2020年05月30日

3766話 保身の人


「さて、どうしたものか」と二人が相談している。いつも休憩に入るファストフード店。
 職場のリーダを追い出した。やっとそれに成功したあとなのだが、職場に平和が訪れたのは僅かな時期。すぐに次の禍がやってきた。この二人がその標的となったが、似たような人は多数おり、二人だけが特に、と言うことはない。
 独善的なリーダーに仕切られ、苦しい思いをしたのだが、それを仲間達が追い出した。団結したのだ。これで癖のある職場から、普通の職場になり、普通のルールが普通に通じるようになった。それまでは独裁ということではないが、特殊な論理、それは倫理観ではなく、癖だろう。それに全体が巻き込まれた感じで、縛られていた。
 ファストフード店で休憩中の二人は、そのとき動かなかった。そういう人は他にもいると先ほど述べた。
「自分のことしか考えない人」と言われたらしい。
 また。「保身しか考えていない」とも。
 リーダーを追い出した何人かの中の一人が、リーダー格になったのだが、それほど強い人ではない。仲間との協力がなければ、追い出せなかった。
 意志の共有。仲間同志での共有。ここがポイントで、針で、その針が二人に刺さった。つまり、全体を考えないで、仲間のことを考えないで、自分さえよければいいというところを刺された感じだ。
「その通りじゃないか。それのどこが悪い」
「そうだそうだ。それで普通じゃないか」
「保守的とも言われた」
「防御だよ。普通だろ」
「しかし、攻めなければ、今の職場の平穏はなかったとも」
「今、もう平穏じゃないよ。つるし上げられそうだ」
「敵がいるんだ」
「どこに」
「ここに」
「私達が敵なのか」
「そうなんだ。敵を作らないと、あのリーダーは団結できない。それほどの器もない。前のリーダーはきつかったが、仲間など頼らず、やりたいことをやっていた。追い出されたが、あの人の方がリーダーとして優れていたよ。私は嫌いだったがね」
「保身を図るため、あのリーダーにべんちゃらを言っていたとも言われた」
「あたりまえじゃないか、嫌われると怖いからね」
「しかし、どうする。このままじゃ居心地が悪い。私達は何もしていないのにね。何か悪いことでもしたか。迷惑をかけたか」
「だから、保身が気に入らないんでしょ」
「それに追い出すとき、あまり協力しなかったしね。黙認程度で」
 この二人、かなりのベテランで、前のリーダーよりも年嵩だし、今のリーダーなど子供のような年齢だ。今まで後輩の後輩で、そんな後輩がいたかな、程度の存在だった。
「挨拶しなかったのがいけなかったのかなあ」
「あんな後輩にわざわざ挨拶など」
「でも、リーダーになったんだから、立てよう。盛り立てよう」
「面倒臭いなあ」
「それこそ保身のためだよ」
「別に保身がメインじゃない。それに、すぐに尻尾を振ると、それこそ保身だけの人だと思われるだろ」
「そうそう」
「じゃ、どうする。このままじゃ、つるし上げられるぜ」
「何もしていないのになあ」
「一寸喉を撫でてやれば、ゴロゴロいうさ」
「そうだね。褒めちぎるに限る」
「だから、その態度がやはりバレバレだから、その手は使えない」
「リーダーを変えたらどう」
「変わったばかりじゃないか」
「落とす方法はいくらでもある」
「怖い人だなあ」
 この二人の密議は実行段階になったが、その前に、そのリーダー、自滅した。
 そのリーダーが仲間と思っていた人との意思疎通が悪かったのか、前のリーダーを追い出してから、態度が変わったようだ。
 それで、例の二人、何かするところだったが、その必要がなくなった。
 新しくリーダーになったのは、この二人のベテランのさらに先輩の覇気のない隠居のような人だった。
 
   了

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2020年05月29日

3765話 日常の内と外


 日常内と日常外がある。日常外は非日常でもあるが、常識があり、非常識があるような図ではない。日常外は日常内と隣接しており、日常から少しだけ外れている程度。だから決して非日常ではない。日常とは常日頃からやっていることや、立ち回り先だろう。ただ、日常は人により範囲が違うので、その個人によって異なる。
 毎日行っている喫茶店、しかし定休日があり、週に一度だけ別の店へ行く。週一なら日常内に入るだろう。準常連に近い。よく見かける客だし、よく見かける店の人。二週間程度ならまだその範囲内。月に一度だと、徐々に外れてくる。半年一年だと、もう圏外だろうが、まだ顔ぐらいは覚えているだろう。
 吉田は毎日行っていた場所がある。そこが行けなくなり、別の場所へ行くようになった。そちらの方が遠いし、方角も別。そのため、通る道も変わってしまった。そこは臨時、代用だ。
 しかし二三日で慣れだし、一週間もすると、その沿道にも慣れてきた。やはり毎日そこを通っていると覚えてしまうのだろう。二週間ほどすると、もう日常内に組み込まれた。その場所までの道中やその場所での変化を毎日見るようになったためだろう。その後、日常のこと、いつものこととして取り込まれた。
 ところが行けなくなっていた場所へ行けるようになった。
 吉田は以前の日常に戻れることになり、それで遠くまで行く必要もないし、何年も通った場所なので、馴染みが違う。それで元に戻れた。
 しかし、いつもの場所は近いが狭い。その沿道も短く、変化に乏しい。だから風景など見ていないほど。
 それに比べると、その代用で行っていた場所の方がいい感じなのだ。
 そうは思うものの、遠いところまでわざわざ出掛ける必要はなく、折角戻れたのだから、代用の場所へは行かなくなった。
 二週間ほどなので、まだ日常内。これが一ヶ月後なら圏外になってしまう。今なら、まだ日常範囲内のまま行ける。
 それで吉田は行き慣れたいつもの場所ではなく、代用の場所へ、また行くことにした。もう代用の必要はないのだが、こちらの方がいつもの場所よりもいいためだ。
 そして、久しぶりに出掛けたのだが、二週間の間隔は感じられなかった。やはり圏内のためだろう。
 代用のつもりが、今ではいつもの場所となり、完全に日常のものとなった。つまり代用から常用へ昇格。
 選択外だった場所だが、臨時で行った場所が意外と良かったということだろう。その場所だけではなく、そこへ行くまでの風景も。
 そうなると、いつもの場所が闇の中に入ってしまう。逆にそこが日常外になる。再び行くときは少し躊躇するだろう。
 
   了



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2020年05月28日

3764話 とどのつまり


 疋田はある年齢に達したとき、若い頃から思っていた状態ではないことに気付いた。もっと早く気付いてもおかしくない。どれだけのんびりしていたのだろう。そして年齢を考えると、未だに底辺にいる。もっと進んでいるはずなのに、予定していたところに達していない。それもかなり緩い目の最低限のところだが、それはまだまだ先で、これは一生かかっても無理なのかもしれないような高みに見える。
 しかし、その間、疋田は懸命に生きてきた。努力もした。怠けていたわけではない。だからそれなりの達成感はそれなりに得ていたのだが、何せ低い。
「今頃気付いたのかい」
「そうなんだ。年を考えると、焦る」
「まあ、夢というほどのものじゃないから可能だろ」
「不可能事じゃない。そこはリアルに計算していた。これは少し頑張ればできると、一点集中でね。しかし、手強かった」
「もっと早い目に気付くべきだったよ。僕も今言おうか今言おうかと何度も考えたのだが、言い出せなかった。君は明るい未来を見ていた。目が輝いていた。それに頑張っていた。だから、水を差すような真似はできなかった。本当は誰かが言ってやるべきなんだが、誰も言えなかったねえ。邪魔するようで」
「だから気付くのが遅かったんだ。今だから」
「そのうち気付くだろうと見守っていたんだよ。しかし、遅かったねえ」
「どうしよう」
「先にまだ進むんだろ」
「いや、計算すると、このペースじゃ無理だ。それに壁があって、そこで止まっている」
「あったよねえ、壁。壁があって先へ行けないって、言ってたねえ。でもそれって、やり始めた頃じゃないの」
「そうなんだ」
「じゃ、最初の壁の前で今も留まっているのかい」
「とどのつまり、そうだ」
「じゃ、長年やってるけど、最初の壁から進んでいなかったんだ。もっと行っていると思ったけど。長い年月なんだから」
「その壁を何度も削った」
「何ミリ」
「数ミリ」
「壁は何ミリ」
「1メートルほど」
「じゃ、一ミリ削ったことを前進と言っていたのかい。成果が出たと。上手くいっていると」
「うん、そうだ」
「何か考えがあると思い、僕らは見ていたんだ。それが作戦だと。それに君は元気そうだったし、上手く行ってると言っていたし」
「2ミリ削り、3ミリ目に突入程度だった」
「おかしいとは思っていたんだ。あまり進んでいないので。それで何度もどうなっているのか、聞こうとしたんだけど」
「ありがとう」
「しかし、その年になったけど、やっと気付いたんだね」
「そうだね。自分で気付いたんだ」
「まあ、無理だったんだ。最初から。それに最初の壁にぶつかったとき、普通ならやめるんだけど」
「一度決めたことはやり抜くのがいいと」
「そうだね。いい言葉だね」
「思い描いていた人生ではなくなりつつある」
「また人生設計し直せばいいさ。僕らも若い頃に思っていたことなど、誰もやっていないよ。残っているのは君だけだった」
「あ、そう。僕がトップだったんだ」
「違うけど、まあ、そうだね」
「悪くなかったんだ」
「悪いけどね。まあ、それでもいいけど」
「ああ」
「それで、どうする」
「壁の方が腐りかけていて、あと一ミリ削れば倒れるかもしれない」
「そんなわけない。まだ、その壁にしがみつく気なのかい。気付いたんじゃないのかい」
「しかし、もうこの年だ。他にやることがない」
「じゃ、続けると」
「ああ」
「どこまでのんびりしてるだ」
「おお」
「元気だけはあるんだね。目の輝きだけは怖いほどある」
「おお」
 
   了




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2020年05月27日

3763話 寛げない喫茶店を探す


 北岡は部屋の中でできる仕事をしているのだが、そこではしない。ノートパソコンを持ち出して、外でやる。主に喫茶店だ。今ではよく見かける姿だが、仕事場がないわけではない。部屋にはデスクトップパソコンがあるし、モニターも大きい。こちらの方がスピードも早く、効率もいいのだが、やる気がしない。
 それは自室というのは寛げるため。また寛げるようにしないと、自室の意味がない。内と外の関係があり、家は寛げる場所。これは他人の視線が来ない場所で、家の中ではどんな姿勢でもかまわない。
 これがどうも北岡の仕事とは相性が悪いようで、寛いでしまうと、もうやる気がしない。自室なので好き放題ができるのだが、一番好きなことは寛ぐこと。
 家を仕事場に使えないわけではないが、それなら自宅の意味が変わってしまう。仕事場で寝起きし、仕事をする。仕事にはいいが、仕事場で寝たくないし、そこでご飯を食べたくない。
 それで、複数の喫茶店を梯子するのだが、寛ぎやすくない店というのがある。これは結局は人だ。たとえば店の者が常に視野内にいること。これが気になる。たとえばカメラを取り出し、モニターをメモ代わりに写す場合でも、店の者は当然それを見ている。客を監視しているわけではないが、視野に入っていると、動くものを見てしまうのだろう。それと変化とかも。
 実はこういう店ほど仕事が捗る。逆に落ち着いた店で、店の者も奥に引っ込んだままでテーブルとテーブルの間隔は広く、しかも敷居で軽く目隠しされている。確かに寛げる。プライベート面がいい。しかし、仕事は捗らない。寛いでしまうため。だから、自室と同じことになる。
 それと、遠くにある店ほど捗る。また滅多に行かない店でも捗る。
 これは何か。
 つまりは、何かをしていないと、間が持たない。それで仕事に集中できる。寛げる隙間がない。
 たまにしか行かない喫茶店は、慣れていないので、これも寛げない。それと仕事場ががらりと変わるようなもので、新鮮。それで仕事もさっとやってしまえる。
 しかし、寛げない喫茶店は仕事は捗るが、あまり行きたくない。店の者や客などから好奇心半分で見られている。行きつけの店ならそれはない。互いに慣れているためだろう。得体も大凡分かっている。どんな客かを店の者も把握している。
 好ましい喫茶店、親しみがあり、日常の中にすっかり溶け込んでいる店は逆に仕事が捗らない。そういう矛盾がある。それなら自室でやっているのと変わらない。
 
   了
 



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2020年05月26日

3762話 限界越え


「本当は限界がないのですがね。私にとってはこれで限界です」
「あ、そう」
「しかし、その限界越えを今回挑もうと思っています」
「ほう」
「それでも本当の限界はないので、レベルとか程度の問題でして、まあ、私にとっては最長不倒距離、自己新記録、その程度の問題です」
「じゃ、大したことはないと」
「その私が世界一だとすれば、私の自己新記録は世界新記録になりますが、残念ながらそのレベルではありません」
「クラスで一番とか」
「それでも学年で一位じゃないと。さらに市内で一位でないと。それでも県内で一位じゃなかった場合、全国一も、世界一も有り得ません」
「じゃ、あなたのレベルは、それほど高くないと」
「そうです。しかし、私にとっては、この限界越えだけでもう十分凄いことになるのです」
「どの程度の限界ですか」
「一つだけ、上の段階です。上にはもっともっとあるのですがね」
「じゃ、大したことはないと」
「そうなんですが、私達のレベルでは、この限界越えはもの凄いことなんです」
「そうなんですか」
「この限界越えをした次はジャンルが違うようになりますから。扱われ方が違ってきます」
「いい扱いになるのですか」
「いえ、ごくありふれたタイプになってしまうのです」
「どういう構造なのか、見当が付きませんが」
「つまり、よくあるジャンルになるのです。だから、限界越えをしたその次の段階では平凡なものになってしまいます」
「指しているところが分かるようで、分かりにくいのですがねえ」
「これは価値観の問題でして、値打ちがあるかどうかなのです。今の私は平凡ですが、限界越えをすれば、非凡になります。しかし、さらに次の段階になると、また平凡に戻ります」
「不思議な構造ですねえ」
「そうなんです。ギリギリのところです。そのギリギリを超えると、平凡になります。値打ちがあるのはギリギリだということ。ここなんです」
「何処だか分かりませんが、レベルでは価値は計れないと」
「そうです。ある一線を越えますと、別扱いになり、まあ、カテゴリーが変わるようなものです」
「際どいところに立っているのですね」
「いえいえ、そこまで際どいところまで、なかなか行けません。今回、私の限界越えは、その手前でして、まさに一線を越えそうになる手前の手前程度です」
「何か微妙な話ですねえ」
「先ほども言いましたように、ある一線を越えますとジャンルが代わり、扱われ方も変わります。そして、その一線超えはありふれたものになります。そして限界はもう突破していますので、それ以上の限界はありません。だから逆につまらないのです」
「そういう構造体とかシステムがあるのですね」
「そうです。価値があるのは、一線越えの手前なのですよ」
「何でしょうねえ」
「そして、実は一線越えは誰にでもできるようなことです。だからありふれてしまいます」
「一線越えの手前か」
「そうです。そのギリギリの際。つまり際どさに価値があるのです」
「よく分からない状況ですが、何かに当てはめてみましょう」
「あなたと越えたい天城越え」
「え」
「でも越える手前がいいのです」
「それがヒントですね」
「そうです」
 
   了




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2020年05月25日

3761話 石の卵


 身体が怠い。気力がない。精力がない。こういうときは養命酒の出番だが、酒田はそういうものは飲まない。よくあることで、身体が悪いのではない。低気圧なのだ。
 どちらにしても元気に欠ける。そのため、こういうときは楽しいことをすると損。それほど楽しめないため。それは元気なときにとって置く方がいい。そのほうがより楽しめる。
 晴れていたのだが、雲が多く、やがて白い雲が濁りだし、灰色になり、空全体を覆うようになってくる。こういうときは何ともならないので、静かにしているしかないのだが、気怠いので、自然と静まる。発想も貧弱になるが、意外と冷静な面がある。テンションが低いためか、安定したローの視線になるためだろう。
 頭の中に雲が湧いたようになり、考える範囲が狭くなる。これはこれでは安定している。布団の中にいるようなもので、もう現世のことなどいいから、常世の国を彷徨うような夢の中に入り込みたい。ただ、昼間から寝るわけにはいかないので、酒田は起きている。
 そんな眠たい感じのときに限って元気な声が聞こえてくる。友人の浦田だ。こんな日に来なくてもいいのに、よりによってそういう日に限って来る。まさか酒田の調子の悪い時を選んで来ているわけでもなさそうだが、この浦田は常に元気なのではない。会っているときは常に元気なのだが、元気なときにしか来ない。だから元気のない浦田を見たことがない。誰とも会わないで、じっとしているためだろう。
「やあ、元気かい」
 その高い声を聞いただけで、疲れがどっと出そうだ。先ず神経からくる。酒田の顔が歪む。顔の筋肉が疲れる。
「いや、低気圧でね」
「血圧じゃなく、低気圧」
「君は何ともないのかい」
「低気圧って、雨でしょ。まだ降ってないけど」
「降る前の方がきつい」
「ふーん」
「低気圧の影響を君は受けないのかい」
「知らない」
「じゃ、受けないんだ」
「そうだね」
 浦田は用事で来ることは希で、雑談して帰るだけ。迷惑だとも言えない。友達の少ない酒田にとり、浦田は貴重な存在。
 浦田も気軽に会えるのは酒田だけらしい。
「君は元気のないときはどうしてるの」
 浦田は、じっとしていると答える。酒田と同じだ。働いていないので、じっとしていてもかまわないのだろう。いくらでもじっとしてられる。
「しんどそうな君を見たことはないけど」
 浦田は、しんどいときは人と会わないらしい。そこが酒田と違う。酒田は一応会う。だから浦田が来たら来たでそれなりに付き合う。ということは、酒田の方が軽症なのだ。
「しかし低調なときもいいものだ」
「今がそうかい」
「そうだね」
「元気になるような話を持ってきたんだが」
「またかい」
「ああ」
 これは訪問したときの手土産のようなもの。
 浦田はポケットから卵石を取り出した。
「凄いだろ。君にやるよ」
 ニワトリの卵とそっくりの大きさ。しかし重い。つるつるに磨いた石だ。
「これは懐石料理と同じで、懐石でもある。懐に入れていると、元気になる。僕は元気なので、いらないので、君にあげる」
「ああ」
「元気の出る魔法石だよ」
「ほう」
「温めると、石の卵から石鳥がふ化するらしいけど、石の鳥かどうかは分からないらしい。ただ温める人によって違うとか」
「ほう」
「僕も温めたけど、何も起こらない。中の鳥との相性が悪いんだろうなあ。だから、君にあげる」
「ありがとう」
 そのあと、浦田は石の卵に関する色々な伝説を聞かせてくれた。有名なのは孫悟空だろう。石ではなく、岩だが。
 しかし、その石の卵。酒田は実家で見たことがある。もうニワトリなど飼っていなかったが、ダミーの卵を納屋で発見したことがある。これをニワトリのそばに置くと、卵をよく産むらしい。
 
   了

 

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2020年05月24日

3760話 妖怪博士と妄想家


 妄想家というのはものの言い方で、空想家でもいい。だが、空想家より妄想家の方が重症だろう。
 これはそれで一家を成しているわけではないが、性格などと関係する屋号のようなものだろう。あの人は何々だ。と決め付けるとき、使われたりする。
 妖怪博士は妄想家で知られる人を訪問した。妖怪とは関係しないが、何らかの参考になると考えたからだ。これは本職の妖怪研究に関係するはず。
 だが、自発的ではなく、担当編集者からの依頼。これは断る理由はない。妖怪がいるというのも一つの妄想。そして妄想家なら、さらにきついことを思っているかもしれない。
 要するに軽くインタビューのようなものをすればいいが、編集者は来ない。そのため、レコーダーが送られてきた。使い方を試すため、録音をしたが、自分の声がこんなふうに聞こえるのかと思うと、妖怪博士は驚いた。いつも聞いている妖怪博士の声ではない。自分で出している声を自分で聞くのだから、また違うのだろう。
 さて、妄想家、それにふさわしい町に住んでいるわけではなく、平凡な住宅地。郊外の何処にでもあるような町。
 訪問されるのが嫌なのか、駅前の喫茶店で会うことになった。
 妖怪博士は先に来たのだが、それらしい客はいない。広い店だが、客は少ない。
 しばらくすると、普通の人が入って来た。ちらっと見たが妄想家らしさがない。それで、違うと思い、目を戻すと、すぐにその人は妖怪博士に近付いて来た。一目で分かる風貌のためだろうか。
「妖怪博士ですね」
「そうです」
 妄想家は普通の人だ。中年の真っ最中という感じで、若者でもなければ年寄りでもない。
「妄想家の高槻さんですね」
「そうです。高槻です」
「似たような人で、茨木さんもおられますなあ」
「茨木さんは隣町です。近いです。懇意にさせていただいております」
 編集者が茨木氏ではなく、高槻氏にしたのは、茨木氏はマスコミ嫌いのため。
 編集者がそこを何とかといってまで粘らないのは、どうでもいいためだろう。妄想家などいくらでもいる。単に妄想癖が強いだけの人なので。
 高槻氏は簡単に応じてくれた。
「リアルを見ると、それで終わってしまいます。それ以上のものはもうない。これがリアルの限界です。ところが、リアルとまだ接していないときは、想像の世界。こちらの方はいくらでも伸び代がありまして、際限がない。ところがリアルに辿り着くと、限界が見える。見えない方がいいというのが妄想の良さなのです」
 早速始まった。
 妖怪博士は、聞き入るばかりで、語っていることは決して妄想ではない。普通なのだ。
「従って妖怪もリアルな妖怪、つまり本物を見てしまうと、それまでなのです。これだけのものだったのかと思うでしょう。特に妖怪はでっち上げたものが多く、それこそが妄想の産物。空想の産物。だから本物など当然あり得ない」
 この人の方が妖怪博士ではないかと、妖怪博士は感心しながら聞いている。
「僕は妄想家と言われていますが、実は幻想文学の研究者なのです。だから文学者です。そして自分では創作しません」
「普段は何をされているのですか」
「普通の会社員です」
「普通の暮らしをしている方が妄想が湧きやすいのかもしれませんなあ。妄想はどんなときにでもできます。時間がなくて妄想する時間がないということもなさそうだし、どんなに忙しい最中でも妄想はできます。また体力を使い果たし、息せき切っているときでも妄想は可能でしょうなあ」
「仰る通りです博士。幻想や妄想ばかりの中で暮らしていると、逆にあまり効果はありません」
「妄想家は幻覚を見ることもあるのですかな」
「僕の場合ありません。純粋な想像です」
 正統派だ。
「妖怪について、どう思われますかな」
「先にも話しましたように、いないことが分かっています。リアルがない。だから、妄想の宝庫でしょう。しかし、いる可能性がないと、裏付けのようなものがないので、少し弱いです。いるかもしれない、現実に存在しているかもしれないというレベル。これが妖怪の場合、欠けています。やはり辿り着けないが実在しているものの方が妄想の拡がりが違います」
「どういうことですかな」
「妖怪の多くは冗談ですから」
「ああ、なるほど」
「たとえば幽霊は実在するかもしれません。その違いです」
「はい」
「僕の説自体が、実は妄想なのです
「はいはい」
「世の中はそういった妄想で成り立っているようなものかもしれません。だから妄想を研究することは、そのあたりのカラクリを知ることにもなります」
「一種の幻想論ですかな」
「妄想はもう少しきついです。そこまで考えるか、思うか、想像できるかというほどとんでもないところまで行きます」
「まさに妄想ですな」
「そうです。もう根拠がない」
「はい」
「それで、根拠そのものを妄想で作る」
「ほう」
「しかし、それが普通の世の中の仕組みだとは思いませんか」
「もうそうですか」
「これはいいすぎなので、それこそが妄想なのです」
「妄想だらけですなあ」
「おかしいでしょ」
「楽しんでおる場合ではないが、その通りかもしれません」
 妖怪博士は興味深く、その他、色々な妄想論を聞くことができた。
 妄想だけで、リアルの希薄な世界。まるで異界で遊ぶ思いだった。
 そして、駅まで妄想家に送ってもらい、妖怪博士は余韻を楽しみながら、車内でうたた寝した。
 しかし電源ボタンは入れたが、録画ボタンを押すのを忘れていた。まだ妖怪博士はそれに気付いていない。
 このリアルが、怖い。
 
   了




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2020年05月23日

3759話 再開


 再会もいいが、再開もいい。再会は人だろう。再び会うということだが、期間にもよる。昨日会った人と、今日また会うというのは、再会としては短すぎるが、もう二度と会うことはないはずの人と、偶然出会ったとすれば、これは再会だ。常に会っている人なら、再会とはいわない。
 再開は人も関係するが、場所や、建物。店屋でもいい。またイベントでもいい。中断していたイベントや行事やプロジェクトなど。これは止まっていたものが動き出す。
 閉じていたもの、閉ざしていたものが再び開く。それが日常の一部なら、その日常が消えていたことになる。日常の全てではなく、一部だが。
 その場所へ行っても、閉じているので何ともならない。だからそこへ行くことはなくなる。
 閉鎖されていた場合、解除だろう。これも日常の一部になっていた場合、閉まっているのだから、行くことはないが、それに代わるような所に行ったりする。それは日常生活上、必要なためだろう。だが、省略してもいいようなものも多い。
 代用。それもいいが、いつもとは少し違う。逆に代用の方がよかったりすることもあるが、やはり慣れていないと、それこそ馴染めなかったりする。
 再会には喜びが付きもの。再開でも同じ。だが再会で嫌な目にあうことが結構ある。人相手のためだろう。再開の場合、人とは関係しないこともあるので、安定している。再開前と再開後の様子にさほど変化はないためだ。
 これは赤ちゃんが喜ぶ遊び「いないいないばー」に似ている。一度隠れる。そして出てくる。赤ちゃんはそれで安心する。いつものものを取り戻したためだ。世界が消える。世界が戻る。
 具体的な再会や再開ではなく、再び巡り会うために動いているという節もある。それが「あのころに」であったり「あのとき、ちらっと垣間見た夢のような」とかでもいい。
 一度体験していないと、再会も再開もない。最初の体験が疑似体験の場合もあるが。
 どちらにしても何かを取り戻す。これは結構ネタとしては大きく、人生規模。国家規模にもなったりしそうだ。
 また、失うまで、それほど大切に思っていなかった事柄もあり、代理や代用を探しているうちに、どんどん失ったもの閉じたものの価値が出てくることもある。
 
   了




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2020年05月22日

3758話 田知花


 高級住宅地が田畑に取って代わって久しい。元々は荘園だった場所で、豊かな田園風景が続いていたのだろう。今も緑が多いのは庭木のある家が多いため。庭も大きな屋敷なら広い。小さな神社の境内程度はあったりする。
 その最寄り駅は閑静な住宅地にふさわしく、派手なものではない。派手さは看板類や店屋が演出するのだが、商店街らしきものはあるが、歩道沿の地味なもの。
 村田は隣の市に住んでいるが、自転車で毎日通っている。喫茶店に行くためだ。近くの喫茶店が全席禁煙になったので、遠くまで行くしかない。
 市外になるためか、この屋敷町の駅前にある喫茶店は煙草が吸える。
 また、村田の近所にもあるコーヒーの専門店も禁煙になったが、ここは喫煙できる。同じチェーン店なのだが、方針が違うのだろう。
 
 その駅から南へ下ると田知花という町ある。ある日、喫茶店を出たあと、帰路とは方角は違うが、南下した。海側になるのだが、それほど迫っていない。
 この市内は山側は上品で、海側は下品だと言われているが、この市らしさは下品さにある。というより、より下町風になり、そちらの方が賑わっている。
 その噂を聞いたことがあり、一種の無法地帯。ならず者が拳銃を振り回しているわけではないが、庶民的という意味。屋敷町の禁煙も緩いのだから、下町の田知花町なら、どの店も煙草が吸える感じがする。
 
 村田は田知花町は知っているが、電車で通過しただけ。屋敷町とは違う路線で、駅前も大きく、派手。車窓から見た程度だが、想像はつく。
 南下するには、線路を渡り、駅の反対側から出ている大きな新道を真っ直ぐ進めばいい。その沿道は並木道で、オシャレな店が並んでいる。こちらへ行かないのは、踏切を渡りたくないことと、気楽に入れそうな喫茶店がないため。
 だが、その並木道、すぐに途切れ、トラックなどが行き交う幹線道路にぶつかる。景観が荒っぽくなり、馬鹿でかいうどん屋の看板や、リサイクル店や、全国展開の家電店、業務スーパーなどが見える。賑やかだ。
 その幹線道路が境目だろう。そこを渡ると田知花町と番地が変わるはず。小さな町工場なども目に入る。
 ところがT字交差点で工場の壁にぶつかってしまう。素晴らしく広い並木道なのだが、それが南へは繋がっていない。
 
 村田は左右を交互に見た。信号を見ているのだ。どちらも遠い。似たような距離。それらの信号まで行けば南下できるはず。東西どちらでもかまわないのだが、屋敷町の真南が田知花。左側から渡るか右側で渡るかにより、田知花の東側寄りに突っ込むか、西側寄りに突っ込むかの違い程度で、両方の信号を見ると、町内自治会の一つぐらいは確実に入る幅。
 だから、同じようなものだが、村田は並木道の右端を自転車で走っていたので、右折の方が楽。そして幹線道路の右側の歩道を西へと進んだ。既に信号は見えている。南北へ延びる道と交差しているので問題はない。
 
 村田はこのあたりに入り込むのは初めだが誰かの車に便乗して通ったことがあるかもしれない。幹線道路の西側は大きな都市がある。しかし、電車でないと行けないほど遠い。自転車では無理。
 そして、その交差点に入ると、タイミングよく南側へ渡れる青。
 迷うようなことはしていない。選択肢は二つしかない。その一つを選んだだけ。ちょっと田知花の右側、西側に入り込む程度で、左へ少し戻せばいい。しかし、これがもろに田知花駅前まで貫いている道かもしれない。だから、近付くまでは直進を続けた。
 
 自分は何をしているのだろう、ということを村田は思わないでもない。だが、今思っている頭の中は田知花駅前に突っ込むことだけ。では、そこで何をするのかとなるのだが、それがない。まさか無法地帯を見に行くわけではない。そんな町はないだろう。
 先ほどの幹線道路よりも狭いが、狭いながらも歩道があり、そこを自転車走るが、人がいると、車道に出ないといけない。
 こんなことをして何になる。と、こういう宙ぶらりんなときには思うものだが、自分をもう一人の自分が見ている状態はよくない。田知花の駅を目指すことだけを考えている方が自然。現にそういう行動に出ているのだし。
 しかし、なかなか駅前らしい風景が見えてこない。小さな家が密集している場所で、屋敷町に比べ、貧乏臭い。敷地がどの家も狭い。
 たまに材木置き場とか、重機などが停まっている場所もある。レンタル倉庫と書かれた箱のようなものもある。最初トイレかと思った。
 これは行きすぎたのではないかと思い、何処かで左に曲がる必要が出てきた。上手い具合に線路が見えている。JRだろう。屋敷町の駅は私鉄。規模が違う。その線路が堤防になり、嫌でも左へ入り込まないといけない。線路際まで行けば田知花駅のプラットホームぐらいは見えるかもしれない。
 しかし、村田が見たかったのは田知花駅へ向かう道。いきなり線路沿いに横から立花駅へ突っ込むのは趣がない。やはり徐々に近付きたい。
 それで、線路が見えた状態で、次の交差点で左折した。信号などはない。ただの生活道路だろうか。住宅の密集地で、昔なら貧民街。長屋だろうが、今はそれなりの建て方をしている。敷地に余裕がないのか三階建てが多い。
 その狭い通りは渓谷のようだ。左右に絶壁が迫っている。
 
 そこを抜けると道が向こう側まで繋がっていない。小さな川があるようで、橋がない。左右どちらかに架かっているはず。
 川岸に近所の人が立ち、煙草をくゆらせている。家の中は禁煙なのかもしれない。
 近付くと川岸から水面を見ている。流れは穏やかで、水面に樹木が映っている。緑が多いな、と村田は実像の方を見ると、こんもりとした繁み。一本ではなく複数植わっている。高い木に見えるのは高い場所にあるだけで、それほどの巨木ではない。しかし、このあたりでは一番背の高い木だろう。
 こんもりとした川岸の岡。建物の側面が見える。神社のようだ。
 川沿いの道は軽く湾曲しており、橋が見える。神社名が書かれた看板もある。このあたりではよく見かけるスサノウ神社だ。土地の名が付いておれば覚えやすいが、スサノウ神社だけでは、いくらでもある。
 
 村田は橋を渡るとき、川面を見ると草が川岸に生えており、花も咲いている。さらに動くものがある。鴨だ。この神社が鴨神社なら、そのままだが、そうはいかない。さらに勢いよく動いているものがある。魚ではなく、鴨の雛。
 果たして何をしているのだろう。鴨の親子ではなく、村田自身。こういうのを見に来たのではなく、田知花の町を見に来たのだ。
 このあたりが田知花だと思い、神社近くの電柱で確認するが、水塔と書かれている。田知花ではなかった。
 橋の上から線路が見えたので、南下しすぎたわけではない。東へ行きすぎたのだろうか。僅かな距離しか戻っていない。あの信号の幅の半分ほど戻ればいい。まだ、それに達していない。
 神社は小さく、前の道から全部見えてしまう。しかし、神社の後ろに木が茂っている。神木は別にある。川沿いで見たあのこんもりとした場所だ。
 社殿の左側に隙間があり、別の祠がある。そこから、あの小高いところへ登れるようだ。
 階段があり、その手前に立て札と解説のプレートがある。水塔古墳となっている。古墳時代前期の前方後円墳で、一部は壊れ、原型を成していないらしいが、しっかりと中を掘り起こしたらしい。
 木棺があり、内側は朱塗りだったようで、その棺桶の中に人骨。誰だが分からない。そのとき発掘されたものは、神社の裏側の建物に保管されてあるらしい。よくあるような品々だが、刀剣の他に槍もあるとか。
 村田はそれを見せて欲しいと思う気持ちはないが、その物置のような博物館が開いておれば覗いただろう。小さな神社だ。誰かが詰めていないといけない。それが面倒なため、普段は閉めているようだ。
 きっと古墳時代前期、このあたりを支配していた人かもしれない。しかし、そんな人でも何処の誰だか今はもう分からない。
 こういうのを探すために田知花町へ向かったわけではないが、神社や古墳、そちらの方を目的地とした方がよかったのかもしれないが、その程度のことでは行く気はしないだろう。それに屋敷町から少しだけ寄り道をする程度。何処に寄るかまでは考えているが、古墳や神社ではない。目的地は田知花町。しかし、田知花の何を見るかだ。
 
 ここが漠然としている。村田が住む市よりも、南下したこの市の方が緩やか。煙草が吸える喫茶店が多い。さらに南下すれば、果たしてどんな町があるのだろうか。無法街というのは、法外なことが日常的に起こる町だが、それはただの言葉の綾。そんな雰囲気がするだけ。
 田知花の町に入ると、普通の町だったりしそうだ。
 古墳と同居している村の神社。珍しくはない。よくある。それを背にして、東へ向かう。田知花町はすぐ目の前にあるはず。しかし、入る角度が悪いような気もする。横から入り込むような。
 
 村田は神社の細い階段を下り、西へ向かったのだが、昔の村道だろうか。狭い。道は東へ向かっている。ここが水塔村なら、この村道は田知花村へ繋がっているはず。おそらくすぐだろう。少し行けば見えてくるはず。しかし、狭いので見晴らしが悪く、真っ直ぐな道ではないので、先がよく見えない。
 そして四つ辻に出た。祠が角にあるが、壊れている。小さな廃屋。右側を見ると線路が見える。その線路沿いに東へ行けば、田知花に横入りできるのだが、その道に出ようとしたとき、案内板が目に留まった。宝塔とか石塔とか呼ばれているものらしい。かなり古く、市内では最古らしい。鎌倉時代のものが移転され、寺に置かれているようだ。
 村田はそんなものを見に、ここに来たのだろうか。
 違うだろう。
 
 目的地は田知花町。あと少しではないか。
 水塔町。町名はここから来ているのだろうか。
 線路沿いに行く途中に寺がある。線路沿いではない。昔はそんなところに道はなかったはず。この曲がりくねった村道があっただけ。
 水塔は見学できるようで、門が開いている。石塔なので雨ざらしになってもかまわないのだろう。それに水塔だけに水には強いはず。
 寺は小さい。境内も狭い。人の家の庭程度。
 だが、寺の横、線路方角に空間がある。建物はないが、墓がある。境内の中にある村墓だろうか。かなり古い墓が多い。それらは墓じまいしたのだろうか。もう参る人がいないので、びっしりと並んでいる。間隔がない。くっついている。まるで石垣。
 そこを抜けると、墓場の端っこ。寺の裏側になるが、六地蔵が並んでいる。墓の入口は、こちらだったようだ。その先に橋が見える。古墳もある。その橋から鴨の親子を見た。また神社の看板も見える。神社から、このお寺まで、ほんの僅かな距離だったのだ。
 古墳、神社、寺が意外と近い。
 
 それがどうしたのか、村田は言いようのない唾液のような言葉が出てきた。そんなことをしに来たのではない。だが、しっかりと見て回っている自分がいる。
 このあたりの村墓には決まって六地蔵がいる。墓を見ても気味が悪いし、人の何かが入っていそうだし、実際に骨が入っているはず。地蔵さんなら安心して見てられる。
「来たか」
 声が聞こえた。まさに、来たか……だと村田は感じた。
「よく来たなあ」
 どの地蔵だろうか。
「痒い」
 何が。
「目の上が痒い。かいてくれるか」
 しかし、どの地蔵か分からない。内山田洋とクールファイブ。ダークダックス。何でもいい。六体の中の一体だが、どれだか分からない。しかし、六地蔵全部がハモっているのかもしれない。よく見ると顔や持っているもの、ポーズなどは違う。それぞれ六道の担当がいるのだろう。
 村岡は立った位置から一番近い左から二人目の地蔵の目の上をそっとかいた。
「そっとな。力を入れると、石がとれるのでな。取るのは付着しているやつだ」
 村田は、そっと石カビに爪を立てた。
「だから、石まで削っちゃ駄目だと言ったでしょ」
 村田は謝った。
「しかし、よう来た。わしは地蔵で、五人の中の一人、六道の中の一つじゃが、一人で六役やっておるので、本当は一体なんだ。それに、こんなところにずっと立っていると飽きるし、こればかりやっていると、他のことができん。たまには諸国を旅したい。
 村田は、急にそういった個別の事情を聞いても何ともならない。愚痴だろうか。地蔵が愚痴を言う。そんなことはあり得ないが、喋る地蔵そのものがそもそもあり得ない。あり得ないものがあり得ないことを言うと、それはあり得るのかもしれない。
「疑っておるじゃろ。本当にわしが地蔵なのかを」
 流石地蔵だ。閻魔さんにもなる地蔵だけに、読まれている。これはまずい。
「まあいい、たまには会話をしないとなあ。もういいから好きなところへ行きなされ。目の上が痒いのだけが気になっていたのじゃ。悪かったなあ、引き留めて。しかし話の分かる人間が来るのを待っていたんだ。もういい、去っていいぞ」
 村田は、まだ石塔を見ていないので、もう一度境内を探すと、門のすぐ横にあった。後ろを見ないで奥へと向かったので、死角だった。
 大した塔ではない。それに石仏のように表情がないので、観賞の仕方が分からない。しかし、六地蔵のように喋り出さないだろう。石塔が口をきく。なくはないが、一般的にはないし、例外としてもない。例外にもない例外。
 そんな地蔵や石塔は目に入ったので、見ただけで、目的は田知花町。寄り道のしすぎだ。
 
 寺を出て、先ほどの線路の見える場所へ向かい、その線路沿いの道を東へ向かう。これなら確実だ。スピードを緩めた電車が走っている。駅が近い。
 やがてホームらしいものがちらっと見え、すぐに建物が遮り、広い目の線路沿いの道はそこで終わり、商店街らしいところの端に来た。正解だ。横っ腹を突く感じで、悪くはない。
 田知花は無法街。
 六地蔵が喋るのだから、本当にここではギャングとギャングが撃ち合いをしているかもしれない。無法の意味にもよる。
 商店街の道に入ったのだが、これは本通りではなく、横から入り込んだ枝道だろう。すぐに大きなアーケードで空を隠す本通りに出た。
 駅には用がないし、遠くまで来すぎたので、戻ることにした。本通りのアーケードをそのまま北へ向かえば出発点に戻るはず。
 シャッター通り商店街が多い中で、ここは人が多い。閉まっている店は希。これは時節とは関係なく、個人的な廃業だろう。
 少し進むと古めかしい喫茶店があり、全席喫煙と書かれている。この町にある喫茶店は全て吸える店ではないかと思える。村田の住む市とは違う。無法街とはその程度の意味。
 お好み焼きの匂いがしたので、昼ご飯はまだなので、それを買って、昼食とすることにした。
 自転車は降りて通ってくださいと立て札があるが、そんな人はいない。さらに商店街内での交差点に番人が立っている。だが注意もしない。他の自転車もその見張り番のどん前を平気で通過する。荷物を満載し、子供を乗せた電動アシスト自転車など、降りて押せば重いだろう。
 やはり、ここは無法街。村田の住む市の市場などは全員降りているし、また乗っていると注意される。
 そして、アーケードの下を北へ北へと向かうと、流石に商店街も果てるはず。
 そのはず、が、はずではなくなると怖い。
 六地蔵が喋るのだから、六道の中の一道へと向かわないとも限らない。
 六道のどの道も、この世にもあるのかもしれない。
 
   了
  



posted by 川崎ゆきお at 12:05| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年05月21日

3757話 下手な話


「酒田の町は狭いようで広い。本当は広い。広すぎる。それで、上酒田、西酒田、などなどと分けられた。また酒田口まである。これは酒田とは関係がない。その入口に近いところにある町名」
「そういう話は長くなるようなので、手短に」
「はい」
「それで、酒田がどうかしたのですか」
「行きました」
「それで終わりですね」
「いえいえ、何をしに行ったのか、どんなことがあったのか、まだ何も語っていませんが」
「酒田へ行かれたということだけで、もう十分です」
「不十分です」
「では、少しだけ」
「はい。酒田へ行ったのは、たまには違う町に行きたかったからです」
「はい、終わりました」
「いやいや、なぜ違う町に行くのかとか、そのへんの語りがありません」
「それ、語りますか」
「ぜひ」
「では、手短に」
「変化が欲しかったからです」
「はい、終わりました」
「いやいや、なぜ変化が欲しかったのか、そのあたりがまだ説明不足です」
「聞いてもいいですが、酒田の説明だけでもくどい。西酒田とか、南酒田とか」
「南酒田は、実は酒田とは関係がないのです」
「そのあたりの事情は関係ないでしょ。あなた、酒田の町のガイドをするのが目的ですか」
「違います。補足です」
「じゃ、これで、終わります」
「いえいえ、先ほど、変化が欲しいということの理由を語ろうとしていたところです。既に頭の中で繰っています。すぐ出ます」
「手短に」
「はい。退屈というわけではありませが、少しだけ刺激が欲しい」
「はい、終わりました」
「まだ、残っています。退屈と刺激の関係や、その程度などが残っています」
「手短に」
「刺激は退屈を消してくれますが、大きすぎる刺激は曲者でして、余計なことをして、余計な刺激を受けて、逆に退屈していた頃ののんびりしていたときの方がよかったように思えることもあるのです」
「今、かなり長い喋りでしたよ。もういいでしょ。それぐらいで」
「はい、それで酒田へ行ったのですが」
「聞きました。それだけのことでしょ」
「そうなんですが」
「じゃ、終わりですね」
「何か余韻を残さないといけません。それをこれから一つのエピソードでお聞かせします」
「いやいや、必要ありません。酒田へ行かれた。それだけで十分です」
「そうですか」
「はい」
「あなた、聞き下手だ」
「あなた、話し下手だ」
 
   了



posted by 川崎ゆきお at 13:19| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする