2019年03月19日

3931話 古代王朝


「最近は古きを訪ねています」
「ほう、どのような」
「古代文明まで」
「それはまた古すぎる」
「世界四大文明以外の文明、またはそれ以前のさらに古い時代にあったとされる文明」
「そこまで行きますか」
「しかし、離れすぎているのは重々承知していますが、まあ一種のロマンでしょうなあ」
「今の暮らしとはあまり関係はないでしょ」
「なりませんなあ。しかし何処かで繋がっているかもしれませんしね。その痕跡が残っていたりします。私達の先祖が生きていた時代ですから、繋がっています。ただ、完全に消え去った種族もいるはずですがね。偶然私達の先祖は生き残った」
「そうでないと、今ここにいませんからね」
「何か面白いものがありましたか」
「一等はシュメールですなあ」
「古代メソポタミア文明ですか」
「ここの人達は消えてしまいますが、世界中に散ったともいわれています」
「ほう」
「日本にも来ていたとか」
「そこからが目の上の話ですな」
「目の上のたんこぶ」
「いえ、目の上の眉の話」
「ああ、唾がいる話ですな」
「一寸指で濡らします」
「はい、ご随意に」
「しかし、その話は結構有名ですよ」
「あなたもご存じで」
「この種のことを探ると、必ず出てくる定番中の定番ですよ」
「仰る通り」
「実は実家の近くに古代文明の痕跡があるのですよ」
「ほうどこですか」
「故郷の山ですがね。その入口付近。子供の頃、よく遊んだ裏山のようなものですよ。そこに古代王朝があったとか」
「邪馬台国時代ですか」
「そうでしょうなあ。色々な国が列島のあちらこちらに無数にあった時代だと聞いています」
「それぞれ独立した国家のようなものでしょうなあ」
「まあ、似たような顔付きの人達でしょうから、棲み分けていたのでしょうなあ。それぞれ出身地が違うかもしれませんが」
「異国の人達も」
「さあ、異国という概念があったかどうかは分かりませんよ」
「それで、その古代王朝はどうなりました。調査は」
「眉唾話ですからね。それに痕跡もありませんから、調べようがない」
「でもどうして、そんな王朝があることが分かったのですか」
「古文書ですが、これがそもそも怪しいとされています。ただ、日本語でもなければ漢文でもない」
「読めないじゃありませんか」
「ヘブライ語に近いのですよ」
「くさび形文字とか。記号のような」
「それに照らし合わせて解読されたようです」
「誰かが書いたのでしょ」
「誰でしょうねえ」
「そうです。わざわざ分かりにくい文字で書く必要があったのかどうか、ここが問題です」
「しかし、その王朝が、その言葉を使っていたのかもしれませんよ」
「その可能性が少しあるのです。方言で残っていたりとかね」
「他に具体的な証拠は何もないのでしょ」
「岩です」
「岩」
「その近くにゴロゴロ山とか、そういった岩がゴロゴロしているところがあるのです。その岩に、その文字らしいのが刻まれています。これは今も残っていますよ。こういうのが好きな人が、岩に印をしています」
「それは少し興味深いですねえ」
「シュメール人の末裔が、ここまで来て住んでいたのかもしれません」
「ああ、それは世界中に残っているらしいので、珍しいことじゃないですよ」
「しかしねえ、遠すぎる」
「遠いですなあ」
「そうです。遠い遠い」
 
   了



posted by 川崎ゆきお at 11:35| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月18日

3930話 加賀の村仙人


 前田の仙次郎は霊験があるらしい。何か妙な術でも使うのか、怪しげな薬でも飲むのか、またはそれを飲ますのか、妙な男であることは確か。こんな男が村にいると鼻つまみ者として扱われるのだが、そうはいかない。大庄屋の親戚で、遠縁ではなく、結構近い。その親は副庄屋などをしていたほどで、前田家の者なので、村人は見て見ぬ振りをしていた。触らぬ前田家に祟りなし。
 加賀百万石の前田家の領内にあるが、その前田家ではない。ただ、尾張時代、前田家の下男をしていた家系。そういうのは誇れるようなものではないのだが、前田家がまだ尾張の小さな領地しかなかったころ、戦のときは、この下男も連れて行った。当然戦闘員。やがて織田家が大きくなるに従い、古くからいる郎党なので、武士になり、その後秀吉が天下を取ったあたりで、武士を辞めている。前田家と柴田家の関係を見ていて、嫌になったようだ。
 それで下男時代からの夢だった土地持ちの百姓になった。その頃、前田家では重臣に近い存在になっていたので、その望みは簡単に叶えられた。
 そして前田の姓も頂いた。下男時代からほとんど家族のようなものだったためだろう。
 前田の仙次郎はその末裔になる。
 だから前田の仙次郎は豊かな家で育ったので、妙術などに興味を持ったのだろうか。遊びだ。
 さて、本当に霊験があったのかどうかは疑わしい。本人は仙術と言っている。
 この前田の仙次郎の話は、江戸時代の怪異談にも出てくる。仙術の使い手が加賀にいた程度で、その話によると、村人の前で虎を出し、大いに驚かせたとなっている。
 いずれも村人が仙次郎の言いなりになっていたことは確かで、見えていないのに、見えたことにしたらしい。
 仙次郎が住んでいた怪しげな家屋の裏山に、今でもしろ髭を生やした仙人の石像が立っている。風化し、苔むし、もう何かよく分からなくなったが、こういった奇人がいたことは確かだ。
 まあ、それができるだけの地位があったのだろう。だからただの道楽者だが、一応仙人として祭られている。
 
   了



posted by 川崎ゆきお at 12:02| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月17日

3929話 想像するは我にあり


 妄想は現実化しないことを意識して思い浮かべることだが、そんなことではなく無頓着に、思い付くままの想像もある。しかし、すぐにそれは現実ではあり得ないことだと誰もが悟る。だからそれを妄想だと片付ける。
 現実そのものも想像の寄せ集めのようなものだが、それが的確に機能し、それで動いているのなら、これは現実だろう。本当の現実は別にあったとしても、日常の頭ではそれを見るのは無理。分からないのだから、分かりようがないので、無視していい。
 本当の現実はこれではないと思うのもまた想像。現実とかけ離れすぎていると、妄想。
 もうそういうことも思わなくなったあたりが落ち着きどころだろう。落ち着き場所とはその辺りにあるようだ。
「あることを想像しましてねえ。まあ、想像だけじゃなく、実際にできることなんですが、その実現が私にとって非現実に近い。私の現実から少し離れています。でも行ける距離です」
「はい」
「はい、それで手にしました」
「ほう、実行したのですね」
「そうです。すると、また想像が生まれました。手にしたためか、そこまで行けたので、その向こう側が見えたのです。想像が想像を呼んだのでしょうか。でも実際に手に入れたのですから、それはもう想像ではありません。しかし、新たな想像が増えたのです。これは考えてみればきりがないような気がしました」
「はい」
「そして本来ならもの凄く遠いところなのですが、近くなったので、そこへ行きました。これは段階を踏めば行けるような感じでしょうか」
「それで」
「するとまた、その向こうの景色が見えました」
「想像豊かなのですね」
「そして、またそこまで行ってみました」
「凄い行動力ですねえ」
「想像することで現実が開けていくのです。私の領域が広がるように」
「はい」
「そして、そこから遠くを見ると、非常にいいものがまだあったのです。しかし、よく見ていると、よく見慣れた風景なのです」
「ほう」
「そうなんです。そこは故郷、最初の出発点でした。だからその果ては戻るということだったのです」
「想像の彼方のさらに彼方にあったものが、それを見ていた最初の地点だったわけですね」
「そうなんです」
「それで、どうされました」
「当然、そこへ行きました。といっても振り出しに戻っただけですがね」
「青い鳥現象ですね」
「はい、仰る通り。しかし、そこが私にとっては一番リアルな世界だったのかもしれません。色々な想像をして、遠くまで行きましたが、何か浮き草のように頼りなげで、安定しません。それで、さらにその先へ先へと旅していたようなもの。そして故郷に戻ってきた。でも、出るときの故郷じゃなく、戻ってからの故郷は違っていましたねえ」
「何が」
「だから、同じ故郷なのですが、印象が」
「あ、そう。じゃ、もう旅には出ないと」
「いや、色々と想像し、それに向かうときのわくわく感がいいので、また行きますがね」
「はい、御勝手に」
 
   了




posted by 川崎ゆきお at 11:36| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月16日

3928話 特別な家


 昔あって今はない特別な何かというのがなくなっている。それはあるのだが、もう使えなかったり、機能しなくなっていたりする。
 あまり裕福ではない漆原の家だが、貧しいなりにも暮らしていた。貧困家庭というほどではないが、地味な暮らし、よくいえば庶民的な生活。
 長男がやっと卒業し、働きに出るようになったので、一家は少しは楽になった。あまり良い仕事ではないが、正社員。何とか生きていける。会社が潰れても、再就職すればいい。このあたり、本人の意志で何とでもなるが、給料の良い仕事に就けるかどうかは意志だけでは決まらない。
 そのため、漆原は新卒で入ったその会社で一生いるつもりだった。普通に暮らせればそれでよく、それ以上の望みはない。
 ところが、その会社、零細企業で下請け。親会社が危ないらしい。入社早々、先が暗い。
「君が漆原君かね」
「はい」
 暗雲垂れ込める中、漆原は社長に呼び出された。工場で始終顔は見ているが、直接話したのは面接のときぐらい。
「助けて欲しいんだ」
 漆原を採用したのは特別な理由はない。真面目そうだったため。
 学歴もなく、家も貧しい。こういう子なら、我慢強く勤めてくれると思ったからだろう。それに新卒で、手垢が付いていない。
「君は特別なものを持っている」
 話は、かなりややこしくなる。子会社であるこの会社を救うには親会社が立ち直ってもらわないといけない。下請けが、そんなとき、しゃしゃり出る幕ではないが、死活問題。そこで白羽の矢が立ったのが漆原。
 親会社が苦しいのはライバル会社に押されているため。色々なところに手を打ち、親会社から仕事を奪ってしまったのだ。かなりやり手がいるらしい。名前も分かっている。
「君は特別な人間だ。それを使って欲しい」
 漆原は何のことか分からない。そんな特別なものなど何一つ持っていないのだ。
 話は、この会社の人事課長から来ている。漆原の履歴書を見て、すぐに分かったようだ。その経歴ではない。学校を卒業しただけの経歴なので、それではない。名前だ。
「漆原家の血筋だと聞きましたよ」
「え」
「我が社がピンチなのは、親会社を苦しめている宮原という男です。やり手です。あなたの家臣筋でしょ」
「え」
「それを利用できませんか」
 そんな昔の血縁や主従関係が通じるとは思えないが、社長にとっては、これは藁。つまり藁にでもすがる思い。
 漆原家は公家の血を引く武将。朝廷との縁が深く、官位も高い。親会社を苦しめている宮原が、実はその家臣だった。
 工場で新卒で入った漆原は漆原本家の末裔。父親が死ねば、第何代目かの漆原家当主を継ぐことになる。しかし、そんなことは親は言わない。なので聞いたこともなかった。
 しかし人事課長は、よくそこまで調べてものだが、これは大衆読み物に出て来るらしい。それで漆原の家来に宮原がいたことを思いだした。
 そして宮原を調べると、出身地が漆原家の領地と同じ。
 社長の藁作戦を漆原は断れない。それで、宮原を呼び出すことにしたのだが、漆原本家は文化住宅。長屋なのだ。これは呼び出しにくい。
 それで漆原は宮原の邸宅を訪問した。
 宮原は布袋さんのように嵩高くでっぷりした男で、それだけでも迫力があった。
 漆原の御曹司が来たと聞いて、宮原は驚いた。当然、応接間の上座に漆原を招き、巨漢の宮原は蝦蟇のように頭を下げた。
 宮原はそういう臭いことをしたかったのだろう。
 主従の関係は当然、今はない。しかし宮原は礼を尽くした。
 ただ、漆原が目的とする、親会社への攻撃を止めてくれないかという要求に対しては、丁寧に断った。
 まもなく、漆原の会社は潰れた。親会社も潰れた。漆原は失業したが、まだ若いので、就職先を探した。
 その後、宮原からの誘われたが漆原は断った。普通に暮らしていける程度が望みなので、その気があれば、就職口は見付かるはず。
 漆原家。それは都落ちした公家が領地の豪族と手を結び、戦国期、一暴れした程度の家柄だ。偶然その豪族の中に宮原氏がおり、そのときから長く主従関係が続いたようだ。
 漆原の名が知られたのは、朝廷との関係があるためで、その仲立ちなどをしていたので、よく名が出て来る。
 
   了



posted by 川崎ゆきお at 12:13| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月15日

3927話 嬉しヶ原の巫女


 嬉しヶ原は都から見れば北面。さほど離れていないが山をいくつか超えた里の外れにある。そこにも小さな集落はあるが、ある一家しか住んでいない。この原には領主がいる。都の貴族が持っている。
 たまに都から高貴な人が来る。ここにはシャーマンが住んでいるためだ。つまりシャーマンの居住地。これは巫女村と同じなのだが、多数の巫女が住暮らしているわけではない。都の貴族直属の巫女。しかし男もいる。シャーマン気質のある一族らしい。
 道義という貴族が、その日、久しぶりに訪れた。小さな村だが、そのときのための御殿がある。当然道義の先代が建てたもの。
 道義が頻繁に来るようになったのは、巫女が年頃になったため。この巫女が、今はここでの主で、何代目かの嬉しヶ原の巫女と呼ばれている。
 巫女の身分は非常に低い。遊女よりはましな程度だが、かなりの教養がある。身分の高い貴人と接するためだろう。接客業ではないが。
 ただ、この巫女、教養は無い。本を読まないため、誰でも知っている歌も知らない。ただ、文字の読み書きだけはできる。
 不特定多数の人相手のシャーマンではなく、この貴族だけなので、そこは適当なのだ。
 道義も巫女の力など当てにしていない。先代から続く家来のようなものだが、領地の作物のように、巫女の育ちを見に行く程度。
 競争相手がいないためか、もう名前だけの巫女の村になって久しい。ただ、この一族、そのタイプの血が流れているのか、勘が鋭い。そして瞳の色が少し青い。髪の毛は黒いが、鼻は高い。
 道義は都での人付き合いに飽きたとき、こうして嬉しヶ原まで遊びに来る。
「都の様子がおかしい」
「どうかされましたか」
「何かある」
「いくさでございますか」
「内裏」
「はあ」
「これは下手をすれば二つに割れる」
「そうなんですか」
「どうじゃ、どちらに付くべきか占って欲しい」
「え」
「巫女占いをせよ」
 しかしこの巫女、そんな力はない。
「お婆さまに言ってきます」
「あれはいい。大層なことをするわりには当たらん」
「はい」
「何でもいい。占え」
「巫女は占い師のようにその場でさっと占うようなことはできない。数日かかる。まずは、気を静め、その準備で一日はかかる。これは神が降りてくるので、その支度のようなもの。巫女が占うのではなく、巫女が超能力者なのではない。降りてきた神のお告げ。巫女の口から出る言葉だが、巫女の口を通した神の言葉なのだ。
「面倒じゃな」
「おそれいります」
「簡単に占え、いや、何でもいい。そちが適当に言え」
「何を」
「内裏が揉めているのは派閥争い。北と南、西と東、どちらでもいい。二つに分かれた。どちらに付けばいいと思う」
「どなた様とどなた様ですか」
「聞かなくてもよい。それなりのことを申せばいい」
「石清水」
 と、巫女は適当に答えた。
「石清水とな」
 道義は合点がいったようだが、これは独り合点。巫女は適当な言葉をいっただけ。
 道義の方針はこれで決まった。
 その後、道義の家は生き延びた。
 礼を言うため、道義は嬉しヶ原へ行ったのだが、あの何代目かの巫女はいないらしい。巫女の素質がないのを気にして、家出したそうだ。
 道義は人を使って探させた。
 
   了



posted by 川崎ゆきお at 11:35| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月14日

3926話 キセル坂


 山の下の丘陵地帯だが、まだそこは山ではないが、山の一部でもある。つまり麓。平地からいきなり山になるのではなく、何段階か踏んで山岳地帯に入る。
 平田は坂道があるとは思いながら、真っ直ぐ行きたいので、そのまま丘へ向かった。ここは市街地に近く、普通の住宅や店屋もある。そのため、山に登っている気はない。ただ単に坂がきつように思える程度。
 季候がよくなったので、適当な駅で降りて、そこから散策を始めたのだが、ゴチャゴチャした市街地ではなく、自然が残っていそうな方角へ向かった。自然とそれは山側になる。見るからに緑が遠くに見えている。
 それなりに高いところまで来たのだが、田畑があり、池もある。農水用の溜池だろうか。しかしフェンスで囲まれ、使われていないようだ。小高い場所だが田園地帯だったのだろう。棚田というほどの勾配はない。
 このまま進むと、どんどん山に近付く。もうその懐の中に飛び込んでいるようなもので、山そのものが視界にない。遠くから見ていたときにあった山が見えない。近付きすぎると、そんなものだろう。
 溜池を過ぎた辺りから家や店も少なくなるが、斜面にはびっしりと家が建っている。結構複雑な地形で、小さな丘のようなものが不規則に連なり、また飛び出した小山もあるが、これはもう山だろう。そこは傾斜がきついのか、家はない。
 溜池から少し上に行ったところに小さな畑がある。家庭菜園に近いが、それを耕している人はいかにもな農夫。ということは農家がまだ残っているはずだが、それらしい家の屋根は見えない。目にする限り、どの家も今風。
「キセル坂へ行きましたかい」
 少し離れているが、その農夫に声を掛けられた。
「いえ」
 と大きい目の声で返したのに、農夫は聞き取れないようで、近付いて来た。
「キセル坂を見に来たのでしょ」
「いえいえ」
「この辺りじゃ見るものといえばキセル坂程度ですからなあ」
「何処にあるのですか」
「目の前に見えておる」
「あの山ですか」
 その山は勾配がきついのか樹木で覆われているだけで家はない。その登り坂のことだろう。
「キセル坂って、何ですか」
「坂がきついので、一服したくなる。それだけだよ」
「上には何があります」
「何もないよ」
「キセル坂が名所なんですか」
「まあな」
「坂がきつい山道なんて、いくらでもあると思いますが」
「まあ、行ってみなさい。登れば分かるから」
 一寸長い階段を何段も上らないといけない山寺程度の長さしかない。坂だと思うからきつい。階段だと思えば、それなりの覚悟で登るだろう。
 散策人は真っ直ぐに伸びた坂を登り始めた。スキーのジャンプ競技ができそうなほど、真っ直ぐだ。
 途中で、すぐに息が切れ、一服する。キセル坂というのだから、刻み煙草でも、ここで一服したのだろう。
 しかし、これはおかしい。自然にできた道ではないだろう。真っ直ぐすぎる。まるで崖崩れで、禿げたような。
 坂の中程から先は、砂や小石が多くなり、足場が確保できなくなる。これは坂道ではない。坂だが、道ではない。
 つまり滑り台を下から登っているのに近い。
 散策人は流石に諦めた。四つん這いになって登る坂道など、散歩にはふさわしくないし、服も汚れる。それにずり落ちたとき、すりむける。それを想像しただけで、尻の穴がピクッとした。
 しかし、その心配は当たった。もう登る気はないので、引き返そうとしたのだが、下りのほうが実は危険。
 案の定滑り台をやってしまった。
 
   了




posted by 川崎ゆきお at 11:54| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月13日

3925話 上流下流の合流点


 それなりの力があり、器量もある人が、それにふさわしい地位を得た。上り詰めた。そしてその全盛期が過ぎた頃、その友人と道端で会った。その道とは小さな町の小さな道。小川は普段からそんなところは歩かない。車だ。しかし、現役を退いたので、郷里に戻った。まだ未練はあり、返り咲きを目論んでいるが、旬は既に過ぎていることは周知の事実。
 大山というその友人は名にふさわしくない地位しかなかった。力も器量もないので、名前負けしていた。名は凄いが見た感じ貧相な小男。その大山と小川がばったり出くわした。
 身なりは小川のほうが当然しっかりしている。一方大山は昔から身なりも貧素。質素ではなく、いつまで同じのを着ているのかと思えるほどの服装。所謂下層と上層がぶつかった。
「大山君か」
「ああ、小川さん」
「元気だったかい」
「小川さんもお変わりないようで」
「いや、ちょっと休憩中でね」
 小川の散歩は健康のためでも気晴らしでもなく、次なる構想を練っているところ。つまり仕事中。
「犬をねえ」
「犬がどうしたのかね」
「犬を飼ってたんだ」
「あ、そう」
「それで、毎日この辺りまで散歩に連れて行った。その癖が抜けなくてね。犬がいないのに、まだ犬の散歩をしているんだ」
「確かに犬はいない。見りゃ分かる。だったら普通の散歩だろ」
「そうなんだが、僕にとってはこれは犬の散歩なんだ。よく考えると、犬を連れてじゃなく、犬に連れられて散歩させてもらっていたんだよ」
「あ、そう。どうでもいいけど」
「小川さんはいつも若々しいですねえ。でもテレビで見ているより細いですねえ」
「あ、そう」
「帰って来たと聞きましたが」
「しばらく骨休めでね」
「また、活躍してください」
「ああ、有り難う。君も健康に気をつけて」
「有り難うございます」
「そんな敬語など使うなよ。同級生じゃないか」
「はいはい」
「困ったことがあればいつでも来なさい。しばらく本家にいるから」
「はい」
 二人はそこで別れた。それ以上話すようなこともないし、必要もなかったのだろう。
 大山は、とぼとぼと散歩を続けたが、顔はほころんでいる。
「勝った」
 と、コブシをぐっと握った。
 果たして何に勝ったのだろう。
 
   了



posted by 川崎ゆきお at 12:22| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月12日

3924話 黄泉の口


「神も仏も人の中におる」
「ほう」
「神も悪魔も人の中におる」
「では仏も鬼も人の中におわしますか」
「いかにも」
「で、人の中とは」
「奥底よ」
「何の」
「心の」
「ああ、善いものも悪いものもいるわけですな」
「まあ、それを分かりやすい形にしただけ」
「実際はそんなものはいないと」
「まあ、投影のようなもの、想像上のもの。これは心から出た絵じゃ」
「絵空事のようなものだと」
「あると便利だからの」
「しかし、心の中の、どのあたりに神や悪魔がいるのですか」
「奥の方」
「奥」
「そこは見えぬ世界」
「いるのに分からないのですね」
「しかし、自分では感じることも探ることもできん心の奥底がその人を動かしておる」
「善いことをしたり、悪いことをしたりとか」
「いや、物事を考えたり理解できるのは、その奥底の力なんじゃよ」
「で、それでどうなります」
「何が」
「いやいや、何がじゃないでしょ。そういうお話しを始めたのですから、何かためになることを」
「わしの話が理解できるのは、その奥底の力。だから、ここは大事だといっておる」
「でも特別な恩恵はないのですね」
「こうして会話できるのも、そのおかげじゃよ」
「じゃ、普通ですね。知っても知らなくても。知らなくても普通にやっていることですから」
「まあな。しかし人は仏にもなるし鬼にもなる。そういう奥底にあるものが出てきてな。これは出してはいかんのじゃ。奥底におる限り平穏。鬼も悪さはせん。仏もじっとしておる」
「仏心を出すと言いますねえ」
「そんなもの出し続ければ破産だろ。大損だ。生きていけんぞ」
「でもどうして出てくるのでしょうか」
「知らん」
「あっさりと」
「気が触れることがある。これは結界が切れたためじゃ。黄泉の口が開いてしまったようなもの」
「どうして開いたのですか」
「知らん」
「またあっさりと、そこが肝心でしょ」
「個々のことは知らん」
「はい」
「善いものが出て来れば、これは発作ではなく、天才じゃな」
「紙一重と言いますねえ」
「そうじゃ、だから心の奥底を弄ってはいけない」
「はい、栓が外れるかもしれませんからね。あまり弄っていると」
「そうじゃ。だからわが心を見詰めるというのは、非常に危険な行為と言わねばならぬ」
「はい」
「本当にそういうものがあるのですか」
「想像じゃ」
「はい」
「想像の限界はそこまで。そこから先は頭では探れん」
「その想像、当たってますか」
「想像など外れることが多いからな。その程度のことしか分からん」
「怖いですねえ、黄泉の口から怖いものが出て来るのは」
「夢の中に出てきたりする。外に出ようとしておるのだろう」
「心の奥底で何が起こっているのでしょうか」
「個々の奥底のことは分からんので、想像するのみ。しかし、わしらが知っておるものではなかろう。その概念とは違う仕掛けになっておるはず」
「御坊は覗かれたことはありますか」
「修行中、ちょいとな」
「教えてください」
「分別がなかった」
「はあ。それは」
「分かったのはその程度、人では無理じゃな。わしがわしである限りはな」
「はい」
「参考になったかな」
「なりませんでした」
「いつもじゃないか」
「あ、はい」
 
   了



posted by 川崎ゆきお at 11:24| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月11日

3923話 二刀の懐刀


「単純なものですか」
「そうです。簡単なのがよろしい」
「しかし世の中は複雑です。そんな単純なことでは」
「ことでは……何かね」
「色々と複雑ですから」
「だから、簡単に考える方が良いんだ。単純にね」
「そうですが」
「その方が疲れないだろ。身軽だし」
「重鎮がそんなことを言われては困ります」
「私が重いのは体重だけ」
「今までの経験を活かし、重い言葉が必要なのです。それに色々なシーンを見てこられたわけですから、考え方も視野も広いはずです」
「だから困るんだよね。色々と諸事情が分かりすぎてね。それで思案してしまう。これは答えは出ない」
「そのためのやり方を色々ご存じだと思います」
「やりかたねえ」
「そうです」
「だから、そこは単純に決める」
「含むものもなく」
「その方が明快だ」
「はい」
「君たちは複雑に考えすぎるんだ」
「方針を変えられましたか」
「方針はその場で決めるものだろ。変えるも何も」
「じゃ、判断方法を変えられたのですね」
「そうだな。単純明快。これがいい」
「思慮が足りないと思われますが」
「思慮」
「はい」
「私は思慮の足りない人間かね。まだ足りないのかね」
「いえいえ、そうではなく、簡単に物事を決められては、不安なので、そこはよくよく考えた結果という時間が欲しいのです」
「それは芝居だ。考える前から既に決まっておる」
「何か変化でもありましたか」
「もう考えるのが邪魔臭い」
「はあっ」
「考えなくてもいいことを考えるから面倒なのだ。考えなくても分かっておるようなことをゴチャゴチャやるから疲れるんだよ」
「よく考えてください」
「私に説教する気か」
「そんなつもりはありません」
「私は単細胞人間になった」
「ええっ。何か悪いものを食べましたか」
「食べておらん」
「もっと軽くいこうじゃないか」
「はあ」
「それと話し合いも無駄だ」
「あれはしないと」
「どうせ答えは決まっておる。そんな儀式はいらん」
「世の中は複雑です。色々な意見の人がいます」
「それを言い出すときりがない」
「その配慮も」
「配慮って、最初から無視するつもりなのが丸わかりじゃないか」
「そうなるとワンマンになり、独裁になります」
「私は会長じゃない」
「しかし、本当に動かしているのは重鎮のあなたです。会長の懐刀ですから」
「そんな懐など無視して、会長に言いなさい。私はただの相談役。何の権限もない」
「しかし、会長はああいう人ですから」
「君たちが好きにできるよう、祭り上げたんだろ。だから、好きにしなさい」
「しかし、へなへなしているようでも肝心のところは、あなたに相談されているとか。そこで止まるのです」
「あの人は考えすぎるからねえ」
「しかし、今後その方針でいかれるわけですか。何か今までとは違うことになりませんか」
「君は確か、執行部の中では切れ者だと聞いた。ほとんどのことは君が仕切っているらしいねえ」
「いえいえ」
「結局は君と私で運営しているようなものじゃないか」
「まあ、実際はそうなんですが」
「しかし、君は執行部代表じゃなく、立場は私に近い」
「はあ」
「だったら、二人で最初から密談で決めた方が早いだろ。だから簡単にやろうと言っているんだ」
「ああ、そういう意味だったのですか」
「単純な話だ」
「そうですね」
「こんな簡単なこと、今までどうしてしなかったのだろうねえ」
「そそ、そうですねえ」
 
   了



posted by 川崎ゆきお at 11:45| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月10日

3922話 春の海


 春になるとやって来る友人がいる。学生時代からの付き合いだが、この男だけは別枠となっている。つまり、倉橋と作田だけの関係で、他の友人を交えたことはない。
「いるか」
 今年も春の訪れと共に友がやって来た。しかしもう中年を遙かに過ぎている。来るたびに倉橋は作田は年を取ったなと思うのだが、自分も取っている。
「さて、今年なんだがね」
 いつものように春からの予定を語り出した。これは年中行事なので、聞く必要はないが、一応儀式なので、受けないといけない。これは礼儀。
「思い付かない」
 今年はないようだ。しっかりと準備してから来ればいいものを、最近何もない年がたまにある。やることが尽きてきたのだろう。
「君はあるかい」
 問われた倉橋にもない。これはもうかなり長い間ない。しかし、作田が来るまでの間、いろいろと考えはする。しっかりと言えるように。しかし、作田も何もない年があるので、もう気にすることはない。
「それで就職先は」
「障子会社に洒落で入ったんだが、あれは斜陽だね。もう職人が出る幕などないが、張り替えなどがたまにある。まあ僕はそこまで技術はないから、間に合わない人間となり、世を去ったよ」
「大袈裟な。そんなの誰でもできるんじゃないの」
「いや、結構難しい。仕事としてするのならね。それに紙も上等なので、張り替えにくい。それに年季を積まないと建具職人は勤まらない。君はどうなの」
「僕は出版社を始めていたんだが」
「去年の春はそんな凄いこと言わなかったじゃないか」
「夏頃から始めたのでね」
 つまりこの二人、最近は春に一度合うだけの関係になっていた。
「凄いじゃないか、出版社を経営しているのか」
「電書だけどね」
「なんだ」
「まあ、冬まで持たなかったよ。売れないんだからね」
「あ、そう。その話はもういいから、次だよ次」
「お互いにもうないようだね」
「中古カメラ転売がいけそうだったけど、カメラのこと、あまり知らないから、途中で分からなくなって、中断した」
「要するに、人の口車に乗ると失敗する。あまり話題になっていないものがいいと思うよ。既にあるものは、もう最初にやった奴が先へ進んでいるからね、追いつけないよ」
「能書きはいいから、今年はどうする」
 二人ともないので、何ともならない。
「しかしだ。いつまでこんなことをしているんだ」
 作田は反省会に入り出した。
「倉橋君、君もそろそろ足を洗え」
「あ、そうだスタンプ付きだけど外国の切手が大量にあるんだ」
「だから、スタンプ付きだと二束三文。誰が買うか」
「良いデザインのがあるんだけどねえ」
「切手は小学生高学年で卒業した」
「そうか」
「だから倉橋君、僕らはそろそろカタギにならないと」
「堅気の仕事をずっとしてるよ」
「通信教育でマネージメントを教えるのがそうかね」
「ああ、あれは昔の話だ」
「やはりコンビニバイトにでも出るべきだよ」
「いるねえ、僕らのようなタイプの奴が深夜店番している」
「いるいる」
「しかし、あれはきついよ」
「そうだね。それに趣味に合わないし」
「そういうことばかり言ってるから正業に就けないんだよ」
「違う。最初から就く気などない。僕は自治国だ」
「はいはい」
 今年は反省会というより、愚痴で終わったようだ。
 こうして社会人になれず、成仏しない人間が春先、飛び始めるのだが、彼ら二人はもう年をとりすぎてしまったようで絵にならない。
 
   了
 


posted by 川崎ゆきお at 11:55| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする