2018年11月10日

3802話 ある調子


「誰がこんなことをしたのかね」
「あ、僕です」
「余計なことを」
「あ、はい」
「元に戻しなさい」
「分かりました」
 田村は調子が良いときは注意せよという教訓を忘れていた。これは自分で発見した自己管理方法。今日は調子が良すぎて、積極的な仕事をしてしまったようだ。少し方法を変え、よりよくするためにやったことなのだが、裏目に出た。おかげで元に戻すのに時間がかかり、帰りが遅くなった。
 地下鉄を降り、ターミナル駅前の賑やかな場所にいつものようで出たのだが、調子を崩してしまったためもあるし、また遅くなっていたので、そのまま乗り換えて、帰ることにした。
 一人暮らしなので、何処かで夕食を取る必要がある。ほとんどが外食だがコンビニ弁当で済ませることも結構ある。最近はスパゲティーシリーズと称してコンビニにあるう色々なスパに挑戦していた。食べたいわけではないが、何が食べたいのか分からないときは、このシリーズ物を続けることにしている。三タイプほど食べたので、次は四タイプ目。ラーメンとどう違うのか分からないようなスープスパ。それが頭に浮かんだのだが、売り切れているかもしれない。しかし、弁当類ほど売り切れはない。また是が非でも食べたいわけではないので、そのときはそのとき。
 そう思いながら乗り換え駅の改札に入りかけたとき、改札から出て来る岩田と目が合った。古い友達だ。同じ私鉄沿線に住んでいる。一駅違うだけ。仕事先をよく変える。今から仕事に行くのだろうか。もう暗くなっている。
 ターミナル駅は郊外へ戻る客が圧倒的に多い。そこで、ちょっと好奇心を起こしてしまった。
 夜の仕事なのかもしれない。そういった水商売の女性を、この時間よく見かける。
 しかし岩田はそんな関係ではないだろう。バイトか何かに行くところかもしれない。好奇心を起こしたのは何処で働いているかだ。
 目が合ったはずなのに、岩田はそのまま通り過ぎた。
 確かに岩田だ。見間違えるはずがない。
 田村は尾行した。やはり調子が良いのだろう。そういった調子の良いときは調子に乗る。好奇心も湧く。先ほどは乗りすぎて余計な仕事をして、失敗したことをもう忘れている。自分で拵えた教訓などそんなものだ。
 夕方は過ぎてもラッシュ時なので、ターミナル付近の通路は人が多い。かなり距離を詰めないと岩田を見失う。
 地下通路から横に入った。上は映画館などが並んだ建物がある。繁華街へと続く近道なので、そこで曲がる人が多い。
 エスカレータに乗り、地上の賑やかな場所に出るが、このあたりは田村は庭のようなもの、仕事後、よくウロウロしている。
 やがて岩田はレジャービルの横に入り込み、ビルとビルの隙間のような道を進んでいる。しばらく行くと、飲み屋街の裏側に出る。表通りではなく、裏通りの飲み屋街。風俗店などが点在している。そこをさらに抜け、枝道に入る。流石に田村もこの辺りまで入り込んだことはない。だが、場所は分かるし、位置も分かる。高速道路の下を抜けた辺りで、もうターミナル付近とは別の界隈。
 そして岩田は雑居ビルの狭い階段を上がっていく。
 近付きすぎるとまずいが、上がったあと、何処へ入ったのかが分からなくなる。それにもう通行人は少ないので、目立つ。
 田村は二階に上がると、廊下になっており、左右にスナックやバーなどがずらりと並んでいる。
 これでは何処に入ったのかは分からない。
 しかし、看板で分かった。「乱」という看板。バーのようだ。他に「ナオミ」とか「再会」とかがあるが、岩田なら「乱」だろうと直感で分かった。
 そして乱のドアを開けたが客がひと組カウンターの端にいるだけ。岩田はいない。
 そうか、着いたばかりなので、着替えているのかと田村は考え、適当なものを注文して、しばらく待った。
 しかし、岩田は出てこない。
「一人でやってるのですか」
「え、ああ、この店ですか。はい、そうですよ」
 外れたようだ。
 あれは岩田ではなかったのかもしれない。目を合わせたのだから、岩田なら挨拶ぐらいするはず。
 しかし、岩田だとしても、この二階に上がったとき、見失ったので、「乱」ではなかったのかもしれない。それで他の店を全部調べるわけにもいかないので、そこで諦めた。
 夜の仕事ではなく、夜遊びに来たのかもしれない。そう考える方が自然だ。
 やはり調子の良いときは余計なことをしてしまうものだ。
 
   了

 




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2018年11月09日

3801話 屋根部屋


 安っぽい建売住宅の多い一帯に妖怪博士は足を踏み入れた。昔の長屋のように間口は狭く、一応門はあるが、隣の門とくっついている。そしてガレージがあり、これで庭の全てを使い切ったようなもの、あとはお隣との境界線あたりの余地ぐらい。そこにはエアコンが出っ張っていたりして庭とは言えない。
 敷地が狭くても大きな家を望むのか、三階建てが多く、それらが並んでいる姿はまるで鉛筆。確かに一戸建てだが、申し訳程度の間隔。三階の上に三角の屋根があり、そこは四階に相当する所謂屋根部屋。
 その屋根部屋の異変で妖怪博士は呼び出された。依頼主はその家の主だが、もう年を取っており、夫婦で暮らしている。もう多くの部屋を使うようなことがなく、階段の上り下りもキツイので三階までは滅多に上らないし、四階相当の屋根部屋などはさらに登る機会はない。
 一階はキッチンと食卓。二階は和室で、三階は子供部屋。今は誰もいない。
「夜になると上の方から物音が聞こえるのです」
「はいはい」
「やはり駄目ですねえ」
「どうかしましたか」
「いや、開かずの間じゃありませんが、長く入っていないと怖いものが沸くようで」
「三階の子供部屋ですかな」
「そこはまだいいのですが、その上の屋根部屋」
「はい、何かが出るのは決まって屋根部屋ですからな」
「何がいるのか、調べて欲しいのです」
「何もいないと思いますよ。気のせいです」
「しかし、怖い気配が」
「あなた、佐伯さんとはどんな関係なのですか」
 博士は佐伯から事件を頼まれ、解決したことがある。そのとき、ものすごい額の礼金をもらった。その佐伯からの頼みで、屋根部屋の怪で困っているという知り合いの家を見てきてくれと頼まれた。
「佐伯は昔勤めていた会社の部下です」
「ああ、そうですか」
「じゃ、調べて頂きますか」
「はい」
 二階の畳敷きは普通の和室で、夫婦はここで過ごしているようだ。
 妖怪博士は狭い階段を上がり、三階の洋間に出るが、道場でも開けそうな程何もない板の間。カーテンだけが妙に目立つ。
 その上はもっと急な梯子のような階段があり、それが屋根部屋へと続いている。博士は靴下を脱いで滑らないようにゆっくりと上がる。
 下と同じで、屋根部屋には何もない。何も置いていない。傾斜した壁。端の方では頭を打つ。
 明かり窓から覗くと見晴らしがいい。似たような三階建ての家がずらりと見える。しかし四階相当の屋根部屋があるのは、この家だけのようで、そのため、より高いので、より見晴らしがいい。
 二階の和室に降りてきた妖怪博士は入れ直してもらったお茶をすすっている。
「どうでしたか。何かいましたか」
「いたような、いなかったような」
「はいはい、そんな感じのものです」
「それは下まで降りてこないのですかな」
「はい来ません。三階の板の間までです」
「きっと人が暮らしていない、あるいは使っていない部屋が好きなんでしょうなあ」
「しかし、上を取り壊すわけにはいきません」
「まあ、運動のつもりで、毎日三階と四階を見に行きなさい。それで、人が来ることが分かれば、奴はいなくなりますよ」
「はい、そうします」
 その後、怪しい気配は消えたようだ。
 実は佐伯家でも似たようなことがあり、妖怪博士は見事解決した。使っていない先代の書斎で起こる怪異だった。
 開かずの間にしなくても、ずっと開けなければ、同じこと。何かいそうだと思えば何かいるものだ。
 
   了
 


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2018年11月08日

3800話 きつね坂


 きつね坂。その名を聞いただけで、もう何があるのか分かりそうなものだが、ついつい欺されてしまう。分かっていても欺される。分かっているのなら欺されないはずだが、欺されてしまうのは、欺されてみたいという気が少しはあるのかもしれない。欺されるとろくなことにはならない。そのため、敢えて欺されようと思う人などいないのだが。
 柴田がきつね坂に差し掛かったのは、用事があるため。まあ道を行くときは何らかの用事があるものだ。その先に友人が引っ越したというので、行くところ。
 きつね坂というのは地図にはない。坂には名が付くが、この坂は名がない。ムジナだ。のっぺらぼう。だからむじな坂と呼んでもよかったのだが、ここはきつねの方が人気が高い。
 坂に名がない。空席で、何も入っていない。何かが入り込んでいるわけではないが、名前がない。こういう坂にきつねやむじなが入り込みやすいのだろうか。そういうのを入れるのは人なのだが、この坂は定番のきつね坂といつの間にか名を入れるようにになった。それを名付けるという。
 柴田もきつね坂の話は聞いている。この近所に住んでいるので、噂話で出てくる。ただ怪異談ではなく、坂の名が出てくる程度。
 さて、怪異が起こりそうな坂だが、柴田は信じるも信じないもなく、ただの坂としてみている。
 そして坂を上りだした。途中で振り返ったのは、急な坂なので下の景色がよく見えること。小高い場所に立ったようなもの。少し足が引きつるのか、一歩一歩が怠くなっていく。その労の結果を見るためにも振り返り、高さの成果を味わっている。
 そして上りきる。何も起こらない。始終人を化かす坂なら賑やかすぎて仕方がないだろう。噂どころか騒ぎになる。
 きつねが非番なのかもしれない。
 そして柴田は教えられた通り道を行くが、友人のマンションが見えてこない。その前に古びた酒屋があるのだが、それも見えない。また廃業した煙草屋があり、その角を左に曲がるのだが、そんな建物は出てこない。さらに進むと、もう行きすぎているのが分かるので、引き返した。
 そのときやっと柴田はきつね坂のことを思い出した。ああ、やられたなあ。と、このとき苦笑いした。
 要するに坂を間違えたのだ。似たような坂が隣りにある。
 そのズレは僅かなものなので、きつね坂をまた下って、少しだけ西へ入ったところにある坂からまた坂道を上るのは遠回りなので、ズレた分移動した。しかし、一旦方角を失うと頭の中の地図と現実が重ならなくなるためか、結構迷いながら、何とか友人が越してきたマンションへ辿り着くことができた。
 似たような二本の坂。どちらがきつね坂と呼ばれているのかは曖昧。
 きっとどちらもきつね坂なのだろう。
 
   了
 



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2018年11月07日

3799話 熱心


 何かに取り憑かれたように熱中している人がいる。それも特殊な分野で。そのため町内には二人といない。市内で一人いるかどうか分からないほど。都道県規模で数人いるかもしれない。十人もいれば多いほど。全国規模でも百人に満たない。世界規模ではそれなりの人数になるが。
 その特殊分野でも、さらにジャンルがあり、同じ分野でも全く違う。そうなってくると、町内で一人はいうまでもなく、国内でも国際的にも一人しかやっていないこともある。ただ、似たよう人もいるのだが、あるピンポイントだけなら一人いるかどうか。いるだけでもましで、誰もそこには手を出していなかったりする。
 やっていることが特殊なため、需要がない。当然供給者も出にくい。
 長い前置きになったが、山田はそういったことをやっていたのだが、ある日、我に返ったのか、覚めたのか、やめてしまった。何かが落ちたのだ。
「やっと戻って来たねえ山田君」
「はい、無事帰還しました」
「一体何を熱心にやっていたのですか」
「それを説明すると、長くなりますので」
「はいはい、何でもよろしい。普通に戻れたのですから」
「そんなに異常でしたか」
「普通の異常さじゃなかったよ」
「気付きませんでした。自分がどんな状態だったのか、ごく自然に普通にやっているつもりでしたから」
「しかし、もの凄く熱心だったよ。あの熱心さは素晴らしい。だが特殊すぎましたねえ。もう山田君にしか分からない価値観の世界に入っていたようなので」
「はい、心配をおかけしました」
「で、どうやって戻って来れたのですか」
「ある人に祓ってもらいました」
「確かに君は憑き物が憑いたように、異様だった。誰かにそれを祓ってもらったのですか。いや、憑き物というのはたとえで、形容です。そんな悪霊とかバケモノが憑依していたわけじゃないでしょ」
「そうなんですが、僕の症状を見て、友人のお爺さんが、一度会ってみてはと言われた人がいるのです。まあ、紹介されたわけです。その友人のお爺さんは信頼できる人ですし、一応言うことを聞いておこうと思いまして、汚い家に行きました」
「汚い家」
「失言です。古い家です」
「そこに住んでいる人に落としてもらったのですか」
「そうです」
「どのようにして」
「お祓いをしてもらいました」
「やはり何か憑いていたのですね」
「そのときは気付きませんでした。僕が熱中していたのは、ただの熱中です。憑き物だとは夢にも思っていませんから、想像だにしていません。しかし、その古い家の人が、チリハライのようなもので祓いだしたのです。それで、ああ、この人は僕に何かが憑依していると思ったので、僕もそうなのかなあと思った瞬間、何かがスーと、抜け落ち始めました。それはお祓いを受ける前でした」
「じゃ、お祓いを受ける直前に落ちたわけですか」
「そうです。決してあの人のお祓いで落ちたわけではなく」
「ほう」
「それで簡単なお祓いを受けているとき、既にもう落ちていますから、あの熱中していたことがスーと遠くへ去っていました」
「その人、名は」
「友人のお爺さんの話によりますと、妖怪博士と呼ばれているとか」
「山田君」
「はい」
「私にも、その汚い家、いや、古い家を教えてくれないか」
「え、先生も取り憑かれていたのですか」
「うん」
 
   了




posted by 川崎ゆきお at 11:40| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

3798話 古いものを引っ張り出す

「そんな古いものを引っ張り出してどうするつもりかね」
「こちらの方が安定していますので」
「もう終わったものだ」
「だから安定しているのです」
「そんな古いもの、使い物にならん。だから古くなったんだ」
「古くからあるということですよ」
「しかし新しいものに取って代わられた。負けたのだよ。古いものが」
「でも、その新しいものもすぐに取って代わられるでしょ。それに最近、テンポが速いので、あっという間です」
「その都度新しいものに変えればよろしい。それなのに、そんな古いものを引っ張り出してくるなんて、どういうつもりだ」
「不安定なのです」
「だから新しいものに変えればいい」
「しかし、うんと古いものは、ものすごく安定しているのです」
「それは君の好みだろ」
「ちょっと年を取っていますが。その道の達人です」
「時代遅れの達人だ、何ともならん」
「ベテラン中のベテランで右に出るものは他にいません」
「右にも左にも、競争相手がいないだけだろ。そんな古いものなど誰も振り返りはしない」
「そこが穴なんです」
「穴。競馬か」
「大穴です」
「何という年寄りだ」
「博士と呼ばれています」
「そんな年寄り、役に立つのかね。時代遅れで使い物にならんことは目に見えておる」
「妖怪祓いができます」
「そんな方法で解決するような問題じゃない。それは古いんじゃなく、問題が全く違う」
「AIじゃできません。やはり人でないと。それに最近のソフトはバグが多いですし、新機能が加わるごとに買い換えなくてはいけません。さらに競合するソフトも多くありまして、選択だけでも大変です」
「うーん」
「ここはうんとレトロでアナログ的なものを導入する方がよろしいかと」
「そうまでいうのなら、その博士を連れてきなさい。で、名は何というのです」
「妖怪博士」
「聞いたことがない」
 担当者は妖怪博士に依頼したが、見当違いだと言われて断られた。
 この担当者、何か大きな誤解をしているようだ。
 
   了

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2018年11月05日

3797話 ミスマッチ


「寒くなってきましたねえ」
「晩秋ですから」
「秋のお晩でやんすのう」
「故郷は北ですか」
「いや南です。暖かい気候に慣れていますから、寒いのは苦手です」
「この季節寒くならず暖かくなっていくと逆におかしい。異常気象だ」
「地球の温暖化とか」
「いや、氷河期が来るという説もありますよ」
「あ、そう。そっちの方がきついですなあ。さらに寒くなると」
「しかし、冷え込んでいます。私たちも」
「ああ」
「こうして話すことでコミュニケーションがとれ、より親しくなれ、より多くの共有を得ると言いますが、違いますなあ」
「はいはい、それについては同意します。話せば話すほど溝が深まる」
「何でしょうなあ我々は」
「ミスマッチコンビじゃないですか」
「私がものを言うとすぐにあなたは違うことを言う。まるで逆らうように」
「あなたもそうでしょ」
「そんなつもりは微塵もありませんよ。しかしそれじゃ嘘をついていることになる。これじゃコミュニケーションとは言いがたいでしょ。自然じゃない」
「まあ、歩み寄る必要がないからでしょ」
「それではコンビとして成立しない。チームプレイが今ひとつです。一人でやるより二人でやった方が三倍ほどよくなる。二倍じゃなく。しかし我々は一人でやっているときの半分だ。これはマイナス。だから一人でやった方が早いというより、遅くならない」
「二人で足の引っ張り合いをしているからでしょ」
「あなたそんな意地悪をやっているのですか」
「やっていませんが、ついつい」
「能率が倍か三倍、いやそれ以上になるはずなのに、どうしてでしょう」
「言ってもいいですか」
「どうぞ」
「あなた気分を悪くしませんか」
「それは大丈夫、あなたと話しているときはいつも気分が悪いので」
「じゃ、言います。あなたが嫌いなのです」
「分かります。その気持ち。実は私もそうなのです」
「これじゃだめですよね」
「同意します」
「意見が合いますねえ」
「ミスマッチなので、解散しましょう」
「はいはい、喜んで」
 
   了


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2018年11月04日

3796話 ゾンビ記憶


 人に歴史あり。そのため歴史秘話もあるし、歴史から抹殺したこともある。しかし個人の歴史。世間に対して示すのは履歴。これは歴史的出来事ではなく、職歴だろうか。当然学歴が分かりやすい。卒業してからの職業が「がたろう」では分かりにくい。河川埋没物清掃員。まあドブさらいをする人だが、この話は落語「代書屋」で有名。
 自分のことなのに知らない歴史がある。それは実際にあったことで、体験したことなのに。その間の記憶が飛んでいるわけではない。忘れたのか、覚えていないのだ。
 それはうんと幼い子供の頃だろう。物心が付かない頃。当然生まれた頃の記憶などないはず。心はあるが、物心がない。この「もの」というのが興味深い。
「物心が付くか付かない頃」という言い方がある。ぎりぎり大人になってからでも思い出せる。
 人に歴史ありと言うが、本人が体験しているはずなのに知らないこともある。幼少の出来事なら親が話してくれるので、聞いた話を自分の記憶に書き加える。
 この物心が付かない頃の体験が、その人の性格などをかなり決定づけているらしい。これは生まれたときの環境が大きい。しかし、ここで大半の方向性のようなものが決まってしまうのだろう。これは文化もそうだし、言語も。
「記憶にございません」で逃げ切ろうとする人がいる。それを批判するが批判している人も結構やっているのだ。それが社会的なことでなくても。都合の悪いことは忘れるようにできている。
 個人史をたどるのは、何らかの目的がある。それを懐かしんで楽しむとかもあるが、過ぎ去った過去、もうそこへ戻れないだけに、逆に楽しかった時期を思い出したくない場合もある。失ったものになっていると、これは悲しい。
「失った過去が蘇る」などと言うのもある。何をなくしたのか知らないが、大事なものに違いない。当然敢えて蘇らせるのだから役に立つのだろう。
 まだ失ってはいないが、忘れてしまっているような事柄もある。そういうのを、今、蘇らせれば非常に都合がよい場合もある。しかし半ばゾンビ化しているかもしれないが。
 昔々の記憶、個人の歴史でも忘れかけていたことの中に宝物があるかもしれないが、化け物を引っ張り出すこともある。
 
   了 

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2018年11月03日

3795話 余暇の過ごし方


「最近忙しそうですね」
「いろいろと慌ただしくてね」
「それは結構なことで、景気がいいのですね」
「景気も何も、私は仕事をしていませんから。そのため、物価が下がるとありがたいです。景気がよくなります」
「いやいや、物価が下がりすぎると危ないでしょ」
「そうですか。まあ下がった分、余ったお金で何か買ってしまいますから、同じことですがね」
「じゃ、最近どうして忙しいのですか」
「やることがないので、いろいろと埋めネタをこしらえていたのですが、それが増えましてね」
「ほう」
「どれも経済には関係しませんが、やることが増えると必要な品やサービスも増えます。一円も使わない余暇の過ごし方もありますが、それじゃ私自身の景気が下がる。これは気分の問題です。景気は気分と似てますからね。そういう雰囲気になると、そういう気持ちになる」
「では、やることを減らせばゆっくりできるじゃないですか」
「何かをしている方がゆっくりできるのです。ただ単にゆっくりとか、のんびりとか、ぼんやりとかは逆に難しいですよ。まあ人によって違いますが、私は何かをやっているときがいいのです」
「それを増やしすぎたのですね」
「そうです」
「じゃ、減らせばいいことでしょ」
「自然にやめてしまったものはいいのですが、まだやりたいのに、強引にやめるのは何ですかねえ、本意じゃないので、今ひとつです」
「いずれも絶対にしなければいけないことじゃないのでしょ」
「朝、起きたとき顔を洗いますねえ。そして朝ご飯をいただく。これは外せないでしょ。まあ、仕事で忙しかったときは朝は抜きましたがね。それは少しでも寝ていたいからですよ。今じゃ夜更かしをしても、昼寝できますからね」
「絶対に必要なこと以外で抜けるところがあるでしょ。しなくてもいいような」
「基本的なこと以外は、どれもしなくてもいいことですが、それが日課になると、外せないものです」
「そうなんですか」
「余暇というのは、仕事を終えた後とかちょっと時間が空いた状態。しかし一日中余暇じゃ、ちょっとじゃない。初めの頃は暇で暇で仕方がなかった。余るほどあったのですが詰めすぎて今じゃ忙しくて忙しくて仕方ありません」
「しかし、のんきな話です」
「そうですか」
「ところで、お忙しいでしょうが、ちょっとした集まりがありましてね。是非参加してほしいのです」
「あなた、今までの話、聞いてなかったのですか。それにあなた、減らした方がいいとおっしゃった。逆じゃないですか」
「ちょっとしたボランティア活動なのですがね。空いている時間で結構ですから、来てもらえませんか」
「ボランティア」
「はい」
「絶対に行きません。これ以上忙しくなるのはいやです。それに余暇の余暇がありません。もう余暇に余裕がないのです」
「これは社会的にも有意なことですから、ただの暇つぶしとは違います」
「私の余暇の過ごし方は、有意なことはしないことです。どうでもいいようなことだからできるのです」
「そうでしたか。それは残念」
「それに私、ボランティアは大嫌い。一円でもお金がもらえるのなら行きますがね。出しますか」
「出ません」
「じゃ、私も出ません」
 
   了


posted by 川崎ゆきお at 09:52| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年11月02日

3794話 画友


 モダンな家というか、アトリエ。それがメインで住居は従。一人暮らしの画家なので、寝るところがあればいいのだろう。高台にあり、この家だけが目立つ。画家として真っ盛りの頃に建てた。今は石組みにも苔が生え、いい感じになっている。
 盛りの過ぎた画家の家へ盛りなど一度もなかった画家が訪ねてきた。親友だ。
 八方美人だったその高峯という有名画家は、訪ねてきた無名貧乏絵描きには美人は使わない。八方の中に最初から入っていないのだろう。吉原というその親友は既に画家ではない。売れることもなく、名をなすこともなく終わっているが、高峯との親交は続いている。高峯にとっては近い距離にありすぎるので、八方美人の射程外。近すぎるとその気になれないのだろう。八方美人とは誰とでも、ということだが、外面に過ぎない。
「また絵を書こうと思うんだがね」
「またかい」
「ああ、もう趣味でもいいから」
「いやいや、君の場合、最初から趣味だよ」
「そうだったかな」
「君とはスタート時点から違っていた。僕はプロを目指した。絵を書いて稼げる人にね。君はそのへんが曖昧で、絵筆を持つことだけ楽しかったんだろ」
「その話は何度も聞いたよ。ところで高峯、君は絵を書かなくなって久しいが、どうなった」
「何が」
「だから、どうなった」
「何にもなっていないさ。仕事がないので書かないだけさ」
「定期的に個展を開いていたじゃないか。僕は行ったことがないけどね。ここに来れば、君の絵なんていくらでも見られるし、書いているところも見ているから」
「盛りを過ぎたあたりで、もう書くのをやめたんだ。この事は何度も説明しただろ」
「でも絵を書きたいとは思わないかい」
「え」
「だから、絵が書きたくなり、むずむずしないかい」
「しない」
「私はするねえ」
「君は絵筆を持っているだけでも楽しいからだよ」
「しかし、仕事がきつくて、最近書いていなかったんだ。また書こうと思うだけど」
「そんなもの勝手に始めればいいじゃないか」
「君も書かないか」
「僕はもういい。書きたいものは全部書いた。それに儲けたからね。もう仕事などしなくてもいい」
「羨ましいなあ」
「絵はねえ、年をいくら取っても上手くなる。絵の下り坂はないんだよ」
「衰えると思っていたけど」
「それは君が以前に書いた絵と同じようなものを書こうとするからさ」
「そうか」
「ただし、絵柄にもよるがね」
「でも書こうよ。こんな立派なアトリエがあるんだから」
「ああ、いつでも書く用意はできてるけど。面倒くさくてね。だから精神力がいるんだ。君の場合、まだ伸び代がある。どう化けるか分からない。君もそれをまだ期待しているだろ」
「うん、かすかに」
「まだ燃焼不足なんだ。これは伸び代に繋がる」
「しかし高峯、筆を使っていないと、落ちるよ」
「それはない」
「まあ、そういえばそうだねえ」
「そうだろ。何年も休んでいたとしても、いきなり書いても書けるものなんだよ。一度自転車に乗るのを覚えたら、一生忘れないだろ」
「でも、書くときの立ち上がりが遅いので、明日から始めようと、思ったりとか」
「それはあるけどね」
「で、どうなの。やはりもう書く気はないの」
「まあね。君は頑張って楽しめよ」
「出来上がったら、持ってくるよ」
「面倒な奴だなあ」
「じゃ、また来る」
「ああ」
 
   了



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2018年11月01日

3793話 選択の自由


 選択肢が一つよりも複数ある方が豊かなのだが、選択したものが豊かなわけではない。枝の多さが豊かなだけ。
 複数あると、こっちの水は甘いぞ式に比較検討しないといけない。これは手間だろう。一番いいのは選択肢が複数あっても、選ぶのは決まっている場合。これは決心も決断もなく、絶対的なもの。それしかないと最初から考えている。これは動かない。こういう心を果たして豊かな心というのか、思い込みの強い人と見るかは分かりにくい。
 選択で迷っている人から見れば、その手間が掛からない。そして疑わない。あっちの水の方が甘いのではないかと、考えたりしない。迷わない。だからこれは豊かなのかもしれない。
 そのタイプは決断なしでやってしまえる。ご飯を食べるように。
 豊かな選択肢、自由に選んでもかまわない。自由が不自由なように、この自由が曲者で、基準を自分で考えないといけない。
 発想のまずい人は硬い頭。柔軟性のなさ。しかし、あまり考えない方が楽といえば楽。頭というのはできるだけ使いたくない。電気代が掛かるわけではないが。
 しかし、考えているだけ、思っているだけの段階では何でもできる。ただ、実際に動くとなると、スイッチを入れないといけない。そうでないと動かない。考えているだけでは現実は動かないが、実行すると現実が変わる。
 そのため、大きい目の電圧が必要。それが決断。決断するときぐっと盛り上がる。この盛り上がりの勢いがないと動けないためだ。そのままスーとやってしまえるのなら楽な話。茶碗でご飯を食べるように。
 選択の自由さ、豊かさよりも、選択後の方が長い。
 いい選択だったか悪い選択だったのかは徐々に分かってくる。そして選び直せない場合は、それと付き合い続けることになる。当然それを捨ててもう一度選択し直することができたとしても、それでは間違いを認めることになる。これはできれば認めたくない。
 強い決断が必要なのは、大事なことが多い。本物のタワシを買うか、樹脂製のタワシにするかの選択など、大したことではないので、決断力も低くていい。選んだときの理由も忘れていたりする。用途が同じなら、大した差はない。それで不満なら次に買うとき、別のタイプにすればいい。
 しかし人生規模での選択は、そうはいかない。
 自分で決めたことは最後までやり遂げ、やり通す。しかし柔軟で自由度の高い人はすぐに鞍替えできる。柔軟の使い方、自由の使い方は難しい。
 いずれにしても決断のとき、冒険を選ぶか安定を選ぶかが分かれ道。そしてよく分からないもの、曖昧なままで不安定なものを選ぶことが結構ある。そちらの方が展開が読めないだけに刺激があっていいためだろうか。
 決断のとき、何がきっかけで何が背中を押すのかは、もう理屈ではないのだろう。
 しかし、情動がないと、行動できない。
 
   了

 
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