2019年01月08日

3861話 祭りの準備


「あってはならなぬことじゃ」
「そんなこと、決めたからでしょ」
「決め事。これは伝統でもあり、慣習」
「悪い風習なんじゃありませんか。それに勝手に決めたのでしょ」
「そのようになっておる」
「そのようにしただけじゃありませんか」
「しかし、あそこは裏本家。それが執り行うなど、あってはならんこと」
「でも本家ではもう執り行えないのでしょ」
「わしは年で、もう動けんからなあ。息子達も都会に出て、おらん」
「兄弟衆も駄目でしょ」
「本家がやるべきこと。分家がやることではない」
「裏本家って、何ですか」
「遠い先祖の時代、初代かな。この村を開墾した一族じゃ。その息子が二人おった。しかも双子。ここで二家に分かれたのじゃ」
「じゃ、分家ですか」
「どちらが長男か次男なのかは分からん。どちらが先に腹から出てきたのか、確認せなんだ。印を付けたはずなんじゃがなあ」
「はあ」
「それでどちらを本家で、どちらを分家にするかで迷ったらしい。しかし、そんなものは長男として育てれば、長男。跡継ぎとして育てればそれが跡継ぎになる」
「それから本家と裏本家に分かれたのですね」
「本家からまた分家ができ、裏本家からもまた分家ができる。いずれも続いておる」
「じゃ、同じ血筋じゃありませんか」
「しかし、あの行事は本家が執り行う仕来り。これは本家と分家との違いを示すためでもある」
「でも、もう執り行う人がいない」
「孫にやらせようと思うのじゃが、いやだという」
「跡取りの息子さんは」
「因習だといって、相手にせん。それにそんな暇も金もないとか」
「じゃ、今年は中止になりますねえ」
「その方がいい。裏本家にやらすよりもな」
「それで影響は」
「ない」
「つまり、その儀式、してもしなくてもいいんでしょ。影響がないのなら」
「あるにはある。本家が執り行うことでな」
「儀式の内容よりも、主催者の問題なのですか」
「裏本家からは議員も出ており、会社も運営しておる。しかし、格は本家の方が上だというのを見せつけるためにも、本家がやるべきことなのだ」
「息子さんは」
「ただの会社員じゃ。三人もおるのに、大したことはない」
「はあ」
「まあ、中止じゃ」
「しかし、観光ポスターもそろそろできる頃です」
「駄目じゃ。わしが祭司として立てるはずだったが、腰がなあ、駄目なんじゃ。足は何ともない。腰をやられると足が丈夫でも何ともならん」
「じゃ、車椅子とか」
「寝返りもきつい」
「分家に手伝ってもらえばいいじゃないですか」
「本家の分家はさっぱりでな、裏本家の分家の方が多い。議員と企業を持っておるので、本家はさっぱりじゃ」
「じゃ、中止と」
「それに金もない。金が掛かるのでな」
「裏本家さんでも同じことができると言ってますが」
「あってはならんことじゃ」
「はいはい」
「じゃ、これはどうですか、本家の補佐を裏本家さんにやってもらうのは」
「ん」
「祭司の代わりをやってもらうのです」
「それも駄目じゃ」
「誰が決めたのですか」
「昔からそうじゃ。祭りを執り行えるのは本家だけ。それが崩れる」
「いつ決まりました」
「遠い昔じゃ」
「ただの決め事で慣習でしょ。誰かが決めただけで、今とは事情が違いますよ。それにその祭り、しなくてもいいようなものでしょ。必要性があるとすれば本家の威光を示すためでしょ」
「長男の家系でないと駄目なんじゃ」
「でもどちらが長男かどうかは双子なので、分からなくなったのでしょ」
「嫡子として育てた方が長男じゃ」
「ポスターや祭りの準備も既にすすんでいます。観光客も来るように、いろいろと手配しています」
「誰が金を出したんだ」
「裏本家さんです」
「しかし、あってはならんこと。裏本家が執り行うなど、あってはならん」
「まあ、そう言い続ければいいのです」
「え」
「これが最後です。裏本家さんに任せますか」
「ならん」
「分かりました。ではポスターのタイトルを入れ替えます。もう本家とは別の祭りなら、問題ないでしょ」
「少し、待ちたまえ」
「裏本家さんに任せますか」
「主催は、本家になるのなら」
「でも、決め事があるのでしょ。あってはいけないこと、あってはいけないことと何度も聞きましたが」
「決め事は変えてもいい」
「駄目です。そんな簡単に変えられるような決め事なら、力説しないでください」
「君は市役所の下っ端の癖に、偉そうな口をきくな」
「僕も裏本家ですし、市長も裏本家系です」
「本家は、本家は」
「いつまでもそう言い続ければいいのです」
「あってはならぬことじゃ」
「さっき、あってもいいことにしたじゃないですか」
「それもあってはならぬことじゃった」
 
   了


posted by 川崎ゆきお at 12:08| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月07日

3860話 変人社員


 下村は少し変わったところがある。変人とまではいかないのは勤め人のため。全くの変人では勤まらないだろう。しかし、類は類を呼び。上司の竹中はこの下村に注目している。一寸毛色が変わっているからだ。
 下村の直接の上司は課長なので、竹中部長との接触は少ないのだが、課長から噂だけは聞いているのだろう。
 仕事の話ではなく、愚痴。下村の愚痴が一番多い。というより、奇行が多いため、話題にしやすい。ただ、愚痴と言うよりも、変わった奴だというゴシップ的内容。
 ある日、課長がいないとき、下村は直接報告書を持って行った。日報のようなものだが、本来課長が持っていく。毎日部長がそれに目を通すのではなく、週に一度程度。しかも流し読み。こういう上が見るような日報には大したことなど書かれていない。それに本当のことをそんなところに書かないだろう。事実関係も抜けているところが多い。長文になるためだ。
 課長は丁寧に読むが、部長は適当。これは課長は部下の熱心さを見ている。ただ文字数が多ければ熱心だというわけでもなさそうだ。
 部長は手渡された日報をさっと見ている。しかし、毎回目を留める箇所がある。それは下村が書いた箇所。
 部長は本来、そんな日報など読む必要はない。これは課長の仕事ぶりを監視しているようなもの。だが、ただの確認で、ただの形式。
「鉢植えねえ」
「はい」
「それを置いたと」
「盆栽が可能かと」
「何処に置いた」
「私の机です」
「その観察日記かね」
「いえ、そうじゃありませんが、これで育たなければ、室内の空気とか、陽射しとかが分かります」
「陽射しなど入ってこないでしょ」
「間接光が来ます」
「なるほど。しかし室内で盆栽は無理だろ。松だったかい」
「はい」
「今度は金魚を飼いたいと思うのですが」
「置く場所が問題だね」
「それと水です。ここの水道の水が合うかどうかです。泡が出るポンプとかは使わない方針です。水が合うかどうかも大事ですが、室温や、湿気。当然空気も影響します。水と小石だけで藻類は入れません。自然にできる苔に期待しています。そして砂は入れます。これがないと金魚がストレスを起こします。泥はいけませんが、小石の入った粗い目の砂を入れます」
 部長室にはもの凄く太い松の盆栽がある。大蛇のようにとぐろを巻いている。
 部長はそれを指差しながら「僕が新入社員の頃から育てたものだが、実はそうじゃない。途中で枯らした。これは買ったものだが、嘘をついていた」
「それは一目で分かりますよ。こんなに太い幹にはなりませんから」
「金魚もそうだね。大きくなってから死なせてしまった。それを隠すため、似たような大きさの金魚を買って入れ替えたよ」
「その金魚は」
「いや、金魚は卒業した」
「松もそろそろ卒業ですか」
「そうだね」
「あ、お時間を取らせました。日報を持って来ただけですから」
「ああ、一度ゆっくり話したかったんだが、まあ、いいか」
「いつでもお相手しますが」
「間違った方向へ行かないようにね」
「はっ」
「風雅はいい。しかし風狂はいけない」
「同じ意味では」
「風雅はいい趣味だが、風狂は趣味が悪い」
「はい」
「世の中と少し違う、変わったことをするのはいい。しかし、全部変わった場合、変人になり、会社勤めができなくなる」
「はあ」
「だから、一寸だけの変わり者程度で抑えることだね」
「肝に銘じます」
「僕はねえ、実は松じゃなく、松を見ているのではなく、虫を見ているんだ」
「はあ」
「どこから来たのかねえ。虫がいるんだ。それを見るのが楽しみでね。これは隠している。松を見るのはいい。しかし虫を見ると危ないのだよ」
「そんなものですか」
「それよりも君、エクセルで私小説を書いているようだね」
「どうしてそれを」
「課長が見たらしい」
「あ」
「僕も出てくるらしいので、一度読ませてくれないか」
「メールに添付します」
「そうか、そうしてくれたまえ。しかし君が書く純文学なら全部嘘だろ」
「分かりますか」
「そのタイプの人間だからね」
「はい」
「だから、フィクションとして楽しむよ。どんな日報よりもきっとよくできていると思うからね」
「戻り次第、すぐに送ります」
「うん、そうしてくれ」
「はい」
 
   了


posted by 川崎ゆきお at 13:01| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月06日

3859話 小欲の人


「小欲ですか、大欲ではなく」
「そうです。最近は小欲になりました」
「でも欲は欲ですねえ。欲がある」
「欲がなくなればやることがなくなるでしょ」
「つまり欲の質を変えたと?」
「大欲を抱くのがしんどくなりましてねえ。もっと短時間で叶えられる簡単なものを注目しています」
「それじゃ盛り上がりませんねえ」
「盛り上がるのも疲れますからねえ」
「では大志ではなく、小志」
「そんな志のような大層なものではなく、ちょっとしたことでいいのですよ」
「たとえば」
「靴下です」
「深そうな意味がありますねえ」
「生地のいい靴下をもらいましてね」
「靴下のプレゼントを受けたのですか? 何故靴下なのです。中にクリスマス用のお菓子とかが入っていたのですか。そんなもの喜ぶのは幼児帰りですよ」
「そうじゃなく、普通に履く靴下です。もう忘れましたが、何かの動物の毛です。アンゴラだったように覚えていますが、高いものでしょうなあ。それを頂きました」
「誰から」
「大先輩です。その先輩が靴下専門店で買ってきたものですが、買いすぎたようで、プレゼントだといって頂きました。色はいいのですが、柄が気に入らなかったようです」
「靴下コレクターですか」
「いや、靴下専門店が珍しかっただけでしょ。それで多い目に買ってしまったとか」
「その靴下がどうかしたのですね」
「これが実にいいんだ。それでずっと同じものを履いている。結構分厚くてね。冬の今時分でも履ける。いつもはポリエステルのふわふわのを履いているのですが、あれは毛玉がひどい。それにずっと履いていると、硬くなるし、それ以前に伸びるのです。ゴムが緩んでいるのでしょうなあ、ズレます。そしてピタリ感がない」
「そういうことがポイントになっているのですか」
「こういう一寸した気持ち良さのようなものが、小欲です」
「個人的な欲ですねえ」
「欲のほとんどは個人的なものでしょ。まあ、団体欲もありますがね。大欲に繋がるような」
「しかし、靴下ですか。靴下」
「それがいいので、似たような靴下を買いましたよ。生地がいいタイプで高そうなやつをね。二足や三足を束ねていくら、というような品じゃなく」
「そうですねえ。ネクタイも百円のもありますが、やはり生地や一寸した加工が違うのでしょうねえ」
「衣服は適当でいいのですが、靴下だけはいいのを履くのがよろしいかと。靴よりもね」
「それはすぐに叶えられる欲ですねえ。いや、欲というレベルではないと思いますよ」
「価値を見出せるかどうかでしょう」
「靴下など、適当でいいんじゃないですか」
「私もその流派だったのですが、先輩から頂いた靴下を履いたとき、転びました。これは自分で選んだものではない。当然自分なら選ばないタイプの高い靴下です。やはり、この体験がなければ、靴下へとは至らない」
「小欲とは、控え目な欲ということでしょ。そんな高い靴下なんて贅沢品でしょ。控え目の靴下じゃありませんよ」
「では小欲ではなく、大欲かね」
「ああ、それは違います。靴下に対し、欲を出すというのは靴下関係者以外では聞かないでしょ」
「じゃ、何かね」
「一寸いい感じ、ということですか」
「それそれ、それが最近、私のポイントになっています」
「まあ、平和でいいのでは」
「こういうことは以前なら思い至らなかった。これは新境地だ」
「でも、もっと拡がりのあることが欲しいとは思いませんか」
「その靴下、ずっと履いておるが拡がらん」
「はい、もういいです」
 
   了


posted by 川崎ゆきお at 12:55| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月05日

3858話 ある同盟


「昨年は如何でしたか」
「穏やかだったのう」
「例年になく?」
「特に特徴がない」
「平穏だったのですね」
「去った年を思うこともなく、来る年の気負いもない。何か去年はどうの、今年はどうのと思いたいのじゃが」
「しかし、事態は動いております」
「そうか」
「田村家の動きが怪しいのです」
「ほう」
「岩村城に兵を集めております」
「岩村といえば、国境から離れておるじゃろ」
「そうなのですが」
 これが国境の砦に兵を集めているのなら問題だが、そこからは離れている。
「間者によりますと、国境の砦までの道が整備されているとか」
「ほう」
「軍事路です」
「それは穏やかではないな」
「それに岩村城の兵は傭兵です」
「金の掛かることを」
 この時代の兵は、ほとんどが農民。いざというときは、そこから兵を集める。戦いのあるときだけ。しかし傭兵は金が掛かるが、すぐに動かせる。
「こちらも、国境の城に兵を集めましょう」
「その前に岩村城の様子を探る方が先だろう。こちらが国境に兵を送ればすぐに分かってしまう。敵が奇襲してくるのなら、知らぬ振りをしておる方がいい」
「それでは手遅れです」
「では国境の城に近い城に兵を集めておけ」
「はい、それがよろしいかと」
「しかし、百姓も暇ではない。こちらも兵を雇うか」
 戦闘だけのための兵はいるにはいるが、数が少ない。ずっと雇っていると金が掛かるためだ。
 武士は戦闘のためにいるようなものだが、それだけでは少ない。指揮をとるだけで、実際に戦うのは足軽。
 岩村城を探っていた間者からの報告が早速届いた。
 岩村城は本城から離れているのは、城下に軍施設を置きたくないためだ。それで岩村城に集めているとか。軍事のためだけの城のようなもので、城下は兵の宿舎や武具職人などが住んでいる。軍事基地のようなもの。そこから国境の砦までの道が整備され、軍の移動が素早くなっている。砦の兵は僅かなので。
「やはり道を整備したのは臭いのう」
「そうでしょ」
 国境は敵は砦程度だが、こちらは城塞。規模が違う。緒戦では有利だろう。敵はそれを補うため、道を舗装したものと思われた。
 お互いに攻め込む意志は最初からない。考えてもいない。しかし、状況次第では、仕掛けてくる。
「田村家は立花家と戦闘状態になっております。兵の大半はそちらへ使っております。まだ小競り合いですが、田村家の兵が減ったところが付け目かと」
「それで足軽を雇い、岩村に兵を集め、道を整備し、用心しておるのじゃな」
「おそらく」
「田村が弱ったところを狙うか」
「はい、兵を集めておきます」
 ところが、田村家は小競り合いに勝利し、その敵の城を奪った。領地を広げたのである。
「今だな」
「攻めますか」
「うむ」
 田村家は小競り合い後、敵国へ突っ込んだため、岩村城の兵も動員してしまったのだ。それに勝ったとはいえ、兵も消耗した。数も減った。だから、狙い目と判断し、国境を越えた。
 その寸前に田村家から使者が来て、同盟を言いだした。互いに領土を広げようという誘いだ。
「外交できたか」
「はい」
「受けるか」
「それがよろしいかと」
 この同盟、意外と長く続いた。隣国同士だけに、物騒な相手をお隣に置きたくなかったのだろう。
 
   了

posted by 川崎ゆきお at 12:52| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月04日

3857話 初詣


 大山がボロアパートからワンルームマンションへ引っ越して初めての新年。テレビを見ているうちに迎えていた。
 真新しい気持ちにでもなったのか、初詣に行くことにする。どちらが先なのかは分からない。初詣を思い付いたとき、気持ちが新たになったのか、新たになったので初詣か。おそらく初詣を思い付いたのが先だろう。
 テレビを見ていると除夜の鐘が鳴っていた。それで思い付いたのかもしれない。
 この物件を探しているとき、周辺をウロウロし、どんなところかと探ったことがある。まだ年末前のこと。そのとき神社があったのを覚えている。周辺は住宅地だが、以前は農村だったようだ。小さな神社で何処にでもある神社。距離的に一番近い。
 新年の挨拶を土地の神様にする。まずは地盤から固める。これは新年早々、いいことを思い付いたと思い、その儀式を執り行うことにした。といっても単に近所の人が地元の神社へ詣でるだけの話。平凡でよくある話なので、特殊なことでもなく、凄いアイデアでもない。むしろもの凄く単純で、一般的なことで、単なる慣習だろう。
 ワンルームに引っ越したのは会社員になったため。これで生活が安定するのでボロアパートから引っ越せた。平凡な会社で平凡な暮らし。普通の社会人が普通の社会生活をおくるようなもの。
 神社はすぐに見付かった。意外と近い。うろ覚えにしては迷わず来ることができたが、何故か暗い。
 それに参拝客の姿がない。誰も神社へ向かっていない。十二時を少し回った頃なので、御神灯が灯っていたり、境内で焚き火でもしているはずだが、ボロアパート時代の町内とは違うようだ。
 鳥居を潜ると、ちょっとした広場があり、その先に石の柱が二本立ち、その間を縄で結んでいる。これは最初見たときと同じなので、普段からそうしているのだろう。
 石柱のすぐ向こうに小さな社殿があり、ガラガラがあり、賽銭箱がある。
 その賽銭箱の向こう側に社殿の扉があるのだが、そこに人影。椅子に座っているのか、五つの後ろ姿。
 灯りは扉前を照らしている電球だけ。正月にしては地味というより、何もしていないのに近い。
 近付くと大山の足音が聞こえたのか、後ろ姿が動いた。
 大山はとっさに後退した。何か行事でもやっているのだろう。しかも暗いところで。
 これは見てはいけないもの、聖なる何かだろうと思い、ゆっくりと離れた。
 五人の人影全員が立ち上がり、大山を見ている。
 初詣をしてはいけない旧村時代の神社。そんなものがあるのだろうか。地元の人はそれを知っているので、誰も詣でない。だから参拝客がない。
 立ち上がった五人が、じわじわと大山に近付いて来る。そのうち一つの影が消えた。暗いので階段を踏み外したようだ。
 大山は後ろ歩きではなく、入り口の鳥居目指して突っ走った。
 ここは因習の残る村なのかと思いながら、部屋に戻った。途中で自販機でコーラを買ったのは、アメリカン的なものを飲んで、すっきりとしたいため。
 後日大山は大家に聞くつもりだったが、オーナーは遠くにおり、管理会社が代行していた。ここを紹介してくれた駅前の不動産屋で、大きなチェーンだ。
 直接そこで担当者に聞くと、流石に地元の事情に詳しい人で、まだ若いのだが、よく知っていた。
 あの神社は無人で、もう何もやっていないとか。
 五人組が座っていたことをいうと、流石にそれは知らないらしい。いずれにしても初詣に来る人はいないとか。その準備をする人がいない。氏子はいるが、関わりたくないらしい。
 ではあの夜、社殿前で座っていた五人は何だったのか。暗くて顔までは覚えていないが、まだ若そうだった。背が高かったし、着ているものでも何となく分かった。
 彼らは学生で、何かの部活かもしれない。そんなややこしいことをするのは一般社会人にはいないだろう。
 大山は新年早々怪しいものを見てしまったが、一般化できないことが世の中にはある。
 既に社会人になった大山としては、それは立ち入ってはいけない世界なのかもしれない。
 
   了


posted by 川崎ゆきお at 12:19| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月03日

3856話 幻の新年


「新年は明けたのかね」
「もう十日立ちますが」
「そんなになるか」
 倉田氏は大晦日から離れにいた。そこで新年を迎えようと、年が変わるのを待っていたのだが、うとうとし始め、そのうち目が覚めたが、まだ夜。まだ年は明けていないと思った。
 離れは庭の繁みの中にぽつりとあり、昔はここで宴会などをやっていた。
 今は誰も使っていないが、ちょっとした客が来たとき、泊まってもらうことにしている。朝方まで飲み明かすような客は希だが、以前親しくしていた男がおり、彼が来るのを楽しみにしていたものだ。古い友人だが、今は消息がない。突然消えたようにいなくなった。
 最後に見たのは朝方。彼はそのまま眠ってしまったので倉田氏は母屋に戻った。そしてそれが最後になる。またそのときは気にも留めなかったのだが、いつの間にか帰っている。挨拶もなく。これは倉田氏がまだ寝ていると思い、そっと帰ったのだろうが、家人に聞いても、出ていくところは見ていないとか。
 勝手口は内側からなら開くので、そこから出たのだろう。
 さて、明けるのを待ちながらうたた寝から起きた平田氏は一度母屋に戻り、夜食を食べていた。こんな時間まで起きているのは久しぶり。そのとき、使用人に聞いたところ、年は既に明けて十日目だという。その間、ずっと離れにいたのだろうか。何も食べないで。また、家人が様子を見に来るだろう。十日も離れから出てこないのなら。
「元旦の日、私は何をしていた」
「いつものように挨拶を受けていましたよ」
「客は多かったかね」
「いえ、例年通りで、いつもの人達です」
「今日は十日だな」
「そうです」
「昨日は何をしていた」
「お仕事で外に出ておられましたが」
 まったく思い当たらない。十日ほどの記憶が飛んでいるのだろうか。
 年が明けようとする直前、うたた寝をしていた。その手前までの記憶はある。最後は旧友のことだ。ここから消えたようにいなくなったこと、など。
 それと関係しているように思われた。
「私は今まで何処にいた」
「離れにおられましたよ」
「それはいつだ」
「先ほどまでです」
 では十日間、ずっと離れにいたことになる。しかし、その間、年賀の挨拶を受けたり、昨日などは外に出ている。何処かで二つに割れたのか、または単に記憶が十日間だけ消えたのか。
「もう遅いので、お休みになられては」
「そうだな」
 本来なら年が明ける時間。しかしそれは十日前。
 こんなことがあるのだろうかと、倉田氏は驚くが、誰もそのことに気付いていない。十日間の記憶は消えているので、繋がりは悪いが。
 家族はもう寝てしまったようだ。遅いので、そんなものだろう。
 先ほどうたた寝をしていたので、眠くはないが、何故急に旧友のことを思い出したのだろう。きっとあの離れで飲み明かした頃が楽しかったようだ。
 そして、起きていても仕方がないと思い、既に家人が敷いたのだろう。夜具の中に入ろうとするとき、ゴーンときた。
 除夜の鐘ではないか。
 年が明けて十日目のはず。
 翌朝、倉田家では例年通りの新年を祝う集まりがあった。十一日の朝ではなく、新年の朝に戻っている。
 倉田氏の記憶から消えた十日間。記憶以前に、まだそんな日は来ていなかったのだ。しかし、使用人は今日は十日だと言っていた。
 倉田氏は混乱した。
 そして正月会の末席に、あの旧友がいた。
 しかし、すぐに姿が消えた。
 倉田氏は、あの友は既に亡くなっていると確信した。妙な神秘癖のある男だったので、今回の変事は、彼があの世から悪ふざけでもしていたのだろう。そう思うことにした。
 
   了

 
posted by 川崎ゆきお at 12:50| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月02日

3855話 除夜の隠し鐘


「今年も暮れていきますなあ」
「あなた、毎年言ってますよ」
「この時期なら言っていいでしょ。正月早々今年も暮れていきますなあでは合わないし」
「私は頭が暮れていきまするわ」
「お暮れというやつですな」
「若い頃、このワンテンポ遅れが欲しかったねえ。急ぎすぎた。何事にもね。だから即決。決断が早い。一直線。これじゃ何も考えないで、適当に決めていたようなものですよ。それで人生が変わる。今からじゃほとんど変わらないですがね。若い頃の判断は大事だ」
「そうなんですか」
「競い合っていた。全て競争。だから後れを取りたくなかったのでしょうなあ」
「それで遅れなかった」
「しかし、今は頭が暮れゆく」
「人生も暮れていくので、丁度いいでしょ」
「ところがあなた。私は急ぎすぎたので、いろいろと取りこぼしがある。様々なことをやっていましたからねえ。それらを拾い集めようと思うのです」
「もう過ぎ去ったことでしょ」
「将来役には立ちません。しかし、既にその将来になってますが」
「将来現役ですなあ」
「生きている間はまあ、現役でしょ。しかし、社会的な何かを成すという線が薄いですがね。もう個人的な話ですよ」
「ところで今年は除夜の鐘、何処へ行きましょう」
「ああ、もう何度も突きに行ったので、同じところばかりですなあ。少しは変わったところへ行きたいです」
「そうおっしゃると思いまして、見付けました。穴場です」
「どこか人が来ないような山寺ですかな」
「寺とは言えないのです。鐘撞堂だけが残っているのです。いや、最初から鐘撞堂しかなかったようです」
「建物はそれだけですか」
「寺じゃないようですから」
「誰かが持ち込んだのですかな」
「重いですよ。それに結構古い。特に有名な鐘じゃなければ、戦時中、溶かされてますよ」
「ああ、金属が不足した時代ですね」
「それで、徴収されないように隠していたらしいのです」
「つまり鐘の隠し場所だったわけですか」
「古いのは鐘だけで、釣り鐘堂は戦後できたようです」
「戦後、隠していたのを取りに来なかったのですか」
「さあ、そのへんの事情は分かりませんが、隠し場所は人目に付かない山の中。それを預かった山持ちが戦後鐘撞堂として建てたようです」
「分かるような気がします」
「え、何が分かるのです」
「預けたはいいが、重いでしょ。運ぶのがいやになった。芝居で使う張りぼての鐘じゃないんですから」
「それで鐘撞堂として今もあるんです。突けますよ、除夜の鐘が。山の中なので、いくらゴーンゴーンやっても文句をいう人はいませんしね」
「それはいい。それで決まりだ」
「少し遠いですよ。車がないと、帰れません」
「行きましょう」
「しかし、問題があるのです」
「大変な山奥だとか」
「それほど深くはありません。近くに町もあります」
「じゃ、何ですか」
「煩悩が溜まる場所」
「そう来ますか」
「かなりの煩悩が山間に溜まっているようですし、噂では鐘を突いて煩悩を落としても、他の煩悩がくっついてくるとか。だから移るんですよ」
「煩悩の感染」
「じゃ、誰も行かないでしょ。煩悩をもらいに行くのですから」
「だから、穴場なのです。場所も遠いし辺鄙なので穴場、そして悪い噂があり、二度ともう鐘など突きに行かない」
「じゃ、やめましょう。何のための除夜の鐘なんです」
「ところがです。アタリもあるのです」
「アタリ」
「よい煩悩もあるのですよ」
「ほう」
「これを狙いに行きませんか。穴狙いにリスクは付きもの。しかし当たれば非常にいい煩悩を憑けて戻れます」
「昔の私なら、何も考えないで行ったでしょうねえ。後れを取らないため、即決です」
「今は駄目ですか」
「いや、もう頭もお暮れになったので、緩んでます。一つ、それに飛びついてみますか」
「きっと昔やり残した楽しい煩悩のようなものを拾って帰れるかもしれませんしね」
「ああ、なるほどなるほど」
 
   了





posted by 川崎ゆきお at 13:39| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月01日

3854話 反省会


 蛭田は今年無駄に終わったものをチェックしながら一人で反省会をしていた。これは苦しい。
 できれば思い出したくないことなのだが、その経験を活かせると思っている。しかし、いくら反省しても、また似たようなことをやってしまうことは確か。
 去年も反省会を開いた。これが甘かったのか、身にこたえていないのか、結果的には反省会そのものが無駄。
 つまり、反省会そのものをやることを反省しないといけない。それは反省会の改善ではなく、そんな会を開く必要があるのかどうかの反省だ。
 蛭田が反省する事柄のほとんどは積極的に前に出て、何かを企てたとき。それらを反省によって止めてしまうと、もう前に出て何かをやることをしなくなる恐れがある。成功の美酒が味わえるかもしれないことでも、失敗を恐れて、やらなくなる。
 しかし蛭谷にとり、何かを企てることは生きている証しであり、それを取ってしまうと生きがいがなくなる。
 毎年毎年その反省会を繰り返しているのだが、たまに反省などしなくてもいい年もある。そんな年はあまり良い年ではない。逆なのだ。
 生き生きとしている年は、もの凄く反省材料が多い年で、元気なので、いろいろとやっていたのだろう。そのほとんどは失敗に終わったり、途中でやめたものもある。ただ、それらに向かうときは生き生きとしている。
 今年、蛭田はそれに気付いた。何でもいいから失敗や成功に関わらずやっていることが大事だと。その方が日々元気に過ごせるし、やることがいろいろとできる。忙しいのはいやだが、自分が仕掛けたことなので、やらされているわけではない。
 要するに成功しても失敗しても似たようなものではないか。結果は得られなくても、その間、有意義に過ごせた。そこがポイントではないかと気付いた。
 大きなリスクを負い、無駄に終わったとしても、その間、遊べた。遊んだという感じはないが、充実していた。
 失敗したことも多いが、成功したとしても、それが永遠に続くわけではない。失敗していた方がその後の展開は成功していたよりもよい場合もある。
 失敗も成功もなく、途中でうやむやになり、中途半端で終わったことも多い。その場合、次の何かを探すことができる。だから無駄に終わったとしても次の展開へと進める。あっちは駄目だったのでこっちへ、こっちも駄目だったのでまた違うところへと繋がりはぎこちないが、何となく方角が掴めたりするし行くところができる。
 日が暮れるように今年も暮れゆく頃、蛭田は意外と静かだ。こういう暮れは、来年凄いことが起こる。嵐の前の静けさのように。
 そのため、恒例の反省会も軽く済ませた。反省する必要がないと気付いたためだろう。経験を活かさない。そちらの方が開放的。過去の失敗を活かすのではなく、失敗を活かさないことで、それに足を取られないで進める。
 蛭田の目標というのは大したことではない。成功してもたかがしれている。ちょっとした達成感に浸れる程度。大成功だとしても一時的なこと。最初からそれほど高い望みを抱いていないところはリアル。
 そして成功したとしても、成功したあとが厳しかったりする。下手に成功したばかりに、苦しい日々になる可能性もある。
 何かに成ってしまうと、もう他のものには成れない。
 向かっているときの快さ。それだけでいいのではないかと蛭田は気付きだした。
 成功への道が厳しいとき、そういう転換をするもの。失敗から何を学ぶのかは人それぞれ。そして学ばないことも、また一つの流儀だろう。学びすぎてあり得ないような理想を思うよりも。
 今年の反省会、これは蛭田の一人会だが、例年になく充実したようだ。
 
   了
 
   

posted by 川崎ゆきお at 13:50| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月31日

3853話 呪詛


 妖怪博士は神秘的なものが好きで、これは不思議なものに興味があるという意味だが、実際にはあまり役に立たないことをやっている。それが高じて妖怪研究家となったのだが、神秘一般には興味がある。妖怪も不思議なこと、神秘的なことの一環だ。
 こういう怪しいことをやっていると、妙な依頼や相談を持ち込まれる。いずれも現実からかけ離れたことで、あり得ないような話。
「呪いですかな」
「呪術を使っていただきたい」
「私は術者じゃないので、それはできません」
「軽いので、結構です」
「誰かに呪いを掛けたいのですかな」
「そうです。怨みに思っています」
「どの程度」
「大きなダメージを与えたい」
「怨みたい人は結構いるものです」
「そうでしょ」
「復讐がしたいとか」
「そうです」
「しかし、殺すほどでもないでしょ」
「そこまでは」
「そんな深い恨みを抱くのは希なことです。余程のことがなければ、成立しません。ちょっと仕返しがしたいとか、その程度でしょ」
「しかし、呪術で昔の人は相手を呪い殺す勢いで」
「昔でしょ」
「はあ」
「それほどの復讐心は今の時代では無理だと思いますがね。そのため呪術など使わない」
「はあ」
「相手を怨むよりも、自己責任とやらで、自分を怨んだりしますよ」
「それはしません。相手を怨みます。軽く呪っていただけませんか」
「その程度なら、藁人形と五寸釘でも買ってきて丑の刻参りでもすればよろしい。安上がりです」
「藁人形など、何処で売ってますか」
「藁で作れます」
「藁は何処で売ってます」
「昔なら落ちていたのですがな。まあ、東急ハンズで売っているでしょ」
「園芸用とかでもいいのですね」
「人形でもいいのです。相手の顔の似顔絵でも。そして針でも五寸釘でもナイフでも、アイスピックでもハサミでも何でもよろしい」
「それはただの気晴らしでしょ」
「よくお分かりで」
「そうではなく、本格的に呪って欲しいのです」
「呪術を使うには霊力が必要です。私にはありませんから、道具があっても無理ですなあ。あなた、ありますか」
「そういうのは調べたことがありません」
「霊感が鋭いとか」
「いや、そんな機会も」
「幽霊が見えるとか」
「見えません」
「じゃ、駄目でしょ」
「霊感は必須条件でしょうか」
「そういわれています。まあ、念で殺すわけですからね」
「念」
「それより、怨みに思う人がいたとしても、別に呪術じゃなくても懲らしめることができるでしょ。そのため、そんな呪いで人をどうのというような人はいないと思いますよ。それに念で人は殺せません」
「それは昔からですか」
「いろいろな説がありますが、武器のように直接殺めることはできないのです。間接的に相手の持病とか、疾病を悪化させたり、食欲をなくさせたりと、一撃でダイレクトには倒せないとされています」
「倒せば殺人でしょ」
「呪い殺しても殺人にはなりません」
「え、何故ですか」
「呪いは科学的に実証されていませんからなあ、証明できない。死因が呪いだったという事例もないでしょ。昔はありますけどね。呪うと罪を受けました。今も刑を受けるかもしれませんが、軽犯罪程度でしょ。相手に迷惑を掛けたとか、その程度の。今は呪詛は禁じられていませんが、そんなもので人をどうこうできるとは現代人は思っていないはず」
「しかし、何らかのダメージを与えたいのです。そして誰が犯人か分からない呪詛がいいのではと」
「もの凄く世間から怨まれている人がいるとします。でもどうもないでしょ。多くの人から怨まれても、そんなことで死にはしません」
「僕はそんな一般論を聞きに来たのではありません」
「いや、この話は一般的な話じゃないですぞ」
「そうではなく、秘術があるはず」
「さあ」
「あなたは専門家だ。知っているはずです」
「いやいや、そんなものは知りません」
「嘘だ」
「しかし、相手を怨み殺したいという気がそもそもないのでは」
「はあ」
「殺したいですか」
「そこまでは」
「じゃ、駄目です。まずは自分の念が強くなければ。その相手にもいろいろと事情があるのでしょ。それに悪いのはその相手だけですか」
「はあ」
「逆恨みというのもあるでしょ」
「だから、そういった話ではなく、軽く相手にダメージを与えて欲しいのです」
「誰が」
「ですから、先生がです」
「困りましたなあ」
「秘技があるはず。それを隠しておられる」
「なくはありませんがな。これはインチキですよ。ペンテンですよ」
「何でもかまいません。少しだけ痛い目に遭わせたいのです」
「呪符を使いますか」
「それそれ、そういうアイテムがあることが分かっているのです」
 妖怪博士は知り合いの御札売りの老婆からいろいろな御札を仕入れているのだが、そのほとんどは護符。これは魔除け、防御用。攻撃用の呪符は見本で一枚持っているだけ。
 攻撃用呪符は朱色で書かれており、呪文というより絵文字に近い。
「これを相手の家でも部屋でも何処でもよろしい。できれば寝室近くに貼りなさい。しかし無理でしょ」
「部長室の分からないところでもいいですね」
「細かいことはお任せします」
「それでいけますねえ」
「相手の肌着が必要です」
「はあ」
「取って来れますか」
「それをどうするのです」
「それが蠱となります。燃やしたときに煙として飛び立ちます」
「手間が掛かりますねえ」
「最低限、それだけの準備は必要ですぞ」
「肌着は部長のパンツでもいいのですね」
「それが一番でしょ。シャツでもいいですが、燃やしたときの煙が問題なので、いい煙が出る生地がよろしいかと。効果は薄いですが、身に付けているものなら、何でもよろしい。マスクでも、マフラーでも、手袋でも、ハンカチでも」
「分かりました。用意します」
 しかし、この依頼者、その後やって来なかった。事情が変わったのか、または呪符を貼れないのか、パンツが手に入らないのか、それは分からない。
 それほど深い恨みではなかったのかもしれない。
 呪い殺す術はあるが、実際には呪いで人は殺せないとする術者がいる。その流派では呪ったものも死ぬため。当然呪い返しの方が強いため、そのリスクを冒してまで呪詛する術者はいなかったとか。術はあるが誰も使わないのだから、ないのと変わらない。
 大陸伝来の呪詛ではなく、この国では、呪う気などないのに、勝手に呪う生き霊の方が怖いとされている。儀式はいらない。本人も呪う気も祟る気もないのに、呪っているのだ。
 
   了


posted by 川崎ゆきお at 12:19| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月30日

3852話 未来を先取る


 やはり以前の方がよかったというようなことがある。よりよいはずのものに変えたのに、進歩ではなく後退している。当然時代的に新しいものに変えたのに、その結果を見て、前の方がよかったとなると、これは何とも言えなくなる。言いたいことはあるのだが、それは後悔。
 新しいものに変えるのは元気なとき、またはより積極的に進めたいとき。武器でいえば最新兵器。
 富田はそれでシステムを変えたのだが、以前に戻すことにした。しかし投資したことが無駄になる。先に向かって今現代企てること。投企だ。企画を投げかけ続けることが今だ。
 しかし、今考えている未来と、未来になってからの状態は違っていたりする。そして未来は日々変わる今からの視点。
 富田はその新しいシステム、何処が気に入らないのかと検討した。以前の方がよかったと思ってしまうと、折角の投企が無駄になる。考え方だけを変えるのなら無料だが、投資したので、減る。これは未来に関わる。資金が減る。
 しかし、その新システム、何故そんなものができたのかと、考えてみた。今までよりも軽快になっている。早い。そして手間が掛からない。だから時間の節約になる。早く済むので余裕が出るし、気持ちもいい。だから、これに変えたのだが、早い分だけ荒っぽい。ミスが多い。
 これを許すかどうかで決まる。許すと投資は損にはならない。必要経費。
 許せないとなると大損。
 さて、どちらを取るかと、富田は思案した。
 その新システムがより今風で時代の先を行っていることは確か。いろいろな箇所が簡略化されており、スマート。
 これは感覚的なもので、イメージ的なものかもしれない。先々の雰囲気とマッチしている。すると、この新システム、感覚だけは新しい。
 旧システムに戻そうと思ったのは個々の精度だろう。これが荒っぽい。だから早い。
 富岡はその利点を受け入れるかどうかで迷った。質は落ちるが早くて気持ちがいいし、ある程度の及第点の質は出せる。満足とまではいかないが、何とかごまかしがきく。最低限の合格点。
 安易に、簡易に、そして早く。それを優先させたのがこの新システム。時代に合っているのかもしれない。
 そう考えると、質が落ちるのは目を潰れる。質に拘るから時間がかかる。合格点ギリギリでもいいのではないか。だから古いものに戻さないで、この新しいものを使った方が流れてとしてはいい。
 今風なものを使えば今風な頭になっていくわけではないが、そういう頭に切り替えた方が流れがいい。
 それよりも折角大金を叩いて導入した新システムを無駄にしたくない。これが結局一番大きかったのだろう。
 富田は不満な点は諦めて、使うことに決めた。
 ものに教えられたようなものだが、その同じものが富岡の頭の中にもあったのだろう。全くなければ受け入れられない。またあったからこそこのシステムを買ったことになる。
 そして新システムに切り替えてから数ヶ月経つと、それがいつに間にか標準になってしまい、既に未来を先取りどころか、未来だったものが後退していった。
 
   了
  


posted by 川崎ゆきお at 13:15| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする