2020年07月19日

3816話 そうだね


 吉田は忙しい日々を送っているのだが、何が忙しいのか、よく分からない。個々の忙しさは確かに分かる。だが、急いでやるようなことではない。だが、他の用事があるので、遅いと遅れを取る。その他の用事も急ぐものではない。だから、ずれ込んでも別段問題はないのだが、それでは寝るのが遅くなる。
 朝は早く起きないと、スタートが遅れる。だから遅くまで起きていても、朝は決まった時間に起きる。目覚めは悪いが、その日一日のことを考えると、遅れを取ってはならない。
 それだけ忙しく日々を過ごしているのだが、人に言えるような成果はない。便所掃除をしてタイルがピカピカになり、暗かったトイレが明るくなったとかだ。余程掃除をしていなかったのだろう。こういうことを果たして人に言えるだろうか。また言う機会などないはず。吉田が進んで話さなければ。
 だが、そんな話をする相手がそもそもいない。
 成果は普通の状態になっただけで、一歩進めた何かではない。しかし、吉田の中では成果はある。達成感がある。してやったりという満足感がある。これが引力になっている。
 それで、開かずの間のようになっている部屋を掃除したり、長く開けていない押し入れも掃除した。この場合、整理よりも、押し入れの床、板が張ってあるのだが、雑巾がけをしたい。多くのものが積まれたり、押し込まれているので、床など見えない。板が見えない。これを見えるようにして、スーと雑巾を動かしたい。整理よりも、それがしたいのだろう。雑巾を手にしたスケート。
 これも人に言うべきことではない。掃除一般でいい。細かいことまで誰も聞かないだろう。当然、そんなことを訊く知り合いもいないが。
 その他、雑雑とした細かい用事、また、長時間かかる用事が色々とある。だから、それらを順番にやっていると、一日があっという間に過ぎる。一円の儲けにもならないが、大きく損をすることもない。
 間違って機械ものを壊してしまうと損をするが、そんな機会弄りの趣味は吉田にはない。
 たまに少ない知人の一人から呼び出しがかかることがある。メンバーが一人足りないから来てくれと。誰でもいいのだ。
 当然そういう付き合いはしない。しかし、何度断ってもしつこく誘う知り合いもいる。吉田の態度を見れば分かりそうなものなので、鈍いのだろう。
 その鈍い知り合いの花田が予告なしにやってきた。礼儀知らずなわけではなく、鈍いのだ。よくいえば頓着しない人柄。
 吉田にとって残っている数少ない知り合い。友人でもなければ親友でもない。友達でもない。ただの知り合い。
「相変わらず忙しそうで結構じゃないか」
「ああ」
「何度も誘ってるんだけどね。いつも忙しい忙しいっていうから、見に来たんだ」
 わざわざ証拠のようなものを探しに見に来るようなことはなかろう。
「暇でねえ、吉田君が羨ましいよ。いつも忙しそうだし」
「貧乏暇なし」
「僕も貧乏だけで暇は一杯あるよ」
「何かやることを作ったら」
「そうだね」
 本当にやることがあるような人間なら、吉田のところなどには来ないだろう。来ても何のメリットもない」
「何か飲むか」
「いや、喉は渇いていない。お茶とかは合わないので、飲まないんだ。ビールならいいけど」
「冷蔵庫にない」
「だから、いいよ、いいよ」
 花田はそういいながら冷蔵庫を勝手に開けた。その瞬間、どっと何かが落ちてきた」
「そこはまだなんだ」
「え、何が」
「冷蔵庫の掃除はあとなんだ」
「あ、そう」
「何か飲むんなら、出すよ。トマトジュースの小さな缶があったはずだ。あとはウーロン茶ばかり」
「じゃ、トマトジュースにする。お茶より滋養がありそうだし」
「じゃ、出して飲んで」
「どこから」
「だから、冷蔵庫の中から」
「ジャングルだよ」
「それは大根の葉だ」
「あ、そう」
「その奥へ手を突っ込み、右側にあるパイナップルの大きな缶詰の後ろ側にある。見えないから、手で探る必要がある。できるか」
「ああ、やってみる」
 花田は小さなトマトジュースの缶を掴めたようだ。
「こういうの掴み取るゲームみたい」
「そうだね」
 花田はトマトジュースをパカッと開け、グット飲んだ。
 そして、しばらく黙っている。
「どうした。缶詰だから、腐っていないはずだけど」
「いや、トマトジュースなんて、滅多に飲まないから、こんな味だったかなあと思っただけ」
「トマトは食べるでしょ」
「食べる。しかし、この缶詰の味と違う」
「ジュースだから、そうなるんでしょ。添加物も入ってるし」
「そうだね」
 花田は、トマトジュースで、何やら勝手にショックを受けたようで、すぐに帰ってしまった。
 吉田は余計なことで時間を食われたので、用事の続きをした。
 
   了





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2020年07月18日

3815話 内田の彷徨


 内田はたまに町をうろつく。彷徨だ。まだ若いのでハイカイではない。しかし、それに近い徘徊をする。意味もなく、目的もなく、歩いている。しかし、目的があったはずなのだが、途中で迷ってしまい、場所が分からなくなるだけで、意味もなく歩いているわけではない。徘徊には目的がある。
 何をかを探しているのだ。ところが内田の場合、意味がない。目的もない。だから単に彷徨っている。ただ、歩くのが目的で、ひたすら歩いている、といえなくはないが、内田はそれほど歩くのが好きではない。だから歩くのが趣味とはなっていない。
 しかし、たまに街中をうろつく。それが狙いがあり、探しているものを見付けるとか、獲物を物色するとかなら、まだいいが、内田にはそれがない。もっと純系なのだ。
 街を彷徨する。
 これは純である。目的があると、けがれるわけではないが、リアルになる。何かのためとかが加わるためだろう。
 内田が彷徨に出るのは、亜空間を漂うため。この空間はリアルなものだが、リアルなことを考えないで、その含みのない世界。
 街ゆく人は大概は目的を持っている。非常に現世的なことで動いている。それであたりまえであり、普通だ。むしろ意味もなくうろつく方がおかしい。
 その彷徨時は、現世と少し切り放されるのか、それが快い。決して大喜びや、快楽を得られるわけではないが、糸の切れたタコ。鎖の外れた犬。
 だが、その世界は現実の世界なので、決して異次元や亜空間ではない。内田は内田のままで、少し現実的なものと出合うと、亜空間も崩れ、現実空間に戻ってしまう。
 歩いているときは目の前のものを見る。当然周囲もだが、あまりキョロキョロはしない。
 ものを虚心に見る。これは実際には不可能だが、それに近い見方をする。できるだけ意味を重ねない。
 この歩いているだけの内田は、二足歩行のロボットに近い。
 そうして現実の中にいるのだが、しばし亜空間を楽しむ。それはすぐに溶けるような世界なのは、現実の上に少しだけ被さったレイヤーのようなもののためだろう。
「内田か」
 ぞっとするような生々しい現世の声が結界を破った。
「内田か、こんなところで何をしている」
 たまにこういうものと遭遇する。これで終わりだ。
 
   了




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2020年07月17日

3814話 楽しい話


 少しだけ楽しみにしていたものを果たした立花は、少しだけ妙な気持ちになった。これはもっと先送りしておいた方がよかったのではないかと。
 少しだけ期待していたのだが、その少し分は満たされたが、どこかもっと凄いところまで期待していたのだろう。その轍があるので、あまり期待をしないようにしていた。それこそ少しだけの期待。だが、心の奥底では別だったのかもしれない。
 先送りとは、蓋を開けないこと。玉手箱の蓋と同じで、開けるまでがお楽しみ。そのお楽しみ期間が短すぎると、待つ楽しさがなくなる。しかし、賞味期限があるわけではないが、あまり放置していると、もう興味をなくしてしまうときもある。万感を満たして……というタイミングが難しい。早すぎても駄目だし、遅すぎても駄目。
 どちらにしても蓋を開けると、それで終わる。
 立花はそれを終えたあと、すぐに白羽を別の方向へ向けた。つまり次の楽しみだろう。それはいくらか候補がある。ただし、楽しめるかどうかの保証はないが、それらしい雰囲気はある。その標的がいくつかあり、次はどれを狙うかだ。
 楽しみが終われば、次の楽しみへと向かう。祭りの最中でも、次の祭りのことをもう考え出すようなもの。
 そして、次のターゲットだが、それには方向性がある。目的を果たしたとき、ある程度その方角が修正されたりする。蓋を開けたあと、狙っていたのは、これに間違いはないのだが、少し違う。その違和感が、次の方針になる。
「次の目的ねえ」
「いや、大したことないよ。ただの楽しみ、娯楽だから」
「いや、それが実は大事なんだ。むしろサブじゃなくメインかもしれないしね」
「ほう」
「仕事に生きがいを感じなければ、そちらへ行くよ。そこには自在さがあるし、自分がメインだ。その上の人はいないし、誰も命じない。自主的なんだ。だから、こちらの方がメインだったりする。自分らしく生きているかどうかのね」
「そうかもしれないなあ。仕事をしていても、次の楽しみのことばかり考えている」
「たとえば旅行好きの人なら、そればかり考えているだろ。仕事は旅行へ行くための資金を稼ぐため、とかね」
「そういうこともあるけど、心理的なこともあるんだ。思っていたものと違っていたり、期待していたものではなかったりとかね。そのあたりのことをいろいろ考えていると、感慨深いものがあって」
「ほう」
「望んでいたものが違うのではないかとか」
「でも楽しいことなんだろ」
「うーんそこが微妙。期待が大きいと、楽しくない。逆に期待していないものが良かったりする。期待していないのに望んでいたど真ん中に来ていたりするとショックだよ」
「じゃ、期待の問題かい」
「だから、期待しないようにしているんだけど、楽しみに取って置いたものほど期待していることになる。これがいけない」
「じゃ、いきなりがいいんだね」
「期待していいかどうかの判断が付かないうちにね」
「まあ、一度良い目に遭うと、期待するよ。それこそ柳の下のドジョウ」
「でも同じドジョウだと、少し物足りない。その上をいかないと」
「まあ、何でもそうだよ。しかし、楽しいことは別かもしれないねえ。贅沢になる」
「その問題もあるけど、方向性というのが何となく見えてくる。こちらの方が楽しかったりする」
「いずれにしても楽しい話なんだから、いいじゃないか」
「そうだね」
 
   了




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2020年07月16日

3813話 形見の品


 後藤田町は今は芝垣三丁目になった。そのため後藤田町というのはもうない。以前は田んぼだったところだが、それは江戸時代。だから最近できたような田んぼが住宅地になった景観とは少し違う。
 後藤という人の田んぼがあったところで、かなり大きな地所だ。そんなものは一人で耕せないので、当然小作人を多く抱えていた。小さな村だが半分ほどは後藤さんの土地。
 芝垣三丁目になったが、この芝垣というのは古い地名ではなく、鉄道の駅ができた場所が芝垣だったので、その辺り一帯を芝垣とした。小さな荘園があったのだろう。芝垣という名で残っているが、土地の人には馴染みのない地名だ。
 一番この辺りで根付いていたのが藤原家と関係する後藤田だが、その名は芝垣三丁目の児童公園と、バス停にその名が残っているだけ。
 後藤さんはその後、没落し、その末裔が今も住んでいるのだが、誰ももう後藤家とは関係しないので興味さえない。
 縄文時代に住んでいた人達と、繋がりがあるようなもの。あったとしても遠すぎて、もう分からない。
 縄文時代に借りたものを、いま返せと言っても、返せないだろう。それ以前にそんなことを今頃請求する人もいない。
 後藤家はそれで、忘れられた家となったのだが、ゆかりの人がまだいる。後藤家の妾の子の系譜で、いい時代の当主の子。
 そのお妾さんの実家の名を、その子は引き継いでいる。名は青沼。何処かで聞いたことのある名字だ。
 妾の末裔が、芝垣三丁目となった旧後藤田の町へやってきた。
 遺産相続に関してだ。
 没落したとはいえ、後藤の分家の分家のような家が後藤本家の位牌などを持っている。
 後藤家の墓も残っており、日露戦争で戦死したこの村出身の陸軍大尉のものに次ぐ大きさだ。しかも古いのが何墓もある。もっと古い先祖代々だろう。
 それらの墓所は寺が引き受けている。後藤家に恩のある寺のため。この寺も後藤家が建てたようなもの。だから義理があるので、墓の管理はしている。
「長く気にしていたのですがね。後藤家には遺産があるのです。私がそれを相続したことになっていますが、正式なものではありません。申告する必要もないような形見類なので」
「はい」青沼は青い顔で頷いた。
「息子に譲ってもいいのですが、いらないという。それで、縁のある人を探した結果、青沼さん、あなたを見付け出したのです」
「はい」
「受け取っていただけますか」
「僕で良ければ」
「あなたしか、もういません」
「しかし、遠すぎるでしょ、血が」
「私だってそうですよ。血なんて繋がっているのかどうか分からないほど薄い分家の分家」
「あ、はい」
「むしろあなたの方が血が濃い」
「そうなんですか、僕も後藤という人と繋がっていると聞いたのは最近です」
「いや、あなたのご先祖は、後藤家から追い出されたと聞きます。生まれて間もない子と一緒に。だから、後藤家に恨みがあるはず」
「そんな、昔のことなど実感はありません」
「そのお詫びです。後藤家を代表して、お受け取り下さい」
 後藤家の末裔は、布に巻かれたものを青沼に手渡した。小さなもので、手の平に乗る程度。
 青沼はそれを受け取り、持ち帰った。
 この形見、今も青沼は持っている。ただし、箪笥の引き出しに入れたまま。
 戻る車内で、開けてみたのだが、つまらないものだったようだ。
 
   了

 



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2020年07月15日

3812話 手強い人


「何もない日が綿々と続いているといいのですがね、たまに用事が入ります。これは目立ちます。スケジュールとして成立しますからね」
「成立?」
「そうです。忘れますから、メモしておかないと。普段のことなら記憶していますから、忘れませんがね。その日だけにある用事とかは、いやですねえ」
「普段と違うことをするのがいやなのですね」
「ああ、良いことでも悪いことでもそうです。どちらもプレッシャーがかかります。これがいやなんです」
「つまり、プレッシャーがいやなのですね。用事ではなく」
「そんなところです。毎日同じようなことをしていると、たまに違うことがしたくなりますがね。それは特別な日になってしまい、そういう日が面倒なのです。善いこと、楽しいことでもね」
「はあ」
「しかし、良いことがあったとか、良い事になるぞ、とかならいいんです」
「それは何ですか」
「動かなくてもいいからです。そういうことを知ったり、聞いたりするだけで」
「つまり、動くのが面倒だと」
「毎日よく動いていますよ。運動や出掛けるのがいやなのではありません。昨日と違う動きをするのが面倒なのです。たまにはいいといいますが、特別な日になります」
「あまり活動的ではないわけですね」
「活動は大いにやってますよ。しかし、それは昨日の続き。いつもやっている動きだからいいのです」
「はあ」
「まあ、個人の心境なので、人それぞれ。また、月に一度とか週に一度ある用事もいやですねえ。毎週だと、すぐに来ますよ。まあ、毎週やっていることならいいのですが、それでも、昨日とは少しだけ違うことをしないといけない。月に一度の方がさらに面倒でして。毎週よりきついです。それが大した用事じゃなくてもね」
「でも、日々変化するでしょ。同じことでも」
「がらりとは変わりませんから、それはいいのです。そして日々の流れの中だと、それはスムーズですから。自転車に乗っていて前方の石を少しだけハンドルを切って避ける程度の変化ですからね」
「それがお答えですか」
「そうです。長い断りの理由になりましたが、あなたのお話、残念ながら呑めません。その理由は先ほどからずっと話していた通りです」
「しかし、私があなたと話すのは、普段にはないことでしょ」
「だから、面倒なので、会いたくなかったのですよ」
「変化は望まないと」
「変化は大いに結構。しかし、それには自然な流れがないと、説得力がありません。いきなりいい話があるから参加しないかと言われましてもね。その気にはなりませんよ。一からその気を起こす必要がありますので、それが面倒」
「いい話なのですがねえ」
「そんなにいい話なら、人に言わないでしょ」
「はいはい」
 
   了



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2020年07月14日

3811話 イメージ


 人はイメージに弱い。具体的なものよりも、このイメージが優先することがある。そして、高い代償を払わないと、そのイメージは得られないことになる。ただ、頭の中にある虚像のようなものは、その中で完結してしまえば安上がりだ。
 イメージがイメージとしてあるのではなく、具体的なものが必要。そうでないと現実的に存在しない。この現実とは、自分だけが見えているのではなく、他の人でも見えているもの。石でもいい。石もイメージだが、そういう面倒な話ではない。
 イメージには高い値が付く。具体性は同じものであっても、イメージの差が出る。
 誰でも知っている名画と、それに近いものを画いた無名の画家とでは違うだろう。具体的にはほとんど変わらない。むしろ、できがいいかもしれない。しかし、有名画家の名がイメージとなり、また、それに纏わる話や、その取り扱われ方などもイメージとなる。絵を見ているのだが、実際にはイメージを見ているようなもの。
 まあ、絵そのものも現実から見ればイメージなのだが、それを具体的にしたのが絵。具体的とは、先ほどもいったように同じものを複数の人も見られることで、これは存在するという意味で現実だ。絵の世界は存在しないが、似たような現実の風景はあるだろう。富士山は絵の中だけにあるのではなく、現実にもある。
 そういったアートの世界だけではなく、生き方そのものも実はイメージに引っ張られたり、あるイメージに沿ったりしている。イメージの範囲は広い。自分自身が誰かの作ったイメージかもしれないし。自分で勝手に作ったイメージかもしれない。
「イメージに辿り着きました」
「ほう」
「これだったんです」
「もっと具体的に」
「具体的にはより満たされているのですが、それに劣るものの方がよかったりするのです。これは何だろうかと思いまして、考えていました」
「余計なことを」
「はい」
「イメージというのはそのものではない」
「そうなんです」
「大きく同意しなくても、誰でも知っていることだ」
「はい」
「具体的なそのものよりもイメージだけのものの方がよかったりする」
「そうなんです。具体性はやや欠けてますが、具体的過ぎると駄目なんです。もう現実ですから」
「現実にならない現実がいい」
「それはどうしてでしょうか」
「生だからだ」
「そうですねえ、あまり生々しくありません」
「現実化されていないが想像はできる。これだな」
「そうなんです」
「まあ、よくある現象だ。今更取り上げるまでもないだろう」
「はい」
「事足りるより、事足りないときの方がよかったりすることもある」
「満ち足りたときのことを想像しているときの方がよかったりしますからね。実際に満ち足りると、もう終わってしまいます」
「まあ、イメージの問題は難しい。それこそいくらでもイメージが湧き、その数だけのイメージ論ができる。それらも全てイメージなのでたちが悪い。そしてイメージだけでは駄目で、具体的なものがあってこそのイメージ。イメージはあとから来る」
「はい、学習しました」
「ほとんど役に立たんがな」
「そうなんですね」
「そこで同意されると淋しい」
「あ、はい」
 
   了



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2020年07月13日

3810話 際々


 趣味趣向というが、その道を究めた人がいる。しかし、道を究めると、行き止まりだ。そのため、趣味としては良くない。先がないため。
 これを打開するため、まだ先がある道を選ぶ。だが、道には果てがある。
 果てがあると趣味としては今一つ興味が薄れる。
 普通に進めば、普通にそういう結果になる。ただ趣向や目指すところを少し変えれば、何とかなるかもしれない。
 その道を究めた人達は何処へ行くのだろう。別の道に行くのだろうか。まだ行ったことのない道とか。
 そのため、よく知られている道ではなく、あまり人が通らないような道を選ぶ人もいる。目指すものはあるのだが、それが微妙で、本来ならそれは物足りなく感じ、先へと進む。あくまでも通過点。
 だが、先があるのだが、それは本道で、これは極めれば終わる。なかなか極められない人なら、一生かかっても足りないほどだが、これは飽きてくる。
 要するに通過点なのだが、そこから別の道を付けていく。こちらの方が興味深い。物足りなさを何とか補うように、色々と工夫する。本来なら先へ進んだ方が簡単なのだが、それはしない。
 世の中には妙なことをやっている人がいる。あまりにも奇妙すぎて、人に言えなかったりする。こだわっている箇所が少し違うのだろう。全体から見れば、それは通過点で、まだ過程で、本格的なものではない。
 つまり、本格派ではない人達が世の中にはいる。数は少ないが、温度は高い。
「本格的にやればおしまいだよ」
「本格的にやりたいです」
「普通はそうなる。しかし、普通のことを普通にやっているだけ。本格的とはそういうことなんだ」
「はあ」
「誰もが本格の罠にはまる。まあ、それが自然だからね。一番リアルだ。しかし、このリアルがいけない。リアルとはあたりまえのことなんだ。そのまんまなんだ。だから行くところまで行けば、あたりまえのものを見るだけのこと。珍しくも何ともない」
「そういう発想が分かりません。捻りすぎなのでは」
「あたりまえのリアルなのが悪いと言っているんじゃないんだ。それに果てがあるから飽きるんだ」
「問題は、飽きですか」
「そうだね。趣味というのは飽きると成立しなくなる。まあ、趣味程度のことなら、困らないがね。楽しみが減る程度。しかし、それほど必要じゃないので、何とかなる」
「何か際どそうな話ですね」
「それなんだ」
「え」
「際どいだけでいいんだ」
「際どいって、その横とか、その境界あたりとか、近くとか、そういうところですね」
「リアルで本格的なものに近いが、そのキワにいるだけで、一線はまだ越えていない。越えてしまうと成立しなくなる。普通になるからね。ごくありふれた本格的でリアルなものにね、だからその際、境目にいるので境地という。」
「はあ」
「そして、そのキワキワなものの方が、趣味性が高いんだ。しかし、際どすぎてもいけない。近付きすぎると、リアルなもの、本格的な普通のものに負ける」
「それって、やはり何かの境地ですね」
「知る人は知る」
「知りませんでした」
 
   了

 

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2020年07月12日

3809話 金太郎飴


「金太郎飴」
「そうです。この路地の奥にあると聞いたのですが」
「金太郎飴。確かにそんな駄菓子がありましたなあ。長飴でしょ。細い笛のような。食べるときに切るのじゃが、その断面に金太郎の顔が画かれていて、切っても切っても顔が出てくる。斜めに切ると歪んだ顔になって可笑しかったです。ありましたなあ、そういうの」
「それです。それを売っている店があると聞いて」
「あなた、いま何時代ですか。今どき金太郎飴を売っているような店などないでしょ。それがモーダンな駄菓子屋なら別ですが、この町内で、子供相手にやっている店に、もうそんなものはありませんよ。確かにこの奥に駄菓子屋はありましたがね。どこの町内にもあったので、ここにあっても当然。しかし、とっくの昔に潰れましたよ」
「はあ」
「それに金太郎飴を今も誰かが作っているとしても、それを売る店は、この町内にはありません」
「やはり噂だけの話だったのですね」
「常識的に考えなさい。それに常識があるのなら、こんな古びた何もない町内まで来て金太郎飴など買う発想は出ないと思いますよ。その考えがおかしい。考えるだけならいいですが、足を伸ばして、ここまで来た。あなた、おかしいじゃないですか」
「金太郎飴は夢の中で何度か出てくるのです」
「あなた、食べたことは、いや、なめたことは」
「ありません。千歳飴ならありますが」
「じゃ、どうして金太郎飴なんです」
「分かりません。何処かで何かで見たのだと思います」
「でも、どうして、この町内にあると」
「聞いたからです」
「何処で、そして誰から」
「それがはっきりとしないのです。何処で誰から聞いたのかが曖昧で」
「あなた、そんな頼りない情報とも言えないような情報だけで、ここまで来られたのですか」
「はい」
「その決断はどうしてできたのですか。私なんて出不精で、用事があっても滅多に出ない」
「決断などしていません。自然と足が向いたのです」
「あなた、お住まいは」
「新崎町です」
「聞いたことがない」
「神明町の隣です」
「神明町は知ってますが、遠いですよ」
「はい」
「まあ、この奥にはもう駄菓子屋もないし、金太郎飴も売ってません。残念ですがね」
 そこへ、もう一人、似たような男が現れた。
「この路地の奥に金太郎薬局があると聞いたのですが」
 金太郎青年は仲間を得た。
「金太郎薬局ですかな。残念ながら、この路地の奥には薬局はありません。表通りにならありますが、金太郎薬局ではありません」
「金太郎薬局で金太郎飴を売っていると聞いたのですが」
 金太郎飴青年は我が意を得た。話の分かるもう一人の青年が現れたためだ。
「このような時代に、そのようなものが、あろうはずはなかろう」
「でも、噂で」
「このような場所に、あろうはずがない」
 金太郎飴青年は、ポケットからオペラグラスを取り出し、路地の奥を覗いた。
「それは何倍」
「十倍」
「じゃ、肉眼と変わらないでしょ」
「目が悪いので」
「あ、そう」
「見えます」
「何が」
「金太郎飴が」
「どれどれ」
 金太郎薬局青年も覗きこんだ。
「ピントが合わない」
「その真ん中のゴマを回せば」
「よし」
「どう」
「看板が見える」
 肉眼で見ても、そういうものが見えるが、文字までは分からなかった。
「金太郎薬局と読める。看板文字の横に金太郎やおかめの顔が画かれている。間違いない」
「駄菓子屋ではなく、薬局だったのですね」
「のど飴だと聞いた」
「咳声喉に」
「浅田飴」
 二人は、路地の奥へと突っ込んだ。
 先ほど長話をしていた永六輔のような老人は、それを見ている。
「止め切れなんだようじゃ。また犠牲者が出る」
 老人は家に戻り、灯明を灯し、線香を焚いた。
 
   了



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2020年07月11日

3808話 大岩様


 領主がコロコロと変わる戦国時代。しかし、その村に住んでいる村人はほとんど変わらなかったりする。
 今回の領主は初めて城持ちとなった新鋭の大名。当然、その領主、その城主にも主君がいる。そうでないと、そこまで出世できない。手柄を立てたため、万石を越える領地を頂けたのだ。
 これまでの因習を取り払い、タブー、聖域とされていたものに踏み込む、この勢力は、今でいえば合理的、機能的だった。
 その影響を城主も受け、村々の統治、差配にも、それを活かした。
 城主の側近の若侍が、とある村の担当となる。若手のバリバリで、勢いがある。
「今度の領主はいい人じゃなあ。年貢も安くなったし、新田の開発や、溜池や、治水に積極的、今までの領主は年貢を絞るだけ。いい領主が来て幸いじゃ」
 等々力村は、それで喜んだ。近くの村も似たような歓迎振りだった。
 さて、その担当の若侍、気負いすぎてか、やや態度がきつい。少し冷たいところがあるが、やっていることは好ましいので、揉めるようなことはなかった。
 ところが、あることで、一寸した意見の違いのようなのが出た。そういうのはどこにでもあることで、小さな問題。
 それは大岩様の問題。
 これは大きな岩だ。様付けにしているのは、神に近いためだろう。非常に長い人の顔に見える岩で、自然にできたもの。イースター島のモアイを想像すればいい。
 この大岩様にかかるお金が多すぎる。よくあるような供え物ならいいのだが、結構高価なものがいる。これは村ができてから執り行われている行事なので、誰も問題にはしなかった。また、寺社とはまったく関係がなく、その分、余計なことをしているように若侍は見た。だが大岩様信仰は特に問題になるような行事でもなく、平和なものだ。しかし、こういう因習がいけないと考えたのだ。
 祭りを中止したり、放置すると、大岩様が動き出すと、老婆が言い出した。この村に根付いている巫女というより、寄生して暮らしている老婆だ。その家系があり、大岩様の番のような仕事で、生計を立てている。
 だから、大岩様がなくなると困る。だが、そんな大きな岩を壊すことは難しいし、そこまで若侍は考えていない。放置でいい。そして、無駄な村財を使わないようにしてくれればいいと。
「邪険にすると大岩様がお怒りになる。この等々力村どころか近在の村々まで破壊しよるぞ。お祭りさえしておれば、ここも近在も平和なまま」
 老婆は、必死で抵抗した。
「バチが当たるぞ。昔からの言い伝えじゃ、これほど確かなことはない。お侍様のお城まで壊れるぞ。それでもいいか」
 老婆はかなり脅したが、若侍には通じない。また同席していた村人も、黙っているだけで、老婆の援護はしなかった。
 城に戻った若侍は、殿様に大岩様の話を笑い話のように報告した。
 それを聞いていた家老が、いやな顔をした。
「どうした爺」
「その大岩様とやら、実は噂に聞く大魔神でござりましょう。放置すると、この城下まで」
 老婆と同じことを、いいだした。
「触らぬ神に祟りなし。今まで通り、お参りを続けさせたほうが賢明でしょう」
「そうなのか、爺」
 それで、大岩様は難なきを得た。一番胸を下ろしたのは老婆だろう。
 その老婆、大岩様を見上げながら、深々と頭を垂れた。そして、一寸お顔を見上げたとき、微笑んでいるようにも見えた。
 錯覚だろう。
 
   了

 

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2020年07月10日

3807話 元気


「天気がよくないですなあ」
「雨ですからね」
「これは何か水を差します」
「調子の良いときに、水を差される感じですか」
「そうです。晴れて欲しいです。あなたもそう思いませんか」
「いや、私は常に天気が悪い」
「あなたの天気?」
「元気がありません」
「それはいけない。しかし、元気ばかりだと疲れて、元気でなくなりますからね。それにそんなに元気でやるようなことも多くはないでしょ」
「そういわれると、嬉しいです。何か元気でないといけなそうな風潮がありましてね」
「いつですか」
「ずっと前でした。忘れました。まあ、私の中ではずっと雨が降っています。なかなか晴れない」
「たまに、気晴らしすればいいのです」
「気晴らしねえ」
「一瞬でも気が晴れれば、すっきりしますよ。それこそ元気になります。本当は事態は何も変わっていなくてもね」
「そういうコツのようなもの、何度かやりましたが、元気がいけない」
「いけませんか」
「元気というものがいけない」
「はあ」
「私は元気にこだわりすぎた。元気でないといけないと思い込んでいたのです」
「それはいけない。元気なんて、そうそう続くものじゃないですからね」
「そうなんです。そこが落とし穴。それに最近気付いて」
「遅いですねえ」
「いえいえ」
「それで、気付いてどうされたのですか」
「元気でないほうがいい」
「それもまた、無理に元気をなくす必要はないでしょ。自然な流れで、元気になったり、ならなかったりする程度でしょ」
「おお、私より、元気に詳しい」
「誰でも知っていることでしょ」
「そうでしたか」
「まあ、元気にもレベルがありましてね。まずまず暮らしているのなら、それも元気のうちです。元気がないとは言い切れない程度」
「普通の状態はどうなんです」
「まあ、元気でしょ。元々のものが元気」
「不元気じゃなければ元気だということですね」
「普通に普段通りやってられれば、これで元気だと言えるのです」
「そのレベル、いいですねえ。私はどうなんでしょう。元気ではありません。ずっと頭の中は雨が降っています」
「どんな」
「ああ、湿気ていて、ジメジメしていて、鬱陶しくて」
「悪くないじゃありませんか」
「そうなんですか」
「一種の風情でしょ」
「そう来ますか」
「また、それが日常ですよ。そんな毎日毎日晴れ晴れしい日々は続きませんよ。たまに晴れる程度」
「私もたまに晴れます」
「そうでしょ、適当に気晴らしをやってるでしょ」
「無茶苦茶寝ます。全て無視して。起きたとき、気持ちがいいです。晴れ晴れします。寝てやったりと」
「してやったりという感じですね」
「そうです」
「元気なときに、長く寝てしまうと、これはもったいないでしょ。不覚を取った感じでしょ。長寝を後悔したりとかね」
「あなたはいいことをいう」
「ものはいいよう。何とでもなりますよ」
「そうなんですね」
 
   了







posted by 川崎ゆきお at 11:37| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする