2024年06月25日

5250 おめでたき人


「先日一寸良いことがあってな。そういうことが続くかと思い、探し出した」
「何か拾いものをされましたか」
「そういうのもあるが、それは何かを探しているときに拾ったもの。だからじっとしていたのでは拾えるものも拾えん」
「やはり探しに出ないといけませんか」
「いや、魚籠のように仕掛けておればかかることもある。こちらの方が楽なので、いいのだがな。しかし、仕掛け通りの魚しか入っては来ない。たまに妙なのが入っていることもあるが」
「探す方が効率がいいのですか」
「今すぐ欲しいときにな。先日それでいいことがあった。探したおかげだ。それでまた探そうと思い立った。こちらの方が積極的で、狙いを絞れるし、効率はいいが、ないものはいくら探してもないので、徒労に終わることも多い。ここが損だな」
「良いことは探しに行かないと手に入らないものですか」
「先ほど言った罠にかかる場合も多いので、わざわざ探しに行く必要はないがな」
「ではどうして探しに」
「探すのが楽しいからだ」
「見つけられなくても、探しているだけで?」
「探しても見つからないものは探しには行かんが、ありそうなものなら探せば見つかるかもしれん」
「その区別は」
「え、何の区別だ」
「だから、探してもないものと、あるかもしれないものとの線引きです」
「それは曖昧だ。毎日探していても駄目だが、かなり間が開くと、ある可能性も高い。その程度の判断だ。だが期間が長ければあるとはかぎらん」
「いいですねえ。楽しみで探しに行ける余裕は」
「楽しみたいと思っているだけのこと。余裕ではない」
「でも時間がかかるでしょ」
「これは好きでやっているので、時間は気にしない。そういうことで時を過ごしているだけで十分」
「私も見習いたいです。楽しそうなので」
「探し方のコツを覚えるのも楽しいぞ」
「じゃ、全部楽しいのですね」
「おめでたい人じゃ」
「それはめでたい」
「目は出ておらんがな」
「あ、はい」
 
   了
posted by 川崎ゆきお at 12:38| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2024年06月24日

5249 表裏の際


「変化があった」
「おお、それはどのような」
「妙なものを見た」
「妖怪変化でも見られるようになりましたか」
「そうではない。従来からその手のものがあることは知っていたが、それは闇の世界。表の世界ではない。従って無視していた。しかし、気になってはいた」
「変化とはそのことですか。それなら以前からあったことでしょ」
「昔からあったかもしれんが、最近目立つようになった。だから目につきやすい」
「その闇の世界が無視できなくなったと」
「表の世界にあるものがそのまま闇の世界に持ち込まれており、表よりもその裏の方がより表らしい」
「闇の方が表らしいとはどういうことでしょ」
「本来表で扱うものが裏に多くあり、表を越えておる。表のお株を奪ったようなものだ。これは無視できん」
「表の偽物でしょ」
「いや表の方が偽物に見えてしまうほど、本物に近い。いや、裏の方にこそ本物があるような感じだ」
「そこまで変化しましたか」
「表は後退しているが、裏は活気がある。裏の、つまり闇の世界の方が強くなっている。これは見過ごせない事実」
「しかし、裏は所詮は裏」
「だが、表と言っているだけで裏と言っているだけで、同じものなのだ」
「何を見られたのかは知りませんが、そういう変化があるのですね」
「最近ますます顕著。これなら表の必要ないほど。だが闇の世界なのでな。だが闇の世界だからできること。そして今では表側になりかけている」
「それは無理でしょ」
「実際はもうそうなっているのに近い」
「そこまで闇の世界が押し寄せてきましたか」
「表の世界にひけを取らん。それを越えておるほど。逆転だ」
「表側が巻き返す方法はないのですか」
「それをやっているところもある。裏と同じ事を表でもやっておる」
「じゃ、やはり逆転したのですね。もう既に」
「だが、あくまでも表の世界なので、その範囲内だが、どう見てもそれは裏と同じだったりする」
「では逆転はあり得ないと」
「裏も表も実際にはない」
「ありますが」
「その境界線、その際沿いが興味深い」
「その変化、続きますか」
「表裏逆転はしないだろうが、共存するだろう」
「勉強になりました」
「うむ」
 
   了
posted by 川崎ゆきお at 13:10| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2024年06月23日

5248 観測者問題


「どうですかな、最近は」
「最近ねえ。最近も似たようなものですよ。相変わらずです。特に変化はありません」
「でも徐々に変わっている箇所があるでしょ」
「それはありますなあ。古くなったものを買い直したり、故障したので、新しいのを買ったりとか」
「それも変化ですね」
「私は変わっていないのですがね。相手が変わったりします」
「あなたは変わらないと」
「そんなことはありませんよ。好みも徐々に変わりますから」
「そうですね。やっていることは同じでも」
「まあ、やっていることも少しは変わりますよ」
「じゃ、相変わらずじゃないんだ」
「言うほどの変化じゃないし、ほぼ以前と同じですから。さらにそれ以前となりますと、これは今ではできないようなことをやっていましたので、一寸驚きます。よくもまあ、こんなことをやっていたなと」
「今も、この先になると、同じようになるかもしれませんねえ」
「そうですね。このまま変わらずに同じ事をやっているとは限りませんから」
「先ほど、少し変化があると言ってましたが、どんなことでしょ」
「同じ事をやっていますとね。飽きてくると言うか、進展がなくなってくる。それで別のアタックを考えたりするのです。切り口とか」
「ほう」
「ほうじゃありません。誰でもやっていることでしょ」
「そうですな」
「違う切り口や違うポイントから入っていくと、一寸風景が変わります。従来からある同じ風景なんですがね。見え方が少し違う。そして興味のありどころも分かってきます」
「興味のありどころとは何でしょ」
「今まで何をしていたのかが分かります。こういうことが良くてやっていたのかと改めてね。またそれに近いものに気付くとか。または繋がりが見えてくるとか」
「展開を変えるようなものですか」
「そうです。同じようなことには変わりはないのですが、捉え方が変わります。これは認識の問題で、そのものは変わっていなかったりしますがね」
「同じ事をずっとやっていると、細やかな違いとか、捉え方の丁寧さとかが加わるのですね」
「一歩深くというわけではありません。正面からではなく横から覗く程度ですよ」
「それは興味深いですねえ」
「結局よく分からない。だからいいのです」
「より詳しく分かるのではないのですか」
「そのものに関してはそうですが、私自身がよく分からないというのも出てきます。あまり細部まで行きますと、そこまで興味はないとかね」
「観察者問題ですね」
「何ですか、それは」
「観察者によって、違ってくる」
「普通でしょ。問題なんかじゃない。よくあることですよ」
「そうでしたね」
「まあ、変化なんてものは勝手に起こりますよ。特に自発的じゃなくてもね」
「はい。ありがとうございました」
 
   了
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2024年06月22日

5247 ハモへ向かう


 暑いのでさっさと仕事を済ませ、買っていたハモの天麩羅を食べたいと下田は思った。
 これは深い思案の元で得た結論ではない。その逆だろう。短絡的。しかし果たしてそうだろうか。ハモの天麩羅を用意していたのは計画的。
 しかし、なぜハモなのか。それになぜ天麩羅なのか。ここには思案はなかったと言える。店屋でハモの天麩羅を見たので、買ったのだ。旬だし。ハモは別の食べ方もできる。軽くゆがき、辛子で食べるとか。こちらの方が夏向き。
 だからそこにはこだわりがなかったのだろう。ハモならもうそれでいいと。それに天麩羅の方が衣を着るため、大きく見える。ただ、ハモそのものを視覚的に見る機会は少ない。断面程度か。ハモの身は白い。その白さを知らないまま食べる。ただ、下田にはそこまでのこだわりはない。もし刺身コーナーでハモを見つけておれば、そっちを買っただろう。その方が涼しげ。
 しかし惣菜売り場の奥に鮮魚コーナーがある。ハモの天麩羅を買ったので、もう刺身コーナーへは行かない。
 とりあえずハモが食べられる。下田にとり初物。これは一寸した刺激。
 そのハモの天麩羅、容器に小袋がついいる。青塩らしい。青い塩。これもいい。買うときは知らなかったが、冷蔵庫に入れる前に確認した。
 ただ、冷蔵庫には入れなかった。そのつもりだったが、やめた。なぜならまだ温かみがあったため。それに冷やすと硬くなることを恐れた。ただ腐りやすくなることも同時に恐れた。時間的にはまだまだいけるだろう。翌日にしてもいいほど。
 こういう楽しみがあるので、早く仕事を終えたかった。たかがハモ。高いものではない。
 そのとき、うな重も見た。ハモを手にしたあとなので、ウナギも欲しかったが、そこは欲を捨てた。ハモとウナギ、両方は贅沢。しかも、うな重の方が遙かに高い。そのわりにはウナギは薄く、僅かしか乗っていない。
 やはりここはハモの勝ち。これで良かったのだ。下田は間違っていない。ハモでいいのだ。ハモで。うな重はまたの機会。どちらも夏場よく見かけるので、いつでも買えるではないか。
 仕事の後半バテだしたので、早い目に切り上げた下田は、ハモへと向かった。
 何に向かおうと勝手。
 
   了
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2024年06月21日

5246 人の動き


「少し気になることがあってな。流れが見えてきたようなのだ」
「あ、はい」
「流れと言っても僅かだが、島原に行くものが増えた」
「島原ですか」
「吉田とはライバル。その吉田から島原へ流れるものが最近多い」
「吉田から出たのですか。わざわざ」
「吉田で活躍したものだが、そこまでで、そのあとがない。それ以上の活躍の場がな。それで島原から誘われたのか、自分から島原へ流れたのかは分からぬ。そういう似たようなものは別の所にも流れるのだが、吉田や島原とは別の世界になるので、これは無視していい。以前ならそのコースが多かったのだが、吉田でやっていたようなことをそのままできる島原の方がいいのだろう」
「出て行くものが多いと言うことは吉田の勢いがなくなり始めたのですか」
「そうだな。これという人がいなくなった。多くの人を抱えていたのだが、まあ、エースが出ないのだろう。だからどんぐりの背比べ。似たようなのが並んでいるだけ。その一人をエースにしているだけ。実際には弱いもので、エースではない。それにエースと言えるものもいるが、どういうわけか、進展がない。止まっているというより後退した。勢いがな」
「そういえば急に大人しくなりましたね」
「あのまま進んでいけばエースになれただろうに、惜しい。吉田の方針かどうかは分からんが、残念だ」
「では島原の方が今は勢いがあると」
「いろいろと試みておる。新しさがある。従来からあるものを繰り返しているだけの吉田に比べればな」
「そうですねえ。吉田は以前よりも全体的に落ちてきましたね。従来以前に」
「ところが島原は後退しないで、前へ前へと出ている。かなりきわどいほどにな。これは吉田にはできないこと。吉田もきわどいところまで一時行ったのだが、その線は消えた。だから後退したように見られている」
「それで島原へ流れるものが吉田からも出ているのですね」
「吉田と島原はライバルだ。だからライバルへ行くなどは以前には滅多になかった。今は堂々とその流れができておる。また一人、また一人とな」
「きっと吉田で冷遇されたのでは」
「そうかもしれん。吉田は育てる気がないのだが、新たに人は入ってくるので、人には困らん。だからある程度活躍したものは切り捨てたいのだろう」
「それを島原が受け入れたと」
「まだまだ活躍できるのに、切り捨てられては中途半端。活躍の場をいくらでも提供してくれる島原へ行くのは当然かもしれん」
「島原の魅力は何でしょう」
「吉田ではきないことを島原ではやっている。島原でないと、これはできない」
「じゃ、島原の天下じゃないですか」
「しかし島原は下品。吉田は上品。この差で吉田は保っているようなもの」
「しかし、どういう事情で吉田から島原へ行くのかは実際のところ分かりませんねえ」
「あくまでも憶測。ただ、最近その数が多い。そして吉田にいた頃よりも、島原に移ってからの方が良くなっている。生き生きとな」
「じゃ、吉田は危ないですねえ」
「吉田から出て行くものは多い。島原以外にもな。今の吉田では長く居続けれんからだろう」
「分析ありがとうございます」
「内情は知らん。ただ、人の動きで、そうではないかというただの推測。当てにはならんぞ」
「あ、はい」
 
   了
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2024年06月20日

5245 想像


 想像しているだけで、もう十分良い気分になったり、満足を得たりする。それが物ならまだ手に入れていないし買ってもいないのに。
 また物事も、想像だけで、まだ実際には起こっていないのに。
 想像だけでも楽しい気持ちになれるものだ。それは都合のいい想像のためで、いい風に解釈し、いい感じの想像をしているため。
 当然想像の上でも、ここは駄目だろうというのはあるし、ここは物足りないとか、ここは一寸不安というのもある。それでも想像だけなので大きく違えるわけではない。ただ想像できない箇所は無視するので、気付かないだけかもしれない。
 誇大評価ではないものの、勝手な想像が多い。これは想像しているだけなので何も起こっていないのだが、想像したと言うことが起こっている。
 商品なら買えば実際の物が分かり、それが良ければ満足を得られるし、また気持もいいだろう。そういう楽しくなることを目的とした商品の場合。
 楽しさの先取りは想像でもできる。現実はついてこないが。本物よりもいい想像をすると、実際のものよりも満足度が高い。
 しかし、満足というのかどうかは分からない。ただ、気持ちの上でそう感じたのなら、得な話だ。買わなくてもいいのだから。そして同程度の気分が味わえるのなら。
 現実では実際の商品が想像していたものではなく、不満に思えることもある。逆に想像していた以上のものだったりもする。
 いいことを想像し、ニヤニヤしている人もいる。まだ実際には起こっていないのに。
 これは先取りだ。もうそのニヤニヤだけで十分かもしれない。手に入れなくても。しかし、そうはいかないだろう。
 買う前は楽しいが、実物を手に入れてしまうと、急に面倒になることもある。楽しむのが面倒というわけではないが、現実のものだけに勝手な想像とは違うため。
 想像だけでいいという話ではない。それでは現実が動かない。進めない。ただ、楽しさだけとかの場合、実際は省いてもいいだろう。それがやらなければいけない事柄ではない限り。
 想像でも楽しく、実際、それを手に入れたり現実として起こったりしても、さらに楽しかった。というのがいい。
 二回楽しめる。そして実行できなかったとしても、想像の楽しさは残る。そしてそれはもう得たのと同じ。楽しいという感情だけだが。
 楽しいと思えるはずものを実行したとき、違っていた場合は苦しい。こんなはずではなかったのにと思う。それは想像の仕方が拙かったのだが、あまりクールな想像では楽しさはない。
 しかし、いいことを思い、ニヤニヤしているときの快さは捨てがたい。これは日常の中でできる。そして実行した場合もニヤニヤができるのなら、言うことはない。
 想像を超える実際のものでの快さは滅多にないが、想像していなかったおまけがついてきたりする。悪いおまけでなければ幸いだが。
 
   了
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2024年06月19日

5242 伏兵


「暑くて何ともなりませんねえ」
「だれてます。だれだれです」
「冷房は」
「クーラーは冷えるので、たまに扇風機を回します。団扇や扇子でもいいのですが、手を動かしているだけでも暑く感じます」
「それで、だれているのですね」
「夏場はそんなものです。だらっとしていると、意外と涼しいときがありますよ。窓からの風とかがね。しかし熱気も入ってくるのが難ですが」
「その状態でお仕事を頼むのは恐縮なのですが、頼まれてもらえませんか」
「内職ですか。まあ、団扇を動かす力程度の作業ならできますが」
「寄っていただきたいところがあるのです」
「外ですか」
「一寸出掛けてもらいたいのです。ここよりも涼しいかもしれませんよ。外の方が」
「そうですねえ。日陰とか木陰にいる方がいい感じです」
「散歩に出てくれというのではありません。一寸した交渉ごとです」
「それはまた暑苦しい話」
「あなたならできます。また、あなたにしかできません。あなたの言うことなら先方も聞くでしょう」
「誰ですかな」
「門口さんです」
「ああ、あれはわしの弟子だ」
「そうでしょ。師匠の言うことなら聞くはず。門口さんを説得できるのはあなただけです」
「そんなことはないでしょ」
「いえ、いろいろとやってみました。人も送りました。しかし駄目です」
「しかし弟子と言っても昔の話」
「今でも門人のはず」
「引き受けてもいいのですがね。それで、今、門口はどこにいるのですか」
「坂田です」
「それは遠い。それに坂の多い場所。これは出掛けたくない風景が見えます。汗をふきふき日陰もない炎天下の坂道を歩いているところを」
「しかし、ここよりも涼しいと思いますよ」
「そんなにここは暑いですか」
「冷房がないので、そう感じるだけかもしれませんが」
「じゃ、扇風機、回します」
「お願いします」
「坂田か、行くまでが大変じゃなあ。もう想像しただけでバテてきたわい」
「じゃ、引き受けていただけるのですね。お礼はたんまり用意させてもらいます」
「どんな礼かな」
「それは終わったあとで」
「それは楽しみじゃ。よし、引き受けた。行くぞ」
 この師匠、遠路坂田へ行き、弟子の門口と会おうとしたが、その途中の坂道でバテてしまったようだ。交渉ごとよりも、伏兵にやられた。
 
   了
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2024年06月18日

5241 妙手


「あまり特殊な、特別な手を使わない方がいいのでは」
「わしの手は特殊か」
「少し変わっています。見るからに」
「妙手というやつでな」
「普通の手を使ってください。そうでないとよく分かりません」
「何がじゃ」
「お力の程が」
「妙な手はわしの力。わしだけがなせる技」
「だから特殊すぎて、よく分からないのです。凄いのかどうかが」
「普通の手か」
「はい、ごくありふれた方法でやってください。そうすれば実力の程が分かります」
「力試しか」
「いえ、どの程度のお方なのかを知りたいのです」
「普通の方法はなあ」
「使えないと?」
「まだ、言っておらん」
「そうなので」
「使えんこともないが、それでは弱い」
「あなたが弱いからではありませんか」
「申すなあ」
「ですから普通の手を一度お見せください。強い弱いは関係はありません。知りたいだけです。どの程度か」
「普通の手は苦手じゃ」
「ですから、一番簡単な方法です。誰でもできそうな」
「それが苦手なのじゃ」
「できないのですか」
「できるが、大したことはない」
「それで結構です」
「大したことはないので、恥ずかしい」
「それで妙手に頼るのですね」
「妙手ではない。それはわしにとって普通なのじゃ。だから普通にやっておる」
「どう見ても普通だとは思えませんが」
「それは妙手だからじゃ。しかし、わしにとっては普通」
「普通がいいと言っているわけではありません。また、普通にやる必要もありません。ただ、普通にやっているところを参考までに見たいのです。そうでないと試験になりません」
「妙手では試験にならぬか」
「反則ですので」
「妙手を反則だと申したな」
「当家で求めているのは普通の使い手です。弱くてもいいのです。それを見せていただけるだけで、結構です。その確認だけをしたいだけなので」
「断る」
「じゃ、不採用と言うことで」
「致し方あるまい」
「お出口は、あちらです」
 
   了
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2024年06月17日

5240 草返し


「まんざら悪くはないのう」
「悪いものだと思っていましたが、これは良いものかもしれませんよ」
「どうして気付かなかったのであろう」
「悪いものだと決めつけていたからですよ」
「わしが決めたわけではない。世間の評判だ」
「悪いものとして扱われておりますが、よく見るとそれほど悪くはない。それほどよくもありませんが」
「良いものなら、その評判が立っておるじゃろ」
「世間は何を見ていたのでしょうねえ」
「噂の噂をそのまま使っていたのであろう。ろくに見ないでな」
「しかし、どうしても悪いという評が立っていますので、それを拭うのは大変かと」
「そうじゃな、悪い噂が立っているのが難点。ものはよくてもな」
「如何いたしましょう」
「これは使えるやもしれん。雇おう。その一族を」
「世間では山賊、野盗と呼んでいますが」
「その事実はあるのか」
「ないようです」
「兵力はどうじゃ」
「一族のものは少なく、また強くはないとか」
「力自慢とかもか。それじゃ、数も少ないし、大した戦力にもならぬので、雇い主などおらんだろう」
「普段は百姓です。小さな村です。そこを治めています」
「吉原村だったか」
「はい」
「小さすぎますし、それに僻地。使い回しが悪いです」
「しかし、まんざらでもないと思ったのは、そういう戦力ではなく、草だ」
「間者ですか」
「流言」
「ああ、それならいけます」
「とある城下の外れの街道で、木偶人形師を見た。子供相手の人形芝居。その語りが上手かった。それで何処の者かと聞くと吉原だという。聞いたことのない村。調べるとかなり遠くから来ていたのだ」
「出稼ぎで傀儡師をやっているとか」
「使えそうだと踏んだ」
「大道芸の仲間も多いとか。行商とかも」
「だから、雇うのはまんざら悪くはなかろう」
「しかし、吉原の連中は何処にも仕える気はないとか」
「そのつど礼を与えればいい。よければもっと身近にいてもらいたいものだがな。直参として」
「まずは、仕事をしてもらいましょう。それを見て」
 敵国の城主が病んで長くはないという流言を吉原に頼んだが、効果はなかった。
「使えん連中じゃ」
「そこが吉原のいいところです。いい草ではなく駄目な草だと思われているはず」
「使い用か」
「はい、だから、こちらの本当のことを、噂として流させます。吉原の手の者から発していると分かるように。すると、敵は信用しないでしょ」
「草返しじゃな」
「ぎょい」
 
   了

posted by 川崎ゆきお at 12:50| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2024年06月16日

5239 物神


「神は細部に宿ると言うが、大きいところでは見えないのかもしれませんねえ」
「やはり小さいところの方が見えやすいのでしょ」
「さらに小さい物なら、さらによく見えるかもしれんが」
「僕は大きな物の中にこそ神がいると思っていました。この大きさは神でないとなせないようなスケールのどでかいものですから」
「だから大きすぎて、神がどこにいるのかが見えない」
「神なので、目では見えないし」
「しかし、細部に宿るというのはいいねえ。神の片鱗が出やすいのだろう」
「細かいところまで手を抜かず、きっちりしているとか」
「さあ、それは知らんが、細部を見る方が分かりやすい。神が宿っているかどうかがね」
「やはり細かい箇所を見れば分かってしまう」
「まあ、丁寧な、という程度かな」
「こんな所、誰も見ていないだろうと思い、手を抜くことがあります。適当にやっていました」
「目利きは、そこを見る。そこばかり見る。重箱の隅ばかりな」
「全体の大きな所も見るでしょ」
「隅っこを見た方が分かりやすい」
「じゃ、隅っこや、小さな所にいっぱい神の宿を作ります」
「神の宿?」
「はい」
「神社か」
「いえいえ」
「その隅っこ。細部。小さな所、さらにもっと細かいところ、もう目には見えないほどの小ささで、小さいことも分からないほどの小ささ。極小で、それ以上小さな物はないほどの箇所」
「凄く小さい世界ですねえ」
「その最小単位の箇所。神が宿るというよりも、そこが神そのものかもしれないねえ」
「そんな小さな箇所、もう物ではないのでは」
「だから全部神だよ」
「物神様ですね」
「なんだそれは」
「勝手にそう感じました」
「物神か。使えそうで使えん」
「あ、はい」
 
   了

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