2019年03月29日

3941話 深刻劇


 深田は一寸面倒なことになり、それで気が重い。それは一寸したことから始まり、そこから流れが変わったのか、因果関係の無い別のこともおかしくなり出し、さらにかなり厳しいことが突然起こり、これはかなり尾を引きそうで、妙なところにはまり込んでしまった。
 悪いときは悪いことが重なるもので、纏めて来るようだ。
 それらの用事でウロウロしているとき、行き交う人々を見ていると、みんな幸せそうな顔をしている。そう見えるだけなのかもしれないが、深田にかかっている負荷を、もしその人達も背負っていれば、そんな平和そうな顔で歩いていないだろう。だが、深刻な顔で硬い表情の人もいる。そういう人は逆に目に入らない。
 もし深田と同じように気が重いのなら、外には出てこないかもしれないが。
 人出が多いのは桜が咲き出したためだろう。並木や公園や、神社の境内などで咲き始めている。その日は陽射しもあり、穏やかで、もう寒くはない。それで、外に出ている人が多いのかもしれない。
 春先の良い時期、卒業式で旅立ったり、入学式で上の学校へ通い出す。また新入社員として社会に出ていく。春はスタートの時期。
 そんな時期、深田は厄介なことになっているので、春を楽しむどころではない。
 といって平穏な年でも、春など楽しんだのだろうかと考えると、それほど楽しんでいない。楽しいことだとは思わないので、花見などにも行かなかった。
 しかし、気の重さからか、それが軽くなれば、花見に行きたいと思う。厄介事が春の間に終わるのか、夏や秋まで、いや年内や来年まで尾を引くかもしれないと思うと、数年は厳しいかもしれない。
 その厄介事は解決はしないので、しばらくはその状態が続く。重荷だ。しかし、背負い方のコツがあるのかもしれない。そちらの練習でもするしかない。
 そんな日々の中で、一寸いいことがあった。微笑ましい出来事だが、これが結構効いた。凄い話ではないが、気が休まった。
 もしいつもの深田なら、何とも思わないほど小さな出来事として見過ごしていただろう。
 弱っているときは、その一寸したいいことが数倍よく見えるので不思議だ。
 それからも道行く人が誰もが普通に暮らしているように見えて、それが羨ましい。しかし実状は分からない。深田よりも厳しい状況の人がいるかもしれない。
 幸せそうな表情で呑気で歩いている人が、意外と深田よりも深刻な事情を背負っているかもしれないし、また厳しい表情で歩いている人は、実は平穏に暮らしている人かもしれない。
 その後、深田は慣れてきたのか、負荷に慣れたようで、もうそんなものだと日常化していきそうだった。
 暗い話をする人が意外と明るかったり、明るい話をする人が逆に暗い人だったりすることもある。振り切って逆転したのだろう。
 
   了

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3940話 超常現象座談会

 
 妖怪博士は雑誌主催の座談会に出た。超常現象についての議論だが、結局挨拶で自己紹介をしただけで、一言も発しなかった。司会が悪いのだろう。だが、その司会者、妖怪博士担当のいつもの編集者。敢えて妖怪博士に振らなかったのかもしれない。それがどういう意味なのかは知らない方がいいだろう。
 終わった後、すぐに解散になり、打ち上げも何もない。予算がないためだろう。主催者側の二人は消えるように逃げ去った。そのため、あの編集者と挨拶すらできなかった。
 置き去りにされた超常現象研究家達は、自分たちで打ち上げをすることにし、どの居酒屋がいいかと話し合いになった。
 妖怪博士は、そういうのは苦手なので、帰ることにしたが、もう一人、打ち上げに参加しない人がおり、帰りの路線も同じなので、その駅へと一緒に歩いた。
 この人もほとんど話しに加わらなかった人で、妖怪博士と似ている。そういう場が好きではないらしい。
 心霊研究が専門と紹介されていたので、妖怪とは関係が深い。また妖怪博士は幽霊博士と呼ばれる若き研究家を知っていた。合うたびに心霊には関わるなと忠告している。
「大下さんでしたか」
「はい、妖怪博士」
「今日はご苦労様でした。お疲れでしょ」
「聞いているだけだと、余計に疲れますよ」
「心霊が専門とか」
「いやいや、実は物理学が専門です」
「ほう」
「超物理学ですがね。これはもう幽霊に近くなりますよ」
「ああ、そうですか」
 妖怪博士は話すのが嫌いではない。ただ、座談会とか複数の人間を相手にするのが苦手らしい。座談会ではなく、対談タイプだ。この大下も、そうなのかもしれない。
 この二人、悪い気がしないのか、居酒屋ではなく、駅近くの喫茶店に寄ることにした。ただ、喫煙できる喫茶店を探すのに時間がかかった。駅裏の汚い路地にあるボロボロの店だが、ここは吸えるようだった。
 婆ちゃんのウェイトレスがおしぼりとお冷やを持って現れた。昔からある喫茶店のようだ。
「幽霊はどうなのですかな。いますか」
「います」
「科学的見地から見てもですか」
「そうです」
「まあ、色々と目撃談がありますからねえ。見た人や感じた人は多い。だからやはりいるのでしょうなあ」
「そうです」
「超常現象というより、日常化していたりしますね」
「妖怪はいますか」
「いません」
「あ、そうですか」
「幽霊が見える人と、見えない人がいますが、どうしてでしょうねえ」
「見えない世界の人でしょ」
「はあ」
「世界は、その人が作っているのです」
「ほほう」
「だから、キャラとして幽霊が出る世界と、出ない世界があります」
「なるほど」
 妖怪博士は適当に頷いた。議論する気はない。
「この世界を見ている人は一人です」
 ここから、難解になる。
「その一人のために世界があるのです」
 妖怪博士は、それがどの方向かと探っているとき目玉が泳いだ。
「もっといいますと、見せられているのです」
「はあ」
 妖怪博士はついて行けない。
「ものがそこにあるように見え、触ると手触りがあるように感じているだけ。全て実体のないバーチャルなのですよ」
 かなり、間を飛ばしている。
「幽霊だけじゃなく、今、こうして見ている世界も、実は幽霊のようなものなのです」
「ほう」
「そういう観点からすると、幽霊でも物怪でも何でもありですよ」
 妖怪博士は降参した。
「今日はこのへんにします。また機会があれば、お話ししますが」
「はい、またお願いします」
 あの編集者は、こんな人も呼んでいたのだ。そして彼にも振らなかった。
 しかし、妖怪博士にも振られなかった。ということはあの編集者から見ると、同類ということだ。
「私達は同じ穴のムジナなのですなあ」
「え、妖怪ですか」
「いや、何でもありません」
「じゃ、僕はこれで失礼します。ひと言も喋れなかったので、出すものを出してすっきりしました」
「はいはい」
 年下の大下が伝票を掴んだので、妖怪博士は割り勘を提案した。これはすぐに通った。
 しかし、レジには誰もおらず、すみませんすみませんと何度も呼んだが返事がない。
 本当に、ここに喫茶店があったのだろうか。いや、現にその中にいるではないか。
 かなりしてから水洗の音が聞こえ、婆ちゃんが出てきた。
 婆ちゃんはバーチャルではなかった。
 
   了

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2019年03月27日

3939話 僻地へ


 もうこれでいいのではないかと、浪は思った。ただ思う前にいろいろ考えあぐねてのこと。ふと思ったわけでも感じたわけでもない。いくら熟考しても調べても、最後はそう思えるかどうかで決まる。思った、思いましたでは、小学生の芸のない作文のようだが、ここが最初で最後の決定場所。まずは思わなければ話が始まらない。そして意志の決定も、意志だけでは決まらない。思わないと。または思えなければ。ということを浪は思った。まあ、感じた程度だろう。ただの感性の問題だが、あくまでも熟考の末。
「決まりましたか浪君」
「はい、もうこのあたりでいいだろうと」
「おお、それはよく決心してくれました。礼を言いますよ。有り難う有り難う」
 もし断っておれば、この有り難う有り難うの繰り返しは聞けないだろう。それを聞きたいばかりに判断を下したわけではない。
「少し僻地ですがね。国内ですから、そんなにひどい場所じゃありません。コンビニもありますし、ファミレスも、確かあったと聞いていますよ。今は分かりませんがね」
「はい」
「まあ、また戻れると思いますので、しばらく休憩だと思い、悪く思わないでくださいね」
 この人も色々と思うのだろう。
 浪が決心したのは、この人のいう通りかもしれない。少し疲れたのだ。僻地なので生活が少し変わるが、流人ではない。ただ、ここへ飛ばされた人は本道から外れてしまう。外道ではないが、所謂出世街道ではない。そこを通過して出世した人はいない。これは過去のデータが示しているが、浪はいやいやながら行くわけではなく、また断ることもできた。そこが違う。自ら進んで行くようなものなので。
 出世街道から都落ち街道を歩くわけだが、それも悪くはないと結論を下した。そちらの方が楽、というのがちらっと見えた。美味しい面もあるのだ。出世さえ考えなければ、極楽暮らしかもしれない。
 浪が僻地へ行ったと聞けば、ライバル達は喜ぶだろう。戦う相手が一人減るため、楽になる。
 しかし、よく考えると、小さな世界だ。それが潰れてしまえば出世もクソもない。地位などあっという間に相場が落ちるどころか、消えてなくなる。
 まあ、そういうことに疲れたのだろう。浪は、もうこのあたりでいいかと思い、僻地へ赴いた。
 
   了

 
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2019年03月26日

3938話 古きを訪ねて


「古きを訪ねています」
「どのような」
「それが今回は失敗しました。がっかりです」
「事情がよく分かりませんが」
「話すのも嫌なほど」
「あなた、確か、今のものよりも古いものの方がいいものが沢山あると以前言ってませんでした」
「言ってました。しかし、今考えての昔の記憶なのではありません」
「まあ、昔に思っていたことですね。今じゃなく」
「そうです。うんと昔に思っていたことです。しかし、今の頭で考えるにしても、やはり古い記憶のままです。だから本当に今、直接感じたことではないので、実際に接してみると、がっくりとなりました。こんなものだったのかとね」
「よく分かりませんが」
「小学校の頃、もの凄く立派な上級生がいました。立派すぎて、もう大人のようです。ところが、でもよく考えますと、たかだか小学生。もし私がその時代にワープして、その立派な少年、大人びた少年を見たとき、大したことはないと思うでしょ。相手は子供なんですからね」
「それはそうですねえ」
「小学生の頃、背が高かった同級生と、その後、高校で一緒になりましたが、縮んでいました。中学になってから、それほど背が伸びなかったのでしょうねえ。あ、この例はふさわしくありませんね。関係のない話です」
「はい」
「だから、昔思っていた昔と、今の感覚で見る昔とは違うのでしょうねえ。ただ、その昔、一度もそれから見ていない場合、昔の印象しかありませんから、そのままですがね。ですけど考えれば分かることですよ」
「それで、今回は失敗したと」
「そうです。昔あれほどいいものだったのに、昨日それに久しぶりに接したのですが、ちゃちなものでした。それで見るんじゃなかったと後悔しましたよ」
「よくあることですよ」
「しかし、今よりも優れているものがあるのです。今見ても、それは優れており、今は、それはないとかね。だから昔を訪ねているのです。そういうのと遭遇するはずなので」
「はい、ご苦労様」
「昔、凄いものだと思っていたのに、いま見ると大したことがなかったとなると、やはりショックですよ。まあ、半ば分かっていたのですがね」
「そういうのをお仕事に活かされているわけですね」
「いいえ、していません」
「あ、そうですか」
「ただ、見て歩くだけで、鑑賞です」
「じゃ、実用性はないと」
「ああ、そこは意外な面がありましてね」
「はい」
「実用性がないので、凄いままのものがあるのです」
「ありますか、そんなものが」
「価値基準がはっきりしていませんので、これは曖昧なままのイメージ物なので、判断は個人個人の感性に掛かってきます。だからそういう部類なら、古いものの方がいいのが一杯あるのです」
「ほう」
「しかし、実用性がないのでねえ」
「なるほど」
「まあ、そのうち古きものから凄いのを釣り上げますよ」
「それは楽しみですね」
「はい」
 
   了



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2019年03月25日

3937話 時代アート


「最近は古きを訪ねています」
「古代文明ですか」
「いえ、そこまで古くはありません。私が生きていた時代なので」
「じゃ、最近とは言えませんが、そんなに古い話じゃない」
「そうです」
「それで何か」
「少し前の方が進んでいる技術などあるのです。まあ、廃れた技術なんでしょうが、必要がなくなれば、そこで終わるんでしょうねえ」
「ほう」
「少し前の本などもそうです。今の作者が書いたものなどはそれに比べると軽い軽い」
「ほう」
「一生費やした研究の本。こういうのは今は無理でしょ。まあ、その人の頭の中には、それに関する知識がぐっと詰まっている。おそらく日本中、いや世界中で一番それに詳しい人になっていたりします。そういう人が書いた一冊だけの本。こういうのがいいのです。だから古きを訪ねるだけの意味があります」
「確かに戦時中の零戦など、分解して調べても、その秘密が分からなかったとか、最近聞きましたが」
「まあ、その後、プロペラの戦闘機など開発してませんからね。だから途切れたのと同じなので、昔の人の方が詳しい」
「はい」
「建物もそうでしょ。ただの住宅、民家でも手の込んだことをしている。ノコギリやカンナ、ノミなどを使う大工も減ったでしょ」
「まあ、しかしそれに代わるもっと早くできて安くすむようになっていいじゃありませんか」
「それはもっともな話です。雨露凌げれば、それでいいのですから」
「そうでしょ」
「しかし、失われた技術、廃れて誰ももう作れなくなったもの、そういったものを見ておりますと、芸術鑑賞になりますよ」
「そうですね。趣味の問題ですよね」
「その趣味もですねえ、上質な趣味がよろしいかと」
「最近の趣味は趣味が悪いと」
「奥行きや拡がりがねえ、もっと欲しいのですよ。それだけの物で終わらないで、他のことでも通底するようなね」
「はあ。あなたは趣味人でいらっしゃる」
「いやいや、そんな高貴な趣味は持っていませんよ。ただ本物の凄さに触れると、ぐっときますねえ」
「いい鑑賞眼を持っておられる」
「いや、そんな眼識などなくても、見たり触れたりすればすぐに分かりますよ。これは何だろうと思うことで、何となく知識も増えていきます。それを知るのに必要だからです」
「現代アートについてどう思われます」
「いきなりそんなことを聞かれても分かりません。それに詳しく知りませんし」
「軽い感想で結構です」
「本物の職人さんに対するコンプレックスでしょうなあ」
「違うと思いますが」
「あなた、もしかして現代アートの人ですかな」
「そうです」
「ああ、ご苦労なことで」
 
   了


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2019年03月24日

3936話 岩場の行場


 山沿いの住宅地。ここは上へ行くほど金持ちの邸宅が多かったのだが、最近はその上まで家が這い上がっている。この辺りは里山で、持ち主がいる。それを売ったのだろう。そのため、今風な分譲住宅が斜面にへばりついている。その向こう側にも当然山は続いているのだが、そこは国有林。一応国立公園の一角だが、それらしきものはない。この山地そのものが国立公園のためだろう。そんな公園があるわけではない。ただの山。
 その先は山の奥へと続いているのだが、別の山系になるのか、少し区切れている。古くからの村がそこにあるのは、平らな場所があるためだろう。田畑もある。
 しかし、そこへ行くには車がないと不便だろう。バスは数時間に一本。その村とその近くにあるお寺と、ピクニックセンターあるため、何とか運行しているだけ。だから通勤圏内ではない。
 先ほどの斜面の住宅を越える一帯は荒れ地でゴロゴロ山と呼ばれている。そういう山があるのではなく、起伏が激しい程度。頂上というのはあるにはあるが、ただの岩のコブのようなもの。
 この辺りは岩がゴロゴロ転がっており、それでゴロゴロ山。太古の昔噴火でもあったのだろうか。
 ここはハイカーがたまに通る程度だが、このゴロゴロ山が目的ではない。住宅地の中程から山らしい景観になり出す。だから山への入口に近いが、既にここは山。家が建っているので住宅地に見えるが、そうではない。元々山だったのだ。
 しかしその先は国有林のためか、そのまま残っている。植林にはふさわしくない荒れ地なので自然に生えたような松が多い。それもポツンポツンとある程度。
 岩と岩の隙間は小さな渓谷というより古墳の石室のような感じ。つまり狭い。その上に一枚、岩が乗れば、これは人工物かと思ってしまうが、そういう珍しい偶然はない。
 先ほどから、その古墳の石室のような中で呪文を唱えている人がいる。まだ若い。
 ここを行場にしているというより、三方囲まれた場所なので、隠れ家ごっこに見える。
 そういった岩に囲まれた場所は探せばいくらでもあるが、いい場所は既に主がいる。その主のものではなく、早い者勝ちで、先に取ったものとなるのだろうか。ただ、しばくするといなくなることが多い。
 ここは通勤圏ギリギリの場所で、バス停もある。ここまでは電鉄会社のバスが走っている。数時間に一本ではない。それはその先の村行きだけ。
 だから市街地から、この行場は意外と近い。山奥ではないのだ。山の取っかかりだ。
 行者達はそれぞれ流儀があり、ヨガのようなことをしている人もおれば、単に座っているだけの人。また岩に抱き付いて、じっとしている人。
 松の木の股に昇って、そこから下界を見ている人と、様々。
 中には本を読んでいるだけの人もいる。
 ここには先住民がいたが、今はいない。といってもホームレスだ。しかし、彼らが健康的だったのに比べ、そこを占領した人達は誰もが病んでいるように思われる。
 
   了




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2019年03月23日

3935話 職務放置


 篠原町の駅裏に古いビルが結構ある。西洋風レトロビルではなく、戦後適当に建てたような三階程度のビル群。エレベーターなどはなく、雑居ビルだが店舗よりも事務所が多い。といってここはビジネス街ではない。駅の正面はドーナツ化現象で、駅以外が目的で来る人は希。
 吉田の就職先は、この古ビル内のオフィス。面接などは都心で受けた。高層ビルで、ビジネス系の催し物や会場になることが多いので、馴染みのあるビル。篠原町にオフィスがあるとは知らなかったのだが、都心から近いし、辺鄙な場所ではない。
 その会社、篠原の町とは絡んでいない。篠原でないといけないことはなく、何処でもいいようなもの。仕事はほとんどがセールス系で、外回りが多い。それなら、もっと都心部にあれば便利なのだが、方々に出向くような仕事ではない。貿易関係らしいが、よく分からない。
 マッサージ店の横にオフィスの入ったビルがあり、入口があるだけ。その横は中高年婦人向けの衣料品店。若い人は一人も歩いていないような場所。
 オフィスは二階の突き当たり左にある。中は二部屋あり、奥の小部屋に上司がいる。室長だ。
「吉田君だったかね」
「はい」
「初めまして。竹中です」
「はい、よろしくお願いします」
「ディスクを空けておいた。パソコンは使えたよね」
「はい」
「ソフトはインストールしてあるから、適当に使ってね」
「はい」
 上司の竹中は小部屋に入った。
 そのあと、出てこない。
 昼頃になり、やっとドアが開く。
「そのソフト、使える」
「エクセルとワードでしょ」
「それと通信ソフトが入っていたでしょ」
「あ、はい」
「既に合わせてあるから、そこの掲示板をたまにチェックしてね」
 上司は昼を食べに出たが、そのまま夕方まで戻ってこなかった。出るときの服装はスーツだが、手ぶらだった。
 戻ってきた上司は、小部屋に入り、鞄を提げてすぐに出てきた。
「じゃ、帰るときは鍵を掛けてね」
「はい」
 吉田はいくらでもスペアが作れそうなキーを渡された。予備だといって都合二つ。
 それで、初日、吉田は何をしたのかというと、留守番だった。
 人が来れば、担当の者がいないので、分かりませんとだけ答えることになっていた。しかし、誰も来ない。
 帰りしな、通信ソフトで掲示板を覗くと、書き込みがあった。仕事とは関係のない、競馬の話や食べ物の話とか芸能人の話。特に仕事に関係している話は何もない。何かを共有するためのものだと思っていたのだが、そうではないようだ。
 しかし見たことがない通信ソフトで、これはオリジナルかもしれない。フリーソフトかもしれない。
 翌日も、同じパターン。
 三日ほど経ったとき、人が来た。上司は昼を食べに行ったまま、まだ帰ってこない。
 担当者がいませんので、と、教えられた通りにすると、訪問者は去って行った。特に表情に反応はない。
 ワープロも表計算ソフトも、使う用途がない。スケジュールもない。
 給料日になると、振り込まれていた。仕事らしい仕事などしていないのに、そこそこの額だ。これでボーナスなども出るらしい。
 吉田は暇なので、本を読んだり動画を見て過ごした。
 しかしたまに人が来るので、居眠りはできない。
 上司は午前中はいるが、午後からは出ている。何処へ行っているのかは分からないが、長い昼の休憩だ。
 吉田の昼は一時間と決まっている。人が来るかもしれないため。
 ある日、人が来た。
 吉田と同世代で、まだ若い。いつものように担当者云々と答えると、すぐに帰ろうとした。
「伝えておきますよ」
「あ、いいです」
 その後も、人が来るたびに用件を聞いたのだが、誰も答えないで、さっと帰ってしまう。
 しかし、暇で仕方がない。閉じ込められているようで。
 だが、仕事ならそんなものだろう。
 半年後、上司が消えた。そのため、吉田が室長という肩書きをもらえることになり、あの小部屋に入ることができた。そして新入社員が一人来た。
 小部屋にはソファーがあり、そこで寝転べる。前任の竹中室長が残したままの漫画の本がずらりと並んでいる。難しい本もある。これはその前の人のものだろうか。すると漫画も前の人のかもしれない。
 そして昼になると、食べに行くことにしたのは、いままで通りだが、そのうち、徐々に戻るのが遅くなってきた。
 最近はポケットにカメラを入れているので、それで撮影に出掛けた。結構遠いところまで行ける。
 夕方までに戻ってくればいい。
 会社も社員も、職務を放置しているようなものだ。 これで何も起こらなければいいのだが、と藤田は思った。
 
   了
 


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2019年03月22日

3934話 雨桜


「今日も雨ですねえ」
「桜のつぼみが赤くなり始めてますよ」
「花見も近いですが、最近雨が多いので、どうなんでしょう」
「晴れ間にさっと人が集まりそうです」
「やはり花見時期も雨でしょうかねえ」
「今年の春は雨が多いとか」
「ワンチャンスですなあ」
「雨でも桜は咲いているでしょ。しかし花見客はいない。雨だと中止。一人で来る人も雨だと避ける」
「しかし、聞いたことがあるのですがね」
「え、何をですか」
「雨桜」
「枝垂れ桜の別名じゃないのですか」
「いえ、雨が降ると映える桜ではないかと」
「品種は限られているでしょ。そんな品種があったとしても、何処で植わっているのか分からない」
「いえ、普通のソメイヨシノです。ごくありふれた」
「ほう。じゃ、普通に雨の日に見に行けば、それで済むこと」
「だから雨の日だと、それが雨桜となるわけです」
「要するに雨の日の桜という程度でしょ」
「聞いた話なんですがね、わざわざ雨の日に花見をするんです」
「何を聞いたのですか」
「これは雨の日に傘を差して一人で花見をしている人が始まりだと聞いています」
「ほう」
「まあ、それが家元のようなものでしょ」
「花見の家元、そんなもの聞いたことがない。生け花じゃないしね。それに、雨桜の家元なんて、さらに聞かない」
「これはですねえ。雨の降る日でも花見はできるということなんですよ」
「ほう」
「むしろ、雨が降っていないと、雨桜にならない」
「雨の花見ねえ。傘を差して、立ったまま」
「歩いてもいいですよ。ただ地面は濡れていますから、車座は無理。まあ、立ち飲みならいけますがね」
「傘を片手に飲む。酌は」
「自販機で売ってるやつでいいでしょ。酌の必要はない」
「あては」
「傘に引っかけておけばいいのです。コンビニ袋の中にあてを入れておけば」
「片手に傘、片手にカップ大関、どうやっておつまみを摘まむのですかな」
「だからこれが難しいので、家元がおられるのですよ」
「どうするのです」
「カップ大関は脇で挟む。傘は肩で挟む。これが作法」
「ほう」
「しかし、雨桜のベテランは何もしないで、傘だけ差して桜を見ているだけ」
「そちらの方が家元らしいですなあ」
「立ち行に近い」
「ほう」
「立ったまま正座」
「座ってないじゃないですか」
「だから、黙想状態」
「はい」
「目を開けたまま、じっと桜を見ているが、風も吹き、雨の滴もあたり、変化が大きい」
「ふむふむ」
「それをじっと見ていると、気がおかしくなります」
「駄目じゃないですか」
「また、桜色をじっと見ていると、目もおかしくなります。微妙に動いていますからね。そうしているうちにあらぬものが見えてくる」
「ほう」
「これは雨桜行のようなもの。それをやっている人がいましてねえ。そこから流行りだしたのですよ」
「その人が家元なのですな」
「違います。それを見た人達が、まあ、家元のようなものですが、家元などいません。花見流派の一つですが、家元はいない。ここがいいのです」
「聞いた話しにしては、詳しいですねえ」
「それだけじゃありません。これは一種の行。宗派が生まれるかもしれませんよ」
「それって、あなたが勝手に言っていることでしょ。聞いた話じゃなく」
「分かりますか」
「分かりますよ」
「はい。ご無礼を」
 
   了



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2019年03月21日

3933話 琴の峰の山怪


 琴の峰を経て樽沢へ至る。
 藤田はいつもハイキングコースを通るたびに、その道標を見ている。コースから外れるため、そちらへは行かない。樽沢はかなり遠い。村に出る。だから町に戻ることになるのだが、その距離がかなり遠い。もの凄くアバウトな道標だが、嘘ではないのだろう。
 琴の峰はどの峰なのかは、ここからは見えない。峰峰の頂や、山のコブのような塊が多いため、特定できないが、一番近い峰のはず。その枝道に入り込まないと見えないのだろうか。または、何でも見ている峰のことかもしれない。本コースは登りになり、そこからほとんどの山を見ているはず。いちいち山の名前を覚えていないのは、予定にないためだろう。
 地図を見れば、出ているはずだが、琴の峰は覚えやすく印象に残るので、すぐに分かるはず。しかし、何度かこの辺りの地図を見ているが、琴の峰の文字など見たことがない。きっと別名なのだ。しかし、樽沢は実在する。聞いたことがあるし、樽沢行きのバスなどを見たこともある。山のとっかりにある村なので位置はおおよそ分かる。
 問題は琴が峰と樽沢の距離が長すぎること。
 藤田は月に二三度山登りをしている。軽いハイキングだ。その日も、馴染みのコースを歩いているとき、琴の峰を経て樽沢へ至の道標のあるところまで来た。一寸変化を楽しんでやれと、寄り道することにした。樽沢まで下る気はない。途中まで行き、引き返すつもりだ。もしかして琴の峰が見えるかもしれない。そして、何だ、あの山だったのかと思うだろう。
 この本コースはハイカーが多い。いつの間にか追い抜いていたり、追い越されていたりする。しかし、琴が峰へ向かうその道に入る人など見たことがない。
 人が踏み歩く頻度が低いのか、道がこなれていない。ゴツゴツとした岩や小石が踏むたびに、ずるっと滑ったりする。多くの人が通っておれば、落ちるべき小石は落ちる。崩れるべき土は取れる。人よりも水の通り道に近い溝のような道だ。そのため下り始めている。ということは琴の峰はもっと下にあるのだろうか。道標があるところは標高六百メートルほど。登りきっても一番高い峰でも八百メートル。
 藤田は下っていくが、すぐに道らしいものが出てきて、それは溝のような道とは別の方へ行く。これは明らかに人が通した道。琴が峰はその方角だろう。そうでないと、水の通り道では一気に沢へ降りてしまう。
 その道らしき道に入ると、下りでも登りでもないので歩きやすい。土と下草とのバランスがよく、足の裏が喜んでいる。
 どうやらその道、山の周辺を回り込んでいるらしい。左側は山の腹が迫り、右側は見晴らしがいい。
 山を取り巻くように通っていたなだらかな道が切れるのか下へ向かう道になる。
 左側は急斜面。これが琴の峰かもしれない。下り坂に差し掛かったとき、振り返ると、迫っていた山が少し引いたのか、山の姿が分かるようになる。山道は一本。
 見晴らしは少しよくなったが、遠くの方までは見えない。方角的に樽沢方面だと思われるが、目印がない。ここから村や町が見えるはずだが、樹木や山襞が目隠しになり、それほど見晴らせない。
 藤田はハイキング地図を広げた。
 樽沢方面からの登り口があるはずなのだが、それはコースにはない。だから樽沢からのハイカーはいないはず。まあ、村近くの背後の山なので、路はいくらでもあるだろうが、行き止まりになるのかもしれない。
 迫っていた山に沿って歩いていたのだが、その山が琴の峰らしいことは分かるが、何故琴の峰なのかは謎。樽沢から見れば、琴の姿をしているのかもしれない。琴にも色々な形はあるが。
 それで、納得できないし、樽沢までは遠いはずなので、行く気はないので、迫っているその山に分け入ることにした。道はないが、樹木や灌木の隙間を通れば何とかなる。問題は勾配だけ。しかし、取り付くところはいくらでもあるので。岩だけの崖ではないので、登りやすい。
 勾配がきついので、斜めに這い上がっていくことにする。子供の頃からこういったところを遊び場にしていたので、ターザンごっこのようなものだ。
 灌木などで目を突く恐れがあるので、サングラスを掛け、帽子も深く被り。タオルを首元にしっかりと巻いた。妙なところで、猿にでもなったようだ。
 斜め登りが効いたのか、下がよく見えるところまで登った。町は見えないが、下の山が見える。いずれも低い山で、建物も見える。それで、場所が特定できた。あの道標があったところから離れていないので当然だが、下の風景は同じようなもの。
 上を見ると、まだ繁みが続いており、頂上も近い。その山の向こう側の山が見えているためだ。それはいつも行く山の頂だろう。
 休憩してから、また繁みに分け入り、たまに飛び出ている岩の隙間を抜け、再び、また繁み。今度は勾配が弱くなってきたので楽だが、そのかわり、繁みが深い。前が見えないほど深くなる。山の頂上付近の斜面なので、これはおかしいとは思いながらも、先へ進むと、灌木の間隔が広くなり、下草や笹の海が消え、歩きやすくなる。土と落ち葉のやんわりとした場所に出る。
 道かどうかは分からないが、森の中に出たようだ。樹木と樹木の間隔がある程度あり、灌木が減り、下草だけになるので、歩きやすい。
 しかし、どう見ても鬱蒼と生い茂った森。
 そして来るものが来た。
 琴の音。
 周囲を見渡すと、上の方に屋敷の一角が見える。
 藤田は恐ろしいところに入り込んだという気はなく、琴の音に吸い込まれるように、そちらへ向かっていった。
 
   了




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2019年03月20日

3932話 川魚の料亭


 小雨の降る中、下田は呼び出された。雨が降るかどうかはその日になってみないと分からない。しかし郊外の外れ、さらに外れたところにある料亭。見た感じ普通のしもた屋。しかし、周囲には何もない。既に山沿いの辺鄙なところで、大きな寺はあるが、そこからはかなり離れている。だが、交通の便は悪くはない。その大きな寺院が観光の寺なので、バスがある。そして人はそれなりに多いが、平日は静まりかえっている。市街地から離れすぎているためだろう。
 下田を呼び出したのは、親父。肉親ではない。
 この場所に呼び出すときは極秘の話が多い。まだ決定していないが、内定している。それを部下に伝えるため、呼び出されることが多い。下田は肝心なところでは呼び出されない。内々で決まってからだ。その内々にはまだ加えてもらえない。
 この料亭、密議もある。内々ではなく、外部の人間と会うため。
 下田は雨でいい感じの山門前でバスを降りる。古い街道が走っているが、その道沿いではなく、結構寺の近くまで入り込んでいる。乗り降りする人が多いためだろうか。だから寺まで歩く必要はない。
 下田は寺の前で降りたのだが、街道と寺を繋ぐ道にまた戻った。料亭は街道をもう少し行ったところにある。こういうところは車で来るもの。ただし、タクシーは使わないという約束がある。目立つからだ。
 下田はいつも同僚と一緒に来るので、その車に便乗している。しかし、今日は一人。だから傘を差しながら山間の道を歩かないといけない。幸い小雨なので、びしょ濡れになることはない。
 料亭の裏庭に駐車場があり、そこに外車が止まっている。横に四人ほど座れそうだ。親父が先に来ているのだろう。
 料亭の棟は一つではなく、川沿いや橋の向こう側にもある。川魚が名物らしい。それと素麺と豆腐と紅葉の天麩羅。
 一番奥待った橋を渡ったその先にある部屋に下田は通された。親父は決まってその部屋にいるので、いつものことだ。
 親父は一部屋を置いた奥の部屋のさらにもう一つある小部屋にいた。
 四畳半ほどの座敷で、茶室風。この料亭では一番奥の奥に当たる。
 親父は難しそうな顔で座椅子で正岡子規を読んでいた。
「あいにく時期が悪い。佃煮の鮎でも頼むか」
「はい」
 親父は手酌でモミジの天麩羅を囓っている。
「ここは初夏がいい。冬に来るものじゃない。底冷えする」
「はい」
「そうだ。湯豆腐を頼もう。食ったことがあるか」
「ああ、よく覚えていません」
「そうだったか。じゃ、頼もう。ここのは水が違う。たかが豆腐だが、水で味がころりと変わる」
「はい」
 下田は冷酒で湯豆腐と鮎の佃煮を食べた。
 親父は、目をぎょろつかせた。
「その付き出しはイカナゴだ」
「あ、はい」
「食べたか」
「いえ」
「もったいない。それも頂きなさい。瀬戸内のイカナゴ。その佃煮じゃ。川魚料理屋で海の魚は合わんがな。佃煮してしまえば、もう分からん」
 湯豆腐と佃煮。親父は何を伝えたいのだろうかと、下田は頭を捻った。
「どうだ。鮎の佃煮、いけるじゃろ。ここで作ったものらしい。女将に言ってあるので、帰りに持って帰れ、いい土産になる。買うと目玉が飛び出すからな」
「はい、有り難うございます」
「よし」
 話はそれだけだった。
 下田はビジネスバッグに佃煮の箱をねじ込んだ。雨だが防水性のある鞄なので、問題はない。それに傘を差せば凌げるほどの小降り。
 山門前まで戻り、屋根のあるバス待ち所で、その佃煮を開けた。包装紙はない。小さな紙袋で女将から受け取っている。
 下田は佃煮の紐留めの木の箱を開けた。
 薄い半透明の薄紙をのけると、大きな鮎の佃煮と、小さい目と、さらに小さいのがある。
 しかし、どこををどう探しても、鮎の佃煮と説明の紙以外のものは出てこなかった。
 何か特別なものが、中に入っていると思っていたのだが、違っていた。
 親父から鮎の佃煮を受け取れば、それは何かを意味しているのだろうか。それなりに認められた証しだろうか。
 その後、親父との関係は以前と変わらないままだった。
 佃煮には意味はなかったことを知り、下田は毎朝、その佃煮を添えてお茶漬けにした。これは鯛茶漬けよりも高いはず。
 しかし、飴炊きなので、甘さが少し気になった。
 
   了

posted by 川崎ゆきお at 12:25| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする