2020年01月10日

3627話 エゴウ衆


「あの人はエゴウ衆なので、あまり逆らわん方がええ」
「でも、無理難題を」
「ほどほどに聞いておけばいい。誰もエゴウ衆には逆らえん」
「エゴウ衆って、何ですか」
「大江山の江と里の郷と書く」
「じゃ、江郷衆」
「この一帯のヌシじゃ」
「地方の実力者ですか」
「そんな力はない」
「じゃ、そんなに恐れることは」
「それが決まりでな」
「昔は凄かったのですね」
「そうじゃな。その名残り」
「エゴウ衆の代表は誰ですか」
「そんなもの、もうおらんだろ。バラバラになったのでな」
「一般の人とエゴウ衆とはどう違うのですか」
「いやいや、ここには一般の人などおらんよ」
「え、そうなんですか」
「エゴウ衆はなあ、昔このあたりを治めていた一族なんじゃ。それだけのこと」
「今はそうじゃないのでしょ」
「領主様は次々に代わりよる。いずれも外から来た人ばかり。しかし、最初に治めていたエゴウ衆の連中は地元の人でな。今も残っておる」
「はあ」
「まあ、エゴウ衆が治めていた頃を懐かしんでおるんじゃろ。だからエゴウ衆は特別扱い」
「それで横暴なのですね」
「もう力はないのにな。しかし、ここの歴代のどの領主様も出来が悪い。余所者じゃからな。それに比べればエゴウ衆のほうがまし。地元の連中なのでな」
「はい、分かりました」
「しかし、エゴウ衆がここを治める前は都の人の領地だったんだ。エゴウ衆がそれを奪った。エゴウ衆様々じゃな。それがエゴウ衆の全盛期。いい時代じゃった。だから、エゴウ衆には恩がある」
「しかし、すぐにその地位を奪われたのでしょ」
「お隣の豪族に取られてしもうたが、その豪族もまた、大きな豪族に取られ、それもまた大きな勢力に取られた。お前さんたちの殿様じゃ」
「それは聞きました」
「その家臣が交代で、ここを治めておる。あまりよくない。エゴウ衆の時代に比べてな」
「じゃ、ここの人達はエゴウ衆に期待しているのですか」
「それは無理じゃが、領主と渡り合えるのはエゴウ衆以外いない」
「はあ」
「領主もエゴウ衆を警戒しておる。何せ、元領主で、地元との繋がりも深いのでな」
「でも、ここの領民の代表じゃないのでしょ。エゴウ衆は」
「どの村の庄屋もエゴウ衆と繋がりがある」
「でもエゴウ衆の代表はいないのでしょ」
「エゴウ衆の本家は滅ぼされた。遠縁が生き残っておるだけ。遠い親戚じゃ」
「あなたもその縁者ですか」
「わしは違うが、孫娘がエゴウ衆に嫁いでおる」
「しかし、エゴウ衆は態度が悪いです。横暴です」
「あんた、城から来たんだったか」
「はい、新任の郡奉行です」
「じゃ、苦労するぞ。エゴウ衆には」
「それで逆らわない方がいいということですね」
「そうじゃ」
「それと領主様も大目に見ておるのは、戦のおり、エゴウ衆は強いからなあ。いい戦力になる」
「はい、そのつもりで臨みます」
「まあ、色々と事情があるんじゃ」
「はい、承知しました」
 
   了



posted by 川崎ゆきお at 11:52| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月09日

3626話 否定肯定


 一度否定したものを復活させる。これはよくあることだ。否定した限り、何か理由があり、それをまた肯定するのにも理由がある。それなら最初から否定しなければいいのだが、この否定があるから肯定もあり、肯定があるから否定がある。この動きが実は動力になっており、否定ばかりしていると減速する。当然肯定ばかりしていても減速する。
 ただそれは否定のための否定、肯定のための肯定であってはならない。ものを見ず、論理的なところだけで動いているためだ。
 一度否定したものが復活するのは、否定した後に来たものの具合が悪く、肯定から否定へと変わったためだろう。
 否定は分かるが、肯定が分かりにい。最も否定も肯定も分かりにくい。どちらがどちらかなのかワンテンポ置かないと分からなかったりする。そのため否定と肯定がごっちゃになり、逆のことで使っていたりする。そうなると否定も肯定もない。最初からなかってもよかったのかもしれない。
 肯定もしないし、否定もしない。では何をやっているのだろうか。嫌と好きだけかもしれない。小さな子でもそれは確実にやっており、大人よりも露骨だ。イヤイヤとスキスキだ。
 よかれと思ってやったことだが、これはどうも間違いだと気付くことがある。そして別の方法をとるのだが、その方法もあまり芳しくない。そうなとき、一度否定したよかれと思ってやったことに戻ったりする。こちらのほうがましだったとか。または、とりあえず戻るとかだ。
 そしてこの場合、いつでも否定され、いつでも肯定される運命にある。これは好き嫌いで決めているためだろう。
 そこには一貫した論理はないが、論理立てると、それは誰かの意見や流派になってしまう。そしてそれら流派も変動相場制で、時代により反転したりする。
 また周囲を見渡すというのもある。これは世間の様子を見てから動くというものだ。自分一人だけでは頼りないので、似たようなことをしている人がいないかどうか。一人でもいると安心する。二人集まれば世間であり、社会だ。一人だけだとただの妄想。その人しか理解できない世界。だが他に一人いるとなると、知っているだけでも一人なので、知らないだけで、そういう人がもっといるはず。
 何かについての考えではなく、人はどう考えるのかという考えに対しての考えがある。そうなると抽象的になり、否定と肯定などの言葉が紛らわしいように、論理エラーを起こしていても具体性がないので分からない。だから、それをやっているとき、何かおかしいと思うはず。具体的に分かるのは好きか嫌いの次元だろう。感覚の。これは直接具体的なものと接している。実体験だ。論理ではない。
「それで合田君、以前やっていたことに戻るわけですかな」
「そうです。一度否定したのですが、復活です。こちらが本命だったと気付いたのです」
「じゃあ、新たにやろうとしていたことは取りやめですか」
「そうです」
「否定したわけですね」
「そうです」
「じゃ、また肯定するかもしれませんね」
「それなら、一度否定したものが復活し、また否定してしまい、また肯定してしまいの繰り返しですねえ」
「ダイナミックでいいよ」
「忙しいです」
「いくらいいものでも飽きてくるものです。だからたまには否定して、やめてしまった方がいいのかもしれませんねえ」
「先生もそうですか」
「さあ、君ほど目まぐるしく研究対象が変わるわけではありませんが、多少、その面はありますねえ。違うことがしたいとね」
「僕は違うことばかりしています」
「そのうち落ち着くでしょ。それが本命です。本命は狙っても出てこない。実際にやっているときに出てくるのです」
「はい、毎回ご指導有り難うございます」
「うんうん。言うだけは簡単だからなあ。指導なんて、そんなものだよ」
「あ、はい」
 
   了





posted by 川崎ゆきお at 11:42| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月08日

3625話 大人しくする日


 寝起き、体調も悪く、天気も悪い冬空なので、竹中は今日はゆっくりしよう、大人しくしておこうと思ったのだが、普段から大人しくしている。だからそれ以上大人しくとなると、安静にしておくしかない。これは寝ていることだが、それでは一日の用事が片付かない。
 だから、あまりシャキシャキとやらないで、最小限のことだけをやればいい。
 こういう日がよくあるのだが、そういう日に限って、もの凄く体力気力を使う羽目になることが多い。よりにもよってそんな日に限って。
 今日はそんなことはないはずだと、静かに朝の用意をし、仕事先へ向かった。そこは共同事務所のようなもので、代表者がおり、その人が借りており、それを又貸しにしている。デスクと椅子だけのスペースだが、そこから出てはいけないとかではなく、そんな仕切りもない。
 自宅で仕事をしている連中が借りている。自分の部屋でできる仕事なのだが、生活にメリハリを付けるため、通勤している。しかし、本来の仕事場は自宅なのだ。
 つまり、人は群れている方が安心する。その共同事務所で共同で何かをするわけではない。結果的に共同で借りているようなものなので、それだけの意味だ。
 このタイプの仕事人は、喫茶店でもやっているが、その流派とは違い、会社風な雰囲気の中でするのが好きなようだ。しかし、来ている人達はほぼ無言。たまに話したりする程度。仲間意識は薄い。喫茶店でよく見かける常連客程度。
 歩いて通う人、電車で通う人、自転車で通う人がおり、竹中は少し遠いが自転車通勤。しかし、そこで勤めているわけではない。詰めているだけで、上司はいない。それに会社ではなく、ただの個人事業主。中にはデスクだけ借りて本を読んでいる人もいる。そういう所で読む方が読みやすいとか。
 その中に私小説家がおり、読ませてもらったのだが、ただの日記だった。
 竹中は体調が悪いので、デスクではなく、中央部にあるソファーで電書を読んでいた。その隣に仕切りがあり、仮眠室もある。そこで横にならないといけないほどではない。
 常に数人はいるのだが、姿を見たことがない借主もいる。これは深夜組みの一人だろう。
 昼頃になると弁当屋が来る。竹中も頼んでいる。それを食べれば、もう早退しようと思っている。だから予約している弁当だけを食べに来たようなもの。
 この居場所の料金は安いものではない。しかし、そういう場があると安定感が違う。
 また意味もなくスーツ姿で来ている人もいる。
 今日はのんびりと、そして大人しくする日なので、すっと事務所を出た。別に挨拶などしない。
 食べたあとなのか、少し元気になった。その勢いで家まで自転車を漕ぐ。途中、寄り道をしたい衝動が何度も襲ったが、こういう日、それをするとろくなことにはならないことを知っているので、脇目も振らず、家の前まで来た。
 ところが消防車やパトカーが家の前に止まっている。
 そう来たか。そう出たか。と思いながら、覚悟しながら近付くと、向かいのマンションでボヤ騒ぎがあったようだ。煙が出ていたらしい。
 竹中はほっとし、消防車の横をすり抜けて家に戻った。
 そして部屋のドアをそっと開けた。
 当然、出たときと同じ状態だった。
 
   了
 





posted by 川崎ゆきお at 11:16| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月07日

3624話 正月抜け


 正月明けからしっかりやればいいと思い、三が日はのんびりしていた。そして明けて四日。何故か体調が悪い。身体がしっかりしない。食べては寝て、食べては寝てでゴロゴロしていたためだろうか。休み疲れがあるのなら、そのあとまた休まないといけない。そうすると休み疲れがさらに溜まり、もっと休まないといけない。そんなバカなことはないが、動き出せば戻るのだろう。
 吉田は例年この正月明けからの立ち上がりに苦労している。下手をすると一年かかったりする。大晦日にやっと正月明けから抜け出したとしても翌日は正月。またそこで休むので、しっかりしているのは大晦日の日だけとなる。そんなバカな話はないが、一年を大晦日だけでやってしまうと言うのも悪くはない。
 今年も御馳走を食べ過ぎた。初詣には行っていない。外に出れば身体を動かすので、多少は運動になるが、正月は何もしたくないので、必要最小限だけの外出ですませた。
 いずれにしても正月明け、仕事始めの頃になると世間も正月から抜け出すので、その波に乗れば自ずと正月気分から抜け出せ、それなりに活動的になるので、特に正月抜けの方法は必要ではない。
 正月抜けができない人々が溜まり、必死で抜け出そうと藻掻いている絵を思い浮かべたが、具体的には出てこない。
 吉田はこういうとき、友人を訪ねる。一年中寝正月をやっているような人間で、よくそれで生きてられるなと感心するが、この友人の部屋に行ったときはいつも寝ているためだろう。それ以外の日や時間帯は外で仕事をしているのかもしれない。
「今年も正月抜けで来たのかい。ここに来ると、余計に抜けられないよ」
「本当は抜けたんだがね。仮病だ」
「そうか。ずっと正月のままの方がいいからね」
「しかし、何もしていない方が疲れる」
「そうか、じゃ、疲れる仕事へ行けば、楽になるかね」
「ならない。本当に疲れる」
「つまり、頭が疲れているんだ。身体ではなく」
「うん、そうなんだ」
「まあ、やる気の問題だな」
「去年やり残したことがあって、来年、つまり今年だが、正月からやろうとしたんだが、やはりできなかった。そして正月が明けてからやろうとしたんだけど、やはり重い」
「やりたくないんだ」
「まあね」
「まあ、ギリギリになればやるよ。やらないともの凄いことになればね」
「そうだね。別にやらなくてもいいようなことだったし」
「そうだろ。だから、やらなくてもいいんだ」
「それを聞いてほっとした」
「正月から元気を失っただろ」
「え」
「だから、元気になろうと思って、来たんだろ」
「そう元気をもらいに」
「しかし、元気なときはいいが、元気がないときの過ごし方の方が大事なんだ。下手に元気などもらうと迷惑なはず」
「そんなものかな」
「僕は元気のないときの方が元気だ」
「変わってるね」
「そういうのを聞きに来たんだろ」
「そうだけど」
「まあ、世の中も生き方も解釈次第」
「そうだね」
「それと、元気なんて状態を言っているのであってね。元気なんて勝手に湧いてくるさ。そういうネタに当たればね」
「うん」
「だから、元気がないときが勝負なんだ」
「じゃ、僕は勝負しているんだ」
「そうだよ。それが元気な証拠」
「何か、欺されたような」
「さあ、僕はこれからまた寝るから」
「悪かったねえ。じゃ、退散するよ」
「そうしてくれ」
 吉田は友人のアパートを出て、少し先の電柱の陰から様子を見ていた。
 すると友人が、さっと出てきた。
 仕事に行くのだろう。
 流石にそこまで追跡しなかったが。
 
   了



posted by 川崎ゆきお at 11:02| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月06日

3623話 初夢


「初夢は如何でした」
「見たように思いますが、忘れました。確か普段よく見るような夢かと」
「忘れましたか」
「はい、それが初夢だとは気付かなかったので」
「元旦の夜ですよ」
「じゃ、明けて二日の朝に、思い出す夢ですね」
「そうです。それに失敗したなら」
「失敗」
「いや、気に入らないとか、見なかった場合は二日目の夢でもいいのです。これも初夢です」
「すると、三日の朝に分かる夢ですね」
「そうです。これは予備として使えます。どうでした。二日の夜に見た夢は」
「見ましたが、元旦の夜の夢と同じで、よく見そうな夢で、しかも忘れてしまいました」
「あまり印象に残らない夢だったのでしょうねえ」
「いや、起きたときは覚えていましたよ。しかし、忘れました」
「夢を忘れる」
「はい、よくあることでしょ」
「それがあなたの初夢です」
「え」
「夢を忘れる、というのが初夢だったのです」
「将来の夢とか、そっちの方ですか」
「そうです。若い頃から見ていた夢などを忘れてしまったというような感じでしょうかねえ」
「じゃ、思い出します」
「何とかなりますか」
「人が出てきました。昔の人です。そこまでは何となく覚えているのですが、もう数日前の夢ですからねえ、覚えている方がおかしいほどですよ」
「それも含めて、夢を忘れたとなるのです」
「それが初夢のお告げですか」
「いや、そんな具体的なものではありません。縁起のいいものを見れば、今年は良い年だ、程度です」
「たとえば」
「富士山とか」
「見ませんねえ。富士山の夢なんて」
「何でもいいのです。あなたにとって縁起のいいものが夢の中で出てくれば」
「それで、こいつあ春から縁起がいいやと叫ぶわけですか」
「まあ、その程度のものです」
「でも夢など見ない方が、健康状態がいいんじゃなりですか」
「さあ、それはよく分かりませんが、覚えていないだけで、見ていたかもしれませんよ」
「見た夢を忘れたのが、今年の初夢でしたが、あまり普段と変わり映えのしない夢だったと思われます」
「じゃ、縁起の良し悪しよりも、平年通りの一年になるので、それはそれでいいんじゃありませんか」
「夢を忘れ続けるわけですね」
「リアルの夢も、そんな感じで落ち着いたのではありませんか」
「まあ、どうとでも解釈できますから」
「そうですね。夢の解釈は本人次第」
「そうそう」
「それで、あなたの夢は何ですか」
「私の夢ですか」
「そうです」
「忘れました」
「そのまんまですねえ」
「あ、はい」
 
   了






posted by 川崎ゆきお at 12:02| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月05日

