2018年08月01日

3702話 幽霊


 年老いたマスターやママが亡くなってからも、まだ営業している喫茶店がある。これは「出る」とされている。お冷やとおしぼりを持ってくるのだが、亡くなったことを知らないとか、忘れていたとかの場合、特に「出た」とは感じない。店の誰かが注文を聞きに来たのかと思うだろう。
 しかし「出る」のは店の人だけではない。客も出る。年寄りの客で、既に亡くなっているのだが、コーヒーを飲みに来る。これも知らなければ分からないだろう。
 これもまた客の例だが、定休日に出る。店は閉まっているのだが、そのときに常連だった客が集っている。中には店の人もいる。いずれもこの世の者ではない。
 シャッターがなく、ガラス張りで中がよく見える店なら、恐ろしいだろう。丸見え。
 定休日でなくても、営業時間が過ぎてから出る店もある。外からも見える店なら、薄暗いところに人がびっしりと、しかもぼんやりと静かに座っている人々が見えるだろう。もう人ではないが。
 喫茶店でそれがあるのなら飲み屋にもあるし、散髪屋や美容院、当然病院や映画館、ションピングモールでもあるだろう。いずれも年寄りで、しかも行きつけの場所に限られる。ほぼ習慣化している。その習慣がなくなってもまだ続いていたりするような話だが、これには目撃者がいないと、出たかどうかは分からない。
 ただ、同席した幽霊同士はどうだろう。幽霊が出たと思う幽霊もいるかもしれない。それが幽霊ではないと思う幽霊もいるし、他の幽霊など見えない幽霊もいるだろう。
 喫茶店などで幽霊同士が会話をする場合、それなりに客としての序列ができているため、そのルールはそのまま残っているはず。ただし、常連客以外の幽霊が出た場合、視線をすべてそちらに当てるかもしれない。現役時代と同じように。
 では飛び込み客、一見客の幽霊は何だろう。習慣化していないのだから、出にくいはず。しかし、喫茶店があると入りたくなる人だったのかもしれない。
 映画館などは往事の客が幽霊として来ているのなら、超満員だろう。しかし、出たくても全盛時代の映画館など潰れて、もうない。
 これは歩道でも、ハイキングコースでもあるはず。
 前を歩いている人がこの世の人であるとは限らず、隣のテーブルにいる客も、本当はもう亡くなっていたりする。
 幽霊というものを入れると、ちょっと変わった風景になる。
 
   了
 
posted by 川崎ゆきお at 11:32| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月31日

3701話 焼き物


「同じようなことをしているのだがね、そっくりそのまま同じようなことをするのは難しい。意外とね」
「師匠のやっておられることはどれも同じように見えますが」
「そう見せるように調整してるだけでね。やっている本人にしてみれば、違っていることがすぐに分かる。だからさっと誤魔化す」
「だからですか。同じように見えるのは」
「誤魔化しきれないで、違うことになっている場合もありますよ」
「いや、それでもどれも毎回同じように見えます。よほど小さな違いなのでしょうねえ」
「そうだね。しかし年々その違いが多く出る。だからもう同じようなものではなくなっているのかもしれませんよ」
「その変化させ気付きません」
「徐々の変化なので、気付かないのでしょう」
「違うものをやってみたいとは思いませんか」
「現にやってますよ」
「気付きません。新しいことが入っているのですか」
「新しいとか古いとかの方向じゃなく、そうなっていくのですよ」
「しかし、全く変化などしていないように見えますが」
「いつの間にか中身は入れ替わっているのですよ」
「古くさいことをずっと古くさい方法でやっているのだとばかり」
「古くさいですか」
「あ、失言です。伝統芸ですからね」
「そんな伝統もありませんよ。だから守る必要もないのですがね」
「つまりやられていることは同じでも心境の変化で、違うように感じられるわけですか」
「私の心境かね」
「そうです」
「さあ、どうでしょうな」
「違うのですか」
「自然とそうなっていくのでしょう。同じことを繰り返そう繰り返そうとは努めていますよ。それでも繰り返しきれない、真似しきれないのでしょうねえ」
「師匠の焼き方は名人というよりほか言い様がありません。焼き具合がすべて同じ。色艶も。これは人間国宝ものですよ」
「だが、たこ焼きだからねえ」
「そうでしたねえ」
「紅ショウガと青ネギは表面からほんのりと赤と青の色が滲み出ていないとだめなのです。それと全部同じ色で焼かない。白いところから焼けて茶色いとこへと至る階調が大事。毎回だから本当は違うのですよ」
「はい」
 
   了

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2018年07月30日

3700話 猛暑日のモサ


「この暑いのにお出かけですか」
「はい」
「暑いのに、じっとしておればよろしいのに」「日課ですので」
「何の」
「日々の」
「日々」
「はい、毎日やることです」
「それでどこへお出かけなのですか」
「はあ」
「行き先が決まっていないのですか」
「はい」
「じゃ、用がないのなら、この暑いのに外に出る必要はないでしょ」
「日課ですので」
「何の日課ですか」
「ちょっとした」
「散歩ですか」
「はい、そのようなものです」
「ところであなたは」
「私のことを知らないと」
「引っ越して間もないもので」
「あ、そう。私はボランティアです」
「はあ」
「猛暑日は不用不急の外出は控えるべきです」
「急ぎの用ではありませんが、日課なので」
「どこへ行かれるのかは知りませんが、お気をつけて」
「はい、ありがとうございます」
「この炎天下、不審者さえ出ていません。暑いので、控えているのでしょ」
 老人は炎天下立ち話をしていたためか、少しよろけた。立ち止まっている方が暑いのだ。
「大丈夫ですか。救急車呼びましょうか」
「大丈夫です」
 老人は元気なところを見せるためか、少し早足で立ち去った。
 ボランティアの男は町内を見回るため歩き出したが、どうも尻のありがスカスカする。軽いのだ。
 ズボンの後ろポケットに入れていた長財布が抜かれたことに気付いたのは、家に戻ってから。
 あのとき、よろけた老人はボランティアに軽く抱き付いた。そのとき腰に手を回したのだろう。
 暑いとき、うろうろするものではない。
 あの老人、猛暑日のモサと言われ、猛暑働きを得意としていた。
 
   了


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2018年07月29日

3699話 夜のもの


 夜な夜な現れる夜のもの。そういうものと遭遇しないため、夜中出掛ける人は少ない。夜逃げでもするのならその時間帯だが、夜中に用事のある人は極めて少なかった。ただ現代では夜でも働いている人はいる。
 夜のものが出るのは暗いため。明るいよりも暗い方がよく、人通りが絶えた夜中が都合がいい職種。これは夜盗だろうか。しかしこれは職とは言えない。履歴書に書けないし、キャリアも誇れない。
 その夜のものとしての夜盗の源九郎は一人働きで、道行く人からものを盗む取る。強盗だ。人家から少し離れたところで仕事をする。叫ばれても、すぐには助けは来ないだろうし、聞こえにくい。しかし、町から離れすぎると、人も来ない。
 夜中、何用があって歩いているのかは様々だが、遅くまで寄り合いがあり、その帰り道、というのもある。しかし、用心のため、一人では戻らないだろう。
 源九郎はその夜も遠くまで見える道の脇で待機していた。暗いが提灯ぐらいは付けているので、それで分かる。月夜なら意外と明るいのだが、逆に提灯なしでは怪しまれる。
 その提灯が近付いて来た。しかし近付いて来るのは提灯だけ。
 これは本当に夜ものが出たのではと思い、源九郎はやり過ごすことにした。
 しかし近付いて来ると正体が分かった。黒っぽい着物で子供ぐらいの背丈しかない小男。
 紋のない提灯を前に突き出しているのだが黒頭巾。腰の刀はない。
 一か八かやってみようと、源九郎は横から飛び出す。
「夜のものか」
 小男が低い声で聞いてくる。聞かなくも分かりそうなものだが。
 源九郎は懐から匕首を取り出し、鞘のまま相手に突きつける。小男なので、簡単に押し倒せるのだが手荒なまねはしたくない。匕首で脅せば済むのならそちらの方が楽。
 小男は丸腰。武家ではなさそうだが、頭巾が気になる。武家がお忍びで町に出たときなど、そんな感じの頭巾を被っている。口と鼻は隠れているが、そこだけ開く。マスクのようなものだ。
 それが気になったので、源九郎はさっと頭巾をひっぱなした。取られないように小男は抵抗したとき提灯が落ちた。それが燃え出すと同時に頭巾が取れた。
 源九郎は後先見ないで、駆けだしていた。
 頭巾で隠されているはずの鼻と口がなかったのだ。
 源九郎は本物の夜のものを見たと勘違いした。
 小男は鼻と口に布を巻いていた。どうも風邪っぽかったらしい。
 この黒ずくめの小男。明るいところで見ると、小さなお坊さんだった。
 夜中人が亡くなったので、枕経をあげに行くところだったようだ。
 
   了

posted by 川崎ゆきお at 10:58| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月28日

3698話 飛び出した猛将


 大きな戦いがあり、その火蓋が切られた。戦場は中央部で始まったため、真っ向勝負となったが、まだ最前線でに数は少なく、全軍入り乱れての戦いではない。
「始まりましたなあ」
 左翼を任されていた武将は前方から騎馬武者が来るのを発見する。
「あれは」
「さあ」
 一騎武者。抜け駆けで突撃してくるかもしれない。手柄目当ての猪武者。
「それにしてはゆっくりです。しかも手勢も連れず」
 いくら猪武者でも供ぐらいは連れている。
 さらに近付いて来た。
「何者でしょう」
「猪武者にしては立派な大鎧。あれは一手の大将」
「それにしては単騎です」
「物見にしてはおかしいですなあ」
 左翼の侍大将は数騎引き連れ、謎の武者へ向かった。
 その武者、きょとんとしている。
「上田清十郎殿ではありませんか」
 敵の重臣だ。一手の大将を任されたり、主力部隊の指揮したこともある侍大将なので、敵も名と顔を知っていた。
「確かにわしは上田清十郎じゃが」
「どうかされましたか。戦闘は中央部ですぞ」
「分かっとる。だから敵の左翼を突くつもりで、ここまで来た」
「わしらに奇襲を掛けるつもりでか」
「そうじゃ。ところが」
「如何なされた」
「誰もついてこん」
「すると大将だけが飛び出したわけですな」
 上田清十郎が兵を率いてやってくるのなら中途半端な小勢ではない。ところが、後方に兵の姿はない。
「おかしい」
「戻られよ」
「そうじゃな」
 上田清十郎は実際の戦いでは、後方にいる。常に大軍の総指揮をとるため、首をなくすと総崩れになるので。
 猛将と言われているが、本人は痩せた小男。本人が強いわけではない。猛烈な攻めを得意とするだけ。
「出直すことにする」
「そうなされ」
「しかし、兵は何故ついてこんのじゃ」
「それは知りません」
「そうじゃな、後ろを見なんだのがいけなかったようじゃ。ついてくるものと思うていたのでな」
「こんなところに飛び出しておられると、討たれますぞ。はよう戻りなされ」
「おぬし、前田殿ではないか」
「おお、よくご存じで、わしのような武将の名をよく覚えておられましたなあ」
「いやいや」
「いずれ戦場でお目に掛かりましょう」
「ここも戦場なのじゃがなあ」
「しかし、指揮官一人ではお相手できません」
「そうか」
「それに単騎の大将をよってたかって討ち取ったとなると、これは手柄にもなりませぬ」
「ああ、なるほど。では、戻るとする」
「ご無事で」
「うむ」
 猛将上田清十郎はとぼとぼと戻っていった。
「何があったのでしょうなあ」
「さあ、あの大将、一人でさっと陣から飛び出すので、誰も気付かなかったのかもしれません」
 そのとき伝令が入った。
 中央部で小競り合いがあっただけで、引き上げることになったらしい。
 勝負がつきそうにないほど双方の力が近いためだ。両軍とも勝算が見えないので、引いたようだ。
 
   了

posted by 川崎ゆきお at 10:53| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月27日

3697話 草団子


 鎌倉幕府が揺らぎだした時代、これまでの秩序も同時にぐらつきだしていた。下克上、戦国時代は、このあたりから既に始まっている。
 山間部にある草加郷。そこの豪族が兵を挙げ、京の都を目指した。草深い村里でもそれなりに都の情報は届く。
 動乱のどさくさで一旗一旗揚げようという感じだ。文字通り旗を揚げた。誰に味方し、どの陣営につくのかも決めないまま。
 草加郷の兵は五百。田畑などもう放置しての出兵。別に誰からも頼まれたわけではない。そういう密使が届くほど都に近くなく、また名も知られていないためもある。
 僅か数百の兵がいつの間にか万を数えるほど増えるというのは、こういった小さな勢力が馳せ参じるためだろう。
 勝ち組に乗っかれば、今よりも良くなる。それだけの話。
 草加郷でお館様と呼ばれている草加庄源。兵を引き連れているのだが、実際には山賊の首領程度の規模。それにそんな立派な館などもない。鎌倉時代なので、守護大名や地頭はいるのだが、それらとは別枠。
 都までの兵糧はない。挙兵の目的、実はそこにあった。一山当てることが目的だが、食べるものがないのだ。山賊には田畑はない。しかし、草加郷に棲み着いた彼らには幕府黙認の土地がある。そこが山賊とは違う。
 草加庄源が目を付けたのは、兵糧が尽きるあたりでの戦い。ここで二つの勢力が争っている。どちらかが宮方でどちらかが鎌倉方。そこに参陣すれば、兵糧の心配はなくなる。
 草加軍は、鎌倉方が有利なので、鎌倉方についた方が安全なので、そちら側へついた。しかし、数が多いのか、無理なようだ。鎌倉方にも充分な米はないのだ。凶作が続いていた。
 鎌倉方に加えてもらえないので、草加軍は宮方についた。こちらは草加軍のような連中が多くいた。そして無事食べることができた。このまま宮方の一団と行動を共にすればご飯の心配はない。
 しかし、数が少ないためか、押されに押され、敗走した。
 草加軍はそのために米を積めるだけ荷駄に積み、逃げ出していた。そして徐々に都に近付くと、何処の村にも米はない。先客が持ち去っている。
 米が村にない。戦場にある。そう踏んだ草加軍は都へ接近した。
 京の都を巡っての攻防戦。草加軍はご飯を求めて奔走した。
 しかし、どの軍にも米がない。都へ近付くほど米がない。当然都の中が一番米のない場所。
 要するに草加軍は今日食べるご飯のため、敵味方を無視して陣替えした。
 そして、敵の陣を打ち破っても手柄にならないことが分かった。すぐに奪い返されたりする。手柄のご褒美をもらえるのは戦いが終わってからの話で、動乱が収まってから。それがいつ収まるのかが分からない。ここ一番の大勝負に出るにしても五百の兵では何ともならない。
 最後は都へ肉薄していた赤松勢に加わるが、被害が大きく。五百の兵が減っていく。これでは草加郷に残した家族達に申し訳が立たないと思い、夜逃げした。
 押していた赤松軍が押され出したとき、米を真っ先に奪い、逃げた。
 一旗揚げるにはものすごい犠牲を出さないといけないことを知り、もう戻ることにしたのだ。
 しかし草加軍はこのとき赤松軍や足利軍と一緒にしっかりと戦っておれば、少しは世に出たかもしれない。
 戻り道、具足で武装はしていたが、荷駄が増えている。まるで荷駄の護送隊のように。その道中、商いを覚えた。また行商人の護衛も引き受け、ちょっとした大商団になった。キャラバン隊だ。
 凶作はまだ続き、米は相変わらず手に入りにくいが、鳥や獣の肉なら何とかなった。五百の完全武装の兵で狩りをした。また戦いがあった場所では拾い矢をし、売り物にした。干し肉や干し芋も作り、草団子なども作った。それらを売りながら故郷へ向かった。
 草加郷に戻ってから、この草団子が受けたのか、のちに草加団子として有名になる。
 戦乱はその後も続き、干し肉や草加団子は携帯食料としてそれなりに人気を得たようだ。
 
   了
 
 
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2018年07月26日

3696話 水


 暑いのか喉が渇く。上田は水道の水を飲もうとしたが熱湯が出る。ガス湯沸器がいらない季節。ただ最初だけ。コップ数杯分で、そのあと冷たいとは言えないものの、この時期の水温になる。
 ここに氷を入れればお冷やになるが、逆に喉が渇く。それに冷たいものは避けたい。胃腸が悪いわけではないが、暑いのではなく、喉が渇いているだけなので喉が潤えばそれで充分。水なのでそれ以上飲みたいと思わない。味気ないため多くは飲まない。これもまたいいことだ。
 熱湯は二段階で来るようで、水道管の都合だろう。日の当たっているところが二カ所あるはず。そのため、すぐに熱湯は収まるが、そのあとまた熱いのが来る。そちらの方が長い。その間に洗い物などをすれば汚れが落ちやすい。また食器だけではなく、衣類も洗えそうだ。熱い湯で洗うと落ちがいいはず。
 そんなことを思いながら上田は生暖かい程度の水が出るまで待ち、コップに水を満たし、さっと飲むのだが、半分も飲めない。薬を飲むとき使う水程度だろうか。これで十分かもしれない。それ以上飲むと生暖かい水だけに気持ちが悪くなる。
 コップに水を足してから仕事場に戻る。仕事中に飲むのは水だけ。それも一口程度でいい。水なら飲み残しても問題はない。それに安い。
「水が一番美味しいと?」
「いや、美味しいとかの次元を越えた飲み物です」
「ほう」
「まずは癖がない。昔の水道水は消毒臭くていけなかったが、最近のはよくなっています。癖がない。味もないが」
「味気ないでしょ」
「だから、水なのです」
「水くさいというやつですね」
「臭くはないですよ」
「それで水ばかり飲んでいると?」
「喉が乾いたときはね」
「いつからですか」
「胃腸を壊したことがありましてねえ。薬の副作用でしょ。胃が荒れました。そのとき一日三度薬を飲んでいたのですが、当然水で飲んでいました。ただの水道水」
「はい」
「まあ、普通に水は飲んでいるでしょ。だから、珍しいことはありませんが、一日三度コップの水を飲んでますとね」
「どうなります」
「薬よりも効くんですよ」
「え」
「調子が悪いときでしてね。だから医者からもらった薬を飲んでいたほど。しかし、飲んだ瞬間効くのです」
「薬はそんなにすぐには効かないでしょ」
「だから、水なのです。水を飲んだ瞬間、楽になるのです」
「ほう」
「それからですよ。もう医者からの薬をやめて、薬抜きで水を飲みました。すると、悪かった体調が徐々に治りました」
「水が効くと分かっていたからですか」
「知りません」
「ほう」
「それからは水が一番だと思うようになりました。ただしガブガブとは飲みませんが」
「なるほど」
「水は冷やしても温めても駄目です」
「生水は身体に悪いと聞きましたが」
「ガブガブ飲むからですよ」
「しかし、安上がりですねえ。水が一番とは」
「いえいえ」
 
   了

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2018年07月25日

3695話 墓穴


「夏がゆくのう」
「はい、ゆきます」
「ゆかぬうちに何とかしたいものだが、どうであろう」
「この暑い盛りに決着を付けると」
「そうじゃ、どうせ暑い。だから暑苦しいことは暑いうちにさっとやってしまうに限る」
「しかし、坂上佐渡を追い落とす方法はありませんが」
「坂上が災いの元。元凶。根こそぎ抜くべし」
「しかし、方法がありません」
「配下に集合を掛けよ」
「はい、まずは作戦からですね」
 屋敷に配下が集まり、その中の一人の家来が呼び出された。倉橋という。
「坂上の動きが怪しい」
 倉橋はしばらく考えている。
「坂上の動きが怪しい」
「どのように」
「なに?」
「どのように怪しいのでしょうか」
「どのようにか」
「はい」
「坂上の動きが怪しい。これで分かるだろ」
「ですから、どのように怪しいのですか」
「怪しいといえば、分かるじゃろ」
「はあ」
「どのように怪しいかを探って参れ。気のきかん奴だなあ」
「あ、はい。早速」
 配下は五人ほど集まっていたのだが、集められただけで解散した。だから会議もなかった。
「帰しましたが、それでよかったのですか」
「うむ。追い出す名分が先。まずは倉橋の働きを待つことにする」
「しかし倉橋は頼りない男ですよ。いいんですか」
「そうか。それは知らなんだが、涼しげな顔立ちで賢そうじゃないか」
「それは見かけです」
 その後、倉橋が報告に来た。
「坂上佐渡殿を探りましたが、怪しい点はありません」
「何を聞いておった」
「はあ」
「坂上の動きが怪しいと言っただろ」
「ど、どのように」
「どのようにもクソもあるか、それを作るのが役目だろ」
「ああ」
「ああじゃない」
「気が付きませんでした。作るのですね。怪しい点を」
「怪しいだけではなく、動かぬ証拠を作れ」
「ど、どのようにして」
「それぐらい自分で考えろ」
「はい、早速怪しい証拠を作ります」
「大きい声で言うな」
「はい」
 数日後、倉橋が涼しげな顔で屋敷を訪れた。
「動かぬ証拠、見付けました」
「そうか」
「謀反です」
「おお。それそれ、それが一番」
「坂上屋敷に私兵が集まっています。これは挙兵です」
「本当か」
「はい」
「訓練ではないのか」
「挙兵です」
「誰を狙っておる」
「あのう」
「はっきり申せ」
「それが」
「わしか」
「左様で」
「それもおぬしが作ったのか」
「はい」
「わしでは駄目だろ」
「はい」
「下手な奴だなあ。それに訓練だと言い張るはず。動かぬ証拠を作れと言っただろ」
「なかなかそうは参りません」
「しかし、私兵が集まっているのは事実じゃな」
「はい」
「おぬしが勝手に言っておるだけではないのじゃな」
「そうです」
「おそらく訓練か、狩りにでも行くのだろう」
「はい、そう思います」
「それを謀反に仕立てるのがおぬしの役目」
「ど、どのようにして」
「それがないから困っておるのじゃ」
「それがしにも思い付きません」
「駄目だなあ」
「はい」
「もういい。帰れ」
「はい」
 そこへ側近が現れた。
「駄目なようですなあ」
「坂上の動きが怪しいとわしが言えば、それなりの動きをしてくれると思ったが、そうはいかん」
「倉橋殿だから良かったのですよ」
「どうして」
「そんな芸当ができる男ではありません」
「それは知らなんだ」
「その方が良かったのです。下手な小細工ではどうせ失敗したでしょう」
「しかし、坂上の動きが最近どうも怪しい。それは事実なんじゃ」
「はいはい」
 坂上佐渡はその後も怪しい動きなどは一切していない。
 坂上を陥れようとしていた桜庭家だが、逆に最近の桜庭家の動きが怪しいという噂が立ちだした。
 これで主家の信任が薄くなり、役職から遠ざけられた。
 所謂墓穴を掘ったという話。
 
   了



posted by 川崎ゆきお at 10:19| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月24日

3694話 夏慰寄年


「夏休みの宿題をやろうとしておるのだが、何かないかね」
「宿題なので、決まったものがあるでしょ」
「それが決まっておらん」
「宿題でしょ」
「そうだ。宿したもの」
「宿命のようなものでしょ」
「そんな大袈裟なものじゃない。学校から出ている夏休みの宿題のようなもの。しなくても死にはせんし、生きてはいける。そのレベルの宿題をやりたいのだが、何かないかね」
「さあ」
「本当にやらなければいけない宿題は結構溜まっているのだがね。やる気がしないし、もはや手遅れかもしれん。今からでも間に合うにしても、そんなことで手間を掛けたくない。もっと単純で分かりやすいことがしたい」
「うちの子が学校からもらってきた夏休みの友をやりますか」
「夏休みの友。おお、それは懐かしいねえ。課題が書かれた宿題帳のようなものだろ」
「そうです。朝顔の観察日記とか」
「それよりも、友というのがいい。宿題を友として夏を過ごす。これだね」
「じゃ、やりますか。朝顔の観察日記」
「それはしないが、友がいい」
「人間の友達じゃありませんよ」
「分かっておる。主婦の友のようなものだろ」
「そうです」
「そういうネタで何かないかね」
「夏、何を友にして過ごすかですね」
「ああ。友達はいないがね。それに代わる友」
「考えておきましょう」
「それが君に与えた宿題だ。よろしくね」
「すぐには思い付きませんよ」
「だから宿題だ」
「あなたもなされては」
「何を」
「だから、何が夏の友にふさわしいかを。御自身のことでしょ」
「いや、一方的に与えられたい」
「じゃ、僕は学校の先生のような」
「何でもいい。与えてくれ。夏休みの宿題を」
「分かりました」
 しばらくして、漢文の本を持ってきた。
「これか」
「はい」
「漢文なんて学校で囓っただけで、その後興味はないよ」
「日本語を漢文に直すのはきついですが、漢詩なら書けますよ」
「漢詩。それは少しレベルが高い」
「いや、単漢字を四つ並べて一句。それを五つか七つ並べればいいのです。
「意味は」
「意味はなくてもいいのです。思い付いた単漢字を綴ればいいのです。順番も適当でいいかと」
「それならできる」
 それからしばらくして。
「できましたか」
「ああ」
「何かお経のようですねえ」
「意味は分からんが、字面の並びで何となく何を言いたいのかが分かるはず」
「極めましたね。コツを」
「まあね」
「静心空海ですか」
「何か、はと、まめ、とかで始める小学校の国語の教科書のようだがね」
「空海についての詩ではないわけですね」
「偶然、その並びになっただけ。これは楽だね。俳句や短歌より簡単だし」
「これはボールペンで書かれたのですね」
「そうだ」
「今度は半紙を二つ折りにして筆で書いて下さい」
「習字だね」
「筆ペンで結構です」
「ほう、いいねえ」
「それを綴じて完成です」
「それが提出用の夏休みの宿題か」
「そうです」
「やってみよう」
 夏の友が完成した。
 何が書かれているのかは本人にも分からないような漢詩だった。しかし、いかようにも読み解きできるため、話題になった。
 それほど売れたわけではないが、電書としてそこそこダウンのロードされたようだ。
 予言集ではないかと、誤解する人も出た。
 年寄りのほんの夏の日の手慰み。
 夏慰寄年。
 
   了


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2018年07月23日

3693話 麻利央沢


「麻利央沢へ行きなさるのか」
「はい」
「この暑いのに」
「はい」
「麻利央沢はこの上流にあるのじゃが、川は流れておらん。押尾山にできた亀裂のようなものでな。右と左に泣き別れ」
「地質学的に、凄いところですね」
「神話では山の取り合いをして両方の麓の村から引っ張り合いをしたので割けたんだ」
「それでどちらの村のものになったのですか」
「西押尾山と、東押尾山。だから半分こした」
「押したのではなく、引いたのですね」
「そうじゃなあ、引尾山の方がふさわしいが、ずっと前から押尾山と名が付いておったので、それを変えるわけにはいかん」
「はい」
「それを見に行きなさるのか」
「麻利央沢は深い渓谷だと聞いたので、見学を」
「それはやめたがいい」
「はあ」
「割けたところが麻利央沢」
「そのようです」
「あそこへは行かん方がいい。病になる」
「はあ」
「水なし沢じゃが、雨が降ると悪い水が出る。今は晴れておるから、水はないが、あそこに入り込むと体に良くない」
「渓谷病ですか」
「そんなのがあるのか」
「はい」
「あそこは通るだけならいいが、しばらくいると、体がおかしくなる」
「悪い菌が多い場所があるようです」
「君の方が詳しいじゃないか。それならなおさら行かぬこと」
「下まで下りません。亀裂を見るだけです」
「見て何とする」
「見たいだけです」
「それだけか」
「はい」
「そんなことで体を壊してはつまらんだろ」
「秘境の一つですから」
「山は神様の住むところ。その押尾山を取り合いして割けたのが麻利央沢。だからそこは神域の懐。神域の体内と同じ。だから誰も行かん」
「面白い伝説ですね」
「まあ、止めては無駄なので、行きなされ、この川を遡ったところに、台形をした押尾山がある。こちらからなら西押尾山じゃな。山頂からは深い崖なので降りられんから、見るなら、そこから見なさい。西押尾山を登らないで、回り込むと、麻利央沢へ直接入れるが、山道はない。そんな沢へ行く用事などないからのう」
「はい、有り難うございました」
「見るだけにしておきなされよ」
「はい」
「婆さんや」
「なんですかいのう」
「また馬鹿が麻利央沢へ行きよる」
「そうですなあ」
「御灯明を灯しなされ」
「はいな」
「それと聖水を麻利央様に」
「はい。成仏されるといいのですがな」
 仏間にマリア像があり、婆さんは拝んだ。しかし男のマリア像。
 何故麻利央沢と名付けられたのかは、敢えて冒険者には言わなかった。
 
   了
 
posted by 川崎ゆきお at 10:28| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする