2019年10月26日

3552話 ススキが原の妖怪


 秋空であることは暦を見れば分かるのだが、ススキの穂が辺り一面を覆っている。これは抜くのに力がいる。根が強いので、掘り起こさないと抜けないだろう。だが刈ることはできる。
 宮下はそんなことを思うと同時に、遠くまで来てしまったことに気付く。そんなススキの原などある場所が遠くにあるのではなく、過ぎ去った年月が遠いところまで来ていること。こちらのほうだ。
 宮下はススキが原に来たのは妖怪がいると聞いたため。そんなことで身体を動かし、遠くまで来ているのだから、その人生そのものも遠いところを彷徨っているようなもの。この年になって妖怪など探しに行くだろうか。いったいどういう了見だろう。
 ススキが原の妖怪は河童のようなものだと思っていたが、蝦蟇の大きなものだとあとで分かった。しかし、実際にはそれではなく、ススキの妖怪が出るらしい。これが最新の情報。細い身体で、箒のような顔をしたのが出るのだろうか。それともススキとは関係のない形なのか、それは分からない。
 ススキの中へ分け入り、奥へ奥へと宮内は進んだ。身体をねじ込むと、身体がすり切れそうだ。それに引っ張ったぐらいでは切れない。
 そして、少しまばらな場所に出た。歩きやすくなったのだが、ススキが原の中庭のようだ。ここだけススキが少ない。
 その中に、黒いシルエット。
 すわ、出たなと宮内は身構えるが、どう見ても人のシルエット。しかし猫背。年寄りだろう。幅広の帽子を被っており、近所の農夫ではなさそうだ。そしてコートのような長いものを羽織っている。
 もしやと思い、宮内は声を掛けた。
「妖怪博士ですか」
 シルエットの顔がこちらを向いた。
「はい、そうです。よくご存じで」
「写真を拝見したことがありますし、ススキが原の妖怪について書かれたのも読んでいます。まさかご本人がおられるとは」
「ああ、あの続編を書こうと思いましてな。どうも尻切れ蜻蛉で終わったので」
「僕も気になっていました。何故なら、どんな姿なのかが分からないままなので」
「そうですなあ」
「それで、妖怪を探して、実物を見るため、来られたのですか」
「いやいや、そんなものは見つかりませんよ。ただ、それらしい何かを感じ取ろうとしていただけじゃな」
「そうですか、僕もその流儀です」
「いかにも何かがいそうな場所じゃろ」
「そうなんです」
「こういう場所を探すのが私の仕事でね。本当はそこで終わっている。妖怪はおまけじゃ」
「そのおまけに興味がいきまして」
「この先に子供が作った舟があります。ススキ船でしょうかな。よくできています」
「そうですか」
「おそらくススキの妖怪は、藁人形のようなものではないかと思われる」
「案山子ほどの大きさなら、十分妖怪に見えますねえ」
「ススキで編んだ案山子のようなもの。私が見たのは舟じゃが、ああいったものと同種でしょうなあ」
「子供がススキで編んだものですか。それが妖怪の正体」
「おそらく」
「参考になりました。それが解答編なのですね」
「まあ、そうです」
「有り難うございました」
「しかし、こんな辺鄙なところまで、よく来ましたなあ」
「はい、遠くまで来てしまいました」
「それはそれは」
「博士も、遠くから来られたのでしょ」
「わざわざね」
「ご苦労様です」
「じゃ、これで失礼する」
「はい、僕はもう少し探索して帰ります」
 青年は妖怪博士を見送った。後ろ姿が小さくなり、やがてススキの生い茂る白い中へ消えていった。
 蜻蛉を追いかけたまま戻ってこない人のように。
 
   了



posted by 川崎ゆきお at 10:47| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年10月25日

3551話 夢の中の友人


 夢の中でよく出てくる人物がいる。吉田の古い友人で、年を取ってからはその関係も消えたが、それほど遠くには住んでいないためか、たまに出くわす。
 吉田がまだ十代の頃に知り合っている。年はほぼ同じなので、目上目下の関係はない。同じような仕事をしていたが、どちらも既に辞めている。そういう年というより、長くやれるような職ではなかった。だから、その後、違う職に二人は就いているが、まだ付き合いは続いていた。
 その友人を最近見かけない。しかし、夢の中での登場頻度は高く、また出てきたのかと思うほど。
 その日も朝方の夢で現れた。チャイムが鳴ったので、玄関まで出てみると、彼がいる。これは夢の中での話。来るのは分かっていたのだろう。そして彼は青年時代のまま。おそらく吉田は今の年代のままだろう。そして見知らぬ子供を連れてきている。
 このパターンは現実にはなかった。複数で会うことはあっても、見知らぬ顔は混ざっていない。そんなシーンを探すと、一つだけあった。それは吉田が連れてきた初対面の人間だ。しかし、その友人は一度もそんな人を連れてきたことはない。ましてや連れてきているのが小学生。これはあり得ない。
「ご飯」
 友人の第一声はそれだ。とりあえず、近くの店屋でご飯を食べたいと言いだした。すぐに近くに喫茶店があり、そこでランチものもやっているので、そこへ行くしかない。
 夢はそこまで。これで終わっている。
 その友人、ここ数年見かけなくなったので、引っ越したのかもしれない。年賀状のやり取りなどは最初からなかったし、今はもう電話番号も忘れている。何度か変わるためだろう。いずれも家電話だ。
 そして最後に合ったときは健康状態が悪いと言っていた。それが気になる。だから入院でもしているのだろう。それにしても長すぎる。
 友人が夢の中で頻繁に現れるのは珍しいことではない。いつものことだ。その夢を見る度に、懐かしく思う程度。
 しかし、今回。小学生を連れてきている。これが妙なので、その顔を思い出そうとした。誰かに似ているとは思っていたのだが、該当する子供がいない。
 それで、やっと思い出したのは、その友人ではなかったかと。だから大人になったその友人と、まだ小学生時代のその友達が揃って来ていたのだ。
 吉田は彼の小学校時代を知らない。しかし、何となく似ていた。
 その友達は結婚していない。だから息子ではない。
 吉田はそこまで考えたのだが、所詮は夢の中での話。どうとでも解釈できるし、解答もない。
 その友人、生きているのか死んでいるのか分からないのだが、調べるのが怖いので、吉田はそのままにしている。
 
   了



posted by 川崎ゆきお at 11:59| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年10月24日

3550話 交代


 涼しさが寒さに変わりだした頃、田宮は心細くなってきた。季節は秋の中頃。そういう気になりやすい。特にこの時期、精神的に不安定になるのだろう。ただの気候、天気だけの話で、それまでと何ら変わることのない状況なのに、不思議なものだ。ただ、通常でもその不安な気配はしているし、いつ鎌首をもたげるかは分からない。不安感は常にあるのだが、あまり飛び出さない。
 ところが、寒くなり出した頃、それが大きく出てくるようで、田宮はこのときは色々と用事を片付けだしている。不安のもとになる原因は何となく分かっているためだ。
 そして、もう今年も残り少なくなっており、今からやり始めても、もう遅いものばかり。そして今年の初めからやり出したことも、春を待たないで頓挫しており、収穫期に稲など実っていなかったりする。一年間、まとまった何かをやっていなかったためだろう。せめて半年でも続けておれば、それなりの成果はあり、収穫も期待できたかもしれないが。
 そういった焦りのようなものが、この時期出るのだろう。今からやり始めても遅いのだが、今が今年の初めだと思えば、一年分の時間がある。そして秋の収穫時期とも重なり、丁度いい感じだ。つまり、秋から田植えをするわけだ。二毛作のように。本当は不毛作で、毎年まとまった収穫などほとんどない。これが百姓なら失格だろう。
「あなたは土地にしがみついて地味に働くたちではないのかもしれないねえ」
「他にありますか」
「商人なんてどうかね」
「あれは不安定ですから」
「じゃ、武者にでもなるか」
「あれは、怪我が多いし、死亡率も高いです」
「じゃ、土地にしがみつくしかないじゃろ」
「山に入って、狩りをするような感じはどうですか」
「田んぼよりも不安定だ」
「じゃ、何が向いているのでしょう」
「盗賊だな」
「はあ」
「しかし、正業じゃないので、進められん。それに才もいる。誰にでもできる職じゃない。まあ、職とは呼べんがな」
「じゃ、やはりここにいます」
「それしかないか」
「和尚さんの弟子にしてください」
「わしの弟子ではなく、仏様の弟子」
「なんでもかまいません。お願いします」
「それがなあ、増えてのう。困っておる」
「そんなに坊主が多いのですか」
「最近な。特に晩秋の頃。尼寺など満員じゃ」
「でも、見かけませんが」
「ここは狭いので、大きな寺へ行っておる。この前できた山寺など、一寸した町並みじゃ。坊主ばかり」
「修行しますので、ここにこのまま置いてください」
「まあ、親から頼まれて預かっておるだけなので、別に出家することもあるまい」
「しかし、将来が見えないので、お坊さんになろうと」
「それは怠け者がよくやる手でな」
「駄目ですか」
「まあ、しばらくはここで暮らしなさい。そして出家などしないで、世の中に出なさい」
「分かりました」
「わしも若い頃、世の中が生きづらくてのう。それで、寺に逃げ込んだようなもの。そのうち坊主らしくなったが、できればあの頃に戻り、その続きがしたい」
「そうなんですか」
「わしは本物の坊主になってしまったので、窮屈じゃ」
「そうなんですか」
「わしは還俗しようと思っておる。今からでも遅くはない」
「じゃ、交代で、私がこのお寺を継ぎます」
「ははは。そうするか」
「はい」
「交代か、あはははは」
「へへへへ」
 
   了




posted by 川崎ゆきお at 12:07| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年10月23日

3549話 大丈夫


 無難、無事、大丈夫。このあたりはたまに使うし、よく聞いたりする。無難にこなすとかは、一寸ややこしそうなことをクリアーしたときとか、普通にやっているだけだが、特に問題はなかったとかでも使う。無事も似たようなものだが、災難とは限らない。何事もなかったという意味だろうが、そのことはあまり良いことではなかっただけではなく、行事などが無事終わるなどは、悪いことではない。災難ではない。難儀なことではあるかもしれないが。
 大丈夫となると、これは人だろう。大いに大変丈夫な人と言うことになる。自分は大丈夫だといった場合、凄い丈夫な人を指すことになるが、自分のことを自慢しているわけではない。結果的に身に何も起こらず、無事だったということか。
 ただ、この大丈夫、「だいじょうぶ」で、そういうフレーズだ。夫なので、男だけではなく、もう漢字から離れて使われている。
 そして、「大丈夫か」などとよく使うので、使いやすいのだろう。大事ないか、でもいいのだが。無事でいたか、でもいいのだが、「大丈夫か」の方が言いやすい。これは「だいじょいぶ」という語呂だろう。音として二つよりも多い方が聞き取りやすい。そして、いかにも元気でいるという感じが強い。
 ヨレヨレの人が歩いているとき、怪我でもしているのだろうと思い「大丈夫か」と聞く。また、精神的に傷んでいる人に「大丈夫か」と聞く。「無事か」では一寸遠い。
 まあ、丈夫で何よりだが、頑丈な人だけに当てはめるわけではない。あることに関して、何ともなかったか、無事だったか程度。
 大丈夫は超人だ。もの凄く強い人。だから、まるでその強い人のように、難なきを得たのだろう。
 無事というのは状況まで差していることがある。悪いことが起こり始め「わしらも無事でいられるはずがなかろう」というが、「わしらも大丈夫でいられるはずがなかろう」では、少し違う。これなら、最初から丈夫な人になる。「大丈夫だった」のその人は、丈夫な人とは限らない。弱い人だったが、大丈夫だったとなる。
 大丈夫は、言葉が無事よりも長いので、ちょうどそれぐらいが良いのだろう。
 大丈夫に近いのは、達者がある。「大丈夫だったか」と「達者でいたか」の使い分け、これは自然にやっている。大丈夫も強い人だが、達者も、達者な人で、技巧派でもあり達人なのだから。達人、名人。ただ「達者で暮らせよ」などと健康状態を言っていることもある。そのレベルは大丈夫に匹敵するが、達者というのは、上手く避けたとか、上手く交わしたとか、上手にさばいたとか、そういうニュアンスもある。「何事においても達者な人」などで「器用」などの意味もある。
 それらは相手により、使い分けたりする。「じゃ、元気でな」もあるし「じゃ、達者でな」もあるが、達者のほうが時代劇かかっていて古かったりする。「堅固で暮らせよ」は、もう時代劇だけの世界だ。
「無事で何より」よりも「達者で何より」のほうが、相手を褒めているようなところがある。何せ達人レベルだと言っているのだから。
 大丈夫も達者も人物を表している。元気や無事は状況をいっている。この違いだろう。
 だから大丈夫も達者もキャラが先に立ち、そのキャラの象徴として分かりやすいのだろう。
 
   了






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2019年10月22日

3548話 満足を得る

満足を得る
「最近満足感を得ましたか。そういう満足を得た体験がいくつあります」
「一杯ありますが」
「そんなにありますか。本来満足を得られることなど希。そんな一杯あるなどはあり得ない」
「そうですか」
「一体どんな満足です。どういう状況のときなのかを教えてください」
「ご飯を食べたあと」
「はあ」
「満腹になるほど食べたとき、大満足です。とても良い気持ちになり、うっとりするほど。ああ、よかったなあ、美味しかったよりも、腹が膨れたことだけで満足、だからいつでも満足など得られますよ。ただし腹が減っていないときに食べると逆ですがね」
「それはただの生理的な満腹による、満足感ですね」
「十分でしょ。それで」
「私の言うのはそういう満足ではなく」
「ああ、満足にも種類があるのですね」
「そうです」
「しかし、満足には変わりないでしょ」
「もう少し高等なことでありませんか」
「たまに便秘で、なかなか出ないで、やっと出たと思ったら屁だったりして。空手形ですよ」
「それで」
「だから、溜まっていたものが出たとき、満足します。これは入れる満足じゃなく、出す満足。だから長い間捨てる機会がなくて、捨てられなかったゴミなんかを出したとき、満足しますよ。なかなかできなかったのに、やっとその気を起こしてゴミ出ししたとね。まあ、そのゴミは大型ゴミでして、持って行ってくれるかどうか不安でした」
「……」
「出してはいけないゴミじゃないはずなんですがね。誤解を招きそうなゴミなので、普通のゴミのようなわけにはいかない。出したことでとがめられるのではないか。しかし、無事、ゴミ置き場に出し、しばらくして、全部消えていると、ほっとしますよ。してやったりと」
「そのゴミの話、まだ続きますか」
「いや、この話、誰かにしたかったのです。それができて満足です」
「満足しやすいタイプなのですね」
「そういうわけじゃありませんが、不満も結構ありますよ。この前、蛍光灯の管が切れましてねえ。すぐに家電店へ買いに行ったのですが、そのあと百均へ寄ったとき、百円で売っているじゃありませんか。怪しい品じゃない。日本の家電メーカー品でしたよ」
「もう結構です」
「は、そうですか」
「満足を得る方法を紹介しようと思ったのですが」
「そうなんですか、じゃ、話の腰を折りましたか」
「折れていませんが、最近満足感を得ていない人でないと」
「ああ、それは残念」
 来訪者は不満顔で出ていった。
 
   了


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2019年10月21日

3547話 悪縁払い


「悪い相が出ておる」
「あ、そう」
「このままでは危ない」
「それは何ですか」
「運勢」
「はあ」
「定め」
「はあ。じゃ、何ともならないわけですね。運命、宿命なら」
「心がけで宿命も変わる」
「じゃ、宿命なんてないわけですね」
「変えればな」
「何を」
「だからそれを教えるのが占い師。だから金を取って職としておる。そのままでは占い師も役にたたんだろう」
「じゃ、どうすればいいのです。その宿命とか、運命とか、運勢とかを変えるには」
「今後、左目より右目が少しだけ小さい人が現れる。その人を避けること。それだけじゃ。関わってはならん」
「右目の方が小さいのですか。玉が」
「いや、やや閉じ加減でな。全部開いていない」
「はい、気をつけます。じゃ」
「待ちなさい」
「何か」
「お代」
「当たっていたら払います」
「そういわず、今、支払いなさい。常識でしょ」
「分かりましたが信用できないので」
「これであなたは助かるのだから、安い買い物だよ」
「そうですね」
 男は支払った。
「念を押すが左目よりも右目が少し小さい人物には気をつけない。避けて通りなさい」
「男ですか、女ですか」
「そこまでは分からん」
「年は」
「それも分からん」
「分かりました」
「これを悪縁払いという。ただし、払うのは本人。わしが払うのではない。悪縁が繋がらないように、あなたが上手く避けること、もし近くにいるのなら、遠ざけなさい。それだけじゃ。ただ、悪縁が減っただけで仕合わせになれたり、大成功を収めるということではない」
「はい」
「右目が細い顔、その人物をあなたは接触する運命にある。そのとき、避けることで、運命が変えられる。くどい説明になったが、大事なことなのでな」
「はい」
 しかし、この男、その後、左目のほうが細い人とは遭遇したが、右目が細い人と出合うことはなかった。
 そんな出合いの運命など、最初からなかったのだろう。
 
   了



posted by 川崎ゆきお at 11:21| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年10月20日

3546話 運命


 運を天に任せる。これは何もしないことだが、それでは何ともし難い。それを何とかする占い師がいる。その範囲は広く、それぞれに専門が違うが、この横山という人は変わった運勢見だ。だが、人の運勢が見えるわけではない。見えておれば、まずは自分の運が分かるはず。だが、横山は自分のことはどうでもいいようだ。この世から外れたと思っているので、栄達は望んでいない。これは欲がないのではなく、そういう欲なのだ。
 時代劇かかっているが、今の話である。当然市井に普通に住んでいる。
 当然欲を出さないので、いいところには住んでいない。どこに住んでも似たようなものだと思っている。世間体を気にしないタイプ。
 苦肉の策がある。その苦肉もなくなり、何ともならなくなった紳士が現れた。今の紳士なので、紳士服売り場で簡単に紳士の身なりはできるが、この人のは良い生地で、高そうだ。だから身なりにふさわしい地位にある人だろう。
 横山は占い師。そこへ来る人の問題は分かっている。落語を聞きに来るのではなく、人生規模の大事な話を聞きに来る。それがたとえ占い内容がそもそもフィクションであっても、それが必要な人がいる。だから占い師は廃れない。
「特殊な占いをされるようですが」
「いやいや、私のは占いではない」
「じゃ、看板を読み違えましたか」
「いえ、書き違えたわけではありませんが、まあ、運命鑑定のようなものです。これを運勢と呼んでいますが、それを当てるわけではありません」
「では聞きますが、運勢とは何ですか。よく言う運とは何ですか」
「うん」
「その運とは何でしょう。それは変えられるのでしょうか。運命は変えられるという人もいるでしょ」
「うん」
「その、運について教えてください」
「外枠から聞いてこられる人は珍しい。いきなり本題に入るのが普通でしょ」
「いや、あなたを疑っているわけではありません。ふとそんなことを思ったのです」
「運命というのはあなただけでは成立しません。世の中はシンクロしているわけです。たとえ孤島で一人暮らしでも、天気もあるし植物もある。海もあるでしょ、動物もいるでしょ。それらとシンクロしているはず。特に人の運命は人との絡みで成立することが多いので、そこばかり注目しますがね」
「はい」
「あなたがここへ来るまで、誰かとすれ違ったでしょ」
「よく覚えていませんが、駅から来ましたが、無数の人達とすれ違ったのは確かですが、見知らぬ人達です」
「ここへ来るまで、何か見られましたか」
「赤いのが」
「何ですか。赤ですか」
「赤いものが上でひらひらしているので、見ると洗濯物でも干しているところだったのでしょうねえ。二階のベランダです。敷物のようなので服ではありませんでした」
「干している最中なので、ひらひらしたわけですね。つまり動くものとして目立った」
「はい」
「吉岡さんの家でしょう。私も見たことがあります。その赤いものを。吉岡の婆さんは踊りに参加しています。そのときの衣装で、下に巻く赤いお腰です」
「それが何か」
「だから、あなたが通っているときと洗濯物を干しているときとが重なったのです。ほんの数分かもしれませんねえ」
「それが何か」
「運命とは時間軸が決めているのです」
「時間軸」
「一歩出遅れたので助かった。早く出過ぎたので、嫌な奴と鉢合わせになった。等々です」
「何ですか、それは」
「この僅かな時間の差が運命を決めているのです。それはほぼ定まっていますが、歩みを少し緩めれば洗濯物のひらひらも見なかったかもしれませんよ。逆に歩みを早めすぎた場合も、まだ洗濯物を乾かしにベランダに出ていなかったかもしれません」
「それは偶然でしょ。私との因果関係が何もない」
「あなたがそこを通ることが関係です」
「はあ」
「人の運命はそれら時間の重なり具合で決まるのでぅ」
「それは占いですか」
「さあ、得体の知れないものでしょ」
「私の場合、どうすれば良いのです。実は仕事が……」
「それは言わなくても結構です。細かいことは」
「占って欲しい内容を言わなくてもよろしいのですか」
「はい」
「じゃ、私はどうすべきでしょうか」
「運命、運勢を変えればいいのです」
「それは、まあ、そうなんですが、どうやって」
「簡単です」
「何か、買うわけですか」
「何も売りません。何も売らない占いですから」
「では、方法を教えてください」
「事々、物事、全て時間の一寸した事々で決まるもの。それは先ほどお話ししましたね」
「はい、聞きましたとも横山さん」
「だから、そいつをちと弄ればいいのです」
「どのようにして」
「あなたの仕草を見ていますと、額に手を当てるのが癖のようですね」
「この癖を辞めろと」
「いえ、少し早いようです」
「早い。何が」
「ほら、今もそうです。その手のスピードが早い」
「そんなところを見ておるのですか」
「きっと歩かれるのも早いのでしょ」
「そういわれると、人を追い抜く方です」
「じゃ、ゆるめましょう。足だけではなく全ての動作を」
「はあ」
「すると、先ほどの洗濯物ひらひらのシーンは消えるでしょ」
「洗濯物など関係がありません」
「万事のことが、少し違ってきます。その万事の中の一事か二事が大事なシーンのはず」
「それはただの心がけですか」
「それだけで、出合うシーンが変わってきます。その影響は全体に拡がるでしょう。それで運が変わるやもしれません」
「ほう」
「ただのお話しですよ。そういうことがあるかもしれないというね」
「あなたは道士だったか」
「そんな大層なものではありません」
「やってみましょう」
「今すぐ急いでやることはありません。それこそゆっくりその気になっていけば、そういう動作になるでしょう」
 これはどうも占いではないようなので、見料の支払いに、その紳士は困った。
 それで、指導料として何らかの金額を支払った。
 その後、この紳士の運命が変わったかどうかは分からない。
 
   了




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2019年10月19日

3545話 老犬ロボ


 取引先に老犬ロボがいるため、何ともならない。田中はこの玄関の番犬を何とかしないと、中に入り込めないので、先輩に相談した。
「老犬ロボねえ」
「あの老人、何とかなりませんか」
「忠犬だからね。何ともならない」
「噛みつかれそうになりました」
「誰に対してもそうだよ。飼い主にしか尻尾を振らない」
「懐かせればいいのですね」
「無理だよ。最初の取っ付きからして吠え立てる。寄れば噛みつく。何ともならない」
「しかし、僕が担当ですから」
「難しいところの担当になったねえ」
「まだなっていません。切り取り次第ということです。取引の道ができれば担当になれます」
「君で何人目かねえ。難攻不落の城だ」
「はい、でも頑張ってみますが、何度行っても同じなので、知恵を借りたいと思いまして」
「きゃつは犬だ。しかも老いぼれた犬。飼い主の命令しか聞かない。だから、犬の扱い方を覚えることだね」
「じゃ、そのままで、何ともならないということですか」
「忠犬だ。それは落とせない」
 田中は番犬のいる場所から行くので先へ進めないと思い、別の場所から入り込むことにした。これも常套手段だろう。色々なところからの接触。
 裏口ではないが、外出中の相手の担当と接触することができた。
 そして取引は簡単に決まった。
 正面玄関があんなに厳しいのに、中はスカスカで、相手の担当も柔らかい人で、人なつこく、愛想もよかった。
 その後、取引は成立し、その担当と長く付き合うことになった田中は、玄関にいる老犬ロボについて聞いてみた。
「あれは犬だからねえ。それしかできないんだ。それに番犬だし」
「それだけのことですか」
「そうだよ。犬は所詮は犬。でも、もういなくなるから正面から入って来てもいいよ」
「どうかしたのですか」
「飼い主が引退したんだ。だからあの老人も一緒に辞めるようだから」
 その事業所の名物だった老犬ロボの伝説は終わった。
 老犬ロボの後任者は、普通の人だった。もう忠犬の時代ではないのだろう。
 
   了




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2019年10月18日

3544話 日常風景


 日常の一寸したことでもより大きく広い世界と繋がっているものだ。ただ、そこから辿っていく必要まではない。日常内での話なので、一寸したことを一寸済ませる程度。それ以上関わるようなことはない。
 これは物や事柄だけではなく、人もそうだ。一寸そこにいる人、風景画の中に一寸書き込まれただけではない。親もおり、子もいるかもしれない。親がいるのならその親もおり、さらにその親もいるだろう。これは辿り出せばきりがないが、日常内ではその必要はない。ただ、いきなりそこにいるわけではないことは確か。当然、通行人にも住処がある。普段着で通っている人なら、この近所の人だろう。大きな町でなければ、こことそれほど違わないところに住んでいるはず。市外とか県外、または国外から来ている人は希だろう。
 その町はよくある地方の小さな町。より大きな町や都会とも隣接している。そのため、そのへんを歩いている人は近隣の人だろう。もし他府県の遠いところから来ているとすれば、何らかの事情があり、こちらが見ているのは日常の風景だが、そういう人にとっては遠隔地になる。わざわざこの町へ来るだけの用事があるのだろう。
 まさか、散歩が長引いてここまで来たなどはないはず。それなら旅行だ。ただ、この町は観光地ではないので、わざわざ来る人などいない。小さな町でもそれなりに観光資源を活かそうとしたり、町興しではないものの、何か地元らしいことをやろうとする動きはある。
 しかし、わざわざ他府県からそれを見に来る人などいないはず。そういった情報を全国的に発しているわけではないので。
 またこの町が故郷の人が、他府県から来ていることもある。お盆の帰省などがそうだ。車で帰って来た人は他府県ナンバーで分かる。
 だから、歩いている人が、全て近所の人ではなく、普段着の人だけではない。中には、とんでもない事情ができて、この町に降り立った人もいるだろう。
 また何らかの病を得て、その後、歩くのも難しくなり、ゾンビ歩きになっている人もいるはず。遡れば、それなりの事情が出てくる。
 日常風景といっても、その中には色々な拡がりがあり、また奥も深い。一人一人の事情だけではなく、建物にも、道路にも、それなりの物語が埋め込まれている。普段はその表の顔だけを見ていることになるが、それだけで十分。何故なら、直接関係してこないため。だから知らなくてもいい。
 そして、それを観察している日常の中にいる人も、いつ自分が日常的ではないことに陥るかは分からない。その他大勢の通行人の中の一人であることは、結構仕合わせな状態なのだ。
 
   了

 


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2019年10月17日

3543話 枯木灘


 秋の長雨。まるで真夏前の梅雨のようにじとじとしている。湿気でカビが生えそうだ。
 暑気落としがあるように、湿気落としをしたいと思い、何か乾燥したことを村岡は考えている。
 乾燥。それは水分が少なくなり、いずれ枯れていくよう感じ。
「枯淡の境地か」
 意味は違うが、カラッとしたもの、カリッとしたものが欲しくなった。すぐにポキッと折れそうな。粘着質がなく、しつこくないもの。
 そんなことを思っているとき、友人に若枯れした男がいる。枯れ木のような存在で、学生時代からそうだった。名を石田という。村岡は彼に合いに行くことにした。しばらく会っていない。わりと親しい間柄で、よく学校の帰り一緒に遊びに行ったりした。
 彼は神戸の灘区に住んでいる。年賀状は毎年来るのだが、住所は変わっていない。そこが実家。
 それで、彼が住む場所なので、枯木灘となる。そういう地名が他にもあるのかもしれないが、これは村岡が勝手に付けたもの。
 その石田の家へ行くのは久しぶり。二回ほど学生時代、遊びに行った。最後に行ったのは三宮で飲んだときで、終電が間に合わないので、彼の家、枯木灘で泊まった。その夜も遅くまで話し込んでいたものだ。だから、一寸した学生時代の顔見知りではない。
 村岡は松茸狩りにその日は行こうとしていたのだが、それをやめて、枯木灘に代えた。この長雨で、松茸がよく育っているのではないかと思ったのだが、毎年見付かるわけではない。山の隙間にある雑木林。ハイキング道からかなり外れているが、支流の奥の斜面にある。しかし湿気が強い場所なので、それよりも乾燥しきった枯木灘の石田を訪ねるほうがいいと思ったのだ。
 久しぶりだし、その後どうしているのかは年賀状で簡単な消息は知っているので、分かっている。相変わらず実家で暮らしているようだ。金持ちのボンボンなので、働く必要はないのだろう。
 金持ちの息子なので欲がない。それでどんどん枯れていったのかもしれない。
 小糠雨。傘を差していても濡れるような雨。その中を村岡は灘の町を歩いている。以前酒蔵があったところは、既にない。
 マンションが多い場所だが、一戸建ての家はそのマンションの敷地以上に広かったりする。そういう家が結構残っている。
 村岡の家はその中にある。木造煉瓦造りで変わった様式だ。まあ、木の板や壁土で固めるところを煉瓦を使っているところが、何カ所もある程度。基本は木造のよくある日本家屋。
 門は鉄柵で、横に勝手口がある。そこは煉瓦塀に穴を四角く空けたような入口。インターホンを押すと、すぐに聞き覚えのある石田の声が返ってきた。
 勝手口は遠隔装置で開くようだ。門と母屋までの間はそれほどないが。
 通された部屋は応接間ではなく、石田の部屋。ここはアトリエのようになっているが、絵の道具などはない。この部屋だけ板の間。以前父親が使っていたようだ。絵描きだったが、日曜画家。親も遊んで一生を終えたのだろう。
「木乃伊になっていないか心配して来たんだ」
「ああ、まだ水分はある」
「ところで、君なら枯淡の境地に詳しいと思い、聞きに来たんだ」
「枯淡」
「枯れることだよ」
「ああ、そうだなあ」
「君のように乾燥したい」
「村岡君は昔から油絵で僕は水彩画だったからねえ」
「煙草を吸うとき燃える」
「それじゃ油顔じゃなく、油紙だ」
「そうだね」
「枯れる方法はねえ、実は体質でねえ。それだけだよ。別に何もしていないから、方法も何もないよ」
「そうだったか」
「残念だね」
 村岡はそのあと、世間話を面白おかしく話した。石田はそれを聞くのが楽しいらしく、たまに枯れ木に花が咲いたように頬を紅くした。
 
   了



posted by 川崎ゆきお at 12:31| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする