのあるものがありました。名水の祠です。大昔から水が湧き出ていた場所でしてね。井戸があります。その前に祠があります。これだけが残っていましたよ。その井戸に腰掛けて、学友と長話したことがあります。二人のときもあるし三人四人のときもありました。まさに井戸端会議です。まあ、これを発見したので、いいかと思い、駅に戻りました。そこは大都会の駅です。開発前はそれほどじゃなかったのですが、今は大都市ですよ。そこへ向かう坂道がきつくてきつくて、改札までやっと辿り着きましたよ。次は地下鉄の階段。人が多いですからねえ。石のように固まってるわけにはいかない。しかし遅い遅い。亀ですなあ」
「それはいい行楽でしたねえ」
「足は痛いですが、久しぶりに気持ちいい疲労感です」
「歩き疲れて足が痛いだけ。これはいいですねえ」
「しかし、三日ほど、この調子でしょうなあ」
「まあ、お大事に」
「はい」
 
   了



posted by 川崎ゆきお at 11:29| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月10日

3772話 エンガチョ


「最近悪いことが続きましてねえ。何かの祟りではないかと思うのですが」
「祟るようなことをされたのですかな」
「ゴキブリ退治」
「害虫駆除ですね」
「人から見るとそうですが、あれが甲虫なら大事にするでしょ」
「じゃ、悪いことが続くのはゴキブリの祟りだと」
「他に思い当たることがありません」
「どんな悪いことですかな」
「大したことはないのですが、不愉快なことが連続してありまして」
「それは大したことではないと」
「そうです。心配する必要もないことなのですが、嫌なことが続くと、テンションが下がります。何か水を差されたように」
「ほう」
「その嫌なことがずっと尾を引いたりします。楽しいことをしているときでも、ふっと思い出したりしましてね。だから興ざめです」
「でも大変なことにはならないと」
「はい、その可能性もありますが、まあ、私が我慢しているのでしょうねえ」
「それでどうして欲しいと」
「ゴキブリの魔除けはありませんか」
「もう祟られたあとなんでしょ」
「今後です。それを切りたい」
「じゃ、エンガチョのマジナイをすればいいのですよ」
「指をハサミのようにして切るやつですか」
「そうです。悪い縁を切る。エンガ、チョキンと切れる。それで済みます」
「そうですねえ」
「しかし、ゴキブリの祟りだけに、あまり大きな祟りじゃないようですなあ。悪いことが続くといっても」
「そうです。虫程度」
「まあ、一寸の虫にも五分の魂と言いますから、一寸分の祟りですな。ちょっと不機嫌になるとか、不愉快な思いをする程度の」
「そうです」
「しかし、その程度でも意外と効くかもしれませんねえ」
「そうなんです。嫌な気持ちになると、普通のことをするときも、影響を受けますから」
「蟻の巣穴から土手が崩れたということもありますからね」
「その可能性もあるのです。もの凄くは心配していませんが、少し不安な気分が」
「はい」
「ゴキブリ封じの、悪縁を切るエンガチョ切り、博士にお願いできないものでしょうか」
「私がですかな」
「お願いします」
 妖怪博士は人差し指と中指を絡ませてハサミのようにして、エンガチョをやった。
 しかし、やっていて照れくさかったようだ。
 
   了



posted by 川崎ゆきお at 10:52| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月09日

3771話 西へ三里の神様


 倉橋は子供の頃の言い伝えを思い出した。故郷の話などをやっているテレビを見ていたのがきっかけ。しかし、そのことはこれまで何度も思い出している。
 たとえば初詣で神社へ行ったときなど。これは毎回ではないが、一人で参拝するときに多くある。つまり他に考えるようなことがないときに入り込む。ただしきっかけは必要。
 村から西へ三里のところに神が住む神社があると。普通の神社には神様がいるのだが、見た人はいない。この神社では見ることができる。
 山間の村だが、西に三里だと山の中になるが、そんなところに神社などない。生まれ育った場所なので、あれば分かる。周辺の野山を遊び場にしていたので、三里先は遠いが、これは分かる。
 この言い伝えは倉橋家に伝わる話ではなく、村に伝わっているので、ほとんどの人が知っていること。たまに脅しで山から神が来て連れ去るぞ、などと言われたが、それはうんと小さい頃まで。
 言い伝えでは山中に立派な社殿があり、神主がいる。この神主が実は神。祭りを執り行う人、または神託などを伝える神官が神になった。これは普通のことで、そのときは神が来ているので、神の代理のようなもの。だからそれを聞く人たちも、まるで神と同じように神主と接する。巫女のお告げなどは、そのときは巫女は神のようなものだ。これは実際には違うのだが、村人が身に付けないような服装。その扮装だけでも神がかったりする。昔の貴族の礼服、官服のようなものだろうか。
 だから子供の頃の倉橋は西へ三里、だから十二キロほど先の山中にいきなり神社があり、そこに神様がいると思っていた。しかも実物。神主という人間が神様なのだから、社殿の奥の鏡などが置いてある場所に神主が座っているのだと思っていた。
 それが豊臣秀吉の肖像画と重なったりした。
 村の言い伝えで、ただのおとぎ話。そんな神社があり、神になった神主がいるだけのことで、それ以上の展開はない。
 村から西へ三里の神社の話は小学生までで、その後、親も言わなくなり、たまに思い出す程度。
 あれはどういうことなのかと、気になり、故郷の母へ電話で聞いた。
 すると、昔々、村の神社で後継者争いがあり、それに負けた競争相手が怒りすぎて気が狂い、山へ入ってしまったとか。
 これはただの失踪だろう。後日談として西へ三里のところに神社を建て、無念を晴らしたとなる。さらに尾びれがつき、神主そのものが神になったと。
 電話を切った後、倉橋は聞かなかった方がよかったと後悔した。そのままの方がファンタジーとしていつまでも不思議な懐かしさとして残ったのにと。
 
   了
 
posted by 川崎ゆきお at 10:28| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月08日

3770話 いく学


 ざわめいていた聴衆が潮が引くようにしずまった。引くときは音がしなかったりする。
 そして拍手で講演者を迎えた。日本の幾何学の権威。しかし国内よりも海外で有名な人。その人の講演が始まるのだ。
 男は背筋が曲がった大柄な老人。相撲取りでいえばアンコ型。
「わてがいくじろうだす」
 同時通訳AIの文字がワンクッション遅れて流れたが、意味不明。しかし、ここはAIではなく、通訳も来ており、それよりさらに遅れてイヤホンから聞こえる仕掛け。長く日本に滞在し、その文化にも詳しいベテランが、わてを私と訳し、あとは博士の名。
「わてがいく学と合うたのは藤吉先生宅に奉公したときからだす。わてはそのときからいく学が好きになりましたんやわ」
 プロ用日本語同時通訳ソフトで方言対応だが、手強いようだ。
「いく学は」
 AIの通訳も「幾何学」とは訳せない。
「いく学はなあ、ええもんでっせ」
 この博士、幾何学の権威。だからいく学と言うわけがないが、あえてそう言うのが博士のユニークなところか、本当に間違っているのに気付かないだけかもしれない。
「わいがなあ、算数が好きになったのはそろばんからや」
 ワテがワイに変化したが、どちらも私を指す言葉。
「数の数え方はいく学ではこう数えるねん、ひーフーみーよー今何時や、へい八つ時や、ここのつ、とー」
 落語の時うどんではないか。これで勘定をごまかす話。
 観客は目を見開き、必死で何を言っているのか聞き取ろうとした。
 AIも同時通訳者も誤訳を繰り返した。
 この博士のいく学、いや幾何学は言葉による幾何学で、言葉が関数になり変数になり、複雑な図形や、模様が浮かび上がる。それらは聞く側の誤解によって生じる万華鏡なのだ。
「ほな今日はこのへんで勘弁しといたるわ」
 これはうまく訳せたようだ。
 西田幾次郎。日本を代表しない幾何学者だが、世界が認める至宝らしい。
 
   了


posted by 川崎ゆきお at 11:02| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月07日

3769話 行楽日和


「よく晴れましたねえ」
「秋晴れ、日本晴れです。行楽の季節です。どこかへ出かけたくなります」
「毎年、そんなことを言ってますなあ。そして出かけないまま冬を迎えている」
「そうでしたかな。まあ、その気分になっても体が動かないだけです」
「動ける間に動いた方がいいのでは。歩けるうちに」
「そうですなあ。しかしもう必要としないのでしょ。出かける必要がね」
「でも、出かけたいと思う気持ちは起こるわけですな」
「そうです。今日のようなよく晴れた日は」
「じゃ、このまま出かけられては」
「はあっ」
「ここまでは出てこられるのでしょ」
「徒歩距離ですからね」
「ここは駅前、駅まで歩けるでしょ」
「当然ですよ。見えていますよ」
「そこで切符を買えば、さっと出かけられますよ。この沿線の行楽地に」
「ありますなあ。でも、もうよく行った場所ですからねえ」
「じゃ、ここの私鉄からJRに乗り換えれば行ったことのないような観光地まで行けますよ。座っていればいいんですから」
「そうですなあ」
「空港行きのバスも出てますよ。それで飛行機に乗れば海外も」
「いやいや。パスポートがありません」
「じゃ、国内の最果てとかは」
「それじゃ一泊か二泊必要でしょ」
「家を空けても大丈夫でしょ。何か用事でも」
「いえいえ」
「ああ、旅費の問題ですか」
「その程度ならあります」
「じゃ、出かけられるじゃありませんか」
「しかし、帰ってからやることがありますから」
「用事?」
「ネギの根っこを早く植えないと、枯れてしまいます」
「家庭菜園」
「いや、ネギを買いましてね。少し茎を残した根があるのです。本来なら食べられる箇所です。それをわざわざ残したのは、植えるためです。早く植えないと」
「そんなことですか」
「自分で伸ばしたネギを切ってチキンラーメンに入れて食べるのが好きでしてねえ。ものすごく得をしたような気がします。チキンラーメンは五つ入りで買います。それとインスタントラーメンは続けて食べると体に悪いので、ネギが伸びるまで待つのです。これをラーメン間隔。まあネギ時計です。日を計ります」
「私は札幌ラーメン醤油味しかインスタントラーメンは食べません」
「カップに入ったインスタントラーメンがあるでしょ」
「ありますなあ」
「湯をかければいいやつ。あれの本家はチキンラーメンなんだ」
「じゃ、カップヌードルも食べますか」
「いや、私はもうヤングじゃないので。それに唇をやけどします」
「唇、あるのでしょ」
「ありますよ。なければ気持ち悪いでしょ」
「唇は意外と丈夫です。だから多少熱くても」
「唇はそれでいけても、皮がむけます。それを押して食べとしても、私、猫舌でしてね。今度は舌がしばらくヒリヒリして痛い痛い」
「だから、ぬるくなった状態のチキンラーメンならいけると」
「そうです。それと分厚い目のどんぶりで食べます。汁を吸うとき、流れが違います」
「それは分かります。プラスチックのお椀と木のお椀とでは味が違いますからねえ」
「ところであなた、日本晴れですが、あなたは出かけられないのですか」
「はい、出不精なもので」
 
   了

posted by 川崎ゆきお at 10:56| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月06日

3768話 目先


 ちょっと目先を変える。日頃とは少しだけ違う選択をする。ただし選択できないものは選べないので、日常内での話。この日常とはいつも繰り返しているようなこと。そしてやり慣れたもの、習慣になったもの。気がつけばそのパターンをいつの間にか踏んでいたところの踏み物。
 ちょっと目先を変える。これはその日常範囲内のもので、たまに踏むことがあるもの。そうでないと日常から離れたものを踏むことになる。
 目先とは目の先、そのままだが、目標のようなもの、ターゲットのようなもの。これには連続性があり、あれをやった後にこれ、これをやった後にこれ、というように繋がっていたりする。順番が変わってもそれほど違いのないものもあるが、それを変えると、ぎこちなくなることもある。そのあたり、結構オート化しており、あまり頭を使っていないのだろう。
 目先を変える場合、変えさせられる場合もあるし、自ら進んで変化を求めるため、変えることもあるし、また少し前までやっていたことを復活させたりもある。いずれもちょっとした心境の変化などで、目先を変えたがることがある。
 必要に迫られて変えるのは分かりやすい。理由がはっきりとしている。ただ自由度はない。ほんの試しに何かをやってみたいとか、別のものを使ってみたいとか、別のやり方を試みたいなどはしなくてもいいようなことかもしれないが、こういうところに紆余曲折の楽しさがある。失敗しても困ることではなく、また誰からも要望されていないため。
 好奇心。これが目先を変えるときの発火点かもしれない。ただの好奇。奇を好むと書くが、この奇は何やら怪しげ。奇妙の奇。奇術の奇。猟奇の奇。これは日常を崩す可能性がある。目先を変えるとは、そういうことも含まれている。
 しかし、リスクありげな好奇の心だが、新たなものを見つけ出す機会でもある。新しいものなどいらないとか、昔ながらのことでいいとかなら別だが、時代遅れもまた一つの奇妙さがある。逆に風変わり。あえて今風なものを取り入れないのも選択肢としては興味深い。
 この興味深いとは、あまり褒めていない。興味があるだけで、実際にはやらないと言っていることが多い。それと含みがある。そのアイデアよりも、そんな発想をする相手が興味深いのだ。
 ちょっと目先を変える。それだけのことだが、これにもいろいろと興味深い含みがある。完全に同調していないのだ。
 ただ日常の繰り返しの中で、ちょっと目先を変える程度は、大したことはない。日常範囲内なので。
 しかし、日常の範囲内の端っこまで行くと、そこは村内だが、村外が見えている。外の世界との境界線辺り。日常外へと出てしまいそうになる場所。
 もし気が乗れば、いつもの自界の世界から他界を踏むかもしれない。
 ちょっと目先を変える。これが意外と遠くまで繋がっていたりする。
 
   了


posted by 川崎ゆきお at 09:45| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月05日

3767話 ワンコイン探偵


 今回の探偵談は何度かあったことらしい。さるお屋敷の主人が密かに探偵を呼び出した。どういう事件なのかは未だに分からない。こういう話は、この探偵の場合よくある。
 屋敷の規模は大きく、当然敷地も広く、門から母屋までの距離だけでも相当ある。雨の日など我が家に帰りながら、まだ傘を差して玄関まで歩かないといけないほど。ただし、駐車場は門の中にあるので、濡れることはないが。
 その門は詰め所が付属している。工場の入り口に警備室があるようもの。
 さて、ここで何があったのかは、知らされないまま探偵は門を叩いた。
 横の勝手口から出てきた警備員が追い出そうとした。場違いな客で、従って客ではないと思ったのだろう。しかし、屋敷の執事のような人、この人は番頭さんだが邪険に扱うでないと言って門を通した。
 警備員の詰め所とは違い、ちょっとした建物がある。住居というより、事務所のようなもの。この建物も相当古く、寺社で言えば社務所に当たるのだろうか。
 警備員が追い出そうとしたのは探偵の服装が悪すぎた。また人相もいやしく、髪の毛も乱れており、妙な塊さえできている。髭は剃られているが、ところどころ剃り残しがあり、しかも下駄を履いている。さらにスーツ姿だが上下の色や生地が違うしサイズも合っていないし、ベルトではなく、寝間着の紐のようなものを通している。
 探偵の名は通称便所バエ。名探偵明智小五郎と文通した伯父を持っている。その遠縁は乃木大将と将棋をさして勝ったらしい。
 番頭は良い人だが探偵は見るからに見たままの人。
 屋敷の主人が密かに呼んだため、家人には言っていないのだ。
 番頭は慣れたもので、さっとポケットから五百円玉を投げた。非常に丁寧な投げ方だ。
 便所バエは反射的にもの凄いスピードでそれを拾い、「有り難うございました。旦那様」と言って、勝手口から出ていった。
 屋敷から少し歩いたところで「違う」と探偵は気付いたが、もう遅い。今度入ると、また五百円玉をもらうために戻ったと思われるのが嫌で、そのまま二度と屋敷には近付かなかった。
 そのため、この屋敷で何が起こったのかは分からないまま。
 こういう探偵談、これはこの探偵にはよくあることらしいが、探偵談とは言えないだろう。その手前で終わるのだから。
 
   了

posted by 川崎ゆきお at 10:51| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月04日

3766話 成功者予備軍


「何でもいいからやってみることですよ」
「何でもではよくありません。将来が掛かっていますので、無駄なことをして道草を食いたくありません」
「将来ですか」
「そうです」
「それはどんな」
「まあ、成功することです」
「成功者」
「ちょっと金持ちで、ちょっといい身分の」
「それが将来の夢ですか」
「そうです。だからそのラインに沿った動きでないといけません。将来が掛かっていますから、何でもいいからやってみるわけにはいきません」
「それはよく分かるのですが、成功者になってからのことも考えないと」
「あと」
「そうです」
「さらに上を目指すのです」
「際限なくですか」
「はい、まだ力のある間は、先へ先へと進みます」
「しかし、落ちることもあるでしょ」
「落ちないようにします」
「まあ、落ちるものですよ」
「そんな油断は」
「あなたは順調でも、世の中がちょっと変わったりします。すると、違ってきます。だから、落ちることもあるのですよ」
「あるかもしれません」
「だからあなたは落ちるために頑張っているようなもの」
「落ちません」
「あなたが落ちなくても、落とされますよ。あなたが誰かを落としたように」
「そうならないようにします」
「成功者のなれの果てを多く見てきています」
「成功者のまま終わる人も多いでしょ」
「確率的には低いかもしれませんよ」
「そうならないように」
「成功者は窮屈なものですよ。意外と選択肢が少なく、自由度も低い。下手に動けません。だから、何でもいいからやる、という真似はしにくい」
「非常に水を差すお話しですねえ」
「あなた、今やりたいことがあるのでしょ」
「あります」
「しかし、それは将来とはあまり関係しない」
「そ、そうです」
「何も考えないで、やることですよ」
「そうでしょうか。いやいや、同調してはいけない。僕には将来がある。ここで余計なことはしたくない」
「でもやりたいのでしょ。しかし考えるとできない」
「はあ。いやいや、ここでぐらついてはいけない」
「しかし、引っ張られるものがある」
「まあ、そうですが。いやいや、そんなものに引っ張られている暇はありません」
「じゃ、どうして、ここへ来られたのですか」
「そ、それは」
「私はインチキな占い師です。ここへ来たのは、もう一つの可能性を捨てきれないからでしょ」
「分かりますか。いやいや、いけない。それを否定しに来たのです」
「じゃ、一人で否定すればいいじゃありませんか」
「まあ、そうですが」
「そして、私は何もまだ占いはしていません。ただ、何でもいいから好きなことをなさればどうですかと言っただけですよ」
「僕の将来によくないことです」
「成功を夢見て失敗に終わる。失敗があなたの夢だったりもしますよ」
「それはただの結果です。そうならないようにするのが一般でしょ」
「一般ねえ」
「もういいです、見料を払います。いくらです」
「まだ、何も見ていないので、いらないですよ」
「そうなんですか」
「よければ成功の運が出ていると、言いましょうか。これで盛り上がりますよ」
「それも結構」
「でもあなた」
「何ですか」
「そんな状態じゃ成功など有り得ませんよ。こんなもの占わなくても分かること」
「失礼します」
「はいはい」
 
   了


posted by 川崎ゆきお at 11:10| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする