2018年03月24日

3573話 新しいシステム


「どうも上手くいかん」
「以前の方法に戻したらどうでしょうか。それを望んでいる人達も結構いますから」
「いや、不備があるから、今の方法に変えたんだ。それで上手くいってたんだ。ところ不備が出た。今まで気付かなかったんだ」
「長くやっていると、何かが出るものでしょ」
「リスクというやつだね。しかし、以前の方がリスクは少なかった」
「しかし、以前の方法はもう古いですよ。それでシステムを変えたのですから」
「そのとき、誰も反対しなかったしね」
「そうです。望ましい選択でした。おかげでスムースにやれるようになり、皆さん喜んでいましたよ」
「ところがここに来て、面倒なことになった。以前にはなかったことだ」
「以前も面倒なことは多くありましたよ」
「元に戻すわけにはいかないかね」
「戻せますが」
「じゃ、そうするように働きかけてくれ」
「しかし、今の方が良いですよ」
「良い?」
「はい」
「前のやり方の不満はほぼ解消されました。だから、戻せばまた不満が出ます」
「要するにどのリスクが良いかだね」
「はい、以前のリスクの方がましかもしれません」
「そうだろ」
「はい」
「じゃ、古いのに切り替えてくれ」
「分かりました。そういうことがあろうかと思い、いつでも戻せる状態にしておきましたから」
「そうか、そりゃ良かった」
「しかし、主任も戻されますよ」
「何が」
「ですから、前のやり方に戻すと前の主任でないと」
「それはまずい」
「じゃ、どうします」
「戻さなくてもいい。不備は何とか克服しよう」
「それは無理です。何ともなりません」
「じゃ、我慢しよう」
「はい、それしかありません。または新しいシステムを入れるかです」
「その場合、私はどうなる」
「主任が主導してやられるのなら、主任のままでしょ」
「じゃ、新しいシステムを探してくれ」
「色々候補はあります」
「もう探し出してくれていたのかね」
「そうです。きっとそういうことがあるかと思いまして」
「よく気が付くねえ」
「いえいえ」
「それで、どういうのがあった。今より良くて、不備も出ないタイプが好ましいが、そんなものがあったかね」
「あれば、すぐに報告しています。どれも今よりもさらに良さそうなのですが、不備の出方が分かりません。実際に代えて見ないと」
「予測できるだろう」
「できます」
「じゃ、今よりも良くて、不備が少ないのに決定しよう」
「しかし、莫大な費用が掛かります」
「良いものは高いからねえ」
「そうです。不備も最小限で済むらしいので」
「困ったねえ。高すぎると、通らないだろう」
「何とかならないのかね」
「今のシステムでも、その前のシステムでも、少し我慢すれば問題はないかと」
「じゃ、私は無駄なことをしたのかね」
「無駄ではないでしょ。それで主任になれたのですから。そして僕は副主任になれました」
「怖いのは前の主任だ」
「前川さんですね」
「前川が新しいシステムを導入したがっていることを掴んでいる」
「はい、その気配があります」
「それを阻止せにゃならん」
「取り合いですねえ」
「そうだ。システムなんて、何でもいいんだ」
「分かりました。今よりも不備はきついですが、コストが掛からないシステムを見付けています」
「そうか」
「これで対応できます」
「しかし、折角不備の少ないはずのものを導入したのに、さらに不備の多いのを使うのかね」
「今のシステムも不備が出ているでしょ。どれを使っても同じですよ」
「しかし、高額なシステムなら、それは少ないのだろ」
「同じでしょ」
「じゃ、前のシステムに戻す話は、なしだ。そのコストの掛からないシステムに乗り換える方向でやってくれ」
「はい、分かりました」
 
   了


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2018年03月23日

3572話 三層の町


「町の中に町があるのです」
「ほう」
「その町の中にさらに町が」
「じゃ全部で三つの町ですね」
「そうです」
「町中町でしょ」
「そんなものがあるのですか」
「一番古い町が外側に拡がり、ドーナツ化現象じゃありませんが、古い町を囲むように新しい町ができたようになります。最初の町の周辺には何もなかったのでしょ。だから拡がっただけ。しかし建物は新しい。町の施設も中央部ではなく、周辺にできる」
「じゃ、新しい町の中に古い町が残っているだけですね」
「これを町中町と言います。町の中の町」
「その新しい町の周辺がさらに拡がって、もっと新しいものが建ち並ぶと、三重でしょ」
「拡がりすぎ、面積が広くなりすぎると、別の町になります」
「はい」
「で、その町中町の中の町を見付けたのですか」
「以前行ったときは古い農家がありましたが、今は普通の町になっていました」
「しかし、痕跡が至る所にあるでしょ」
「全部建て替えたのでしょうねえ。道も整備されていましたが、どうしても無理なときは、そのまま残っていました。細くて曲がりくねっていたり、路肩に大きな石などがあったりと」
「それだけですか」
「いえ、その中央部が一番古い家並みだったのですが、それが一番新しくなりまして、その外周の町よりも新しくなっていたのです」
「さらにその外周もあるでしょ」
「その外周よりも新しいのです」
「ほう、じゃあ二層目が一番古いものが残っていると」
「そうなんです。ドーナツ化現象のように沈んでいた中央部に高いビルが建ちました」
「高層マンションとか」
「そうです」
「三層目が一番広いと思うのですが、その周辺はどうなってます」
「もう別の町の境界線で、それ以上拡張できません」
「すると、今一番古いのは第二層目」
「そうです」
「まあ、そのうち層も見えなくなるでしょうねえ」
「今なら、まだはっきりと三層に分かれていることが分かります」
「しかし、一番古い場所が一番新しくなり、三層目も古くなる。この一番外側の領域が一番古くなった場合、町の入り口が一番古くて、中程が次に古く、中央部が一番新しいということになる」
「それもまた古くなりますよ」
「そして、一番古かった中央部に住んでいた人達がいち早く世代交代し、一番若い所帯だったりする」
「有り得ますねえ」
「だから、町の入り口は年寄りばかりになる可能性も。そして中へ行くほど若い人が多くなる」
「ありえますねえ」
「まあ、そういう視点で見ていくと、町も生き物です」
「はい、そうですねえ」
 
   了


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2018年03月22日

3571話 観覧車


 仕事が一段落付いたので、田中は自由な時間を得た。しかし、一段階なので、二段階三段階とあるため、自由な大海原が拡がっているわけではない。浜辺から少し沖に出かかったところで、戻らないといけない。
 二段落目はすぐに待っているのだが、二三日のんびりとしていてもかまわない。これは日数的に多いといえば多い。連休に近いが、中途半端。一日目は寝ているだろし、最後の日は体力温存で、無茶はできない。翌日から二段落目が待っている。
 すると何かできるのは一日だけ。
 その一日、丁度休みの中日が来てしまったが、何をしていいのやら、まだ決まっていない。それに外は曇天。雨でも降れば出掛けても楽しくない場所もある。
 それで田中は二日目も部屋でゴロゴロしていた。出掛ける予定が立たなかったこともあるが、それほど行きたいところもなかった。
 そして翌日の最後の日。空は晴れ、季候も良い時期。これは出掛けないと損だと思い、とりあえず外に出た。しかし、行き先は未定。出るということだけが決まっていた。
 明日から仕事なので、あまり遠くへは行けない。そして疲れることも控えるべきだろう。そうなるとますます行き先が少なくなる。
 行き先も決まらないのに外に出る。これが危険なことを田中は経験上知っていた。地に足が付いていない。何処にでも足は付けられ、踏めるのだが何のために踏んでいるのかの意味がないため、宙を歩いているようなもの。単に道が続いているから進んでいるだけ。その道は駅まで続いている。これは以前にも経験した。
 とりあえず出掛ける場合でも、一応電車に乗るため、駅へ向かう。ここまではできる。目的地は駅。これも以前同じことをやっていた。そのときは適当な駅で降り、適当に散歩し、適当に帰って来るはずだったが、適当には行かなかった。
 そのとき降りた駅に行ってみたくなった。しかし、当時降りた駅は実際には存在しなかった。そして駅周辺の町など、地図にはなかったのだ。
 今回もそれをやってしまう恐れがある。しかし、見知らぬ駅ではなく、今度は以前と同じ駅なので、知っている町になるはず。
 田中は二の足を踏まなかった。二回目なので様子が分かっているし、無事そこから戻って来られたし、その後も何の影響もない。だから安心して繰り返せる。
 その駅は丸太山行きの各駅停車の中程にある駅。駅名は円加。しかし、そんな駅はない。
 前回と同じように丸太山行きに乗り、郊外へ郊外へと向かう途中で、居眠りを始めた。駅に到着したときのアナウンスで目が覚め、降りたところが円加駅。今回も眠ることにした。
 しかし、なかなかウトウトならない。昨日部屋で一日ゴロゴロしているとき、昼寝もしていたのだろう。それに今朝は遅い目に起きてきた。もう十分睡眠は足りている。だから前回と同じように居眠りができない。
 終点の丸太山には遊園地があり、閉鎖の噂がある。
 観覧車が見えてきたが回っていない。
 目的地はここではない。しかし終点なので降りた。折り返し運転ではなく、車庫に入るらしい。田中が降りると、箱は無人になった。
 終点なので、線路はそこで終わっている。もし仮にブレーキでも壊れて、止まらなくなった場合を予測してか、ぶつかっても多少はやわらぐ程度の仕掛けがある。それを見ながら改札へ向かっていたが、その横の少し離れたところにも改札がある。臨時改札だろうか。
 田中はそちらから降りることにした。しかし自動改札だと思っていたが、そうではなく、駅員もいない。だから改札ではないのだ。
 そこを抜けると駅舎の横に出る。そしてその先に電車が止まっているのが見えた。
「これはやったかもしれない」と田中は電車に近付いた。だがホームがない。
「そうか」
 田中はすぐに気付いた。車庫なのだ。
 見付かるといけないと思い、改札のようなものがあった場所へ戻る。腰ほどの高さの木戸が開いていただけ。
 そして、普通の改札から出て、遊園地へと向かう。観覧車はまだ動いていない。客が来ないと動かないのだろう。
 田中はもの凄く高い入園料を払い、観覧車へ向かった。中の乗り物は無料らしい。
 観覧車前に行くと、係員がさっと扉を開けてくれた。
 そして、かなり経ってから音が大きく鳴り出し、動き出した。
 観覧車の箱が一番上に差し掛かったとき、丸太山の麓にあるだけに、結構見晴らしがよく、乗っただけの値打ちがあった。この路線の何処かにあの円加駅があるはずで、それを探したが、当然見付からない。
 観覧車が時々ギシュギシュと妙な音を出した。この鉄骨、古すぎるのではないかと、心配になり、繋ぎ目などを見ると、テープで留めている箇所が何カ所もある。まさかそれで補強しているわけではないだろうと思うものの、怖くなってきた。
 高い場所なので、風があるのだろう。少し揺れる。それとギシュギシュという度に、箱がガクンガクンとなる。そういう仕掛けの乗り物ではないはずなので、古いためだろう。
 やがて箱は下に降りてきた。係員がドアを開ける。すぐに降りないと、また上までいってしまう。あれから誰かが乗ったのだろう。
 それで、無事に戻って来ることができたのだが、あの丸太山遊園地、閉鎖される噂があるが、もう既に閉鎖されていたと、あとで知ったら、怖い話しになるだろう。
 そんなことはなく、田中は休みを終え、翌日から第二段階の仕事を始めた。
 
   了
 

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2018年03月21日

3570話 漫画家志望2


「今晩は今晩は」
「はい」
「遅か時間にすまんとです」
「夜中の二時ですよ」
「まだ起きとられると思いまして」
「まあ、それはいいですが、何か」
「まんぐあの原稿を持って来たとです」
「えっ」
「先生ば、何か画いて持って来いと言いなさったので無理して画いて来ましたばい」
「まあ、いいから玄関先で大きな声じゃ困るから、中に入りなさい」
「おんじゃまします」
「それで、何でした」
「まんぐわの原稿ですばい」
「そんなこと言ったかなあ」
「言いましたばい。まんぐあ家としてやっていける才能があっかどうか、見定めたいと」
「近いことを言ったかもしれませんねえ。まあいいです。見せてください」
「これですばい」
「だから、見せてください」
「見せとるとです」
「これじゃなく、画いたもの」
「これが、画いたものですたい」
「どこに」
「ここ」
「これは、何ですか」
「だから、まんぐわです」
「間違えて持ってきたのですね」
「違うばい」
「そう怒らなくても」
「嫌なことを無理して画いたとです」
「裏向けじゃないのですか」
「表ですばい」
「仕事が溜まっているもので」
「毎晩徹夜ですか」
「そうじゃないですが、忙しいので」
「あのう」
「何ですか」
「感想とか」
「何の」
「わしが画いたまんぐわの才を見て欲しいたい」
「見たからもういいです」
「先生の真似ばして画きました」
「僕はこんな絵でしたか」
「はい」
「模写というのがありましてね。まずは模写から始めるのがいいのです」
「はい、始めました。これがそうです」
「始めたのはよろしいのですが、これじゃ先が随分長いような気がします」
「そげん長か模写ば続けんといかんとですか」
「それよりも、真似て画いて下さい」
「真似ましたけん」
「うん、そうなんですがね」
「もっとしっかりと見てつかわっさい」
「ああ、思ったより繊細なんですね」
「あ、褒められたとですね」
「よく絵が見えないのは鉛筆が薄いためでしょ。それに細すぎます」
「6Hです」
「そりゃ薄くて硬いでしょ。だから、紙が切れていますよ」
「力んだけん、力が入ったとです。力作ばい」
「彫刻家がいいんじゃないですか」
「まんぐわ家になりたか」
「まあ、そういうことです」
「それで、才能は如何なものでしょう」
「これじゃ如何なものか、です」
「褒められたとですか。じゃ、頑張って修行するたい。よろしゅうおたのもうします」
「あ、そう、ちょと忙しいからね。今度は模写じゃなく、いや、これは模写じゃなかったけど、模写のつもりで画くのではなく、今度はオリジナルを画いて持って来て下さい」
「はい、喜んで」
「今夜は」
「泊まるところはあるとです」
「あ、そう、それやいい」
「じゃ、また来るとです」
「遅いからもっと声を落として」
「元気が出ましたばい。じゃ、今夜これでおじゃましますたいの」
「はい」
 
   了



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2018年03月20日

3569話 想像と実際


 想像すれば分かることはそれほど興味はない。分かるまでは興味深い。これは興味の時間が長いためだろう。何年も持つものもある。そして、永久に分からないものも。しかし、まったく分からないことが分かっていると、それもまた対象外になってしまう。分かる楽しみがないためだ。
 そして、想像で分かってしまうことは、もう想像だけで十分で、やる必要がないこともある。これは結末が分かってしまい、そのあとのことも見えてしまうと、これはしなくてもいいことではないかと先読みするからだ。これもただの想像にしか過ぎないのは、実際にやってみると、想像とは違っていることが多いためだろう。
 想像通りになるものと、想像とは違うことになるものがあるとすれば、それも想像しているのだが、違ったものになる方が興味深い。全てのお話しが決まっていないためだ。それは細部程度の違いで、本筋はそのままよりも、本筋そのものが違っている方がやってみる気になる。しないと分からないからだ。
 実行していくうちに分かってくることの方が楽しいかもしれないが、その逆もある。こんなにえらいものだったのかや、苦しいものだったのかと、やってみて初めて分かることもある。
 逆に想像していたより、やってみると、非常にいい場合もある。それがなぜ想像できなかったのかと思うほど。しかし想像内では計り知れない事柄もあるので、これは想像できない。
 つまり興味深いのはやっていくうちに認識が変わることだろう。そのものが変わるのではなく、それに触れた人が。これも想像内かもしれないが、どちらかといえば期待感だろう。凄い世界が待っているのではないかと。
 やっても結果は見えていることでも、その端っこまで行くと、最初に想像で結果を見ていた目と、その果てで見た目とが違っていたりする。これは過程をつぶさに体験したため、見え方が違い、対象は同じでも、捉え方が変わるのだろう。だから、結果は分かっていても、そういった見る側の変化がある。対象ではなく、見る側が変わる。
 想像だけでは事実関係の実態が体に食い込んでこない。ただ、それらは悪い傷を残すこともあり、体験すればいいという話ではなくなる。
 一度ひどい目に遭うと、嫌悪感を覚え、嫌な意識を植え付けてしまうこともある。
 想像でものを言うというのは意外と当たっているのは、体験による色眼鏡がないためだろう。第三者の目に近い。
 しかし当事者にしか分からないとか、体験もないのに語るな、などというのが出てくるが。
 想像でものを言う。これはどこまでいっても想像で、事実を言っているわけではない。
 興味深いのは、ある程度想像していて、その想像とどう食い違うのかを見ることだ。その通りかどうかを見に行くようなもの。
 そして想像とは違っていた場合、そこが最も興味深い箇所となる。
 
   了

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2018年03月19日

3568話 長屋の巫女


 長屋の巫女というのがいる。長屋王の巫女ではなく、長い家の巫女。だから町内の長屋に住んでいる巫女。長屋住まいの巫女。
 妖怪博士は、そんなものがいること自体怪しいと思い、訪ねてみた。
 巫女といっても、もうお婆さんだ。若い頃から巫女をやっているらしい。どういう巫女かと問うと、神社の巫女ではなく、ただの預言者のようなものらしい。ただの預言者、そんなもの、簡単なものではないので、ただ単にできるものではない。それをずっと続けているというのだが、立派なものだ。それなりの需要があるのだろう。しかし、長屋住まいなので、儲かるような職ではないようだ。
 そこにちょっと妖怪博士は神妙さを見た。
「こんなところで何をなさっておられるのですかな」
「巫女をやっておりますの」
「それは噂で聞いておりますが、どんなことを」
「何でもやります」
「占いも」
「さようです」
「手相とか人相は」
「それはいたしませんが、そこに現れている方もおられます」
「では、私はどうかな」
「特に変わったところはありません」
「変わったところがある人もおられるわけですな」
「はい」
「どのような」
「特別な人がおられます」
「良い風に、悪い風に」
「どちらもです」
「私はどうかな」
「特に変わったことはありません」
「預言をされるとか」
「はい」
「長屋の巫女としてその業界では有名とか。私はその方面は疎いので、よく知りませんが」
「預言というほどでもありません」
「何を見て預言とするのですかな」
「何かがいます」
「いる」
「はい」
「何が」
「何かです」
「それが見えるのですかな」
「はい」
「それは大したものじゃ」
「どういたしまして」
「それはどんなものでしょうなあ」
「多くはその人の守り神のようなものでしょう」
「守護霊とかですかな」
「それとは違います。神です」
「神」
「はい、神としか言いようがありません」
「たとえば貧乏神とかも」
「はい、その類いです」
「良い神もあれば、悪い神もおられると」
「そうです」
「それを見て預言を」
「はい、具体的には分かりませんが、方向性は分かります」
「その神に支配されておるとか」
「それはありませんわ」
「じゃ、何でしょう」
「運命でございます」
「ほう」
「人には定めと申しますか、使命があります。それを果たすかどうかは本人次第です。ただ、そんなものをは果たさなくてもよろしいのですよ」
「神秘的ですなあ」
「そうですわねえ」
「私の使命や、宿命は何でしょう」
「見えませんわ」
「見えない?」
「はい」
「そういうときはどうなされるのですかな」
「分かりませんと答えるだけです」
「全てが見えるわけじゃないと」
「そうです。見せないようにしているのでしょう。その神が」
「その場合の神とは人ですか」
「遠い先祖かもしれませんし、大昔の人かもしれませんが、それは人ではありません」
「先祖なら分かりやすいのですがね」
「その先祖の人にも付いていた神でしょう」
「そして神とは人のようなものではないと」
「はい、仏様でもありません」
「困った人じゃ」
「私くしがですか」
「そうです」
「私くしも困っております。しかし、巫女が私の使命ですから、仕方なくやっておりますのよ」
「因果な稼業ですなあ」
「ところで心霊でもなければ神仏でもない何かとは何でしょうなあ。そういうことを考えたことはあるでしょう」
「精だと思います」
「精」
「はい」
「つまり、あなたは人の精気が見えるのですな」
「見えません。感じるだけです」
「それで、私にはそういう精気は感じられないと」
「私には無理なだけかもしれません」
「はい、了解しました。今日はどうも有り難うございました」
「あなたは神秘家ですか」
「あ、はい、その類いです」
「あなたの精が見えれば良かったのですがねえ。残念です」
「じゃ、これで失礼します」
 妖怪博士は、長屋から出たとき、汗をかいていた。長屋の老巫女、久しぶりに手強い相手と遭遇したのだろう。
 たまにこういう整理のつかない人物がいる。もし妖怪博士に長屋の巫女のような神通力があれば、彼女の正体が分かるのだが。
 世の中には謎のまま、得体の知れぬままの人が結構いるようだ。
 
   了

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2018年03月18日

3567話 賢者と愚者


 賢く、知恵もあり、教養も知識も豊かで、知性も高いのだが、世の中、それだけでは何ともならない。いくらいい頭があっても活かす場所がなかったりする。せいぜい今夜のおかずは何を作るかで、その知性を使う程度。
 また豊かな経験も活かすところがなければ、何ともならない。
 岸和田は世の中の人が全部馬鹿に見えるのだが、本人が一番哀れなのかもしれない。
 それを運だと諦めているが、この諦めるということにも一家言あり、運命としてみるか、自分が至らなかったとみるか、その見方だけでも考えるところがある。
 下手に知性があるばかりに悩むことも多く、単純明快な動きができなかったりする。いつも、何かひと含みあり、それが毒のような作用をもたらすためか、調子の良いときでも手放しで喜べない。
 そこで若い頃からの師匠に相談した。そんなものは自分で解決し、自分で何とかするのが知性人。自分の頭で考えることを第一としているのに、相談へ行くのは矛盾しているが、そこは師匠なので、これは行きやすい。
「愚かさに徹しろと教えたのに、守っておらぬようじゃな」
 その言葉が返ってくることは最初から分かっていた。実は、この師匠の教えが嫌いなのだ。
「愚かさに徹しておれば、愚かなことになっても、普通。いつも通りなので、問題はなかろう」
「馬鹿の壁の中で暮らせというのですか」
「愚かさにもランクがある。レベルがある」
「それは初耳でした」
「わしの話をこれまで聞いておらなんだのか、何度も言ったはずじゃぞ」
「あ、はい」
「馬鹿さ加減の上手い下手がある」
「馬鹿は馬鹿でしょ」
「馬鹿正直というのがある」
「それは嫌です」
「君はねえ、どうしてそんな考えなのに、わしの弟子になっておるんじゃ」
「さあ」
「そこは考えたことはないのかね」
「あります」
「じゃ、わしの説教を聞くのが嫌なら来なくてもいいじゃないか」
「いえ」
「何が、いえじゃ」
 実は岸和田にしては馬鹿を見に来ていたのだ。こんな愚かな師匠が世の中にいて、偉そうなことを言っているので、それを冷やかしに来ていたようなものだが、その期間が長いため、今では一番弟子。しかし、師匠の教えが悪いのか、岸和田は鳴かず飛ばず。これは教えを守っていないためだろう。この師匠を反面教師としてこれまでやってきたのだ。つまり反対のことを。
「馬鹿にランクやレベルがあるということはどういうことでしょう。低位の馬鹿と高位の馬鹿がいるのですか」
「世の人は全て馬鹿じゃ、それがましかどうかの問題でのう。賢くなればなるほど馬鹿になる」
「それは師匠が考えたことですか。それとも、何処かに教本でも」
「いや、適当に馬鹿なことを言っておるだけ」
「やはり」
「君は知性が邪魔しておる」
「知性を活かし切れていないわけですか」
「知性を働かせてしまう病のようなもの。だからレベルは低いのじゃよ」
「馬鹿より低いのですか」
「馬鹿正直にできんじゃろ」
「はい」
「賢者の一つ先に愚者がおる。これは隣り合わせ」
「はあ」
「賢者がふと不安がる謎のように見えぬ闇、知性では何とも捕らえられんものがあり、そこに足を踏み入れると落とし穴。愚者の穴がポッカリ空いておる」
「師匠にしては珍しく、難しい比喩ですねえ」
「適当じゃ」
「はい」
「君のように知性がどうの。頭のレベルが高いだの低いだの言っておることが即ち愚者の道」
「はい分かりました」
「分かっておらんくせに。まあ、それが人というもの。今日はここまで」
 岸和田は、この師匠と話しているだけでも気が楽になる。それでたまに教えを請いに行くのだろう。
 
   了


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2018年03月17日

3566話 漫画家志望


「まんぐうわの画き方を教えてくださらんとかね」
「漫画ですか」
「そうです。まんぐうわです」
「そんなジャンルができたのですか」
「まんぐわでもいいです」
「漫画でしょ」
「そげんもん、わしにも画けますかいのう」
「ちょっと聞き取りにくいのですが」
「まんぐわっ家になりたいけん、国から出てきましたばい。まんぐわのいろは
ば教えてつかわっさい」
「画いたものはありますか」
「ありましぇん」
「画いたことは」
「なかばい」
「ではどうして、漫画家になろうと思ったのですか」
「儲けたいからです」
「あ、そう」
「まんぐわはどうやって画くのですか。そこから教えてつかわなっさい」
「広島ですか」
「九州ばい。爺ちゃんは岡山やけん」
「どうしてここへ」
「先生のまんぐわのファンですけん」
「それは有り難いけど」
「よかですか、弟子入りしても」
「それは困るけど」
「じゃ、画き方を教えてつかわっさい」
「あのねえ」
「はい−」
「自分でやりなさい」
「それが分からんとですから、教授のほどを」
「漫画の画き方なんて真似ればいいんですよ。それに画き方の本なんていくら
でも出ているじゃないですか」
「本じゃ、しかとしたことは分からんとです」
「僕だってしかとは教えられませんよ」
「よかです。人から直接習うのがいいと岡山の爺っちゃんが」
「それはいいけど、ペンとか持ったことは」
「Gペンとか、丸ペンでしょ、カブラペン」
「知ってるじゃないですか」
「そんなの近所じゃ売ってません」
「もう文房具屋に置いてないのですか」
「はい」
「じゃ、サインペンやボールペンや鉛筆で絵を画いたことは」
「子供の頃は画いてましたが、下手じゃけん、嫌いになって、ごぶさたですわ
い」
「いやいや、漫画家になろうという人が、画くのが嫌いでは」
「絵は嫌いじゃが、金は好きですたい。嫌いなこっても、銭ばなるんなら、何
でもしますけん」
「あのうねえ」
「なんですかいのう」
「漫画は儲からないですよ」
「金持ちの漫画家がいるじゃなか」
「ほんの一握りですよ」
「じゃ、その握りになりますたい」
「寿司屋じゃないのですから」
「寿司は好きですたい。シャコが」
「じゃ、寿司屋へ見習いに行った方がいいのでは」
「いや、文化人になりたか。作家になりたか。画家でもよか。小説家でもよか
けんよ」
「じゃ、今度、来るときは、鉛筆でもいいから漫画を画いて持ってきてくださ
い」
「その画き方が分からんとですから、来たのですたい」
「だから、適当に画いたものでよろしい」
「そう言われるのなら、画いてみるばい」
「じゃ、今日はこれで」
「はい、しかし」
「どうかしましたか」
「今夜泊まるところが」
「明日は雨かもしれませんねえ」
「あのう」
「一雨ごとに暖かくなるようです」
「あのう、今夜、わし」
「では、また」
「あのう、あのう」
 
   了

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2018年03月16日

3565話 修羅の門


 仙人渓谷に修羅の門がある。そこは修験者の道場のようなものだが、箱庭のような場所で、巨木や巨石、絶壁、滝や洞窟などが集まっている。山寺の奥の院のさらに奥にあるのだが、寺の庭のようなもの。そのため、気楽に入り込める。すぐそこにあるのだから。
 山寺だが創設は古く、とある貴族が供養のために建てたものだが、一族の菩提寺ではない。余程この貴族、悪いことでもしたのか、罪でも犯したのだろう。敵を弔うために建てたようだが、今は由来だけが残っている。建立者の貴族も没落し、建物だけが残り、大きな寺が、その後、ここを引き受けた。オーナーの貴族がいないし檀家もいないし、山中にあるため、そのままでは朽ち果てるだけ。
 大寺が引き受けたのは、研修所的に使うため。修行のためだ。場所として丁度いい。
 そして奥の院の向こう側が行場として使えることが分かり、この宗派の新人は、ここで研修のようなものを受けることになる。当然まだ若い総力の卵達。
 その大寺も時勢に合わなくなったのか、いつの間にか消え、別の宗派の末寺になったが、まあ、支店のようなもの。しかし里が遠すぎて何ともならず、別院と名を改め、年取った高僧達の別荘のようなものした。今で言えば、老人ホームのようなものだ。
 その中の老僧が例の行場に手を加え、色々なものを盛りだした。しかし行場を復活させたわけではなく、箱庭のようなものを作り出したのだ。祠や石仏、磨崖仏、それだけではなく、神々まで祭りだした。ただの庭いじりに近いのだが、本物の滝もあるし、洞窟もあり、巨石も多く、絶壁に飛び出した鬼の腰掛けまである。
 やがて、その別院も火災で燃えてしまった。その後は廃寺になり、今は残っていない。しかし、奥の院裏の渓谷はそのまま。
 修羅の門も、別院時代にできたものだろう。自然を利用したアトラクションのようなもので、門だけがあり、そこを潜ると渓谷から出てしまう。つまり、修験道場への入り口ではなく、出口に向かって門があるのだが、石を積み上げて、ある程度の高さにしたものが二本あるだけ。流石に石柱とまではいかない。そこに修羅の門と書かれている。
 要するにここから先は、別院への戻り道なのだが、その門が修羅の門。娑婆への入り口でもある。
 
   了


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2018年03月15日

3564話 勢力拡大


 下田のやり方は汚い。しかし、それは正攻法だろう。一番合理的な。
 それは周辺、隣接するところとは同盟する。同盟とは助け合うことなのだが、敵に回らない程度の同盟もある。しかし援軍に来てくれる同盟が都合がいいが、こちらも助けに行かないといけない。これは困る。だから、敵に回らない程度の不戦、不可侵同盟を得るのが下田のやり方。
 しかし隣接する全てと同盟するわけではなく、一番弱そうなところとは同盟しない。まずはそこを攻めるのだ。攻めているとき、留守を狙われる恐れはない。味方で囲まれているため。
 そして攻め取れば、それと隣接するところとまた同盟する。そこが弱いところなら、そのまま攻めてもいい。
 そして周囲の中で、一番弱そうなところと同盟関係をやめる。以前より強くなったので、手が出せるようになったので、今ならいける。
 そこを取ると、さらに大きくなり、周辺の殆どを取ってしまえるが、もの凄く大きなところとも接触しているので、こことはしばらくは勝負できない。下田の勝負とは、勝つことが分かっている相手としかしない勝負で、負ける相手とは同盟し続ける。
 大きな勢力に便乗し、おこぼれを貰う。大きな勢力が攻めきれず、途中で引き返したときなど、そこへ攻め込む。敵は既に消耗している。だから簡単に取れる。
 そして取った箇所の周辺とも同盟関係を結ぶ。弱ければ取ってしまう。
 そうしている間にもう一つの大きな勢力とどこかで接触する。当然同盟だ。これで大きな勢力二つと同盟したことになる。
 そして、また同じことをやっているうちに、三つ目の大きな勢力の近くまで来てしまう。その頃になると、最初近くにいた大きな勢力はもう小さな勢力になっている。下田がそれだけ大きくなったためだ。だから勝負すれば勝てる状態。
 この大きな勢力を取ると、下田はもう押しも押されぬ大勢力になる。しかし小さな勢力はもう食べ尽くしたので、大きな勢力しか近くになかったりする。
 残った大きな勢力の中で、一番弱そうなところを次は狙う。
 もう既に一番大きな勢力になっているので、何処でも取れる状態なのだが、それでも慎重に、一番弱いところから順番に片付ける。その方が被害が少ない。
「そんなに上手く行きますかねえ、下田君」
「机上ではそうです」
「問題は同盟の質だよ」
「はあ」
「相手も同じ手を使ってきたらどうするのかね。同盟しているから攻めてこないとは限らないだろ。それにこちらはその手で同盟を破って取りに行っているんだからね。相手もそうするでしょ」
「そこに気付きませんでした」
「分かったらよろしい」
「はい」
 
   了

posted by 川崎ゆきお at 10:42| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする