2019年03月09日

3921話 風邪と会話


 風邪を引いたのか、竹岡は喉がおかしい。それを感じたのは昼をかなり過ぎてから。朝から体が重いと感じていたのだが、風邪だったようだ。喉に来ているようなのだが、それにしばらく気付かなかったのは、声を出していないため。つばを飲み込んでも痛くない。
 朝から昼過ぎまで、一度も声を出す機会がなかった。そういえばくしゃみもしていた。しかも連発した。あちらこちらで噂になっているわけではない。この連発で気付いたのだが、少し疑っただけ。くしゃみは一発だとホコリでも入ったとき、たまにある。しかし、連発となると、これは風邪を疑うべき。
 はっきりと風邪だと分かったのは昼過ぎに声を出す機会を得たため。店屋で、ああとか、はいとか、言おうとしたのだが、声が出ない。出るには出るがガラガラしているようで、通りが悪い。これが歌手なら大問題だが、少しかすれ声になる程度。しかし綺麗な声を出すには、かなり力がいる。通りが悪いためだ。
 そのあと、マイクのテスト中のように、あーあーとか、小さな声を出してみたのだが、やはりガラガラしており、しかも響く。そして最初の一発目の声が厳しい。
 竹岡は一日の中で、声を出す機会を数えてみた。ほとんどはアーとかウーとか言っている程度で、単語以前だろう。まあ、行きつけの喫茶店などは無言。黙っていても注文品は出てくる。軽い会話などもない。犬や猫程度の言葉だ。これを言葉と言えるかどうかは分からない。唸っているだけとか。擬音とか。
 そういえば長い間、人とそれなりの会話などしていないことに気付いた。たまに人とばったり会い、二言三言話すことはあるが、挨拶程度。それでも竹岡にとってそれは長セリフになる。覚えられないような。しかもそのほとんどは短い。まあ、それで用が足せる。習い立ての外国語で単語だけを並べて話しているようなもの。相手もそれなりに意味は分かるようだが、話し言葉としてのレベルは低い。まあ、通じればいい程度なら、問題はない。
 外でまったく喋らない人。または無口な人が一人で部屋にいるとき、べらべらべらべら長セリフ吐き倒すとは限らないが、頭の中では喋っているのかもしれない。そして長い会話のラリーも。
 どちらにしても声が出しにくかったことで、これは風邪が入ったと分かり、その日は大人しくしておこうと平岡は決めた。
 仕事などで喋ることが多い人は、こういうとき、大変だろ。まあ、風邪で声がガラガラというのはよくあることだが。
 
   了



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2019年03月08日

3920話 引退宣言


「ここしばらく休みすぎましてねえ。復帰する気はあるのですが、根性が緩みました。褌が緩み、パンツのゴムもユルユル。これじゃ何ともなりませんよ」
「長く休養されていたのですからバッテリーも満タンで、元気に戻れるのではありませんか。そのためのお休みだったと思いますが」
「いや、そうじゃない。面倒になってきましてねえ。仕事疲れですよ。仕事に疲れたのではなく、この仕事そのものに疲れたのです。だからやる気がねえ」
「じゃ、精神的なことなんですね」
「復帰しても嬉しくはありません。またあのしんどいことを再開するのかと思いますとね。実際にはやり出すと、元気でやりますよ。生き生きとね。しかし、そのペースに戻すのは大変です。それ以前のところで、終わりますよ」
「しかし大勢の人達が復帰を待っておられます」
「それを言われると辛い」
「休業されてから、ますます価値が出たのです」
「そんないいものではありませんよ」
「ではいつまで休業を続けるのですか」
「さあ、このまま終わってもいいと思います」
「何とかなりませんか」
「まあ、そう言われているうちが花なんでしょうねえ」
「ですから、早い時期に復帰を」
「休んでいるときに思ったのですがね。別にもうしなくてもいいか。このあたりが限界かと」
「いえいえ、まだまだ先はありますよ」
「しかし情熱のようなものがなくなりました。これがないと何ともなりません。火を付けたいのですがね。なかなか燃えませんよ」
「では完全復帰ではなく、徐々の復帰では如何ですか」
「いやいや、今はもう普通の年寄りを楽しんでますからね。敢えて苦しいことをする気がありません」
「じゃ、もう復帰されないと」
「はい」
「じゃ、引退ですか」
「いや、それはまだ早い」
「あ、そうなんですか」
「気が変わるかもしれませんからね。引退宣言はしません」
「しかし、もう引退されたと思っている人がいますよ」
「そうですか。じゃ宣言の必要もないわけだ」
「はい」
「私は長い間自分の時間がなかった。それをやっと満喫しています。欲しかったのは、これだったのでしょう」
「はい、残念です」
「いえいえ」
 
   了


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2019年03月07日

3919話 手抜き作法


「ここはまあとりあえず、適当にやっておきましょう」
「いいんですか。もう少し丁寧にやらなくても。先方は五月蠅いですよ。手を抜いたと思われますよ。良い仕事をしなかったと」
「いいんですよ。何をどうやっても文句を言う相手です。時間と手間を掛け、心を込めても同じなんです。こういう相手は適当にやればいい。やっつけ仕事で充分。むしろ一番荒っぽくて丁度ぐらい」
「しかし」
「じゃ、君は丁寧に丹精込めてやるかね」
「できればそうしたいですが」
「プレッシャーだろ」
「そりゃ、色々と神経を使います。これが最善だったかどうか、何度も検討して」
「それもいいがね。しんどいだけで、つまらんよ」
「はあ」
「やっつけ仕事でいいんだ」
「しかし、大きな仕事です」
「そういう仕事ほど、投げやりになる」
「やはりプレッシャーで」
「それもあるが、やっつけ仕事で荒っぽい方が、先方は喜ぶことが分かったんだ」
「そうなんですか」
「今までの例でね。それに気付いてからはやり方が分かったんだ。荒っぽく、投げやりでいいと」
「でも、それはやってはいけないことでしょ」
「アラが出る」
「出ますよ。それを最小限に抑えるのが私達の仕事です」
「いや、先方はそのアラがお気に入りのようだ。目立つからね。分かりやすい。誰にでも分かる。だから先方にも分かる。だから、非常に分かりやすいんだ」
「だからこそ丁寧にやるべきでしょ。アラが目立たないように」
「魚のアラが好きな人なんだろうねえ、きっと。荒れ具合が好きな人なんだ」
「そんな人もいるんですね」
「それだけに特徴がある」
「それはあってはいけない特徴でしょ。また、そんなものは特徴でも何でもありません。手を抜いて、そのまま放置しているようなものです」
「それがお気に入りだということが分かった」
「はあ」
「だから、できるだけ乱暴に、荒くやった方が受ける」
「じゃ、見る目がないのですね」
「逆に利休のように見る目のある人だよ」
「でもアラは誰でも見えますよ」
「普通なら直す。またはやり直す。それをしない方がいいんだ」
「そりゃその方が早いし、簡単ですよ。素人でもできますよ」
「だから、そこが盲点」
「分かりました。その方法でやってみます。あっという間にできますよ。それなら。もの凄く楽です」
 弟子は鼻歌を歌いながら、簡単に作った。
 先方はそれを見て、傑作だと褒め称えた。文句はひと言も出なかった。
 
「そんな風になりませんかねえ」
「ならない。しっかり作りなさい」
「はい」
 
   了



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2019年03月06日

3918話 花の寺


 パラパラしている。春の初めの日曜日。平田は出るか出まいかと思案した。既に行く準備はしてある。あとは靴を履き、玄関のドアを開ければいい。鞄の中には水筒も入っている。ネジ式のただのペットボトルだが水ではなく、朝、沸かしたお茶なので、まだ温かい。
 パラパラした雨からそのうち本降りになるのはまずい。天気予報では曇りとなっている。だから雨は余分で、降る気のない雨だと思われる。そう判断したいのは出掛けるため。桜にはまだ早いが、梅が満開。そろそろ終わる頃。寒くて出掛けにくかったのだが、今日は暖かい。そして次の日曜は別の用事がある。出るなら今日しかない。だが、パラパラ。
 では出ないで、家いるか。何かそれでは不満。梅など見に行く必要はないのだから、行かなくてもいい。しかし、梅を見に行くのではなく「お出掛け」がしたい。日曜の自由時間、自分の時間を過ごせる。このまま部屋にいても不満だろう。だが、パラパラ。
 平田はドアを開け、外に出てみる。
 雨は大したことはない。これなら傘などいらないほどだが、それでも降っていることは確か。傘がなければ濡れる。
 傘を持って遊びに行く。しかも野外へ。これはやはり天気のいいときのものだろう。春先の陽気に誘われて行くもの。しかし陽気は誘えてもらえるが雨は誘ってくれない。これが遠足なら雨天決行となるギリギリの線。小雨よりも降りの弱い微雨。おそらく雨量計ではゼロだろう。降っているのだが、この量では降っていないことになる。曇り空なことは確かだが、一寸おもらしした程度。
 平田は行く気が勝ったというより、部屋にいる方が嫌なので、出ることにした。傘を当然差して。
 梅園は数駅先の駅からバスで終点まで乗れば、寺があり、その周辺に梅が多い。梅と桜とモミジが多いのは確信犯だろう。今は梅のネオンだけが灯っている感じ。さらに地面には紫陽花。これは桜の次だ。さらに池には蓮や菖蒲。
 どう見ても狙って植えて育てている。四季を通じて色があるように。
 平田と同じ思いの人が多いのか、駅からバスに乗るとき、結構客がいる。ほとんどが終点のお寺へ行くためだろう。服装で分かる。
 パラパラ程度では決行する。もうその日しかなく、また他に目的が見付からないのなら、予定通り行く。
 来ている人は中高年の女性の団体が多い。男性も中高年がほとんどで、平田のように一人が多く、たまに二人連れがいる程度。この寺は梅の名所ではないので、見に来る人が多いわけではない。平田と同じで、一番近いところにある梅が多い場所程度。入場料もいらないし、また寺の周辺にも梅がある。ここも寺の土地だろう。
 土産物屋も売店もない。いくら人が来ても、寺は迷惑なだけかもしれない。
 花で蝶を呼んでいるのだが、呼んでも儲けにならない。銭の取りようがない。
 寺の本尊は何か分からないし、非公開。だが、境内は開放されている。
 きっと花が好きな住職が何代か前から育てているのだろう。それだけのことかもしれない。
 平田にとり、ここは比較的近いし、人も少ないので、気に入っている。雨もパラパラだが人もパラパラ。
 平田にとり、ここは花の寺。
 さて、肝心の梅だが、さっと見回っただけ。梅を見るのが目的なのだが、本当は何でもいいから出掛けたかっただけのようだ。
 
   了


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2019年03月05日

3917話 仙人ヶ原


 大城ヶ原は山頂近くにある原っぱ。つまり高原。山頂には穴が空いている。噴火口。そのためか標高はさほどではないが、樹木はない。その下にある大城ヶ原にも樹木はないが、草はある。里からかなり離れているが、そこから海や港町や、城下町まで見える。そのため、かなり遠くから見られていることになる。
 その大城ヶ原には主がいる。バケモノではないが、小屋暮らしの仙人だろうか。しかし、そちら方面で有名な人ではなく、仙人のような人だという程度。人里離れたところで、ポツンと一人で住んでいるためだ。米は無理だが、芋は育つ。だからこの仙人の主食は松の葉ではなく、芋。
 中腹の原っぱなので、水はない。かなり下まで降りて樹木が茂る沢から汲んでくる。このとき山菜や木の実なども持ち帰る。また、仙人の畑がある。勝手に野菜を栽培しているのだ。
 里の山持ちも、ここは遠すぎるし、ただの原っぱでは何もないので、無視。
 ある日、海辺の城の大天守から山を見ていた殿様が、煙を立つのを見る。噴火の前兆ではない。非常に細いが白い煙が上がっているのが見えた。
「場所が違いますなあ。噴火なら、もっと頂近くです。あの煙が立っているのは、少し下の大城ヶ原でしょう」
 城下近くの港には交易船がたまに入る。そこで土産でもらった遠眼鏡で、殿様は観察する。
「小屋のようなものがあるぞ」
「ああ、仙人の住処でしょ」
「そのようなものがおるのか」
「本当の仙人ではありませぬ。変わり者が一人で暮らしておるとです」
「修行のためか」
「違うと思いますよ。世をすねて、山に籠もったのでしょ」
「世捨て人か」
「そのように聞き及んでおります」
「合いたいのう」
「また酔狂な」
「呼んで参れ」
「かしこまりました」
 家来は山支度をし、大城ヶ原へ向かった。
「殿様がお召しじゃ」
「下界の城主か」
「そうじゃ」
「何用で」
「珍しいので、合いたいとか」
「そうか、珍しいか。承知した。今日はここで一泊されよ。明日の朝一緒に降りよう」
「うむ」
 翌朝城下へ向かったが、何せ遠い。それに家来はかなり年寄りで、途中で一泊した。
 家来は下男を先に帰し、仙人を捕獲したと、城下へ伝えさせた。
 城下に着いた仙人は、城館で殿様と対面した。
「おお、これはまさに仙人」
 そんなはずはないのだが、その後、この仙人風な世捨て人は仙人になった。
 そして食い扶持までもらう。この領主は領地でそれを与えた。村の一部程度の僅かな領地だが。
 しかし仙人の望みで大城ヶ原を頂いた。広大な土地だが、何の価値もない。芋ぐらいしかとれないので。しかし、芋屋ができそうだが。
 この仙人、二代の殿様に仕えた。まだ若かったのだ。
 そして仙人も仙界へ去った後、大城ヶ原は仙人ヶ原と呼ばれるようになり、小屋があった場所には孔子廟のようなお堂が建った。これが仙人廟。
 そして年に一度春霞の頃、煙がよく出そうな木で護摩を焚いた。殿様が遠眼鏡で見たあの煙にちなんで。しかし、あのとき煙が見えたのは奇跡に近い。無風でないと、真っ直ぐ上に登らないためだ。
 この仙人、特別なことは何もしていない。しかしその風貌、仙人そのものだったことだけは確か。
 
   了


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2019年03月04日

3916話 陰陽師


「陽と陰について教えてください」
「わしは陰陽師ではないので、よくは知らぬが、少し考えれば分かるじゃろう」
「その動きを知りたいのです」
「陽の次は陰が来る。陰の次は陽が来る。特にいうほどのことではない」
「はい」
「しかし、陽は短く、陰は長い。陰から陽へは長いが、陽から陰へは一瞬」
「何となく分かります」
「だから、説明する必要はないだろ」
「そうですねえ」
「陽の中の陰。陰の中の陽。これはどうじゃ」
「明るいのに暗い、暗いのに明るい、ですか」
「陽なのに陰を含んでおり、陰なのに陽を含んでおる」
「難しい話よりも、教訓が欲しいです」
「陽のときほど陰の影が見え隠れする。陽のときほど注意が必要」
「交通安全ですね」
「陽気で、はしゃいでいるときほど危ない」
「それはあります。一気に持って行かれます」
「だから陽に陰の影が忍び寄っておる」
「じゃ、陽はあまり良いものじゃないですねえ。陰が心配ではしゃいでいる場合じゃないですね」
「陰はずっと苦しい。そして暗い。元気もない。これじゃ生きていても旨味がなかろう」
「そうですねえ。じゃ、やっぱり陽の方がいい」
「しかし、本当は陰陽などない」
「そうなんですか」
「そう思っておるだけ。陰陽で分けた方が分かりやすいだけで、物事により、陰が陽になり、陽が陰になる。陰陽には実体がないのじゃよ」
「じゃあ、教訓も生まれないじゃないですか」
「教訓そのものも怪しいもの。まあ、目安にはなる」
「師匠には師匠はおられるのですか」
「おらん」
「じゃ、どうして師匠になれたのですか」
「わしは師匠ではない」
「そうでしたか。でもこの近隣では大先生とされていますよ」
「他におらんかったのじゃ」
「じゃ、私は間違って来てしまったわけですね」
「そうじゃな」
「私の目的は陰陽を極めることです」
「あ、そう。そんなものないと言っておるのになあ」
「本物の陰陽師なら、そんなことはおっしゃらないはず」
「あれは家業でな。本当の陰陽師ではない」
「じゃ、陰陽師は何処にいるのですか」
「少なくとも、陰陽師など名乗っておらんはず」
「じゃ、探すのが難しいです」
「何度も言うが、お前様が思っているような陰陽師などおらんのじゃ」
「じゃ、陰陽術も」
「うむ」
「それじゃ夢がありません。師匠は陰ですねえ」
「陽気な陰陽師もおるが、それは大衆向け」
「でも師匠は、やはり陰陽師の師匠のつもりでいるのでしょ」
「そう呼ばれておるから従っておるだけ。わしも食っていかねばならぬからのう」
「分かりました。これで失礼します」
「参考になったかな」
「なりませんでした」
 
   了



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2019年03月03日

3915話 バケモノが出た



 雨の降る中、妖怪博士担当の編集者がやってきた。この編集者、雨が降っていると来ないので余程急ぎの用事か重大事かもしれない。
 昼前まで寝ている妖怪博士だが、編集者が来たのは二時を過ぎていた。これは寝起きはまずいので、間を置いて来たのだろう。
 妖怪博士は朝食を済ませ、一服していた。人と会うには丁度いい。遅く食べる朝食はトウモロコシの粉で作ったポテトチップスのようなもので、それに牛乳を満たしてスプーンで食べた。最近はこれがお気に入りで、かなり待ってから食べる。ふにゃふにゃになった頃合いが好みらしい。そういうのを終えた後なので、既にホームゴタツには灰皿とお茶しかない。
 要するに編集者は妖怪博士の頭が回転する頃合いを見計らって来たことになる。寝起きに比べ、頭が柔らかくなる。
「バケモノが出たのです」
 その第一声で妖怪博士はやる気を失った。
「一緒に来てもらえませんか」
 朝食といっても昼に食べるのだが、それを終えたいいタイミングで来ている。これは連れ出すことを最初から考えてのこと。
「雨が降っておる」
「はい、小降りです」
「冬の雨は冷たい」
「それよりもバケモノが」
「そんなもの、出るわけなかろう」
「僕も見たわけじゃないのですが、バケモノが出たので、至急調べて欲しいと頼まれました」
「バケモノだけでは漠然としておる」
「はい、でも確かに出たと」
「誰だ」
「会社の先輩で、既に退職していますが、世話になった人です」
「じゃ、君が行けばいいじゃないか」
「妖怪博士に来て欲しいと言われました。だから連れてこいと」
「で、連れに来たのか」
「はい」
「バケモノとは何だ」
「バケモノです」
「何が化けた」
「だから、それを行って調べて下さい」
「誰もが何かに化けておる。私は妖怪博士に化け、君は編集者に化ける」
「退職すれば」
「君にも名前があるだろ」
「あります」
「それに化ける」
「じゃ、僕は僕に化け、化けた上で編集者に化けるわけですか」
「そうじゃ、だからみんなオバケだよ」
「はあ」
「だからバケモノが出たというが、そんなもの世の中全部が全部バケモノではないか」
「だからあ、そういう話ではなく、先輩が怖いものを見たらしいので、是非調べに行ってください」
「因果な付き合いじゃなあ」
「これは仕事になるかもしれませんから」
 
 妖怪博士は雨の中、編集者に引っ張られて散歩に出る老犬のように、その先輩宅を訪ねた。結構古い家で、この先輩の実家らしい。両親とも遠い昔に亡くなっており、空き屋にしておくのも物騒だし、マンションの家賃も馬鹿にならないので、引っ越して来た。
 古い家だが、結構建て増しされ、何部屋もある。子供が多かったのだろう。
 妖怪博士がどんな調査をしたのかは省略する。結論は鏡に映った自分を見てバケモノが出たと思ったらしい。実際には鏡ではなく、ドアの板ガラス。それが中途半端な角度で開いており、光線状態で、鏡のように写ったのだろう。説明するのも嫌になるような話なので、省略。
 その先輩はバケモノのような顔付きの人ではなく。温和で垂れ目で細く、眉も薄い。だから彼がバケモノなのではないが、自分で自分を見たとき、驚いた顔になり、さらに驚くと、もっと怖い顔が鏡に映ったらしい。ムンクの叫びの絵のように。
 妖怪博士はバケモノが出た場所に案内されたとき、この鏡を見て、すぐに分かったようだ。
 取るに足りんバケモノ談と言うべきだろう。
 
   了







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2019年03月02日

3914話 春先の桜に我が身は


「春先ですねえ」
「春先の桜に我が身は何とやらです」
「まだ咲いてませんが」
「すぐに咲くでしょ」
「はい」
「春が来るというのに、我が身は冬のままというのがありますよ」
「陽気な頃なのに、陰気なままと」
「これが冬に向かうのなら、我が身の暗さと合いますがね」
「暗いのですか」
「暗闇五段です。色々と心配事がありましてね」
「色々とは」
「実は一つですがね。これが原因で、色々厄介事が増えます。それは悪くなる一方でしょう。まあ、そう思う決心をすればいいのですがね」
「まあ、誰だって心配事はありますよ。それを背負ったまま生きているわけですから」
「あなたも」
「当然ありますよ。もう慣れましたがね」
「慣れですか」
「そうです。ずっと心配事で心を縛れていても仕方がないでしょ」
「仕方がないと」
「解決方法などない問題ですと、成しようがない。だからこれはもう諦めるしかない」
「しかし、春先だというのに気が滅入ります」
「まあ、滅入らせておけばよいのですよ。そのうち飽きますから」
「慣れて飽きると」
「気を逸らすような何かが起こったりしますしね」
「しかし、今年は花見に行く気はしません」
「そんな春があってもいいでしょ。二年か三年」
「そうですねえ」
「まあ、厄介事があって気が滅入っている人に何を言っても何ともなりませんがね」
「はい」
「事情は聞きますまい。話して楽になるわけでもないでしょ。現実は変わらない。気の持ち方を変えても、無駄な抵抗」
「それは厳しい」
「だから、滅入らせておけばよいのですよ」
「こういうとき、憩えるものが欲しいです」
「じゃ、桜が咲けば花見に行きますか」
「いや、行くとしても一人がいいです」
「嫌なことが続く頃に見る桜の花。これはこれで悪くはないですよ」
「はい」
「ああ、その前に菜の花が咲きますよ。これも明るい花だ。夜でも見えるほど」
「黒百合とかを見たい心境です」
「まあ、菜の花をおすすめします。あれは陽を頂けますよ。和みます。問題は何も解決しませんがね。しばしそれを忘れらたりしますから」
「参考にします」
「はい」
 
   了



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2019年03月01日

3913話 不適


 快適があるように不適がある。適していないということだろうか。快適とは適している上に快感まである。または適しているので、そのことが既に快かったりする。
 そのため、不適は不快に繋がる。それが不快なものなのではなく、目的が違うのだろう。あることに関しては合っていないというだけで、偶然そのことでは適していないが、他のことでは適しているかもしれない。
 不適で不快。しかし、快適だったもの、適していたものが、そうではなくなることもある。時が変わり時代が変われば、昔快適だったものが、今や適さなくなったのか、不快なものになる。
 だが、その網目が通じない人もいる。それに対する感覚だろうか。全てのことで人と感覚が違うわけではないが。
 特にイメージもの、感覚的な好き嫌いや相性になると、解答がなかったりするので、このへんは曖昧。
 人の感情の出所はそれぞれ違うし、よく分からない。またその人の流儀もあるだろう。
 神仏に結界があるように、家にも結界があり、当然今は一人一人に結界がある。まあ、縄張りのようなもの、プライドかもしれないが精神的なもの。縄張りのシマがあり、娑婆代を取るわけではない。
 快適とは、適しているということなら、人にも適した結界があるのだろう。快不快だけの目安で不快なものは不適とされるのか不適だから不快なのかは知らないが。
 だが、曖昧なものがある。適していそうだが、適していない。適していないのだが、適していることもある。または適しているのか適していないのかが分かりにくいもの。適しているかどうかは頭で考えるが、不快なものは生理的な印象も強い。
 不適と思えるものは、そのまま不快となるのだが、不適だと思われていたものが、実はそうではなく、誤解だったこともある。合わないと思っていたものが意外と合ったりする。これは食べ物の好みでもたまにあるだろう。
 不適だと思ったのは、実は結界の張り方を間違っていた場合もある。これはふさわしくないと思い、結界の外に出していたとか。
 または、より理解を深めたため、適合しないと思っていたものが、実はそうではなかったりする。
 感性というのは動くもので、感覚や感性の後ろで動いているものがあり、これが変化すると、不適が快適になったりする。
 ただ、それまで快適だったものが、そうではなくなることが引き換えになる恐れもある。
 愉快だったものが不愉快になる。
 しかし、不愉快だと語るその人は、いったい何様なのだろう。
 また適しているのか適していないのかの判断をいちいちしないでさっと決めてしまうことがある。これを適当という。これが一番安定している。
 
   了
  

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2019年02月28日

3912話 貧の戻り


「長く生きておりますとねえ、忘れ去ったもの捨て去ったものが多く出ます。出物腫れ物ところ構わずじゃないですが、もっと構わなければいけなかったこともあります」
「その中の一つが復讐を」
「さあ、どんな善人でも閻魔さんに掛かれば、一つや二つの悪行があるでしょ。そのことよりも悪いことをしたとか思わないまま過ぎ去ったりします。相手は一生覚えております。積年の恨みを抱くだけの粘り強さがあれば別ですがね。そこまで執着する方が逆に無理です。ただ、それがきっかけで、一生台無しになったとかになりますと、別ですが」
「それで」
「怨まれるようなことは何もしていないという方でも、その存在そのものが恨みを買う場合もありましてね」
「それで今回は」
「人の場合はそうです。行く人来る人通る人、戻る人もおられれば、過ぎ去るだけの人もおられます。それらは人の場合ですな。まあ、この世は人の世」
「はい」
「実は人だけではなく、物にもあるのです」
「出ましたね。そちらの話ですね」
「そうです。空の財布。これは捨ててはいけない。拾った人は迷惑。一文無しになって財布も空。だから貧乏な人なのでしょ。もう財布があっても入れる銭がない。こんな物捨ててしまえと捨て去る。拾った人は銭に困っておられる。財布など見ると、すぐに拾うでしょ。しかし、その場で開けてみればいいのに、持ち主が探しているかもしれませんのでね。さっと持ち帰り、家で開けて見る。すると空」
「所謂空の財布というやつですね。有名なお話しです」
「そうです。しかし空だと思いきやさにあらず。綿ぶくなどが底の隅にあるもの。これが貧乏神の寝床の蒲団。見えないほど小さな貧乏神がそこで寝そべっておる。財布の持ち主が変わったことを知った貧乏神、早速仕事を始める」
「空の財布を拾った人が貧乏になるのはそのためですね」
「逆に財布を捨て去った方は貧乏神も一緒に投げ落とした。これで、このお方は貧乏は治らぬが、普通の貧乏に戻れた。これを目出度し目出度しとまではいきませんがね」
「それで、過去からの復讐のようなお話しはどうなりました」
「寒の戻りのように貧の戻りがありましてな。捨てた貧乏神が元の主人を懐かしがり、戻って来よります。これが怖い」
「貧乏が戻るのが怖いわけですか」
「今も貧乏ですがな。それは普通の貧乏。しかし貧乏神がもたらす貧乏は尋常ではない。非常にきついですぞ」
「貧乏神は人ですか」
「そういうもので、物でも人でもない。しかし、物にはそういう貧乏神のようなものが付着したり、沸いたり、変化することがあります」
「それを物怪と」
「まあ、長く生きておると、そういうものが増える。人生何処で何をしたのかまではもう忘れておるしな。まあ物を捨てるのはいいが、拾うのは控えるべきだろう」
「それが今日の教訓ですか」
「少し浅いがな」
「あ、はい」
 
   了


posted by 川崎ゆきお at 12:01| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする