2020年06月29日

3796話 上田さんに聞け


 黒田はモニターの表を見ながらため息をつく。右肩下がり。息は息でもため息。それで気が抜けた。
「上がりそうだったんだがね。駄目だなあ」
「下がる一方ですね」
「滑り台だ」
「しかし、何度か上がりかけましたよ」
「滑り台の瘤程度だ」
「はい」
「立ち上げのときが一番で、それを越えられない。ジリジリと下がっている」
「よくあることですよ」
「これは上がらないと困るんだ。立ち上げのときはスタートで、そこからどんどん上がらないとね。そうでないと話にならん。上田さんに相談してみる」
「それがよろしいかと」
 上田さんというのは仙人のような人で、浮き世離れしている人。だから逆にその意見を聞くのは新鮮で、思わぬヒントを与えてくれる。
「下がり続けておるとな」
「そうです。何とかなりませんか」
「水は高きから低きへと流れる。それだけのこと」
「じゃ、水だったのですね」
「さあ、下へ流れるのは水じゃろう」
 黒田はこの単純な解答で目が覚めた。
「どうでしたか、上田さんからいい知恵を頂けましたか」
「水だった」
「あ、はい」
「下へ行って当然。下へ下へと行って当然。この表、何の不思議もない。あたりまえのことだったんだ」
「まあ、このプロジェクトそのものが水物ですからねえ」
「そうだね。水商売のようなものだ」
「引きますか」
「いや、かなり突っ込んでおるし、手間もかかっている。全部無駄になる」
「でも下る一方でしょ」
「もう一度、上田さんに聞く」
「あ、はい」
 先ほど行ったばかりなのに、黒田はまた仙人の上田さんを訪ねた。
「おや、何か忘れ物でも」
「やはり水でした。これはどうすればいいのか」
「火の敵は水」
「ああ、そうか。分かりました」
 黒田はすぐに戻った。
「分かったぞ」
「それはよかったですねえ」
「水は火に強い」
「はい」
「だから、火に向けるのだ」
「火って、何ですか」
「火は火だ」
「火曜日とか」
「違う」
 黒田は火が何に該当するのかを聞きに、また上田さんを訪ねた。
 今度は、上田さんは留守のようだった。
 
   了




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2020年06月28日

3795話 暑気狂い


 まだ真夏ではないが暑い日、上田はいつものように駅へ向かった。駅前で買い物をするためだ。古い商店街が残っているが、アーケードはない。駅まで続く道にポツンポツンと商店がある。普通の家の方が多いのは、店じまいしたためだろう。しかし商店跡だった形が少し残っている。ただの家だが玄関の間口が広い。
 梅雨のさなかだが、そういうときの晴れ間は意外と真夏よりも暑い。
 上田は別に気にしてはいない。この時期ならそんなものだろう。もっと暑い日が数日前にあった。それも梅雨の晴れ間だ。晴れているだけでも幸いだろう。暑いのはいらないおまけだが。
 商店街に入りかけたとき、横を走り去る人がいた。横道から飛び出てきたのだろう。しかし走り方がおかしい。
 さらに進むと、向こうからこちらに向かって駆けてくる人がいる。中高年の婦人で日傘がガタガタ揺れている。日傘を閉じればもっと走りやすいはず。しかし日焼けしたくないのだろう。
 婦人の傘が閉じた。いや、消えた。落ちたのだ。そして婦人もペタンと転んでいる。誰かが駆けつけ、二人がかりで抱えて、店の中に入れる。店の人が助けたようだ。
 しかし、その店の人も、何か髪の毛がおかしい。逆立ちしている。これも似た世代の女性で、大きく長いゴムの前掛け姿。豆腐屋だろう。その豆腐屋の女将が今度は走り出した。医者でも呼びに行くのだろうか。しかし救急車を呼んだ方が早いはず。
 豆腐屋の女将は、上田の方へ走ってきた。
 ぶつかりそうになるので、上田は横へ避ける。そのとき女将の顔を見たが、鬼の形相。豆腐屋の女将が硬い鬼に変身したわけではなく、何か表情がおかしい。怒りの顔ではないものの、そんな顔の筋肉の使い方など、平常ではしないだろう。喜怒哀楽のレベルを超えている。
 上田は豆腐屋の前まで来ると、先ほどの日傘の婦人が起き上がり、豆腐屋の中で暴れている。
 近くには誰もいない。豆腐屋の女将は出たままなので、無人かもしれない。
 日傘の婦人は日傘を振り回して、その辺の物を叩き壊している。いったいどんな恨みがあるというのだ。それに助けてくれたのは豆腐屋の女将ではないか。
 上田は暑くて正常にそれらを見る判断を失ったわけではないが、何か朦朧としていることは確か。上を見ると眩しくてよく見えない。陽射しが強いのだ。
 それで、日陰に入り、駅へと向かう。駅舎は既に見えているが、その通りは無人。この商店街で一番賑やかなところなのに、誰もいない。
 左右の店屋を見ると、開いているのだが、人はいない。
 そして駅の方を見ると、人が出てきている。電車から降りてきた人達だろう。
 だがその人の群れが何かぎこちない。遠くからなので、一塊に見えるが、その塊の動きがギクシャクしている。
 上田は危険を感じ、横の店屋に入ったが誰もいない。大勢の人の群れが駅から湧き出て、こちらへ押し寄せてきていることは確か。
 その群れは全員走っている。駆けている。
 そしてどの顔もどの顔も凄い形相だ。
 上田は、店屋の棚に隠れ、行き過ぎるのを待った。
 そして、それまで見たことの感想を一言だけ漏らした。
 暑い日だ。狂う人もいるだろう。
 
   了




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2020年06月27日

3794話 木ノ株屋吉左衛門


「木ノ株屋吉左衛門さんのお屋敷は、こちらですか」
「屋敷というほどの規模ではないじゃろ。ここは裏長屋」
「あなたが木ノ株屋さんですね」
「旦那様はここにはいない」
「そうなんですか。少し商談がありましてな」
「じゃ、本邸へ行きなされ」
「そんなのがあるのですか」
「山の中じゃが」
「分かりました。場所を教えて下さい」
 商人は場所を聞き、二日ほど旅をし、三日目の宿場からその本邸へ向かったのだが、山を抜けないといけない。本邸は山中にあるといっていたので、覚悟の上だ。
 木ノ株屋吉左衛門は名うての商人で、つまり名高い。よく知られている人だが、店はない。店とは一般客に商品を見せる場所。だから見せ。木ノ株屋吉左衛門が扱っているのは、そういった品ではない。いわば商社のようなもの。
 そのため、立派な御店は必要ではないので、裏長屋に住んでいる。貧民窟なので泥棒も来ない。むしろ泥棒に出掛ける側。
 さて、その商人は川伝いに山を抜け、山小屋まで辿り着いた。そこまでは樵道がしっかりとあり、迷うことはなかった。ただ、山中なので、家はここ一軒。しかも小屋程度。
「わしが吉左衛門じゃが、何か用か」
 商人が商人を訪ねて来たのだから、用向きは分かっている。
「あなたが有名な木ノ株屋吉左衛門さんですね。お目にかかれて嬉しい限りです。伝説の人ですから」
「いやいやそれは昔の話、最近は故郷の山野に引き籠もっておる」
「ここが故郷なのですか」
「ああ、樵の息子で、ずっと山暮らし。だからこのあたりの山々が故郷じゃよ」
「里帰りといいますが、ここは里じゃなく」
「そう、山帰り」
 商人は何か美味しい話はないかと、用件を切り出した。吉左衛門はその手の客に慣れていたが、これといった話はない。あれば自分でやっているだろう。
「それでは私と組んで……」と商人は持ちかけた。美味しい話を持参、つまり土産持参だったようだ。
 吉左衛門はその話を聞き、乗り気になった。
 それには元手が必要で、出してくれないかと言われたので、吉左衛門は千両箱を取り出した。
 商人は百両でよかったのだが、千両箱をムシロに巻き、それを背負って山を下った。
 当然だが、中は石に変わっていそうだ。
 商人は里に降りたとき、そうではないかと、不安になったが、重さは同じ。
 そして旅籠でそっと開けてみた。
 中から出てきたものは、想像を超えていた。
 
   了





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2020年06月26日

3793話 血の雨


「蒸し暑いですねえ」
「梅雨ですから」
「でも雨が降らない」
「降った方がすっきりするのですがね」
「うちもそろそろ降らせましょうか」
「もうそんな時期になってますか」
「降らし時です。既に過ぎています。遅れると、もう降らせられない」
「そのままでもいいんじゃないですか」
「ここで一雨来ないと、いけないでしょ」
「そうですねえ」
「そのための密約はできているはずです」
「かなり経ちます」
「まだ、有効です」
「じゃ、降らせますか」
「大雨をね」
 それで雨が降ったのだが、降りすぎた。
「軽く降らせるつもりでしたが、これはやり過ぎだねえ」
「はい、大荒れです。逆に立ち直すまで時間がかかりそうです。ある箇所では壊滅的で、機能していないとか」
「しかし、大成功じゃないか」
「そうなんですが、成功しすぎました」
「そうなんだ」
「大雨を降らして、壊してしまったようなものです」
「血の雨を降らしすぎたようだ」
「そうなんです」
「しかし、蒸し暑かったのが、すっきりしただろう」
「はい、涼しくなりましたが」
「じゃ、いいじゃないか」
「私は去ろうと思っています」
「折角雨を降らしたのに」
「綺麗さっぱり流れ落ちましたが、落としすぎです」
「汚いものは洗い落とすべきだろう」
「でも、この大雨、不意打ちでしたから、汚い手だったと思いますよ」
「手段は選ばぬ。そうでないと、機を逸してしまう」
「でも去ります。手を汚しすぎました」
「君は功労者だ。功臣だ。高い地位が約束されておる」
「いえ、去ります」
「そうか」
 
   了






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2020年06月25日

3792話 実用品と観賞品


 世の中は色々なものがある。
 実用品と観賞品で分けてみると興味深い。普段使っているものはほとんどが実用品だが、見てくれのいいものがあるし、その形や色を気に入っている場合もある。実用性とは関係はないが、実用品の中にも観賞用が含まれている。ただ、それそのものが観賞品ではなく、飾っているだけのものではなく、実際に使っている。
 観賞品は観賞するだけ。また触れたりできるものは触るだけ。また香りを発しているものもある。それ以外にも色々とあるだろうが、実用性はない。
 だが、観賞品の中にも実用性のあるものもある。観賞用だが使えるのだ。むしろ実用品よりも使い心地がよかったりする。ただ、あくまでも観賞用で、実用性は低い。だが、低い実用性が何とも言えない趣があり、本来の実用品よりも優れていたりする。
 たとえば壺。何のための壺なのかは分かっている。瓶もそうだ。花を生けるのなら花瓶だろう。しかし、本来の使い方を一回もしないで、飾るだけのもある。これは最初から実用品として使うものではなく、最初から観賞用。しかし、使おうと思えば使える。
 国宝級の茶碗で、お茶漬けをすれば最高だろうが、そんな機会は誰一人としてない。だが、昔は普通にお茶を飲むための茶碗だったのかもしれない。
 実用品はないと困り、暮らしや仕事にも差し障る。靴がなければ外へは出られないだろう。下駄や草履があるので、問題はないという話ではない。
 これも実用的な靴、それはその人にとって都合のいい靴で、履きやすい靴だろう。靴なので履いていくらなので、それがメインになるが、色目や質感なども加わる。そこが気に入って買う場合がある。また履かないで飾っているだけの靴もあるかもしれない。個人の自由だ。
 怖い映画なら怖さのレベルの高さで、高いほど実用性は高い。怖い目に遭うために見るのだから。
 しかし、その実用性よりも、何らかの雰囲気が好きで、見ることがある。実用性としては低い。それほど怖くはない。だが、ホラー映画の部類に入っているので、怖いことは怖いが、弱い怖さ。
 この場合、実用性一点張りではないものが含まれている。
 実用性だけではなく、観賞性というか、趣とか、雰囲気とかの、今一つ曖昧なものにも価値があるのだろう。まあ映画なので、実用性という言い方はおかしい。全て観賞用だが、怖さを実用と言えるかどうかは分からない。
 しかし、観賞は非実用かというとそうでもない。気持ちの上で役に立てば、これは実用だ。
 また実用一点張りで遊びがまったくないもの。実用の塊のようなもの。それが意外と美しかったりする。観賞用としては最高級のレベルだとすれば、実用と観賞で分けられなくなる。
 実用品はリアルだが、観賞品はイメージだ。
 だが、どちらにもその要素があり、イメージ的な実用品もあれば、リアルな観賞品もある。
 分けると無理が出る。
 
   了




posted by 川崎ゆきお at 11:30| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年06月24日

3791話 普段


 普段、ないようなことがたまに起こる。しかし蛍光灯が切れたとかは普段あること。これを異変とはいわない。しかし、原因が分からないことで、いつものようにできないことが発生した場合、異変かもしれないと思うこともある。これはただ思っているだけだが、理由が分からないので、いくらでも広げられる。
 まさかそんなことまで想像していたのかと、怖いところまで考える人もいるだろう。所謂賢い人ではなく怖い人だ。そこまで考慮内に入れるわけなのだから。
 要するに理由、原因が分からないと、そのような憶測が飛び交ったりする。蚊のように飛んでいるわけではないし、また個人で完結しているようなことなら、頭の中から湧き出した蚊が飛びまわっているようなもの。数匹飛んでいるので、どれが正解の蚊なのかは分からない。
 人はそうして憶測の蚊を飛ばす。式神のようなもので、想像の怖さだ。それがリアルに見えてくると始末が悪い。それこそ式神にやられているようなもの。
 また、それらの蚊は妄想のようなもの。ただ、ごく一般的な常識的な蚊もいる。普通ならそう考えるだろうという程度の想像だろう。
 しかし最悪のことを考えてもいい。原因が分からないのだから、最悪まで入れてもいい。しかし、この最悪、どこまで掘り下げるか、または広げるのかは個人による。宇宙の崩壊まで考慮に入れる人は希だろう。日常内で起こった異変程度なら隣近所までの範囲。
 普段とは違うことは常に起こっている。それが単純なことで済む良性ならいいが、悪性になると一生付きまとう災難の始まりだったりする。だから切れが悪い。
 単純な良性の変化は一寸した偶然などで起こる。理由は簡単だったりするので、深く考える必要はないが、いつもの道が渋滞しているので、別の道から行くような解決方法をとったとき、意外とその別の道の方が本来の道で、それに気付くことがある。一寸した変化で、コースが変わったのだが、こういう揺さぶられ方も悪くはない。良い結果が出たのなら。
 変化を求めているときは、できるだけ変化があるようなコースを辿り、あまり何もしたくないときは、普段のコースを踏み続ける。
 そして普段といっても色々とあった流れの中で定着したような事柄で、最初から定番としてあるわけではない。だから、その人の普段着を見ると、その経歴が分かったりする。今はそれが普段着だが、そこへ至るまでに、色々とあったはず。
 そしてこの普段、色々と揺さぶられるので、普段も普段からそれなりに変化している。
 
   了




posted by 川崎ゆきお at 11:42| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年06月23日

3790話 地下街人


「話は聞いた方がいい」
「急いでいるものですから」
「じゃ、仕方がない」
 地下街に妙な人物がいる。急に通行人に話しかける。
「話は聞いた方がいいぞ」
「何でしょう」
 今度は暇そうな、別に急ぎの用もないような青年。
「聞く耳はあったか。それは幸い」
「何でしょう」
「この地下街、いや地下通りというべきだろう。地下道じゃ」
「ここは地下の商店街でしょ」
「拡張されてな。また、新しい穴を掘って広げておる」
「それが何か」
「この地下街は迷路。迷路にはトラップがある」
 要するに、こういう人物が飛び出してきて、話しかけてくるのだろう。
 青年は会話不足で、ここしばらく、はいとか、いいえとか、お願いしますとか、これ下さい。はいOKです程度の言葉しか発していない。長くて三ラリーほど、しかも短い。それで、会話に飢えていたのかもしれない。もしかすると喋れないようになっているのではないかとは思わないが。
「地下街には妙な通路があってな。そこに迷い込むと出てこれなくなる。これを不帰のダンジョンとも呼ばれておる。誰も帰れた者、戻れた者がいないので、その証言がない。だからあくまでも噂じゃが、実はそうではなく、戻って来た者もおる。そうでないと、そんな噂など流れんだろう」
「そうですねえ」
 青年はもっと長い目の返事をしたかったのだが、言葉が編めない。
「その話とは別に、わしが体験した話をしよう。何らかの参考になると思われるのでな。これは世の中には不可思議なことがあり、見た目通りのこの通りも、違う通りへと繋がっておる。わしはそのひとつの通りに入り込んだことがある」
「はい」
 はい、だけでは頼りないのだが、割って入るだけの質問もない。聞きたいことがあるはずだが、これも纏まらない。
「この地下街、地下二階まである。さらに実は繋がっておってな。地下の街ができておる。そこの人達は地上にたまに上がる程度。地底人ではなく、この地下街を普通に歩いておる人達と何ら変わるようなところはない。じゃが、違うのじゃ」
「あのう、そのう」
 で、青年は縺れた。
「わしはその地下の街に迷い込んだことがある。そして二度とそこへは辿り着けん。まあ、行けたとしてもどうなる。何も得るところがないはず。儲かるような話ではないが、何かの取引が出来そうな気がするが、入口が分からんようになったので、何ともし難い」
「よよよ要するに」
「ヨヨヨ?」
「いえ、咳き込んだだけです」
「君は咳き込むとヨヨヨとなるのか」
「はい、気にしないで下さい」
 青年の会話能力が少しは戻ったようだ。その調子だ。
「ああ、さて、何だったか。どこまで話した」
「取引」
「おおそうじゃ、そこまで話したなあ」
「そのあと、どうなるのですか」
 青年は普通に話せるようになった。それに自分で感動しており、妙な人物の話よりも、話せることで安心した。
「世の中には隠されたものが色々とあることをわしは知った。この地下街を歩いている者だけが人間ではない」
「う」
 青年は今度は本当に何も言うことがなかったのだろう。ただの合いの手になった。折角戻った会話力を活かせない。
「わしが話したいのはそれだけじゃ。何かのセールではないし、サギでもない。純粋なものだ。それだけを人に伝えたかっただけ。君はそれをよく聞いてくれた。それでわしは満足じゃ」
 青年は、特にコメントはなかったので、何も口にしなかった。
「じゃあな」
 と、妙な人物は歩きだした。
 青年はポカンとそれを見ている。
 久しぶりの会話だが、会話の中身は普通ではなかった。
 
   了


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2020年06月22日

3789話 浄土入り


 メインが崩れたとき、またはメインが変わったとき、それまでのメインは適当な扱いになる。もうあまり熱意がないのだろう。だからやる気はないが、放置するにはまだもったいない。ただ、気の向きが変わっただけ。
「最近よくなりましたねえ」
「そうですか。少し手を抜いていますし、あまり集中していませんが」
「それがいいのですよ。色々な思惑が軽減したためでしょ。あなたの本来のものが出ています」
「そうなんですか」
「それはあなたの欠点なのですがね。まあ、今までそれを抑えてきたのでしょう。出ないように」
「気が緩んだからです。注意します」
「その箇所を褒めているのです。最近よくなったと」
「いえ、悪い面が露出して」
「そこがいいのです。以前は色々と配慮し、悪いものは出さなかった」
「そうです」
「しかし、あなたの良さまで封印していたことになります」
「もうどうでもいいと思ったからでしょう」
「それです。その作用が効いているのです」
「しかし、それは、そうなるようにしてたのではなく、気が緩んだので、つい出てしまっただけで」
「意識が緩んだのですね」
「そうです」
「それがよかったのです。その方向で行くように」
「でも、もう辞めようかと思っているぐらい、気が乗らなくて」
「そこからが勝負なんです。投げやりな気持ち。これは君にとっては一皮剥けたことになるのです」
「でも低調です」
「その低さ。それが好ましい」
「おっしゃることが、全部逆のような感じですが」
「しかし、それを意識し出すと、またいけない。ここが難しいところでしてね。ですからあまりコントロールしない方がいい。当然私のいうことなど無視すればいい。参考にもしない。そういう心境になれれば本物です」
「非作為の作為ということですか」
「無作為の作為です」
「やはり何処かで作為してしまいます」
「間違った作為ならOKです」
「間違った作為?」
「そうです。まあ、錯覚でしょ。間違いです。だから間違いにずっと気付かない方がいいのです」
「それらはどういうことを差しているのでしょうか」
「自分を転がしていくことです」
「余計に分かりません」
「プラス思考ではなく、マイナス思考です」
「そちらの方が楽でいいのですが、それでは駄目でしょ」
「その駄目なことをやりなさい」
「はあ」
「やる気をなくしたとき、それは浄土入りとなります」
「また妙な」
「娑婆を意識しない世界。そこへ至るチャンスです」
「極楽浄土ですか」
「あなたにとってのね。分かりましたか」
「分かりませんでした」
「私の話がかね」
「はい、分かりません」
「分からない。それが一番」
 
   了


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2020年06月21日

3788話 犬棒


 カラッと晴れた梅雨の晴れ間。唐揚げのようにカラッとしている。油気はあるが、それは汗。それも流れ落ちるようなものではなく、汗ばむ以前の薄いもの。
 暑いことは暑いが松田は妙に元気。自転車を漕ぐペダルに勢いがある。その勢いで前の自転車をスラスラ抜くわけではなく、後ろから来ている自転車に追い越されなくて済む程度。しかし暑いのか、人も自転車も少ない。前方も後方も、人がいない。猫の子一匹さえいないというのは、逆だろう。猫を発見するより、人を発見する方が簡単だ。ただ街中での話で、山中や海原では別だが。何事にも例外はある。そして例外の中を生きているのがどうも自分らしいと松田は感じている。
 暑いさなか、昼の日向にウロウロしているのだから。
 そのウロウロも目的があってのことではない。何かを探してウロウロ、犬も歩けば棒に当たる式ではなく、ただのウロウロ。何かを見付けても、特に松田には変化はない。内にあるものが外の風景に視界を与えるようなもの。興味のないものなら視界に入っていても見ていない。
 松田はウロウロを楽しんでいるわけではない。ウロウロできるだけの背景がいる。ウロウロしているだけなら食べていけない。つまりお金がないと、ウロウロもできない。旅行ほどのお金はかからないが生活費がなくなるだろう。だから、有り金が切れる手前で仕事に出ないといけない。それがそろそろ近付いているところでのウロウロ。これは少し焦り気味で、安心してのウロウロではない。ウロウロにも心境がある。
 犬も歩けば棒に当たるはずだが、これは野良犬でも飼い犬でも繋いでいないことになる。放し飼いだ。野良猫は見ることはあるが、野良犬は見かけない。松田の子供の頃は町内に一匹ぐらいはいたものだ。また野原で子犬が捨てられていたりする。
 棒に当たっても仕方がない。棒なのだから。犬も頭を打って痛いだけ。それに前方に棒が立っているのに気付かないはずはない。だから、犬のことを言っているのではない。人間様のことだ。
 だから松田が棒に当たるとすれば、それは棒ではない。だが、犬にとっての棒に価値があるのかというとそうではない。犬の益にはならない。棒をどう犬が利用するかだ。有益なものとするか。
 背中が痒いので熊のように掻くのかもしれない。これなら、多少は良いものを見付けたことになるが、似たような背中掻きなら、いくらでもあるだろう。
 きっと犬は余所見をしていて、棒にぶつかったのだろう。では犬は何を見ていたのか。棒に気付かないほど良いものを見付けたのだろうか。
 人も歩けば棒に当たるのなら、松田も棒に当たるはず。しかし棒など見付けにくい。松田が思っている棒は一本の丸い杭のようなもの。丸太の細いタイプだろうか。棍棒のようなものかもしれない。そんなものがある風景は野原の柵とか、畑とか。
 しかし、犬は人を差し、棒は、棒ではなく某を差している。何かだ。だから棒をいくら探しても意味はない。
 要するにウロウロしていると、ひょんなものに出合うということだが、棒のようなものでは、あまり良いものではない。だが、それはまだ判断が早い。
 ただの棒だが、実は凄いものに突き当たった可能性もある。もしそうなら、ウロウロすることによる確率の問題。じっとしているよりも、良いものをゲットできる可能性の問題だろうか。
 だが松田は、そういった棒に当たったことなど当然ない。ウロウロしていて当たりそうになるのは人や車両だろう。電柱にぶつかるとかは、先ずないはず。
 犬も歩けば棒に当たるの、その棒。これはきっと有名な棒で、よく知られた犬棒だろう。
 
   了





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2020年06月20日

3787話 天狗剣


 戦国時代が去り、鎧武者が集団で戦うようなことはなくなった。主な武器は弓と槍。そして鉄砲の時代になっていた。
 太刀での斬り合い。実際の戦闘ではほとんどなかったのではないかと思われる。足利将軍義輝が襲われたとき、名刀を何本も使って戦ったとされている。そして免許皆伝の太刀の使い手。将軍なのだから武将としては最高峰にいる。その人が自ら剣を振り回していたというのは、もう最後の最後だろう。そして太刀は個人技だったのではないかと思われる。一対一とかの。
 しかし、この太刀がそののち流行ったらしい。剣術だ。実際の集団戦では役立たないが、個人の技として、また武家のたしなみとして、それを身に付ける人が増えたのだろう。
 それで、浪人者などが召し抱えてもらおうと、諸国をウロウロしていた時代。剣の達人は、かなり有利。
 さる藩で、御前試合が行われた。恒例だ。他の藩でもやっている。つまり藩主という御前の前で武芸を披露とするということだ。
 そこに登場した若き松之丞という少年に近い青年が、あっという間に決勝戦まで残った。
 どこをどう突こうが、隙があるようでない。斬りかかると、するりと交わされる。これではどこにも打ち込めない。逆にほんの僅かな隙にさっと切っ先が入る。それが見えないほど早い。だが、決して相手は隙を作ったわけではない。
 これはとんでもない少年剣士が現れたと藩主は喜んだ。召し抱えれば自慢になる。
 そして決勝戦。これも、簡単に仕留めてしまった。これで、優勝が決まったのだが、藩の師範代が私が相手だといって飛び出した。これも恒例だろう。
 それも簡単にやっつけてしまったので、文句なし。
 ところが、立会人の中の一人の老人がしゃしゃり出て、何やら殿様に話しかけている。
 藩主は、うむうむと聞いている。そして、分かったとばかり、少年剣士に尋ねた。どうしてそんなに強いのかと。
 すると少年剣士は山で天狗から習った経緯を長々と話した。
 殿様は、しゃしゃり出てきた老人と目を合わせる。老人は首を振った。
「失格」
 少年剣士は御前試合の決戦で勝ち、さらに藩の師範代に勝っているのだ。それが失格とは理解できなかった。
 要するに、この少年剣士、自分の力ではなく、妙な力で勝ったのだ。
「よって不公平なり」
 と、判断された。
 
   了
 


posted by 川崎ゆきお at 13:38| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする