2019年01月28日

3881話 暖かくなる話


「寒いですなあ」
「いや、今日は暖かいです」
「え、寒いでしょ」
「ところが暖かい」
「大金でも入って懐が暖かいとでも」
「大金よりも懐炉を懐に入れた方が暖かいです」
「じゃ、今日は入れていると」
「入れてません」
「じゃ、何故暖かいのですかな」
「さあ」
「鈍りましたか」
「まだ、大丈夫。感覚は正常」
「じゃ、どうして暖かいのですかな」
「考えてみました」
「はい。結果は?」
「先ず体調がいい」
「ほう」
「寝不足ではない」
「それで」
「それが原因です。これだけで暖かい」
「じゃ、今までは体調が悪くて、寝不足だったのですかな」
「そうです。だから着込むよりも、そちらを改善した方が暖かい」
「強い目の哺乳類のようですな」
「哺乳類の特性を活かすのです」
「しかし、熱があるんじゃないのですか」
「平熱です」
「ほう」
「それと足腰がよくなった」
「健康のため、歩いているからでしょ」
「階段を上るとき、足が鈍くなるのですがね。それがない」
「やはり歩くのは大事だ」
「歩いてません。これも体調が戻り、睡眠時間をたっぷり取れば、階段でも足は重くならない」
「そんなものですか」
「はい」
「私は貧乏で震えておりましてな。大金さえ入って来れば、解決します。寝不足でも、体調が悪くても、懐です。懐。ここさえ暖かければ、問題なし」
「じゃ、今、大金があれば、寒さが緩和すると」
「します、します。裸でも過ごせますよ」
「なるほど、人それぞれ」
「朝、起きたとき、寒いでしょ」
「まあ、寒いですよ。冬ですから」
「ところが冷たい水で顔を洗うと暖かくなります」
「顔から熱が出るんじゃないのですか。冷たいので、危険だと感じて顔熱を上げているとか」
「さあ、それは分かりませんが、まあ、寝起き、顔を洗うのが気持ちがいい」
「私は普通の冷たいです。湯沸かし器の湯で洗うほどでもないので、普通に水道の水を手で受けて、それで洗いますが、それほど気持ちがいいものじゃないですよ」
「それと、目がおかしいとき、水で目を洗うと治ります」
「余計に染みたりしませんか」
「そういうときもあります。水が目に入ると、痛くなり、涙が出てきて、止まらなかったりも」
「目医者に行かなければ」
「そうですねえ。しかし、何ともない日もあります」
「私は最近、踵のない靴を履いています」
「あ、そう」
「これはですねえ」
「もういいです」
「私の話も聞いて下さいよ。踵のない靴の方がですね。いいのですよ」
「それなら下駄を履けばいい」
「音がねえ」
「冬は長い目のズボンを履くのがよろしい。裾が靴まで掛かり、地面にまで来るような。これで足首がどれだけ暖かくなるか、一度やってみなさい」
「わたしは」
「何かありますか」
「えーと、思い付きません」
「無理に言わなくてもいいですよ」
「そうですなあ」
 
   了


posted by 川崎ゆきお at 13:02| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月27日

3880話 漫画原稿依頼


 白根は漫画家志望で地方都市に住んでいる。プロになろうと懸賞とかに応募したのだが、佳作にも入らない。それで、懸賞ではなく、直接編集部に投稿した。
 白根には仲間がいる。同人会だ。いずれもプロ志望者だけの集まりなので、同人誌は作っていない。自分で印刷するのではなく、原稿は印刷されるもの。印刷して貰うもの。だから自費出版はしていない。その仲間はライバル同士で、まだ誰もプロにはなっていない。それ以前に雑誌にも載ったことがない。
 ライバルなので、競い合っている。
 白根はその夕方、もう暗くなりかけているとき、駅前に出た。ネオン看板が多くあるのは飲み屋街のためだろう。駅近くにある喫茶店で待ち合わせることになったのだが、これはまだ仲間には秘密にしている。
 先日電話が掛かってきた。新聞社だ。勧誘ではない。新聞社が出している週刊誌からの依頼なのだ。
 そういえば、使い回しの原稿を方々に投稿しているので、それで引っかかったのかもしれない。漫画雑誌ではなく、いきなり週刊誌。原稿料がいいだろう。漫画雑誌の編集者の目は肥えており、敷居は高いが、新聞社系は専門の漫画編集者はいない。素人なのだ。
 東京からわざわざ地方都市まで編集長が来る。これだけでも、天に召されたに近い。
 しかし、期待は禁物。別の用件かもしれないが、電話では確かに原稿の依頼と聞こえた。空耳ではない。しっかりと聞き取った。
 喫茶店のドアを開け、編集長を探す。それらしい客は座っていないが、かなり早い目に来たためだ。
 そして約束の時間を過ぎても、それらしい人は入ってこない。さらに待つが、来ない。
 電話番号を聞いていなかった。嬉しさのあまり、すぐに切ったためだろ。部屋電話には着信履歴はないというより、その機能がない。
 しかし、東京の編集者が地方都市の駅前にある喫茶店の名をよく知っていたなと、少しだけ疑問に思う。この近くの出身かもしれないし、またこの町に来たときはよく利用しているのかもしれない。
 週刊誌の編集長だが、新聞記者時代もあったのだろう。
 しかし、一時間を経過したとき、別のことを考えた。
 喰わされたと。
 電話の声をもう一度思い出した。こんなことをやるのは同人会の田中だ。
 悪い悪戯をするものだが、引っかかるとは思っていなかった。しかし、そのときは真に受けた。逆にそれが恥ずかしい。
 その後、同人会の集まりでも、そのことは黙っていた。そんな依頼が来るのがそもそもおかしいので、第一声を聞いたとき、すぐに見破れたはず。本来ならこの冗談、そこで終わっている。
 田中にしてやられたので、白根は仕返しをしてやろうと、東京で有名漫画家のアシスタントをやっている先輩に頼んで、出版社の小封筒を探してもらった。
 田中の元へ講談社の封筒が届き、原稿依頼の件が書かれていた。そして打ち合わせ場所も、あの喫茶店。
 田中は時間前にやってきて、待ち続けた。
 白根は田中からは見えない席からじっと覗いていた。そして一時間ほどで田中が立ち上がったとき、すっと姿を現した。
「あいこだね」
「あ、やったな」
「これ、漫画にしたら入選するかも」
「しない」
 
   了
 

posted by 川崎ゆきお at 11:21| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月26日

3879話 日常生活


 日常というのは最初からそうあったのではない。いつの間にかそうなったもので、気が付けばそんな日々を送っていたことになるが、そんなことはいつ気付くのだろう。これは一寸日常から離れて戻り掛かったとき、気付くのかもしれない。
 日常は成り行きでそうなることが多い。妥協点とか落としどころとして収まり具合が安定したとき、日常になる。計画的になることもあるが、限られたところだけだろう。
 非日常は日常の外だが、その境界線は曖昧。以前なら日常的にやっていたことでも、もう何年もやっていないと、日常に組み込まれていないので、日常外的なイメージになる。しかし以前までそれが日常だったので、非日常というほど大層なものではない。
 また、日常外になっているが、それを取り込み、定着すると、日常内に入る。
 これまでにないものを取り込むと、今までのものと置き換えられることがある。そういうのは何処が起点になり、何がきっかけでそうなるのかは分かりにくいことがある。必要性や成り行きでそうなったとか、または偶然もある。
 日常内とは自分内という感じもある。自分らしいとか、自分に都合がいいとか、好きだとかの価値というより味方だろう。お身内のもの。つまり自分の世界内での違和感のないもの。また特性に合っているのだろう。いずれも自分の世界が結界のように張り巡らされており、その中での話が多い。まったく別世界のことなどは最初から取り組む気などは湧かないが、憧れとか夢とかを感じているときは、それを引き付けたいと思うかもしれない。できればそれを日常の中に取り込みたい。
 また日常の結界は形だけのものになり、それができたときの意味を失っていることもある。ただの癖のようなもの。習慣化され、それをやるのが決まり事になっていたりとか。
 日常の中に異物が入り込むと、追い出しにかかるわけではないが違和感を感じる。これは敵ではないか、自分の世界を崩す脅威となるのでは、などと警戒するが、好奇心もある。
 一寸した異分子的なものを上手く取り込んだとき、これがいつもの日常を活性化させるかもしれない。
 そういうことは実際には繰り返し繰り返しやっているに違いない。そして変化しながらも今の日常パターンのようなものが出来上がっているが、それが完成品ではない。常に何処かが入れ替わったり、増えたり、減ったりしているはず。
 また、なし崩し的にそうなってしまうこともある。崩れると、また作り直すような感じで、日常を変えていったりする。
 
   了

posted by 川崎ゆきお at 12:01| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月25日

3878話 急がば回れ


 急がば回れというのがある。直線で行った方が最短距離で早いのだが、わざわざ遠回りする。これは段取りを適当にすると、上手く行かず、逆に手間取ることになるので、その準備を整える意味でも、遠回りになるが、やるべき準備はやって進む方が逆に早いということだろう。
 また、急いでいるときほどゆっくりと行く意味もある。焦らず余裕を持って進めた方がいい。
 しかし世の中の多くのことは急いでいるときの方が多い。大事なことほど実は急ぎの用が多い。そして大事なことほど時間を掛ける必要があるが、大事すぎて、時間がかかりすぎる。いつまでも準備してられない。
 そして準備も熟考もなく、段取りもなく、下調べもなく、周辺への目配りもなく、後先考えないでさっとやってしまったときの方が意外とよかったりする。急いでいるので考えている余裕がない。もの凄く短絡的、目先だけ。と思われがちだが、バイパスで繋げているのかもしれない。近道だ。
 過程を省略して仮定を強引に持ってくる。仮定や仮説なので想像に近く、空想に近いかもしれない。裏付けを取っている暇がない。
 また、急を要するとき、結構テンションが上がる。頭の回転も速くなる。熟考の逆で直感で行くようなもの。これがバイパスだ。
 締め切り間際になり、もの凄いパワーを出すようなもので、追い詰められると出なかったものが出てきたりする。
 また何も出ないのに、出ないまま突っ込んだりする。これは無計画。何処へ向かうのかを決めて進んでいるわけではない。とりあえず動き出さないと間に合わないためだ。方角ぐらいは分かるだろう。
 火事場の馬鹿力というのもある。ただ、そういうシーンはハードで、二度とやる気は起こらないだろう。普段なら絶対にやらないこと。
 窮鼠猫を噛むというのもある。鼠もできれば逃げたいのだが、追い込まれて逃げ場を失うと、助かる方法はそれしかない。選択の余地がない。
 鼠は壁を囓る。穴を空ける。猫の歯より強いかもしれない。
 急がば回れは怠け者にとっては都合がいい。
 
   了
 


posted by 川崎ゆきお at 12:14| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月24日

3877話 初心に帰れ


 初心を忘れるな。などというが、初心とはかなり欲の強いもの。初心を忘れた人の方が欲が弱くなっていたりする。これは逆ではないかと思えるが、初心者の欲は上級者の欲よりも大きい。つまり欲張りだ。その欲がベテランになってくると叶わぬ欲であることが分かりだし、妥当な欲になる。
 初心者は知らないだけに夢を持ちすぎる。だから初心の頃の気持ちを忘れぬなというのは、もっと大それた欲を持てという意味にも聞こえてくる。そんな耳を持つ人は希だろうが。
 初心の頃の気持ち。心身とも溌剌としており控え目。それらはいいイメージだが、子供が純粋ではないように、ベテランよりもたちが悪かったりする。
「では初心に戻れとは欲張りになれということですか」
「まあその欲も壁にぶつかってすぐに消えるが、その欲を持ち続けた方がよいのじゃ」
「何がよいのですか。そんな欲張りの」
「年をとると欲が減る。初心に戻れとは欲を戻せということじゃな」
「逆だと思うのですが」
「君が初心者の頃はどうじゃった」
「そりゃ大人しいものですよ」
「大それたことを考えておらんかったかい」
「あれもしたい、これもしたい。ああいう風になりたいとか、第一人者になりたいとか」
「それみなさい。もの凄く欲張りじゃないか」
「いろいろな可能性がありましたからねえ。まだ何も始めていない頃なので、夢ばかり膨らませていましたよ」
「我欲を膨らませていたんだ。だから欲張りじゃといっておる」
「それは何も知らない初心者だからですよ。それで普通でしょ。まさか初心者の頃から隠居さんのようなことを思うわけがないし。そちらの方がおかしいですよ」
「初心は忘れる方がいい」
「いわれなくても、そんなもの忘れていますよ」
「そうか、それならいい。それに初心の頃の欲に戻るにはきつすぎるしな」
「そうですよ。若いからパワーがあったのです。気持ちだけ戻せてもパワーが付いてきませんよ」
「だからうまくできておる」
「でも初心に戻るとは、一からまた新鮮な気持ちでやり直すという意味じゃありませんか。出直すような」
「それは初心の頃の大きな欲に戻ろうということじゃな」
「初々しくて、真摯で、素直で、いいイメージなんですがねえ」
「初心を貫いておる奴もおるが、迷惑じゃ」
「純粋だからでしょ」
「それが一番の強欲。これほどたちの悪いものはない」
「あ、分かりました」
「何がじゃ」
「師匠はもしかして初心者の心を今もずっと持っておられるのではないですか」
「違う。そんなもの一日で捨てたわい」
「そうですかねえ」
 
   了


posted by 川崎ゆきお at 11:31| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月23日

3876話 ささやか暮らし


 笹岡は挫折し、さらに体調も崩したとき、もうささやかなものでもいいのではないかと思うようになった。コンディションが戻ればまた再開できるのだが、初期の目的は叶いそうにない。
 精神力など一寸した肉体的なことでころりと落ちたりする。笹岡もそれで落ちた。元々根性がなく、精神力も弱いのだろう。
 それで身体の回復を待ちながら散歩をしていた。散歩も体力はいるが重労働ではない。それにとぼとぼ歩き程度なら問題はない。普段よりも半分以下のスピードだが、散歩なので急ぐ必要はない。
 歩くだけでも苦労するわけではないが、普通に歩けない。しかし、毎日歩いているうちに、徐々に回復していった。笹岡はここで得たものがささやかなもの。小さな目標のようなもの。それにチェンジする気になった。これなら体力や精神力が弱くても何とかなる。
 つまり小さな幸せ以前の、もっと小さくて、それが幸せなのかどうかさえ分からないほどの目標に変えた。
 もっとも幸せを得るためにやってきたわけではない。何かを得れば幸せになれるとしても、幸せを直接得ることはできない。
 笹岡が気付いたのは、得ることではなく、捨てることで得られる幸せさのようなもの。
 笹岡は体調が戻ってからも、規模を減らし、小さくした。将来に繋がるであろう案件なども捨てた。どうせそのまま放置したままだったので、特に決断はいらない。それでプレッシャーがぐっと減った。
 いろいろな関係者などの人脈も極力切った。後々役立つ人達と思い、関係を続けていたのだが、その後々はもうないようなものなので、これもすっきりした。
 そしてささやかなものへと走ったのだが、これはこれでまた難しい。ささやかなことで得られる満足度が低いためだ。
 それに元気さが戻り、やる気も起きてきた。
 そしてまた大きい目のことをやり始めようとしたのだが、今回は本気になれなかった。一度ささやかなものを求めたためだろうか。大きなことが大層に思え、やる前から疲れてしまう。
 いろいろな関係者とも疎遠になっていたので、笹岡のことなどもう忘れられていた。
 あのとき、ささやかなものへとスタートを切ったのが効いているのだ。
 だから目的はささやかなものとなったのだが、これがなかなか見付からない。簡単に見付かり、簡単に手に入るはずのささやかなものなのに、得たときの気持ちの入り方が違う。つまりささやかな楽しみとか、ささやかな幸せなどが実感できないのだ。
 仕方なく笹岡は、また大きい目のことをやり始めた。関係者とも再び接触し、以前のような動きに戻った。
 大層なものより、このささやかなものの方が攻略が難しいようだ。
 
   了

 

posted by 川崎ゆきお at 10:54| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月22日

3875話 黄泉の石蛙


 源五郎が拾ってきた蛙石。これは蛙の形にそっくり。蛙が石になったのではないかと思えほど。源九郎は渓谷の奥にある小室で発見したという。
 村の物知りがそれを見て、これは大変なものを引っ張り出す、あるいは引きずり出すかもしれないといい、元の場所へ戻すよう源五郎に命じる。
「爺さん、それはどういう意味ですか」
「自然にこんな蛙の石ができるわけがない。蛙そっくりじゃないか。これは作ったものじゃ。彫ったもの。それにあの小室は昔から怪しい。まさか奥まで行かなかったじゃろうなあ」
「蛙は入り口にありました」
「では出てきたのじゃ」
「蛙石がですか」
「奥からな」
「あの小室は何ですか」
「得体の知れぬ法師が作ったもので、蛙の穴じゃ」
「え、蛙の巣なのですか」
「蛙石の巣じゃ。オタマジャクシから蛙になる蛙ではなく、最初から蛙の姿をして生まれてくる蛙でな。そんなものは世の中には存在せん。法師が何か妙なマジナイで、出してきたのじゃ。小室の奥に小さな穴が続いておる。それが蛙穴。黄泉の国と繋がっておる。だから普通の蛙じゃないんだ」
「しかし、石でしょ」
「動かん」
「不自由そうですねえ」
「足で動くわけじゃない。全体が動く」
「この石蛙もそうですか」
「そうじゃ。寝ている間に消えたりする。物騒なものじゃから元にあった場所に戻してきなさい」
「どうして石になったのですか」
「法師が石化の呪文で石にしたと伝わっておるが、元々石だったのかもしれん」
「分かりました。お爺さん」
「返してくるんじゃぞ」
「はい」
 しかし、源五郎は渓谷へ下りるとき、滑って転倒したはずみで、蛙石を割ってしまった。
 どう見てもやはり石だった。長老がいい加減な嘘を言ったのかもしれない。
 源五郎は怪我をしたため、渓谷まで下りるのを諦め、二つに割れた蛙石を渓谷に投げ込んだ。
 その後、源五郎にも村にも変化はなかった。
 
   了

 
posted by 川崎ゆきお at 11:46| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月21日

3874話 狂妄想


「一寸調子が悪いのですが」
「それはチャンスですねえ」
「え、そうなんですか」
「テンションも低くなるでしょ」
「はい、低調です」
「その低いときに決めたことは上手く行きます」
「そんな解釈があるのですか」
「ないかもしれませんがね。これは私の経験上だけの話ですから、普遍性はありません。最も普遍というのは当てにならないこともある。個人の事情と普遍が合わない場合」
「そんな難しい話じゃなく、本当にチャンスなのですか」
「底からの発想です。これはベースとして安定しているのです」
「調子が悪いので、頭も回転しません。こんなときにいい選択ができるでしょうか。決め事そのものが嫌になります。もっと元気なときにやりたいと思うのが普通でしょ」
「真夜中の狂妄想の逆です」
「狂妄想」
「夜中、もの凄く盛り上がって、もの凄いことを思い付く。そんなこと、ありませんか。そして朝になると、もう冷めている。とんでもないことを考えていたものだと思い、もうその続きは考えない」
「それが狂妄想なのですか」
「妄想を抱くのは結構です。しかし狂妄想になると、それは狂っている。これは盛り上がりすぎて、関所をいくつも破るほどのたちの悪い妄想になるからです。だから本人も朝起きると、それに気付いて、もう考えない」
「テンションの低いときはその逆になるわけですか」
「そうです安定しています。冒険はしない。とんでもないことを考えるだけの体力も、気力もない。底ですから。こういうときに物事を考えた方がいいのです。だからチャンスなのですよ」
「しかし、そんなとき思い付くようなものは、あまり大したことじゃないですよ。結構内に傾いています。外に向かってよりも」
「しかし、冷静でしょ。きっと真っ当な判断ができると思いますよ」
「そんなものですか」
「元気なときから見れば、面白味のない話ですがね。地味すぎるとか、小さすぎるとか、大したことじゃないとか」
「そのメリットは何でしょう」
「発想が騒がしくない」
「調子の悪いときの沈んだような気持ちとお揃えですか」
「そうです。外連味がない」
「外連って何ですか」
「俗受けです」
「すると」
「自分自身が受けるようなものじゃない発想」
「調子が悪いので、難しい話ですので、頭が回転しません」
「自分というのは他人の中にいるのですよ。それがなければ自分は浮かび上がらない。だから人受けするとは自分受けするのと同じようなもの。全部自分じゃなく、他人だったりしますしね」
「はあ」
「しんどいときは外連味たっぷりの臭い芝居をする気力もないでしょ。だからチャンスだといってます」
「もの凄い回し方ですねえ」
「どうです」
「はい、今日は調子が悪いので、何となく受け入れてみます」
「元気なときの考えより、きっとあなた自身のためになることを思い付きますよ」
「はい、参考にしてみます」
 
   了



posted by 川崎ゆきお at 12:24| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月20日

3873話 天然主義文学


 角を回ると吉田の家が見える。電柱が邪魔をし、最初は見えないが、そこには古びた質屋の広告。その質屋も古び、今は営業していない。看板も錆びてしまい、質の文字に切れがない。質を丸で囲んでいたのだが、それも今では途切れている。
 吉田の家は見えているのだが、まだ門だけ。その手前に数軒の家がある。その左側は公園の植え込み。密度の濃い葉のためか、公園内はよく見えない。しかし一本だけ違うものが植えられており、それが椿。この時期、ここが赤くなる。何故一本だけ種類の違うものが植えられているのかは察しが付く。右側の家の主が植えたのだ。
 公園の生け垣だが、その手前の余地、これは道路上ではなく、少しだけスペースがあり、花壇になっている。公園の花壇ではなく、前の家が勝手に庭のように使っているのだ。
 そこを通過すると、もう一軒家があり、煉瓦塀で煉瓦の門。近所付き合いが全くない老夫婦が住んでいる。その隣が吉田の家だが、まずは門。これはお隣に合わそうとして煉瓦風だが、実際にはブロック塀と変わらない。質感だけを模している。それがみっともないと思ったのか、隠すように吉田は蔦を這わせている。偽の煉瓦よりも、この蔦を見てもらおうとするかのように。
 蔦は門を越え、回り込んでいる。吉田が植えたので、蔦がいくら枝分かれしても、根元は分かっている。そこを切れば、始末できる。
 門はあるが門戸はない。あると開け閉めが面倒だし、カギもいる。それを持ち歩くのが面倒。また落とすかもしれない。だからスペアキーも用意する必要がある。キーは玄関だけでいい。これなら持ち出すのは一つで済む。
 門から玄関口までは通路だけ。左右は他人の敷地。つまり吉田の家が奥まったところにあるので、門から入っても庭には出られない。玄関のドアを開けない限り、敷地内には入れない。だから門は開けたままにしている。
 その日、いつものようにそこを通り、玄関に辿り着く。
「これ、全部いらないですよ。一行でいいです」
「はあ」
「角を回ってから玄関まで行く描写ですが、必要ですか」
「はい、写実派なので」
「そんなに見事な描写じゃないでしょ」
「軽くスケッチ風に」
「質屋の看板、公園前の植え込みに混ざった椿。煉瓦門。蔦の絡まった吉田の家の門。何に絡んでいるのですか」
「偽煉瓦の門に」
「そうじゃなく、ストリー上での絡みですよ」
「別にありません」
「門から玄関までの通路。確かにそういう家、ありますねえ。奥まっていて。これが何かに絡んできますか。または心理の変化などを表すときの記号になってますか」
「なってません」
「だから家に戻っただけでしょ。言いたいことは」
「はい」
「だからこのあたりの描写、全部無駄ですから、削除です」
「ここを書いているとき、一番楽しかったのですが」
「これじゃ退屈で読んでられない」
「はい」
「さっさとメインの筋を展開させないと」
「な、なかったりして」
 
   了


posted by 川崎ゆきお at 12:55| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月19日

3872話 焚き火


「寒いと何もできませんねえ」
「寒くなくても、何もしていないのでは」
「ああそうでした。しかし寒いときは動きたくない」
「暑いおりもそんなこといってましたよ」
「暑くていけませんから。しかし夏籠もりはないでしょ。冬籠もりはある。この違いですねえ。夏は暑くて何もする気にはなれませんが開放的です。明るいし、また日も長い」
「でも冬の方が部屋を暖かくしておけば夏よりも過ごしやすいでしょ」
「それは言えてますが、気分が違います」
「しかし、冬籠もりは冬眠じゃない。ずっと寝ているわけじゃないでしょ。何かやっているはず」
「一年中通してやっていることはありますよ。これは日課ですからね。しかしそれプラスが問題なのです」
「日課以外の用事とかですね」
「そうです」
「私は日課も減ってきましたよ」
「ほう」
「もうやっても必要のないことがありますからね。だから日課が減った。それでますます暇になりました」
「じゃ別の日課を増やせるじゃありませんか」
「それを考えているところです」
「僕もそうなんですが、増やす気になかなかなれない。何もしたくないというのが本音です。だから寒いときは冬籠もり。しかし、籠もって何をするのかとなると、それがない」
「要するに二人とも暇ということですね」
「いや、日課で結構忙しいのです。あなたのように日課を減らせればいいのですが、そうすると、私が私でなくなるようなことになります。それじゃますますやる気がなくなる」
「別にしなくてもいいことでしょ」
「そうですねえ、しかし、それを続けているから私が私でいられるのです」
「ほう、難しいことを言い出しましたねえ」
「生き方に関わります」
「それは大事だ」
「ただの自己満足でしょうねえ。小さな満足を日々得られるだけですが、これが糧になります。エネルギーを燃やすと、またエネルギーになり、それを燃やすと、またエネルギーになる」
「どういうエントロピーでしょうねえ」
「これはおそらく分裂するからでしょうねえ。そのとき出るエネルギーです」
「では日々凄いことをやっているじゃありませんか」
「日課ですからね。これは腹が減ればご飯を食べる程度の日課です。やっている本人は普通のことです」
「それで日課は増えるのですか」
「一つ増えると、一つ減ります」
「僕は減りっぱなしだ」
「日課は詰まらんものです。日々の生活のようなものでしょ。やっている中身よりも、他のことを考えながら過ごしていますよ」
「僕は日課を減らしたので、楽にはなりましたが、暇で暇で仕方ありません」
「そうでしょ。結局は暇潰しです。暇が潰れるようなものなら何でもいいのです。適当にエネルギーを燃やせるものならね」
「いい日課を一つ増やしたいところです」
「私もそうです。しかし冬場はいけませんねえ。前に出る気がしなくなります」
「そうですねえ。暖かい場所で、寛ぎたいですよ。しかし、寛ぐネタがない」
「そうなんです。だから何かをしないと寛げないわけです。ずっと寛いでいるのなら、あとはもう昼寝ぐらいしか残っていませんからね」
「いやあ、参考になりました」
「ここに大きな秘密があるような気がします」
「ほう、どんな」
「何かを燃やすことが大事かと」
「じゃ、焚き火でもやりますか」
「そうですな」
 
   了




posted by 川崎ゆきお at 11:15| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする