2019年11月15日

3572話 風邪で休んだ日


 風邪でも引いたのか岸和田はその日に大事を取って仕事を休んだ。軽い風邪程度で休めるのだから、いい仕事だが、仕事は出来高なので、休めるだけ休めるが、月末の収入にもろに響く。ご飯はいいが、おかずが貧弱になる。海老の天麩羅がちくわの天麩羅になり、トンカツがコロッケになる。しかし肉は僅かながら入っている。しかも牛肉だ。実際にそれが肉であるかどうかは舌先では分からない。ミンチ状なので、歯応えはないが、歯の隙間にかろうじて挟まったとき、肉を感じる。
 しかし、一日休んだぐらいでは、それほど収入に響かないものの、月々の収入ではいつも不足気味。
 風邪の引き始め、無理をしてこじらせると長引く。そうなると、さらに仕事ができない。だから、ここで一日休むのは理にかなっている。それ以前に一日のんびりと過ごしたかったのだろう。
 額に手を当てると、少し熱がある。体温計の数値は平熱。しかし、額はいつもよりも熱い。熱っぽいということだろう。
 それで午前中はテレビを見たり、音楽を聴いたりして過ごした。
 昼は軽くうどんを作る。具は何もない。休んだ分、収入が減るので、既にそれを計算しているのだ。それに食欲がない。熱っぽいためだろう。だからうどんで十分。残すほどだ。
 うどんの食べ残しほど始末の悪いものはない。ご飯なら電気炊飯器に戻せば済むが、うどんは何ともならない。それにあとでまた食べたいと思うほどのものではない。
 熱いものを食べたのか、鼻水が出てきた。これも風邪の諸症状かもしれない。いつもより量が多い。
 そのあと昼寝をし、起きると額も熱くはなく、身体も軽くなっていた。
 これで、治ったのかもしれない思い、外に出た。油断大敵だが、大丈夫な気がした。気持ちが回復したのは身体が回復したためだろう。身体が先で、気持ちはあと。だから、無理な動きではないので、散歩に出た。
 部屋の中に籠もっていると閉塞感があるため、外に出ることにしている。少し家から離れると不特定多数の人達を見かけることになる。自分以外にも生きている人がいるというようなゾンビで占領された町ではないが、見知らぬ人達を見るのが好きなのだ。家の近くだと顔見知りが多いので、少しだけ足を伸ばす。
 さて、こういうときに妙な人と遭遇したり、妙なことに出合ったりするものだが、その日は平穏無事で、何事も起こることなく部屋に戻れた。
 だが、ドアを開けて一歩中に入ったところまでは戻れたのだが、その先だ。
 何かいる。
 
   了



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2019年11月14日

3571話 一枚の紅葉


「陰ってきましたねえ」
「秋晴れが続いていたので、まあ、このあたりで雨が来てもいいでしょ」
「紅葉も始まりました」
「来週の今頃は見所でしょ」
「私はこの時期の紅葉が好きでしてね。まだ青葉の方が多くて、色付いている葉は探さないと分からない。しかし、目立つので探すまでもないのですがね。一本の大きな木で最初に色付く葉があります。桜の花もそうです。ひとつだけポツンと咲く。だから桜の紅葉も、まずは一枚の葉からです。その葉を見付けるのが好きでしてね」
「見えますか」
「遠目が効きます。近くは老眼で見えにくいのですが、まあ、色目ぐらいなら何とか分かりますよ。文字は読めなくてもね」
「変わった趣味をお持ちで」
「いえいえ、これは趣味にはあたりません。それに紅葉狩りに出掛けるのではなく、通り道で発見する程度です」
「日々の中に風流を」
「風流というほどじゃありませんよ。歩くついでに見ているだけですから」
「そういう精神状態はどうやったら培われるのでしょうか」
「ああ、それは暇だからですよ。ただ単に歩いているだけじゃ退屈でしょ」
「風流は退屈から生まれるわけですな」
「そうかもしれません」
「僕は精神がいつも平和ではないのか、そんなところに目は行きません。いつも心の闇ばかり見ています。自分自身のことで一杯一杯で、そんな色付いた葉など探そうなんて思いも付きません」
「さあ、これは精神状態とは関係がないように思いますよ。別枠です。だから趣味の世界なのです」
「趣味ねえ」
「自分とはもう離れた世界です。世間ともね。こういった四季のうつろいは」
「いやあ、勉強になりました」
「そうですか、役に立ちませんよ。だからいいのですがね」
「役立たないことをやる。それは余裕ですねえ」
「いやいや、気を逸らし、そして怠けているだけですよ」
「僕も風流を入れてみます」
「いかにもの風流人は風流人じゃないのですよ。風流を装うのは風流じゃない」
「あ、了解しました」
 
   了



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2019年11月13日

3570話 登り切れなかった山

登り切れなかった山
 調子が良すぎて登れないような山に登り、途中で引き返し、一日が無駄になることがある。途中まで登ったのだから、それが成果だが、頂上まで行かないと記録に残らない。これは失敗だ。
 その山は普段は登らない。まだその力が無いため。しかし登ってみなければ分からない。これは未知への挑戦。だが、いつも失敗しているので、やはり身の丈に合わない高さなのだ。
 その日は余程調子が良かったのか、登れるような気がした。多少の無理なら何とか凌げるような。
 だが、結果は同じで、釣りで言えば坊主。成果なし。それどころかマイナスになった。その日は何もしていなかったのと同じ。
「そうなんですよ。調子の良いときほど危ないのです。無謀なことをしでかす」
「まったく仰る通りで」
「しかし、登れたかもしれない。そうなると大きな白星。金星と言ってもいい」
「いえ、金星など、普段から取り続けられるものではありませんから、それは期待していません。あの山を普通に登れるようになりたかっただけです」
「でも、調子が良かったのに、登り切れなかった」
「あと一メートルでした」
「それなら這ってでも登れたでしょ。たった一メートルでしょ。四つ足でなら行けたでしょ。または腹ばいになっても一メートルなら」
「そうなんですが、それじゃ普通の姿勢で登ったことにはならない」
「それで、引き返したのかね。少し休憩すれば登れたでしょ。それに動けなくなったわけじゃなく、降りてこられたのでしょ」
「そうです。しかし這ってまで登っても仕方がありません。次もまた這わないといけない。そうすると、普通に歩いて登れない山のままですから」
「妙なところに拘るねえ。あと一メートルなら、もう頂上でしょ」
「そうです。もうほぼ平らでした」
「じゃ、頂上を極めたのと同じでしょ。そこまでは這ったわけじゃないし」
「しかし、十センチほど高いと思います」
「何がかね」
「頂上前一メートルのところと、頂上との標高差がです。だからそこは頂上じゃない」
「細かい話だ。それよりも君にはその山を登る力があったんだよ。登れたも同然だし」
「しっかりと詰められなかった。最後の一メートルが。それと、調子が良いときにしか、それはできなかったこと。だから、特別なときでしか果たせません。僕が考えているのは、普通にすっと登れることなのです。それが合格ライン」
「何でもいいけど、細かいねえ」
「いえいえ」
「まあ、無理はしない方がいいから、力が付いてからまた挑戦しなさい」
「はい、そうします」
 
   了



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2019年11月12日

3569話 水鳴り


 ポタンポタンと音がする。夜中だ。昼間なら聞こえないだろう。水滴が落ちる音だ。栓をしっかり閉じていなかったのかもしれないと思い、増岡は台所の蛇口を見たが、そこからではない。あとは浴室や洗面所だが、それも異常はない。古い家だが雨漏りはしない。それに雨など降っていない。
 ただ、前日降ったのは確か、そのときの音に似ている。屋根からの音ではなく、屋根瓦などから下に落ちるまでの間にする音。
 また、屋根から地面までに流れ落ちるとき、何処かで溜まってしまうのか、雨がやんでも、ずっと音がしている。その場所は突き止めていないが、ただの地面なら聞こえないはず。もっと響くようなところに落ちる音。
 二階の屋根、その庇、また結構入り組んでおり、真上から見ないと、どういう状態になっているのか、分かりにくい。二階の窓からそれなりに下は見えるのだが、上は見えない。別にそんなものを探し出す必要はないし、いつもする雨垂れの音なので、気にはしていないが。樋の何処かが割れている程度に思えば済むことだ。
 借家なので、大家に言えば修理してくれるだろう。これが自分の家なら、身体の一部のように思うかもしれない。余程古くなれば、引っ越せばいい。借りているだけなので。
 天井裏の忍者を主人が槍で突き刺し、そこから血が滴り出すシーンを増岡は思い出した。
 音のする方角は分からない。これはとんでもない方角違いなところから発していることもあるからだ。屋外だとすれば、窓とか、隙間が空いているところから音が聞こえやすい。
 しかし二階と一階の隙間がどうも怪しい。そこに虫か動物でも入り込んでいるのだろうか。それにしてもポタンポタンと一定の間隔を置いた音なので、生き物ではないような気がする。一番近いのは蛇口から落ちる音だ。まさか心臓だけのフランケンシュタインの音ではあるまい。
 それで、増岡は台所の蛇口を少し開け、滴がポタリと落ちるようにした。しかし、その音ではない。下はステンレスなので、甲高い。
 それでトイレや風呂場、洗面所などで確かめたが、音が小さすぎたり、低すぎたりし、あのポタンポタンという響きではない。
 そして、この音は雨の日に耳にすることがある。やはり外だろう。
 前日降った雨水が下まで行かないで、何処かで溜まっているのかもしれない。
 翌朝になると、もう外の音が色々とするので、あのポタンポタンは聞こえない。そして夜になり、静かになったとき、耳を澄ませて聞いていたが、もうポタンポタンの音はしない。
 そういうことに詳しい人に聞くと、それは家鳴りのひとつで水鳴りと言うらしい。
 
    了



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2019年11月11日

3568話 祭り爺


 前日良いことがあり、燥ぎすぎて夜遅くまで起きていた。翌朝起きてみると、もうその喜びはない。昨日だけのことで、今日は平常に戻っている。祭りの後の寂しさのようなものがある。もう終わったのだと。
 年に何度かそんな祭りや行事があり、日々の暮らしから少し離れたところで遊ぶのだが、それは特別な日。そして次の祭りの日まで地味に暮らす。その地味さの溜が大きいほど祭りは楽しめる。毎日祭りならそうはいかない。
 伍平はそんなことを思いながら、朝の日課をこなしていた。疲れたのか、寝起きもよくなく、身体も怠い。祭りの後の気怠さだろう。
 そして、祭りというのは終わった翌日から次の祭りの準備が始まっている。だから祭りが日常から消え去るのではなく、祭りに関わる用事があるのだ。これは地味な用事だが、祭りが終わっても、まだ祭りを残しているようなもの。祭りはまだ続いているのだ。
 そういった気怠い状態で外に出て用事をしていると、小春日和の秋晴れでいい感じだ。朝夕は寒いが昼間は丁度いい感じで、何もしなくても幸せな感じになる。これは得をした感じ。
 当然そういう日ばかりではない。滅多にない日和。
 田んぼの畦道から山脇に出たとき、派手な半纏を着た老人が歩いてきた。祭りは終わったはずだ。
「終わりましたなあ」
 と声をかけられるが村の人ではない。
「はい、終わりました」
「次は正月だな。楽しい日は」
「はい」
「しかし、隣村の祭りは今日なんじゃよ」
「そうですか」
「わしはこれから出掛けるところじゃ。今から行けばまだ明るいうちに着ける」
「佐々村ですか」
「いや、高津村じゃよ」
「遠いですよ」
「まだ間に合う。お前様も行かないかい」
「いえ、もう祭りは終わりましたので」
「そうか」
 老人は近道だと言って村道ではなく、山越えで行くらしい。距離的にはそちらの方が近いし早い。
 山道に差し掛かった老人の赤い半纏が目立つ。まるで紅葉だ。
 山仕事をし、里に戻り、そのことを年寄りに話すと、あれは祭り爺という奴で、人じゃないから付いていくと危ないらしい。
 
   了




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2019年11月10日

3567話 祈祷婆の予言


「この村の血に呪われた様を見よ。誰も救われんのじゃ。救われたくばわしのところへ来い。?ってあげるでな」
 老婆は村の入口で、そう叫んだ。
「あの老婆は誰でしょう」
 当然、村に入りかけた二人の侍は足を止めた。
「村の祈祷師です」
「拝み婆か」
「はい」
 侍の一人は郡奉行で、数ヶ村を担当している。城から来た役人だ。もう一人はその補佐。
 しかし、この補佐の方は地侍なので、村々の事情に詳しい。
 江戸育ちの郡奉行は、この若い下僚を重宝していた。村には村の事情があり、それを知ることも大切なため。
「血に呪われたとはなんじゃろう」
「このあたりに昔いた豪族のことでしょ」
「おぬしもそうかね」
「いえ、私はここではなく、もう一つ向こうの海老名の出です」
「何があった」
「さあ、それは言わないことになっています。隠さなくてもいいのですがね。よくある話ですよ」
「何があった」
「邪魔な豪族を一堂に集め、酒盛り後、皆殺しです」
「ほう」
「当家のやったことではなく、前の領主時代の話ですよ」
「それはよかった。怨まれるところじゃ」
「しかし、村人も一緒になってその豪族をやっつけたのですよ。だから共犯です」
「その豪族と仲が悪かったのじゃな」
「ええ、流れてきた連中ですから、余所者です。私のような昔からこの地方に根を下ろしている一族ではありません」 
「分かった」
 先ほどから二人を見ていた老婆は、気を引くように、さらに声を張り上げた。呪いから救われたければわしのところに来いと。
 二人は気になるので、老婆の後に従った。
 そこは祈祷所で、狭苦しいが密度の濃い部屋。御札、護符や呪器や飾り物で、普通の日常を送る部屋とは異なっている。
「さあ、これが呪い除けの御札じゃ。お代はいらん。代金もいらん。何もいらん。取っておけ」
「これは木版ですか」
「そうじゃ、刷るのじゃ」
「原板、ありますか」
「原板、ああ、版か。見せようか」
「いえいえ、結構です。これはお婆さんが彫られたのですか」若い補佐が聞く。
「いや、こういうのばかり引き受けているところがあってな。この村にはないが、城下にある」
「村田惣次郎でしょ」
「おお、よく知っとるなあ」
 二人は出ようとしたとき「お隣の榊村に行くのなら昼前がよい。昼を過ぎてから行ってはならん」
 村回りで、二人はこのあと、行くつもりだった。既に昼は過ぎている。
「今のは占いですか」
 若い補佐はこの老婆のことを知っていたが、祈祷師だとばかり思っていたのだ、運も見るのだろうか。初めて知ったが、何となく理解できた。
 つまり、呪い除けの御札は無料だが、そのついでに予言をするのだろう。それで稼いでいるのだ。
 次に榊村へ寄ることは想像できる。だからこれは予言だとはいえないが、昼までならいいが、昼過ぎてから行くと悪いことが起こる、これが分からない。
「それも祟りですか」と補佐が聞く。奉行はずっと聞いているだけで、口を出さない。
「それとは違う。そのお奉行様に関わる悪縁で起こること」
 群奉行は急に振られたので、驚いた。
「わしがか」
「行ってはならん、行くのなら昼までにせい」
 郡奉行はにやりと笑った。
「これは護符では効かぬ。災いは防げん。ただし、行かなければ害はない」
「心しておこう」
「ご無事で」
 二人は祈祷所から出て、いつもの庄屋宅で用事を済ませ、さて次に回る榊村へ向かおうとした。
「行きますか、御奉行」
 昼はかなりすぎている。
「怖いのなら、そちは戻ってもよいぞ」
「はい」
「あんな祈祷婆の言うことを信じるのか」
「私ですか」
「そうじゃ」
「多少は」
「じゃ、戻っていい」
「はい」
 この若い方の補佐の方が迷信深いのではなく、あの祈祷師が一銭も取らなかったことが気になったのだ。
 庄屋宅で二人は別れた。
 補佐の若侍は城下近くまで戻ったのだが、やはり気になり、榊村へと向かった。
 榊村には大庄屋がいる。城のような屋敷に住んでいる。若い補佐と同じ家柄の豪族だが百姓になっている。だから顔見知り。いわば同族。
 奉行はまだ来ていないらしい。
 道筋から考えると、それなら何処かで追いついているはずだ。寄り道でもしているのかもしれないが。
 それで城下に戻ったのだが、上司はまだ戻っていない。
 翌朝登城すると、奉行は休んでいるのか、来ていない。
 何があったのかは分からないが、奉行はその後、出てこなかった。すると老婆の予言が当たっていたことになる。
 まさか予言が当たるように村のものと組んで、奉行を拐かしたわけではあるまい。
 これは神隠しとして処理された。
 やはり、村人には気をつけないといけない。
 
   了
 



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2019年11月09日

3566話 廃村を探して


 鶴田は道を違えたようなので、引き返した。よくあることだ。周囲は木々が生い茂る見通しの悪い山道。これは林道だろう。タイヤの跡が見える。その林道が迷路のように張り巡らされているのだが、新しいタイヤの跡はないようで、もう林業などしていないのかもしれない。その先に廃村があると聞いたのだが、そのためだろうか。
 林の隙間に畑跡があり、畝が崩れずに少しだけ残っている。水を引くためのパイプが割れている。
 さらに進むと納屋がある。それなら道を間違えていないのかもしれない。しかし、阿弥陀籤のような林道なので、一つ間違えると、迷うだろう。メインの道があるはずなのだが、どれがメインなのかは分からない。町から入って来たときの道は既に見失っている。いくつもの分岐点があり、阿弥陀籤を引くように左右どちらかを選んだ。似たような道なので、どちらが本道か見分けがつかなかった。
 しかし、何とか奥まで行けたのは本道だったためだろう。だが舗装が途中でなくなる。途中で工事をやめたのだろう。
 それで納屋跡を発見したので、村が近いことが分かり、ほっとした。既に村に入っているのだが、やはり農家が並んでいないと、村らしく見えない。
 納屋では人は住めない。だから農家が近くにあるはず。
 納屋跡を通過し、しばらく行くといやに道は細くなる。もう車が入れない山道。ここからは樵道だろう。こんな山中なのでハイキングコースではない。小高い山がゴロゴロ重なった場所で、登山向きではない。やはりある程度標高がないと、山登りらしくない。有名な山の方が人気がある。ああ、あの山に登ったのかと、人に言っても分かってもらいやすい。駒ヶ岳とか、鑓ヶ岳とか。富士山ならもっと分かりやすい。
 だが、地を這うような小さな山々は木々が多く、見晴らしもよくなく、また道も高いところではなく、沢伝いにあるため、山登りではなく沢歩きになる。
 背の高いササが道を覆うほどになったあたりで、やはり迷い込んだことを鶴田は知る。
 ではあの納屋は何だろう。そして畑もあった。
 要するに集落部から離れている場所にある耕地なので、農機具などをあの納屋に置いていたのだろう。それに屋根があるので、雨が降ったときも困らない。
 それで納屋まで戻る。半ば壊れているが、屋根はある。農機具らしきものもあるが、全部錆びている。
 袋から白い粉が出ている。小麦粉ではなく、石灰のようだ。
 道を違えたのは確かなので、戻ることにした。最後に選択した分岐点まで。
 そして納屋から出ようとしたとき、納屋の隅に板がある。板床のカケラではない。最初から土間の納屋だ。
 何かと思い、その板の上に乗ると、響く。
 鶴田は板の端を持ち上げると、ぎぎーと上がる。そして穴が空いている。井戸かもしれない。
 納屋の壁を見ると、縄ばしごらしきものがある。
 これは地下室。あるいは地下道への入り口ではないか。穴は地下ダンジョンに続き、廃村は嘘で、実は地下に住んでいるのだ。と、馬鹿なことを思った。
 鶴田は穴に足を入れ、そっと降り始めたが、すぐに足が付いた。暗くてよく分からないので、スマホを点けた。
 腐った野菜の欠片が残っている。ああ、冷蔵庫のようなものかと思い、がっかりした。
 再び最後の分岐点に戻り、選ばなかった方の道へと向かうが、そこも行き止まりで、やはり一寸した空間があり、何かの作業場跡のような場所。椎茸でも栽培したのか丸太がゴロゴロしている。
 そしてもう時間的にも遅いので、廃村探しはまたの機会にした。しかし、既にここが廃村跡なのだが。
 
   了
 


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2019年11月08日

3565話 ポイントカード


「カードお持ちですか」
「持ってません」
「お作りしましょうか」
「何か良いことありますか」
「ポイントが付きます」
「ほう、どのぐらい」
「一パーです」
「百円の買い物をして一円」
「一万円のお買い物で百円です」
「ここでは千円以下の買い物しかしないので」
「千円で十円です。かなりお得です」
「いや、五百円程度の買い物ばかりなので」
「五百円で五円です」
「そのカードを保管する手間があるでしょ」
「え」
「ですから、持ち歩かないといけない。ところが財布はカードでパンパンだ。これ以上入らない。ひな壇式に差し込む箇所がありますが、一つ入れるところを二つ入れる。するとどうなります」
「さあ」
「なかなか抜けない。それで爪を立てて、力を込めて抜く。その拍子で何か落ちたりします」
「はあ」
「それと私は財布は鞄の奥深くにあるファスナー付きの部屋にしまっています」
「部屋」
「ポケットです。鞄にそのまま入れますと何かの拍子で財布が飛んで出たりします。他のものを取り出すとき、引っ張られてね。それで、奥のファスナー付きの中に入れています。これなら鞄の口が開いていても落ちない。ところがです。これが手の入れにくいところにありましてね。しかもファスナーを引くにはコツがいる。まあ、引くときの方角はいいのですが、財布を戻してファスナーを閉めるとき、生地が柔らかいので、くにゃくにゃで上手くレールを走らない。一方を押さえておけばいいのですがね。だから片手では辛い」
「はあ」
「だから、そういう思いをして財布を出し、爪を立ててカードを抜いて出し、また戻す。その手間賃でポイントは帳消しだ。それが十パーなら考えますがね。十万円の買い物すれば一万円。その規模でないとね。ちなみにお金はポケットに入れています。だから現金はすぐに出せます。万札は財布ですが」
「しかし、塵も積もれば山となります。ここでそれぐらい使われるでしょ」
「使いません」
「では、ポイントなしと言うことで」
「はい」
 この会話が長かったためか、レジに行列ができていた。どの顔も爆発寸前で、あと二秒長引けば、どうなっていたか分からないだろう。
 長説明の男は、さらに続けた。
「ほら、こんなポイントのため、こんなに列ができたじゃありませんか。それに私も、こんなカードのためにこんな無駄な説明をしなければいけない。手間取るだけですな。ははは」
 たまりかねた後ろの客が男を押し出した。
 
   了



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2019年11月07日

3564話 妖怪研究への道


 ある日、妖怪博士の担当編集者が、何故妖怪の研究を始めたのかを聞いてみた。
 妖怪博士はしばらく黙っている。これは考えを纏めているところだろうか。ということはシカトした理由が最初からなかったのかもしれない。
「どうなのです博士」
「理由か。それはなあ」
 まだ、考えているようで、纏めきれないようだ。
「いないからじゃ」
「はあ」
「妖怪はいない」
「はいはい」
「だから研究する」
「分かりやすいようでいて何か妙ですが」
「妙かな」
「はい、変です」
「どうして」
「いないものを追いかけているわけでしょ。結局は見付からない」
「だからいいのじゃよ」
「そうなんですか」
「本物は最初からいない」
「いるかもしれないと思い、研究されているものと思っていましたが」
「本物というのは、そのものじゃ。掛け値なし。リアル」
「はい」
「リアルなものには妖怪性は希薄となる」
「妖怪性ですか」
「本物はきつい」
「はい」
「出るかでないか、見えるか見えないかあたりが一番美味しいのじゃ」
「それはどうしてでしょうか」
「あとは想像。これがいい」
「つまり、想像とか、空想を楽しむわけですね」
「何事も現実化すると、つまらんじゃろ。それ以上先はない。そして下手な空想よりも、もろの現実が強い。幻想を剥ぎ取られてしまう」
「そういう難しい話でしたか」
「そのてん、妖怪には現実はない。いないのだからな。だから安心じゃ」
「といっているところに本物の妖怪が現れたりしますよ」
「耳妖怪、目妖怪」
「障子に目あり壁に目ありですね」
「それらはそれぞれ妖怪だろ」
「耳付きの塗り壁のような」
「そうそう」
「障子付きの目玉親父のような」
「うむ」
「分かりました」
「何が分かった」
「いえいえ、大体了解しました。ところで、妖怪が出たのですが、どうしましょう」
「ここにか」
「違います。目撃者が現れました。顔が猿のようなやつのようです」
「猿顔の人じゃろ」
「行きませんか」
「その話は、それで終わり」
「でも猿人間ですよ。猿の惑星ですよ」
「どの顔を見ても、じっと見ていると、猿に見えてくるもの。こいつはゴリラだな、とか、こいつはチンパンジー、こいつはオランウータンか、などと、当てはまるはず」
「そうですが」
「だから猿顔など、いくらでもおるではないか。見飽きるぐらい」
「違うのもありますが」
「猿に該当しない顔かね」
「違います。ミミズの巨大ななのが、現れたのです」
「この前の雨で膨張したんだろ」
「はい」
「ある特徴を大袈裟に言う。これも妖怪化への道じゃが、もう少し風情が欲しいのう」
「目撃者は子供が多いので」
「分かった。良さそうなのがあれば、行ってみる」
「はい」
「しかしじゃ」
「はい」
「いい大人がこんなことをしていていいものだろうか」
「仕事ですから」
「そうじゃな」
 
   了




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2019年11月06日

3563話 宝刀


 村岡はいいものを持っているのだが、それは宝として取って置いた。これは切り札と言うほどではないが、守り札のようなもの。滅多に使わない。普段使うのはそれよりは劣ったもの。しかし、それでもそこそこの動きはするので、問題はないが、不満に思えることも多々ある。それで違うやり方をすることで凌いでいる。
 しかし、最初から良いものを使えば何の問題もない。むしろ出来がよすぎて困るほど。実はそれで困ったわけではないが、あまりにもよくできると使いすぎない方がいいと感じる。常にベストのためだろう。これでは息がつまる。遊びがない。
 要するに村岡は出し惜しみをしている。精鋭部隊を使わない。まあ、それを出してしまうとあとがないためもある。二軍の部隊、B級の部隊を使っている方が余裕がある。いざというとき、精鋭部隊を出せばいいのだ。しかし、いざというときを作らない方がいい。
 最初から最後までいざというときばかりの戦い方をしている場合もある。全てを出し切っても間に合わないのだ。それは最初から無茶な戦いに挑むためだろう。
 宝の持ち腐れというのもある。いいものを持っているのに出し惜しみ、使い惜しみをするタイプ。ケチなのかもしれない。こんなところで使うのがもったいないと。
 しかし村岡が持っている宝はそんな大層なものではない。どちらかというと二流三流レベルのものだと思われているが、それは外見で、実際には刀で言えば名刀。馬で言えば名馬。だが、そう見えないところがミソ。これは村岡が発見し、見出したもの。
 こういうのは知る人ぞ知る優れたものだが、優れものとしての評価はなく、またそれが優れていることを知る人も少ない。気付いていないのだ。
 だが、村岡は気付いた。
 村岡はたまにその宝刀を使う。決して宝刀には見えないのが特徴。そして、さっと引っ込める。宝刀は隠し持ったままでは駄目だし、振り回しすぎても駄目。あるタイミングのときだけ、そっと使う。
 それはどのやり方でも無理なときだけ、そのやり方をする。いつもは使わない。だから、守り札のような切り札。たまに切っているが、気付かれない。
 というような案配になることを村岡は考えたのだが、そんな宝刀など、やはり何処にもないようだ。
 神業とは神しか使えないので、人では無理だ。
 
   了

 

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