3622話 枝道


 いつも通っている道沿いだが、その道から逸れることはほとんどない。意味がないためだ。つまり目的地へ向かう道筋で、通るだけ。
 しかし市街地や住宅地、また工場などもあるので、道は無数にある。道の名はほとんどない。あるとすれば旧道で、街道名が付いていたりする。まだこのあたりが農村だった頃の村道だが、それとは別に長距離路線のような、村ではなく、領外にも出るような幹線道路もある。
 しかし、そういう道は今では一番細く、ぐねぐね曲がり込んでいるので、車道としては走りにくい。ギリギリ一車線だったりする。今では市街地の道路と混ざり合って分かりにくくなっているが、途中で行き止まりになったりすることはない。遙か彼方まで続いている。
 さて、岩田はいつもの道筋を自転車で走っていたのだが、途中で連絡が入り、相手が遅れるとのこと。小一時間ほど早く着くことが分かったので、時間を潰す必要がある。
 それで、そのいつもの道筋を走っていると、色々な道と交差しているのだが、滅多に入り込まない。遠回りになるし、意味のない行為だ。それにそんな時間はない。
 だが、今日は時間が空いた。それで、普段から気になっている道がいくつかあり、その一つに入り込んだ。まったく知らない場所ではない。何をして時間を潰すのかを考えたとき、特にネタがないし、何か有為なことをする気も起こらない。
 相手が遅れるのだから、こちらも遅れたような感じで、寄り道すればいいのだ。しかし、寄る目的がない。寄り道のための寄り道。時間つぶしの寄り道。
 そして、このポカンと空いた小一時間の余裕。ここは何もしないで、ウロウロしているだけが好ましい。ポカンとした状態を維持したい。
 それで入り込んだ道を走っていると、気持ちがいい。初めて通るときの新鮮さがある。ただ、いつもの道筋とほとんど風景は変わらないので、珍しいものがあるわけではない。
 さらに進むと、小さな道とよく交差する。狭い枝道だ。その道を覗くと、古ぼけた家が見える。昔のの長屋のようなものだろうか。あまり良い場所ではない。下町というより、上品さがない程度だが、人が住むにはいい感じだ。
 そういう場所だったのかと思いながら、さらに進む。すると、もうマンションとか、今風な張りぼてのような新建材の家が増えだした。
 やはりあの木造瓦葺きやトタン葺きで、塀越しに鉢植えが並び、錆びた自転車が放置され、火鉢の水槽で金魚が泳いでいる。そちらの方が見るものが多いだろう。それで、狭い枝道に入り込む。
 背の低い人が前方に居ると思っていると、腰の曲がったお婆さんだった。
 こういうところには妖怪変化でも出るかもかもしれない。傘から一本生足が出たバケモノとか。
 これはいいと思いながら、岩田は路地を何筋も抜け、面白そうなものがありそうな枝道があると、さっとそこへ入り込んだ。
 こんなことをしていると、約束の時間に遅れる。とは思いながらも、まだまだ時間はある。奥へ行くより、戻りかければいいのだ。
 あとで分かったのだが、ここの旧地名が狐塚。狐の塚があるわけではない。そしてこの地名は使われていない。旧狐塚の町は何々三丁目となっている。その三丁目の中に狐塚が収まっているのだ。
 戻っているのに、遠ざかっている。
 入ると迷いそうな三つ角がある。四つ角なら東西南北で分かりやすい。だが三つ角で、角度がきついY字路などでは、方角がおかしくなる。曲がり込んだと思っていても足りなかったり、また回り込みすぎたりする。
 それでこのあたり、鬼ごっこには丁度いいのだが、迷いやすい。それで狐に欺されたような錯覚を覚えるのだ。
 それで、時間も迫ってきたので、とりあえず、この阿弥陀籤のような路地の町から抜け出そうと、もう曲がらないことにした。一直線に走れば、あっという間にこの三丁目から出られるだろう。
 そして出れば分かりやすい幹線道路に出られるはず。たとえば逆側に走っていたとしても、同じ場所をぐるぐる回っているよりはまし。
 そして直進し続けると、見晴らしのいい場所に出た。堤防が見える。その先は真っ白。川があるためだ。
 村田は、この河川は何川だろうかとすぐに頭を働かせたが、こんな大きな川はこの近くにあったのだろうか。
 堤防を上りきり、彼方にある対岸を見ると、だだっ広い野が続き、所々に森がある。そして壁のように立ちはだかっている山塊。
 山が大きく見えるのは、遠くから見ているためだろう
 岩村はすぐに引き返し、先ほど直進し続けた道を一気に走り抜けた。
 すると、見覚えのあるいつもの道筋が見えた。角の自販機だけの煙草屋。そして散髪屋と薬局。見慣れた風景だ。
 時計を見ると、約束の時間まで、あと僅か。
 岩村は全速で走った。
 そして、待ち合わせの相手と会えた。事なきを得たが、意味もなく下手に枝道に入るものではない。
 
   了
 


posted by 川崎ゆきお at 12:35| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月04日

3621話 陣触れ


 三方郷という山々が続く一帯がある。山険しく田畑は少ない。どう見ても草深い田舎。
 ホラ貝や陣太鼓、それに狼煙まで上がっているのが見える。隣村からだろう。砦がある。
 陣触れ。出兵せよとの合図。
 陣触れを発したのはこの地方を治めている領主。ただ、三方郷は領土ではない。しかし、長く良い関係にあり、敵対していない。
 領主の本拠地に続々と兵が集まってくる。それを物見台から見ていた家老は、いい顔ではない。
「集まりが悪いようでごじゃります」
 家老は領主に伝える。
「伝令を出せ」
「先ほど出しもうしたが」
 その伝令、三方郷にも来た。
「早速準備を」
 と、三方郷の長が返事する。
 伝令が帰ったとき、横の部屋にいたお隣の豪族が顔を出した。黒川郷の家来だ。老臣。
「今回は無理でしょ」と老臣。
 三方郷の長は頷く。
 そういった豪族が、この地方に六つか七つある。いずれも規模の小さな豪族だが、実際には武家ではない。普段は田畑や山仕事をしているが、それではただの農民だろう。ただ、彼らは武装している。
 家々は大きく、立派な屋敷もある。田畑や山仕事だけでは、それだけの規模にはならない。また、貧しい山村部だからこそ、外に出る。出稼ぎだ。行商に出たり、運送に関わったり、時には雇兵として遠いところまで出掛ける。
 全部で七郷あるが、その兵力は千に満たない。
 今回の陣触れは、ここの領主が仕掛けた戦で、勝ち目がないと郷では見ていた。それで、出陣に応じないのだ。負け戦には加わらない。それだけのことだ。
 彼らが豪族化したのは元々武家のため。源平以前にまで遡るので、結構古い。源氏平家とは別系統。地方で駐屯していた物部の残党だと言われているので、相当古い。
 武家を捨て、山を切り開き、田畑を開いた。山奥ほどすいているためだろう。誰も手を着けていなかった。
 そういう場所なので、食べていくだけの作物がない。だが、彼らの主だった者は武人で、読み書きができるし、武器の扱いも巧み。教養もある。育ちがいいのだ。
 そういった連中が七箇所村を開いた。武士として戦には関わらないのは、主人がいないからだ。主筋は滅んでいる。
 当然、この一帯の領主にも使えていない。家柄は豪族の方が遙かに高い。家系図も偽物ではない。
 さて、ここの領主の出陣だが、七郷が参戦しないと、少しだけ兵力が足りない。
 この参陣、強制はできない。自発的に来てもらうことを前提としており、所謂陣借り。勢いのある軍なら、次々に沿道から参陣する地侍がいる。百姓でもいい。武具さえ身につけておれば、参陣できた。軍としては一兵でも多い方がいいためだ。見せかけでも。
 ところが、今回集まりが悪い。
 領主の家老が今度は早馬で三方郷までやってきた。この三方郷の長が、周辺の豪族のまとめ役となっているためだろう。
「あきませんなあ」
 郷長は断る。
「あきませぬかいなあ」
「駄目でしょ」
「やはりのう」
「無理な戦い」
「それは分かっておるのですがなあ。殿がどうしてもと」
「脅してやりなさい」
「え、どのように」
「兵の集まりが少ないのでしょ。すると、本拠地の兵を全部連れて行くはず。すると空き城ですよ。そこへ我ら七郷が攻め立てればどうなります」
「そんなことをお考えで」
「いや、わしらは戦いは好まぬ。そんなことはせん」
「安心しました」
「その恐れありと、その若殿に伝えてやればよろしい」
「そうします。七郷の動きが妙だと」
「そうそう。そういう風に脅しなされ」
 領主の家老は、それをさらに大袈裟に殿様に伝えた。
「けしからん。まずは七郷攻めじゃ」
「あそこには手をつけない方が得策かと」
 それは先代から続く方針で、それは変えられない。
 この方針は、山岳部に兵を入れて、大変な痛手を受けた過去があるためだ。
 結局、兵の集まりが悪いので、この戦い、今回はやめることになった。
 家老はほっとした。
 
   了



posted by 川崎ゆきお at 13:43| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月03日

3620話 正月門


「正月の門がある」
「正月門ですか」
「そうじゃ」
「じゃ、正門ですねえ」
「この門は山の中にある」
「じゃ、建物の門じゃなく」
「正月様は山から降りてこられる」
「正月の神様ですね」
「そうじゃ。正月様が迷わぬよう、目印として門がある。まあ、神社の鳥居そっくりじゃがな。しかし、その門、山側が正面で、里側は裏側になる。正月様視点で作れておる。当然人が潜る門ではない」
「昔、神社がないころは、鳥居だけだったと聞いていますが」
「山が御神体だったのでな。大きすぎて建物には入らん。神社は降りてこられたときの滞在場所」
「鳥箱のようですねえ」
「鳥居の前は二本の木を立てた」
「それも正月様ですか」
「いや、正月様の門はまた違う。正月だけ、迎え入れる年の神様なのでな」
「正月様は三が日いるとか。三泊四日とか」
「いや、戻られるのはいつかは決まっておらん。曖昧なんじゃ。きっと正月気分が抜ける頃だろうねえ。その頃はもう山に帰っておられる。それよりも降りてこられるのが大事」
「正月様とは何ですか」
「一年を授けてくれるようなものかな」
「そんな神様がいなくても新年は来ますよ」
「しかし、年神が必要なんじゃ。特に里では」
「どうしてですか」
「農耕に関係しておる。良い年かどうかは、作物の出来で決まる。正月様は農耕の神様とはまた別じゃがな」
「その正月の門はまだありますか」
「あるぞ。小さいがな。お稲荷さんの小さな鳥居程度で、子供なら潜れる。だから、神様とは随分小さなお方なんじゃなあ。鳥居は白木じゃ。赤くない。山側から見ると「正」と書かれた額があったのじゃが、落ちて、そのまま」
「じゃ、どちらが前か後ろか分かりませんねえ」
「いや、門だけでは分からんが、山側からの降り口に大きな石がいくつも並んでいた跡がある。石灯籠のようにな」
「はあ」
「正月様が門を潜られると、それで一年が始まる」
「じゃ、村人はそれを見に」
「そんな無礼なことはしない」
「その正月様も農耕の神様でしたか。あ、すみません。説明、もう聞きました」
「敢えて言えば時の神様に近いなあ」
「はあ」
「豊穣だけではなく、里人の安全とか、一年無事に過ごせるのは、正月様のおかげらしい」
「じゃ、神社になるでしょ。正月宮とか」
「そのタイプではない。さっと降りてこられるだけ」
「はあ」
「それと、山側からこの鳥居を見ると初日の出がちょうどいい案配にかかる」
「じゃ、見学者も多いでしょ」
「昔はな。今は山の中程まで登って、見るものなどおらん。それにそれを知っておる人間も少ない。そして正月様よりも、村の神様に人気が移ったのでな。今はさっぱりじゃ」
「有り難うございます。行って、見てきます」
「そうしなさい」
「しかし、何もなかったりして」
「心配するな、まだ残っておる」
「はい。失礼しました」
 
   了



posted by 川崎ゆきお at 12:12| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月02日

3619話 元日の目覚め


 朝、目を覚ますと正月だった。
 と言う人もいるだろう。だが、普通に朝、目覚め、それが正月だったと思う人のスケジュールはどうなっているのか。正月になるまで、正月が分からなかったのだろうか。しかし、目が覚めた瞬間、どうして正月だと分かったのか、知ったのか。
 日曜も祭日も関係なく過ごす人なら、スケジュールがどうのというところから、正月を意識する必要はないが、そういう人ほど正月などチェックしていないのではないか。だから普通の人よりも気付きにくいはず。
 つまり、目が覚めたとき、すぐに正月元旦の朝だと考えなくても分かるほどだとは思えない。
 単純に考えれば、寝ているときは意識が落ちる。目が覚めると、すぐに繋がりが分かるのだが、深い夢でも見ていて、別の世界に飛んでいる場合、起きると急に正月が来たように思うかもしれない。
 朝、目を覚ますと正月だったは、それまで何日も意識でも失っていたのか、気付いたときが偶然正月だったとも考えられる。これもすぐには分からないが。
 また、昼寝やうたた寝をよくする人なら、目が覚めたとき、朝なのか昼なのか分からなかったりする。そのため、大晦日の昼に、昼寝して、起きたとき、朝だと勘違いし、正月が来たと思うかもしれない。
 いずれも目覚めて少しすれば、すぐに把握できるだろう。目覚めたときはまだぼんやりしていることもあるし、頭もまだ営業中ではなかった場合もそうだ。
 また、朝、目を覚ますと正月だったを、もっと単純に言えば、今日は正月になっていたと言うだけのことかもしれない。早く来たのか、遅く来たのか、また、ついに年が明けて、一年が始まるのかという程度。そしていつもの目覚めではなく、新年の目覚め。これは強調してもいい。
 ただ、深夜の年越しなどで出掛けている人は、帰りも遅くなり、そのあと用事などしていると、寝るのが遅くなり、起きると昼だったとかもある。
 新年は既に除夜の鐘のときに迎えている。だから朝また迎えなくてもいいのだろう。
 元旦での目覚め。それを一日の始まりと見るか、一年の始まりと見るかで、重さ、スケールが違う。
 他の生物はどう思っているだろうか。何も思っていなかったりしそうだが。
 
   了
  





posted by 川崎ゆきお at 13:29| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月01日

3618話 十二月三十二日


 十二月三十一日、大晦日。除夜の鐘が鳴り、翌日となるが、それが十二月三十二日。そんな日はない。
 もし三十二日があり、元旦一月一日はその翌日だったとすればの話だが、そんなことはないのだが、あることもある。
 その魔の日は一日分はないものの、除夜の鐘が鳴る頃から朝方にかけてがそれに相当する。
 年が明けた瞬間とは十二月三十一日の十二時から一月一日にかけての瞬間。そこで明けましておめでとうございますとなるるが、戻ってから寝て、朝目が覚めたときは元旦の朝。このときも、また明けまして……となる。
 つまりカウントダウンのときは三十一日大晦日の終わりの終わり。しかし、零時を回ってもまだ夜。これは誰の夜か。新年の夜ではない。日が昇っていない。それにこれを正月の夜だとすれば、元旦の夜はどうなる。夜は一回でいい。だから初日の出までは大晦日の領域。三十一日の夜の領域だが、それが三十二日なのだ。六時間ほどしかないが。
「妙なところをこじ開けましたねえ、合田君」
「はい、徹夜したときの経験です」
「そうだね。一年に一度だけ真夜中でも電車が走っているものねえ」
「そうです。三十一日だけの深夜ダイヤです。私鉄もJRも走っています。これに乗ると、三十二日を体験できるのです」
「まあ、何でもいいがね。そういうこと、何か役に立つのですか」
「立ちません」
「そうでしょ。ただのウダ話」
「はい、しかし、そういう日があるような気がしまして」
「まあ、何事も、そういった感覚から始まりますからね。だから大いにそういう話をしなさい」
「はい」
「これはですねえ。寝るのはやはり日が変わるまでがいいということです。十二時までに寝るのがいいと思います。寝ている時間に起きているわけですから、日が変わっていてもまだ続いているわけです。その日の夜が」
「はいはい、分かりました」
「ところで、今日は何日でした。年は明けたと思いますが」
「さあ」
「頼りないこと、言わないで下さい。新年になっているはずだが」
「そうでしたか」
「まだ、明けておらんのでなあ。暗いから」
「しかし、まだ手伝わないといけませんか」
「すまないねえ。遅れていてね。年を越してしまいそうだ。いやもう越したかもしれない」
「いいですよ。できるまで手伝いますから」
「そうしてくれますか、有り難い有り難い」
「やはり、まだ明けていないように考えます」
「そうしてくれ、年内にできるはずだったのでね」
「はい」
「じゃ、続きお願いしますよ」
「分かりました」
 
   了



posted by 川崎ゆきお at 13:16| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする