2018年03月14日

3563話 見た目通り


 人は見た目で分からないが、見た目ではない事柄などを見たとき、それで分かるのだろうか。見た目といっても見ただけの見た目もあるし、表面だけの関係もあるし、また表面的なことしか知らない場合もある。これは人に限らないが。
 見た目はあまり良くないが、実際には良い人だったというのがパターンとしてある。ではどういうところで良い人だと分かったのか。これも見た目の一部ではないのか。
 そして意外と禁じ手とされている見た目がほぼ真実に近かったする。
 これはビジュアル的に見ているだけでも、また会話などから得たことの表面だけを見ているわけではないため。当然本当はこうだったとか、表面はそうだが、実際にはそれは誤解だったとか、踏み込んだ情報を得たわけではないので、どこまでいっても表面的。皮一枚だけ。しかしその皮だけで、分かったりする。奥の情報はないのに。
 これは見ているだけではなく、伝わってくるものがあるためだろう。
 見た目だけだと誤解しやすいが、その誤解が当たっていたりする。このあたりになると直感になる。
 では直感の何処に触れて判断しているのだろう。これを「何となく」と呼んでいる。本人もしっかりと説明できない。それだけの材料がないためだ。だから想像だろう。
 この想像はどこから来ているのかになると、意外と動物的なところからかもしれない。
 人の本質を見極める。それは経験とか、勘所とかを働かせる高度なものだ。それとは逆に、レベルの低い動物的なことで判断する。これは細かな情報の積み重ねではない。
 そうなると、この判断は敵か味方かレベルになってしまう。そしてあくまでも本人にとっての。そのため普遍性はない。
 見た目で誤解し、本当はそんな人ではなかったと思った場合でも、その後しばらくして、また逆転し、やっぱり最初の見た目通りの人だったとなることもある。すると、最初の直感が正しい。
 ただ、そういうことは本人の都合で決まるので、相手を正しく評価するというのは無理かもしれない。
 
   了
 

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2018年03月13日

3562話 裏長屋の画伯


 裏長屋。まだそんな言葉が通じるような間口の狭い一つ屋根の家が住宅地のど真ん中にある。ここは秘境とも言われている。その秘境の長屋に磯崎画伯が住んでいる。ここが気に入ったのではなく、ここから出られないのだ。キャリアのわりには実績がなく、賞らしき賞も取ったことがない。ここから出られないのはそのためだが、出たいとも思っていないようだ。
「磯崎画伯のお宅でしょうか」
 狭い長屋暮らしとはいうものの部屋の奥には裏庭があり、そこで画伯はネギの根を植えているところだった。青ネギの残りだ。必ず根がしっかりあるものを買っている。
 二間ある部屋は全てアトリエ。そのため足の踏み場がないので、客を通すわけにはいかない。玄関の三和土に椅子を置き、そこで接客するようにしているが、その椅子、パイプ椅子で大型ゴミの日に出たもの。少しガタがあり、シーソーのようになる。
「絵を画いていただきたいのですが」
「何の」
「自由に」
「それはできない」
「注文はありません。自由に画かれて結構です」
「余計に難しい」
「はあ」
「私はカット屋でねえ。絵の使い道がはっきりしていなければ画けないのだよ」
「観賞用です」
「じゃ、まるで画家だね」
「そんな冗談を、画伯」
「いや、それはあだ名でね」
「あだ名?」
「ニックネームだよ」
「そうなんですか」
「社長というネックネームや、博士というニックネームあるだろう。それと同じ。仲間内だけの呼び名だろうけどね」
「じゃ、画伯は画家ではなかったのですか」
「私はデザイナーだ」
「はあ」
「イラストは画けない。つまり絵は画けないんだよ。だからベーシックデザイナーなんだよ。マッチのラベルのデザインが得意でねえ。チマチマしたものしか作れないよ」
「でも依頼人が是非とも油で画いてくれと」
「油絵の具もアクリル絵の具も持っていないよ。百均の子供用の水彩絵の具ならあるがね」
「はあ」
「しかし、画伯の絵を見た依頼者が」
「間違いじゃないの」
「磯崎さんでしょ」
「そうだよ」
「じゃ、やはり磯崎画伯だ」
「そう呼ばれることもあるけどね。皮肉だよ。冗談でそう呼ばれているだけ。しかし、その依頼人の方、何処で私のことを知ったのですかな」
「さあ、そこまでは知りません。磯崎画伯を探し出して、絵を依頼してこいと頼まれました」
「まあ、そんな凝った悪戯をする人もいないはずだから、その依頼人さん、勘違いしておられるのでしょうねえ」
「何とかなりませんか」
「引き受けろと」
「はい。画伯でしょ。絵描きさんでしょ」
「画くことは画くけど、下手でねえ。絵は素人以下だよ」
「油絵の具と筆一式は用意します」
「いやいや、水彩絵の具でも油絵風に画けますから、ご心配なく」
「じゃ、引き受けていただけますね」
「自由な絵というのが難しくて、条件が厳しいがね」
「一番条件がいいはずだと思うのですが」
「じゃ、本当に何でもいいの」
「はい、お願いします」
「それでだね」
「はいはい、ギャラですね」
「うん、まあそうだけど、高いと画かないよ」
「当然可能な限りお支払いします」
「だから、高いと駄目なんだ」
「はあ」
「高いと画けない」
「じゃ、安いと」
「画ける」
「考えておきます」
「考えることないでしょ。安く済むんだから」
「じゃ、いくらなら」
 画伯は指を一本立てた」
「十万ですね」
「千円」
「はっ」
「千円なら気楽に画ける」
「それでよろしいのですか」
「うん、いい」
 男が帰ったあと、さっと水彩絵の具をしぼり出し、水を加えないで、一気に書き上げた。
「終わった」
 この画伯、きっとプレッシャーに弱いのだろう。
 
   了


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2018年03月12日

3561話 少しだけズレている


 日が暮れかかる繁華街の中にある小さな駅。地方銀行や老舗の饅頭屋、団体客が何組も入れそうな城のような居酒屋、まだ主婦の友の看板を掲げた小さな本屋。ネオンが輝き始めたのは曇っているので空が暗いためだろうか。夕焼けなどは期待できそうにないが、こんなところで見ても仕方がないし、また建物が邪魔をしてよく見えないだろう。
 高島は数ヶ月に一度ほどこの駅前で仕事の打ち合わせをするのだが、先方は遠くから来ている。高島は最寄り駅だが徒歩距離ではなく自転車距離。雨の日などは大変だが行き慣れた場所だし毎日ではない。偶然雨が降っていた日もあるが、そんなことは大した問題ではない。
 改札口が見えたとき、先方は先に来ていたのか、姿が見える。何度か合った人なので、遠くからでも分かる。
「お待たせしました」
「いえいえ、私も先ほど着いたばかりです」
「そうですか」
「じゃ、またいつもの喫茶店で」
「はい」
 高島は少しだけ違和感を感じた。確かにこの人に間違いはない。いつもの人だ。人違いだとすれば高島を見ても無視するだろう。しかし、なぜかおかしい。何がどうおかしいのかが分からないので、そんなことを思うことがおかしいのだろう。二ヶ月ぶりなので、少しは変化があったのかもしれない。
 先方は先に歩き出し、いつも入る路地の奥にある飲み屋が集まっているところの手前にある古びた喫茶店のドアを開けた。
「空いてます」
 狭い店なので、そう言ったのだろう。
 高島がこの喫茶店に入るのは打ち合わせのときだけ。だから、二ヶ月ぶりになる。
 違和感は店そのものにも滲み出ていた。こんな内装だったのか、こんなテーブルだったのかと、少し気になる。椅子も以前とは違っているように思えた。
 もの凄く背の低いお婆さんがおしぼりとお冷やを運んでくる。これもいつもと違う。こんなに小さな人だったのかと、なぜか気になる。二ヶ月の間に縮んだわけではない。きっとそれまでは踵の高い靴を履いていたのかもしれない。しかし、小さなお婆さんという程度で、どの程度の小ささなのかはまではしっかりと見ていたわけではない。最初からそんな身長だった可能性もあるが、印象と違うと感じたことは事実。
 先方は鞄から資料を取り出し、説明を始めた。高島は受け取った一枚をちらっと見るが、何のことか意味が分からない。「まさか」と思いながら、先方を見る。
 先方は「何か」という目付。
「あのう」
「説明しますから」
「いや、この資料じゃなく、人違いでは」
「え、何がですか」
「あのう」
「どうかしましたか高島さん」
「いえ」
「あ」
 先方は違う資料を出したことに気付いたようだ。
「失礼しました」
 高島は安堵した。
 しかし、運ばれてきたコーヒーカップが、以前と違う気がするし、壺に入っているはずの砂糖はスティックに変わっていた。
「どうかしましたか、高島さん」
「いえいえ」
 渡された資料はいつもの仕事のもので、問題は何もない。
「簡単な説明をさせていただきます」
「はい」
 説明は理解できた。問題は何もない。
「では、これでお願いします」
 打ち合わせが終わり、先方は伝票を掴み、さっとレジへ向かった。
 だがレジに立っているのは小さなお婆さんではなく、小さなお爺さんだった。こんな人もいたのだ。いやそうではなく、あのお婆さんかもしれない。
 店を出たとき、もう暗くなっており、ネオンが眩しい。
 いつものように先方を改札まで送ることにしたのだが、駅名を見るのが怖かった。一字違っているだけで、大変なことが確実に起こったことを意味するからだ。
 高島は、もしそうであってもかまわないかな、と思いながら、二文字の漢字を見た。
 
   了


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2018年03月11日

3560話 雨の日とシシャモ


 その日も雨が降っていた。これは出るかもしれないとマスターは期待した。良いものか悪いものかは分からないが、危害を受けるわけでもなく、ただの客。しかし雨の降る日にしか来ない。
 メザシよりも少し軟らかそうなシシャモのような老人で、四季を通じてアイスコーヒーしか注文しない。マスターはもうすっかり覚えたので、注文さえ聞きにいかない。
 シシャモ老人は丸くて小さな眼鏡をかけている。それが魚の目に似ているのだろう。老眼鏡のようで、店に入って来るときや出るときは裸眼。あつらえて作った老眼鏡なので、それなりに高いはず。そして座るなりいきなり端末を取り出し、その蓋を開け、中を覗き込んでいる。スマホにしては蓋がある。キーボード付きのスマホもあるはずだが、そのタイプではなく、かなり分厚いし、スマホよりも大きい。
 何度かそのシーンを見ているので、今では珍しくはない。スマホやノートパソコンのように液晶画面がある。今日は見えないが、それがよく見えるところにシシャモが座ったとき、ちらっと見たことがあるのだが、漢文。全部漢字で埋められていた。漢字圏の人だろうか。そして見かけない端末なので、そのお国の機械かもしれない。
 その端末を触っているだけで、小一時間後、さっと出。そして決まって勘定はきっちり。つまり釣り銭がいらない。
 それだけの客だが、雨の日にしか来ない。
 そして雨の降る日は必ず来る。店が開いている限り、もう十年以上来ている。
 ただ、小雨のときは来ないことがあり、雨量と関係しているようだ。
 シシャモ老人は自転車で来ていることも分かっている。
 マスターは雨の日に出る妖怪のような客だと思っているのだが、正体が知りたくなった。
 雨の日は客も少ないので、コーヒーを運んだときとか、勘定のときに話しかけようとしたのだが、目が怖い。目尻は下がっているのだが切れ長で、眼光が鋭い。黒目が小さいためだろう。そして瞼が大きい。これは本当は目の大きな人で、いつもは半開き程度にしているだけ。だから話しかければ、かっと大きな目になるはず。
 そういった端末を入れている鞄は小さいが本皮で、使い込んだもの。金具の色が濁っている。服装はよく見かけるような一般的なもので、これは同じものばかりではなく、季節によって変えてくるが、くすんだ土色系が多い。靴は普通のビジネス系。だからよくいそうな老人の服装。それなのになぜ雨が降る日にしか来ないのだろう。
 その時間は決まって夕方前。マスターの店は夜になると閉まる。夕方前は一番客が少ない。そのため、このシシャモが最後の客になることも多い。
 雨とシシャモ、その関係がまったく分からない。
 
 さて、シシャモ老人側から言うと、単純な話だ。行きつけの喫茶店があるのだが、遠い。雨の日は近場で済まそうと、その喫茶店へ行っているだけ。
 マスターは、それを知らない。知ったとしても、大した話ではないので、知らない方が神秘的でいいのかもしれない。
 
   了


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2018年03月10日

3558話 ある会議


「平山さん、今日の会議に出なくてもいいのですか」
「ただのミーティングでしょ」
「でも出ていた方が」
「いや、どうせ賛成です」
「反対でもですか」
「大勢が反対なら反対です」
「じゃ、反対に反対する決議のときは」
「皆さん賛成なら、賛成です」
「はあ」
「だから会議なんて出なくてもいいのです」
「しかし」
「どうせ仕切っているのは大峰さんでしょ。だから大峰さんに従うだけです。大峰さんに反論する人はいないでしょ」
「まあ、そうですが」
「だったら最初から会議などしなくても良いのですよ」
「でも、全員揃ってますよ」
「どうせ、その人達も大峰さんには敵わないので、意見らしい意見も出せないでしょ。その場に居合わせなければいけないようなこともないはずです」
「でも居合わせるのが目的でしょ」
「そうです。それで共犯になります」
「じゃ、平山さんが参加しないのは異議があるからですね」
「ありません。どうせ賛成なんだから」
「でも加わっていないと不審がられますよ」
「話し合わなくても、賛成すると言っているのですから、一番の協力者でしょ」
「ところが、平山派ができつつあるのです」
「ほう」
「下の方のメンバーですがね、平山派が多いのです」
「どうして」
「平山さんが反大峰派だと思われているからです」「どうして。一番の大峰派ですよ。だから説明を聞かなくても、大峰さんの言う通りするとまでいっているのですから」
「参加しないからです」
「え」
「会議に出ないからです。出ていないのは平山さんだけ。だから若手は期待しています」
「何を」
「大峰さんを追い出すためです」
「でも会議のメンバーは全員大峰派でしょ。だから誰も反論しない、会議といっても大峰さんの話を聞くだけなんですから」
「従っている振りをしているだけなんです」
「じゃ、会議のときに言えばいいのに」
「それは無理です。大峰さんの力が強すぎて、全員で反論でもしない限り。一人で手を上げて発言しても跳ね返されますよ。それにそのときも、メンバーは全部大峰さんを支持するでしょ。しかし、本心じゃありません。保身のためです」
「しかし、面倒なことをしないで、大峰さんに任せておけば全て上手く行くわけですから、大峰さんに一任するのが賢いですよ。だから、私は会議に出る必要はないのです」
「これ以上大峰さんに任せたくないというのが実は大勢なのです。特に若手が」
「じゃ、大峰さんの代わりに誰がやるのです」
「平山さん、あなたです」
「まさか、私は一番大峰さんに近いのですよ」
「でもあなたの方が、やりやすいのです」
「馬鹿を学級委員にする方法ですね」
「あなたは馬鹿じゃありません」
「じゃ、何ですか」
「大峰さんよりはましなので」
「何がましなのです」
「強引さがない」
「大峰さんも強引さはないですよ、反論があればしっかりと聞くタイプで、しかも採用したりします。優れた人です。だから、私は信頼しきっていますから、会議に出る必要がないほどなのですよ」
「出ないというのが最大の反旗なのですよ、平山さん」
「そんなつもりはありませんよ。正反対だ。逆だ」
「今日の会議、もし欠席すれば、実行に移ります」
「だから、大峰さんに問題があるのなら、会議で言えばいいんですよ」
「それができないので、強行するしかないのです」
「そんなに嫌がられているのですか、大峰さんは」
「これを見てください」
「何ですか、この巻物は」
「連判状です」
「はあ。時代劇じゃあるまいし、とんでもない話だ」
「止めたいですか」
「当然でしょ」
「じゃ、会議に出席してください。このスイッチは今日の会議にあなたが参加しなかった場合に発動します。止めるには参加するしか方法はありません」
「分かりました」
 しかし、平山は出席しなかった。
 
   了



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2018年03月09日

3557話 大物の散歩


 長峰は全ての役職から身を引き、所謂引退したのだが、これは見せかけ。その影響力は以前と変わっていない。しかし辞めた以上、肩書はもうない。それでも実質上、長峰が仕切っていることは紛れもない事実で、誰も彼が引退し、去ったとは思っていない。全ての人脈は長峰が握っており、その範囲は広く、長峰が結び目になっており、ことあるときは長峰を通してでないと、話が通らない。
 役職を辞してから暇になったのか、普段しないような町歩きをしてみた。もうただの老人と変わらない。見知らぬ町を歩いていても、見知らぬ町の人々や通行人にしか出合わない。毎朝、挨拶を受けながら社屋にいるのとは大違い。
 ぶらりと歩いているうちに、これもまた良いのではないかと思った。肩の荷が降りた状態なので、足取りも軽快。このまま本当に隠居しても良いのではないかと、ふと考える。
 目的もなく町を歩く。そんなことは今まで考えもみなかったこと。
 いつの間にか長い塀が続く通りに入り込んでいた。学校か工場でもあるのだろう。
 やがて門が見えてきたので、それを見ると工場。聞いた覚えがある。関連会社の工場で、こんなところにあったのかと、改めて見る。ここは不況で何ともならないとき、泣きつかれ、長峰が融資し、さらに役員を入れ替えたため、生き残った。
 その中の工場の一つが、ここなのだ。その後どうなったのかと、ふと思い出し、また仕事モードに戻ったのか、門を潜った。
 すると守衛が出てきた。
 要するに、関係者以外は入れない。
「長峰が来たと言えば分かる」
「少しお待ちください」
 警備員は長い間詰め所に入ったまま出てこない。
「あのう、御用件は」
「工場長を呼べ」
「あ、少しお待ちを」
 しかし、工場長は長峰を知らないらしい。
 つまり、もっと上の人でないと、長峰が分からない。
 確かにこの会社に融資したが、融資先は曖昧にしておいた。
 要するにこの町にある工場には、長峰を知っている上の人物はいない。だから名前を言っただけでは入れない。それに工場長は、もっと下の地位なので、面識がない。
 この会社の別の工場へ視察へ行ったときは車だったので、門番など関係なかった。また、門の前まで幹部が出迎えていた。
 ただの老人がいきなり押し掛けても入れるわけがない。そのことに気付いたのだが、何とも気分が悪い。
 自分がいなければ、この守衛もいないだろうし、工場そのものも閉鎖だろう。
「ああ、もういい」
 警備員は丁寧に老人を追い出した。
 やはり、目的もなく、ウロウロするものではない。
 これに似たことを若い頃のことを思い出す。イベント担当になり、野外の特設会場で催し物を仕切った。そのとき、会場に入れなかった。自分が手配した警備員に阻止されたのだ。あのとき、名前を言えば当然入れたが、今回は目的がなかった。
 
   了
 
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2018年03月08日

3556話 時限爆弾


 今日は何をする日だったのかと火野はふとそんなことを思った。何も思い当たることがないし、予定も入っていない。やるべきことはいくらでもあるが、日常事で、スケジュール化するほどでもない。
 その日のカレンダーを見て、思ったわけではない。何となく、今日、予定があったように感じたのだ。これはきっと忘れているのだ。それで思い出そうとしたがきっかけが何もない。手掛かりもなく、記憶の糸もない。しかし何かあるはずだということだけが分かる。
 それで古いメモなどを引っ張り出したのだが、殆どは捨てている。そして今日の日付をもう一度確認するが、日付と絡むような事柄は思い出せない。たとえば誰かの誕生日とか。
 しかし、そんなものは忘れていても、問題はない。そんな内容ではなく、今日、何かをやる計画だったのだ。もっと大事なことで、記念日ではない。または何かの期限でもない。
 何かしないといけないのに、それが何か分からない。このまま日が暮れると実行できないまま終わる。そして取り返しのつかないことになるかもしれない。そんなレベルなら、しっかりと覚えているはずだし、スケジュール表にも書いてあるはず。だから別の用件なのだ。しかも別格、別枠のような。
 既に昼を過ぎている。もし出掛ける用事だったとすれば、間に合わないかもしれない。午前中に出ないといけない場所だと間に合わない。
 分かっているのは今日。今日にすべきことがあるはずだという程度。
 これは人と関係するのではないかと火野は最初に思ったのだが、誰とも約束した覚えはない。確かに人と合う用事はあるが、それは日付は分かっている。今日ではない。
 そして人と合うことを前提に、誰だろうかと考えてみた。軽く約束をし、メモもしないで、そのままだったとしても、これは社交辞令でない限り覚えているはず。日付は忘れても、誰との約束か程度は。
 しかし、日付だけを覚えているというのはおかしい。余程今日という日が特別な日なのか、偶然今日なのか、それも分からないのだから、何ともならない。
 過去に死神と出合い、あなたの寿命はその日までと言われたのだろうか。その日が今日。しかし、そんなことは信じたくないので、忘れようとした。都合が悪いことは忘れることにしているので。
 しかし、そんな死神に出合ったことはない。あったら大変だ。
 結局火野はその日のうちには思い出せなかった。
 翌朝起きたとき、目をそっと開けたのだが、この世だった。そして、その後も特に変わったことがない。ただの勘違いだったと解釈し、もう気にしなくなった。それにあのときの今日はもう終わったのだから、何をしても手遅れだろう。
 それから数日後、火野は昔の日誌を整理していた。大学ノート数冊分ある。置き場所を変えるためだが、それとなくその一冊を開け、昔はどんなことを思っていたのかと、適当なページをめくった。
 解答はそこにあった。
 三十年前の日付。そして三十年後には行ってみる、となっている。計算すれば、この前のあの日だ。何かをやるはずの日だと感じたあの日。
 そんなこと、覚えているはずがない。そして、何をやるのかも実はつまらないことで、三十年後ならもう結構な年なので、行けるだろうというような内容。それはちょとした思い出の場所。大事な用件でも何でもない。
 三十年後に作動するスイッチを、このとき入れたのだろう。そして、作動はしたが、中身までは覚えていなかったようだ。
 
   了
 
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2018年03月07日

3555話 心を込める


 その思いとは別の思いと勘違いされ、思わぬ誤解を受けることがある。どういう思いだったのかは本人にしか分からない。また、その動きも思いを込めようが込めまいがあまり変わらない。気持ちもそうだ。
 思いを込めてやったことでも、さっとやったことでも中身は同じだったりする。また、いやいややったことでも。
 ただ、この場合の思いとは願いのようなものだとすれば、それはただの希望かもしれない。いずれも形になりにくい。気持ちが動きや形に表れるというが、そうならない場合も多い。
「投げやりでやったことが上手くいったのです」
「槍投げ大会にでも出たのかね」
「違います」
「じゃ槍じゃなければ何を投げた」
「気持ちを投げました」
「ほう、気持ちをねえ」
「いや、対象に向かって投げたのではなく、気持ちを投げ捨てたのです」
「何処に」
「いやいや、だから、気持ちを込めることをやめて、やったのです。まあ、敢えて言えば下に投げ捨てました」
「そうかい。投げやりになったんだね」
「でも、どうもありませんでした」
「槍を相手に投げればどうにかなるでしょうが、気持ちを入れなかった程度じゃ何も起こらないでしょ」
「そうなんですが、気持ちを込めて対応できませんでした。心を込めることを投げてしまいました」
「どうしてかね」
「やる気がなかったので」
「そうなんだ」
「それで気が付いたのです。結果は同じでした。だから、もうやる気がなくても大丈夫かと」
「やる気ねえ」
「はい。やる気を起こすのは大変なのです。かなり頑張らないと、やる気が起きません。だから、自分を奮い立たせ、なぜこれをやるのかをしっかりと把握し、その意味をしっかりと自覚し、そして誠心誠意で臨んでいました。しかし、そんな状態に盛り上げなくても、何も問題がなかったんだと、今回気付きました。これは楽で良いと」
「あ、そう」
「僕の気持ちなど、何でもよかったんですよ。そんなものあってもなくても構わなかったのですから」
「あ、そう」
「気持ちを込める。これを省略すれば、どんなに楽か」
「本当に問題はなかったのですかな」
「はい。僕の独り相撲でした。これなら適当にやれば良いんだと、やっと悟りました」
「怖いものを悟ったじゃないか」
「先輩は既に悟られていたのでしょ」
「何を言うか、私は指導する立場じゃ。物事は心を込め、誠心誠意やることで、いいものができたり、相手にも伝わったりする」
「でも先輩、そんなことをやってないじゃないですか」
「そう見えれば成功じゃ」
「え、どういうことです」
「気持ちさえ込めればいいということでは駄目だからね」
「はあっ?」
「気持ちを込めたので大丈夫ということになるじゃないか」
「はあ」
「気持ちさえ込めれば全てOKになる」
「ああ、その境地には、まだ僕は」
「そんなことを深く考えなくてもよろしい。態度だけで決まるのなら、楽な話だ。気持ちを込めるなんてもの凄く安上がりで、経費も掛からない」
「先輩の指導がよく分からなくなりました」
「丁寧にやっても上手く行くとは限らない。逆に荒っぽくやった方がよかったりする」
「ますます分からなくなりました」
「気持ちが態度に表れたとしても、逆の意味に解釈されることもある。分かったかね」
「はい、分かりませんでした」
 
   了
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2018年03月06日

3554話 見に来ただけの人


「様子見で一寸来たのですがね。いますか」
「いると大変でしょ」
「まあ、そうですが、チラッとでも確認できれば」
「用事もなしに、見に来るものじゃありません。それにどこに出るかも分かりません」
「でも、この先の路地が一番多いのでしょ」
「発生源ですから」
「そうでしょ」
「しかし、ここから既に出て来ているかもしれません。だからこの周囲。全部危ない」
「でも、今、見た感じ、いませんねえ」
「危険なので、戻った方がいい」
「でも、既に出て来ているのなら、戻り道も危ないわけでしょ」
「外出は控える方がよろしい」
「はい」
「何も用事がなかったのでしょ。外に出るような」
「これが用事です。出たかどうか、見るのが」
「この時間帯は危険です。もう少し立てば、今日はもう出ないはずですから」
「しかし、今日は見かけないのでしょ。だったら、既に出ているのですよ。見付けられないだけで」
「その可能性は大いにあります」
「すると、奴らは今まさに戻りがけじゃありませんか」
「そうです。しかし毎日出るとは限りませんから」
「もし戻って来るところなら、ここは通り道ですよ。ここにいると危ないのでは」
「ですから、戻って来ることも警戒しつつ、監視しています」
「それはご苦労様」
「どちらにしても用もないのに外出は控えてください。この時間だけですから」
「はい、分かりました。ところで」
「何ですか」
「あなた誰ですか」
「見に来ただけです」
「じゃ、同類じゃないですか」
「はい」
 
   了


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2018年03月05日

3553話 エクソシスト


 大庄屋の娘に狐が憑いた。まだ幼い。小学校の三年生ほどだろうか。その頃から人見知りが激しくなっていた。
 親は色々なマジナイを試みたが、効かない。
 祈祷師の婆さんの祈祷でも治らない。娘は狐の真似はしないものの、挙動不審、落ち着きがなく、動きが動物的。しつけを守らず、履き物のまま座敷を歩く。寝る時間は決まっておらず、ところ構わず寝ていたり、夜中庭に出て、何かを追いかけたりしている。
 狐には悪いが、狐が憑いたと、この状態では言うだろう。狐というより、獣的になっている。
 その頃、村寺に山伏が滞在していた。山伏は山野に伏し、寝起きもそこでする。しかし年取った山伏らしく、春先とはいえ、まだ寒いので、野宿は無理らしい。
 当然庄屋は村寺を訪ね、山伏に頼む。
 山伏とは修験者のことで、自然の中に身を置き、そこで修行する。決まった山もあるが、この老山伏は里山を移動している。
 しかし、大寺の僧でもある。これは仏像を拝むのではなく、山野に入っての修行を好んだためだろう。それよりも総本山には僧が多く、高齢だが高僧にはなれず、外に出た。同じ宗派の末寺で寝泊まりすることが多いので、山伏とはもう言えないが、その扮装はどう見ても山伏。
 大寺の高僧と勘違いされたのか、庄屋は山伏を丁寧に迎え入れ、狐落としを頼んだ。
 山伏は娘をしばらく観察しているうちに、野山の動物と同じ匂いを嗅いだ。それがあふれ出してしまったのだろう。
 山伏はその子と二人きりにしてくれと頼み、離れのさらに奥にある蔵座敷に入った。
 ここは座敷牢として使われていた場所だが、もし娘が手の付けられないほど暴れるようなことがあっっとすれば、ここに押し込めるしかない。
 娘は嫌な顔をしながらも、山伏に興味が沸いたのか同行した。
 上目遣いで、瞳からの光が細い。口は半開き、鼻と口の間が膨らんでいる。
 山伏はじっと娘を見詰めながら、様子を窺っている。
 節穴の奥は真っ黒。山伏は奥目のためか、節穴のような目になっている。白目が見えない。これはあるのだが、影になって、見えないだけ。
 その節穴の目と、娘の尖った瞳がしばらく戦っていたのだ、娘の瞳が少し丸くなった瞬間、ギャオーと叫び、真っ赤な顔をして歯をむき出した。
 娘は後ろを向き、尻を向けた。
 負けました、ということだろう。
 そのあと、娘は怖かったのか、泣きだした。
 娘の獣性より、老山伏の獣性の方が強かったのだろう。これで娘の獣性は奥へ逃げ込んだらしく、元の娘に戻っていた。
 しかし、山伏も倒れた。
 血圧を上げすぎたようだ。
 
   了
 

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