2018年04月13日

3593話 伏魔殿


「博士がおいでです」
「そうか。離れの別館へお通ししなさい」
「かしこまりました」
「このことは」
「はい」
「内密に」
「はい」
「と言っても漏らすのだろうなあ」
「滅相もございません」
「ここに来て長いのう」
「はい先々代から、いえ、もっと前からお仕えしております」
「まるで時代劇じゃ」
「はい」
 迷路のように入り組んだ邸宅、広い敷地は高い塀と堀に囲まれている。
 その離れの別館に博士は通された。
「まだ魑魅魍魎は出ますかな」
「毎日のようにな」
「日常化しましたか」
「わしもその一人かもしれん」
「今回はどのようなバケモノですかな」
「ゾンビだろう。生き返って暴れておる」
「この前は木乃伊が生き返ったとか」
「急に動き出したよ」
「もう慣れておられますなあ」
「そうだな。しかし何とかしてくれ」
「マジナイ程度では効きませんが」
「やってくれると落ち着く」
「大変ですなあ」
「しばらくの辛抱。そろそろわしもここから出たい」
「結界が張られておるのでしょ」
「そうじゃな。それが破れん。従って抜け出せん」
「そのうちバケモノ達も疲れてきます。待ちましょう」
「それしかないか」
「一応マジナイをやっておきます」
「そうしてくれ」
 博士は内ポケットから御札を出し、テーブルの下に貼り付けた。
「これで効くか」
「サロンパス程度の効き目はあるでしょう」
「気休めじゃな」
「ないよりはまし」
「誰が何を企んでおるのかは、わしには分かっておる。しかし手が出せん。何ともできん」
「物が古くなると物怪になります。人の企みも古くなると妖怪になります」
「それが自然の摂理か」
「そう思えば少しは気が楽になるかと思います」
「博士」
「はい」
「君も妖怪化しておらんか」
「きっとそうでしょ」
「博士」
「はい」
「これからは博士のことを妖怪博士と呼ぼう」
「はい、お好きなように」
 
   了


posted by 川崎ゆきお at 11:55| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月12日

3592話 妖花


 冬眠は完全に眠っているが、春眠は起きているのだが、眠い。冬眠状態は何もしていないが、春眠状態は何かをしている。しかし、眠い。
 冬は冬眠している妖怪博士だが、春になると動き出す。しかし眠いようで、冬眠を延長して春眠になりつつある。しかしこの春眠は昼寝のことだ。夜は夜でしっかりと寝ている。
 春眠があれば夏眠もある。仮眠ではない。これは湿気が高く暑いとき、活動を完全にやめる植物や動物もいる。もの凄く暑い地域だ。寒くて眠るのは餌がないためだろう。植物も光が少ないと効率が悪いので、仮死状態になる。だから餌がないときは仮死状態で季節に関係なく、眠っているようだ。
 妖怪博士は餌とは関係なくよく眠る。しかし春になると妖怪も蠢き出すので、仕事が多くなる。だが一体そんな妖怪など何処で蠢いているのかは謎。それに妖怪が冬眠するものかどうかは分からない。
「春の妖怪か」
「はい」
 担当編集者が仕事を持ってきた。
「毎年そんなことを言っているように思うが」
「シーズンですから」
「妖怪に限らず、バケモノは眠っている方がいい」
「眠っているモンスターを起こしてしまう話は多いですねえ」
「封印を切ってな。だから眠らせておくに限る」
「春になると蠢き出す妖怪で、お願いします」
「虫ではないが、春になると出る妖花がおる」
「妖花ですか」
「芽を出し、葉を出し、花を咲かせる」
「はい」
「春になると庭の片隅に見かけぬ草が生えておることがある。他の雑草と混じってな」
「放置しておけばマンモスフラワーになるとか」
「そこまで派手じゃない。雑草の中に混ざっておる。しかし雑草といっても種類は多い。雑草と一括りにして、根こそぎ抜くのが普通じゃろ。雑草に価値はない。庭先などに生える雑草はそれほど種類は多くないはず。数種類じゃが、ほぼ見慣れた顔付き。その中にたまに見かけぬものが出てきておるが何せ雑草。愛でることもないし、注意深くも見てもいない。どうせ抜くのじゃからな。邪魔なものなので」
「先生宅の庭は雑草だらけですが」
「草に怨まれとうないので放置しておる。時期が来れば枯れる。抜く必要はない」
「はい」
「あまり注目されておらんから、その中に妖花が混ざっておっても気にも留めないし、その妖花、他のよくあるような草と似た姿に化けておる」
「先生宅の庭にも出ているかもしれませんねえ」
「桜が散る頃から春の草花が一斉に咲き出す。丁度今頃じゃ。茎や葉だけを見ていても分からんが、咲くと目立つ」
「その中に妖花がいるのですね」
「これがまた小さな花でなあ、咲いているのか咲いていないのかはたまたそれが花と言えるものか分からんほど地味で貧弱。華のない花。しかし、図鑑で調べてもその植物は分からん。何かの草に似ておるので、新種だとも思えん」
「まるで群衆の中にモンスターが混ざっているようなものですねえ。同じような姿だと分かりません」
「そうじゃな」
「それで」
「続きか」
「どういうことをする妖花ですか」
「何もせん」
「はあ」
「咲いておるだけ」
「地味です」
「これは地霊の使い魔」
「そうなんですか」
「地面から湧き出したようなもの」
「それで、どのようなことを」
「何もせん」
「はい」
「ただ、妖怪らしさはある」
「どのような」
「目立たないところで目立たないように成長し、目立たない花を咲かせるが、さっとそれで消えてしまう。根こそぎな。しかし、消えたことそのことすら誰も知らない」
「その正体は地霊だということですが、何をしているのでしょう」
「まあ、あくびじゃろ」
「欠伸」
「ガス抜きのようなもの」
「はあ」
「だから妖花は地面から湧き出たようなもの。泡となり後は消えるだけ」
「もっと景気の良い妖怪でお願いします」
「バブル妖怪なので、景気は良いはず」
「でも消えてしまうので、景気は悪いです」
「そうじゃな」
 
   了
 
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2018年04月11日

3591話 簡単なこと


 簡単なことほど難しいのは、簡単にはできないから。これは意識の問題。
 簡単すぎると、こんな簡単なことで良いのではないかと心配になる。大事なことだともっと手間取っても不思議ではない。それがいとも簡単にできるとなると、これは何か間違いを犯しているのでは、考えが足りないのではと詮索する。
 また簡単にやってしまうのはもったいないと思い、必要以上に時間を掛けたり手間を掛けたりする。実際には考える必要もないほど簡単なことでも。
 また、あまりにも簡単すぎると、これは罠ではないかと考えたりする。これは下手な考えだが、上手な考えもある。
 簡単なことを複雑に見せたりすることもある。簡単すぎると有り難みがない。もっと大層なことだと思わせた方が値打ちが出る。
 簡単なことを複雑にすると、もう簡単なものではなくなってしまう。あとで付けたようなもの、それは解釈でも良い。そちらの方がメインになり、本来のものが見えなくなる。簡単なものなのに盛ってあるものが逆に邪魔をする。
 簡単なこととは捉え方の問題で、簡単だと捉えるかどうかで決まる。簡単だという意識だ。最初から簡単なのではなく、よくよく考えてみると、これは簡単なものではないかと分かってからの話。最初から簡単なものとは、考える必要さえないほど簡単なもの。だから初期値から簡単。
 あまりにも簡単だと、労がない。それでは努力したり、頑張ったり、懸命にやっているというものが盛れない。
 簡単に済ませられるようなことを複雑にしたり、また逆に複雑なものを簡単に済ませたりもする。いずれも意識の問題も大きい。意識とは関係なく、簡単なものも複雑なものもあるが、それは絶対的な意味が含まれるためだろう。
 つまり本当は複雑で難しいことを簡単にやってしまうと怖い。何か間違いをしているのではないか、こんな簡単なことで済むのかと手も足も止まる。
 簡単なことでもそれとの接し方で違ってくる。だから簡単なことが簡単にはいかない。
 複雑で手間暇の掛かることでも、本当は簡単なことかもしれない。また簡単なものではないと誰かが見せかけていたりするし、本人もそうだと思い込んでいる。
 本当は簡単なことだったとなると拍子抜けする。そこで抜けたものとは意識や気持ちだけではなく、儀式のような盛り物、飾り物も含まれる。
 しかし、本当は簡単なことではないことを簡単だと思える神経は素晴らしいかもしれない。
 
   了



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2018年04月10日

3590話 徒歩距離にある喫茶店


 立花は夕方前に行く喫茶店は雨だと近所に変更している。いつもの喫茶店が遠いためだ。近所の喫茶店は徒歩距離と自転車距離の二店。徒歩距離の店は個人喫茶。一人でやっている。
 春の雨なので、大したことはないのだが、徒歩距離にする。本当は自転車距離の店の方に多く行っている。
 立花は徒歩距離の方が楽だと思い、店の前まで来たが、ドアの前に何か置いてある。シャッターは閉まっていない。店内の灯りも消えていない。営業中なのにドア前に障害物。ドアは手前に引くタイプ。しかし障害物があるので途中でぶつかり、開ききれない。障害物はブロック程度の大きさなので、簡単に手で動かせる。だからこれでは入って来られないようにしているのではなく、入りにくくしている程度。以前は障害物はなかったが鍵が掛かっていてドアは開かなかった。ドアを引く前に障害物があるので、それで分かるだろうということだろうか。要するに休憩。閉店時間までは僅か。だから閉店してもかまわないのに、中途半端な状態で開けながら閉めている。これは買い物に出たのだろう。以前にもあった。
 さらに喫茶店の行燈が道路際にあるが、その点滅ランプが消えている。これが一番の合図。目立つように点滅しているのだが、そのスイッチを切っている。閉店したときは行燈も下げる。
 歩いてここまで来たので、立花はその先にあるもう一店へ行くためには戻って自転車を出して、となると面倒になる。それで自転車距離のところを歩いて行った。靴は濡れ、靴下まで濡れるし、鞄は防水性のない布なので、これも濡れた。傘を差していても自転車距離なので長い目を歩かないといけない。
 自転車距離の店はファスト系だが高い。しかし正月以外は年中無休で遅くまでやっている。だから閉まっているということはない。
 自転車距離の喫茶店なので歩いて行ったことはない。しかし、思ったよりも近い。
 道は店の裏側から脇に出るため、駐車場が見える。そこで気付いたかもしれないが、そのときはまだ。傘で前方が欠けているためだろう。傘を上げてまで見るようなものでもないので、そのまま喫茶店の横に回り込んだ。建物には複数の窓がある。それも見ていなかった。
 そしてドアを見る前に、灯りがないことから、閉まっていることが分かった。すぐ横の駐車場には一台も止まっていない。
 ドアを見ると臨時休業となっている。正月以外休まないはずなので、何かあったのだろう。
 徒労に終わるとはこのことだとガッカリしながら元来た道を引き返した。そして家の近くに来たとき、あの喫茶店が見えた。行燈の上が点滅している。主人が戻ったのだろう。自転車も止まっている。主人のものだ。
 一番近い徒歩距離の喫茶店なのにもの凄く遠回りしたことになる。しかも雨の中歩いたためか、もう靴下まで濡れ、ぬるっとしている。
 そして気を取り直して喫茶店に近付くと、今まで点滅していた灯りが消え、そして行燈の日も消えた。
 既に閉店時間になっていたのだ。
 
   了
 

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2018年04月09日

3589話 桜の客


 桜も散り、もう見に来る人もいなくなった頃、桜の花びら川に雨が降り、白いものがゆっくりと流れてゆく。
「あの人、今年は来なんだのう」
 山寺の住職が手伝いに来ている孫娘に言う。孫娘は花見の頃、茶店の手伝いで来ている。それが終わる頃は春休みも終わるので、都会へと帰る。
「去年来てた人?」
「来ていたのかもしれんが、姿を見かけなんだ」
「私も一度だけ見たわ、雨の日でしょ」
 その人は雨の日に一人、傘を差し花見をしている。住職は十年近くそれを見ている。
 シーズン中でも流石に雨の日は人出がない。無人に近い。しかし、その人だけは来ている。そして隅っこで傘を差し、じっと桜を見ている。人がいないので目立つ。だから住職も毎年気にして見ている。ところが今年は来ない。
「雨が降っていなかったからでしょ」
「そうじゃなあ。今年は咲き始めから散るまで雨は降らなんだ」
「どうして雨の日に来るの、お爺ちゃん」
「さあなあ。きっと静かなためじゃ。独り占めできる」
「私は去年見たけど、あれは人じゃないよ」
「そういえば顔を見たことがない」
「人じゃないよ、お爺ちゃん」
「いや、風情の分かる御仁じゃろ」
「雨じゃ花見なんて」
「そこが風流というもの。きっと何かをやられている方じゃ」
「じっと立って見ているだけでしょ」
「何かを得ようとしておるのかもしれん」
「ふーん」
「だからただの行楽ではない」
「そうよね、わざわざ雨の日にだけ来るんだから」
「それで今年は降らなかったので、来なかったようじゃ」
 そのとき、呼び鈴が鳴る。
 下の茶店からだ。誰かが押したのだ。
 茶店は今日で閉めることになっていた。桜は既に散っているが、春の花々が境内では咲き誇っている。晴れていれば季候も良いので桜は散っても別の花見はできる。しかし雨だと来ない。一人も。
 孫娘は山門まで傘を差して下り、茶店の裏口から中に入った。
 雨なので縁台は濡れているが、茶店の軒下に座る場所がある。そこに一人の男が座っていた。
 孫娘ははっとした。去年見た人と同じようなレインコートと蝙蝠傘。目深に被った帽子も去年の人と同じ。しかし、こんな近くで見るのは初めて。
「ききききつねうどん」
 男は濁った鼻声で注文した。
 あの人ではなかったようだ。
 
   了
 
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2018年04月08日

3588話 如何なものか


「昔やられていたことを今またなされるのは如何ですか」
「非難しているおるのですか」
「なされては如何かと言っているだけ」
「如何なものかと」
「いや、そうではなく、またやってみては如何ですか」
「やはり、如何なるものかと否定しておられるのですね」
「違います。やってみてはと言っているだけです」
「やって欲しいと」
「はい、希望です」
「誰の」
「私の」
「人の希望ですね」
「まあ、そうですが」
「私の希望じゃありません」
「昔、折角やられていたのですから、その続きを」
「あれは若い頃でしょ」
「その頃のようにやられては如何ですか」
「如何かと問うておるのですか」
「そうです」
「やはり否定的に聞こえますが」
「やってみられてはどうですか」
「あの頃の情熱はもうありませんよ」
「そうなのですか」
「あなたはどうですか」
「私もありません」
「じゃ、聞くまでもないでしょ」
「あなたならできるのではないかと思いまして」
「同じですよ、あなたと」
「そうですねえ」
「あれは気力がなければできません」
「私は気力はあるのですが、体力が伴わなくなりました。気の持ち方だけでは無理ですねえ」
「そうでしょ。それと大した成果は上がらないと、もう今では分かっていますからねえ。先が見えていることですから」
「その問題も大きいですねえ」
「それが分かっていながら、なぜ今私に勧めるのですかな」
「他にいないからです」
「いないでしょ」
「いないを、いるにするだけでも、良いのじゃないかと思いましてね」
「やるだけなら簡単ですよ」
「そうなんですか? じゃ、簡単ならすぐにでもやり始めて下さい。あなたの様子を見て私も始めたいと思います」
「簡単ですが、それはやっているだけで、それだけの意味しかありません」
「それで充分では」
「そこが若い頃と違うところですよ。やることが目的じゃなく、結果を求めます」
「結果など求めなくてもいいじゃありませんか」
「それは難しい」
「私もそうです」
「かなりしつこいですねえ」
「私がですか」
「そうです。目的は何ですか」
「思い付いただけです」
「じゃ、あなたが一人でやればいいじゃないですか」
「一人では心細いですし、それ以前に私にはもう無理です。しかしあなたならできそうに思えたので言ってみたまでです」
「言えばいいというものじゃないでしょ」
「はい」
「もし私が、また昔のようにやり始めたら、きっと批判されます。如何なものかとね」
「はい、それを言うのが私達の務めになっていますので、言われるのは嫌ですねえ」
「如何なものかと問うのは如何なものかと問い返したいところですが、それもまた如何なものでしょう」
「はい如何なものです」
 
   了



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2018年04月07日

3587話 カーテン婆


 人の気配などしないはずのワンルームマンションの一室。居間は一室だが洗面所とキッチンを合わせると一間だけの間取りではない。
 田口は一人で住んでいる。誰かがいるようなことはない。ただ壁は薄く、両隣や上階や下階からは人の気配というよりも具体的な音がする。だから人の気配があってもおかしくないのだが、部屋の中をすっと誰かが横切ったような気配が何度かある。
 閉めきった窓、空調を止めているのにカーテンが揺れたり、掛けてあったタオルやシャツが少し揺れている。そのものは現れていないが、間接的に現れている。
 田口の友人の友人で霊感の強い人がいたので、一度見てもらうことにした。
 見るからに何かに取り憑かれているような目付きの女性が友人と一緒に来た。彼女は綺麗な瞳をしているが、目の周囲が黒い。何か塗っているのではないかと思うほどクマができている。こんなに見事なグラデーションの黒さはないので、メイクかもしれない。
 女は部屋を眺めながら、ある一点でピタリ止まった。
「はい、分かりました」
「やはり何かいるのですか」
「はい」
「何ですか」
「カーテン婆です」
 田口は笑いそうになったが、必死で堪えた。
「カーテンを開けいるとき、端の方に膨らみができますよね」
「あ、はい。しっかりと閉じていない場合」
「今はその状態でしょ」
「そうです」
「その膨らみの中に婆さんが隠れているのです」
 田口も子供の頃、同じ場所に隠れん坊のときに入ったことがある。
「うちの婆さんはまだ生きてますが、このマンションには来たことはありません。もうかなり年なので」
「カーテン婆です」
「それは分かりましたが、何処のお婆さんですか」
「知りませんが、老婆です。それがカーテンの膨らみの中に隠れているのです」
「しかし、見たことはありません」
「隠れているからです。そうでないと意味がないでしょ。隠れている意味が」
「一人で隠れん坊をしているのですか」
「隠れん坊ではなく、隠れん婆です」
「分かりました」
 田口は友人に目配せする。まずい人を連れてきたなあというように。
 友人も頷いている
 二人が帰ったあと、田口はカーテンの端の膨らみに入ってみた。
 カーテンは二枚。一枚は白くて薄い。もう一枚は遮光カーテン。
 膨らみの中はそれほど暗くはないし、閉塞感もない。何か繭の中にいるようで妙な感じ。それなりに憩えるので、座ることにした。
「うっ」と体が反応した。何が起こったのかはすぐに分かった。ものすごい視線を感じたからだ。
 田口はさっとカーテンを開けると、部屋の真ん中に老婆が座り、こちらを怖い顔で見ている。
「誰だ」田口が叫ぶと、老婆は逃げようとしたが、立ち上がるとき、足がつったのか、這いながらキッチンの方へ逃げ去った。
 田口がキッチンに入ると、誰もいない。人が隠れるような場所はないはず。しかし、流し台の下の開き戸ならそのスペースがある。田口はさっと開いたが、鍋とか段ボールとか、プラスチック容器とかが詰まっており、鼠ぐらいしか入れない。
 そのことがあってから、もう異変は収まった。吊してあるタオルは揺れなくなったし、カーテンも揺れない。
 
 という体験談を編集者が妖怪博士に見せた。
「これはネット上の投稿かね」
「そうです」
「気配など、いくらでもあるだろ」
「カーテンが揺れたのは」
「隙間風じゃろ。または振動」
「老婆が座っていましたよ」
「老婆の話を聞いたからじゃ」
「足を引きつって逃げたとか」
「自身と重ね合わせたのじゃ」
「それじゃ駄目ですよ妖怪博士」
「そうか」
「何とかそれらしく解説して下さい」
「流し台の下の納戸は鼠の国へと繋がっておる」
「鼠の国ですか」
「鼠の浄土として昔からある」
「はい」
「そこから妙なものがたまに出てくるのだろう」
「はい、それでいきます」
 そのあと編集者は何かを思い出したようだ。
「何かが横切ったというのがありましたが、その説明をお願いします」
「何か」
「はい、誰もいないはずなのに、部屋を何かが横切ったと言ってます」
「じゃ、横切ったのだろう」
「何が」
「何かじゃ」
「説明できませんか」
「できん」
「じゃ、横切った話は抜いておきます」
 
   了

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2018年04月06日

3586話 アレが来た


 暖かいというより暑いような春先、季節が進みすぎたのではないかと竹下は焦った。少し気温が上がった程度で焦る必要はないのだが、妙に汗ばむ。実際に汗をかいているのだから、そのままだ。
 アレが来るのはもっと先の初夏。暖かいから暑いに変わる頃までには何とかしないといけないと思い続けていたので、日にちよりも気温で反応したようだ。
 初夏になるとアレが来る。招かざる客だ。良いものが来るのなら汗ばむ必要はない。
 部屋にいるときは気付かなかったのだが、外に出ると暑くて、汗ばんだので思い出したが、まだ先の話なので今すぐアレが来るわけではない。
 しかし町を歩いていても、アレが現れそうで不安になる。アレは何処に現れるのかは分からないが、いつ現れるかは分かっている。もっと先の初夏。だから今は心配しなくてもいいはず。
 しかしアレはこの馬鹿陽気で出て来るかもしれない。もう初夏だと勘違いして。
 汗ばむのだがまだ青葉さえ出ていない。葉を落としたままの枝の方が多い。桜は満開。花見に出ても、この暑さが気になる。
 アレが出てくると大変なことになるが、交わす方法は分かっている。だから大丈夫。出ても怖くはないはず。毎年アレは出てくるが毎年交わしている。しかし間一髪で逃げたこともあり、油断しているとやられる。そしてアレにやられてしまった年もあり、それから数年は草も生えないような荒れ地が続いた。
 竹下はもう一度アレの出る時期を思い出してみた。決まった日でも月でもなく、初夏。だから曖昧。既に梅雨入りしてしばらく立ってから出ることもあったり、大型連休の終わり頃に来たこともある。夏や秋や冬には出ない。
 アレのことを考えていると桜並木も不気味に見える。その華やかさが逆に狂気の空気に覆われているように。
 この明るさが怖い。
 しかし安心してもいい。桜の咲く頃には出ない。まだまだ先。
 だがアレは気温と関係しているのかもしれない。今日は初夏に近い気温。花見の頃に出たことはなかったが、こんな暑いような日に花見をしたことは今までない。
 もし温度と関係しているのではと心配になる。
 竹下はアレが出たときの対処方法を知っている。無視することだ。驚いたりしないこと。反応しないこと。これは何度か遭遇したときに見付けた方法で、毎年これで回避している。
 桜並木の歩道や、その横の公園にいる人達を見ていると、羨ましくさえ思える。アレの心配などしなくてもいい。しかし、呑気そうに花見をしていても、心中穏やかではない人もきっといるはず。他人はよく見えるのだと竹下は思い直し、気を引き締めた。
 桜並木を過ぎた頃、また気温が上がったのか、さらに暑くなってきた。これなら夏だ。
 来るかもしれない。出るかもしれないと思うと、本当に出ることもある。そういう年もあった。竹下自身が呼び込んでいるような結果になる。
 アレのことを考えない方がいい。アレの思うつぼに填まる。
 こうなれば、今ここでアレが出た方がいい。初夏を待たずに、今。
 その方が早い目に済む。年に一度しか出ない。だから今、出てくれた方がタイミング的にはいい。嫌なことは早く済ませた方がいい。
 竹下はうううううと唸り声を出しながらアレを呼び込もうとした。そんなことで出て来るのかどうかは分からないが、今なら覚悟ができている。
「大丈夫ですか」
 すれ違った人が竹下に声を掛ける。近くにいる人も竹下を見ている。 
 滝のように顔から汗が吹き出ているのだ。
「いえ、ちょっと汗かきの方で、よく汗をかくだけなので」
 汗が目に入り、一瞬風景が霞む。そしてクリアになったとき、そこにアレがいた。
 
   了


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2018年04月05日

3585話 葉桜の頃


 満開の桜も散り始め、葉桜になった頃に妖怪博士宅に妙な訪問者があった。普通の人には普通の訪問者が来るもので、類は類を呼ぶのだろう。
 妖怪博士宅には訪問販売の人は一切来ない。その近所を一軒一軒セールスで回る人でも、避けて通っている。なぜか訪ねてはいけない家のように。これは怪しいからではなく、セールスは絶対に成立しないので、無駄だと分かるようだ。そんなところで時間を取られるより、他を当たった方がいい。
 しかし、たまにカンの悪いセールスマンが来ることもあるが、何事にも例外がある。
 確実に来ないのは宗教関係の人だ。
 今回は狸のような目をした丸っこい小さな人がやってきた。一見してすぐに豆狸と分かる。良く似ている。
「こちらが神秘家の先生のお宅ですか」
 最初からそんな言い方をしてくるのだから妖怪博士のことを知っている人。
「そうです」
「神秘事にお詳しいと聞きましたので、少しお頼みしたいことがありまして」
 妖怪博士はまた面倒臭そうな奴が来たと思いながらも、相手は豆狸だがきっちりとした身なりで、風呂敷包みを小脇に抱えている。そして言葉遣いも丁寧。
「世の中には神秘事というようなものは存在するのでしょうか」
「それより、何処で聞かれて来られたのですかな」
「はい、情報を得まして」
「情報」
「はい」
「私は神秘家ではなく、妖怪博士と呼ばれておりますが、まあ妖怪も神秘事のなかの一つでしょうから、それほど離れてはいませんがね」
 豆狸はまん丸い目玉をくりくりと動かす。
「呪術をご存じですね」
「はい、一応」
「では、呪術家の方をご存じですか」
「知らないこともありませんが」
「期待通りです」
「何か祈祷でも」
「もしかして、先生もお使いになられるのですか」
「え、何を使うのですかな」
「ですから、先生も呪術が使えるのですか。それなら話が早いのですが」
「使えません」
「じゃ、呪術は本当に効くものかどうか、神秘家のお立場からお教え下さい」
「効かないでしょ」
「あ、はい。あ、はい」
「じゃ、これで、終わりですな」
「本当に効かないと断定できますか」
「一般には効きません」
「じゃ、祈祷は効かない」
「それを執り行う側の気持ちの問題でしょう。安心感を得られるはずですが、これが祈祷が効いたとは言えません」
「本題に入りたいと思います」
「今のが本題でしょ」
「祈祷ではなく、呪詛について」
「あなたはどなたですかな」
「それは申せません」
「そうですか」
「呪詛が行える祈祷師のような人物をご存じですか」
「物騒なお話ですなあ」
「神秘家のお立場から、呪詛は効きますか」
「それは神秘事になります」
「はあ」
「分からないということですなあ」
「呪詛ができる人を紹介して欲しいのです」
「目的を聞きたくなりますが」
「それは申せません」
「じゃ、無理ですなあ。紹介できません」
「呪詛といえば目的はもうお分かりのはず」
「どなたがどなたに」
「申せません」
「普通は聞くでしょ」
「先生なら何とかなると聞きましたので」
「依頼者を教えて下さい」
「申せません」
 豆狸は風呂敷を開け、中から札束を取りだした。
「お礼は致します」
「紹介するだけで良いのですな」
「そうです」
「あなたは誰ですか」
「申せません」
「じゃ、駄目ですなあ」
 豆狸は風呂敷に札束を包み直していたとき、紋がちらりと見えた。
 豆狸はわざと紋を見せたのだろう。これで分かるだろうというように。
「如何ですかな」というような狸目で、妖怪博士を豆狸は見詰めた。
 妖怪博士は小さく頷いた。
 そして風呂敷のなかから札束をモロに掴み、妖怪博士の前に置いた。
「よろしくお願い申します」
 それからしばらくして、いつもの担当編集者が来たので、その話をした。
「その後、どうなったのです」
「その後かね」
「はい」
「札束が」
「分かりました。もう言われなくても」
「そうか」
「葉っぱですね」
「分かるか」
「狸に似た人が来たのでしょ。丸分かりですよ」
「そうじゃな」
「そんな古典的な話ではなく、もっと今風な妖怪談を作って下さいよ」
「ああ、そうじゃな」
 
   了



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2018年04月04日

3584話 空腹


 大きな勢力同士がぶつかり合い、このまま行くと全面戦争になる恐れが出てきた。それを好む者、好まぬ者、様々。この機に征服してやれという者もあれば、互いに消耗し、第三勢力の草張り場になることを恐れる一団もある。どちらの勢力にも派閥があり、内部でもまとまりがない。なかには内通するものも出てきており、二つの勢力圏は泡立ち続けた。
「久しぶりでございますなあ」
「あなたと会うのは久しい。それまで平和だった証拠」
「左様でございますなあ」
「何と落ち着かないこと」
「実に」
「食べたいものであるのでしょうや」
「そうですなあ」
「何でしょう」
「腹が減っておるので、何でもよろしいかと」
「それはこちらも同じこと」
「じゃ、お互い様」
「どうですか、一緒に出掛けて美味しいものを食べに行きませんかな」
「ほう、それは結構な話でごじゃりますが、そのようなところがありますかな」
「ありますとも、そのうち鴨が葱を背負ってやってきよります。待ちましょう」
「はい」
 二人の老人、二大勢力の実力者。話はそれで決まった。
 二大勢力が小競り合いをしているところへ、第三勢力がやってきた。
「来ましたなあ」
「餌が来ましたぞ」
「そうですなあ」
 二大勢力はその時既に和解しており、一つにまとまっていた。どさくさに紛れて乱入してきた第三勢力を追い出し、さらに追いかけ、第三勢力の本拠地を占領した。
「これで美味しいものがいただけるので、お腹も減らないでしょう」
「そうですなあ」
 しかし、この第三勢力の領地は結構広く、そこでもまとまりがないため、本拠地を攻略しても分散した勢力が抵抗し続けた。
 そして第三勢力の本拠地は奪い返された。
「食べるだけ食べたので、もうよろしいでしょ」
「そうですなあ。仰山ぶんどったので、当分腹が空きません」
「そうですなあ」
 しかし、敵から奪ったものはもう食べてしまい、また腹が減り始め、また泡立ち始めた。
「困ったものですなあ」
「腹が減っては戦はできんと言いますが、腹が減るから戦になるのでしょうなあ」
「仰る通りです」
「さて、どうしましょう」
「原因は私らでしょう」
「はあ」
「私らが本当に和解すれば、二つには割れません」
「しますか」
「はい、和解しましょう」
「しかし」
「何ですかな」
「最初からそうしておれば良かったのでしょうなあ」
「仰る通りです」
 
   了

posted by 川崎ゆきお at 11:08| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする