2024年07月16日
5268 自動他動
「その動き、自動ですか、他動ですか」
「え」
「誰かからの命ですか。それともあなたが決めたことですか」
「あなたと言われても、あなた」
「どちらですか」
「自分で決めました」
「そう決めさせられたのではないのですか」
「いいえ」
「じゃ、あなたが選択し、決めたのですね」
「ええ、そのあなたです。私です」
「人の意見を採用しませんでしたか」
「参考にはしましたが、その人に従ったわけじゃありません」
「他人に従うことはありますか」
「ああ、命じられれば従うこともありますよ、別に問題がなければ、普通に」
「あなたの意見はどうなのです」
「意見?」
「あなたの方針のようなもの」
「好き嫌いはありますが、それだけでは選べない事情もあるでしょ。だから意に反することでも、やりますが。まあ、やらないと大変なことになればやるでしょ。それが私の判断です。私が決めたのでしょうねえ」
「つまり、拒否しないと言うことを決めたのですね」
「賛同した場合は、賛同すると決めたんでしょうねえ」
「その賛成や賛同はどこから導かれるのですか」
「まあ、妥当だからでしょ」
「その妥当というのはどこから」
「さあ」
「あなたが決めているようで、人が決めているのではないのですか」
「人とか、事情で決めているのは確かですね。しかしそれで決めないと言うこともできますよ」
「話を戻します」
「え、何処が最初でした」
「自動か他動かです」
「ああ、その話でしたか」
「全てが他動だったりします」
「じゃ、他動の自動ですか」
「ややこしくしないでください。自動とは自発であり自主的なという意味です」
「じゃ、全て自動でしょ」
「え、じゃ、自発も自主性も自動的に」
「知らぬ間にそれを選び、知らぬ間に動いていたりしますよ。でも知ってますがね」
「何を知っているのですか」
「また、からくり人形がいつもの動きをしているとね」
「意味不明です。捉えどころがありません」
「そういうものでしょ」
「ややこしいものですねえ」
「あ、はい」
了
2024年07月15日
5267 何だこれは
何だこれは、というのがある。そういう受け取り方。何かよく分からないもので、当てはまりにくいもの。どう捉えていいのかが難しいもの。
そういう感じだが、あまり良いものではない場合が多い。下手をするとゴミのようなもの。そこまで悪いとすぐに捨てているだろう。これは分かりやすい判断。サッと捨てることが決まっているような。
しかし、何だこれは、というものは判断が難しい。もしかすると良いものかもしれない。それに何だこれはと思ったのだから、それだけの驚きは確かにあるのだ。良い悪いとは関係なく。
また意に反するもの。思っていたこととは違う場合、妙なのが来たので、何だこれは、となる。
正体が分からないので、これは何だろうと思うのではなく、何が来たのかは分かっているが、それではないので、何だこれはとなる場合もあるが、本当に何だこれはと謎めいたこともある。まだ解けていない。まだ分別できないタイプ。
よくあるものなら何だこれはにはならない。期待していたものとは違う場合のなかには、よくあるものも含まれているが。
そうではなく、本当に何だろうかと思うものに出合ったときの浮いた感じ、立ち止まった感じが一寸した刺激。
これは正体、得体が分かり、何でもないことに変わったりする。何だろうという疑問は解けている。
だが、何だこれはの中に、良いものが含まれているかもしれない。ただ、大半はややこしいもので、どうでもいいものだったりするが。
しかし、もしやというのがあるので、何だこれはと感じたものを少しは吟味した方がいい。
それなりに解釈するわけだが、最後まで分からず、何だこれはの状態のままで終わることもある。しかし、少しは気になる。できればつまらないものであった方が処理は早い。
また何だこれはの正体がずっと分からないままでもいい。いつまで経っても何だこれはとなったままのものには、やはり何かあるのだろう。解釈できないだけで。
何だこれは的なものは驚く場合もあるし、感動に近いのものを含むもしれないが、感動の元が分からない。だから何で感動しているのかも謎のまま。
こう言うのは曖昧なのだが、パターンが読めないだけに長持ちしたりする。最後まで訳が分からないものを追い求めるようなもの。これは裏のテーマだろう。なぜなら、それが何であるのかを説明できないため。
その何だこれはの力が消えたときが寿命で、もうその力は消えている。何だこれはと思えなくなったときだ。
いつまでも何だこれはと思い続けられるものこそ、本当の何だこれはだ。
了
2024年07月14日
5266 読み
「思うとおりにいかん」
「想像とは違うのですか」
「目論見がな」
「よくあることですよ」
「わしの勝手な想像だったのか。思いだったのか。独り合点だったのか」
「よくあることですよ」
「わしの狙いはほぼ当たる」
「しかし、先方がいることですし」
「その先方の動き、読めていたはずなのじゃがなあ」
「読み違えたと」
「そうでもないが、意外だった」
「だから思っていることと違う筋道だったのでしょ」
「思うように動いてくれると思っていたのだがな」
「だから相手も生き物ですから」
「人じゃ。人ならこう動くというのは読めるはず」
「そこが読めないのがいいのですよ」
「え」
「駄目だと読んでいたことが、そうではなかったとかもありますからね」
「意外とな」
「しかし期待していた動きを外されると問題だ」
「悪い側に出たのですよ」
「悪い側の意外か」
「はい」
「どうすればいい」
「思うようにならないのでしたら、別の方法を考えるとか、諦めるかです」
「そっちは無理ならこっちか」
「そうですね」
「島田は当てにならん。よし大村に頼ろう」
「そうですよ。駄目なら切り替えればいいのです」
「しかし、大村はふにゃふにゃしており当てにならんのだがな」
「でもやってくれますよ。頼めば」
「頼りないのだ大村では。だから島田に頼んだのだがな、やめるといいだした。わしの読みが外れた」
「島田様にも事情ができたのでしょ。何せ有能な方ですので」
「大村は無能だ」
「しかし、残るのは大村様だけですよ」
大村は嫌仕事を嫌々ながら引き受け、すらすらとこなしてくれた。これは意外だった。
「人は見かけにはよらん」
「読み通りですね」
「最初の読みは外した」
「そこからですよ。本番は」
「あの、なよなよなの大村がなあ」
「きっと人から頼られるようなことも少ないので、暇だったからでしょ」
「そういうことがあるのだなあ」
「ああ、はい」
了
2024年07月13日
5265 旧時代
「順調ですかな」
「一寸崩れましたが、復旧中です」
「順調に?」
「はい。順調に復旧作業を進めていますが」
「何か不備でも」
「以前と同じようには戻りません」
「問題はありますか」
「ありませんが、やり方を変えないといけないので、それが面倒です」
「じゃ、順調に復旧中じゃないのですね」
「いえ、順調です」
「でも完全には戻せない」
「そうですねえ。まあ、細かい問題なので」
「それぐらいはいいでしょ」
「そうです。以前できて、今回からできないと言うことではありませんから」
「しかし、何か不満そうですねえ」
「完全に戻したかったのですが、無理なので諦めました」
「それで、不満もないと」
「慣れないので、そこが少し不満ですが」
「慣れで解決すると」
「はい。だから細かい話なので、どっちでもいいようなことです。ただ慣れないだけです」
「よくあることだ。頑張りなさい。まだ復旧作業中なのでしょ」
「はい、順調です。心配いりません」
「それよりも、わしは元には戻れんようになった」
「え」
「この職を去ることになる」
「引退されるのですか」
「させられるのじゃ」
「でも希望退職でしょ」
「肩たたきにあった」
「凝っていたのですね」
「違う」
「あ、はい。それは残念です。先輩からいろいろと教えてもらいました。だからそのやり方を今もやっています」
「わしのやり方はもう古い。その頃は最新のやり方だったのだがね。今では旧時代のもの。わしもその旧時代の人間。肩を叩かれて当然かも」
「後は私が引き継ぎます。先輩のやり方で」
「いや、それが古い時代のものになっているんだ。そこがいけないところ。だから引き継ぐことはない」
「でも、今、復旧中で、それが直れば引き継げます」
「別の方法を考えなさい。そうしないと、君も肩を叩かれるよ」
「そんなものですか」
「慣れ親しんだものでやりたい。それだけのことだ」
「ではこの機会に、新しいものを取り込んでみます」
「そうしなさい」
「引き継ぎたかったのですがねえ」
「君のためじゃ」
「はい。そうします」
了
2024年07月12日
5264 探し物はそこにあった
探していたものがすぐそこに落ちていたりする。目に付きやすいところ。だから探すという行為ではない。探さなくても手に入る。または遭遇できる。
そういうことは結構よくあることだと田村は経験の中に入れようとしたが、これこそ当てにならないし、確実なものではない。
ただの偶然だ。田村が動いたのではなく。勝手にそういう動きがあっただけ。田村が仕掛けたものではない。だから同じ事を繰り返せない。仕掛けようがないのだから。
ただ、心がけることはできる。いつも目にするような所にあったとしても見過ごしたりすることもある。これは残念だが、見ていないので、残念もくそもないが。
労せずして入手。または遭遇。いい巡り合わせ。これは何だろうかと田村は考えた。それなら探しに行ったりしなくてもよくなる。
当然探したからこそ見つかったものも多い。だから探すのは無駄ではないし、その一寸した労も悪くはない。苦労して見つけたのだから、喜びも大きい。
探す場合は見当を付ける。この世に当然あるもの。しかし田村が知らないだけで、隠されたものや、知られていないもの。特殊なものもある。これらは探すのは難しい。
ところが今回田村が見つけたものは、こんなものがあったのかと思うような全く知らなかったもの。確かにそういう存在があること程度は分かっていたが、それが何かまでは分からなかった。
そのタイプのものを田村は簡単に見つけたのだ。探そうとしても手がかりの少ないもので、あるかないかも分からないものだったので、探さなかった。
しかし、目の前にそれがあった。最初は別物で対象外だと思った。そんなものが落ちているわけがないので、まさか探していたものだとは気付かない。しかし、どうも覚えがある。そしてまさかと思い調べると、まさにそれだった。
探しているもの。求めているものは向こうから勝手にやってくるというお伽噺もあるが、それはオカルトに近い。やはりそれなりの原因や理由などが関係しているはず。
それを見つけたとき、その筋道、どうしてこんな所にあったのかを田村は推測した。結果が先で、原因などはあとでくっつけたようなもの。
ただ、その偶然性や、同時性のようなものはあるようで、それが錯覚や思い込みであったとしても、その遭遇、偶然に驚いたことは確か。
常にそのことを思っていると、見つけやすいこともあるが、いきなりドンとくることがある。
ただただそれは起こっているだけのことでそれ以上でも以下でもないが、以上や以下を考えるものだ。
いずれにしても探していたものが簡単に見つかったので、それだけでいいだろう。解説などしなくても。
探しているものは勝手に向こうから来る。田村はそれを教訓にするつもりはなく、やはり探し物は根気よく探すのがメイン。たまにラッキーがある程度とした。
了
2024年07月11日
5263 小さな領主
小さな領主
小さな領地からその一帯を征服し、やがて一国の主となり、さらにその兵力で他国を切り取り、数カ国を支配する大大名になる。
しかし、似たような大大名と接するようになり、それに破れ、やがて数カ国から一国になる。
さらに跡取り問題でもめ、二つの勢力が争い、内部から崩れていく。当然他国に攻め込まれ、一国を失う。
そして生き延びた当主は、その一族の発祥の地である小さな領地に戻った。数か村程度を領する元の木阿弥に戻ったようなものだ。
「そういう話があるのです」
「じゃ、最初から近隣に攻め、領地を広げなくても良かったという話ですか」
「そんな野望がない方がな」
「しかし、それでは面白くありません。じっと小さな領地を守っているだけでは」
「いやいや、守るだけでも大変。小さいながらも争いごとがあるはず。下手をすれば潰されてしまう」
「でもそんな小さな勢力など、結局は大きな勢力に飲まれるのでしょ」
「その方がお家は続くだろう」
「もう少し、波瀾万丈な展開が欲しいです」
「でかくなっても元に戻されるどころか、消えてしまってもか」
「それは困りますが」
「大きな勢力を得ても、その子孫、絶えてしまったりする。木阿弥にも戻れん」
「はい」
「それにその小さな勢力とは言え、維持するのは大変」
「じゃ、何をしても大変ですね」
「だから好きなようにしなされ」
「和尚の話、曖昧です」
「あとは殿が決めること。しかし家来衆がそうさせてくれないやもしれませんがな」
「分かった。参考にする」
了
小さな領地からその一帯を征服し、やがて一国の主となり、さらにその兵力で他国を切り取り、数カ国を支配する大大名になる。
しかし、似たような大大名と接するようになり、それに破れ、やがて数カ国から一国になる。
さらに跡取り問題でもめ、二つの勢力が争い、内部から崩れていく。当然他国に攻め込まれ、一国を失う。
そして生き延びた当主は、その一族の発祥の地である小さな領地に戻った。数か村程度を領する元の木阿弥に戻ったようなものだ。
「そういう話があるのです」
「じゃ、最初から近隣に攻め、領地を広げなくても良かったという話ですか」
「そんな野望がない方がな」
「しかし、それでは面白くありません。じっと小さな領地を守っているだけでは」
「いやいや、守るだけでも大変。小さいながらも争いごとがあるはず。下手をすれば潰されてしまう」
「でもそんな小さな勢力など、結局は大きな勢力に飲まれるのでしょ」
「その方がお家は続くだろう」
「もう少し、波瀾万丈な展開が欲しいです」
「でかくなっても元に戻されるどころか、消えてしまってもか」
「それは困りますが」
「大きな勢力を得ても、その子孫、絶えてしまったりする。木阿弥にも戻れん」
「はい」
「それにその小さな勢力とは言え、維持するのは大変」
「じゃ、何をしても大変ですね」
「だから好きなようにしなされ」
「和尚の話、曖昧です」
「あとは殿が決めること。しかし家来衆がそうさせてくれないやもしれませんがな」
「分かった。参考にする」
了
2024年07月10日
5262 辻村の世
世は移り変わり、今まで上手く行っていたことが行かなくなったりする。ただこの世、辻村が思っている世で、辻村が感じている世。
辻村が認知してる世の中という感じ。だから辻村と関係のする世や世間、隣近所やその環境のようなもの。ずっとそれで生きてきた浮世。
当然知らない世も知ることはできる。しかしそれは辻村の世から見た他の世で、これも辻村の世に含まれる。辻村の世の外側も、内側から見た外側となる。
そんな大きな話ではなく、辻村の世も変わる。辻村の世界なのだが、辻村も知らない世になっていたりする。これも触れるまで、接するまで分からなかったりする。知らない間に変化しており、以前とは違っている。
しかし、知らないとはいえ、変化しているだろうとは知っている。どんな変化なのかまでは分からないが、町内に夏が来れば、隣町にも来ているようなもの。
それで最近世の変わりようで、少し面食らった。それは辻村には都合が悪いことになっていた。他のものにとっては都合がいいのか、悪いのかは知らないが、以前からのことを知っている辻村にとり、それは悪くなった感じなのだ。昔の方が良かったと思うのは、それに慣れ親しんでいたためだろう。
こういうとき、今までの経験などが邪魔をする。以前ならできたのに、できなくなっていると。
最初からできないのなら問題はない。相も変わらぬ世が続いているようなもの。だがそんな世のスケールではなく、もっと小さな事。
経験が生かせない。逆に足かせになる。これもよくあることなので、そこは辻村も心得ている。だが、ここでその状態になっているとは不意打ち。それで一寸だけ躊躇った。今の世に文句が出たが、それも辻村の世なので、辻村の都合でそう感じるだけ。
辻村は経験に固守するつもりはないが、慣れ親しんだことがそのままできないのは、少し残念。それですぐに頭を切り替えた。そうでないと不快なだけなので。
快も不快も辻村の解釈次第。それで不快が快に転じはしないが、不快でないだけでもいいだろう。
そしてそれもそのうち慣れてきて、辻村の世に馴染むようになる。
ただ、不便になった分、良いこともあるかもしれない。
了
2024年07月09日
5261 夏仕事
「暑くてたまりませんなあ」
「金は貯まらんがな」
「仕事があるのですが、暑くてやる気が起こらない。従って金が入ってこない。貯まるどころか減る」
「でも暑くてもできるでしょ」
「できますが、年々苦しくなり、今年がそのピーク」
「体力が落ちましたか」
「それもありますが、気力が」
「気分の問題ですか」
「やる気の問題です。まあ収入が減るのは困りますが、それぐらいならいいかと」
「余裕がおありだ」
「ありませんが、少し節約すればいいこと。まあ、しなくてもいいのですがね。それぐらいの減収なら」
「でも、やろうと思えば暑い中でも仕事はできるでしょ」
「できます。しかし、そうまでしてやるような仕事じゃない」
「気に入らない仕事ですか。仕事なので好き嫌いなど言ってられないでしょ。仕事だから嫌いなこともできますしね」
「いや、仕事そのものが実は嫌いなんです」
「それは避けた方がよろしいかと」
「つい本音を」
「じゃ、暑いので、遊びますか。しかしこの暑さでは外に出るだけでも大変。野山を駆け巡るようなことなどできませんよ」
「何もしないで、グダーと過ごすだけでいいのです。これぞ遊びでしょ」
「でもずっと寝転んでいては退屈でしょ」
「そこなんですよね。何かで楽しもうとしても疲れますからねえ」
「じゃ、やはり仕事でもしている方がいいのでは」
「まあ、そうなんですがね。今年は何もしない夏にしたかったのですが、何もしないというのも案外難しそうだ」
「まあ、暑いので適当にやればいいんですよ」
「じゃ、ダラーと仕事をすることにしますか」
「そうしなさい。やることがあるだけまし。私なんて仕事などありませんからね。あるだけ、あなた、ましですよ」
「はあ、そうですなあ」
了
2024年07月08日
5260 夏の道
今田は夏だけ通る夏の道を今年も歩いている。バスを降り、しばらく歩かないといけない、年に一度だけの用事。だからその道沿いは年に一度見るだけで、他の季節は知らない。
そのためか、ここは常夏のように感じられる。暑いだけの道。
郊外のまだ田畑が残り、古い農家も屋根が見える風景。当然瓦屋根だ。しかしもう既によくある住宅地。ただ、田畑があるので、隙間が多く、風通しがいい。
細い道で舗装されているが、かなり荒れており、自転車で走ればガタガタと響くだろう。以前農道だったようだ。
稲や野菜ではなく草だけが伸びている土地もある。空き地ではないが、そのうち売るのだろう。白いものが飛んでいる。チョウチョだ。花などないのに飛んでいる。しかし、よく見ると白い小さな花がちまちまと咲いていた。
急に横を通過していくものがある。トンボだ。しばらくは同行する。赤い色だが赤とんぼはまだ早い。
暑いのに田に出ている人がいるが、畦の木の下で座り込んで何やら作業している。木の棒や板を弄っている。水門を作っているのだろうか。既に稲は伸びている。
細く長く伸びた白い道。まっすぐではなく僅かに左右に揺れながら。これは田に沿って作ったのだろう。
その先にこんもりとした茂みがあり、一寸した岡。今田が行く先だ。年に一度。
当日雨だと翌日に延ばす。その日でなくてもいい用事。
村に接した岡。山ではない。こういうところにはお寺や神社がある。
少しだけ見晴らしのいい場所。その神社はそこにある。
今年もその夏の道を歩くが、去年はどんな感じで歩いていたのを思い出す。今日とそれほど変わらないが、日差しや暑さは今日の方が厳しい。去年はどんな服装だったのかは忘れているが、靴は同じだし、鞄も同じ。
そして今田は何をしているのか。それは初詣。真夏に一度だけ参る。
なぜその神社なのかは適当。駅からバスの終点まで乗り、さらにそこからしばらく歩かないといけないが、それほどの僻地ではない。距離的な間が丁度いい感じ。毎日だと辛いが、年に一度ならいいだろう。
なぜ夏なのか。それは最初寄ったときが夏のため。神様の名は知らない。いろいろと書かれているが、ただの村の神社だろう。特別なものではなく、ありふれた神様だろうか。
それには興味はなく、その外れに祠があり、一寸植え込みに隠れ、奥の方に隠されているような感じ。
元々ここで祭られていた主神らしい。こう言うのを今田は好む。
そしてその祠の形がいい。石造りだ。それ以外はミニ神社のような感じで、狛犬もいる。
今田とは縁もゆかりもない。年に一度のお参りも今田が勝手に決めたもの。
そしてそこが目的地なのだが、実際には夏の道を歩くのが目的のようだ。そこでいろいろとあった一年を振り返ったりする。
その夏の道が行き止まりになり、岡に近づいた。そこからは白く上へ延びる階段が続く。そしてその上には青い空。夏の真っ青な空。
了
2024年07月07日
5260 何だこれは
何だそれは、と言うのがある。
「これは何だ。これではないはず。期待していたものと違うぞ。それに近いものでもいいんだ。しかし、これは方向が違う。わしが言っているものにもぜんぜんかすっていない。こんなものいらない」
「なかなか見つからなかったもので」
「それで、適当なもので間に合わせたのか。だが、見当外れ、適当でも何でもない。一体どんな了見なのだ」
「それも良かれと思いまして」
「良くないどころか逆だ」
「そうでしょうか」
「何?」
「これもその範囲内にあるのでは」
「別のものだ」
「しかし、世の中にはこういうものもあります。たまには光を当てられては如何でしょうか」
「探していたものが見つからなかったので、そういう言い訳をしておるのだな」
「それもありますが、意外といけますよ」
「本当か」
「これもありかと」
「どこが」
「そんな気がいたしまして」
「わしには分からん」
「この何でもなさ。これです」
「だから、何処を見ればいいのか分からん」
「全体です」
「何だこれはとしか言いようがない」
「そこです。何でもなさが何だこれはへと行くのです」
「行かん」
「是非お行きを。良いものだと思います」
「そちがそう感じておるだけであろう」
「まあ、そうですが」
「よし、一度試してみるか」
「何でもなさの中に潜む奥行きを堪能してください」
「よし、分かった。ご苦労だった」
「ははー」
この人、言われたものが持ち帰れなかったので、そういう嘘をついた。実に何でもないもので、それ以上でも以下でもなかった。何でもないと言うよりもつまらぬものだった。
しかし主はその後いたくお気に入りで、そういうことがあるのかと、不思議に思った。
何だこれはの意味がわけなく変わった。
了