2018年04月03日

3583話 当を得た話


 狙いすぎるとなかなか命中しない。当てるために狙うのだが、標的を意識しすぎると、これが本当に標的なのか、本当は違うものを狙っているのではないかと、ふとそういう意識まで浮かんでくる。狙った瞬間に射ればそんなことはないが、一瞬だとそれが正しい標的かどうかは分からない。もう少し調べる時間が必要だろう。
 狙いすぎると意識しすぎる。これをプレッシャーと呼んでいるが、意識的にならないと狙えないものは標的としてふさわしくない可能性もある。しかし気楽に射られる目的なら、大した価値はないので、狙いもしないだろう。
「意識しすぎて動けないと」
「そうです。困ったことです」
「最初からそうでしたか」
「いえ、最初はあとのことなど考えていませんので、もっと気楽でした」
「すぐに射ればどうでした」
「的に当たっていたと思います」
「今は」
「怖くて駄目です」
「しかし、当たるでしょ。その標的に」
「はい、当たります。外れないと思いますが、射る気がどんどん失せてきました」
「困りましたねえ。早く射れば良かったのに」
「そうなんです。しかし、少し間が空いたので逆に色々なことが見えてきました。それを射落とすと実はあとで大変なことになることが分かりました」
「それは解決しませんか」
「しますが、面倒なことが色々待っています」
「それで躊躇を」
「はい」
「じゃ、標的を間違えたのでしょ」
「そうなんです。だから間を置いたおかげで、大変なことになることが分かり、あのとき、射なかった方がよかったと思いました」
「じゃ、別の目的に変えるのですか」
「そうです。標的を変えます。標的を間違っていました」
「それで、見付かりましたか」
「何を」
「だから、新しい標的です」
「ありません」
「見付からないと」
「はい、やはりあの標的なのです」
「しかし、射たとしても面倒なことになるわけでしょ」
「だから、動けません」
「別のを探し続けるしかありませんねえ」
「いや、別の標的も確かに無いわけじゃ有りませんが、今一つです。本来の目的を果たせません」
「やはり本来の標的を射たいわけですね」
「あのとき射貫いていれば」
「そうですねえ。今からでも遅くないですよ。あとのことはあとのことして」
「いや、あとのことを考えてしまいますから、鏃を向けられません」
「意識しすぎです」
「はい、考えすぎました」
「じゃ、無の境地で」
「そんな境地は無理です」
「目を瞑っていることです」
「それじゃ当たりません」
「困りましたねえ」
「何か策はありませんか」
「策というのは意識しないとできません」
「他に、何か良い方法を教えて下さい」
「寝起きです」
「はあ」
「寝起きにやりなさい」
「はあ」
「意識がまだしっかりとしていない寝起き、目が覚めた瞬間、さっとやればいけます」
「でも躊躇するはず」
「目が覚めてからすぐです。すぐにやらないと、意識が戻ってきます」
「はあ」
「朝でなくてもよろしい。昼寝のあとでもよろしい。うたた寝のあとでもよろしい。間を空けると寝起きのぼんやりとしたのが消えていきますから」
「なるほど」
「最初の気楽な気持ちに近いはずです」
「やってみます」
 それからしばらくして。
「どうでした」
「やりました。寝起きすぐに」
「おめでとう」
「しかし、別の的を間違って射てました」
「ああ、それは惜しい」
「いえ、意外とこれが正解でした」
「あ、そう」
 
   了



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2018年04月02日

3582話 花見の怪


「花見時ですねえ。桜に関した妖怪はいませんか、妖怪博士」
 担当編集者がいつものように聞く。
「たまには自分で考えろ」
「いやいや、それでは博士の意味がありません」
「よくあるじゃろ」
「はあ、ありますねえ。専門家でも分からないことをたまに書きます」
「君が書くのかね」
「ゴーストライターです」
「それでその専門家の名前で出すのかい」
「いえ、別の名前です」
「じゃ、代筆じゃない。架空の専門家じゃな」
「はい」
「それなら今回は君が書けばよろしい」
「調べれば出てきますから、適当に書いてもいいです。花見時の妖怪なんて、結構いますから」
「じゃ、今日はこれで終わりじゃ」
「しかし、一応調べて下さい」
「調べなくても記憶にあるが、それは妖怪と言えるかどうか」
「それでいいです」
「一般にそれを怪と呼んでおる」
「はい、続けて下さい」
「まだ、調子が出ん」
「もう春ですよ。寒くないので、お元気なはず」
「元気じゃが、眠い」
「はあ」
「春は眠くてな。まあいい。どうせ眠い話になるので」
「はい」
「花見の宴じゃが、里山から少し入り込んだところにある山桜」
「はい」
「眠い」
「まだ、何も語っていませんよ」
「私も眠いが話も眠いので、眠らんようにな」
「はい、慣れていますから」
「桜の下での花見」
「はい」
「終わった」
「だから、何も語っていませんよ。妖怪も出てきません」
「桜の下にいる人達が」
「ああ、そういうことですか」
「人などいない」
「でも花見の宴を」
「それがなあ、酒宴とはまた違う。きっちりとした身なりの人達が正座し、背筋を伸ばしてゴザの上に座っておる」
「何かの儀式ですか」
「いや、お重もあるし、酒もある。だから酒宴」
「それなのに正座」
「そうじゃ」
「近付いてよく見ると、顔は動物」
「はあ」
「鹿じゃ」
「何か花札のような絵ですねえ」
「モミジではなく、桜じゃがな」
「そこは花見の名所ですか」
「里から離れておるので、そうではない」
「はい」
「花見とは関係なく、山に分け入った里人が見たらしい」
「鹿の花見」
「体は人」
「どうして、そんなことをしているのですか」
「分からんが、人なのもしれん」
「でも頭部は鹿なのでしょ」
「人か鹿かはしかと分からん」
「眠い話です」
「鹿はこの辺りでは食べ物じゃった」
「鹿肉ですか」
「昔は干し肉にし、保存食としておったらしい。それと関係しておるのかもしれんのう」
「それだけの話ですか」
「怪というのは、そういったワンインパクトものが多い」
「鹿の花見」
「どうじゃ」
「地味なので駄目です」
「じゃ、君が膨らませればよい」
「はい、そうします」
「しかし、春は眠い」
「はい」
 
   了


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2018年04月01日

3581話 その先へ


 久しぶりに行く場所だが、何度か行くうちに近く感じる。最初はどの辺りまで行ったのか見当が付かないほど遠かったのだが、それを繰り返すことで見知った場所になるのか、距離感も分かりだし、今どの辺りにいるかも分かるし、迷うこともないので、もう注意深く前方を窺うこともなくなる。
 春の陽気に誘われ、田中は自転車で出掛けたのだが、その日は出るつもりはなかった。昼間の用事で外に出たのだが、すぐに戻るはずだが部屋でくすぶっているより、外で過ごす方が気分が良いので、日常コースからすっと離れてみた。これはたまにある。地球の引力圏から抜けるようなものだが、そこまで遠くへは飛ばない。自転車なので。
 その遠くにある町へはこういう日に何度か行っていた。そのため、その道順もよく知っているので、道を変えることもある。しかし、それも何度かやるうちに慣れてしまい、新鮮さが薄れる。それで最近はその町へは行かなくなったのだが、それからかなり経過しているので、忘れているかもしれない。
 そして、いつもの道筋から離脱し、非日常ともいえる外側へと飛び出したのだが、その辺りはまだ見知った建物などが見えている。後ろを振り向き、それらが消えたところでやっと外海に出た気分。だが記憶はすぐに戻り、この先何があるのかはすぐに思い出せた。
 かなり前に一回だけ行ったような場所なら、うろ覚えに近いが、何度も行っているので、前方の風景はあるべきものがある感じ。
 ただ、季節は春。春に行ったことはなかった。秋や冬に多かった。夏も一度行ったが、暑くて何ともならなかった。そして気候の良い春は意外と行っていない。
 初めての体験となるとすれば、背景が春ということだろう。道沿いにある公園に桜が咲いている。公園は知っているが、桜が咲いている状態は知らない。まあ、珍しいものではないので、桜ぐらいあるだろう。
 さらに進むと、大きな公園に出た。芝生が拡がり、樹木も多く茂り、花畑もある。桜も咲いており、芝生では花見をしている人々がいる。本格的にシートを敷き、酒盛りしていたり、子供が走り回っている。この近所の人だろう。観光地ではない。近所にあるちょっとだけ規模の大きな緑地公園だろう。
 田中は当然ここに公園があることは知っており、中にトイレがあるので重宝した。入り口近くの東屋はベンチで将棋を指している人がいる。
 目的の町まで、ここで半分ほど。距離感もしっかり把握できている。やはり何度もうろついた場所では新味がない。花見をやっているのは少し新鮮だが、これも珍しくはない。よくあるようなことが執り行われていることで、不思議なことでも何でもない。
 それで公園内のトイレまで自転車で突っ込み、用を足して公園から出た。
 方角は分かっている。そのため、別の道筋を選び、あの町へと向かった。走っている道は初めて抜ける道路だが、こういうことをすると、ますます詳しくなり、道に詳しくなってしまう。
 もうこの辺りは詳しくなってしまい、食べ尽くした感じ。
 そして目的地の町に入ったのだが、この町に何かがあるわけではない。今まで走ってきた場所も町。目的地の町と町の様子はほぼ同じ。だが目的としているのは町名だ。海老名町という町で、これは町名の表示が違うだけで、周囲の町と風景は同じ。町名が違うだけなのだが、ここに何かがあるわけではない。要するに折り返し地点としての意味しかない。
 不思議とここで折り返すことになっている。田中が決めたコースで毎回そうしている。
 この海老名町の先にも町があるが、帰りが遅くなるので、引き返している。
 引き返す前にその先を見ると、桜。
 花見の名所にもなりそうなほど桜が続いている。春にここまで来たことがないので、分からなかったのだ。
 田中は引き返すのをやめて、桜へ向かい、ペダルを踏んだ。
 そして遅い時間になったが無事戻ってきた。
 あの折り返し地点の町で引き返した方がよかったと、戻ってから思う。
 田中は桜を追いかけ、土手沿いをかなり走った。桜並木が途切れても、さらに走った。そして淋しい場所に出たが、土手は続いている。
 そして土手が途切れるところまで行った。その先に海が見えた。
 これは見てはいけないものを見たように思えた。
 
   了


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2018年03月31日

3580話 龍を宿す


 人の内心は分からない。時田は大人しく従順で腰も低く、愛想もいい。誰に対しても親切なので、良い人なのだ。そのようなことを常に実行し続けられるということは実際には有り得ないし、逆に不自然なので、これは何処かで意識的にやっているのだろう。
 愚弄、馬鹿にされたり、さげすまされたりしても、へいこらしている。これはストレスが溜まるだろう。
 しかし人の内心は分からない。こういう覇気のない人間なのだが、実際には覇気がある。そんなものが何処にあるのかと思うし、表面に出ることはない。覇気があるどころか、覇王なのだ。
 ただ、本当の王ではない。だが常に王になりきっている。ただしこれは内心で、言葉にも態度にも出さない。出せば滑稽だろう。
 だから人から嫌なことをされた場合や、不快な目に遭ったときは「この下郎め」と内心で思っている。「手打ちにしてくれるぞ」とか。
 進化論が果たして合っているのかどうかは分からないが、動植物はそれなりの進化を続けているらしい。時田もそういう妙な進化を遂げた妙な形をした虫や植物のように、変な進化をしたのだろう。
 時田の住む国はこの国ではなく、時田が支配する大帝国。頭の中だけの国なので、いくらでも大きく膨らませる。
 普段はへいこらしているが、その視線は上からのもの。だから、ものすごく相手を見下している。
 ただ、普段は良い人なので、敵も多くはない。どちらかといえばうまく世渡りをしている方だ。角がないためだろう。
「まだ龍を持ち続けておるのですかな」
 夢の中で予言者が語りかける。
「そうです」
「しかし龍を持っていることを悟られてはなりませんぞ」
「はい、隠し続けます」
 これは夢の中の話。龍とは王の中の王のこと。帝王を意味する。時田は夢の中で予言者から龍を宿していると告げられ、それを本気にした。ものすごく鮮明な夢で、現実よりもリアルだった。
 その後、心の中の龍が裏側に常駐し、帝王の態度を取るようになった。ただ、内心だけの話。
 しかし考えてみれば寂しい話だ。
 だが、時田には龍がいるので、へいこらしていてもストレスは溜まらない。
 人の内心は分からない。
 
   了


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2018年03月30日

3579話 巫女在籍の多い神社


 里の山際にある神社は周囲は森で覆われ、何処にでもあるような造りだが、社殿の横に建物がある。神主の家にしては規模が大きすぎる。由緒のある神社かといえばそうでもなさそうで、古いことは古いのだが村の神社ではない。つまり氏子は村人ではないし、氏子そのものもいないようだ。村の神社は別にあるので、やはり何らかの謂われがあるのだろう。
 この神社には神主はいない。村の神社なら不思議ではなく、氏子総代とか、誰かが回り持ちで神主をやっていたりする。
 神主や氏子ははいないが巫女が大勢いる。神社横に建物があり、これがかなり大きいということは先ほど述べた。おみくじ売り場のようなものがあり、アイテム類が売られているが、ほこりをかぶっており、あまり売れていない。
 しかし、向こう横町の煙草屋の看板娘のように巫女が常に常駐している。ここを訪ねた人なら分かるが、行く度に違う巫女がいる。それほど参拝客もいないので、呼び鈴を押さないと売り子の巫女は出てこないが、おみくじを買うのは参拝客ではなく、巫女。
 しかし、よく見ると若いことは若いが、話し出すと小娘ではないことが分かる。
 そしてしばらくして行ってみると、以前いた巫女達はもういなくなっている。一日だけの巫女もいる。巫女を必要とするような行事はこの神社にはないが、神社ではなく巫女が行事なのだ。
 村人は参拝に来ないが、例外もある。
 問題は社殿でではなく、その横にひっそりとはしているものの、かんなびた建物があり、こちらの方が社殿より実は立派。その入り口は先ほど説明したおみくじ売り場。
 実はこのおみくじ、参拝者が巫女から買うのではなく、巫女がおみくじを買うのだ。そのおみくじは非常に高い。そしておみくじを買うことで、巫女になれる。おみくじには文字が書かれている。これは一人一人の巫女が書いたもの。
 祭られている御神体の神は、ムスビノミコト。もうこれで、どういう施設なのかが分かってしまう。
 その起源は戦国時代らしく、ある領主が作ったのがきっかけらしい。この時代の兵士はほとんどが農民、村人なのだ。この時代の要望は江戸時代になると消え、別の要望に切り替わる。跡取り息子がいないとかだ。
 同じようなものとしてお籠もり堂がある。お寺系だが、その神社系もあるのだ。
 
   了


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2018年03月29日

3578話 奥の桜


 私鉄のおもちゃのような一両編成の電車で終点に降りると、そこから既に花見は始まっていた。
 竹下はそこではなく、山寺を抜けたところへ行くことにした。山寺周辺が一番桜が見事で、花見客もここが多い。春休みのためか子供も多くいる。
 そこを抜けたところから山の中に入っていくのだが、人通りの多い山道のようなのが続いている。シーズンでなければただのハイキング道だろう。しかし山際まで宅地のためか、散歩に来る人も多いらしい。険しい山でもなく、高くもないので、ファミリー向けのコースにもなっている。
 奥へ行くほど山らしくなるが、このあたりまでの桜は植えたもの。だから道から外れると桜はない。
 猿がいることでも有名で、枝から枝へと群れで移動している。まるで枝の道、枝に道があるかのように飛び移る枝は決まっているようで、小さな猿も、頑張って飛んでいる。
 餌付けされているため、小道近くにしか猿はいない。そこから離れると食べていくのが大変なため。
 奥へ行くに従い、年寄りが多くなる。意外と若い人よりも足が達者なため、奥まで見に行くのだろう。奥の桜として知る人ぞ知る穴場。
 花見客は少なくなるが、それでも前をゆく人は連なっている。戻ってくる人もいるので、結構賑やかだ。途中に屋台も出ている。奥の桜への入り口あたりに小さな滝があり、そこには掘っ立て小屋のような飲食店もある。海の家のようなもので、その山の家版だろうか。シーズンが終わると片付けるはず。
 滝の前で休憩している人はやはり年寄りが多いが、まだ子供も混ざっている。
 そこを過ぎてからは年寄りばかりになる。奥の桜はこの先にあるのだが、滝で引き返す人が多い。
 竹下はまだ若いが奥の桜という言い方が気になり、ただの好奇心で向かっている。
 観光向けの山道が普通のハイキングコースのように狭くなり、簡単な丸木で作った階段も消え、山道らしくなってきた。
 前を行く人は健脚の年寄りばかりのようだが、それでも下村の方が足は達者。ワーゲン部にいたので、山歩きは得意。それで追い越していくのだが、一人追い越し二人追い越し三人四人と追い越していくうちに、ある共通点を見た。共通していないことが共通点というわけではないが、軽く横顔を見るとより年寄りが多い。さっき追い越した人より、次に追い越した人の方が年がいっている。
 さらに進むと、足下が怪しい老人ばかりになる。
 奥へ行くほど年が増えるのだ。
 そして奥の桜に到着する。桜の古木だが、大きい。周囲には桜はない。奥の桜まで見に行かない人が多いのは、滝のところで桜が終わるためだろう。いずれも植えたものなので、そんなものかもしれない。
 老木の下に集まっているのはかなりの年寄りばかり。暇なのかもしれない。
 竹下が老木に近付いたとき、それら老人達が一斉に振り返った。
 竹下は軽く礼をした。
 老人達は二十人ぐらいはいるだろうか。もうこれ以上老けようがないほど老けた顔。その顔が一斉に竹下を見ながら笑い出した。
 歯のない真っ黒い口。
 ああ、これは人ではないようだと気付き、竹下は逃げた方が良さそうだと決心したとき、老人達は竹下ににじり寄ってきた。歯がないし動きも鈍いので吸血鬼系ではない。
 当てはまるものは、あれだろう。
「ゾンビ」
 
   了


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2018年03月28日

3577話 業界のキッコーマン


 下田は人の集まりを苦手としていた。嫌ってもいた。しかし人出が多いところは好きだ。大勢の人で賑わっているところへはよく出掛ける。ただし、見知った人がいないことが条件。群衆の中の一人は意外と孤独なもの。だから、一人でいるときと変わらないためだろう。
 しかし集まりが苦手、徒党を組んだり組織の一員とかは駄目。スタッフとかはとんでもない話で、何かのスタッフに加わるとかはもってのほか。
 そんな下田なのだが、ある業界のキーマンになっている。キーポイントにおり、扉を開ける鍵を握っている人。
 それはいつも孤立しているため、手垢が付いていない。誰とも親しくはないが、悪くも思われていない。敵もいなければ味方もいない。このポジションにいるのは下田だけ。実力はさほどなく、人を動かす力もないのだが、人と人を繋ぐ役目程度はできる。色に染まっていないため、通りがいい。
「下田さん。あなたがキッコーマンだと分かりました」
「それや醤油でしょ」
「はい。隠語です」
「あなたが業界の鍵を握っているのです」
「握っておりませんよ」
「派閥、仲間、そういうものを作らないあなた、その位置で何を狙っているのですか」
「何も狙っていませんよ」
「それは分かっています。何も狙っていないということは、皆さんもご存じ。だからあなたには気を許すのですが、本当はどうなのです」
「そんな野望はありませんよ」
「あなたは三人では絶対に人と合わない」
「合ってますよ。そんなこと避ける方が難しいじゃないですか」
「しかし、あなたを含めて三人の場合、あなたは死んでいる。いないのと同じ。全く話の中に入ってきません」
「相手が二人だと話しにくくてねえ」
「本当は何を企んでるのですか」
「何も企んでいません」
「これまで何度か異変がありました。業界を揺るがす大きな動きです。そして、いつも下田さん」
「はい」
「下田さんが暗躍しています」
「何もしていませんよ」
「下田さんが橋渡しをしていることは分かっています」
「直接言えないから、伝えてくれと頼まれただけです」
「北原さんと毛利さんを合わせたのもあなたでしょ」
「はい、両方から言われまして。それだけですよ」
「そういう密談をあなたが仕切っていた。これは複数あります。いつもいつも下田さんの影があります」
「私は何もしていませんよ」
「さて、今回」
「はい、何でしょう」
「ちょいとしたクーデターを起こします」
「そんなこと、私に喋っていいのですか」
「あなたは口が堅いというより、自分から話さない。聞かれても面倒なので、話さないでしょ」
「はい、面倒に巻き込まれたくありませんから」
「だから明かせるのです。しかし、このクーデターには奥の院のバックアップが必要なのです」
「長老の田端さんですね」
「そうです。援護はいりません。見て見ぬ振りをしていてくれればいいのです。できますか」
「何を」
「いやいや、そういう風に奥の院に伝えてくれますか」
「簡単です」
「はいはい、それを期待していました。お礼に、いいポジションを約束します」
「いらないです」
「それだ」
「え、何ですか」
「我々の仲間にも入らないという意味でしょ」
「そうです」
「だから、キッコーマンを続けられるのだ」
 
   了


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2018年03月27日

3576話 方向と方法


 目先や方法を少し変えると一瞬だが新鮮な気持ちになる。これは長続きしないが、行き詰まったとき、少しは動ける。動けば事も動く。止まれば事は運ばない。
「目先ですか」
「そうです。これは方向を少しだけ変えてやるのです」
「方法もですか」
「方法とはやり方です。これを変えるのです」
「でも、いつもの慣れ親しんだやり方でないと」
「それで、事が動き出したときは、戻せばいいのです。それにいつものやり方といっても、昔からそうじゃないでしょ」
「はい、しかしそれが最善のやり方になっています」
「だから、戻せばいいのです」
「じゃ、一時だけの変化ですね」
「そうです」
「しかし、ありますかねえ。別の方向とか方法が」
「探せばあるでしょ。以前にやっていた方法でもいいのです」
「それならできますが、あまりやりたくないですね」
「だから変化のための変化でいいのです」
「そうですねえ。あとで戻せばいいんですから」
「そうです。とりあえず前へ進まないといけないわけでしょ」
「はい、止まってしまいました」
「動かせばいいだけのこと」
「そうです」
「目的は動かすこと」
「はい、そうです」
「だから方向とか方法は何でもいいわけですよ。動けば」
「そうですねえ」
 それからしばらくして。
「どうですか。うまくいきましたか」
「はい、行きました。目先を変えました。すると動き出しました」
「どんな目先です」
「いつもの方向ではなく、別の方向を向きました。すると、違う道が現れてきたので、これは何だろうかと好奇心も出ましてね。それで動かすことができました」
「それは良かった。でもしばらく立ちましたが、どうですか」
「はい、まだ長年やっていたものに戻していません」
「じゃ、調子がいいと」
「しかし、その方向、寄り道なのです。新鮮でいいのですが、方向としては本道から外れています」
「枝道だったわけですね」
「それで、目先が変わり新鮮な気持ちになり、やる気も起きましたが、目的地も違ってしまいます」
「じゃ、戻ればいいじゃありませんか」
「それが、その枝道の方が楽しくて」
「じゃ、それを枝じゃなく、幹にすればいいんですよ」
「でもその方向では目的が」
「目的を変えればいいのです」
「それは」
「では、最初からその目的地でしたか」
「変わっていきました」
「そうでしょ。目的なんて、変わるものです」
「どうしてでしょう」
「自分で決めたからです」
「はあ」
「目先は方向です。それを変えたわけです。そして方法ですが、そちらはどうでした。変えましたか」
「方法は同じです。しかし、方向が変わったので、方法も楽になりました」
「方法が楽?」
「はい、無理をしなくてもいい方法でできますから」
「それは良かった」
「ありがとうございました」
「いえいえ、それもまたしばらくすると、色々と問題が出ます。そして止まってしまうでしょう」
「いえ、今のところ、その枝道の先に何があるのかを見てみたいので」
「それはいい。好奇心がある間は進めるでしょう」
「はい、お世話になりました」
 
   了


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2018年03月26日

3575話 桜咲イタ父帰レ


「花見時ですなあ」
「桜は咲いてますか」
「サクラサイタチチカエレです」
「電文ですか」
「そうです」
「父は何処かへ行っていたんでしょうか」
「失踪したんでしょうなあ。家出のようなもの」
「でも居場所は分かっているのでしょ」
「失踪なので、行方は分かりません」
「じゃ、電報を届けられない」
「電文ではそうなるのですが、実際には桜咲いた父帰れです」
「じゃ、電文じゃないとなると何ですか」
「新聞広告です」
「ああ、しかし、父はそれを読むでしょうかねえ」
「さあ、それは分かりませんが」
「それでどうなりました」
「見たようです」
「これだけでも凄い偶然ですよ」
「そうなんです。全部の新聞に出したとしてもね」
「じゃ、父は新聞を隅から隅まで見る機会があったのですね」
「そうでしょう」
「でもいい知らせですねえ」
「知らない人が見ても、何か和みます。悪い話じゃないので」
「それで帰ったのでしょうか」
「帰りました。その父とは私です」
「だから、問題は解決したので、帰ったわけですね」
「はい、問題から逃げていました。それを家族が解決したので、もう安心して戻って来いということです」
「情けない父親ですねえ」
「いや、私がいれば解決しないので、姿を隠したのです」
「なるほど、それなりに事情があったのですね」
「そうです」
「それが、桜咲いた父帰れの中身ですね」
「間違いはありませんでした」
「良かったですねえ」
「家に帰ってみると、庭の桜が咲いていました」
「花見時ですからね」
「私は桜を観賞するために戻ったのではない」
「はあ」
「引っかかりました」
「桜咲いたでしょ」
「それだけです」
「庭の桜が咲いた。それだけのことで、新聞に出すでしょうか」
「出しません」
「だから、問題が解決したと思うでしょ。桜咲いたで」
「嘘じゃありませんが」
「そうなんだが、引っかかった」
「じゃ、問題は解決していなかったのですね。それじゃ安心して帰れないじゃないですか」
「まあ、逃げていても仕方がないので、問題は何とかしましたがね」
「それは良かった」
「やってみれば、簡単でした」
「そりゃ良かった」
 
   了


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2018年03月25日

3574話 神通力


 その地方の国々は巫女が重要な働きをしていた。中には巫女が女王として治めていることもある。
 国といっても規模は小さく、市町村レベルにも達しない地域で、これを一国としていたが、それよりも狭い地域もあり、これは国レベルではなかったが、僻地ではそれが多かった。それは豪族とも言われており、あるまとまった団体で、これが最小単位の勢力。その豪族集団が一つになったのが国。だから村落単位でいえば、村々が集まった群ということだろう。群が国レベルだった。
 そして豪族も、国と対抗するため、周辺豪族と連合の形をとることもあるが、これは対等な連合。物事は話し合いで行われる。国となると王がおり、それに属する豪族は家臣。
 さて巫女だが、それら豪族、つまり村単位で巫女がいる。豪族でも国でも、その扱いは大きく、地位も高く、重臣に近い。いや、それを越えていることもある。
 優れた巫女のいる国や勢力は発展する。巫女とは占いは表向きで、実際には政治を動かしている。そのため、優れた巫女とは政治家なのだ。
 これは政策のダメ押しのようなもので、最終決定は巫女の神託で行うことで、天意となる。ただ、その神意は占う前に決まっている。
 この地方での占いとは丁半博打のようなものではなく、お告げだ。巫女の神通力で神意を得る。だから亀の甲羅のひび割れとか、そういった具体的な証拠はない。偶然に頼らない。
 巫女には見えないものが見え、天の意志が見えるとされているが、その数はもの凄くいる。各村に一人は必ずいる。一国の中にも当然巫女が多くいる。しかし、本当に神通力のある巫女はいない。
 とある村巫女の孫娘がほんとうに神通力があることを知った老巫女は、孫を村巫女にしなかった。
 この地域で求められている巫女は、勝れた政治感覚のある人で、長や王に助言を与えるだけの能力が必要だった。いわば参謀なのだ。
 この物語は、それを秘した娘がやがて新通力があることが分かってしまい、巫女に追われるのだが、その後、この地域の国々の長となる話。
 だが長すぎるので、またの機会に語ることにする。
 
   了
 

posted by 川崎ゆきお at 12:08| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする