2017年09月12日

3380話 気怠い話


「今日もだるいですなあ」
「おや、どこか」
「いや、夏の終わりはいつもだるいのです。身体がだるいと気もだるくなります」
「身体が先ですか」
「そうです。だからその様子を感じて、気も重くなります。これは元気がないのだな、とね」
「気怠いわけですね」
「左様です」
「じゃ、いつもと変わらないのでは」
「いや、そこからさらに底へ向かう感じです。特に今日のような雨が降るか降らないか中途半端な天気のときは低気圧の影響もありますからね。それにやや蒸し暑い。これで、身体も気もどんどん重くなっていきますよ」
「今日は雨が降るらしいですよ。結構本格的に」
「じゃ、降ってくれた方がすっきりしますよ」
「それまでこの天気です。なかなか降らないで、このまま」
「じゃ、ますます体調が悪くなりますよ」
「それはどうすれば治るのですか」
「天気が回復すれば治ります」
「それで治ると」
「はい、それに気怠さを治す薬はありません。元気の出るドリンクを飲めば、一瞬そんな気になりますが、すぐに戻りますよ。余計なことをしなくても、待てば治ります」
「しかし、治られたとしても、あまり変わらないのでは」
「はあ?」
「だから、ずっと気怠い人ですから」
「私がですか」
「そうです」
「そうですなあ。元気なときでも、だるそうにしてますなあ。これは癖です。本当は元気なのですよ」
「紛らわしいですねえ」
「気怠さから抜けても、また気怠くなりますから、もうずっと気怠い状態を維持しているのです」
「はい」
「私の敵は低気圧です。これが一番の強敵でしてね」
「でも本当に体調を崩されることもあるでしょ。低気圧とは別の病気とか」
「ありますよ」
「本当はそちらの方が強敵なのでは」
「そうですなあ」
「それよりも気怠さはいいのですが、納期は大丈夫ですか。二週間ほど遅れていますよ」
「そんなになりますか。ここんところ気怠くて」
「なるほどそれが遅れの理由でしたか」
「いや、もう準備はできていますよ。いつでもお渡しできますが」
「おお、そうなんですか」
「それよりもあなた、催促が遅いですよ」
「え」
「もう、いらないのかと思いまして、今日は持って来ませんでしたが」
「一寸カレンダーを見ます」
「確認してください。一向に催促してこないので、もう取引しないのかと思い、私もそのままにしていたのですよ」
「本当だ。これはうっかりしていました」
「しかし、今日は気怠いですなあ」
「はい、気怠いです」
 
   了

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2017年09月11日

3379話 月見山


 月見山。まさにそのままの山だが、この山では未だに月見が行われている。平地からでも月は当然見えるのだが、この山からの眺めがいいらしい。背景が違うためだろう。しかし、今では麓まで家が建ち並び、いい背景ではなくなっている。月よりも町明かりの方が明るい。
 この月見山での月見、行く人はもういなくなったが、それは表向き。今も実行されている。
 月見には箒のような長いススキとか、団子とかを供えるのだが、ススキはそこら中にあるので、白くて丸い団子だけを準備すればいい。実際は花見のような宴会セットが運ばれる。
 月に対する信仰のようなものだが、そういうのはもうかなり前に消えており、それが目的ではない。信仰や風流とは違い、もっと具体的なことで集まるのだ。
 その夜も月見山へ向かう人が数人いる。いずれも老人だ。元々は里の有力者の家系で、何家もあったが、今では三家ほどに減っている。
 昔は月見と称して、村での大事を、ここで決めていたのだ。そのため、月見山で月見ができる人は限られている。里での月見は各家が勝手にやればいいし、個人でやってもいい。
 もう里での有力者ではなくなった人が月見山に行くのだが、小さな東屋が山の端にあるが、今は展望台の休憩所になっている。そこが昔は祭壇のようなもので、さらに東屋はもっと大きく、有力者達が何人か車座になり座り、宴会ができるほどの規模があった。
 今はただの公園のベンチよりも立派なだけ。屋根が付いている程度。
 その夜、来たのは三人の年寄り。既に相談するような決め事はない。だから普通の月見になってしまったのだが、月見山に参加できることは、有力者の証で、名誉なことだった。
 有力者は年により変わる。没落すれば、メンバーから外れ、別の家の人が取って代わる。今は三人。メンバーが足りないほどだ。
 そして月見山での密会となるのだが、密かに語らなければいけない大事な取り決めもないことから、病院の待合室のような会話になってしまった。
 
   了

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2017年09月10日

3378話 お開き


 静寂を破ったの大村だった。深い森の中にいるような静まりかえった会議室。大村の「ああ」という言葉で全員我に返ったように次の発言を待った。
「ああ」
 その次が出ない。これはただのため息だったのだが、注目されたので、何か続けないといけない。しかし言うことは何もない。迂闊に何かを言えない状態のためだ。だから全員無言。百年の沈黙を守る石像のように。しかし石仏が喋り出す方が珍しいというより有り得ないだろう。それほどどの顔も固まっていたのだ。
「ああ、このへんで、お開きに」
 全員それを待っていたので、それに従った。
 会議室を出た大村は喫煙所に向かい、そこで一息入れた。
「有り難うございます。大村さん」
「え、何ですか」
「あの一言で決まりました」
「だから、何も決められないまま皆さん沈黙していたのでしょ」
「言うべきこと、語るべきこと。説明すべきことは山ほどあります。しかしそれが言い出せないのです」
「分かります。迂闊なことを言うと戦争ですからねえ」
「そうです。物音一つ立てただけで、戦いが始まりそうな雰囲気でしたから」
「しかし、僕は、ため息をついただけで」
「いえ、中止するのが一番です。あのまま続けていれば、今頃けたたましい鶏同士が、バタバタ羽を飛ばしながら乱闘でしょう」
「つまり、会議は辞めて方がよかったと」
「そうです。だからお開きにしましょうのひと言で決まりました。全員賛成でしょ。事を起こしたくないのは皆さん同じですから」
「しかし、問題は解決しないでしょ」
「そんなもの最初から解決しません」
「そうでしょうねえ」
「だから、こんな会議を開こうとした作田さんが悪いのです」
「そうなんですか」
「争わそうとしていたのです」
「はい」
「これは勲章ものです」
「いや、僕はただ、ああとため息が偶然出て、そんな意志はなかったのですよ」
「水面下の争いは続きますが、それを表に出してはまずいのです。水面下のことは水面下で解決できます」
「よく分かりませんが、結果オーライだったわけですね」
「有り難うございました大村さん」
「そんな大袈裟な」
 大村はこんなことでいいのかなあと、また煙草を一本取りだし、吸い始めた。実は早く会議が終わって煙草を吸いたかっただけなのだ。
 
   了


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2017年09月09日

3377話 ある未来


 未来を見据えすぎて、見過ごしたものが結構ある。それらはその時代、陳腐なもの、出来上がったもの、既成のものになったものなど様々だが、若い人達は新しいものを目指す。古いものは既に満員なので入り込めないというわけではないが、今までになかったような、または先々流行るような新鮮なものなどを選ぶ。上手く行けば先駆者になれる。第一人者になれる。
「どうでしたか、思っていたような未来でしたか」
「違っていました」
「あなたが望んでいた未来ですよ。それが実現しているのですよ」
「思ったよりもよくありません」
「古いものが廃れ、あなたたち若者が盛り上げようとしていたものが盛り上がり、それが天下を取ったのですよ。何の不満が」
「最初の頃はよかったのですが、今では……」
「今では、何ですか」
「昔とそれほど変わり映えしないものになりました」
「歴史は繰り返される。ですね」
「はあ」
「じゃ、古い時代に戻りますか」
「あれはあれで、新しかったのでしょうねえ。僕が生まれたときは既に出来上がった世界でしたが、その前の時代の人達にとっては未来の姿だったのでしょう」
「だから、次の未来も似たようなものになりますよ」
「もうその頃は僕などは年老いてただの傍観者です」
「やはり、その人の青春時代の世界が、世界の全てなのかもしれませんねえ。そこがベースになっているとよく言われるでしょ。そしてそこから一歩も先へは進めない」
「そうなのですか。ただ、今思うのは、あのとき既成もの、陳腐なものだと思い、馬鹿にしていたことが、妙に懐かしいのです。当時毛嫌いしていましたが、今なら耳を傾けてもいいし、もう一度見たい。当時は溢れかえるほどありましたが、最近は絶滅状態ですから」
「当時のあなたたちが潰したものでしょ」
「僕たちがどうかしなくても、いずれは消えるものだったと思いますよ」
「しかし、それがいいと」
「ええ、懐かしいです」
「それを懐古趣味というのですよ。あまり未来に良い事が起こりそうじゃない場合、過去を覗くものです。しかし過ぎ去ったものを追っても戻れませんからね」
「はい、だからそんな期待はしていないのですが、あの頃のものは、実は本心では好きだったのです」
「そうなんですか」
「しかし、それに逆らったのでしょうねえ」
「若者にありがちなことです。元気があっていいじゃないですか。今の若者にはそんな元気はあまりないですからね」
「はい」
「私などは、そういう繰り返しを何度も見てきたので、ああ、またやっている程度です」
「はい」
「昔に比べて、今の方が確実によくなっている面が多いのですがね。それでも不満ですかな」
「いえいえ」
「急に静かになられたが、どうかされましたか」
「いえいえ」
「何処か身体でも」
「いえ、大丈夫です」
「まあ、もう我々の時代じゃないのですが、居座っているのは事実です。あなたの嫌っていた既成のものの座に居残り続けているのですからね」
「しかし、あまり居心地はよくありません」
「私もです」
 
   了
 

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2017年09月08日

3376話 苦楽


「最近楽しいことはありませんか」
「楽しいことはありません」
「それじゃ終わってしまうでしょ。何か楽しいことを」
「そこなんです。楽しむには苦しまないとだめなんです」
「そうなんですか」
「だから苦しいことをすれば楽しめます」
「え、苦しいことが楽しいのですか」
「そんなわけがありません。苦しいことをしていると、一寸したことでも楽しくなるものです。楽しいときに一寸した楽しさなんて、目じゃないでしょ。より楽しいことじゃないとね」
「はあ」
「じゃ、苦しいことを始められては」
「そこなんです」
「はい」
「敢えて苦しいことをしますか?」
「しません。しかし、その先に結果として楽しいことが待っているのでしょ」
「待ってません。ただの心理です」
「はあ」
「苦しいことをした成果で、楽しめるんじゃないのです。それをいくらやり続けても楽しい結果など滅多に出るものじゃありませんからね」
「はい」
「私も楽しみたい。しかし、そのために苦しむのはいやだ。だから楽しくないという状態を続けているのです。何か楽しいことがないかなと、ずっと待ちます。これは別に苦痛じゃありません。楽しくないだけですから」
「要するに賭け率の問題ですか」
「さあ、それだけでは決まりませんよ。偶然というのがあります。これは因果関係のない偶然です。それで楽しい状態になることもありますよ。しかし、楽しみ慣れていないと、よい条件になっても、何をどう楽しんでいいのか分からなかったりします。今楽しまなければいつ楽しむのだという状態なのにね。楽しさ慣れしていないと、そうなります。ここで手放しではしゃいでもいいのに」
「それは宴のあとの寂しさを予測してのことですか」
「そんな読みはありませんよ。気持ちの問題なのです。だから最近は苦しくなければ、御の字だと思うようになりました」
「はあ、それは安く付きますねえ」
「しかし、人間というのは生きていることそのものが苦なのです。だから、それが普段の姿なので、たまに来る楽しさを少しだけ味わって、また苦海を泳ぐことです」
「坊さんのような言い方ですが」
「楽しさや苦しさを超越した心境が好ましいのですが、これじゃ生きている実感がないでしょ。喜んだり悲しんだり、感動したり、落ち込んだり。大笑いしたり」
「はい」
「まあ、楽しいことも苦しいことも、勝手にやって来ますから、探す必要はないのです」
「それを会得されたのですね」
「していません」
「あそう」
 
   了


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2017年09月07日

3375話 夜中の出来事


 夜中、戸を叩くものがいる。そんな時刻訪ねて来る人などいないはず。これは聞き違いではないかと田村は考え、布団から出なかった。
 すると、また叩く音。錯覚ではないが、聞き違いかもしれない。しかし、風はなさそうで、また、いつも聞く表戸の音だ。他に似たような音を思い出そうとしたが出てこない。
 出ると何か悪いものと接触しそうで怖い。田村は布団から出ないことにしたが、そのまま平気で眠れるものではない。既に神経が全開で、小さな物音でも聞き逃さないほど研ぎ澄まされていた。この状態では寝入れないだろう。
 もう一度音がすれば、そのときは出てやろうと思っていると、また音。これは確実に誰かが戸を叩いている。しかも声を出さないことから静かに呼び出しているのだ。戸を叩く音もかすかに聞こえる程度なので、控え目だ。やはり夜中ということもあって、隣近所に聞こえないように叩いているのだ。そして田村が出ないので、何度も叩いているのだが、その間隔は普通だ。まだ出て来ないな、と思い、また叩くのだろう。
 このままでは朝まで叩いているかもしれないが、熟睡していると、聞こえなかったりする場合もある。だからそれで通す方法もあるが、相手が誰なのかが分からないので、やはり出るべきだろう。
 夜中に叩き起こされるとはこのことで、これはいい話ではない。何か良いことの知らせではないはず。
 その覚悟で田村は布団から出て、寝間着のまま表戸が見える場所まで来た。
 そして、また叩く音。
 田村は決心し、戸を開けた。
「夜中、ウロウロしている人いるので、注意してくださいね。では」
 男はそう言うなり立ち去った。
 これだけで済んだのかと思うと、田村は安心した。
 夜中、ウロウロしているのは、この人自身だろう。田村は男が立ち去る後ろ姿を見ていたのだが、隣の家に向かったようで、ドアをノックする音が小さく聞こえる。
 これは夢ではないのかと、一瞬思ったが、テレビを付けるとテレビショッピングをやっている。これも夢のうちかもしれないが、携帯で部屋の電話にかけると、しっかりと呼び出し音がする。夢ではなさそうだ。
 しかし、夜中にウロウロしている人がいると告げに来たその人、一体どんなものがウロウロしていると思っているのだろうか。
 
   了

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2017年09月06日

3374話 セミとりの少年


「夏場のことなのですが、大きな子供がいると遠目で見ていました」
「大きな子供ですか。健康優良児のような」
「短パンにランニング、そして麦わら帽。手には竿」
「魚釣りですか」
「場所は森です。それほど広くはありませんが、保存区域なのか、雑木林があります。公園じゃありません。車は入ってこられません。山ではなく岡の斜面のような場所です」
「竿を手に、じゃ昆虫採集とかセミとり」
「セミとりだと思います。竿の先に網が付いています。しかし、結構長いタイプで、魚釣りの竿だと思います」
「はい。じゃ、プロのセミとりですね」
「子供ですから、そこまでは」
「そうですねえ。セミなんて捕っても売れないでしょう。じゃ、カブトムシとか」
「この森にはいません」
「あ、そう」
「それで小道を歩いて行くと、徐々にその子に近付いた感じになりました。小道で立ち止まっているのです。日陰ができていますので、そこで休憩しているのか、セミを探しているのかは分かりませんが、それよりも」
「それよりも、何ですか」
「大きい子供じゃなく大人でした。しかもお爺さん」
「じゃ、近くにお孫さんでも」
「いません」
「あ、そう」
「私は、ぞっとしました」
「お年寄りがセミを捕っているだけでしょ」
「いや、そうじゃなく、そのままではないかと」
「何がそのままなのですか」
「遠い昔、セミとりに行った子供が、そのまま」
「はははは、それは有り得ませんよ。お腹もすくでしょ。日が暮れれば、帰るでしょ。そのまま何十年もセミとりだけをずっと続けられるわけがありません」
「当然、それは分かっています。しかし、どう見ても、子供のまま、ずっとセミとりだけをやっていたような雰囲気が」
「老人になり、隠居さんになり、子供時代を思い出して、子供に戻ってセミとりを再開しているんじゃないのですか」
「そうですねえ」
「夕方、赤とんぼを追ったまま、帰って来なかった子供もいますが、それは喩えです。子供の頃の夢をずっと追いかけている人の喩えです」
「はい、それは分かりますが、私が見たのは、具体的なセミとりです」
「じゃ、どう解釈したいのですか」
「セミとりをしていた子供が、気が付けばものすごく老いてしまったような」
「ほう」
「それで、唖然として、小道で立ち尽くしているのです」
「きっとお孫さんが近くにいるのでしょ。探しましたか」
「そこまでは」
「お爺さん、張り切ってセミとりを教えようと、そんなスタイルでお孫さんと出かけたのでしょ。その近くにいるはずですよ。それで全て解決です」
「しかし、私の受けた印象は、セミとりを続けて年老いてしまった自分に気付いたときの姿なのです」
「はいはい」
 
   了


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2017年09月05日

3373話 ある供物


「これは弄らない方がいいでしょ。調査はもう終えましょう」
 宿屋でリーダーがスタッフに伝えている。ミーティングのようなものだ。調査に来たのは山間の村で、そこにある滝。
 この滝の行事として、川魚の稚魚を酒の入った桶に入れ、そのまま滝壺へと落とすもの。これを調べに来た調査チームなのだが、中止することにしたのだ。その実態が分かったため。
 滝壺の周辺にかなり古い石仏や、石饅頭あり、石組みの祠には立派な観音さんが祭られている。これも古い。地蔵ではない。
 この行事との関連性を調べていくうちに、あることが分かった。
「魚の前は兎だったようです」
「かなり前でしょ」
「そうです。その前は猪」
「さらに前が問題でしょ」
「はい」
「だから、だめなんです」
「どうして滝に動物を落としていたのですかねえ」
「それは神主から説明があったでしょ。滝の龍へのお供え物だと」
「それは分かっているのですが。その前です」
「それは言わないでしょう」
「そうですねえ」
「滝壺近くの遺物は、その当時のものでしょ」
「はい、時期的に合います。かなり古いです」
「猪を落とす前に、何を落としていたか。何をお供えしていたのか」
「滝の水量が豊かだと、当然下流も豊か。農耕には必要ですからね。だから、日照りにならないように、滝壺の龍にお願いしたのでしょ。ただの儀式ですがね」
「はい」
「しかし」
「もう言わない方がよろしいです。どうせ公表できません。昔は猪に酒を飲ませて、落とした程度で十分でしょ。しかし、それでは私も不満なので、この調査は、ここで終えましょう」
「あの石饅頭は、村の子供でしょうか」
「違うでしょ」
「そうですねえ」
「毎年はきついですからねえ」
「そうなんだ」
「それに石饅頭から推定して、もの凄く古くはありませんよ」
「まあ、無駄に終わった」
「惜しいです」
「じゃ、川魚を酒の桶に入れて滝に流す風流な話として、レポートしますか」
「僕がですか」
「それで、川魚の前は兎で、その前は猪だった。それだけで十分でしょ」
「いや、知った上は、僕も不満です」
「昔は怖いことをする人がいたんだねえ。しかも村ぐるみで」
「いや、下流の村も加わっていますよ」
「そうだね。怖い怖い」
 
   了


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2017年09月04日

3372話 稲荷山


 山沿いの道を歩いていると農夫が畦に座り、煙草を吹かせている。吉田はこの人だと思い、近付いた。
 農夫は吉田に気付いたのか軽く会釈する。やはり思っていた通りの人だったので、吉田は安心した。
「あの三角の山は何という名の山ですか」
 つまり、山の名を里の人に聞きたかったのだ。聞いて何となるわけではないが、三角が気になる。
「ああ、あれは稲荷山じゃよ」
 農夫は高い声を発した。まるで天からの声だ。元々高音なのだろう。何処からそんな声が出ているのか最初方角が分からなかったほど。
「稲荷山ですか」
「本当はそんな名じゃないだがね。この辺りじゃ昔から稲荷山って呼んどります。まあお稲荷さんです」
「本当の名前は」
「地図では高畑山です」
「はあ」
「高畠さんちの持山ですから」
「じゃ、どうして稲荷山なのです」
「形ですじゃ」
「三角なので、ああ、稲荷寿司のような」
「平たい稲荷もありますよ。じゃがこの辺りの百姓家で作る稲荷寿司は三角なんです。お供え物もね」
「形だけですか。それだけですか」
「いや、お稲荷さんに似ている山なので、お稲荷さんも祭っていますじゃ」
「はあ」
「登り口に祠がありましてな」
「それはダミーのような」
「ダミー」
「飾りのような」
「いや、よく分かりましぇんが、高畠さんが置いたもので、稲の神様です」
「稲の」
「山神さんのことですじゃ」
「山神さんがお稲荷さんなのですか」
「奥山から田んぼに来られるまでの休憩所のようなものですよ」
 吉田はお稲荷さんの御神体は狐で、狐を祭っていると思っていたが、お稲荷さんの露払い、眷族、子分が狐だったようだ。だから山から山神様が降りて来るとき、その先導役が狐。そして稲荷山の麓に出たときは山神様からお稲荷さんに変わるらしい。
 田植え前にこの山神さんは降りて来る。だから田んぼの神様だ。降りて来られたときの滞在場所がお稲荷さんの祠。ここで稲刈りが終わるまで田んぼを見守っている。
「そうなんですか。じゃ、高畠さんという人がお稲荷さんを祭るまで、山の神様は何処に滞在していたのですか」
「村の神社」
「ああ」
「しかし、代々、村の神社の神主一家は評判が悪くてねえ。それで、稲荷山が定宿になったようなものじゃ」
「はい」
「お稲荷さんって、どんな神様ですか」
「さあ、よう分かりませんが、何処かの貴族の先祖神でしょ」
「でも、今は山の神様ですね」
「そうじゃな。何でもいいのですよ。縁起物ですから」
「はあ」
「田んぼにはなあ、もっと他に色々と時期によって神さんが大勢来られます。祭るのが大変なので、今は稲荷山のお稲荷さんだけです」
「お稲荷さんの総本山とは関係しますか」
「ああ、本家ね。関係しまへん」
「じゃ、勝手にお稲荷さんを」
「だから、稲荷山はただの呼び名のままじゃし、祠には何も入っておりません。じゃから稲荷神社ではありませんのじゃ」
「行ってみたいです」
「見えておるじゃろ。登り口まですぐですぞ」
「はい、有り難うございました」
 やはり、この農夫に聞いたのは正解だった。
 しかし、三角の稲荷山の登り口に着いても、それらしい祠はなく、周囲を探索したが何もない。さらに山の登り口はあるが、これは獣道に近い。以前は植林だったようだが、荒れ果て、雑木林状態になっている。
 吉田は引き返し、農夫のいたところまで戻ったが、農夫はいない。
 あの高い声を発する農夫はいないが、狐がいたのだろう。
 
   了
 

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2017年09月03日

3371話 昼寝のあと


 立花は夕方、眠りから覚めた。長い昼寝だったようだが、それが分かるまで間があった。
「ここは何処だろう」と思うほど記憶を失っていないが、「ああ、まだやっていたのだ」と意識を戻した。つまり「まだ自分をやっていたのだ」と。
 余程深い眠りに入っていたのか、夢の中から抜け出した感じだが、見た夢は覚えていない。ただ、もの凄く遠くへ行っていた感じだけは覚えている。それを思い出したとしても、大して意味はない。何かに役立つわけでもないし、もの凄いことが隠されているわけでもない。
 いつもの自分の部屋。見慣れたカーテンの模様。壁際の家具。ドア。天上、少し散乱している床の上。それが新鮮に見えたわけではないが、主人公が帰って来るまで休憩していたような部屋だ。
 目覚めたときは我に返るが、そんなことなど意識しないだろう。単に目が覚め、朝が来たと。そして起きて一日を始めないといけない程度。それらさえ考えないで、寝床から出て当たり前に動き出す。部屋にあるものは、特に変化がなければ見もしないだろう。時計を見る程度だ。
 立花のいつもの目覚めもそんなものだが、昼寝から起きたため、勘が狂ったのだろうか。自分は今まで何をしていたのかと。
 しかし、単に昼寝をしていただけだと気付いたとき、いつもの立花に戻り、その日の電車に途中から乗るように、日常の用事をやり出した。
 そしてしばらくしても、何か気になる。
 目覚めたときの違和感だ。「ああ、まだ自分をやっていたのか」と感じた、その意味が気になる。別人になって何かをしていた夢でも見ていたのだろう。思い出せないが、きっとそうだと。
 いつも朝の目覚めでは切れ間がない。いつもの自分がいつものように目が覚めたので、いつものように起きる程度。しかし、その昼寝のあとは違っていた。
 これはきっと夢のためだろうが、それを覚えていないので、違和感があるのだろう。この場合、そんな夢を見ていたと仮定しての話だが。
 本当は夢など見なかったのかもしれない。覚えていない夢は、見ていないのと同じ。
 外に出ると、夕闇が迫っているのか、夕焼けが綺麗だが、よく見ると紫がかっている。まるで空が病んでいるように。
 ここでも違和感が残っているのか、本当にここは自分が住んでいる町なのかと、ほんの少し疑ってみたりする。しかし、印象が違う程度の問題だとは最初から分かりきっているので、気にすることはないのだが、少しだけ気になる。
 それは夢から覚めたとき、目覚めたのは本当に自分だったのかどうかだ。違うものになって目覚めるわけがないのだが、いつもの自分のように思うものの、そうではないようにも思われる。単に思っているだけなので、札入れから免許証を出し、確認する。見覚えのある写真だ。それを写したときのことも覚えている。久しぶりに髭を剃った日だ。
 この違和感は夜更けまで続いたので、寝る前、朝が心配になってきた。
 そして、その朝が来た。
 立花は目が覚め、何食わぬ顔で起きて一日を始めた。昨日の昼寝後に考えていたことさえ、もう忘れたかのように、気にも留めず。
 
   了

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