2019年01月18日

3871話 詰める


「何を考えておられるのです」
「ああ」
「おっしゃっていただければ、そのように致します」
「いや、大したことじゃない」
「やはりそうでしたか」
「気にするようなことではない」
「しかし」
「言っても詮無いこと」
「ご命令を」
「命じる必要はない」
「では、お一人で」
「うむ」
「しかし、お聞かせください」
「そうか」
「やっとその気になられましたか」
「ずっと気にはしている」
「で、どのような」
「些細なことじゃ」
「はい」
「詰められん」
「はあ」
「将棋じゃ」
「それなら、我々が何とか致しましょう」
「詰めるのは難しい」
「我らにお任せを、そんなことをお一人ではできぬこと」
「これは一人でやるもの」
「我らも被りましょう。できれば、我らだけでやらせてください」
「それはできぬ。一人でやるもの」
「このところずっと思案されております。心配でなりません」
「もういい」
「あのことでしょ」
「詰めが甘い」
「身動きできぬように我らが計りましょう」
「いや、これは一人でやる将棋」
「それはいけません」
「助けは無用」
「はあ」
「分かっておるのか」
「島崎様のことでしょ」
「違う。詰め将棋で詰め寄るどころか、わしが詰まってしもうてな、何ともならん。一からやり直すにしても、ここまで詰めたのは初めて、二度と同じことができんかもしれん。あと一歩。あと一歩」
「詰め将棋」
「歩じゃ。歩を甘う見ておった。あの歩が邪魔で何ともならのじゃ」
「島崎様の歩と言えば使い走りの立花。分かります」
「そういう話ではない。島崎も立花も出て来ん。詰め将棋の続きを毎日やっておるといっておるじゃろ」
「分かりました。島崎様の前に、立花を始末しましょう」
「違うと申しておるに」
 
   了




posted by 川崎ゆきお at 12:10| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月17日

3870話 夢の残党


「あの頃ねえ」
「そうです。あの頃のようにはいきませんか」
「あの頃は遠い夢を見ていた」
「それは可能な夢でしょ」
「しかし、力不足で、遠くまでは行けなかった。一寸町内を出たところで、終わっていた」
「いえ、もう少し遠くまで行ってましたよ」
「夢があったからねえ」
「今はないと」
「距離が短くなっただけだが、それもどんどん狭くなった」
「もう一度野望を抱かれては如何です」
「それは如何なものか」
「あの頃の仲間はほとんどいません。減りました。残っているのは私とあなたぐらい。無人の荒野を行くようなものですよ。遮るものがない」
「もう誰も見向きもしなくなったためでしょ」
「すいてます」
「行列ができない店へ行くようなもの。あれは行列ができておるから入りたがる。しかし、それだけのものがあるから並ぶんだろうねえ」
「今ならあの頃の夢を掴み取れますよ」
「君と二人しかいない。掴めて当然だ。そんなに掴みたいのなら、君が独り占めすればいい。何故そうしない」
「一人では心許ないので。それにあなたはリーダーだった」
「私が放棄すれば、君は行くかね」
「さあ」
「頼りないねえ。欲しくはないのかい」
「少しだけ」
「もう本気で欲しがるようなものじゃなくなっている。得たとしても大したことはない。しかし夢もカスを掴める」
「はい」
「しかし、まだそんな情熱が残っているのだから、大したものだよ」
「いえいえ、簡単に手に入るのですから、情熱も必要じゃありません」
「しかし、若い頃果たせなかった夢が果たせる」
「そうなんです。それが大事かと」
「うーむ」
「今頃手に入れてももう遅いということでしょ」
「そういうことだ」
「じゃ、私が一人でやります」
「そんなことはいちいち断らなくてもいい」
「もしもですよ」
「何かね」
「まだ役に立つ可能性もあります」
「既に終わった世界だ。誰もそこへは向かっていないのがその証拠」
「意外とそれが盲点かも」
「もしかして、と考える程度の夢か」
「そうです。もしかして、です」
「うーむ」
「どう化けるかは分かりません。復活するかも。そのときは先頭に立てますよ」
「しかし、若い頃、挫折したものなど、もう二度と見たくない」
「その気持ちは分かりますが、情熱を持ち続けていることが大事です」
「いや、もうあのことに関しては情熱など消え、すっかり冷めておる」
「そこを温めるのです」
「君一人で行きなさい」
「こういうのは一人ではできません」
「困ったねえ」
「簡単に取れます。情熱も継続力も必要ありません。瞬発力も、知識も。何故なら、競う相手がもういないのですから」
「しかし夢には相当しない」
「ですが叶うのです」
「分かった。君がそこまで言うのなら、付き合うよ」
「有り難うございます」
「夢見る力がなくても叶う夢か」
「はい、いい趣向でしょ」
「そうだね。一人じゃ馬鹿らしくてできんが、確かに二人ならできる」
「あの頃のように進みましょう」
「よし分かった」
 
   了



posted by 川崎ゆきお at 11:33| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月16日

3869話 階段落ち


「これはよく見る夢なんですが」
「はい、お話しください」
「階段の夢です。鉄の階段でして、壁沿いにあります。その階段がぐらぐらするんです」
「それは知っている階段ですか」
「そうです、昔住んでいた木造モルタル塗りの文化アパートです。しかし階段や二階の通路だけは鉄骨が入っています。むき出しの。だから階段も鉄です」
「それは昔住んでいた場所の階段というだけの夢でしょ。だから思い出のようなもの」
「上り出すとぐらぐらがひどくなり、一段ほど欠けていたり穴があったりで、それに二階への階段なのに、長くなっているのです」
「ほう」
「そして上りきるのですが、外側の手すりがぐらぐらで、その端の鉄柱も頼りないものでして、横へ回転するのです。上の屋根から外れているのです」
「それは実際にありましたか」
「ありません。夢の中だけでの話です」
「それから?」
「今度は下りるときが大変で、上るときよりも怖いのです。上るときに比べ、勾配が強くなっています。それに下を見ると、地面が遠い。三階か四階ほどあります。それで下りられないのです」
「部屋はどうなっています」
「部屋の中は夢では出てきません。階段付近だけです」
「はい」
「結局、勇気を出して下り始めるのですが、途中で階段がガクンガクン、がーんがーんと音を立てて壊れ始めました。先ず手すりが落ちました。そして壁沿いだったのが、そこから外れて、空中に浮いているのです。これは危ないと思いながら何段か下りると、ちょん切れました。それががーんと地面に落ちました」
「それは危ない」
「もう階段か何か分からないものにぶら下がっている状態です。これは落ちる。下に落ちるとワーとなったとき、夢が覚めました。このバリエーションは複数あるのですが、まあ似たようなものです。これは何でしょう」
「階段が落ちる夢でしょ」
「そうです」
「階段落ち」
「え」
「階段からあなたが落ちるのではなく、階段が落ちる夢で、それを階段落ちといいます」
「そういうタイプの夢があるのですね」
「そうです」
「それは何を表しているのですか」
「ただの落とし話でしょ」
「意味はないと」
「はい」
 
   了



posted by 川崎ゆきお at 12:27| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月15日

3868話 菜の花を見た


 どんよりと曇った冬の空。雨になるか雪になるか。おそらく雨だろう。降るとしてだが。なぜならそれほど寒くはないため。
 小林がそんな空の下を自転車で走っていると、畑に菜の花が咲いている。それもたった一株。まだ大寒前。冬の終わりなら春を知らせてくれるが、まだ早い。春の前に真冬の底が待っている。
 菜の花であることは間違いない。毎年この畑の横を通っており、春になると菜の花畑になる。
 小林は不思議なものを見た思いだが、冬でも桜は咲く。
 自然の理は季語とは違う幅やばらつきや例外がある。冬に咲く朝顔、これも珍しくはない。
 その畑の菜の花、見たのは小林だけではないはず。畑の主も見ているし、当然通りがかりの人も見ている。だから、小林がそれを見たからといっても特別なことではない。誰でも見ることができる。ただ、受け取り方が違う。
「冬の菜の花ねえ」
「啓示です」
「すぐにそこへ行く悪い癖があるね」
「今年は春が早い」
「それは啓示ではないでしょ」
「そうでした」
「君は予言を信じるかね」
「予言など聞いたことがありません」
「そうだね。予言者もいないしね」
「昔の予言は聞いたことがあります。読んだり、ドラマで見たりとか。ゲームなんかにもよく出てきます」
「リアルで聞いたことは」
「一種の予言ですが」
「どんな」
「新製品の予言とか」
「それは予想だろ。もっと神秘的なのはないかね」
「ありません」
「じゃ、菜の花を見て、予言と思ったのはどうしてだい」
「予言ではなく、啓示です。お告げのような」
「そこにどうして結びつけるのかね」
「ドラマでよくありますから」
「それで君は菜の花から啓示を受けたと」
「いや、そこまでいきません。意味するところが分かりませんから。ただ春が近いというだけで」
「素直な解釈だ」
「でも強引に結びつけられなくもありません」
「消極的な言い方だね。自信がないためだろ。言ってみなさい」
「春の意味です」
「ああ、この世の春とか、我が世の春とか、そういう解釈だね」
「春にはいろいろな意味が含まれていますから、それとは限りませんが」
「じゃ、何かね」
「ただの印象ですが、良いことがあるような気がしました」
「その根拠は」
「気がしただけです」
「気のせいだ」
「はい」
「しかしねえ」
「何でしょう」
「どうしてそういうことを私に話した。話すような内容じゃないでしょ」
「ネタです。会話の」
「あ、そう。まあ少しは間が持った」
「はい」
「しかし、他の人には言わない方がいい」
「そうなんですか」
「弱々しく見えるからね」
「意味がよく分かりませんが」
「啓示とか予言とか、そっちの話はしない方がいいのです。ここでは」
「はい」
「私達の仕事を全部否定しかねないのでね」
「あ、はい」
 
   了


posted by 川崎ゆきお at 11:38| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月14日

3867話 リアルなファンタジー


 誰が敵か味方か、分からないことがある。敵や味方は最初からいるわけではないが、そのうちできてくる。またディフォルトの味方もいる。最初から味方であろうと思えるような集団。当然その中にも敵がいる。味方なのだが、敵。
 逆に敵の中にも味方がいる。すると味方の中の味方と、敵の中の味方が味方の総数となる、そういう見方もあるが、敵か味方かよく分からない存在もある。人や場所、団体なども含めて。
 ある事象で敵が味方になり、味方が敵に回ることもある。だから誰が敵か味方かが分からなくなったりする。動きがないときは分かりやすいが、変化すると分かりにくくなる。
 ある事柄では味方になってくれるが、ある事柄では敵になってしまう。
 敵の敵は味方ともいわれている。共通の敵を持つ場合、組んだ方が有利。それで敵を倒すと、今度は組んだときの味方が敵として浮かび上がったりする。
 また敵に打ち勝ち、それを味方に加えるたり、敵に負けて、その敵の味方をするようになることもある。
 また全ての敵を打ち払い、全部が味方になったとき、味方の中に敵を作ったりする。
 天敵が救いの神になったり、守護神が疫病神になったりもする。
 ということは敵も味方も同じようなものだろう。
 宿敵もいる。これは長いだろう。宿命の敵なのだから。これは早く倒してしまうと、やることがなくなったりする。だからといって新しい敵を作るわけではないが、そんなことをしなくても敵は現れる。
 背中を撃たれる。これは味方側が急に敵に回って襲いかかってくる。背後からなので、油断している。背後にいる身内なのだから、その方向には敵がいないはず。これは裏切りだろう。まさに正面からではなく裏から斬られる。
 本当は味方同士なのに、同士討ちのようなことになることもある。内紛だ。
「父ちゃんは敵だ」
 と叫んで家を飛び出した息子もいる。本当の敵よりも、厳しい親の場合、そんな気にもなるのだろう。
 敵の発生と味方の発生はどちらが先か。敵がいるから味方を集める。また、敵ではないというだけでは味方ではないが、味方に付けることもできる。
 味方が多いので敵が発生することもある。どちらが先だろうか。
 これはその人の物語に関係する。夢や希望とか将来。それを叶えるのを邪魔立てするものを敵と見なしたりする。
 それが淡い夢でも、リアルで可能な夢でも、同じようなもの。その人のストーリー上では敵になるのだろう。
 しかし、物語には起伏や意外性が必要。敵が味方に、味方が敵に、などは物語の常套手段。
 リアルなファンタジーを人は書き続けながら歩むのだろうか。
 
   了



posted by 川崎ゆきお at 12:21| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月13日

3866話 蓬莱窟


 蓬莱窟の場所を知っている人物をやっと探しあてたが、ただでは教えてくれない。大金を払っても無理だが、どうせそんな金はない。脅しつけて聞き出すのも気が引ける。
 しかし、この人物、困った人ではないが、困りごとがあるらしく、そのことを知る。それを解決してやれば蓬莱窟を教えてくれるらしい。
 この人物の娘が行方不明になり、それを探し出せばいい。この人物もそれなりに探したのだろうが、それでも見付からないとなると、赤の他人では無理。また人にも頼んでいるはず。
 既に亡くなっているのか、または進んで家を出たのかもしれない。それなら生きていても姿を表さないだろう。
 蓬莱窟。それは人が掘った横穴で、そこに貴重なものがあるらしい。しかし、何処にあるのか分からないのだから、行きようがない。娘もそうで、行方不明で手掛かりもないので、探しようがない。
 ところが先に娘の手掛かりが分かった。その手掛かりを知っている人がおり、その人を探すことになる。その人は旅の商人。これは分かりやすいが、今何処にいるのかは分からない。四日前まで滞在していた宿場がある。それで場所ぐらいは分かる。
 宿場宿場を泊まりながら旅をしているのなら、計算すれば、どのあたりの宿場にいるのかが分かる。急いで行けば、商人の行く距離をどんどん縮められる。
 数日で、旅の商人が昨夜までいた宿屋を見付ける。そして翌日、宿場近くの村で櫛や簪を売っているところを押さえた。
 商人に娘のことを聞くと、それらしい娘から話しかけられた同業者から聞いたという。この櫛売りは直接娘とは会っていない。
 それで、その別の商人、これは膏薬売りだが、商売に出るのはたまで、いつもは故郷にいるらしい。そこで膏薬を作っているらしい。
 その故郷へ行くと、幸い狭いエリアで商っているらしく、近い場所にある。少し山奥だが。
 それで膏薬売りに娘のことを聞くと、その娘は遊女らしい。旅の遊女なのだ。年格好は合っているが、どうして遊女などになったのかは分からない。しかし、その遊女が嘱する場所がある。何らかの組織に入っているのだ。勝手にやっているわけではない。
 その家を教えてもらう。
 しかし、廃業したらしく、もう遊女の住処ではなくなっていた。
 だが、多少の手掛かりを得たので、蓬莱窟を知っているあの人物に知らせに行った。探しても見付からなかったが、最新情報を伝えることで、蓬莱窟の場所を教えてくれるかもしれないと思ったわけではないが、それ以上探すのが億劫になったのだろう。 その人物、つまり娘の親だが、その消息を聞いただけで安堵したようだ。娘が行方をくらましたのは、遊女になりたかったため。親はとんでもない話だと思い、当然許さない。
 それで改めて蓬莱窟のあり場所を聞くが、やはり駄目だった。
 それでもその人物の家業の炭焼きを手伝ったりして、粘っているとき、遊女が帰ってきた。
 その容姿を見て、これは客など付きようがない。だから遊女見習いのまま終わったらしい。
 娘は炭焼きを手伝い、元に戻った。
 その娘から蓬莱窟のことを聞くと、簡単に教えてくれた。すぐ近くの渓谷にあるらしい。
 言われた通りの険しい道を下って渓谷に出る手前で、もうその横穴ははっきりと見えていた。これなら、自分で探しても見付かっただろう。
 人が掘った横穴だけに浅い。その奥まで入っても光は届く。
 やっと探し当てた蓬莱窟だが、めぼしいものはない。壁に仏像の浮き彫りがあるだけ。しかし、岩盤を掘り、さらに仏像まで刻むのだから、長い年限が掛かっただろう。
 仏像は入り口付近に多くなり、奥へ行くと、もうないが、掘りかけの仏像がある。岩に刻んだ磨崖仏だが、途中で放置している。これが展示場なら、まだまだ展示できるスペースがある。
 それでがっかりして戻り、炭焼きの男に、あれはどういうことかと聞く。
 すると、あれを彫っているとき涅槃状態になり、不老不死の仙人になったような気になるとか。だから、そんなバカな真似をさせないように教えなかったらしい。
 蓬莱窟を探していたこの男も、それで納得したようだ。そして、炭焼きの娘と結婚した。
 そこを立ち去らなかったのは、あの蓬莱窟、それだけのモノではなく、まだこの炭焼きが本当のことを隠していると感じたため。
 それから歳月が流れ、炭焼きは老いて亡くなった。最後まで蓬莱窟の秘密は聞き出せなかった。
 二人の間にできた子が娘になった頃、行方不明となる。間を置かず、さっと旅人が訪れ、蓬莱窟の場所を聞きに来た。
 
   了
 


posted by 川崎ゆきお at 12:59| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月12日

3865話 千枚漬け仕事術


 山下は余裕がある。おかずの予備があるためだ。おかずとは何か。ご飯のおかずだ。
 普段使っているお金は小銭と千円札。万札を使うようなことは余程の買い物でないとないので、日常の中にはない。ところが千円札が切れ、五百円玉もなく、百円玉や十円玉ばかりになった。それらはズボンのポケットに入れているので、手を突っ込めばすぐに分かる。紙がない。
 それでは困るので、万札を崩さないといけない。場所としていいのはスーパーだ。多い目に買えば千円前後使う。
 それでタイミング的に夕食前だったので、食材を買うことにした。その日に食べるものしか普段は買わないのだが、保存が利くものなどを余分に買った。レトルトもので室温で保存できるハンバーグセットとか、棒鱈とか、おでんセットとか。
 もうそれだけで三食分の夕食が間に合う。棒鱈など一気に食べるわけではないので、結構持つ。一応魚だ。しかも常温で保存の利く。
 それで一万円札を出し、おつりで千円札を多く得た。どうせ買わないといけないおかず。贅沢をしているわけではない。買い置きだ。これで四日ほどは持つだろう。
 当然それらはメインのおかずで、それだけでは淋しい。ハンバーグセットに少しだけブロッコリとポテトフライが入っているが、それでは足りない。また味噌汁の子もいるだろう。豆腐や野菜は買い足せばいい。葉物は買いだめできない。
 それで千枚漬けを買った。冬はこれがいい。カブラを薄く切ったもの。甘酸っぱさがあり、そこに昆布が入っており、その粘りがいい。カブラの粘りか昆布の粘りかは分からないが。またアクセントとして小さな唐辛子が入っている。白地に赤は目立つ。さらに大きな円形ではなく細かく切ったものなので、食べやすい。
 山下に余裕ができたのは、おかずの買い置きができたため。これで数日は夕食の惣菜について考えなくてもいい。
 予備がある。これが余裕に繋がった。その間、準備しなくてもいいことも。
「おかずねえ」
「そうです。おかずの予備。これのあるなしでは余裕が違います」
「ただの惣菜でしょ」
「いやいや、これは食欲とも関係します。カロリーや栄養素をガソリンのように入れれば、大丈夫というわけじゃありません」
「米がメインでしょ」
「ああ、米は当然ありますよ。一番小さな袋でもそこそこ持ちますよ。毎日買いに行くようなものじゃありません」
「ご飯さえ食べておれば、それでいいでしょ」
「それじゃ、つまらんでしょ。ご飯だけでは。それに塩分とか、そういうのがないと、ご飯だけ食べるのはきついですよ」
「しかし、余裕というのはねえ君」
「はい」
「おかずの買い置きがあることかね」
「三日か四日はいけます」
「それは食事での余裕かね」
「食費はあります。食べるものが買えないのではありません。しかしそれほど余裕はありませんが」
「そうだろ。余裕のある生活とは、食費以外でも金が使えることだ」
「エンゲル係数ですね」
「最近あまり聞かんがね」
「しかし、先日、それで余裕とは何かのヒントを得たのです」
「買い置きのようなものがあるかどうかでしょ」
「これは下準備が豊かだと、余裕が生まれるのと同じでしょ」
「そう持っていくか」
「学校でも予習して行けば、余裕です」
「一番大きいのは貯金だろ」
「それには限界があるでしょ。それに貯金のために節約すると、日々が淋しいままです」
「何が淋しいのかね」
「日々の憩いがです」
「まあ、それはいいが、その余裕の教訓を活かして、仕事も余裕を持ってしなさい」
「仕事は嫌ごとですから、どうせ何を仕込んでも嫌なことは嫌なままです」
「そんなおかずのことなどどうでもよろしいから、仕事術を身に付けなさい」
「はあ」
「おかずに買い置きで得た教訓を活かせばいい」
「じゃ、仕事はご飯で、それに添えるおかずですね」
「仕事のおかずって、何だい」
「今、考えている最中です」
「仕事は米。ご飯。白いご飯。それだけを食べておるから楽しくないのだろ」
「何でしょう、仕事のおかずって」
「知らん」
「あ」
「出たかね」
「千枚漬け」
「おお」
「これは食が進みます。これですね。これ」
「仕事に千枚漬けを添える。では、千枚漬けは何に相当する」
「さあ」
「ここからだよ君。さあ、仕事と千枚漬けについて考えなさい」
「駄洒落ぐらいしか思い付きません」
「それはここでは言うな」
「はい」
「仕事が捗る何かだ」
「仕事以外の何かを付けることですね」
「よしよし、そのあたりだ」
「甘酸っぱいからです」
「応用や置き換えが効かん奴だなあ」
「無理ですよ。閃きません」
「唾液と関係する」
「はい」
「仕事と唾液。さあ、どうだ」
「唾液が出て食が進む。仕事が進む」
「その先だ。もっと具体的に。脳から唾液を出しなさい」
「やはり個々のおかずの問題じゃなく、買い置きがあることで余裕が生まれたのですから、仕事も余裕を持ってできるようになればいいわけでしょ」
「そんなあたりまえのことが答えかね」
「しかし、いいんですか」
「何がだ」
「こんなウダ話をしていて」
「ん」
「仕事に戻った方がよろしいかと」
「これがおかずなんじゃ」
「ああ、なるほど」
 
   了


posted by 川崎ゆきお at 12:36| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月11日

3864話 陰陽五行説


「陰陽五行説をご存じか」
「一週間のことでしょ」
「え」
「月火水木金土日」
「それの月と日はいらない」
「じゃ、火水木金土」
「陰陽なので二つに分かれる」
「どれが陰で、どれが陽ですか」
「火曜と木曜が陽」
「はい」
「水曜と金曜は陰」
「分かりました。暖かいか寒いかでしょ」
「確かに日は暖かい。暑いといってもいい。木は暖かいかどうかは分からんが、燃える。だから陽」
「水と金は冷たそうです」
「これが五行説」
「土は」
「中間」
「え」
「間」
「じゃ、陰陽五行説じゃなく、陰陽四行説じゃないですか」
「五行説では五つしかないが、陰陽では、あらゆるものがどちらかの性質を持っておる。ものだけではなく、現象もな。人の行為もそうじゃ」
「じゃ、単純な二元論」
「そうとも言えん。この五行が互いに関係し合っておる。相性のようなものがあり、強かったり弱かったりする。まあ、グーチョキパーのジャンケンのようなものかな」
「それがどうしたのですか」
「冬は当然、陰」
「夏は陽ですね」
「春も陽」
「秋と冬が陰ですか」
「男は陽。女は陰」
「分かりました。太陽は陽で、月が陰」
「そうそう」
「分かりやすいですねえ。イメージですね」
「ただ、土が問題なのじゃ」
「はい」
「陰陽五行説では土は陰陽どちらでもないがどちらでもある」
「はあ」
「まあ五行説なのでな、陰陽に分けるとなると、片方が一つ多くなり、また片方が一つ少なくなる。三対二か、二対三になる」
「じゃ、最初から六行説や四行説にすればいいのに」
「それを敢えて五行説にしたところに、意味がある」
「何ですか」
「中間を入れたことじゃ」
「土ですね」
「そうでないと、ただの二元論になる」
「じゃ、土曜が大事なのですね」
「火水木金ときて土日月とくる」
「日と月は五行説には入っていないのでしょ」
「週の終わりと週の初めが繋がっておる」
「確かに日曜日は陽です。しかし翌日の月曜は陰です。いやです。休み明けは。月曜はいやです」
「明治になってからかもしれんが、土曜日は半ドン。役所がそうだったのかどうかは分からんが、午前中で終わる。土曜の当て方としてはふさわしい」
「火曜水曜木曜金曜の割り当てはどうですか」
「陽陰陽陰の並びになり、綺麗に交互に来る。見事じゃ」
「それは自然界を模した原理のようなものですか」
「それもある。分かりやすいからな。しかし、その性格付けは人為的なものだろう。規律、規範、それに役立つ。だから本来のものとは違ったりする。
「たとえば」
「女性は月や海。男性は太陽や大地。これは強引じゃな。陰陽五行説のような中間がない」
「土曜日がやはり曲者ですねえ」
「半日仕事で、半日休み」
「仕事は陰ですね。そのあと陽気な休み。そういうの、役に立ちますか」
「水は土に弱く、土は金に弱いが、土から金が生じる」
「分かりました。土曜日は休みですが、バイトに行きます」
「そういう話ではないのじゃがなあ」
 
   了

posted by 川崎ゆきお at 12:07| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月10日

3863話 ゲテモノ


「何が良いのか分かりませんねえ」
「価値の問題でしょ」
「ああ、価値の」
「価値は人によって違いますが、まあ、似たようなものでしょ」
「価値観も時代によって違うでしょ」
「一年でも変化しますよ。それに子供の頃の価値観と大人になってからでは違う」
「じゃ、価値は安定していないと」
「相場のようなものでしょ。しかし普遍の価値というのもあるようですが、価値の賞味期限が長いのでしょうなあ」
「最近私は思うのですが、さりげなくやったことがもの凄く価値のあることだったりしましてね。逆に狙い撃ったように、これは値打ちものだと思い、やったことがそれほどでもなかったりします」
「価値に飽きているのでしょうねえ。定番過ぎると」
「そうじゃなく、価値があるかどうかも分からない状態でさりげなくやったことが意外といけたりします。でも柳の下にはもうドジョウはいない」
「それは値打ちがあると思い、狙い撃ちしたからでしょ」
「似たようなことをしたのですがね。あまり価値はなかった。すると、一時だけの価値だったのかもしれません」
「さりげなさというのはいいポイントですねえ。しかし、次からはさりげなくはできない。ここでしょうねえ」
「やはり定番物の価値あるものをやる方が無難ですか」
「しかし、一寸違うものが欲しい。あまり注目されていないが、価値のあるもの」
「価値を掘り起こすわけですね」
「見出すわけです」
「やはり、それも狙ってやるわけですから、さりげなくとは一寸違いますねえ」
「さりげなくに拘りますねえ」
「簡単にさっとやってしまえるからですよ」
「それは本当にさりげなくですか? 価値を意識しないで」
「はい」
「何処かで値打ちものだと思っているのでは」
「そうでしょうねえ。何か良さそうな感じがしましたので、きっとそうでしょう」
「わざとらしいさりげなさもありますねえ」
「それじゃさりげなさじゃないでしょ」
「このあたりが臭いと思い、さりげなく掘るとか」
「それはあります。時期的に、ここが痒いので、掻くような感じです。それと、最近ご無沙汰なので、たまにはやってみようとかも」
「要するに正面からではなく、違うところから攻めるわけですね」
「攻める気はありませんが、気が向くのでしょうねえ」
「それはマニュアル化するのは難しいです」
「マニュアルというのは既にあることを繰り返す手順のようなものでしょ」
「そうです」
「まだ価値がはっきりとしない先物買いが私の好みです」
「それには冒険が必要なのです」
「そうです。道が付いていないわけです。行き止まりだったりします」
「しかし、普遍性の高い価値観が安定しているものの方がいいですよ」
「でも飽きません?」
「飽きます」
「あまり価値がないとされているものを、もう一度見直すのも悪くないですよ」
「悪くはないですが、良くもないでしょ」
「もう既に誰もが放置したようなもの、見向きもしないようなものの中に、何かありそうな気がします」
「復活ですなあ」
「そうです。今このタイミングなら、いけそうなものがありますよ」
「たとえば?」
「それは業務秘密です」
「ないのでしょ」
「まあ、そうですが、見付けておれば、こういう話もしませんよ」
「なるほど」
「長く封印されていたものとか」
「それが、例ですか」
「そうです。または考え方としては、既に終わっている思想とかです」
「要するにゲテモノ食いでしょ」
「下手に出て、下手投げを食らわすのです」
「僕は上手投げが好きだなあ」
「あ、そう」
 
   了


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2019年01月09日

3862話 初夢合わせ


「初夢は何を見ました?」
「もう大分前ですねえ」
「でも幾夜の中でも、初夢は起きたとき、覚えているでしょ。またはどんな初夢だったのかを、チェックするんじゃありませんか。一番注目すべき夢でしょ。一年の中でもね」
「元旦の夜に見たものですか?」
「二日の夜でもかまいません。これはサブというか、予備というか、見なかったとき用に二回チャンスがあるのです。また二日続けて見た場合、いい方を選べばいいのです。しかし、元旦、その日を過ごした後に見る夢の方が区切りがいいでしょ。元旦の朝に見た夢は去年の分です。夢は昼間の印象を多く残しています。元旦の朝では去年の昼間ということになります」
「確かに見ましたが」
「元旦の夜に見た夢ですか」
「そうです」
「では二日目の朝に思い出した夢ということになります。それで結構です。覚えておられますね」
「はい」
「じゃ、予備は使わなくてもいいでしょ。それで、どんな夢でした」
「福助」
「ほう、それは縁起がいい」
「それが、気持ちの悪い夢でした」
「ほう」
「使っていない奥の座敷があるのですが、襖を開けると、そこに福助がずらりと並んでいるのです」
「大きな頭で、背が低く、髷を結っており、裃袴で座っている姿ですね」
「それが大勢ずらりと並んで座っているのです」
「ますます縁起がいい夢です」
「よく見ると、子供ですねえ」
「座敷童子のようなものです」
「その後ろに招き猫が寝転がっていました。何匹も」
「おお、招き猫。これは客を招く縁起物です。あとは宝船でも浮かんでいればいいのですが、座敷じゃ無理ですね」
「福助は半眼で薄笑いしていました。目は笑っていません」
「ん、何としたことでしょう。で、猫は」
「猫はそういうのとは関係なく、寝ていました」
「招き猫でしょ、座って手で招いていませんでしたか」
「座っているのもいましたが、眠いのか、左右に身体が揺れていました」
「大量の福助と招き猫。これは」
「これは、駄目でしょ」
「はあ」
「多すぎるし、福助の顔が怖いし、猫も招くのをサボっているし」
「そうですなあ。数が多いといいというものではない」
「そうでしょ」
「それで夢は何処で終わりました」
「はい、福助が立ち上がり、相撲を取り始めました。何人もいますので、座敷のあちらこちらで土俵を作り」
「初場所ですなあ。それで猫は」
「猫がいるところでも相撲が始まったので、寝転がっていた猫も起きて、福助達の周りをぐるぐる回り始めました。もの凄いスピードで。それが土俵のように見えました。
「土俵猫ですな」
「それはどういう縁起ですか」
「米俵なら分かりますが、土俵でしょ。これはありません」
「しかし、裃袴の福助の相撲を見ていると、行司が相撲を取っているようにも見えました」
「そのあと、どうなりました」
「最初は相撲だったのですが、蹴ったり殴ったり、頭突きや肘打ちをかましたりして、着物ははだけ、もう乱闘です」
「猫は」
「猫は巻き添えを食うので、飛び上がって、家具の上に避難していました」
「そのあとは」
「あのう、私が」
「私がどかしましたか」
「その福助達の中に入って投げ飛ばしました。何せまだ小さな子供程度の体格しかないので、楽勝でした。それで、全部福助をやっつけました」
「ほう。で、そのあとは」
「そこで終わりです」
「んーん」
「どうですか。この夢」
「縁起物を倒したとなりますと」
「いい夢じゃないと」
「いや、夢の中の成り行きが大事なのではなく、福助が出てきた夢を見ただけで、いい夢ですよ」
「あとで思い出すと、気味の悪い夢でした。福助を退治したので、これは今年、福に恵まれないと思い、忘れるようにしましたが、まだ、今も思い出せます」
「福助の夢を見たのですから、吉です」
「それから」
「まだあるのですか」
「二日の夜。また同じ夢を見ました」
「ほう、どんな」
「私が福助になり、座敷で座っているのです。そして何がおかしいのか、ニタニタ笑っていました」
 
   了



posted by 川崎ゆきお at 12:51| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする