2017年11月21日

3449話 大御所とその後輩


 同期やライバル、そして先輩がまだ活躍しているというのに、平田はドロップアウトした。それらの人達の噂を聞くと、羨ましく思うものの、それだけの力が平田にはなかったので、諦めるしかない。
 そこに先輩がやってきた。
「辞めてからしばらく立つけど、元気かね」
「先輩こそお元気そうで」
「そうでもないんだけど」
 この先輩は顔が広い。人好きのためだろう。人柄もすこぶるいい。評判もよく、あまり悪く言う人はいないが、全ての人から好かれているわけではない。それはどんな人物でもそうだろう。
「何か御用でも」
「十手持ちじゃない」
「じゃ、御用聞き」
「話というのは他でもないが、復帰してくれないかなあ。君が欠けると淋しい」
「でも辞めてからもうかなり立ちますよ」
「辞めていく人が多い」
「でも先輩の周囲には多くの人が集まっているじゃありませんか」
「そうなんだがね」
「僕が戻ったとしても、もうそんな力は残っていませんよ」
「いや、今考えると、君はいるだけでよかったんだ」
「いるだけ?」
「君は私にすり寄ってこなかった」
「そうでしたか」
「私の周りにいる人間は私のためではなく、自分のために集まってきているんだ。まあ、それで普通だがね」
「人徳ですよ」
「いや、不徳だ」
「よく分かりません。その関係は僕には」
「君は私に何も頼まなかった」
「そうでしたか」
「君は私に懐かなかった」
「そうでしたか」
「何か思うところがあってのことかね」
「何も思っていませんよ」
「そこが微妙なんだ」
「はあ」
「君は私を褒めなかった」
「そうでしたか」
「今いる私の取り巻きや周囲の連中とは違っていた」
「普通でしょ」
「そうなんだ。君は私をただの先輩としてしか見ていなかった」
「先輩ですから」
「そうだね。好きでも嫌いでも先輩は先輩だからね」
「何が言いたいのでしょうか」
「私は実はそういった淡泊な関係を望んでいたんだ」
「しかし、色々な人から……」
「確かにもてはやされている。それが不徳でねえ」
「徳があるから人が寄ってくるのでしょ」
「あれは蟻だ」
「はあ」
「私は砂糖だ」
「お名前も佐藤ですねえ」
「それは関係ない」
「じゃ、私にどうせよと」
「戻ってくるだけでいい。仕事は私が用意しよう」
「でももう辞めていますから」
「だから復帰だ」
「はあ」
「特に魂胆はない」
「戻るにしても、先輩の周りは人が多すぎます。僕はその中に入るのがいやなのです」
「君は人気がない。だから誰も相手にしないし、目にもくれないだろうから、そんな心配は無用」
「それは何でしょう」
「さあ」
「しかし、僕はもうブランクがありすぎますし、それに辞めてすっきりしましたから、戻る気はありません」
「そこを何とかならんかね」
「もうその世界にいませんから」
「だから、復帰だよ。復帰。道は私が付ける。君は私に無愛想だったから、早く辞める結果になったんだよ」
「そうだったんですか」
「もう少し愛想がよければ、面倒見たんだ」
「でも辞めたのは僕の力不足で、結構長くやってましたから、よくやった方です」
「だめかね」
「はい」
「本当の理由は聞くまい」
「はい、その方がよろしいかと」
「相変わらずだ、君は」
「はい」
「だから身近に置きたかったんだ」
 この先輩は大御所としてその後も君臨するのだが、今も平田のことを気にしているようだ。
 
   了

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2017年11月20日

3448話 ペテン師


 都会の賑やかな場所で声をかけられた場合、あまり良いことにはならないので無視する方がいい。それが客引きなら分かりやすいが、一見して普通の通行人のような人の方が危ない。
 では普通の通行人とは何だろう。その場所に用事があって来ている人や、ただの通り道なので歩いている人。当然仕事で移動している人や勤め帰りの人。これは夕方だろう。朝はラッシュで人も多く、ややこしいことを仕掛ける人も少ないだろう。それに悪い奴ほど起きるのが遅いため、早朝は苦手。
 都会では見知らぬ人と会話するようなことは希。道を聞かれる程度。勧誘の場合、それとなく分かる。
 ところが怪しい人は普通の会話から入ってくる。夏なら暑いですねえ、冬なら寒いですねえ。春秋なら良い季候になりまいたねえ。雨なら鬱陶しいですねえ。晴れなら良い天気ですねえ、と。これで乗ってこなければ、それ以上話さない。これは信号待ちのとき、独り言のように話しかけてくる。無視されれば独り言で終わる。
 要するに顔見知りでもないような普通の人が話しかけてくるのがポイントで、見るからに得体の知れない人ではなく、普通の通行人。この普通の中に紛れ込んでいるので、見分けが付きにくい。だから話しかけてくることが普通ではないということだろう。これが都会育ちではない老婆なら別かもしれない。見知らぬ人にでも話しかける。だが都会の雑踏の中に一人で来ているような老婆は滅多にいない。いることはいるが、それ自体、もう既に怪しいので、分かりやすいが、この判断は難しい。ただの気安い婆さんかプロなのかを。
 さて、その怪しい人の中身だが、そこでの話は話しかけた側だけが最終的に得をする話だろう。だから世間話から始まり、それに乗り、聞き役になったりすると徐々に相手のペースに填まっていく。
 また、怪しいとは思いながらも、暇なとき、もう少し泳がしてみようと思うこともあるが、これもまた危険だ。話のネタになる前に、もうそんなことは話せなくなるほど思い出したくもないネタになる。
 酒場などで見知らぬ客と意気投合するというのはある。もし怪しそうな客がいる場合、敢えてこちらから話しかけたりするので、怪しい人が逆転するが。
 都会の人混み、そこに出る怪しい人は年々減っているように思える。街頭流しが減ったためだろう。あまり効率がよくないからだ。残っているのはヘボい怪人で、これは大した被害にはならない。
 昔の都会には最初から怪しげな人が結構うろついていた。もの凄く分かりやすい感じで。数も多かったのだろう。
 今は普通の社会人の中に怪人がおり、スマホ時代ではないが、見た目はスマートだ。
 
   了

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2017年11月19日

3447話 看板通り


 デパートのようなターミナルビルを抜けると商店街があり、そこは既に寂れており、アーケードはあるが駅までのただの道に近い。そのトンネルを抜けると日向臭い場所に出る。商店がまばらに並んでいる場末。それもすぐに途切れ、住宅地になる。
 その通りに古書店がある。入り口に湿って曲がったような文庫本が並んでいるが、表紙は変色し、平積みの表紙も埃を被っている。一冊も動いていないのだろう。チリハライがないわけがないが、そのまま放置。その向かいに薬局がある。ペンギン薬局とあり、いつの時代のマスコット人形か分からないほど老いたペンギンが、もう焦点が分からなくなったような目で通りを見ている。
 この二店、商店街から商店街八分にされたと噂があるが、肝心の商店街が寂れたため、別に駅前に店を構えても仕方がないので、同じようなもの。
 商店街八分とは村八分のようなもので、葬儀や災害以外は一切の付き合いが絶たれた家に近いが、実は弾かれたのではなく、最初から場末のさらに向こう側で営業している。
 この駅のある街では古書店と薬局だが、他の街ではテイラーや散髪屋になっていたりする。いずれにしても客は最初から少ないし、その後、盛り返して流行るようなことはない。主人の愛想が悪く、もう二度と来たくないような店で、まるで客を拒否しているような構え。
 当然そんな状態だし場所が悪いので一見の客も殆どないので、やっていけるはずがない。しかし、メイン商店街は潰れても、ここは潰れない。潰れて当然だが、最初から潰れているような状態で店をやっている。
 だから店屋ではない。こういう店が駅前や商店街のある通りの場末のさらに末で店を構えている。
 それらの店は繋がりがある。目的が同じためだ。表向きは商店だが、実は支部なのだ。しかも支部には正と副二組で構成されている。
 普通の商店街にあるような店はほぼ網羅されている。それらを合わせれば、かなり大きな商店街になるはず。だが、目的は商店ではなく、商売ではない。
 このネットワークが何のためにあるのかは分からないが、世襲制で、今は孫の代。その孫の子が継げば四代目の組織員になるのだが、御時世か、どの支部もあとを継ぎたがらない。
 そしてこの組織のトップも世襲制だが、同じ現象が起こっている。そしてもうそんな組織など必要ではなくなっていたためか、閉める店、ここでは支部だが、それが多くなった。本来なら勝手に閉めるわけにはいかないのだが、本部も黙認だ。
 中にはあとを継いだ支部もある。四代目でまだ若い。そしてもう支部ではなく、看板通りの商売を続けている。
 商店街を抜け、場末のさらに末でポツンとある店を見かけた場合、それと疑ってみてもいい。
 世の中には看板通りではない店屋もあるということだ。
 
   了
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2017年11月18日

3446話 ホラー小説


 上島は昼食後散歩に出たついでに決まって入る喫茶店がある。結構広いファスト系で、最初に入ったときは見知らぬ人ばかりだが、数年通うと常連客の顔を覚えてしまう。しかし、ここはターミナルに近いのか、風通しがよく、見知らぬ人も結構いる。今まで見たことのない人の比率は半々だろうか。ただ、客が少ない日は常連客ばかりのときもある。雨の日とかだ。
 それで見慣れてしまっているので、もう客など見ないで、買ったばかりのタブレットを覗いていた。主な使用アプリは電子書籍や、動画。ただの娯楽のひとときで、休憩に入っただけ。散歩そのものも休憩だが、散歩では目の前の現実しかなく、フィクションがない。それで喫茶店で休憩するときに、現実では有り得ないようなフィクションを楽しむ。これも散歩のようなものだ。散歩では見られないようなものに接することができる。
 今日の客層は平均的なもので、常連客が六人と、一見さんが六人。それぞれテーブルを離して座っている。つまりある間隔を取っている。広い店なので、それができる。
 タブレットで至近距離を見ていると、目が疲れるので、たまに遠くを見る。その視線の先に偶然一見さんがいたのだが、上島は手にしたタブレットをガタンとテーブルの上に落としそうになった。数センチなどで落下というほどではないが、気を取られるような人がいたのだ。
 しかし、思い出せない。また見た覚えがあるのかないのかも曖昧で、知っているようで知らない。上島と同年代で少し年がいっている。これは昔の知り合いかもしれないと思い、旧友を色々と思い出した。またよく見かけていた近所の人かもしれないが、家とこことは結構離れているので、近所の人は見たことがない。
 しかし、タブレットから手が離れるほどの衝撃があったのだから、余程の人だ。合ってはいけない人とか。
 その客は文庫本を開いて読んでいる。距離は遠い。顔は正面。相手は上島が見ていることに気付いていない。本を読んでいるので、そんなもの。
 しかし、たまに目玉が動く、姿勢も変わる。そんなとき、視線が合いそうになるので、上島はチラリチラリと観察した。
 あの衝撃の意味は、余程大事なことで、とてつもない人に出くわしたほどのショック。それにふさわしい人物を探さないといけない。下手をすると、合うともの凄く都合が悪い相手かもしれない。相手が気付けばおしまいのような。しかし、過去にそんな経験はないはず。人から怨まれるようなことも、合ってはまずい人はいない。
 しかし、上島がそう思っているだけかもしれない。
 いくら思い出しても該当する人物が出てこない。
「自分ではないか」
 これはフィクションとしては成立しても、顔かたちが違う。しかし中に詰まっているのは自分ではないか。自分自身がそこに座っていれば、衝撃だろう。タブレットを落として当然。だから該当するものは自分自身となる。
 しかし、これは何処か似ている人の場合。何度見直しても似ていない。ではあのショックは何だろう。どうして驚いたのか。決して不思議な顔ではない。
 そして男は立ち上がり、上島の前をスーと通り過ぎ、レジへと向かった。男は上島を見たはず。しかし無視している。上島のことを知らないのだ。
 これでほっとした。
 そして読んでいたホラー小説の電書を閉じた。
「これだったのか」
 と、該当する原因が分かった。フィクションが現実に介入したのだろう。
 
   了

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2017年11月17日

3445話 裏通りの鍋焼きうどん


 雨が降っているときはさほどではなかったが、やんでから空気が変わったのか、寒くなってきた。もう冬の初め、下に落ちている葉の方が多い。
 友部はある手続きの用事を済ませたあと、中途半端な夕方の町を歩いていた。手続きを済ませたので、未来が拓けるかもしれないが、あとは本人次第。手続きそのものは難しくなかったので、その先の方が実際には難しく、ものになる人は限られているのだろう。
 しかし、この手続きは見せかけで、一応将来何になるのかを周囲に示すだけのもの。本当はそんなことはしたくなく、遊んで暮らしたかった。
 将来のことよりも今が寒い。いつもより早く起きたので、寝不足も加わっている。このまま戻って寝たりない分を補う方が賢明だ。
 駅は繁華街を抜けたところにあり、薄暗くなってきたためか、ネオンが映える。もう雨は上がっているのだが、滲んだように輝いている。
 一段落ついたこともあり、ここで遊んで帰ろうかとネオン看板などを見ている、ついつい誘われるのだが、腹が空きだした。寝不足のときは不思議と腹が空く。食べる量も多くなる。これは個人的なことだろう。
 ネオン通りから脇道を覗くと、そこも歓楽街の中なので、店屋が多い。日用品などを売っている店ではない。
 友部は体が冷えてきたので温かいものでも食べて帰ることにした。賢明な判断。そして健全。
 立ち食い蕎麦屋もあったが、今日は区切りの日なので、もう少し張り込んでもいいと思い、少し古い老舗らしい食堂へ入った。洋食屋ではなく和食屋。高そうな大衆食堂かもしれない。この路地だけは時代から遅れているのか、または一定の客がいるのか、潰れないで残っているようだ。
 鯉のぼりでも垂れ下がっているのかと思うような大きな暖簾をくぐり、店内に入ると、それなりに客がいる。食堂だが、そこで飲んでいるようだ。
 友部は壁の品書きを目で一つ一つ追っていると鍋焼きうどんが目に止まった。少し大きい目の手書き文字。値段は結構安い。しかし立ち食い蕎麦の数倍はするが、今日はケチくさいことは考えないことにする。手続きを終えた記念すべき日なので。
 出てきた鍋焼きうどんはアルミ鍋に入っていた。もう何回も使ったような鍋で、こ擦り傷があるし、焦げて色も変わっている。ただの食器ではなく、本当にこの鍋で煮込んだものだろう。
 少し離れたところでおでんの盛り合わせで一杯やっている男が、チラリと友部を見る。一杯飲み屋、縄のれん、酒の直販所などでよくいるような男。
 そして、目でメッセージを送ってきた。絡まれるようなことはしていない。
 友部は反射的にそのメッセージを受けた。といっても目礼しただけ。無視しなかった程度のメッセージを交わした程度。
 すると、男は友部の方へやってきた。四人掛けのテーブルだが、その横のテーブルに着き、話しかけてきた。
「いいよ」
 意味が分からない。
「じゃ、任せなよ」
 これも不明。
 何がスイッチになったのか、友部は考えた。変わったことは何もしていないので、この男が勝手に芸を始めたようなものだ。酔っているのだろう。
「じゃ、行こうか」
 何処へ。
「さあ、すぐに行きたいだろ」
 友部はここで訊ねてもいい「何がどうなのか」と。しかし、間を置いた。
 出るにしても、鍋焼きうどんをまだ食べ終えていない。しかし男は急がせた。
 友部はもう少し考えてみた。この店に入ってきてやったことといえば鍋焼きうどんを注文したこと。
 この鍋焼きうどんがスイッチになったのだろうか。これは合図のようなもので、鍋焼きうどんを食べることが、この男への合図になり、秘密めいたところへ連れて行く。
 しかし、それなら鍋焼きうどんを注文した客は全てそうなるだろう。
 やはりこのまま男を泳がせるとまずいと思い、何がどうなのかと聞いてみた。
 男はそこで挙動不審になり、訳の分からない言葉を呟きながら、元のテーブルに戻り、三角のコンニャクを囓りだした。
 これで、友部は鍋焼きうどんに集中できた。たまに男を見ると、目を合わす気はないのか、自分の世界に入り込んでいた。
 
   了

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2017年11月16日

3444話 寸暇詐欺


 寸暇に何かをやり続けるということもあるが、この寸暇というのはわずかに空いた暇な時間ということだが、そんな空いた時間などないほど忙しく日々過ごしている人もいる。もし寸暇があれば休憩していたりする。暇というのは、今特にやることがなく、またやろうとしてもできない場所なり、タイミングのときだろうか。隙間時間などとそれを呼んでいる。
 寸暇を惜しんで働くとかもある。何らかの暇ができても、その時間がもったいないので、作業を続けるとかだ。ここは休憩してもいいところでも働く。食後の一服もなく、昼休みでも働くようなもの。これは良いことだとされているが、体を壊すだろう。それよりも、時間がないので休む暇がないのかもしれない。本人の意志ではなく。
 寸暇の寸とは長さだろう。一寸は三センチほど。だから三センチほどの間が空いたとき、五センチのものは入れられない。これは距離だが、時間としてみた場合、三分。だから三分でやれることを入れることができるが、三分ではカップラーメンに湯を入れて待つ程度の時間。普通はじっと待っているわけではないので、寸暇ができても他のことをしているだろう。
 このとき、今までの続きではなく、別のことを入れる。三分でできる別の用事を入れるといいのかもしれない。
 塵も積もれば山となるのだが、それでできた山も、塵なら仕方なかったりする。足場が弱く、登れないかもしれない。それに塵なので、風が持っていく。しかしある程度の固まりができる。
 しかし、寸暇を使って有益なことを続けた場合、それは価値になるかもしれない。有益なことほど面倒臭く、また難しい。しかし三分間だけなら辛抱できる。
 ただ、その有益さは本人だけが有益なものだと、あまり価値はないが、価値を決めるのは本人。それを価値だと認定すれば、それは価値あるものになる。ただ、これもなかなか認証しにくいものだ。価値があり、有益だからこそやりたくなかったりもする。
 寸借詐欺ではないが、寸暇詐欺をやっているようなものだろうか。
 好きなことを寸暇にやる。しかし、寸暇ではなく一日中やれるとなると、あまり好きではなくなるかもしれない。時間があればずっとそれを続けたいと思うものの、有り余ると、飽きてくる。僅かな時間だからこそよかったのかもしれない。
 逆に暇潰しのようなことばかりを一日中やっている場合、その暇潰しにも寸暇が空く。そこで有益なことをすればいい。
 
   了

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2017年11月15日

3443話 実体験


 映画で見た記憶も実際に体験した記憶も、似たようなものとして残るのだろうが、一寸した差がある。その差は何だろう。
 たとえば一度見た古い映画をもう一度見たとき、所々は覚えている。まったく忘れてしまっているシーンもあるし、印象に残らなかったため、初めて見るのに近い感じのときもある。こちらの方が楽しめたりするが。
 実際にあったことは、動画のように残らない。そんなデーターは残せないためだ。だから、比べようがない。もし実際に起こったことの全記憶が残っていたとすれば、比べられるかもしれないが。
 過去のものとなると、どちらも古いため、記憶に残るのは僅かかもしれないが、やはり実際にあったことの方が印象に残る。
 なぜなら映画の中のどの人物も自分ではないためだ。映画の中の人にも過去があり、その人を取り巻く色々なことがあるだろうが、それらは説明で描かれている程度。しかし、またはこんなことをしてきた人だろうという程度の設定は示される。しかし、それは見ている人のことではない。当たり前の話だ。またいくら感情移入しても、そのときだけで、また自分に戻ってしまう。
 ではなぜ実体験の方が印象に残るのか。それは体験とは何かを考えればいい。決して一面的ではなく、その人の何処かと繋がっている。関連する情報が含まれているのだ。テーブルの上にあるペン一つでも、映画の中のペンとでは馴染みが違うし、含有物が違う。中のインクのことではない。それを買ったときの背景などが含まれている。そしてそのペンで何を書いていたのかも。また、そのペンを使っていた時代なども含まれる。実体験はその人の目で見たもので、映画は監督やカメラマンが見せようとした絵だろう。自分の目で見ていないので、本当なら見るものも違ってくるはず。何処を写し、何処を写さなかったのかだけでも、自分の見方とは違うはず。
 だから印象を支える事柄が多くあるため、実体験の方が記憶に残りやすいのだが、これはそれらの体験を踏まえた上で、今もその記憶が生き続けているためかもしれない。映画はそこで終われば、終わるが、現実の実体験は尾を引きながら、それらを含めた上で進行中だ。今も実はそうなのだ。上映しなくても、それは回っているようなもの。敢えて思い出さなくても。体験とは身に染みつくということかもしれない。お蔵入りではなく。
 そして、見た映画も、その中に含まれる。これはどんな体験でもそうだが、忘れていることが多い。映画のようにそのままをまた見ることができないが。
 記憶としては曖昧で、忘れてしまっていても、体が覚えていることがある。体験とはまさに体を使っているのだろう。
 
   了

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2017年11月14日

3442話 敵意の発生


 白木氏の城をいくつか潰し、残るは本拠地だけ。もうこのとき白木軍は殆ど残っていない。前線で主力軍が敗走したため、勝敗は既についていた。
 しかし、白木城に迫ったとき、隣国の黒崎軍が援軍で来ていたのだ。
 攻め手の立花氏は大国で、大軍を連れてきたが、あとは大したことはないと、軍団の多くを帰還させていた。そのため、攻め手の方が兵が少ない。
 立花氏はむかっときた。白木軍に対してではなく、援軍で駆けつけた黒崎軍に対して。きっと白木軍には受けただろう。同盟国の義理を果たし、来てくれたのだから。
 立花氏は、これでは城攻めどころか、このままでは立花軍がやられてしまう。引き返した軍団を呼び戻せばいいのだが、疲労度の少ない新手の黒崎軍は気勢も上がり、まともに戦うのは避けたい。それに白木氏は滅ぼさないといけないが、黒崎氏には敵意はなく、その領土を奪う気もない。だから敵としては考えていなかった。ところが白木軍に加勢し、結果的には立花氏に刃向かったことになる。これでムカッとした。
 立花氏は伝令を飛ばし、帰還中の各軍団に指示を与えた。黒崎領に侵攻せよと。
 立花氏は白木黒崎軍と対峙し、睨み合ったまま動かない。つまり黒崎軍を引き付けていたのだ。動かないように。
 この策は当たった。白木城に駆けつけた黒崎軍は全軍で来ていた。これは実際には戦う必要がない。立花軍は迂闊には動けないだろうし、兵糧も心許くなるはずだし、士気も下がりだし、そのうち引き上げるだろうと思っていたのだ。
 その魂胆が立花氏をむかつかせたのだろう。
 主力を持ってきた黒崎の本拠地はガラガラ。そこへ立花の主力軍が攻め込んだので、ひとたまりもない。
 その報を聞いた白木城の黒崎軍は、すぐに引き返したのだが、既に戦いは終わっていた。
 援軍が去ってしまった白木氏は、白旗を揚げ、城を降りた。立花氏は白木氏を家臣とし、白木領をそのまま任せることにした。ここは治めにくい土地なので、地の人間に任せた方がよかったのだ。
 しかし、黒崎氏は追放した。当然領地は没収、立花一族の家臣を入れた。実は白木領より、黒木領の方が大きい。だが、黒木領を取ることは念頭になかった。悪意も好意もないが、黒木軍は強く、出城も多いので、容易には落とせないことも理由だった。
 黒崎軍にもチャンスがあった。援軍として来たまではよかったのだが、動かなかったのだ。このとき、攻め手の白木軍は僅かで、主力は返していたのだから、城から打って出れば、訳なく立花氏の首が取れた。そして大国を手に入れることができたかもしれない。
 しかし、黒崎氏は援軍で、立花氏は、ここでは敵だが、敵意を持っていたわけではない。両者とも戦う気はなかったのである。
 あと一歩で簡単に手に入る戦いを邪魔立てした援軍の黒崎が余程憎たらしかったのだろう。敵意が生まれたのは、その瞬間だった。
 
   了
 
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2017年11月13日

3441話 不思議な会社


「おや、しんどそうですが大丈夫ですかな」
「分かりますか。一寸熱があって」
「それはいけない」
「昨夜雨に遭いましてねえ。帰るときです。傘を忘れていたもので、濡れました」
「私は用意していましたから濡れませんでした。大きい目の高い傘です。ビニール傘より大きい。少し重いですがね」
「はい」
「傘よりも、それは風邪が入ったのでしょ。今日は早い目に帰られては」
「微熱です。少しだるいだけです」
「そうですか、熱が出てフラフラなら、来られませんからねえ」
「そうです。よくあることですよ」
「しかし、しんどそうですよ」
「確かにしんどいことはしんどい」
「そうでしょ。やはり大事をとって」
「いや、仕事が残ってますから」
「私がやっときますよ。大した量じゃない」
「そうですか」
「お互い様です。私が三日ほど寝込んでいたとき、私の分までやって貰いましたから」
「いえいえ、それほど大した量じゃないので」
「そうなんです。ここの仕事、一人でできることを四人か五人でやっているようなものです。ですから午前中の半分で上がってしまえる仕事です」
「そうですねえ。そう考えると、おかしいことはおかしいですが、給料は世間並みに出てますし」
「私が社長なら、人件費の無駄遣いです」
「でもゆっくりやれば一日かかりますよ」
「それは秘密です。言っちゃだめですよ。誰もそれには触れない」
「はい、その申し合わせ、守っています」
「上に聞かれるとまずいですからねえ」
「上は気付いていないのですか」
「ここの係長は気付いていますよ。その上の課長も」
「じゃ、部長は」
「曖昧です。知っているかもしれませんが、経営に触れると社長の機嫌が悪くなりますからね」
「専務は」
「当然知っているでしょ。だって専務が二十人もいるのですよ。どんな大企業なんだ」
「そうですね。ただの町工場ですから」
「何か妙なことで使われるのではないかと、心配しています」
「妙なこととは」
「何かに動員されるのではないかと。そのためのストックです。社員が多いのは」
「そんな前例、ありましたか」
「先輩に聞いても、それはありませんでしたが」
「じゃ、きっと儲けすぎているのでしょ」
「そのようには見えませんが」
「まあ、そういうことですから、早退しても誰も文句は言いませんよ」
「そうですねえ。じゃ、大事をとって、帰ります」
「うん、そうしなさい」
「ついでに」
「なんですか」
「二三日休まれても良いですよ」
「はいはい」
「しかし、待遇がよすぎて、逆に怖いです」
「そうでしょ。それに気付いた人が辞めていきます」
「僕もおかしいと思い、辞めようかと思ったことがありました」
「大丈夫ですよ。何も起こりません。しかし、一寸不気味ですがね」
「はい」
「じゃ、お大事に」
「はい」
 
   了

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2017年11月12日

3440話 温石


 妖怪博士が住む路地裏は妙な人がたまに通る。その近くに住んでいる人以外は入り込まないのだが、何らかの磁場ができているのだろうか。妖怪博士がここに棲み着いたのもそのためかもしれない。
 ある日、妖怪博士が昼寝をしていると、妙な人がやってきた。妙な石を拾ったらしい。これは妖怪と関係するのではないかと思ったようだ。そこに妖怪博士が住んでいることを、この人は知っている。しかし妖怪博士は彼を知らない。近所の人なら顔ぐらいは知っている。だからこの路地裏に入り込んだ人だ。この人もそんな磁場に引き寄せられたのかもしれない。通りすがりの人が妖怪博士宅を知っていることも不思議だが、同類は同類を知るものだ。
 男が拾った石は暖かい。だから妖怪の卵ではないかと言い出した。しかし卵は親が温めないと冷たいはず。だから熱を持っている石となる。
 妖怪博士はその石を手にする。意外と軽いが卵のようには丸くなく、平べったい。しかしすぐに正体が分かったようだ。
「何でしょう」
「オンジャク」
「え」
「温かい石と書いて、温石」
「何でしょう」
「懐石料理ではないが、腹を温めるもの」
「懐炉ですか」
「あれは火が付いておる。燃えておる。そうではなく、軽石を温めたものじゃ」
「そんなものがどうして落ちていたのですか」
「落としたのじゃ」
「はあ」
「今どき温石を持ち歩く人がいるとは信じられん。軽石なので、軽いので持ち運びやすいがな」
「誰でしょう」
「そこじゃ」
「はい」
「問題は温石ではなく、それを落とした者。こちらの方が怪しいとは思わぬか」
「その持ち主が妖怪だと」
「寒がりの妖怪かもしれん」
 妖怪博士はその石けんほどの温かい軽い石をじっと見続けている。
「何か見えますか」
「石じゃ」
「石ですからね」
「これはただの軽石じゃが足の裏を擦るときの軽石とは形が違う。まるでちびた石鹸じゃ」
「やはり、これを落とした人が妖怪ですか」
「いや、怪しい人物には違いはないが、試したのかもしれんなあ。昔の人の防寒方法を」
「懐炉を買えば早いのに」
「そうじゃな。今は火を使う必要がない」
「そうです。揉めば熱くなってきます。あれを懐に入れれば済むことですよ。わざわざ軽石を温めなくても」
「きっと妙な人なので、試してみたのだろう」
「はい。しかし道端で温かい石を拾ったときは驚きました」
 妖怪博士はその石を男に返す。男はそれをポケットに入れ、立ち去った。
 石は拾ったものではないのだろう。その男、妖怪博士の実力を試すため、持ち込んだものだと思われる。
 しかし、妖怪博士は昼寝から起きたところなので、あまり良い解釈はできなかったようだ。
 
   了

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