2019年12月10日

3597話 仏師


 仏師の達人という人がいる。仏像を作る人だが、彼の場合、大きなものではない。一人でできる小仏で、丸太が仏になるというもの。その名人なのだが、キャリアがあれば誰もが名人というわけではない。達人の域というのがあり、ここは一般の仏師とは明らかに段差があり、誰が見ても、それは分かる。
 長江という人だが、それほどの年寄りではない。中年あたりからその域に達している。これは個人が買うことが多いのだが、寺からも頼まれることもある。民芸品の熊を彫ったものとそれほど変わらないが、熊ではなく、仏を彫るわけなので、意味が違う。
 ある日、インタビューを受けた。達人の特集らしい。その中の一人として、この仏師が選ばれた。
 取材者が驚いたのは、長江氏は気さくな人で、聞けば気楽に答えてくれた。冗談さえ交えて。
 取材者は他の達人にも会っているのだが、結構いかめしい人が多い。頑固そうだったり、人当たりが悪く、取材そのものにも応じてくれない。
 ところが、この長江氏はそうではない。普通にいる中年の人懐っこいオッサンなのだ。
「下絵とかはあるのですか」
「ああ、はい、もらうこともあります。こんなのを彫ってくれと」
「丸太にそれを写すわけですか」
「いやいや、丸太に下書きはできませんよ。まあ、大凡のアタリは分かりますからな。彫りながら出て来よります」
「形がですか」
「そうです」
「分かりました。立体ですからねえ。二次元の絵と三次元では違いますからね」
「そうでんがな」
「丸太の中に仏が入っているので、それを掘り起こすとか聞きましたが」
「私は、そんなこと言ってまへんが」
「いえ、別の仏師が」
「そうでっか」
「どういうところが肝ですか」
「ポイントでんなあ」
「そうです。コツとかツボのようなもの」
「そうでんなあ、それは手が勝手に彫り探りまんねやわ」
「自動筆記のように」
「そりゃ、お筆先ですなあ。そういうことやおまへん」
「では、彫っているところを拝見してよろしいですか」
「ああ、どうぞ」
 仏師長江氏はいくつかの彫りかけの中から一体を掴んで、それを彫りだした。非常に細いノミで、一本しか使わない。だから一刀彫りの達人。
「喋りながら彫ると、怪我しまんねん」
「あ、はい」
「これは薬局で頼まれたやつでしてな。摩耶さんの像です。まあ、マリアさんのようなものですわ」
「お釈迦様の母親ですね」
「そうでんねん。これ漢方薬置く場所に飾るらしい」
「そうなんですか」
 喋りながら彫っているのだが、その彫り方が分かりにくい。顔を彫っていたかと思うと、腹を一寸彫り、また顔に戻り、落ち着きがない。
「昼食べはりましたか」
「いえ、まだです」
「蕎麦、取りましょか。もう寒いけど、ええ蕎麦屋がありましてな。そこのざる蕎麦、何回食べても美味しい」
「いえ、結構です」
「そうでっか」
「わて、最近お粥さんが気に入ってましてな」
「腹を壊したときなど、食べる、粥ですか」
「粥いうても、いろんな具入れまっせ」
「じゃ、雑炊」
 鼻を整えていたかと思うと、今度は背中の肩胛骨あたりを彫っている。そこは衣なのだが、その位置だ。
「あのう、どうして、掘る場所を頻繁に変えるのですか」
「ああ、痒がってますから」
「粥が欲しいと」
「いや、痒い痒いいうてますから、そこ掻いてるようなものですがな」
「ああ、痒い」
「そうそう」
「話ながらだと、気が散るでしょ」
「そうでんなあ、手元危ななりますわ」
「じゃ、見学はこれぐらいにします」
「そうでっか」
 後ろにカメラマンがいる。無口な人で、話に加わってこない。
「最後に、彫っているところの写真を下さい」
「ああ、どうぞ」
 カメラマンがレンズを向けると、長江氏はにかっと笑った。
 取材者は名人らしさがないので、困った。
「怖い顔して頂けませんか」
「そうでっか」
 長江氏は閻魔のような顔で、ぎょろりとレンズを睨んだ。
「あのう、やり過ぎです」
「そうでっか」
 結局カメラマンが難しそうな顔になっているときに写したのが使われた。
 そして、その記事では、ツボ彫り名人の技と紹介された。きっと長江仏師にしか見えない彫り順のツボがあると思ったのだ。
 
   了





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2019年12月09日

3596話 思わぬこと


 世の中には思わぬことが起こる。起こってみればさもあらんということもある。できれば起こって欲しくないことで、思っていなかったことではないのかもしれない。思いたくないことだろうか。
 結果がいい場合もある。思ってもみなかった良い事が起こるとかもある。望外ともいうが、それなりに高いところも見ていたはず。しかし現実にそうなる可能性は低いと思っていた程度。実は思っていたのだ。
 また、落胆したくないので、希望を控え目にいう場合も。
 ただ、控え目なのに、達しなかったりするとショックだろうが、最低限、ここは果たしたいという線はあるだろう。
 しかし、世の中には本当に思ってもいなかったことが起こる。掛け値なしで、思いもしていない事が起こる。これが吉と出れば幸い。こんなラッキーがあると、世の中楽しくなる。滅多にないし、ほとんどなかったりするからだ。
 あっても大したネタではない場合もある。今夜のおかずがひとつ増えた程度で、将来が変わるわけではない。将来にわたっていい道が開かれたとかではない。
 思わぬ偶然とかは逆にできすぎており、運命のようなシナリオがあったのではないかと思えるほど。通常の人では起こり得ないことが何故その人に起こるのかは、考えてみれば不思議だ。
 運を拾うともいう。拾うには確率を上げるため、ウロウロした方がいいと思うのだが、じっとしていたから得られた運もあるだろう。動けば負けで、動かなかったので運を得たとか。そういうのはあとで分かること。
 ただ天運を得ても気付かない場合があり、だから見過ごしてしまう。
 では運を得たから得かというと、おかずに佃煮が増えた程度の平和さだけではない。開けた運でもずっといい感じで開け続けるわけがない。その後はやはり山あり谷ありで、通常の人にはない苦しみも味わうだろう。
 だから、運が開ける方が損だというわけではないが、静かに暮らしたい人にとっては迷惑かもしれない。
 そんな人生規模のことではなく、一寸したことで思わぬことが起こり、一寸喜ぶ程度が無難だろう。
 そういった小さなことでも、運命的な力が働いているように錯覚することがある。よく考えると起こるべきして起こっていたりするのだが、それはいわない方がいいだろう。
 運は開けると、有名な実業家が言った。成功した人だから言える。成功していない人なら、運は開けないというだろう。しかし、名言にはならないし、そんな言葉も残らないだろう。
 
   了
 


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2019年12月08日

3595話 画伯の漫画指導


 町内に古い画家がいる。絵が古いのではなく、キャリアが長い。しかし画業で身を立てるほどの絵は書いていないので、画家としてはそこそこ。しかし、近所では画伯と呼んでいる。そんな風貌をしているためだろう。ベレー帽を斜めに被り、よく近くを散歩している。本業は先生だ。当然絵の先生。美大で教えていたが、定年となり、今は専門学校でデッサンを教えている。これは風貌を買われたためで、いるだけでもいいような。
 アニメや漫画を教える学校のためか、漫画家志望の学生が教えを請いに来た。教室ではなく直接自宅へ押し掛けたのだ。これは授業ではない。だから一円にもならないので、画伯は適当にあしらうことにした。一種のサービス。それに直接遊びに来る専門学生など、この一人だけだろう。
 ちょうど描きかけの絵に飽いてきたところなので、ミルクとバターのたっぷり入ったビスケット、これはもうクッキーに近いのだが、それとお茶を出し、彼の漫画原稿を見た。
「頭で書いてますねえ」
「はあ」
「いや、手じゃなく頭で書いている」
「あ、そういう意味で」
「全て計算立てで書かれている」
「はい」
「漫画のことはよく分かりませんが、君の石膏デッサンを見ると、それがよく分かる。だから無機的なんですね。見る側が入り込む隙が無い。この漫画の絵もそうです。遊びがない。だから魅力が無い。よくできていると思いますよ。非常に整った絵です。だから魅力が無い。まあ、そういうことです」
「頭で書くのではなく、手で書くとはどういうことです」
「それは先ほど言いました。計算した絵だからです。だから計算しないで書きなさい」
「いや、頭で考えて、頭の中のイメージを具体的に絵に起こすのが、いけないのですか」
「あなた、今の言い方、結構ぎこちない。先に言いたいことがあるので、それが先走るのでしょ。絵もそのように書けばよろしい」
「僕の喋り方、おかしかったですか」
「いやいや、日常会話なんて、そんなものでしょ。喋りながら校正できませんからね」
「はい」
「絵もそういう風に書けば、勢いが増します。計算では出てこない絵が開けるはず」
「なるほど」
「あなた、この漫画の絵、かなり下絵をしているでしょ」
「はい。気に入るまで整えますので」
「だから、絵が硬い」
「じゃ、どうすればいいのですか」
 画伯はビスケットを口に含んだまま、じっとしている。唾液で柔らくなるのを待っているのだろう。
「絵は口ほどにものを言います」
「ひとつ頂きます」
「あ、どうぞどうぞ。これ、少し固いですよ」
「大丈夫です」
「中に甘い物がサンドされていますが、あまり良いものじゃありません。歯が痛いとき食べると、しゅみます」
「大丈夫です」
「それで、何の話でした」
「絵は口ほどにものを言い、とか」
「そうそう、絵というのはものを言っているのです。実は絵そのものが何かを言っている。一枚の絵でもね」
「はい」
「ところが、あなたは計算してしまい、それを封じています。だから伝わってくる本音が滲み出ないのです」
「はあ、漫画の絵にそれが必要ですか」
「さあ、私は漫画に関しては素人ですので、何とも言えませんが、絵画一般に言えることは確かです」
「有り難うございました。いい話、聞かせて頂いて。今後、方針を変えます」
「そうしなさい」
 学生が帰ろうとするとき、画伯はビスケットの箱を差し出した。
「少し固いんだ。私には合わない。土産代わりだ」
「はい、有り難うございます」
 この画伯、口は立つのだが筆が立たない。また非常にいいセンスを持っているのだが、それが絵に出ない。
 だから、自分のことを先ほど言っていたのだろう。
 
   了
 



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2019年12月07日

3594話 深夜の散歩


 夜が更けていく。夜更けだ。しかも冬の夜更け。こんなとき外に出るのはためらわれるのだが、夏頃から夕涼みで出歩く癖が付いていた田村は習慣に従ってしまいそうになる。実際、従っている。習慣とは恐ろしい。
 それは夏場だけのことのはずで、その頃だけに当てはまるようなこと。時期を過ぎても、まだ続けている。だが、子供の頃、一度そういったことがあった。それは犬を飼っていて、散歩に連れて行くのだが、それが日課になった。
 田村の散歩コースではない。犬が希望する散歩コースで、コース取りは犬に任せていた。だから犬が好む道筋。田村の好みとは違う。まだ子供なので、年寄りのような散歩はしない。
 それで犬が死んでしまってからも、同じ道を歩いていた。いつの間にか田村の散歩コースになっていたわけではないが、毎日のように通る場所なので、ついつい癖になっていたのだろう。犬がいないのに、犬の散歩。これはすぐにやめたが、たまにその道筋を通ることもある。犬だけが通る道ではなく、普通の道や小径や、隙間道。また一寸した草むらとか、田の畦とかだ。犬がいなければ、そんなところをうろつかないだろう。
 そういう記憶があるので、夏場の習慣を冬になっても続けているのは田村にとっては不思議でも何でもない。
 夏の夕涼みは日が暮れてからだが、徐々に行く時間がずれ、冬には深夜に近い時間帯になっていた。暗いので、早いも遅いもない。風景は似たようなものだが、人通りが少なくなる。
 市バスの最終が通過してからは、さらに人は少ない。そして車も。
 運動のため、歩いていた人達も、この時間は流石に遅いので、もう見かけない。
 若い男が自転車で、さっと追い抜いていく程度。そして歩道脇にじっとしている車。これは不気味だ。
 たまに後ろから足音がヒタヒタと近付き、さっと追い抜いていく。これは練習だろうか。ランニングだ。そういう服装をしている。スポーツをやっている人だろう。
 というのが昨日までの話で、今夜は流石に冷えるので、出る気がなくなっている。習慣がこれでやっと破れる。寒さには勝てないはず。当然雨の日は出ない。
 それで、散歩に出ないで部屋で寛いでいたのだが、何かしまりがない。シャキッとしない。寝るまでまだまだ時間があり、このままのだれた感じでは、何もできない。ぼんやりと過ごせばいいのだが、時間がありすぎる。何か好きなことをして過ごすのがいいのだが、晩ご飯後の眠気も来ているので、やる気が起きない。
 昨日までは、このタイミングで、さっと散歩に出て、戻ってきたときはシャキッとしている。頭も冴える。
 そういう効能があったのかと思い、田村は出る決心をする。寒いので、立ち上がりが厳しいので決心が必要。
 出てしまうと、いつものペースに戻ったことで、自分の時間を過ごしているような気になる。
 出るのを少しぐずついたためか、昨夜よりもかなり遅い出発になった。もうほぼ深夜だ。この深い時間帯に出るのは初めて。
 水銀灯がLEDになったのはいつ頃からだろうと思いながら、そこそこ明るい小径を行く。そこから先は一寸ひっそりとした場所。毎晩なので、怖くはないし、住宅地なので、まだ窓の明かりも多くある。何者かに襲われても声を出せば、人が出てくるだろう。そんなことは先ずない話だが。
 ひっそりとした場所といっても塀が長く続いているためだろう。畑が少し残っており、その端に小径がある。農道跡だ。
 さらに進むと鎮守の森が黒く見える。その横を抜けると最近建った家が多くあり、マンションがあり、窓明かりが綺麗だ。
 昨日も見た風景。しかし時間が少し遅い。
 夕涼みコースだったので、近所を一回りする程度で、距離は大したことはない。
 それで、違う道へ入って、ぐるっと半周するように、戻る。
 だが、まだ戻っていない。戻り道になっただけ。だが、別の道に入り込んでいるのは確か。同じ道を引き返すのも芸がないと思い、そういうコース取りになっている。
 その小径に差し掛かったとき、もう一本細い道が出ているのに気付く。忘れていたような小径だ。隙間のような道。だから道ではない。
 それを見て、一歩そこへ足を踏み込んだとき、ドキッとした。
 長く忘れていたが、あの犬が好んで入り込んだ場所なのだ。
 薄暗い小径の先に、あの犬がぽつんと立っおり、田村の顔を見て、尻尾を振って全速で駆け寄ってくるようなシーンが脳裡に浮かんだ。
 
   了
 



posted by 川崎ゆきお at 12:46| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年12月06日

3593話 山道の二地蔵


 山に分け入り、そこそこ深いところに来たところに石地蔵がある。二体あるように遠くからは見えるが近付くと一人は人間。丸坊主。同じ高さに見えるのは坊主の方が座っているためだろう。別にそれを狙って並んでいるわけではなく、地蔵の横に腰掛石があるため。
 何もないところに石地蔵など置かない。その証拠に二叉になっており、道が分かれている。見るからに本道と枝道のように。
 仙蔵が近付くと、坊主も先ほどから既に気付いていたのか、改めて顔を上げた。
「脇道があるのですね」
「本来、細い方が本道です」
「じゃ、そちらへ行きます」
「それはやめた方がいい」
「はあ」
「私は山伏ではありませんし、修験者でもありませんが山歩きが好きなので、このあたりの山は熟知しております。しかし、この道は避けた方がよろしいかと」
「でも道があるのでしょ」
「本道です」
「だったら、そちらへ行くのが本道でしょ」
「本道過ぎます」
「はあ」
「今では新道を行く人が多いし、道幅も広い。そのため、間違うことはない。どちらが枝道で、どちらが本道なのかは一目瞭然」
「先に何あるのですか」
「山また山」
「じゃ、新道でも同じでしょ」
「あの山の裏側で合流するので、まあ、同じことですがね」
「じゃ、どうして避けた方がいいのですか」
「山らしい山のためです。本格的な山になります」
「はい、そのつもりで山歩きをしているので、問題はありません」
「しかし、本格的な山だけに、山の怖さがあります。道が険しだけじゃない。人が通らないので、獣も出ます」
「どちらの道も同じでしょ。同じ山の右と左ですし」
「こちらは人の気配がします。獣は近付きません。匂いで分かるのでしょうかね」
「獣だけですか。怖いのは。それと道が険しい程度でしょ」
「山の怖さが詰まっています」
「たとえば」
「迷いやすいのです」
「はい」
「それとあらぬものを見てしまいます」
「はあ」
「この石地蔵が何を意味するのかは、もうお分かりでしょ。供養です」
「折角山に入り込んだのですから、本格的な山を体験したいと思いますが、それはいけませんか」
「この山越えの道を通る人は、目的地があってのことです。だから安全な道を選びます。わざわざ厄介な場所へ行く必要がありません」
「それは、まあ、そうですが、はい、分かりました」
「それこそ分別というもの」
「はい」
 仙蔵は面倒臭そうな坊主なので、もう相手にしなかった。どうせあの道に入り込もうとしても、また咎めるだろう。
 少し歩いたところで、ふっと振り返ると、もう坊主はいない。
 山越の途中、小さな里があったので、そこで聞いてみると、あの坊主そのものが、山の怪だと教えてくれた。
 
   了



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2019年12月05日

3592話 あるコンテンツ


 しばらく衰え、衰退の一途だったのが、戻りだしていることがある。これは何だろう。何が効いたのだろうかと竹田は考えた。
 その間、竹田は何もしていない。盛り返すための努力は最初の頃はやっていたのだが、焼け石に水のようで、無駄な努力。そんなことをしてもしなくても衰退は続いた。それで、もう諦め、放置していた。
 そこで考えた結果、時期のようなものらしい。どんなに混んでいて渡れない道でも、そのうち車列が切れる。そのとき渡ればいいのだが、待たないといけない。切れ目なく車が来ていると、これはもう諦めて、信号のあるところまで行って渡るだろう。
 しかし、時間帯がある。深夜は流石に車も少ない。待たなくてもさっと渡れることもある。
 それだけの問題だったのかもしれないと思うが、これは相手などがいる場合だ。竹田一人で完結していることなら、そんなことは起こらない。
 ただ、タイミングというのはある。いくら自己完結した世界でも、完全に隔離されているわけではない。世間は外ではなく竹田の内側にもある。
「ほう、復活したと」
「はい、寝かして置いたのがよかったのか、最近盛り上がってきています」
「それはよかったねえ。竹田君」
「はい」
「そういうこともあるのだ。何が起こるのか分からないのが世の中だからね。しかし良い事はあまり起こらない。だから今回はラッキーだよ竹田君」
「だから、盛り下がりっぱなしの研究でも続けるべきでしょうねえ」
「何処で火が点くか分からないからね」
「その後、放置状態でしたが、もうある程度出来上がっていましたので、それがよかったのかもしれません」
「じゃ、その研究を続けなさい」
「はい、勢いづいてますので、追い風、順風です」
 それで、その研究は凄い人気になり、竹田は大喜びしたのだが、それだけだった。
「どうかしましたか、竹田君」
「勢いはいいのですが、一円にもなりません」
「あ、そう」
 
   了




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2019年12月04日

3591話 暫定


 昨日、今日あったことが明日を決めるわけではないが、以前思っていた明日が、そうではないようなことが分かると、決め事も当てにならない。決めなければいいのだが、それでは動けなかったりする。
 そして決めないと前へ進めないとなると、まずまずのところで決めて、一応先へ進む方がいい。そうでないと止まったままでは不都合が出る。
 だからそのときの決め事は確定、断定ではなく、暫定。とりあえずなのだ。このとりあえずだけでも結構間に合う。
 また、このとりあえずはしかと見定めたわけではないが、方向性程度は合っている。あとは勘で、ムード的なことも多い。
 そのためではないが、決め事は更新される。固く決心したことでも変える必要があるし、だからとりあえず決めたようなことなど軽いものなので、いくらでも変えられるだろう。暫定なので。
 この暫定は決めているようで決めていない。そして、このいい加減な決め事でも、不都合がなければ結構長持ちし、本気で決めたことよりも、よかったりする。
 決め事をすると、自分の首を自分で絞めているようなことにもなりかねない場合もあるが、そのときは流石に苦しいので変えるだろう。
 よかれと決めたことでも、後々よくなくなっていくこともある。
 それらは昨日や今日にそれが現れる。色々な事柄にも渡り、結構忙しい。
 決め事の影響や成果が出てくるのだろう。それが深刻な場合とか、または単に不快だと感じるようになれば、更新時。すぐには変更できないかもしれないが、方針を変えるチャンス。これがきっかけになる。それは過去というほど遠いものではなく、昨日今日から感じたことの方が発火しやすい。
 その場合、暫定的に、とりあえず決めたような態度なら、これは変更しやすい。重みがないためだ。
 暫定なので変えてもいい。
 当然適当に決めたようなことなので、間違いが多い。だから常に修正し続けたり、修正ではなく、違うものに乗り移ったりする。
 重さにも価値はあるが、軽さにも価値がある。そして重いのに軽いような、軽いようで重いような曖昧な場合、それをオモカルと呼んでいいだろう。重くもあるし、軽くもある。遅いようでいて早い。早いようでいて遅い。
 ほとんどのことは「意外と」でできていたりする。だが、意外なことばかりだと、意外ではない普通のことがよかったりしそうだが。
 
   了



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2019年12月03日

3590話 妖怪板


 妖怪博士は少し珍しいものを持っている人がいると聞いて、出掛けてみた。
 珍しいもの。それはこの場合、怪奇趣味のようなものだろう。世の中には珍しいものはいくらでもあるが、ジャンルがある。妖怪博士なので、妖怪に関係するか、それに近いものになる。
 また、珍しいものを持っている人は、その人自身が珍しい人が多い。
 その例に漏れず、田中という人が持ち主で、平凡な名前だが、非凡な人で、非凡なものをお持ちのようだ。
 場所は繁華街が途切れ、一階がスナックで二階が住居のようなのが所々ある通り。何か特殊な店ではないかと思われるのだが、悪所ではないようだ。
 その通りから薄暗い路地が口を開けており、木造の小汚い家が身を寄せるように並んでいる。その角に祠があり、これは町内によくあるような地蔵さんだろう。
 関係があるかもしれないと思い、妖怪博士は中を覗くと、赤い垂れ幕の奥に石があるだけ。だが涎掛けをしており、それが新しいので、よく手入れされているのだろう。地蔵は石。丸い石で目鼻も何もない。
 その角で曲がると、二階建ての家が蒲鉾状に並んでいるのだが、一軒だけ玄関戸が開いている。最初からないのかもしれない。
 玄関はその奥にあり、軒下に布が垂れ下がっている。まるでお地蔵さんの祠だ。その中央部に紐と鈴があれば神社と間違えるだろう。その玄関も開いている。
 さらにそこを抜けると、三和土があり、幅が広い目の廊下があり、硝子戸がある。それに向かい妖怪博士が声をかけると、ガラガラと開き、長細いヘチマのような人が出てきた。顔の中程、つまり耳がある部分だが、そこがへこんでいるように見える。皮付きの南京豆のように。
「妖怪博士ですね」
「そうです」
「例のものを見たいと」
「そうです」
「分かりました。どうぞお入りを」
 その硝子戸を開けると二畳ほどの板の間で、端に板戸があり、それを開けると長い廊下が通っている。
 その廊下の右側は硝子戸と障子。左側は庭。隣の家が迫っているが、庭木で隠している。
 その廊下の突き当たりに板戸があり、これは厠ではないかと思ったのだが、そうではなく、開けるとここが物置のような部屋だった。しかし、南京豆の作業所らしい。よくあるような大工道具や、万力程度はあるが、イーゼルもあり、絵の具のチューブがが減りすぎたのか、丸まって落ちていたりする。
 その部屋の奥に階段があり、それを上ると、更にゴチャゴチャした物が置かれている部屋になる。どう見ても普通の生活者の家ではない。
「これなんですがね」
 南京豆は壁に立てかけている柱ほどの幅の板を取り出し、表を向けた。
「羽子板ですかな」
「違います」
 厚みのない板に絵だけ書かれた羽子板のように見えたのだが、かなり大きい。
「ほう」
 妖怪博士は、すぐにそれが何であるのか分かったようだが、これは少し薄気味が悪い。絵が薄くなっているためかもしれないが、羽子板との違いは、目鼻が下へ彫られていることだ。最初、それが目だとは思わなかったのだが、よく見ると、バケモノが浮かび上がってくる。いや、木乃伊のような感じだ。
 上部は頭で、中程まで胸と腰、その下は曖昧。書くスペースはあるのだが、書かれていない。
 最初長方形の板に見えたのだが、よく見ると僅かながら端が人型に削られている。これが仏様ならもの凄く平面的で、像とは言えないだろう。しかし浮き彫りではなく、浮かし彫りではなく、沈め彫り。目の穴と鼻の穴と口の穴だけが開いているような感じだ。だから目などは埴輪の目。鼻は盛り上がっているところはそのまま。だからもの凄く平べったい顔と言うことだ。穴だけになった鼻のように見え、これが薄気味悪い。
 妖怪博士が安っぽい羽子板と思ったのは、そんな印象のためだろう。
「ムンクの叫び」に似てますなあと妖怪博士は印象を語る。
「僕は亡霊とか、亡者のイメージです」
「あまり有り難くないものですなあ」
 その板の一番下を見ると、少し細くなっている。そして握れるようになっている。だからやはり羽根突きの羽子板に近い。
「何処で見付けましたか」
「がらくた市です」
「はあ」
「フリマのようなものです」
「ああ、素人の人が店をやる、あれですな。家にあるような物を売る」
「僕は責め具ではないかと思いました」
「この羽子板で百叩きですかな」
「はい」
「しかし、宗教色が少しあるような気がしますが、かなり悪趣味ですなあ」
「地獄で使われていたような感じでしょ」
「いや、ここに何かを宿らせる。降りてきて貰うためのものかもしれません。人型ならそれが一番妥当でしょうな。しかし、趣味が悪い」
 妖怪博士は、バケモノが書かれている板をさらに覗き込むと、傷が結構ある。そして禿げているのだが、痛み具合が気になった。
「一種の邪祓いじゃないかと思われますなあ」
「そうなんですか」
「妖怪祓いのような」
「この板を団扇にように扇いで祓うのですか」
「いや、この傷などから見ると、やはり羽子板の羽根かもしれませんなあ」
「つまり、人を叩くのではなく、妖怪を折檻したと」
「そうです。この板に妖怪を封じ込めた状態で、羽子板をしたのでしょ。もしかすると、対になっていて、もう一つ羽子板があり、それで打ち合ったのかもしれません」
「厄払いじゃなく、厄叩きですか」
「蒲団叩きのようにね。埃が出るでしょ。それと一緒に悪いのも叩き出すのです。または懲らしめられた妖怪は痛いので、もうしません。もうしませんといって終わるわけです」
「じゃ、儀式ですか」
「まあ、何とでも言えます」
「それは民俗学的な世界ですねえ」
「さあ、しかし卒塔婆かもしれません。なくなった妖怪の」
「どうも、有り難うございました。参考になりました」
「ところであなた、何か作っておられるのですかな」
「ああ、前衛アートです」
「そうなんですか。造形家」
「はい」
「じゃ、昔、あなたのような人が遊びで作ったものかもしれませんねえ。あなたが買われたのも、その縁があったからでしょう。しかし、本物の呪術系、呪詛系のものなら、危ないですから、そっとそのまま寝かせておいた方がいいでしょう」
「はい、そうします」
「それがよろしい」
「しかし、博士、これ、本当は何でしょうねえ」
「さあ」
 
   了




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2019年12月02日

3589話 出来損ない


 楽しいことがあった翌日よりも、苦しいことが終わった翌日の方がよい。これはプラス側がプラスマイナスゼロになったためだが、後者はマイナスがプラスマイナスゼロになっているため。プラスマイナスゼロとは平常。
 どちらも平常に戻るのだが、戻り方が違う。前者は下がるが後者は上がる。上がっても平常で、プラスではないが、前日から比べるとプラス。一方楽しいことがあった翌日は一段落ちる。ただし平常に戻るだけなのだから、問題はない。マイナス側ではない。
 だが楽しいことがある前日は楽しい。プラス側へ向かっているためだ。そして苦しいことがある前日は苦しい。これも同じ理屈。
 喜怒哀楽には波がある。色々な出来事、イベントと言ってもいい。別にコンサートやライブをやるわけではないが、生きていることそのことも一つのライブ。現実劇場。だから現実が確実に動く。
 何かを成すには結構苦しく、辛いことが多い。だが良い結果が出れば、それまでの苦労が報われるわけなので、それらを含めるため感慨深いのだろう。
 常に平常で、平坦で、起伏がなく、喜怒哀楽も少ない状態なら、ドタバタしなくて済むのでいいようなものだが、波風は小さいながら、立っている。ただその規模が小さいだけ。だから感情の起伏も少ないのだが、ないわけではない。心がゼロになった人は悟った人だろうが、生きているのか死んでいるのかが分かりにくい。単に頭がぼんやりとしているようにも見えて紛らわしい。
 子供に比べ、大人は好奇心が弱くなってくるのか、または既に知っていることなので、それほど驚かなくなる。
 だから年を経るほどドタバタしなくなるのだが、意外と例外があったりする。
 ただ、好奇心を持つことは、まだ伸び代があるということだろうか。それは僅かなものかもしれないが。
 人というのは悟りへと走るよりも、何処かに楽しみを見付け出そうとしているように思える。これは悟りとは逆方向で、子供の持っているあれに近い。だが、それは大人げないと言われたりしそうだが。
 好奇心とか興味とかは、その先で役に立つためかもしれない。子供の動きを見ていると、その練習をしているように見える。
 できなかったことができるようになると楽しい。逆にできていたことができなくなると悲しい。
 できるかもしれないのにできない状態。出来損ないのようなものだが、まだ伸び代があるということだ。
 
   了
 


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2019年12月01日

3588話 お庭番


「闇が迫っておる」
「日が落ちるのが早くなりましたからねえ。冬至を境に、そのうち早くなりますよ」
「そうではない。闇の者が迫っておる」
「ほう、また闇の長者が動き出したのでございますか」
「何とかせい」
「相手は魑魅魍魎、何ともなりませんが」
「このままでは闇で覆われる」
「そのうち闇も去るでしょう」
「その間は闇じゃ。そしてずっと闇の時代が続く。いつか晴れようが、それでは遅い」
「しかし、私どもに言われましても、相手は闇の長者ですからねえ」
「そのために、お前たちを飼っておるのじゃ」
 このお前たちとはお庭番のことで、屋敷の奥庭で植木の手入れをしている。しかし、今ではただの植木職人と同等で、内命を帯び暗躍するようなことはなくなっていた。
「分かりました。何とかしましょう」
 このお庭番も実際には闇の世界の者で、同類。だが、もうそれは昔の話。
「それでは池を掘り鯉を放つのは取りやめですか」
「うむ、それどころではないのでな」
「錦鯉の見事なのを見付けたのですが、誰かに先に買われてしまいますよ。一応予約はしておきましたが」
 主人は値を聞く。
「それは安い」
「しかし、それより高い値で買う人が現れたら売るとか言ってます」
「池はまだか」
「まだ堀かけもしていません。それに水を引くのが大変でして」
「それはもういい。闇の長者を何とかせい」
「さあ、そこなんですよ」
「何処じゃ」
「闇の長者とは通り名で、符丁のようなものでしてね。何処の誰だか分からないのです」
「だから、何とかせい」
「いっそのこと、当家も闇をやりませんか。それなら恐れることはなくなりますが」
「うむ」
「昔の仲間を伝っていけば、何とかなります。敵として探すのなら無理ですが」
「そんなものか」
「闇の長者も仲間が欲しいはずなので」
「ではそう致せ。ただし、本当に仲間になるわけではない。内部に入り込んで葬れ」
「また、難しいことを」
「行け!」
 お庭番は池を掘り出した。
 
   了





posted by 川崎ゆきお at 11:59| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする