2020年05月20日

3756話 傷だらけの天使


「一寸傷があります」
「それはいけない」
「心の傷です」
「オロナイン軟膏を塗っても治らないか」
「はい」
「メンソレータムは」
「ヒリヒリして、余計に痛いです」
「塗ったのか」
「心の傷なので、塗る場所がないので、塗っていません」
「胸に塗ればいい」
「そうなんですか」
「心の傷。胸が痛いのだろ。すっきりするぞ」
「いえ、それでは根本的な治療になりません」
「治したいのか」
「はい、心の傷が影響し、それが足枷になります」
「あ、そう」
「でも、いいのです。これは私にかせられた鎖、一生引き摺っていくしかありません。それが定めです」
「それで、何をするとき、その心の傷が影響する」
「さあ、よく分かりませんが」
「あ、そう」
「でも、いいです」
「じゃ、言わなければいいのに」
「私の様子が普通じゃないでしょ」
「そうだったか」
「その理由を、少し説明しただけです」
「気付かなかったが」
「そうなんですか」
「一般的だし、常識的だし、特に問題はないが」
「そうですか」
「ああ」
「でも無理に普通にしているので、それが痛いのです」
「心が」
「そうです」
「心の古傷に障るのだな」
「そうです」
「苦しいか」
「少しだけ」
「少し痛いだけか」
「そうです」
「じゃ、普通じゃないか」
「そうなんですか」
「まあいい。その話、よく覚えておこう」
「はい」
「しかし、どんな古傷かな」
「それを言い出すと、もの凄く苦しくなり、言えません」
「内容は、語らないと」
「はい」
「分かった」
「有り難うとございます」
「君を見ているとねえ」
「はい」
「心が痛む」
「はい」
「僕の古傷がうずく」
「すみません」
「まあいい」
「有り難うございます」
「オロナインで治るから、まあいい」
「はい」
 
   了


posted by 川崎ゆきお at 10:47| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年05月19日

3755話 茶番劇


 強く物申していた重臣達が一人、また一人と消えた。その反対派との衝突のためだろう。当然対立する重臣達は交互に消えていった。残ったのは穏健派。その中でも物言わぬ重臣達。どっちつかずの人達だが、重臣としての地位は高くない。牛耳っていた人達とは違い、静かにしていた。
 しかし、その中にもできた人物がいる。敵がいないのは意見らしい意見を言わないためだろう。それに末席におり、高い地位ではない。
 それで上席で牛耳っていた重臣達が共倒れし、数が減ったので、穏健派が上がってきた。色々な評議があり、それに加わることになったため、決め事をしないといけない立場になる。重臣会議の中では末席だったが、上が消えたので、中程の席になる。上席にいるのは隠居のような人で、これは飾り物。ただ重臣というより重石のような存在。
「いよいよ上がってきましたなあ」
 その重石の竹中老が、穏健派筆頭の佐伯と雑談している。
「わしは見込みのある男だと以前から思っておった。そろそろかぶり物を取ってもいい時期じゃよ。ずっと猫を被っていたのじゃろ。五月蠅い連中はほぼ去った。今なら穏健派の天下じゃ。さて、どうする」
「いえいえ」
 しかし、この穏健派、何を考えているのかよく分からない。実際には過激だったりするのだが、普段からあまりものを言わないため、分からない。大概のことは決まったことに従い、反対しない。だが、胸の中では反対しているのだろう。何かを胸に秘めているのかもしれない。竹中老が佐伯はどうなのかと、聞いているのだ。もし何らかのことがあるのなら、協力してもいいと。
 だが、この竹中老が一番の曲者で、不動の地位にいる。彼こそが意見を言わない人で、意見のない人。だが、通らない意見は言わないだけかもしれない。それは穏健派筆頭の佐伯にも言えること。下手なところで争っても仕方がない。
 上席にはまだ五月蠅い重臣が残っているが、二流だ。これは竹中老が押さえてくれるだろう。協力するというのはそのこと。
 佐伯は穏健派筆頭だが、長老格の人もいる。佐伯を前面に出してきただけ。この人達もそれなりの実力者なのだが、口が重い。そして、そういう評定には加わりたくないタイプ。それに引退も近い。
「さて、どうなさる」
「いえいえ」
「あなたは天下を取ったようなもの。もう人物はいません」
「いえいえ」
「そう隠さず」
「いえいえ」
「あなたはいつもそのような受けごたえなので、得をしておられた。しかし、これからはそうはいきませんぞ」
「いえいえ」
「何が嫌なのじゃ」
「いやいや」
「だから、そのいやいやの中身を知りたい」
「申し上げられるようなものではありません」
「申してみい。わしは人畜無害。ただの漬物石。何の力もない」
「では」
「おお、申すか」
 佐伯は評定など必要ではない。あってもいいが形式だけにすべきだと述べた。
 竹中老はにやっとした。
 ことを決めるのは、こんな会議ではないことをよく知っていたためだろう。
 その後、佐伯が場を仕切るようになったが、全て茶番劇。
 それもよかろうと、竹中老は、佐伯を応援した。
 
   了
 



posted by 川崎ゆきお at 14:28| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年05月18日

3754話 ある変化


 吉村は最近方向性が変わった。しかし自覚はあまりない。自然とそういう流れになっているのだが、それを流れだとも思っていない。
「変化があったようですが、何かあったのですか」
 同僚だが後輩の高田が問う。高田に影響することではなく、個人的なことだ。しかし、先輩の吉村の感じがこれまでとは違ってきているので、ついつい聞いてみた。聞いても聞かなくてもいいようなことだが、気になるのだろう。また親しい関係なので、立ち入ったことでも尋ねられるのだろう。
「別に何もないよ」
「でも変わられた」
「え、いつ頃から」
「僕も気付かなかったのですが、この数ヶ月です」
「あ、そう」
「その間、何かありませんでしたか」
「いや、別に」
「そうですか。不思議ですねえ。何か方針でも変えられたのではないかと思い、聞いたのですが」
「変えていないよ」
「しかし、変わっています」
「どんな風に」
「雰囲気が」
「どのように」
「まあ、態度です」
「態度」
「姿勢のような」
「気付かないけど」
「そうなんですか」
「思い違い、勘違いじゃないのかい。以前と同じだと思うけど」
「かなり違います」
「多少は、自覚はあるけど」
「ほら、やはりそうでしょ」
 先輩の吉村は考えた。変わったのは後輩の高田ではないかと。どうでもいいようなことなのに、重ねて聞いてくる。追求するかのように。そういうことはこの後輩にはなかった。きっと慣れてきたためだろう。馴れ馴れしくなったのだ。
「先輩の調子に合わすようにしたいのですが、方針のようなのがあるのなら、それに従います」
 この後輩の態度そのもの、後輩の調子そのものが今までとは違っている。
「じゃ、私はどんな調子なのかな」
「はい、以前より穏やか、そして丁寧になりました」
「じゃ、年だろ」
「そうなんですか」
「だから、決め事をしてやっているわけじゃないから」
「じゃ、自然な変化」
「言われないと、気付かないけどね」
「分かりました。納得できました」
 何だろう、この後輩は。何か悪い本でも読んだのかと思い、吉村先輩は聞き流すことにした。
 そういえば吉村は若い頃のようにビジネス書や啓発ものなどは読まなくなった。この後輩の高田は読みあさっているのではないかと想像した。
 しかし、それはいっときのことで、どんなにいいことが書かれている本でも、すぐに忘れてしまうものだ。
 
   了




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2020年05月17日

3753話 秘境喫茶


「あれは初夏の頃でした」
「はい」
「すっかり暑くなってましてねえ。春物じゃ暑いほど。それを脱いで、自転車で走っていました。少し遠いのですが、最近見付けた喫茶店がありまして、静かでいい。理想的だ」
「そこへ向かわれたのですね」
「まだ五月です。末ですがね。だから五月晴れ。これが夏のような陽射し。まだ冬物の帽子なので、これが痒くて痒くて。しかし帽子なしじゃ、直に来ますから」
「遠いところにある喫茶店へ向かわれたのですね。でも自転車なので、それほど遠くはない」
「ええ、自転車なら、まずまずの距離です。駅を三つほど超えたところです。電車で行く場合、駅まで歩かないといけないが遠回りになるので距離が長い。しかも暑い最中。駅まで歩く時間で、その喫茶店まで行けそうな感じですが、まあ、それは大袈裟で、半分ほどの距離まで行けます。そして駅から電車に乗ったとしても、すぐには来ない」
「はい」
「そしてやっと入って来た電車に乗り、二駅で終点。私鉄の支線なので短い。それと駅と駅の間隔も近い。見えているほどです」
「はい」
「それで本線に乗り換えるのですが、階段がきつい。エスカレータもありますが、ここは運動のため、階段です。そしてホームで少し待つ。流石本線なので、電車はすぐに来るのですが、特急や急行では駄目。降りる駅は各停しか止まりませんからね。それで普通が来るまで待つ。待ち時間は支線の駅と変わりませんよ。自転車なら、もう着いています」
「はい」
「それで乗ったはいいが、次の駅なので、ゆっくり座ってられない」
「はい」
「だから、自転車で行くわけです。少し説明が長かったですが」
「いえいえ」
「その喫茶店は駅前にあるのですが、それは入口でして、看板は出ていますが、そこにはないのです」「はい」
「自転車が一台しか通れないような路地というか隙間です。店と店との間」
「はい」
「そこを進むと、右に回り込む通路があるのです。その先は十字路。しかし、狭いですよ。自転車だと曲がりきれないので、少し持ち上げて方角を変えるのです」
「そこは何処なのですか」
「色々な建物の裏側でしょ」
「はい」
「それで曲がったところに喫茶店があります。いいでしょ。隠れ家です」
「それを見付けられたのですね」
「ええ、偶然見付けたのです。この駅前を探索していたとき、その路地に紛れ込んだのです。まるで迷路。ダンジョンです」
「じゃ、喫茶店への入口は複数あるわけですね。十字路があるほどなので、別の場所からも繋がっている」
「そうです。以前は駅に出ようとして、迷い込んだのです。そのとき偶然見付けたのです。今は駅側から入るようにしています。そちらの方が近いのです。だから看板を出しているのでしょう」
「店内はどうですか」
「古いですが、普通です。特に変わった店ではなく、普通の人が普通に入れるような何の特徴もない店。私はそれを風通しのいい店、ニュートラルな店と呼んでいまして、一番好ましいパターンです」
「隠れたる名喫茶ですね」
「建物が増えて、隠れてしまっただけです。でもその路地内にある店は、この喫茶店だけ。周囲にも店屋はありますが、裏側なのでね」
「分かりました。取材に行きます」
「あまり行かない方がいいですよ。今のまま隠れたままがいいし」
「いえ、名店巡りですので」
「じゃ、私はこれで」
「あなたが喫茶店に詳しいと聞いたので」
「それほどでもありません」
「いい店を教えていただいて、有り難うございました」
「いえいえ」
 このルポライター、仕事をするのが嫌で、しかも出不精。それで取材に行ったのは三ヶ月後。
 言われた通り、その駅で降り、看板を探したが、そんなものはなく、その入口らしい細い路地というか隙間は見付かったが、袋小路で、その先は壁だった。
 
   了



posted by 川崎ゆきお at 12:00| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年05月16日

3752話 天気予報


「曇ってきましたねえ」
「陰りましたな」
「いい天気だったのにね」
「そうですね。晴れは長く続かない」
「いや、長く続いていましたよ。雨や曇っている日の方が少ないほど」
「そうでしたか」
「むしろ曇り日や雨の日は長く続かないのでは」
「そんなものですかねえ」
「この時期だけですが」
「よく見ているねえ」
「はい、ニュースより先に天気予報を真っ先に見ます。こちらの影響の方が大きいですからね」
「天気が好きなのですか」
「いや、これは自然界の出来事ですから、好きも嫌いもありません。むしろ悪い部類でしょう。色々と災害も起こりますし、そのレベルじゃなくても、湿気ていると、息が詰まりそうです。当然低気圧が来ていると厳しいですねえ。誰にも文句は言えませんが、天地異変は統治者が悪いということになっていたようです」
「因果関係はないでしょ」
「原因が欲しいわけです。そして、文句が言える相手が」
「ほう」
「今は流石にそんな非科学的なことはやりませんがね」
「天災なら仕方ない」
「そうでしょ。しかし、それを人災に持って行く癖が残っているのです。悪い奴がいないと治まらないんでしょうねえ。結局はオカルトです」
「ほう」
「まあ、晴れていたのが曇ってきた程度では人のせいにはしませんがね」
「これは雨になるかもしれないねえ」
「天気予報では持ちます。まだ曇ったままで。降りはしません」
「しかし、どんどん暗くなってきましたよ」
「本当だ」
「これは降りますよ」
「それはいけない。傘がない」
「降らないうちに、戻りましょう」
「そうしましょう」
「で」
「え」
「これは誰の責任ですか」
「雨が降る程度では、別に悪い目に遭うわけじゃないでしょ」
「予報官が悪いとは言えませんか」
「言えません」
「でも、当たらなかったじゃないですか。もうパラッと来そうですよ」
「外れてもいいのです」
「どうしてですか」
「当たるも八卦当たらぬも八卦が天気予報の原則。当たらなくても当然と言うことですよ」
「じゃ、オカルトですねえ」
「科学も極限まで行けばオカルトです。世の中の底に流れ、ずっと安定を保っているのは、このオカルトですよ」
「そうでしたか。知らなかった」
「パラパラ来そうです。急ぎましょう」
「はいはい」
 
   了



posted by 川崎ゆきお at 12:37| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年05月15日

3751話 消える村


 比婆の山上に山寺がある。まさに山門。ある宗派の総本山のようだが、山奥ではない。山上まで車で行けるがバスの便は少ない。お寺関係の人が来る程度で観光の寺ではない。山上からは下界を見下ろせる。少し遠いが高層ビルが見える。下が下界なら上は上界だが、天上界ではない。見晴らしがいいのだが、展望台はない。しかし、清水の舞台のような広縁があり、そこからの眺めは特別。ただ一般の人はそこには立てない。観光寺ではないため。
 ただ、寺の門はいつも開いている。入ってもいいのだが、人の家にお邪魔するようなもの。当然受付や、おみくじなどを売っている場所もない。
 寺の北は大都会だが、南はガクッと風景が変わり、田舎びている。この落差が凄い。山の裏側は山また山で里らしきものはない。昔からそのあたりに村はない。田畑が作れないためだ。それらの山地が途切れたあたりに町はあるが、山頂からは見えない。
 山上までの道路は頂上近くで終わっており、裏側へ出る車道はない。便がよくても、山また山では用がないためだろう。山の向こう側へ行くには回り込んだ方が早い。そこにはしっかりとした大きな幹線道路がある。
 ある土曜日、何の気まぐれか、田宮は下界のバスターミナルからバスに乗った。行き先を見ていなかったようだ。その必要は実はなく、見ないようにした。その方が無作為な選択となり、無作為で目的地が決まる。休みの日など、そういうことをたまにやる。
 田宮が乗ったバスは偶然だ。バスターミナルに停まっているバスにさっと乗る。一台もバスがなければ、入って来たバスに乗る。そういう決まりだ。
 それで山上に出た。寺があることなど知らなかったが、下からその一角は見えているはずだが、遠いので分からない。
 バスを降りたとき、青々とした頭の青年がいた。
「見学ですか」
「ああはい」
「入れますよ。一緒に行きましょう」
「ああ、はい」
 寺の青坊主に偶然誘われたのだが、田宮は寺を見に来たのではない。しかし、偶然乗ったバスの終点で降りるルールがあり、あとは自由行動。そのまま戻ってもいいし、そのへんを見て回ってもいい。
 青坊主のあとを付いて山門を潜る。質素なもので、仁王さんなどいない。どちらかというと武家屋敷の門に近い。
 境内は狭いが、建物は多い。山上の寺、高野山や比叡山を連想すればいい。
「見るもの、ないですし、建物内には入れませんから、展望台がいいと思います。案内します」
 清水寺の舞台のような所だが、縁側は広くはない。太くて長い柱で踏ん張る必要がないのは突き出ていないためだろう。
 展望台は湯豆腐屋のような感じで、テーブル席がある。まあ、休憩所だろう。
 寺の事務員だろうか、法被、これは制服だろう。それを着たお婆さんが隅のテーブルで煙草を吸っている。
「まあ、見るものといえば、この眺め程度です。ゆっくりしていって下さい」
 青坊主は去った。親切な青年だ。
 田村は比婆山の頂上付近から下界を見ろしていたのだが、何となく居心地が悪い。誰だお前はと、後ろから声をかけられそうだ。そして下界といってもビル群。毎日見ているような風景だ。遠いところに横に拡がった市街が見える。人の気配を感じないのは遠すぎるためだろう。
 ここが観光寺なら、気楽に眺められる。人も多いし。
 事務員の婆さんも姿を消したので休憩所は無人。独り占め。これが居心地の悪さの原因かもしれない。下界を見たければ、寺の外から見ればいい。
 寺といっても五重塔などはなく、何処が本堂か、講堂か、庫裏かが分かりにくい。峰の上なので、横並びに建っているのだろうか。敷地の問題だろう。
 田宮は、もう十分休憩をし、展望も楽しんだので、山門へと向かった。
 そのとき、左側を見ると、人がいる。南側ではなく、北側の展望を楽しんでいる人がいる。
 よく見ると、坊さんだ。そこには一寸した屋根のある東屋。しかし少し長い目だ。屋根だけで囲いはない。
 表展望台と裏展望台があるのだろう。裏側は比婆山の裏側で、その先はずっと山なので、山並みしか見ることができないが、そちらの方が田宮には珍しい。
 しかし、坊さんがいるので近付きにくい。だが、坊さんの服装ではない。ジャンパーを羽織っている。頭も少し伸びており、胡麻塩。
 田宮の気配に気付いたのか、坊さんの頭が動いた。さっと見た感じでは脂ぎった中年男で、僧侶という感じはしない。
 焼香のときに使う壺のようなものを持っている。しかし線香の煙ではなく、煙草の煙。
 坊さんは田宮に会釈を送る。ここでは難しい意味はない。笑顔で頷いてくれただけ。
 田宮がまだ躊躇していると、今度は手招き。
 招かれざる客ではないと分かったので、田宮はその長細い東屋に腰掛けた。坊さんと少し間隔を空ける。そのスペースに灰皿がある。
「さっき池田君と一緒に来た人でしょ」
「はい」
「ここはねえ、裏展望台でしてね」
「そうなんですが」
「山また山ですが飽きない」
「はい」
「ここから見る下界もいいものです。高いところから低いところを見る。しかし高い地位にいるわけじゃない。位置にいるだけ」
 説法でも始まるのかと思い、田宮は愛想の悪い返事をし続けたが、そのうち、妙なことを言いだした。
 ずっと下の山々の切れ目とか、裾の近くを見ていると、村が出てくるとか。
「村ですか。見えませんが」
「それがねえ、見えてくるのですよ」
「何ですかそれは」
「誰も辿り着けない村。それがあるのです」
 来たな、と田宮は眉をしかめたが、判断を急いではいけない。何かの喩えかもしれない。
「今日はまだ見えない」
「お邪魔したようで」
「いやいや、見える日など希」
「はい」
「あの村へ行ってみたい」
「航空写真を見れば、分かりますよ」
「肉眼でしか見えない」
「そうなんですか」
「調べ抜いた」
「実際に行ってみましたか」
「見えたときにね。それで、大凡の位置を確認して、見に行ったのだが、結構遠いんだ。着いた頃には、消えていた」
「村が消える」
「そうなんだ」
「はあ」
「だから、辿り着けない村。辿り着けない下界もあるんだ。上じゃなくね」
「冗談なのでしょ」
「ああ、当然だよ。そんなこと本気で言うやつは狂っているだろ」
「そうですねえ」
「君も試してみるか」
「さっきから見てますが、村なんて」
「ずっと見続けるんだ。すると見えてくる。まあ、最初から見える人なんていないだろうが」
「冗談でしょ」
「勿論」
「そろそろ、バスの時間ですので」
「そうだね。それが行くと、明日の朝になるねえ」
「はい。お邪魔しました」
「気をつけてね」
「はい」
 田宮は急ぎ足で山門を抜けた。バスの時間まで、まだ余裕があった。あの脂ぎった坊さんの話に合わすのが面倒になったので立ち去ったのだ。
 
   了
 



posted by 川崎ゆきお at 12:48| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年05月14日

3750話 地蔵老人


「いつもお見かけしますが、何処へ行かれているのです」
 柴田は自転車散歩中、町内の塀沿いにいつも座っている老人に聞かれた。毎日のように見かける人だが、柴田の近所から少し先にある町内。その町内と柴田との縁はない。あるとすれば、この老人をよく見かける程度。決まって板塀の隙間にある椅子に座っている。地蔵でも祭っている祠のように。
 それで柴田は彼を見かけるたびに地蔵がいると呟いたりする。それだけの関係だが、縁と言えば縁。そしてこの地蔵老人は縁起物と同一。拝まないのは目を合わせてしまうためだ。
 しかし、その日は地蔵から声をかけてきた。
「一寸この先です」
「お仕事で」
「いえいえ」
「気になっておりましてねえ」
「お隣の岸本町に住んでいます」
「あ、そう。岸本の吉田さん、まだ元気かな」
「ああ、はいはい」
 当然吉田さんなど知らない。長く住んでいないので顔ぐらいは知っていても、名前までは分からない。それに岸本町も広い。隣近所の人なら分かるが。
「やはりお仕事で」
「いえいえ、散歩です」
「散歩」
「はい」
「散歩」
「自転車でウロウロしています」
「うろうろ」
「ああ、はい」
「何をウロウロと」
「いえ、コースがありまして、そこを回って戻ってくるのです」
「コ、コース」
「はい、そうですが」
「何処を回るのですかな」
「いえ、道順があるだけで」
「道が」
「そうです。だから目的地は道です」
「道」
「はい」
「それはまた何ですなあ。まあドライブのようなものですな」
「そうです。道を走るだけが目的で、特に目的地や用事はありません。道に用事があるだけ」
「道ねえ」
「はい」
「あ、時間を取らせてしまいました。どうぞ行ってください。いやね、気になっていたものでね。一体この人は毎日毎日ここを通って何処へ行くのかとね」
 柴田はペダルに力を入れた。普通のママチャリだ。
 そして、いつもの道順をグニャグニャ曲がりながら、先ほどの地蔵老人の前まで戻ってきた。
 地蔵はいない。
 昨日もそうだったので、ずっとそこに座っているのではないのだろう。
 その翌日も同じような時間にそこを通った。ところが、いつもいるのに、今日はいない。
 戻ってきたときも、確認したが、やはりいない。椅子だけがある。
 それから十日ほど、姿が見えない。たまに見かけない日もあるのだが十日もいないというのは今までにはないこと。
 それから五日後、地蔵老人が座っていた。
 柴田は会釈を送るが、返って来ない。完全に無視されており、目は藪睨み。
 しかし、戻ってきたとき、まだ座っており、もう一度会釈すると、「やあ」と、応えてくれた。
 思い出したのだろう。
 
   了



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2020年05月13日

3749話 毒人間


「たまには違うことをした方がいいですよ」
「そうですねえ」
「いつも同じことばかりやっているんじゃないですか」
「日常化していますし、慣れていますから」
「いい感じですか?」
「いや、不満が色々あります。できれば変えたいのですが、なかなか」
「なかなか、決心が付かないと」
「何処へ行っても同じだという感じがしますから」
「それは感じでしょ。事実じゃない」
「そうなんですが、何をしても変わり映えがしないと思います」
「思っているだけでしょ」
「まあ」
「実際には違うかもしれませんよ」
「そうですねえ」
「不満があるのでしょ」
「あります。日常化しているので」
「最初はどうでした」
「いい感じでした」
「でも今は不満?」
「はい」
「不満なのにそこから離れない」
「まあ」
「惰性ですねえ」
「そうなんですが、何とかしたいとは思っています」
「それはいいことだ。でも思っているだけじゃ事態は動かない」
「やはり動かないといけませんか」
「不満ならね。気に食わないことをやる必要はないでしょ」
「勇気が」
「うまくいっていることもあるのでしょ」
「あります。そこは動かしたくありません。また、動かす必要もない」
「じゃ、不満に思っていることも、それほど大した不満じゃない。いたたまれないような」
「多少、その面があります。いたたまれないようなことが起こっています」
「じゃ、それを捨てた方がいいでしょ」
「しかし」
「優柔不断なのですね」
「はい」
「しかし、不満やストレスは起爆剤になります」
「もうなっています」
「それはいいタイミング。じゃ、決行しましょう。それを捨てて」
「やってみますか」
「そうでしょ。それだけ乗り気なら、もう十分出来上がっているのですから、盛り上がっている内にやるべきです」
「他のことに変えても、やはりまた同じようなことになるかもしれませんし、それなら、今のまま我慢している方が」
「そういう考えもありますが、要するに動きたくないだけでしょ」
「あ、まあ」
「やりましょう」
「分かりました。目先を変えてみます。探してみます」
「そうしなさい。どれも同じだと言うことは合っていますが、似ているようでも多少違います」
「それは何でしょうねえ」
「あなたの力だけでは何ともならない状態になっている事柄でしょうねえ。だからそこで居座っても良い事はもう起こらない」
「他のことをして駄目だった場合、どうしましょう」
「さらに探すことですよ。最初から良い条件、最初から悪い条件というのがあるものです」
「詳しいですねえ」
「少し目先を変えれば簡単に解決する。そんなことを多く経験しています。惰性で同じところでずっといても何ともならない。所変われば品変わる。結局は人でしょ。人の問題でしょ」
「そうです」
「人と人とは単なる相性の問題。これが最初から悪いとずっと悪い。解決しない。相性がよければ、すんなりといく。それだけですよ」
「確かに私が不満に思っているのは、人でした」
「それはあなたに対して毒を発しているのでしょう。相性が悪いと、毒になる」
「はい、分かりました。そこから離れます」
「はい、そうしなさい」
「あなたはいい人ですねえ」
「私は実は毒の塊なのかもしれません。だから長く付き合わない方がいい」
「はい、有り難うございました」
「うむ」
 
   了

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2020年05月12日

3748話 季節の変わり目


 吉岡は体調が優れないので、静かにしていた。季節の変わり目のためだろう。冬から春になりかけているとき体調を崩した。ついこの間のこと。
 それが去ってすぐにまた春から初夏への変わり目に遭遇したのか、下り坂。四季の移り変わりごとに崩しているのだから忙しい。しかしこれはもう慣れたもの。ただただ静かにしておれば戻るが、たまに戻らないで、そのまま次の変わり目に来てしまうことがある。流石にそのときは重ならない。だから変わり目が来ても変化はない。悪いままだが、これも慣れてくると、その悪さに気付かなくなる。回復しているのだろう。気にならないし、体調の悪さが目立たなくなる。
 今回は春から初夏への切り替え。気温がぐっと変わった日から悪くなる。何となく元気がない。そんなときは静かにしているしかないが、日常のことは普通にこなしている。
 そういう元気のないときは元気のないことをするしかない。威勢のよい溌剌としたことはできない。しかし、これは逆療養で、改善することもあるが、元気がないので、元気なことなど最初からやる気がしない。
「元気のないときにできることを探している」
「元気じゃないか。そんな難解なものを探すなんて」
「簡単に見付かるはず。ゴロゴロしているはず」
「そうかなあ、案外難しいよ」
「簡単なことなら、元気がなくてもできると思うけど」
「一見そう見えるけど、簡単なことほど実は難しい」
「そんな凝った話じゃなく、気楽に寛げて疲れないようなことならあるだろ」
「あるなら、聞く必要はないと思うけど」
「うう」
「ほら、探してもないんだ」
「一杯あるんだが、やる気がしない」
「元気があるからやる気がしないんだ」
「話が逆転しているように思うけど」
「じゃ、どうすればいい」
「体調が悪いんなら何もしない方が」
「そこまで悪くはなく、何かできそうな」
「じゃ、元気なんじゃないか」
「そうかなあ」
「季節の変わり目で崩したって言ってたねえ」
「そうだけど」
「じゃ、もう回復したんじゃないの」
「そうかなあ」
「何かやりたがっているのがその証拠」
「いやいや、そうじゃなく、元気がないから、元気がないときでもやれることを探しているんだ」
「それが元気な証拠」
「話が見えない」
「しかし、そんなことを相談しに、ここまで来たんだから、元気じゃないか」
「そうかなあ」
「まあ、元気な姿を見て安心したよ」
「そうじゃないんだけどなあ」
 
   了


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2020年05月11日

3747話 尻の穴


 草加は尻の穴が小さいことで知られている。実際にそれを見た人はいないが、親なら知っているだろう。小さかったか大きかったかを。これは親に聞けば分かるが、そういう意味での小ささではない。気持ちが小さい……などと同じで、実際の肝、内臓が小さいわけではない。気が小さいという意味だが、これも気管が細いということでもないだろう。
 肝になると、見ることはできない。開けないと。しかし尻は見ようと思えば見える。外に接しているためだ。そうでないとウンコができないし、屁もこけない。
 草加は気が小さい。尻の穴の小さい男と呼ばれているのは、外からも見えるためだろう。くどいがそのものの話ではない。
 尻の穴が小さいと、神経が細いとはかなり違う。後者は繊細。これは褒め言葉になることもある。
 逆に尻の穴が大きいとはあまり言わない。褒め言葉かどうかは分からない。あの人は尻の穴が大きな人、となると、何か露骨であり、滑稽さが加わる。
 尻の穴が大きいとは言わず、太っ腹とか、胸や心が広いとかになるのだろうか。
 さて、草加の話だが、それなりにいい地位にいる。体格は立派で、押し出しもいい。貫禄がある。しかし尻の穴が小さいと言われている。それに関し、草加は別に何も思っていないようだ。そんな評価があっても、気にしないのなら、これは尻の穴が大きいのではないかとも言える。
 だが、何事につけ、か細いというか、考えが小さい。身体に似合っていないが、体型とは関係はない。
 草加は尻の穴が小さいことを自認している。そちらの方がリスクが少ないため。石橋を叩いて渡るタイプで、高い地位にいるのもその小ささのためかもしれない。無謀なことはしない。何でもかんでも引き受けない。人を大きく包まない。
 だから、大物ではなく小物。だからこそ今の地位にいる。安全弁の役目を果たしているためだろう。
 弁は小さい方が締めやすい。
 尻の穴の小ささを誇る、ということはない。また誇るべきことではない。
 気が小さく、一寸したことでも震える。だから震度計としては優秀。異変に対していち早く反応する。微震でも。
 尻の穴の小さな草加。初対面の人は、その噂を知っているだけに、ついつい想像してしまうようだ。
 
   了




posted by 川崎ゆきお at 12:35| Comment(0) | 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする